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マスター:monel
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/27


みんなの思い出



オープニング



 過ごしやすくなってきたとはいえまだ残暑の厳しい日差しが降り注ぐ昼下がり。
 住宅地の真ん中を貫く大通りをクラシックなメイド姿の少女が足取りも軽く歩いている。
 余り人の出歩かない時間帯とはいえ、その道には全く人気が無かった。
 そう、そこは横浜にほど近い郊外のベッドタウン。
 比較的高級な家が立ち並ぶ区域であるが、横浜に巨大ゲートが出来てからというもの、そこに住んでいたはずの住民は一人も住んでいなかった。
 幸運な一握りの住民を除き、横浜ゲートの結界内へと連れ去られたのだった。
 空で不気味に鳴き声を上げている化鳥や、小奇麗な小路を我が物顔で闊歩している双頭の犬などが連れ去ったのだろう。
 ここは既に天使の占領区域であり、侵入者が見つかれば問答無用で排除される事になっていた。


「あら、まだノックもしてませんのに、働き者の番犬ですね」
 何か巨大な物に叩き切られたような断面から血飛沫を上げて、双頭のサーバントが初めて違う方向へと倒れ込む。
 ひょいとスカートの裾を持ち上げて血だまりを越えるメイドの手には、1m程度の棒があるのみで、如何なる武器も見受ける事が出来ない。
「それにしても、毒々しいですね」
 片手で庇を作って見上げる視線の先には、誰が呼んだのか『九龍城塞』と呼ばれる不気味な巨大な塊――横浜に突如として現れた九龍城の如き巨大複合城塞――があった。
「あの場所で茶会を開くのは……楽しそうですね」
 頬についていた返り血を白いハンカチで拭き取り、眼鏡の奥で緑の瞳を楽しそうに瞬かせる。
「……今回は別の用であることが残念ですね。さて、そろそろ、連絡を差し上げた方が良いでしょうか。ふふ、どのような方がいらっしゃるのか楽しみにいたしましょう」
 メイド――シェリルはスマホを取り出しながら横浜のゲートに向かってゆっくりと歩き続ける。




「くそっ、派手にやりやがって!」
 サーバントから寄せられた情報に、シロは苛立たし気に立ち上がって窓の外を見つめる。
「なぜここで悪魔が出てくるんだ……。奴等だってそれどころじゃないだろう」
 風に煽られた癖毛を片手で撫でつけながら、シロは考えをまとめる様に呟く。
「僕等が様子を見てこようか?」
 背後から聞こえて来た声は、知人の使徒であるジンの声だ。
「あぁ、俺も暇していたところだ。一緒に行ってやるよ」
 ジンに続いて自らの使徒でもあるクロも立ち上がったようだ。
 シロは振り向き様にジロリと二人を見つめて、舌打ちをする。
「君達は最近妙に仲が良いじゃないか……。ふん、まあいい。ハガクレに声を掛けてくれ。鎌倉の失点を取り戻したいので何かあれば声を掛けろと息巻いていたからな」
 シロの視線を受けて、ジンは何か言おうとして口を開いては閉じている。
 そんな様子にシロは眉を潜めるが、口笛を吹き出しそうに他人面のクロを見て毒気を抜かれたように片手を振って指示を出す。
「何を企んでいるのか知らないが、また鴉にされたくなければ妙な事はするなよ、クロ」
 視線を交わして部屋を出ようとする二人の姿に、シロは釘をさす。
「分かってるって、シロ。お前は罠なりなんなり頑張って小細工してろよ。俺達は地味な仕事よりも派手にやりたいだけさ」
 軽い口調で部屋を出て行くクロを見送り、シロは扉を見つめていつまでも深く考え込んでいた。




「緊急の要請に集まってもらって感謝している」
 狩野淳也は集まった撃退士達へ資料を配りながら説明を始める。
「以前より接触があった四国のメイド悪魔・シェリルから約束の陽動を始める、と連絡があった」
 正面のスクリーンにはいくつか箇条書きでシェリルとの交渉結果が示されている。
「いつ、という時間を取り決めていなかったとはいえ、余りにも急な話だ。見送りも検討されたが、これで約束を反故にされても困る。この機会に一つでも多くの拠点の設置を頼む」
 スクリーンに映された画面が変わり、ゲート周辺の地図と公衆電話ボックスのような外見の通信拠点が映し出される。
「拠点造りはこれまでと変わらず撃退庁が行う予定だ。皆の仕事は彼らの援護になる」
 画面に作戦目標である拠点の設置個所と別に、赤い×印が示される。
「シェリルから連絡があった場所から推定された陽動位置だ。作戦はここから離れた場所だが……不測の事態があれば撤退の判断は任せる。先日の交渉で要求されていた物は準備済みだ。渡すかどうかの判断も君達に任せよう」
 狩野は真剣な眼差しで最後の言葉を締める。
「何があろうと、生き残ってくれ」




「あらあら、とてもタイミングが悪いですね」
 笑いを含んだ声と共に、撃退庁のトラックの前方の道が爆風と共に大きく抉られ、トラックはブレーキの甲高い音を立てて、急停車する。
 声の主は面白そうに笑いながら、ふわりと撃退士達の目の前に降り立った。
「出会ってしまったからには、もう時間稼ぎは不要ですね」
 土煙の向こうから現れた3つの影を見据えて、笑みを浮かべたままメイド撃退士へと振り返る。
「サーバントは私の子たちが抑えています。目の前には天使が1体に使徒が2体。さあ、お好きな方を差し上げますよ」
 手にした棒をクルリと回して楽しそうに笑い声を漏らした。
「私の武器はまだ試用中でして。長くは戦えませんが……私の探し物を渡してくれるのであれば、少しは頑張れるかもしれません」
 さあどうしますか、と笑うメイドから威圧感が増し、手にしていた棒にアウルが纏わりついたと見えた瞬間、先端に巨大な戦斧が生み出された。


「拙者の名はハガクレでござる! 貴殿達に恨みはないが、ここは拙者の預かった境界でござる。悪魔と謀って足を踏み入れようとする悪行三昧、天が見逃しても拙者が見逃さぬでござる! いざ、尋常に勝負勝負!」
 散々にシェリルに逃げ回られたためか、ハガクレは既にヒートアップしている。
 その後ろから、弾丸の補充をしているジンとクロは嫌そうに小声で話しをしていた。
「チッ、暑苦しいオッサンだぜ。しかし、面倒くせえ奴等に出会っちまったな」
「あのお姉さん本当に大丈夫なのかな。はい、弾はこれだけだよ。多分これから補充は出来ないからね」
 ジンが描き生み出した弾丸を受け取り、銃に装填していくクロは唇の端を曲げて笑う。
「弾を打ち尽くしたら適当に逃げるさ。お前は上手い事やれよ」
「ちぇっ、他人事だと思って……あ、そろそろ始まるみたいだね」
 撃退士達に向かって駆け出したハガクレに対し、迎え撃つ者と背後の使徒を警戒するものに分かれたようだった。
 互いの相手を見据えて、戦いが始まる。


リプレイ本文



「足はすっかり良くなったみたいで何よりだ」
 シェリルの問いかけに矢野 古代(jb1679)は軽い調子で応える。
「せっかくだ、試運転ならあの天使にどうだ?」
 その言葉にシェリルは、微笑みを浮かべる。
「ええ、丁度良さそうな相手ですね。ただし、長くは持ちませんよ」
 手にしたアウルの戦斧を肩に担ぎ、シェリルはハガクレに向かって歩き出す。
「シェリルさーんっ! おうちの鍵あったよー!」
 そのシェリルの背中に私市 琥珀(jb5268)が両手の着ぐるみの鎌をブンブンと振り回して叫ぶ。
 私市の手の中で陽光を受けて光るのは六分儀を模した精緻な機械。
 シェリルの横にエイルズレトラ マステリオ(ja2224)が並び立ち、小声でシェリルに話かけた。
「僕が隙を作ります。その武器でおもいっきりやってください」
 エイルズレトラの声が聞こえたのかどうか、疾走するシェリル次の瞬間ハガクレとぶつかり合う。
 エイルズレトラの頭上に召喚されたヒリュウは、主と共に砂埃の中へと突っ込んで行った。

「随分と強引なパーティの誘いやなぁ……」
 闇と血に彩られた翼を広げて、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は前方を見据える。
 視線の先にはハガクレの背中を呆れた表情で眺めている使徒が二人。
「ええかげん自分のこそこそも飽きてきたんや」
 空へと舞い上がったかと見えた瞬間、ゼロは上空から一気に使徒へと距離を詰める。
「九郎、そろそろ巻いていこうや」
 血に飢えた愛用の大鎌はクロの身体を切り裂くべく、綺麗な軌跡を描いて振り下ろされる。

 飛び出したゼロを追って残りの撃退士達も走り出す。
「突然で、困ってしまうの、ですよ?」
 困惑の表情を浮かべて印を結びながら走る華桜りりか(jb6883)に、狗月 暁良(ja8545)は肩をすくめて並走する。
「恋も喧嘩も唐突に始まるンだシ、戦闘がいきなり始まるのもアリじゃネーか?」
 手甲から爪を出し、狗月は目を細める。
「まァ、それにしても些か唐突に過ぎるかネ。天使が邪魔してくル前に目標は撃破でいくゼ」
 狗月はステップを踏んで華桜から距離を取って回り込む。
 私市は二人のやや後方を走り、矢野はハガクレ達を挟んで華桜達とは反対側へ走った。

 一人出遅れたユウ・ターナー(jb5471)は絵筆を取り出したジンを見つめて、小さく呟く。
「こんなのヤだ。誰も……喜ばない、よ」
 下を向いてギュッと目を瞑るユウだったが、その体の周囲に冥府の風が巻き起こる。
「いっそ……戦わなくて済むように……」
 ふわりと空へと舞い上がったユウは迷いの無い瞳でジンを見つめる。
「ユウは……信じて戦うよ!」
 冥府の風と共に、ユウは真っ直ぐにジンに向かって飛んでいく。




「またテメェか、ゼロォッ!」
 血が噴き出した肩の傷を押えて、クロは苦痛に叫ぶ。
「いいさ、ケリをつけてやるぜ!」
 身構えるゼロを置いてクロは空へ飛び、銃を肩に背負って後ろを振り返らずに弾丸を放つ。
「言うてることとやっとる事がでたらめやでクロ……な、何や!?」
 牽制の銃弾など気にせずクロを追うゼロは、突然横から受けた衝撃に痛みよりも先に困惑の声を上げる。
「ひゃっはは、どこまでも追尾する弾はしつこいお前にはピッ……ああん?」
 ゼロの声を聞いて後ろを振り向いてあざ笑おうとしたクロだったが、ゼロの姿を見失って視線をあちこちに走らせる。
「どこを探しとるんや。トロすぎるやろ」
 切り裂かれる痛みと共に、ゼロの声が背中から聞こえてくる。
「い、いつの間に……!」
 再び銃弾を放ってさらに遠くへと飛ぼうとするが、その目の前に回り込んだゼロが鎌を振り下ろす。
「終わりにしようや、クロ」
 クロは腕を交差してゼロの鎌を受け止めるが、その代償として両腕から少なくない血を流すことになった。
「くっく……」
 血まみれの両腕の下から現れたクロの口は笑みの形に歪んでいた。
「お前は俺が何発撃ったか覚えてるか?」
 咄嗟に横に飛んで回避行動を取ろうとしたゼロだったが、死角から飛んできた弾丸を脚に受けてバランスを崩す。
「リスクを取らねぇ行動じゃ俺は止められねぇよ。あばよ」
 クロが構えた銃を見てゼロは一瞬動きが止まる。
 その銃口が向いている先は、クロ自身。
「させるかァーッ!」
 瞬時に活性化された漆黒の鴉がクロに向かって飛び、クロの技を止めようとする。
 次の瞬間、閃光がゼロの視界を覆いつくした。




 エイルズレトラは砂埃を迂回してハガクレの背後へ回り込む
 視界の端でエイルズレトラの姿を捉えて、ハガクレは楽しそうに口を歪める。
「鎌倉を経て、拙者はお主への対策を考えたでござる」
 その言葉に応える事も無く、シェリルの攻撃に合わせてハガクレに攻撃を仕掛ける。
 シェリルの戦斧が肉を断ち、エイルズレトラのカードが身体を抉る。
 その攻撃を身体で受け止め、ハガクレの刀が滑る様に煌めく。
 幾重にも、幾重にも。
 狙いも定めずに刀を振るっているだけだが、その頻度と密度は馬鹿にできない。
「ぬはは、数打てば当たるでござろう」
 激しく刀を振り回すハガクレに、シェリルは切り裂かれた腕を押さえて僅かに下がり、エイルズレトラは涼しい顔で全ての攻撃を避けている。
 一見無駄な行動であるが、幸運は行動を起こした者にしか訪れない。
 疲れて乱れた刃先がハートの身体を捉え、一気に引き裂いた。
 消え去るハートに崩れ落ちるエイルズレトラ。
 だが、エイルズレトラの身体を淡い光が包み込み、助け起こされるように立ち上がる。
「カマキリ救助隊出動っ!」
 ぺかーっとポーズを決めた私市は、さらにエイルズレトラに癒しの光を振り注いだ。
「きさカマは守る、傷ついたみんなを守るっ」
 私市の決め台詞と同時に華桜が放った雷光がハガクレの全身を焼いたのだった。

「うぬぅ!」
 ハガクレはさらに降り注ぐ雷光に足が止まる。
 サングラス越しでも目がくらむほどの雷光に、シェリルの姿を見失った。
「面白い技をお見せしましょう」
戦斧がハガクレの懐を掠めて振り抜かれる、と見えた時、空中で戦斧が消えて棒はピタリと止まり、再び戦斧が出現して即座に切り返される。
 武器の重さをも操るその技により、シェリルの描く刃の軌跡は変幻自在にハガクレを襲う。
「面妖な技を使うでござるな!」
 ハガクレは、刀を上段に構えてわざと隙を作る。
 その明らかな誘いに警戒したシェリルの脚が止まった。
「僕を忘れてるんじゃないですか?」
 背後の声に、ハガクレは迷うことなく振り向いて刀を振り下ろす。
 神速ともいえるその一刀は、エイルズレトラを袈裟切りに切り裂き、背骨を砕いたところで止まった。
「その僕ごとどうぞ」
 もう一人のエイルズレトラに離れた場所から声を掛けられ、ハガクレは目を見開いた。
「ええ、断ち切りましょう」
 ハガクレの頭上まで飛んでくるりと回転するシェリルの手にあるのは巨大な両刃の剣。
 その重さに遠心力が加わり、全てを断ち切る一撃が振るわれる。
「ぬおぉ!」
 ハガクレは野獣の如く唸りを上げて、エイルズレトラの分身ごと刀を横薙ぎに振り回す。
 再び弾ける天と魔のアウルが空気を焦がす。
 結果は相討ち、共に立ってはいるが流れる血の量がその傷の深さを現していた。

「さて、残念ですが……」
 アウルが消えた棒をクルリと回して、シェリルはひょいと後ろに飛んで距離を取った。
 その隙をついて視線を巡らせたハガクレは、刀を鞘に納めて腰だめに構える。
「後ろだっ! 避けろっ!」
 ハガクレの行動に気づいた矢野が叫び、エイルズレトラが突っ込んで行くが既に遅く、ハガクレの刀が一閃され、衝撃波がすべてを断ち切る勢いで放たれた。




「先に足止めなの、です」
 華桜が上空に掲げた両手で最後の印を結ぶと同時に、周囲を雷光が埋め尽くす。
 スキルの発動直前にその場を離れていたクロは、私市の放った鎖もかわしてゼロと空中での追撃戦を始めていた。
 地上では、砕けたレンガの破片が散らばる中でジンは膝をついて蹲っている。
「激しいね。耐えきれるかな……」
「休めるなンて思ってルんじゃネーだろうナ?」
 焼け焦げた体に絵筆を走らせ傷を消すジンに、狗月は側面に回り込みながら拳を振るう。
 見えない矢がジンの身体を掠め、堪らずにジンは再びレンガで周囲を固める。
「その壁、全部引っぺがす」
 後方で銃を構えていた矢野は、構えた銃にアウルを集中させて次々に銃弾を撃ち込んだ。
 跳ね上がる銃身を無理矢理に抑え込んだ銃撃は、ジンが構築した壁を次々に崩していく。

「……ゼロさん見失ったの」
 ジンとの激しい攻防に注意が向けられた一瞬で、華桜はクロとゼロの姿を見失ってしまった。
「仕方ないの、です」
 その場で印を結びながらゼロを諦めた華桜は、再び上空より雷光を招く。
 轟音を立ててジンとハガクレに降り注ぐ雷光に、ジンの生み出したレンガは容易く切り裂かれて、ジンの小さな体を地面へと叩き付ける。
「うわ、待ってよ!」
 傷を癒すために絵筆を動かしていたジンに、狗月が手甲の爪を振るう。
 咄嗟の動きでレンガの塊を爪の先に生み出すが、レンガごと振り抜かれた爪の勢いに横っ面を殴られる。
「まだ余裕がありそうだな、全部出してもらおうか!」
 再び火を噴く矢野の銃。
 暴れまわる銃身を抑える矢野の額には玉のような汗が滴りおちるが、攻撃の手を緩めることなくジンを追い詰めていく。
 ついにはレンガを生み出す事もできなくなったジンは矢野の銃弾を受けてその場に転がった。
「ジンくん……戦わなくて済む様に、その腕、貰うね!」
 空中から放たれたユウの一撃は、周囲の光を飲み干すように闇を纏いながらジンの腕に喰らいつく。
「あぁっ!」
 激しい痛みにジンの右腕はピクリとも動かなくなっていた。
「まだ、僕は諦めない……絵を、ドラを諦めないよ!」
 呻きながらも左腕を器用に使って右腕の修復を試みるジン。
 ゆっくりと地上へと降りてくるユウは唇を噛みしめてそんなジンの様子を見つめる。
「私達には勝てないの、です」
 眉を寄せて哀し気に印を結んだ華桜は、符をジンに向かってばらまく。
 ジンの周りを舞い落ちる符から式神が生み出され、ジンの体を拘束する。
「僕はまだ、諦めない!」
 式神に身体を締め付けられたまま、ジンは強い眼差しで両手の絵筆を握りしめて叫ぶ。
「イイ、覚悟じゃネーか」
 体の小さなジンのさらに懐に潜り込む低い姿勢から、狗月が拳を振り抜く。
 アッパー気味に突き出された拳はジンの鳩尾に抉り込む様に突き刺さり、爪がジンの身体に突き刺さる。
「こっチも手加減はシねーゼ」
 続けて振り抜いた蹴りは力を振り絞ったジンの生み出したレンガを砕き、勢いを殺さずに振り回した裏拳はしゃがみこんだジンの頭上を空振りする。
 だが、ジンに出来たのはそこまでだった。
 振り下ろされる踵が、地面スレスレに放たれる拳が、そして全力で振り抜かれたストレートが、ジンの身体に嵐のように襲い掛かる。
「う……、流石にきついなぁ……」
 ジンはストンとその場で尻餅をついて天を仰ぐ。
 続けざまの猛攻に震える腕で体を支えて何とか起き上る。
「僕は先に帰るね」
 くるりと後ろを向いて駆け出したジンの背中を睨みながらも、狗月はストレートを振り抜いた格好のまま荒い呼吸を整えるので精いっぱいで動く事が出来ない。
「今まで散々強みを押し付けて来たんだ、今度は強みを押し付けられて息絶えろ」
 走りながら何やら絵筆を走らせているジンに向かって、手にした銃に限界を超えたアウルを込めて矢野が呟く。
 この戦いで散々に無理をさせて来た銃は、その銃身から不吉な軋みを上げる。
 漆黒よりもなお昏い銃弾が飛び出すと同時に破裂音と共に銃身にヒビが入った。
 唸りを上げて空を切り裂く銃弾はジンの腰を抉り、その体を地面に叩き付ける。
 だが、その直前、ジンの絵筆は描き終えていた。
 昏き銃弾とすれ違うように走り出したのは、白く輝く格闘人形。
 どこまでも明るく照らされたのは、華桜。
 咄嗟に印を結び、術を発動させようとする華桜だが、光に包まれるようにラッシュを受ける。
 先ほどジンが喰らったような倒れる事が許されないほどの連撃。
 飛びそうになる意識を辛うじて繋ぎ止め、一つずつ正確に印を結び続ける。
 止まらない連撃の前に立ち塞がったのは無数の式神。
 人形を締め付け、弾け飛ばした式神が元の符に戻ってはらりはらりと地面に舞い落ちるなかで、華桜はほぅ、と一つ溜息をついた。

「戦いは、これで終わりにしよう?」
 ジンに追いついたユウがジンの両腕に向けて手をかざした時、上空から激しい爆音が響き渡り、その爆音にも負けないほど切羽詰まった警告の声が鋭く耳を指す。
「後ろだ! 避けろっ!」
 何が起きているのか、ユウは意識する間もなくジンを庇うように地面に身を投げ出す。
 その背中を抉る様に衝撃波が全てを薙ぎ倒していく。
 身構えた狗月と私市は耐える事が出来たが、背中からまともに衝撃を受けたユウはジンに覆いかぶさったまま動かなくなった。




「大丈夫かっ」
 倒れたユウに駆け寄ろうとする撃退士達。
「邪魔だ」
 頭上から放たれた一発の弾丸を避ける事が出来ず、華桜、矢野、狗月が爆発に巻き込まれる。
「逃がさネーぜ?」
 爆風を背中にうけて加速した狗月がクロに迫る。
 銃口を真っ直ぐに狗月に向けたクロは、ニヤリと笑って肩に担いでいたゼロを放り投げる。
「ここらで痛み分けだ。こいつらを放っといて殺し合いもねーだろ?」
「チッ、さっさと行きナ」
 ゼロを受け止めた狗月は、ジンを背負って飛び立つクロに舌打ちで返す。
「ユウさんが危険なんだよ!」
 ジンを庇って倒れていたユウの傷を見た私市が慎重にユウの身体を背負う。
 既に矢野が倒れた華桜を担いで走っており、エイルズレトラはシェリルと共にハガクレを牽制している。
「あっ、これ、返すんだよっ!」
 私市は持っていた『鍵』をすれ違いざまにシェリルに投げる。
「何日か前位から連絡をもらえるとありがたいんだよ、カマァ!」
 私市の言葉に、エイルズレトラもシェリルを叱る様に言葉を重ねる。
「陽動は本命の準備が整ってないのに始められても困るんですよ」
 シェリルは二人の言葉には笑顔を向けるのみであった。

「いつまでその武器を隠しておくつもりでござるか」
 黙って撃退士達が撤退していくのを見送っていたハガクレが、静かにシェリルに問いかける。
「あら、お気づきでしたか?」
 エネルギー切れと言っていた棒はいつの間にか小さなクロスボウへと変わり、ハガクレに向けられていた。
「邪魔が無くなってから楽しもうと思っていましたが……時間切れのようですね。いずれまたお会いしましたら最後まで楽しみましょう」
 シェリルの言葉が終わると同時に、二人の間にディアボロの集団が駆け抜けていく。
 その集団が居なくなった時、そこ場にはハガクレだけが残されていたのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 暁の先へ・狗月 暁良(ja8545)
 撃退士・矢野 古代(jb1679)
 天衣無縫・ユウ・ターナー(jb5471)
重体: 天衣無縫・ユウ・ターナー(jb5471)
   <その優しさゆえに>という理由により『重体』となる
面白かった!:9人

奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
天衣無縫・
ユウ・ターナー(jb5471)

高等部2年25組 女 ナイトウォーカー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅