●
意匠を凝らした彫刻が施された柱の影、天井近くの高い位置からジョン・ドゥ(
jb9083)はそっと顔を覗かせる。
狭い通路の正面から石の翼を羽ばたかせて、2体のガーゴイルが音もなく石畳の廊下を飛んでくる。
ガーゴイルの速度、方向を見定めたジョンは、タイミングをはかって手にしていた手榴弾を近くの部屋へ投げ入れる。
カンッ!
甲高い音が響き、爆発音に続いて煙幕が倉庫から漏れて出てくる。
音が聞こえた瞬間、ガーゴイルの目が光りスピードを上げて倉庫へと飛び込んで行った。
ジョンのハンドサインに頷いて煙幕を縫うように尼ケ辻 夏藍(
jb4509)が宙を滑って倉庫の前を通り過ぎる。
そのすぐ後に続くように、壁の一部と見紛うようなペイントを施した向坂 玲治(
ja6214)が慎重に気配を消して歩いていく。
宙を飛ぶ他の二人に対して物音を立てぬように慎重にならざるを得ない向坂であったが、ここに至るまでに何度か同じ行動をこなしており、慣れた様子で部屋の前を通り過ぎる。
二人が先へ行ったことを確認して、部屋を監視していたジョンも天井付近を滑空する。
だが、ここで思わぬトラブルが発生した。
部屋が狭い事も災いしたのかもしれない。それとも煙でつまづきそうなぐらい部屋が散らかっていたのか。或いは、単純に運河悪かったのか。
ガーゴイル達が予想以上に早く部屋から出て来たのだった。
それも、ジョンと同じく天井付近を飛びながら。
「キェエエエ――ッ」
ジョンを見つけたガーゴイルの一体がキンキンと耳障りな声で叫び、侵入者を排除すべくジョンに向かって飛びかかる。
煙を越えて飛び出してきたガーゴイルに不意を突かれたジョンだったが、表情も変えずにその突進を避ける。
全てを見越していたかのような動きであったが、黙し煙を纏ったまま突撃してきたもう一体のガーゴイルの動きまでは感知できなかった。
「……くっ」
そのまま壁に叩き付けられ、肋骨が軋むほど肺を圧迫されたジョンはガーゴイルと絡み合ったまま落下し、廊下を転がる。
「てめぇ、離れやがれっ!」
ジョンに組みついたまま首筋に石の牙を立てようとするガーゴイルに向かい、向坂が気合と共に槍を突き上げる。
石を叩いた硬い手応えと共にガーゴイルは廊下を転がり、開放されたジョンは酸素を求めて荒い呼吸を漏らす。
呼吸を整えながら視線を巡らせて突進を避けたもう一体の敵を探すしたジョンは、背後で爪を振り上げて固まっているガーゴイルの影に、咄嗟に身構える。
「そっちは大丈夫。石になってる……元々石だから分かりにくいけどね」
ゆったりと歩きながら、尼ヶ辻が落ち着いた声を掛ける。
「それよりも、早く片付けないと面倒な事になりそうだね」
耳につく叫びを上げながら飛びかかってくるガーゴイルの攻撃をさばいている向坂の背中を見つめて、尼ヶ辻は霊符を放つ。
「あぁ、これまでにやり過ごした奴等と、新しくやってくる奴等……下手したら取り囲まれるな」
ジョンが自分の両拳を叩き付けると、バングルが高速回転を始めて紅蓮のアウルが全身を包み込んだ。
向坂の槍で翼を奪われ、尼ヶ辻の生み出した水龍をまともに喰らって体勢を崩したガーゴイルに、ジョンは拳を叩き込んで粉砕する。
「お見事、って言いたいところだが……」
向坂は溜息と共に槍を構えなおして左右に視線を送る。
「ちょっと遅かった、かもな」
その視線の先、左右の通路から叫び声を上げながらガーゴイルたちが接近して来た。
●
「始まったようだね」
遠くに聞こえる甲高い音と共に、慌ただしい空気に変ったのを感じ取った龍崎海(
ja0565)は崩れた壁から手鏡を出して左右を伺い、安全を確かめる。
「うむ、参ろうか」
ガシャン、と重々しい一歩を踏み出したキアーラの手を掴み、夜姫(
jb2550)は冷たい視線を送る。
「まさか、飛べないとは……」
「それは違う。制御が難しいだけだ」
唇を噛んで眉を寄せる夜姫に、キアーラは真面目な顔で反論していた。
「鎧が重すぎて地面を踏みしめないと勢いがつき過ぎるなんてね」
北村香苗が視線を送る先には、飛行を試みたキアーラが砕いた壁と、その音に近づいてきたガーゴイルの残骸が転がっていた。
部屋に入って来たガーゴイルは、一歩足を踏み入れた瞬間に集中攻撃を受けて砕け散っていた。
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)の狙撃により半身をもぎ取られたガーゴイルに龍崎が止めを刺したのだった。
その際にキアーラも止めを刺そうと鉄球メイスを振り回しており、壁は完全に崩壊してしまっていた。
遅れてやってきたもう一体のガーゴイルは、叫ぼうと口を開いたと同時に夜姫の雷を帯びた斬撃に動きが止まり、こちらも瞬時に無力化されたのだった。
「この隙……活かさないと……行こう」
スピカは反論できずにキアーラが黙ったのをきっかけに、皆を促した。
広く長い廊下は静まりかえり、その先に待ち受ける存在へと誘うかのようであった。
●
裏道では激しい戦いが繰り広げられていた。
単体ではそれほど強い個体ではないが、厄介なことに叫び声に応じるように次から次へと新手のガーゴイルが押し寄せてくるのだった。
「ハァッ!」
カウンター、と呼ぶには泥臭すぎるタイミング。
向坂はガーゴイルの突き出した爪ごと破砕する勢いで槍を突き出す。
頭を砕かれ、崩れ落ちていくガーゴイルを踏み越えて、新たな敵が甲高い叫びと共に飛び込んでくる。
「そんな攻撃きかねぇぞこらぁッ!」
身体に突き立つ石の爪を肩で弾き向坂は敵を睨みつける。
華麗にステップを踏んで闇の翼で天井付近まで飛び上がったジョンは、逆さまになった視界に魔法陣を生み出す。
「ロックオンだ。弾け飛びな」
足元から噴き上げてくる爆風を物ともせずに突進してくるガーゴイルを一体、二体、とかわしていくが、続けて飛び込んで来たガーゴイルの攻撃を避けたことで、壁際に追い詰められる。
さらに飛び立とうとするガーゴイルだったが、突然動かなくなる。
身を固めて衝撃に備えていたジョンはガーゴイルの動きを止めた尼ヶ辻の攻撃に低く口笛を吹いた。
「石は石に……とはいえキリがないね。はてさて、何とかならないかい?」
血にまみれた服を重そうにたるませて、気怠い様子で尼ヶ辻が声を掛ける。
3人の周囲には動かなくなったガーゴイルと砕け散った破片が散らばっているが、それを上回る数のガーゴイルが仲間の欠片を踏み越えてやってくる。
「とりあえず突破した方がここに留まるよりはマシじゃねーか?」
軽い口調で応えるジョンも尼ヶ辻同様に体中に無数の傷を負っており、特に深い傷口からは脚を踏み出すたびに血が溢れだしていた。
二人の様子に視線を送った向坂は、短く応える。
「道を拓く、走るぞ」
言葉と共に走り出した向坂は腰だめに槍を構えて目の前のガーゴイルへと突っ込んでいく。
愚直なほどに真っ直ぐ突き出された穂先を逸らそうとガーゴイルが爪を振るうが、向坂は気にすることもなく身体ごとガーゴイルを跳ね飛ばし、勢い余って体勢を崩してその場に転がる。
その隙に突破していく二人の足音を背中に聞き、向坂は槍を振り回しながら立ち上がる。
「お前らはここまでだ」
飛びかかってくるガーゴイルに向かって、向坂は立ち塞がる。
殺到するガーゴイル達の足元が不意に爆発し、向坂の脇を通って水龍が突進していく。
「美味しいところ独り占めはよくないな」
ジョンと尼ヶ辻の援護を受けて、向坂は不敵な笑みを浮かべるのだった。
●
ガシャガシャと騒がしい音を豪奢な王宮の廊下に響かせながら、撃退士達は走っていた。
「出来る限り、静かにお願いします」
キアーラの腕を取って先導する夜姫の言葉に、口を開きかけたキアーラは鋭くなった夜姫の視線に口を閉じてカシャリと頷く。
「ねぇっ! もうすぐつくよっ!」
気まずい雰囲気を感じたのか北村が元気な声を張り上げるのを聞いて、夜姫は頭を抱えてしまう。
騒音の元はもう一人いたのだ。
「ごめむ……ひゃぁっ!」
慌てて自分の口を塞ぐ北村だったが、角を曲がった瞬間に廊下に崩れ込むように転がる。
すぐ後を走っていた龍崎は、北村の後頭部が視界から消えた瞬間に現れた赤と青の巨大な拳に反応できず、まともに喰らって壁に体を叩きつけられる。
「待ち伏せ、された、か」
ダメージによろめきながら、自分に何が起きたのか分析する龍崎。
目の前には赤と青の石造りの人形と思われる敵が立ち塞がっていた。
「纏まってる、なら……」
アウルを魔に染め上げたスピカが無数の刃を生み出し、撃ち放つ。
ガリガリと壁や床を調度品ごと削り取る攻撃に、2体のゴーレムの動きが止まる。
その隙をつくように、2体の間に龍崎と夜姫が滑り込み、引きはがすように攻撃を叩き込む。
二人の攻撃を受けゴーレムの身体が宙に浮き、同時に床に叩きつけられて重々しい地響きを立てる。
青いゴーレムにはスピカと龍崎が飛びかかる。
「何も、できないまま……死ぬがよい……」
巨大な槍を振り上げるとアウルが槍の周囲に旋風の如く取り巻き、槌へと変わる。
体勢を立て直したばかりのゴーレムに向かって振り下ろされる槌の名はミョルニル。
全てを殴り砕く破壊者の名を冠した一撃は、ゴーレムの片腕を打ち砕き、よろめかせる。
さらに、龍崎が闇を纏った槍で胸部を貫く。
龍崎が貫いた場所から、全身にヒビが広がり崩壊が始まる。
崩壊までのわずかな時間。
ゴーレムは己に課せられた任務を遂行すべく、残された片腕を振り回す。
天のアウルはより深い魔に引き付けられる。
その一撃はスピカの華奢な体を打ち砕くには十分な強度が残されていた。
振り抜かれた一撃で壁に叩きつけられ、崩壊させたスピカは血の混じった泡を吐きながらピクリとも動かなくなった。
「そんなバカな! 一撃だなんて!」
龍崎が常時展開しているアウルは、戦意を高めて飛びそうになる意識を繋ぎ止めることが出来る。
スピカが受けたダメージはその効果を軽く超えるほどの大きさであり、本来であればすぐさま病院に運び込むことが必要なものであった。
しかし、いつの間にか移動していたキアーラがスピカの耳元に口を寄せた。
「立て! 敵は目の前だ! 寝ている暇などないぞ!」
キアーラの言葉は根性論である。
意識があればある程度効果はあるだろうが、意識を失いかけている相手にいかほどの効果があろうか。
だが、そこにアウルが乗ると別の話であった。
魂に捩じり込んでくるかのような怒声に、スピカの意識は無理矢理浮上させられる。
「うるさい……」
口許を拭いながら立ち上がったスピカは、見るからに重いダメージを負ってはいたが、よろけながらも立ち上がる。
その姿を鉄鎧は満足そうに見つめるのだった。
赤いゴーレムに立ち向かったのは、夜姫と北村だった。
勢い先行の隙が多い北村であったが、素早く立ち回る夜姫の動きがフォローとなり赤ゴーレムを翻弄していた。
大振りな北村の攻撃に紛れるように近づき、雷の性質を持った一撃で内部から少しずつ破壊していく夜姫。
ゴーレムが反撃に動いた時には離脱動作にはいっており、ゴーレムの攻撃はいたずらに床を破壊するのみであった。
大きな一撃は出ないか、堅実にダメージを重ねていく。
はずであった。
数回の攻撃の焼き増しのようにゴーレムの隙をついて懐に飛び込んだ夜姫だったが、飛び込んだ先で敵の姿を見失った。
攻撃を掻い潜って目の前にある腹部に狙いを定めたその時、意識から逸れるほどの速度を持って夜姫の側面に回り込み、無防備となった夜姫に拳を叩きつける。
床を割り、朦朧とする意識の中、夜姫は半ば無意識のうちにその場から転がる。
次の瞬間、巨大な足が夜姫を掠めて床に叩きつけられ、その踏み込みから放たれた拳が北村を防御の上から叩き潰す。
「強く、なった……?」
床に這いつくばって視線を送る夜姫は、ゴーレムの急激なスピードの増加に言葉が零れ落ちる。
「俺達が青いのを倒したせいかもしれないね。動かないで、今は傷を塞ごう」
夜姫の呟きに応える龍崎の声と共に、暖かなアウルが夜姫の傷を塞いでいく。
痺れしか感じ取れなかった傷口は、癒されていくと共にその痛みを正しく伝えてきて、夜姫は顔をしかめる。
赤いゴーレムは素早い動きで立ち塞がったキアーラとスピカの攻撃をかわし、北村の治癒に向かった龍崎を打ち据える。
咄嗟にシールドで受け止めた龍崎だったが、その猛威を受け流すことが出来ずに壁際まで飛ばされる。
「止まれっ」
足が動く事を確認した夜姫が、ゴーレムの後頭部に雷撃を帯びた蹴りを放つ。
死角からの一撃に、僅かにゴーレムの身体が揺らいだ瞬間を見逃さずに、スピカが重い一撃を放ち、ゴーレムの脚を叩き折った。
「見事!}
キアーラのダメ押しともいえる一撃をもって、遂にゴーレムは動きを止めたのだった。
●
ゴーレムを屠り、ハミエルを救助すべく鍵を探していた間に、龍崎が扉を粉砕していたのだった。
「牢というからもっと頑丈なのかと……」
龍崎は困ったように頬を掻く。
鍵を探す手間を惜しんで扉を破壊しようと思ったのだったが、思いのほか普通の扉であったため、扉は木っ端微塵に粉砕されていた。
扉の奥で様子を伺っていたハミエルに粉砕された破片が降り注ぎ、木っ端にまみれたハミエルが無表情のまま首だけを向けて来たのだった。
「いつから騎士団は狼藉者になったのですか?」
木っ端を払い落としながらキアーラを詰問するハミエルに、キアーラはアテナが保護されている事や、協力体制などについて説明を行うが、しどろもどろな説明にハミエルは徐々に苛立ちを増しているように見えた。
そこに、夜姫が近づき、手にした刀を抜き放つ。
じっと見つめるハミエルに向かって、刀身を掴んだまま柄を差し出した。
「今は時間がありません。どうか、お急ぎを」
静かな瞳で見つめてくる夜姫を見つめ返して、ハミエルは刀の柄に手をかける。
刀を持つ手に力が加えられたのを感じ、夜姫は刀身に添えた手の力を抜いた。
そのまま、刀身が首筋に添えられた時、ハミエルが口を開く。
「仕方がありません、その覚悟を信じましょう。今だけ貴方達を臨時の騎士とします。私を導きなさい」
そう告げると、ハミエルは刀を引いて夜姫に渡すのだった。
「では、参りましょう! こちらです!」
力を奪われて動けなくなっているハミエルを、龍崎が背負ったところで、キアーラが先導すべく足を踏み出す。
「やれやれ……」
「世話の焼けるッ……!」
「道を間違えているよ、お嬢さん」
キアーラが歩き出そうとした方向から、向坂、ジョン、尼ヶ辻は互いを支え合うようにして歩いてきた。
「あの、こちらから……どうぞ」
スピカが申し訳なさそうに指さした方向は、キアーラが踏み出した方向とは真逆の方向であった。