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静かな音楽の流れる開放的な天窓から夏の日差しが降り注いでいる。
空調の聞いた店内は日差しの温もりと相まって、眠気を誘う朗らかな室温を保っている。
来客を知らせる軽やかなベルの音が店内のざわめきをおさえて響き渡る。
伝統的なメイドの衣装に身を包んだ少女の姿にに店員と客の視線が集まったが、すぐに興味が薄れた様に、元のざわめきが戻って行く。
珍しい格好ではあるが、それだけで注目されるほど小さな町では無かった。
客は各々の世界に没頭していく。
「何名様ですか?」
自然な笑顔を浮かべてメイドに声を掛ける店員に、メイドが応えようと口を開きかけた時、大きな声が店内に響き渡る。
「シェリルさん。久しぶりなんだよ!」
立ち上がって手を振る私市 琥珀(
jb5268)の姿を目印に、シェリルは店員に連れられて撃退士達が待つテーブルへと歩いてきた。
「お久し振りですわね」
スカートを摘まんで挨拶をするシェリルに店員は少し戸惑いを見せつつ、メニューを渡す。
あら、と声を漏らしてメニューを見つめるシェリルに、華桜りりか(
jb6883)が声を掛ける。
「とりあえず、何か飲みながらお話をしましょう、です」
お勧めはココアなの、と告げる華桜にシェリルは微笑みを浮かべて頷き、席に座る。
すると、シェリルの目の前に果物が詰まった籠と花束が差し出される。
「怪我をしてるのでしょう。怪我人にはお見舞いを渡すのがこちらの風習みたいなものなのよォ」
遠慮せずに受け取りなさい、と押し付けてくる黒百合(
ja0422)に、シェリルは嬉しそうに花束を膝の上に乗せる。
「意外でしたわ……何も仕掛けが無いどころか怪我の心配までして頂けるとは思いませんでしたので」
そっと指をテーブルに這わせながら、シェリルは浮かべた微笑みを深める。
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「それでは、始めましょうか」
テーブルの上にココアのカップをそっと置き、シェリルは口を開く。
「私の依頼した件、了承頂けますでしょうか?」
シェリルに最初に応えるのは、シェリルに向かって右手を突き出して立ち上がった地領院 徒歩(
ja0689)だ。
左手でかき上げられた前髪の下から、赤い瞳がシェリルを見つめる。
「この縁はすなわち我が理想郷への伏線となるだろう。学園秘のような情報でなければ協力しよう」
地領院の言葉に他の撃退士達はむずがゆいような表情を浮かべる。
その様子をシェリルが面白そうに見ていると、華桜がおずおずと口を開いた。
「あの、えと……どうして急に交渉しようと思ったの……です?」
シェリルはココアのカップの縁を触りながら、目を伏せて答える。
「面白そうだと思ったから、という答えでは言葉が足りませんわね」
小さく言葉を漏らして、視線を上げる。
「鎌倉攻略、そしてエンハンブレへの侵入。あなた方の活躍は何度もおもてなし差し上げた私としても想定外でした」
華桜の目を見つめたまま、シェリルは再び微笑む。
「私がなぜ関東へ来ているのは御前様の御意志です。私の役割は、ケッツァーの援護と、情報収集。今回はそのための交渉です」
もっとも、とココアを手に取り背もたれに身を預けてシェリルは続けた。
「半分以上は私自身の興味と事情ですが」
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話がひと段落したところで、咲村 氷雅(
jb0731)が静かに口を開いた。
「最初に、見返りについて詳しく聞いておきたい」
黙って頷いて先を促すシェリルに、咲村は言葉を続ける。
「戦力の提供、という事だがもう少し範囲を広げられないだろうか? 全国規模での対天に対する一時的な共闘、だ。四国限定でも良い」
どうだ、と見つめてくる咲村にシェリルはあっさりと拒絶をした。
「無理ですね。私の役目は先ほど話した通り。関東でのケッツァーの援護です」
取りつく島も無く笑うシェリルに、咲村は次点の案を提案する。
「そうか。では、横浜ゲート内に足の速い眷属を置いておくことは出来るか? 冥魔が侵入したとなれば向こうも無視はできないだろう」
咲村の提案に今度はニッコリと朗らかな笑みを浮かべてシェリルは同意する。
「陽動ですね。その程度であればもちろん可能ですわ。それでは、此方の要求にも答えて頂きましょうか」
シェリルは指を一本立て、最初の要求を告げる。
「私が落とした物の『捜索』、受けて頂けますわね?」
撃退士達はシェリルの言葉に、緊張を隠すように姿勢を変える。
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「その『捜索』の件ですが」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が閉じていた口を開いた。
「対象が曖昧過ぎて判断しようがありませんね。失くした物の詳細な情報と失くした時の状況、そして、何故交渉までして探したいのかを教えて頂けなければこちらとしても答えようがありません」
エイルズレトラの言葉にシェリルは目を丸くして、口元を手で隠すジェスチャーをする。
「まあ、そのような質問が返ってくるとは思いませんでした。あの場所に居たというのに」
シェリルは掌で隠した口許からくすくすと笑いを漏らす。
「詳細は御存じのはずです。あの船に潜入したのですから。私はただ部屋に戻れなくて困っているだけですのよ?」
わざとらしいジェスチャーを止めて問いかける様に首を軽く傾げて見せる。
「あの……物によっては、あたしたちでは決める事ができないかもしれないの。それに見返りはまだ口約束だけなの……です。見つけたとしても渡すのは見返りを確認してからなの」
華桜は慎重に言葉を選び、シェリルに行動の確約を促す。
その言葉に重ねて地領院も発言をした。
「家の鍵を失くした恐怖は分からないでもない。探すぐらいならいくらでも協力する。が、見つけたところで『協力する』という言葉だけでは結果を安易に教えられんな」
問題ない、という風に頷くシェリルに対し、エイルズレトラは話をまとめる。
「現時点では学園に確認しないと分からない点が多いようです。持ち帰って検討させて頂きますね」
その結論に、シェリルは仕方ありませんね、と溜息を漏らして同意する。
「ただし、次に会った時に同じような回答であれば、この話は無かったものとさせて頂きますので、お心に留めおきください」
徐々に悪くなっていく場の雰囲気を気にした様子も無く、私市が元気に手を上げて付け加える。
「ひょっとしたら、落とし物届けが出てるかも? 戻ったら聞いてみるね!」
邪気の無いその言葉に、シェリルは溜息をついて背もたれに身体を預け、ココアに手を伸ばした。
「ええ、よろしくお願いしますね。さて、次の話に移りましょうか」
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次にシェリルが要求したのは天使の情報についてだった。
「まずは話をお聞かせ願いますわ」
優雅にカップを置いて、興味深そうに瞼を瞬かせて、撃退士達を見つめる。
「『天使について』の情報が欲しいのだな? 天使も悪魔も人間もそう変わりは無い。目的があり性格があり得意不得意がある。……具体的に誰、というのであれば話は変わってくるが」
真っ先に口を開いた地領院は立ち上がって不敵な笑みを浮かべる。
先を促すようにシェリルが目で訴えかけると、赤い瞳をあらぬ方向へ向けて「俺に言えるのはそれぐらいだな」と言い放つ。
暫し、形容し難い沈黙が流れた後に、地領院はゆっくりと席に座る。
「各地でゲートが襲撃にあっている事を知っているか?」
何事もなかったかのように咲村がシェリルに質問をする。
「さあ、どのような話でしょうか」
とぼけているのか、本当に知らないのか、シェリルの表情からは読み取ることが出来ない。
「……天使がゲートを襲っている。冥魔のモノだけではない、同じ天使のゲートもだ」
微笑みを浮かべたまま表情を変えないシェリルに探りを入れるように、少しずつ話をするが、はっきりとした反応を見て取ることは出来なかった。
「かなり強い天使も動いてるようよォ♪ ねェ、楽しくなってこないかしらァ?」
黒百合がその時の天使を思い出したのか、しっとりとした笑みを浮かべる。
「強い天使、ですか。それは興味深いですわねぇ」
シェリルも妖しい笑みを浮かべて、二人で、うふふ、と含み笑いを交わしている。
その不気味な笑いを遮る様に、エイルズレトラが口を挟む。
「強い天使と言えば、貴女も会ったことのある、ハガクレという天使。彼の事なら随分分かってきましたよ」
エイルズレトラの言葉に思い出そうとしているのか、中空を見つめるシェリルに、ほらあのアフロの、とエイルズレトラは説明を続ける。
「あいつは基本的に、アホ、ですね。会話で簡単に気を逸らされるし、交戦中にも隙を見せます。注意すべき技も持っていますが、当たらなければどうということはありません」
ああ、とシェリルはようやく思い出したように頷く。
「横浜に向かうのであれば、出会いそうですわね。楽しみが一つ増えました」
嬉しそうなシェリルの様子に、私市は思い出したように声を上げる。
「そうだ、ハガクレと言えば、鎌倉で戦った時にアナエルっていう天使も居たよ。攻撃も丸ごと反射したり強烈な吹雪で攻撃したり、凄く強かったよ!」
アナエル、という言葉にシェリルの笑みが一瞬だけ消え、眼鏡の奥の瞳が細められる。
「そうですか、強い天使……うふふ、その方に出会えるのも楽しみですわ」
「今、横浜に大半の天使が集まってるみたいだし、きっと会えるよ!」
私市がシェリルの様子に嬉しそうに励ましている横で、華桜が静かに尋ねる。
「シェリルさんのほしかった情報はわかったの、です?」
シェリルは指をそっと顎に当て、少し考えるようなポーズを取る。
三度呼吸をする程度に時間を置いて、悪戯を思いついたようにニヤリと笑う。
「今は頂いた情報で結構です、が……横浜を攻める際、事前に情報を頂けますかしら? もちろん返事はまた今度で結構ですわ」
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シェリルの要求に対して撃退士達がそれぞれの思考に入った隙を狙ったようなタイミングで、両手を合わせて、パン、と軽快な音を立てる。
ハッ、と視線をシェリルに戻すと、目を輝かせて両手をすり合わせていた。
「さあ、前置きはこれぐらいで良いですわね。聞かせて頂けますかしら? 皆さまの武器に対するアイデアを」
前のめりに身を乗り出して、シェリルは嬉しそうに質問する。
逸るシェリルを地領院は立ち上がって立てた指をシェリルの目の前にかざす。
「先に確認しておきたい事が2点。伝え聞く大きな怪我は既に完治したのか、そして、望むのは勝つための武器か、戦うための武器か、だ」
「怪我はもう少し、というところですわね。良い治療所がありましたので」
体の状態を確かめる様に何度か拳を作っては開き、シェリルは答える。
「それは……ジン君、あの時助けていた使徒のことなの……です?」
「あぁ……いいえ、彼ではありません。あの時の借りはもう返しておりますしね」
きっぱりと否定されて、口ごもる華桜をそのままに、シェリルは地領院のもう一つの質問に答える。
「武器は……もてなしの為ですので、皆さまが楽しんで頂ければそれで結構ですわ」
シェリルの言葉に飛びついたのはエイルズレトラだった。
「それならば是非両刃の大剣を持つべきですね。これを見てください」
どこから取り出したのか、魔法の様にテーブルに広がるマンガ本。
「前の戦斧の重量そのままに、戦斧よりもバランスが良い大剣を持つことで破壊力はそのままに攻撃精度を上げる事が出来るはずです。それに大剣であれば攻撃を受けることも容易く、斬る範囲も広いんですよ」
何より浪漫です、と力説するエイルズレトラにシェリルは興味深そうにマンガ本を手に取る。
「まあ、貴方様がそれほど熱くなるのは珍しいですわね。ふふ、悪魔が沢山いますわねぇ」
興味深そうにページをパラパラとめくり、ディアボロと思しき小鬼を大剣で薙ぎ倒す大男の絵をじっと見つめる。
「破壊力を増すのも良いが、素早い相手に対応したいならば俺は戦斧を推奨しよう。だが巨大な戦斧ではない。斧頭を幅広の刀剣のようにして、柄を短く取り回しの良いものにしたものだ」
咲村の説明に、シェリルはイメージを膨らませる様に、軽く目を閉じて頷く。
「当たれば切れる。素早い相手でも掠るだけでダメージを与えられるだろう」
「あらぁ、取り回しなら大きさはそのままにして改造したらいいじゃなぁい♪」
黒百合は遮る様に声を上げる。
「私の武器を知ってるわよねぇ。軌道修正や加速はスラスターを追加することで対応可能だわぁ。それにキャリングハンドを付けたり、柄の伸縮機能を付ける事で死角を失くして間合いを悟られにくくする事だってできるわよぉ♪」
黒百合の言葉に、シェリルはぽん、と手を打つ。
「なるほど、取り回しの悪さを補うための補助ですか。あの武器は見事な出来でしたわね」
「石突に鎖をつけておけば、投げた後の回収や相手を拘束することも出来るな」
改造武器のアイデアに触発されたのか、咲村も武器の改造方法について思いつきを口にする。その言葉を聞いて私市がシュタッと手をあげる。
「ヨーヨーなんてどうかなぁ。投げても戻ってくる打撃武器にするのも良いし、糸をワイヤーとかにしたら相手に巻き付けたり引き裂いたりも出来るだろうし! シェリルさんみたいに力があって元気に動き回る人には合ってると思うんだよ!」
ヨーヨーを投げつけるような手振り身振りを交えて熱く語る私市に、地領院が思いついたアイデアを口にする。
「絡めとった場合は止めを刺す武器が必要だな。暗器や格闘武器などの隠し玉を用意しておくのをお勧めする」
地領院の言葉に幾人かが頷いて同意する。
「ぶきを見せておくのも良いけど、隠しておいて颯爽とスカートから取り出すというのも良いかと……です。鞭とかも似合いそうなの、鎖鞭?」
華桜の言葉に暗器の種類や格闘武器の工夫など、話題は大いに盛り上がっていく。
その盛り上がりを眺めて、シェリルはニコニコと嬉しそうに微笑み、ココアのカップ持ち上げ、中身が空になっている事に気づいて、あら、と溜息をつく。
「大変有意義な時間でしたわ。皆様のアイデアを参考に新しい武器を作ってみます。名残惜しいところですが、そろそろ、お暇致しますわね」
立ち上がるシェリルに、黒百合が袋を差しだす。
「敵が強くなる、って素敵よねェ。早く貴女に倒されたいわァ……うふふゥ。これを持ってて。情報を伝えるなら連絡手段が必要でしょォ」
渡された袋の中にあるスマホを見て、私市がごそごそと鞄を漁る。
「それならこれも! 今一番人気の流行なんだよ!」
差し出したのはカマキリのストラップとスマホケースだった。
「まあ……ありがとうございます」
花束とフルーツバスケットを持って両手が塞がっていたシェリルは、戸惑ったように口を開く。
ささっと強引に渡してくる私市に笑いながら礼を述べて、シェリルはその場から去っていった。