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焦りを浮かべるシロと妖しく微笑むシェリル。
二人の視線を受けて額に欠陥を浮き上がらせる男が一人。
「自分の都合で協力を強要してくる脳筋も! 事情もなんも話さんと上から目線のクソ眼鏡もめんどくさいんじゃ!」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は選択を迫る天使と悪魔に向かって猛然と駆け出す。
両の掌に生じる猛烈な劫火と凛冽な冷気を返事代わりに叩き付ける。
「振り回されるんも大概なんじゃ!」
真正面から放たれた攻撃であったが、シロとシェリルは弾かれたようにその場から飛び出し、豪風吹き荒ぶ空間から離脱する。
その代償として生じた隙を見逃さず、撃退士達は追撃をかけていく。
「一応聞いておくけどさ」
シェリルの行動を予測して距離を詰めた森田良助(
ja9460)は軽い調子で話しかける。
「僕が協力したらデートしてついでに胸を揉ませてくれない?」
「良いですよ」
「あ、やっぱり無理……え?」
軽口で攻め気を隠しつつ愛用の銃で激しい弾幕を張る森田だったが、銃撃の合間に聞き逃してはいけなかった答えがあった気がして戸惑いの声を漏らした。
何か大きな失敗をしてしまったかのような気分を抱えつつ、気配を消してシェリルから距離を取っていった。
私市 琥珀(
jb5268)は飛び出したゼロを追いかけるように走り、周囲に柔らかな風を起こす。
「飛び出す前にぺかーっと回復なんだよー」
アウルの光に溢れたその風を浴びた者は、ここに至るまでに負った傷が癒えていく。
ゼロ、私市、そして森田の3人の傷が癒えたことを確認して、私市は踵を返して戻っていった。
「きさカマは守る、狩野さんを守る……カマァ!」
盾をカマえながら、私市は次の治療のためにアウルを練り込んでいく。
「その新しい玩具……あたしのお持て成しはお気に召さなかったかしら?」
森田の代わりにシェリルに声を掛けたのは、微笑みを浮かべるケイ・リヒャルト(
ja0004)。
仲間の攻撃の合間を縫って、シェリルに接近していた。
「いいえ、とても素敵でございました」
同じく微笑みを浮かべてシェリルは戦斧を振りかざす。
「お返しに、それでお持て成ししてくれるのかしら? ふふ、出し惜しみは無し、よね?」
シェリルが自分を狙う瞬間、必ず利き腕があるであろう位置を狙って銃弾を放つ。
狙い通り、ケイの放った銃弾はシェリルの右腕に命中し、メイド服を溶かし始める。
「やはり、面白い……。それで、どうかわします?」
煙を上げて溶けていく右腕に欠片も注意を払わず、シェリルは戦斧を振り下ろす。
唸りを上げてケイの頭上に迫る戦斧に、血煙が上がるとケイ自身も覚悟を決めたその瞬間、周囲が眩い光と轟音に包まれた。
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撃退士達へと向かって行ったシェリルの後を追うようにシロも距離を詰めていく。
そのシロとシェリルの間を遮る様に華桜りりか(
jb6883)が立ち塞がる。
「シロさん、できればお話合いをしませんか? ……ですよ」
その少女に見覚えがあったシロは一瞬足を止めるが、迷いを振り払うかのように剣を構えて少女に迫る。
「既に話し合いを行う場では無いだろう。邪魔するなら切る」
その答えに残念そうに頭を振って、華桜はつぶやく。
「……とてもふほんいなの」
悲しそうな表情を見せながら腕を頭上へと上げる。
同時に発生した大量の稲妻に、室内が白く染まる。
シロは膝をついて固まり、シェリルも稲妻に撃たれて動きが止まる。
「皆さまできちんとお話をするというのは、むずかしいことなの……です?」
シロは痺れる体を剣で支えて身を起こし、自嘲の笑みを浮かべる。
「私は、ネメシスであることに誇りを持っている。法を尊ばないものがどうして誇りを保つことが出来ようか」
独白するように呟き、立ち上がると気合いを入れる様に剣を一閃し、空を切る。
「何を話すというのだ? 誰にでも譲る事の出来ない一線というものがあるはずだ。何をもってこの剣を止めるというのだ」
そして、シェリルに向かってまだ震える脚で一歩踏み出していくのだった。
「ハッ、頭は冷えたか? プレゼンの時間や。まともな事を言ってる方に手を貸したる。ちゃんと理解できるように喋れよ」
ゼロが煽るようにシェリルに声を掛ける。
シェリルはコキリコキリと首を回していたが、その言葉を聞いてにっこりと微笑んだ。
「手を貸す? 命乞いなら時間切れですね」
強く床を蹴ったシェリルはゼロを素通りしてシロの目の前まで駆け抜ける。
「あなたも、そんなところに居ると危ないですよ?」
床に叩き付けられた戦斧から衝撃波が周囲へと舞い散り、シロと近くにいた華桜を巻き込んで旋風を巻き起こす。
旋風に身を切り刻まれた華桜は一瞬意識が飛びかけるが、私市のアウルに支えられ辛うじて意識を繋ぐ。
「ふん、力任せの技で私の剣を抑えられると思っているのか」
衝撃波で生じた傷が見る間に塞がり、体勢を立て直したシロが鋭い突きを入れる。
その突きは浅く、シェリルの肩に出来た傷も軽傷であったが、視界を光に塞がれたシェリルはなおも退いてシロから距離を取る。
好機を逃すまいとシェリルに迫るシロだったが、ケイの放った銃弾を受けて出鼻をくじかれる。
「あら、ごめんなさい。狙いが外れてしまったわね」
くすり、と笑みを浮かべてケイは銃をくるりと手の中で回した。
「こっちは狙い通り……! あ、いや、そこを狙ったわけでは!」
森田が放った銃弾はシェリルのエプロンドレスに命中し、胸部から白煙を上げる。
「あら、これがデートのお誘いかしら?」
眩しそうに目を瞬かせながらシェリルが白煙を払うと、穴の開いたドレスの下に白い肌が見えていた。
複雑な表情を浮かべる森田だったが、出口の確保をするべくジリジリと立ち位置を変えていく。
数歩の距離まで開いて対峙するシロとシェリルだったが、そこへ黒い影が飛び込んでくる。
「レディ扱いはしまいや。お前は品が無さ過ぎる」
ゼロが放った斬撃は、シェリルの腹部を浅く切り裂いた。
「メイドですからレディ扱いは結構です」
流れる血には一瞥もくれず、シェリルは手にした戦斧にアウルを流し込み小槍に変化させると、ゼロの脇腹に向かって突き入れる。
「つっあぁっ! お前の攻撃なんぞ当たらん!」
咄嗟に手を返して大鎌の柄で小槍を叩き付けるようにして逸らす。
確実に心臓を狙って突き入れられていた小槍を逸らせたのは、体に叩き込まれた技と偶然の産物であった。
「その動き、どこまでやり通せるのか試してみたくなりました」
シェリルも同じく笑みを浮かべると、再び使い慣れた戦斧に戻した武器を振りかぶる。
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「チッ、鬱陶しいッ」
クロは周囲を走り回るジンから繰り出される蹴りを危うい態勢で避け、その後ろから突破しようとするドラを抱えたもう一人のジンへ牽制の銃撃を放つ。
ジンは自らの複製を描いてクロを攻撃させつつ、自らはドラを抱えて出入口から脱出しようとしていた。
その前に立ちはだかるクロは巧みに立ち位置を変えてジンの狙いを邪魔していた。
「駆け抜けてもいいんだぜ、ジン。その大事に抱えている天使も一緒に撃ち抜いてやるからよ」
クロの挑発にも表情を変えず、ジンは必死に走り回ってクロの隙を伺う。
「俺だって子供を狙って何発も撃ちたかねん……んん!?」
ジンに狙いを付けるクロの足元から不気味な土灰色の腕が何本も生えてきて、クロの脚に、そして銃を構える腕に絡みついた。
「そこの少年とはある約束をしていて、な」
傷を癒しながら他の撃退士達とは反対側に歩いてきたアスハ・A・R(
ja8432)は、黒い手袋をひらひらと動かしてクロに声を掛ける。
「この程度で俺が縛れるとでも……ああっ、くそがっ!」
ぶちぶち、と音を立てて不気味な腕を引きちぎり、クロが腕を振り回した途端、クロの周囲に鮮血が舞い散る。
「さて、な。間抜けだという事は分かった」
周囲に張り巡らされた糸に気づいて怯んだクロに、ジンの分身が飛び蹴りを放ちクロもろとも糸を切りながら倒れ込む。
ジンの分身が消えた後には血塗れになって地面に転がるクロだけが残されていた。
「久しいな、少年……これも何かの縁だ、助力しよう」
「アスハ、さん……?」
驚きと共にどこか安心したような表情を浮かべ、ジンがアスハを見上げる。
「話は後だ。まずは邪魔なこいつから、だ」
ヨロヨロと立ち上がるクロをチラリとも見ずに、アスハはジンに注意を呼び掛けた。
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シェリルに集中して攻撃が加えられている中、シロはケイによって溶かされているスーツの袖を破り、使徒達の方へと視線を向ける。
「シロさん、一緒に学園に来ませんか、です。戦い以外にも楽しい事はたくさんあるの……たくさん楽しみを知ってほしいの、です」
歩いてくるシロを説得するように話しかける華桜。
シロは黙って華桜の横を通り過ぎ、静かに剣を突き刺した。
「堕天は悪だ。邪魔をするなら切ると言ったはずだ」
身体から引き抜かれる剣を呆然と見つめる華桜は、視界を埋める光にシロの姿を見失う。
「行かせないの、です」
シロが歩いて行った方向に式神を向かわせるが、手応えは無く、華桜は血だまりに崩れ落ちる。
「カマキリ救助隊は頑張るんだよ!」
華桜にヒールを送りつつ、狩野を担いだ私市はきょろきょろと周囲の様子に視線を走らせる。
決断をしなければ手遅れになってしまうかもしれない、その想いに私市は一人焦りを覚えるのだった。
最初にシロに気づいたのはアスハだった。
何もなかった空間に瞬間移動してきたシロによる空気の揺らぎ。
その微かな風を感じると共にクロに向かって体当たりをする。
「雨を覚えているか、ジン」
アスハの言葉に、ジンは即座に筆を走らせる。
アスハとクロの上空に生み出されるのは光と轟音をまき散らす雷雲。
「光が降り注ぐ雨ならよく覚えてるよ」
雷雲から稲妻が降り注ぎ、アスハもろともクロに襲い掛かった。
瞬間、アスハは後方に飛び雷をかわすが、取り残されたクロはその体を焼き焦がされ、全身を震わせる。
「邪魔をする者は全て切る」
無理な姿勢で稲妻を避けたアスハに、シロの剣が振り下ろされる。
脳を焼くような光に視界を覆われながら、アスハは笑みを浮かべる。
「これだけ近ければ見えなくとも関係ない、な。約束、忘れるなよ、ジン?」
片手でシロの剣を掴み、片手を頭上へと上げる。
生み出された蒼い槍が周囲一帯を埋め尽くす勢いで降り注ぐ。
歯を食いしばってドラを抱えて走るジンを素通りさせ、クロはアスハに銃口を向ける。
「そいつは俺のダチだ。汚ねぇ手で触るんじゃねぇよ、撃退士」
クロが放った銃弾はアスハの守りを貫いて頭部を揺らす。
放ったクロも降り注ぐ槍に埋もれるように倒れ、傷ついたシロだけがその場に残されるのだった。
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白と黒の華やかな華のように。
シェリルはクルクルと身体を回転させ、撃退士達の攻撃をかわしていく。
ボロボロになったメイド服から除く白い肌には未だ傷がつけられていない。
「それでは届きませんよ。もっと本気でいらしてくださらねば」
シェリルは回転の勢いを顕現させた戦斧に乗せてゼロに叩き込む。
カウンター気味に入った一撃で、ゼロは身体の感覚を失い、やがて激痛に襲われる。
「はっ、蚊に刺された方が痛いくらいやな」
よろけるように立つその姿は痛々しく、ゼロのダメージは傍目にも危険な状態であった。
「追い詰められた鼠は猫を噛む……もっと僕を追い詰めてみろ!」
森田はゼロを援護するべく、シェリルに向かって殴りつけるような勢いで銃口を押し付け、一気に放つ。
胸元に受けた衝撃に身を揺らしながら、シェリルはにっこりと微笑む。
「あら、情熱的で結構ですね」
ではお返しに、と振り下ろした戦斧で森田は地面に打ち据えられ意識を失う。
「この我儘女……!」
シェリルに放たれたゼロの鎌は片手で受け止められ、懐に入ったシェリルが腕を前に出す。
短槍に変わっていたシェリルの武器がゼロの身体から引き抜かれ、返り血に頬を濡らしたシェリルは薄らと笑みを浮かべるのだった。
「これ以上は危険なんだよ! 退けるうちに退かないと危ないんだよ!」
狩野を背負った私市が森田に向かってアウルを送り込みながら、出口に向かってかけていく。
「お遊びはまたね、シェリル」
ケイも離脱するべく、駆け抜け様にシェリルに向かって持っていたすべての銃を放つ。
アウルでケイの周囲に浮かべられ、一斉に放たれた銃撃によりシェリルの身体が踊る様に宙を舞う。
くるり、と宙返りをして着地したシェリルだったが、脚に来ているのかすぐに踏み出すことが出来ず、その隙にケイは距離を取って行く。
去って行くケイと私市の後ろ姿を追おうとシェリルが向かいかけるが、その足を血まみれの手が掴んだ。
「悪いけど……僕は最後まで退く気はないね!」
片手で構えた銃が火を噴くと同時にぐしゃりと湿った音がして森田はシェリルに踏み抜かれる。
シェリルは動かなくなった森田を踏み台にしてボウガンに変異した武器を構える。
放ったボウはケイの背中に命中したが、その脚を止める事は出来ず、シェリルは去って行く撃退士達に肩をすくめた。
「戦うのか、逃げるのか。覚悟が決まったらまた会いましょう」
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「さて、後は貴方達だけですね」
その場に立っているのはシェリル、シロ、華桜の3人だけとなり、一瞬前まで戦いの音で騒がしかった広場に静寂が訪れていた。
誰もが傷つき、血を流し、床に倒れ伏した者達はピクリとも動かない。
「人が傷つくのは、きらい、なの……です」
ゆっくりと近づいてくるシェリルに向かって、人形を側に浮かべた華桜が悲しそうに呟く。
「ならば去れ。お前には『楽しい事』が待っているのだろう?」
クロの遺体に上着をかけたシロが、呟くように一言を残し、華桜の側を通り過ぎる。
「私の誇りを馬鹿らしいと最後まで理解しなかった。命令に背いてばかりの使えない使徒だったよ」
華桜に背中を向けたまま、シロは呟く。
「互いに利用しあう関係だ。友などという上等な関係ではなかった……が」
眼鏡を軽く押さえ、近づいてくるシェリルに向かって剣を構える。
「恥ずかしい死に方は見せられないだろう。叶わぬまでも……」
そして華桜を振り返り、真剣な眼差しで語りかける。
「お前は生きてカルフェン嬢に伝えてくれ。貴女は自由だ、と」
死地に挑む男は何か憑き物が落ちたように、すっきりとした表情で前を向き、シェリルに向かって奔り出す。
「もうだれも死なせないの」
対峙するシロとシェリルを見つめ、華桜は人形にアウルを込める。
きっかけは華桜の放った一撃だったか、それともシェリルが踏み出した一歩だったのか。
勝負は一瞬だった。
華桜とシロの攻撃を避けたシェリルによる圧倒的な連撃に、なす術もなくシロは崩れ落ちる。
続けざまに華桜が放った桜を映し込んだ光の珠に突っ込む様に飛び込んで来たシェリルは、血に染まった大剣を華桜に突きつける。
「もう一息、でしたね。全員で敵に回られたら私も危なかったかもしれません……しかし、これが現実です」
シェリルは大剣を突きつけたまま、周囲に視線を巡らせ、倒れているアスハに目を止めて微笑みを浮かべる。
「味方をしてくれた方もいましたね。全員殺すのは止めましょう」
微笑みを華桜に向けて、あっさりと大剣をしまい込んだシェリルはぼろぼろになったスカートの端を摘まんで優雅に礼をする。
「今すぐに連れて帰れば助かる人もおりましょう。そうですね、次は四国で。機会がありましたらお会いしましょう」
では、と去って行くシェリルを見つめ、華桜は力が抜けた様にその場に蹲るのだった。