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まだ冷たい風を受けて波紋が広がる様に草原が揺れる。
その草を泳ぐように踏み分けて、迷彩色のレオタードに身を包んだ桜庭愛(
jc1977)は姿勢を低くして進む。
警戒した視線を周囲に走らせ、安全を確認した桜庭は背後を振り向いて仲間との距離を測る。
近づき過ぎず、そして離れすぎない距離を確認し、歩みを再開する。
斥候として、単独行動にはならない位置取りを意識しながら、敵の姿を見落とすまいと警戒を続ける。
「幻覚でそっぽを向かせて、横とか後ろから急所をばーん、なんだよ!」
「ばーん、で、どかーん、じゃな!」
着ぐるみカマを振り回す私市 琥珀(
jb5268)は、身振り手振りでドラに戦い方を説明している。
ドラは鼻息も荒く私市の動きを真似る様にロッドを振り回す。
「戦う時は俺も手伝うよ。とにかく思いっきりやってみなよ」
さりげなくドラを援護出来る位置を歩く龍崎海(
ja0565)は、それが今回の仕事だしさ、と付け加える。
「無理に近づかんでも遠距離を保てばええんと違うか? せっかくの幻術や、距離感を狂わせるのに使えるやろ」
欠伸を噛み殺していたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は面倒臭そうに提案する。
「そんなものかのう……ばしーっと倒したいんじゃが」
「どっちでもいいんやけどな」
不服そうにほっぺを膨らませて見せるドラをみて、ゼロは肩をすくめる。
サーバント退治の仕事に文句はないがその発端がシェリルだという事が気に入らない、とゼロの態度は雄弁に語っていた。
「まったく、のんびりとしたもんだぜ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は騒いでいるドラ達を見て苦笑と共に溜息をもらす。
「サーバント相手に過剰戦力過ぎたかしらァ……まァ、怪我人が出ない程度に頑張りましょうかァ♪」
ミハイル言葉に同意するように黒百合(
ja0422)はくすくすと笑う。
「同感だな……ま、油断せずに行こう」
ミハイルは気を引き締めたように、サングラスの奥の目を細める。
「これからはこんな依頼も増えるのでしょうか……」
ドラと会話する撃退士達を眺めて、Rehni Nam(
ja5283)は以前には考えられなかった光景に想いを馳せる。
必要にかられて共闘したこともあるとはいえ、戦い方のレクチャーをしながら共に歩くというのは、少し前には考えられなかった事だ。
そこまで考え、ふと以前みたドラの姿と比べて足りないものを思い出す。
「……ところでジンさんはどこです?」
その問に、ドラはふふん、と胸を張って見せる。
「ジンは留守番だよ。どこかで絵でも描いておるのでは……」
「待ってください、何か落ちています」
ドラの言葉を遮って雫(
ja1894)が声を上げる。
上空に待機させていたヒリュウと視界を共有していた雫の声に、撃退士達は俊敏に警戒態勢に入る。
散会する者、ドラの周囲を固める者、上空へと舞い上がる者……一人意識の切替が出来ていないドラは突然変わった空気にキョロキョロと視線を彷徨わせるのだった。
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「スケッチブック……?」
雫が指摘したポイントへ移動した桜庭は一冊のスケッチブックを拾い上げる。
土で汚れているが風雨にさらされたとも思えないほどにまだ新しいスケッチブックを開くと、そこに描かれた絵をぱらぱらとめくる。
「ちょっと見せてくれないか」
桜庭の元へ駆けつけたミハイルがその絵の一つに目を止めてスケッチブックを受け取る。
「これは……ドラ、これはジンのものじゃないか?」
そのページには人の子供ほどの大きさの子猫と戯れるドラの姿が描かれており、見た事のない風景や、どこにでもあるような街並みの風景などが続いていた。
「え……確かにジンのもの……でもジンがこれを捨てるなんて……」
目に見えて動揺するドラの様子に、ミハイルは最後のページを開いてドラに見せる。
「どうやら、ジンは何かに巻き込まれたようだな。ドラ、ジンの居場所が察知できないか? 使徒だろう、生死ぐらいはわかるだろう?」
ミハイルの開いたページに描かれた8本の触手をもった黒い塊をみて、目を見開いたドラは浅く呼吸を繰り返したまま固まってしまう。
「ドラさん深呼吸なんだよ! 落ち着くと良い考えが浮かぶんだよ!」
動揺を宥めるように背中に生えた羽の間をさすりながら私市が声をかける。
目を閉じて呼吸を整えたドラは、私市の手をそっと押えるとしっかりとした口調で告げるのだった。
「見つけたのじゃ。ジンは……この下……!?」
ドラが地面を指さした瞬間、激しく地面が揺れ、何かを打ち砕くような重低音の騒音が響き渡る。
撃退士達が身構える周囲を、黒い影のようなモノが空へと伸びあがる様にして、地面を打ち砕いて現れた。
「ようやっとのお出ましやな」
ゼロは待ちわびた相手をみつけたように笑みを浮かべて、うねうねとたゆたう影に上空から急降下して蹴りを放つ。
鮮やかに決まった蹴りに、影は霧散するように飛び散り、そして、何事も無かったかのように地面から新しい影が生えてくる。
さらに、周囲の影は鞭のようにしなりながらゼロを追って空へ向かって伸びていく。
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「地面から……ジンッ!」
姿を現したサーバントを殴りつけようとしたドラを雫が抱き留める。
「少し頭を冷やしなさい。闇雲に突っ込むのではなく、今何をするべきか考えて戦いなさい」
「何が出来るのか、何をしたいのか……考える時間ぐらいなら作りますよ」
レフニーは二人の前に立ち、目を細めて集中する。
「隠れていても生命の輝きは消せないものです……これはっ」
「見つけられたかい?」
アウルで感知した光景に絶句したレフニーに向かって伸びて来た影を盾で弾いた龍崎が、レフニーの様子を怪訝そうに伺う。
「いえ……生命の反応が多すぎる……」
戸惑った様子で地面に視線を向けるレフニーの言葉を聞いて、龍崎は眉を潜める。
「群体、か……やっかいだな」
「群れだろうが、でっかい塊だろうが、こいつらをちまちまやってても仕方ないぜ。姿を現してもらおうか」
手にした銃を地面に向けて構えたミハイルが引金を引くと、派手な光と音を立てて地面が弾け飛ぶ。
「そういうことならカマキリ流星群を降らせるんだよー! みんな巻き込まれないでね! カマカマカマカマァッ」
私市が打ち込んだコメットが影を巻き込みながら地面を抉っていく。
ミハイルと私市の攻撃により立ち込めた土煙が収まるころ、深く抉られた穴の底に亀裂が入った、と見えた瞬間、土塊が弾き飛んで生じた穴から影が噴き上がるように姿を現した。
ぬるりとした動きを見せる影は、黒い霧のようでもあり、タールを注ぎ込んだ沼のようでもある。
そこから伸びる触手のような影が8本、撃退士達を襲っていた。
空に向かって伸びる4本の影はそのままに、残りの影を飲みこむ様にしまうと、4本をまとめて地上の撃退士達へと射出する。
その素早い攻撃に棒立ちになっているドラと撃退士達は避ける間もなく貫かれてしまう。
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空を飛ぶゼロに向かって4本の影が縦横無尽に襲い掛かってくる。
その攻撃を紙一重でかわしていくゼロは、いつしか完全に追い詰められ、退路を塞がれる。
だが、囲まれたゼロは不敵な笑みを口許に浮かべていた。
「囲んでくれておおきにな。おかげで当てやすくなったわ」
影が迫ってくると同時に、ゼロの周囲に漆黒の冷気が広がっていく。
キラキラと輝きを見せる氷粒が影を切り刻み、1本、また1本と影は粉砕されていく。
「黒き夢に眠るんやな」
ふっ、と笑ったゼロは背中に衝撃を覚えて体勢を崩す。
「チッ、なんや、せっかく格好つけてんの……ん?」
舌打ちをして取りこぼした影を始末しようと鎌を振り上げようとして、ゼロは違和感を覚える。
身体が動かず、手にしているはずの鎌を握っている感覚がない。
影が身体に巻き付いていくのを見つめながら、ゼロは吸い取られるように力が抜けていくのを感じる。
ゼロの身体が地上に向かって引っ張られた時、体に巻き付いていた影が弾け飛んだ。
「あらァ、ひょっとしてお邪魔だったかしらァ♪」
ライフルを構えた黒百合は、首をコキコキと鳴らしているゼロの様子に笑い声を上げる。
「いやぁ、ちょっと飛び込んだろうて思ったんやけどな。結構痛いし、助かったわぁ」
苦笑するゼロの言葉に少し考えた黒百合は悪戯を思いついたようににんまりと笑みを浮かべる。
「それじゃァ、これならどうかしらァ……♪」
二人になった黒百合は顔を見合わせてクスクスと笑うのだった。
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「そこで、ばーん、じゃな」
影に貫かれたはずのドラは棒立ちのまま笑っていた。
そこに側面から飛んできたアウルの光が、ドラもろとも伸ばされた影を粉砕する。
光が放たれた場所には、ドラがロッドをクルクルとまわして自慢気に笑っていた。
「良い判断です」
雫がいつの間にか召喚したストレイシオンが残る影の残骸をブレスでひとまとめに吹き飛ばす。
ドラと雫を狙って再び影が伸ばされるが、やはり手応えも無く空を切り、幻影が消え去る。
狙いも付けずに振り回された影を龍崎が受け止めるが、その衝撃を全て止める事は出来ず、ぶつかってくる盾を腕で払いのける。
「単純な力は強いようだけど、俺達の敵じゃないね」
痛めた腕にヒールをかけながら影の本体を見つめる。
隣では、ゼロに向かって私市がヒールを飛ばしており、龍崎は怪我をしている仲間はいない事を確認して、改めて盾を構える。
「後は、ジンをどうやって助けるか、だな」
ミハイルは影本体に銃を向けつつ、内部にジンが取り込まれている可能性を考えて迷ったように呟く。
「それなら飛び込んでみるしかないね! うぉぉー!」
桜庭が気合の声と共に体中にアウルを巡らせて、影の本体に向かって飛び込んでいく。
「桜庭さんっ!」
レフニーが慌てて投げた包帯を受け取った桜庭が、トプン、と影本体にダイブする。
さらに、上空からは黒百合の分身が降って来て、本体に飛び込んで行った。
「あぁっ!」
桜庭が飛び込んだと同時にレフニーが持っていた包帯は千切れて地面に落ちてしまった。
「こっちもダメねぇ……。繋がってるけど何にも映らないわァ……」
黒百合は分身に持たせた端末から送られて来た画像を見つめるが、そこには暗闇が広がるだけで音も映像も動きは見られなかった。
「しゃーないな、削っていくしかないか」
黒百合の言葉に肩をすくめたゼロは、再び迫って来た影を鎌で断ち切って、粉砕する。
断ち切っても粉砕しても伸びてくる影に、撃退士達は本体を攻撃できないじれったさを覚えつつも、伸ばされた影と戦いを続けるのだった。
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影本体の周囲が闇に覆いつくされると、触手のように伸ばされた影の動きに精彩が失われる。
「案外うまくいくものだね。認識に障害が出れば真贋も分かりにくくなるだろう」
まぐれ当たりのように影を浮遊盾で受け流して、龍崎はドラの様子をうかがう。
「そこだー! カウンターをばすこーんっなんだよ!」
「ばすこーん、じゃなっ」
ドラは幻影を駆使して影を誘い込み、手にしたロッドで打ち据えている。
その横では仲間にヒールを飛ばしながら、私市が元気に応援していた。
「ジン、起きろ! ドラが迎えに来たぞ!」
ミハイルは影本体の中心に向かって呼びかけるが、反応はない。
「だめか……せめて場所が分かれば……」
ぐっと奥歯を噛みしめてサングラス越しに影を睨みつけるが、そこに取り込まれた仲間の姿すら察することが出来ない。
だが、じっと見つめていたことでミハイルだけに気づけることがあった。
「こいつ……」
「危ないっ!」
ミハイルが本体を見つめている間に、幻影を貫き損ねた影がミハイルの背後から迫っていた。
影とミハイルの間に割り込む様に飛び込んで来たのは、光の翼を纏ったレフニーだった。
光の翼で影をすくいあげる様にして受け流したレフニーが手にした光の短槍を投げつけると、色煌びやかに爆発して、周囲の影を巻き込む。
「やはりな、奴は攻撃を受けて小さくなっているぞ!」
その言葉を受けて、撃退士達は一層激しく、影を打ち倒していく。
「あらァ……?」
一方的になって来た戦いに欠伸をもらしていた黒百合は、手にした端末に変化が現れたことに気づいて、画面を注視する。
「ちょっ、俺結構ヤバイんやけどなっ!」
4体の影に追い回されるゼロの叫び声を意図的に意識から締め出して画面に集中する。
『見つけた、よ……』
薄暗い画面の向こう側には、麻痺で動かなくなっている身体を地面にこすりつけるようにして這い、側に倒れていたジンの身体に追いかぶさる桜庭の姿があった。
『たぶん、地下……この子、生きてる、よ!』
その言葉に、黒百合は、にぃ、と笑みを浮かべる。
「見つけたわァ。遠慮は無用よォ……♪」
仲間達へ呼びかけ、ライフルの照準を本体の真ん中へと向けた。
黒百合の攻撃をきっかけに、撃退士達の自重を知らない攻撃が影本体を襲い、瞬く間にその姿を削り取って行った。
徐々に小さくなっていく影は小さな影へと分裂して、一部を残して地中へ逃げようと這い出て来た穴へと戻っていく。
「逃がすとでも思ったのですか?」
雫の指示でストレイシオンが踏みつけると、ビチビチと暴れて逃れようとする。
「えいっ」
そこに駈け込んで来たきたドラがロッドで叩き潰すと、影は霧散して消え去ったのだった。
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「そりゃーっ!」
ドゴッと音を立てて、ジンを抱えた桜庭が地面を突き破って地上へと戻ってきたのは、影は殲滅され、撃退士達の傷も癒し終わった頃だった。
「ジンッ!」
ぐったりとしたジンに向かってドラが駆け寄っていく。
「お見事でしたね」
ジンを介抱する二人を見ていた撃退士達に向かって、背後から声がかけられる。
「出たな性悪女……」
「ひさしぶりカマァ!」
現れたシェリルの姿に吐き捨てるように呟くゼロと、着ぐるみのカマを振り回す私市が対照的な反応を示す。
「ドラも少しはマシになりましたか」
くすくすと笑うシェリルを真っ直ぐに見つめて、雫が問い詰めるように口を開いた。
「全てあなたの仕込みですか。討伐対象にジンが捕まっているなど都合が良すぎるように思えます。私の考えすぎ、でしょうか?」
雫の真っ直ぐな視線にシェリルは微笑みを返す。
「たまたま、ですよ。ふふっ、都合の良い結果になった事には満足していますが」
その回答に目を細める雫。
しかし、とシェリルは影が這い出してきた穴を見つめる。
「思った以上に面倒な事になりそうですね」
「面倒、とは?」
やや表情を硬くしたレフニーが問いかけると、シェリルは意味ありげにウインクをして見せる。
「少し忘れ物を思い出しましてね。二人にはもう少し働いてもらわないといけませんね」
それではまた、ごきげんよう、と一礼して去って行くシェリル。
慌ててジンを抱きかかえて追いかけるドラに、ミハイルは「こき使われているようだな……」と呟いたのだった。