●
最初に動いたのはゼロ=シュバイツァー(
jb7501)だ。
背中に広げた闇翼をはためかせ、空中で恭しくお辞儀する。
「レディ。今日は別の相手とダンスをお楽しみください」
ニヤリと笑い、生垣の向こう、使徒達の元へと飛び立った。
近づいてくるゼロを見て舌打ちをするクロを置いて、ジンは生垣を突っ切りシェリルへと向かう。
「貴方達は何をしに来たのでしょう?」
ジンの目の前を掠める様にして、佐藤 としお(
ja2489)が放った銃弾がシェリルの右足の包帯に穴を開ける。
硬質な音を響かせて右足を弾かれたシェリルは、踏み出しかけた脚を戻して踏みとどまった。
「僕等はあの子と話があるんだ。邪魔、しないでよね」
ジンは頬を膨らませて佐藤を睨みつける。
「僕達も用事があるんだけど、ね。……どんな用事なんだか」
佐藤は油断なくシェリルとジンに視線を移ろわせる。
「てめぇ達が出張ってくるだけで邪魔だっての!」
ジンの脚が止まった事を幸いに、獅堂 武(
jb0906)がその巨体に似合わぬ速度で印を結び、加速した踏み込みで二本の小太刀をジンに振り抜く。
だが、地面を転がったジンにわずかに刃は届かずに獅堂の二刀は空を切った。
「僕も譲れない事があるから」
立ち上がりざまに筆を抜いたジンが、頭上に向かって筆を走らせる。
●
「お久し振りね。シェリル」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)は拳銃にアウルを送り込み、シェリルに狙いをつける。
「今日の主賓はあたしたちかしら。ほったらかしにしちゃ嫌よ?」
放たれた弾丸をシェリルは余裕をもって戦斧で弾いた。
だが、弾かれた銃弾は液状となって飛び散り、シェリルの全身から腐食反応による煙が立ち昇る。
お返しとばかりに駆けつけてきた斧猫が2体、左右から斧を振るってくる。
「早打ちの曲芸は苦手なのよ?」
斧猫のわずかなタイミングのずれを狙い、左右に銃弾を放つ。
斧の軌道がわずかにずらされ、地面に斧を叩き込みそうになった斧猫は慌てて軌道修正を試みる。
だが、その動きはケイの誘いであった。
振り上げられた斧は僅かに方向転換が間に合わず、刃の無い腹の部分をケイに見せる事になる。
その隙を見逃さずに斧へと足を乗せたケイは、振り上げられた勢いで上空へと飛び、体を捻りながら再びシェリルへと弾丸を放った。
撃ち抜かれたのは、やはりシェリルの戦斧。少しずつ、少しずつ、浸食は広がって行く。
「パーティのお誘いを受けるのが一人前のレディーってことよね!」
眉を潜めるシェリルに向かって、雪室 チルル(
ja0220)が真正面から大型のエストックを突き出す。
武器の先端から噴出した白いアウルは氷の結晶を周囲に生成しながら一直線にシェリルへと襲い掛かった。
「ええ、私のおもてなしを存分にご堪能ください」
雪室の攻撃に貫かれながらも、シェリルは怯むことなく一直線に雪室へと迫り、強大な戦斧を振り下ろすのだった。
咄嗟に展開した氷結晶の盾で受け止めた雪室は、衝撃を逃がしきれずに小さな体を宙に飛ばされる。
「ちょっと手がしびれちゃったわね! でもまだまだこれからよ!」
魔具を握り直してシェリルの方向へと突きつけ、雪室は元気に言い放つ。
シェリルは呆れたように笑って再び戦斧を担ぐが、不意に近くに現れた気配に一歩横へと身体をずらした。
「僕もお相手しましょう。ハートと一緒にね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がふわりと腕を振ると、何も居なかった空間に一体のヒリュウ・ハートが現れる。
その姿を見たシェリルは微笑みを深め、戦斧を持つ手に力を込めた。
「連れて行った方達を返して頂きたいの……」
斧を振り回して迫ってくる斧猫達の頭上を越えて、華桜りりか(
jb6883)の抱きかかえた人形から光り輝く玉が放出される。
その玉は斧猫たちの後ろから杖を掲げてよたよたと歩いていた杖猫にぶつかり、派手に転ばせるが、白い光に包まれた杖猫は頭を振りながらもすぐに立ち上がっていた。
「治癒の力なの、です」
仲間へと警告を告げている間にも、迫って来た斧猫が華桜を両断せんと斧を振り回して身体ごとぶつかってくる。
咄嗟に張ろうとした魔法の結界が展開する前に華桜の身体に斧がぶつかり、骨が削られる嫌な音を鳴らしながら振り抜かれた。
「先にあの杖をもった猫を狙うの……」
軽くない怪我からの流血に顔面を白くさせながらも、華桜は後方の杖猫から視線を外さなかった。
「まずは、杖をもった猫からだね」
龍崎海(
ja0565)は手にした槍に光を纏わせ、角度をつけて突き上げる。
槍の先端から投擲されたように飛ばされた光は、もう一体の杖猫へ突き刺さり、斜面に転ばせた。
ようやく龍崎の元へとたどり着いた斧猫の振るう斧を槍で捌きながら、龍崎は周囲の様子に目を配る。
「とりあえずは拮抗しているね……でも、危うい」
最もダメージが重い華桜の傷を癒すべく、龍崎は集中するのだった。
●
「さて、九郎。相変わらずこそこそするのが好きみたいやな」
クロから数m、戦いが始まった対向車線を背にゼロは留まり、クロへと語り掛ける。
「ま、俺らに害が無いなら好きにしてもらってもええで?」
思わせぶりなゼロに向かって、再び舌打ちしたクロは銃を構える。
「また射ち落されてぇのか蝙蝠野郎。お前らなんざ眼中にねぇよ」
会話で探りを入れようとしていたゼロは、不意を打たれて腹部を撃ち抜かれる。
あまりに綺麗に貫いたためか、銃弾はゼロの身体を突き抜けた後に爆発し、ゼロの背中を焼いた。
「チッ、会話する頭もないんかい」
悪態をついてダメージを隠そうとするゼロに、クロは再び銃を向ける。
「おっと、待ちや。後ろで争ってる奴等に弾が当たるで。下手したら今度はお前がダンスの相手や」
その覚悟があるのか、と自分の胸を親指でぐっと指さしてクロに迫る。
その挑発を受けて、クロはニヤリと笑みを浮かべた。
「ダンスの相手、か。そいつは願ったりだな」
再び放たれる弾丸。だが、ゼロは余裕をもって身をかわし、そのまま低空飛行でクロへ愛用の鎌を振るう。
「詳しい事は身体に聞かせてもらうで!」
交差する鎌と銃。
散らした花火を背中にゼロはクロの後ろへと回り込む。
クロは切り裂かれた胸を押さえて、再び銃を構える。
「やれるもんならやってみなァッ!」
空を舞うゼロと、地上を駆けるクロは、互いの意地で傷を耐えながら戦いを加速させていった。
●
空に広がった細く繊細な蜘蛛の巣。
ジンが描いた絵はすぐさま具現化し、撃退士達の頭上から降って来た。
速くはない、ふわりとした攻撃。
それがために戦闘態勢の撃退士達の意識にとまらず、龍崎と雪室は絡めとられてしまう。
「この場面でそんな攻撃をするってことは……!?」
ジンと対峙していた獅堂は辛うじて蜘蛛の巣をかわしたが、ジンの意図を読めずに警戒の視線を送る。
だが、ジンは明るい笑顔を浮かべて一歩退いた。
「よそ見してていいの?」
ジンの言葉の意味を悟るよりも速く、獅堂は直観を信じて周囲に霧を生み出し身体を投げ出す。
赤い髪留めを掠める様に衝撃波が通り過ぎる。
エイルズレトラが放った一撃の衝撃を利用して撃退士達から距離を取ったシェリルが、大きく斧を旋回させて衝撃波を放ったのだった。
衝撃波は蜘蛛の巣で動けない雪室、龍崎、そして後方で斧猫と戦っていた華桜と佐藤にも襲い掛かる。
華桜は、斧猫の攻撃で意識を飛ばしかけたところで衝撃波をまともに喰らうが、白い光に包まれて辛うじて踏みとどまった。
さらにその傷を龍崎から送られてくるアウルにより癒され、華桜は深く溜息を吐き出した。
「危なかったの……です」
危機は去っているわけではない事は華桜だけでなく、その場に居た全員が悟っていた。
「あの方が要ですわね。まずは打ち倒しましょう」
シェリルの声に応じて、個別に目の前の撃退士を相手取っていた斧猫達が龍崎に向けて殺到する。
さらに空中へと飛び上がったシェリルに向けて、佐藤の銃弾と雪室の氷砲が襲い掛かるが、勢いは止まらず龍崎の身体に戦斧が振り下ろされる。
咄嗟にシールドを展開して耐える龍崎だったが、シェリルは構わず2撃、3撃と続けざまに戦斧を振るう。
さらに取り囲んだ斧猫が断ち切らんと斧を振り上げる。
「そうはさせませんよ。ハート! 弾き飛ばして!」
エイルズレトラがハートに命じ、ハートは口から生み出した巨大な風船を斧猫達の上空で破裂させる。
アウルによる暴風が吹き荒れ、斧猫達は散り散りになって吹き飛んでいった。
「助かった、後は自分で何とかできそうだ」
近くに転がっていた斧猫に符を張り付けた槍で貫いて、龍崎は落ち着いた声で礼を言っていた。
その身体に出来ていた傷は埋まり、素早く槍を引いて周囲の敵をけん制する。
「仕留め損ねましたか。……ふふ、面白いですわ」
シェリルは嬉しそうに体を震わせ、戦斧を担ぎなおして構えを取っていた。
●
「喰らえっ!」
獅堂の構える二刀から黒い光が迸り、ジンと斧猫の身体を抉る。
そのまま次の攻撃の構えを取りながら、距離を取るべく後ろに跳躍し、生垣を背中から突き抜ける。
生垣に視界が塞がれつつも、すぐさま二発目の封砲を放つ。
ジンにはシールドを展開されて防がれてしまうが、後ろにいた猫達は狙い通り命中していた。
「ふぅ、焦った、ぜ?」
獅堂はどさり、という音を聞いて不審気に背後を振り返る。
それは、クロに覆いかぶさる様に身体を預けていたゼロが、ゆっくりとアスファルトに倒れる音だった。
「ちぃっ、ちょこまかと飛び回りやがって」
倒れたゼロを見下ろして止めの銃口を突きつけたクロは、目前まで迫っていた白刃の煌めきに倒れる様に身を反らせた。
一瞬の間を置いてクロの顎が割れ、噴出した血が獅堂の顔に降りかかる。
「くそっ、次から次に!」
咆えるクロに向かって、獅堂は黙したまま続けざまに刀を振るう。
●
シェリルは執拗に龍崎に狙いを定め、撃退士達はシェリルへ狙いを定める。
集まって来た猫達はハートによって、周囲に弾き飛ばされる。
その結果生じたのは、敵味方が入り乱れた混戦状態であった。
気絶寸前まで龍崎は追い込まれながらも、紙一重で回復を続け、しぶとく耐えていた。
シェリルは満身創痍になりながらも、杖猫達の必死の回復により斧を振るう勢いは衰えを見せる事は無い。
膠着した状態に焦れたのはシェリルが先だった。
「これは一撃で打ち破るしかありませんわね」
戦斧を頭上に振り上げて飛び上がり、戦斧の重みを利用して身体を回転させて全身の力を込めて戦斧を叩き付ける。
既に耐える力も無かった龍崎は、勢いよく顔面から地面に叩き付けられ、血だまりの中で動かなくなった。
「あたいはさいきょーよ! 覚悟!」
シェリルの大振りな攻撃により出来た隙を見逃さず、雪室が氷で出来た剣を突き入れる。
混沌に満ちた氷の一撃は、シェリルの右腕を貫き、引き裂き、粉砕する。
その余波でドレスも一部千切れ飛び、ポケットの中身が音を立てて地面に転がった。
「……!」
失った右腕がもたらす痛みを堪えて、唇を噛みしめたシェリルは左腕だけで戦斧を振るう。
だが、腕に手応えは無く、空を切る頼りない感触だけが伝わってきた。
「おもてなしのお礼、気にいってもらえたかしら?」
ケイが放った銃弾は戦斧の柄に当たり、既に何度も腐食されていた柄は耐え切れずに折れていた。
地面を転がって行く戦斧の刃を呆けた様に見つめるシェリルに、華桜の放った式神が襲い掛かる。
「ダンスのお相手……式神にお願いするの」
術符を依代に具現化した式神は、シェリルの身体を縛ろうと飛びつくが、次の瞬間、激しく燃え上がった。
「やっと会えたね。君に用事があるんだ」
炎を描き出したジンはシェリルの目の前に立ち塞がり、筆を振るってシェリルの右腕と右足に黄金に輝く義肢を生み出し、破れたドレスまで再現する。
「後でそのポケットを見てよ」
小声で告げるジンの声に、シェリルは自嘲の笑みに唇を曲げる。
「使徒などに助けられるとは思いませんでしたわね」
シェリルは笑みを浮かべたまま、すぅっと左腕を上げて掌を開く。
「さて、私は先に退出いたします。最後までお楽しみくださいませ」
それでは、と掌を握ると、猫達が一斉に撃退士へ攻撃を仕掛けてきた。
華桜は斧猫の一撃を背中に受け、糸が切れたように崩れ落ちる。
その混乱の隙にジンは混乱する戦場を走り抜け生垣の向こうへと去り、シェリルは林に向かって走り出す。
そのシェリルの背中に、佐藤の銃弾が付着し、淡い光を放っていた。
「マーキングッ」
佐藤の短い声に、既に混戦から抜け出していたケイとエイルズレトラは、シェリルから距離を開けつつ、林の中へと駈け込んで行った。
雪室は目にも止まらぬ刺突で周辺の斧猫を牽制し、1体を打ち倒していた。だが、何かを拾うように身体を屈めた佐藤が杖猫に打ち倒されたのを見て、倒れた佐藤を守るように立ち、周囲を見守る。
その時、その場に立っていたのは、雪室の他には5体のディアボロのみ。
「あたい、ひょっとして大ピンチ?」
じわり、と距離を詰めて来る猫達を見つめて、雪室はかくり、と首を傾げるのだった。
●
がくり、と膝をついたクロに向かって、止めの一撃を加えるべく獅堂はふらつく脚で強引に踏み込み、刀を振り上げる。
次の瞬間、銃撃音が鳴り響き、獅堂は刀を振り下ろす事無くその場に崩れ落ちた。
「まだ遊んでたの? 手紙、渡してきたよ」
溜息をついて立ち上がったクロに、生垣を越えて来たジンが飽きれたように声を掛ける。
「くそっ、盾役がさっさと飛び込んじまったら俺が苦労するだろうが」
肩をすくめてジンは車の助手席へと乗り込む。
その様子に再び舌打ちをして、運転席に飛び込んだクロはアクセルを踏むのだった。
●
無事にシェリルがディアボロの群れと合流した姿を確認したケイとエイルズレトラは、捜索隊に後を託し高速道路へと戻ってきた。
そこで二人が見たものは、剣を掲げて空を指し、仁王立ちで気絶した雪室の姿だった。
全てのディアボロを打ち倒し、力尽きた雪室の周囲には季節外れの雪が積もっていた。
気絶した人を車へと運んでいたエイルズレトラは、ふと佐藤が何かを握りしめている事に気づいた。
硬直したようにしっかりと握りしめて手を離さない佐藤の指を、アウルを込めた手でゆっくりとこじ開ける。
佐藤の指の間から零れて来たのは、無数の歯車やレンズが組み合わさった奇妙な道具であった。
「……?」
エイルズレトラが手にすると、キリキリ、と小さな音を鳴らして歯車が動き出し、レンズが展開していく。
やがて、望遠鏡と思しき場所から、強い光が放たれ、一つの方向を指し示した。
「これは……」
大変な物を手に入れたかもしれない、という予感を胸に、エイルズレトラはその道具を大事にしまい込み、学園へと持ち帰ったのだった。