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微笑みながらシェリルが線を踏み越え、ハガクレは鞘が体に隠れるほどに腰を捻り、構えを深くする。
「美女との共闘は歓迎や。あいつに一発かましてくれへん?」
バイクに跨ったままシェリルに声をかけ、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は漆黒の拳銃をハガクレから少し離れた場所に狙いをつける。
「俺は道を拓かせてもらうで」
放たれたのは漆黒の弾丸。それはバリケードに命中した瞬間に灼熱と凍結の嵐となって周囲に破壊を振りまいた。
ハガクレは微動だにせず、視線をシェリルに向けたまま左手抜き取った扇子を一閃し、吹き付ける嵐をいなす。
巻き上がる熱風が微かにハガクレの髪をあぶり、チリチリと毛の焦げる匂いが漂った。
「シェリルさんのじゃまはしないの、です。でも、あちらで焦げてる人はじゃましたそうなの……」
ゼロのが半壊させたバリケードに向けて距離を詰めた華桜りりか(
jb6883)は、素早く陣を組み上げながらシェリルをさりげなくハガクレへけしかける。
「ふふっ……打ち払うだけですわ。私の前に居る邪魔な相手は、ね」
シェリルはバリケードを完全に破壊した二人に視線を送り、微笑みを浮かべて会釈をした。
「ってことは、みんなで頑張るんだねっ。気休めだけど加護を付与するんだよ!」
私市 琥珀(
jb5268)はシェリルの答えに着ぐるみのカマキリの鎌を振り回す。
それと共に、私市の周囲にいる存在は薄いアウルのヴェールに包み込まれた。
「その鳥の巣、サムライは名乗らないで欲しいさねぇ。刀剣使いの剣士さん?」
九十九(
ja1149)が創り出したアウルの筆を一振りすると、地面に絵が浮かび上がってくる。
そこには、大きなヘルメットを被って刀を持ったハガクレを思わせる姿を三毛猫が呆れたように欠伸をして爪でひっかく姿と、大きく丸印で囲われた由緒正しい侍の姿が描かれていた。
警戒しながら地面に視線を向けたハガクレは、馬鹿にしたような絵に歯ぎしりをしてこめかみに血管を浮き上がらせる。
「このようなくらだぬ挑発に容易く引っかかると思うかっ! 死んで詫びろ、小僧!」
一気に振り抜いた刀からアウルの刃が直線的に飛ばされる。
シェリルの脇腹を抉ったハガクレの斬撃は真っ直ぐに九十九の身体とバイクを切り裂く。
「九十九さんっ」
身体を抉られた衝撃で後ろにいた私市にぶつかった九十九は、私市の呼びかけに沈みかけた意識を引き摺り起こされる。
「死んだかと思ったさねぃ」
癒しの力を感じながらも血が止まらぬ脇腹を押さえ、礼を告げようと私市を振り返る。そこには、前輪が失われたバイクに押しつぶされている私市の姿が目に入った。
流血はないようだが、バイクを押し退け立ち上がる際によろめく様子は何処かの骨を折ったのか。
九十九はハガクレの斬撃の威力に改めて息をつくのだった。
後の先を取るべく攻撃に備えていた鈴代 征治(
ja1305)はハガクレが動くと同時に斬撃が体を掠めるのを感じながらも一気に距離を詰める。
「安い挑発に引っ掛かり過ぎじゃないですか! ふざけるのは格好だけにしてくださいよ!」
浅くない傷を負いながらもハガクレの懐に入った鈴代はその勢いのままランスを突き出した。
「ぐむっ、こ、言葉は無用でござる!」
刀を振り切った直後に懐に入り込まれたハガクレは、鈴代の言葉に怯みながらも突き出されたランスに刀を合わせようとする。
「邪魔なんで退いててくださいね」
刀を無理な体勢で戻し、ランスの突きを受け止められた鈴代であったが、それを意に介せずにさらに押し込み、ハガクレを突き上げる。
巨体の天使がふわりと浮き上がり、勢いを殺しきれずに後ろへとさがっていく。
「……偽神」
友であるマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の呼び名を呟いたアスハ・A・R(
ja8432)は、アウルを利用した一瞬の加速で一気に距離を詰め、ハガクレの目前に唐突に現れる。
「何を……うむぅっ」
アスハに視界を塞がれた次の瞬間、ハガクレの脇腹にマキナが放った黒焔が突き刺さる。
一足一刀の間合いで拳を突き出していたマキナ黒焔を操る様に腕を動かした。
その動きに合わせて、無数に創出された黒焔の鎖がハガクレの身体を縛り上げる。
「……お互い奴を抜けるまで一時休戦、だ」
体を焼く鎖を軋ませて引きちぎろうとしていたハガクレは、視線を上にあげて放たれたアスハの言葉に上空を振り仰ぐ。
「ええ、構いませんとも」
くすり、と押し殺した笑い声と共に巨大な戦斧が身動きの出来ないハガクレの身体に振り下ろされる。
相反するアウルを纏った戦斧に眉間とサングラスを断ち割られたハガクレは、血を噴き上げながらも更に力を込めて鎖を引きちぎる。
そのまま声にならない唸り声を上げて、刀を鞘に納め、再び抜刀の構えに入る。
「アレをもう一度喰らうのはまずいさねぃ」
九十九が放った矢は魔のアウルを纏った凍風と共にハガクレの手元へと伸びていく。
ハガクレの刀が鞘から抜けるその直前に突き刺さったかに見えた九十九の矢は、甲高い音を立てて弾かれた。
そのまま振り抜かれた刀が生んだ斬撃は空気を切り裂きながらアスハを切り裂き、鈴代の傷を広げ、華桜の身体をバリケードの残骸に叩き付ける。
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バリケードを破壊したゼロは翼を広げてバイクのエンジンに日を入れる。
「そこの強〜いメイドさんが抜けるのはヤバイと思うで? 俺らは先に行くけどゆっくり楽しんでな!」
アスファルトにタイヤを溶かしながら一気に加速するゼロ。
前に出て道を切り開いてくれた華桜を拾って行こうと視線でタイミングを合わせるが、華桜が飛び乗ろうとした瞬間に、横殴りにバリケードに叩き付けられる。
「チィッ! やられたか!」
誰も居ない空間を駆け抜け、慌ててUターンを行う。
地面から飛んでいきそうになる車体を無理矢理に押さえつけ、火花を散らして横滑りに滑って行く。
「……まだ、やられてないです、なの」
咄嗟にシールドを展開した華桜は埃だらけになりながら、倒れ掛かって来たバリケードを押し退ける。
九十九が放った一撃がわずかにハガクレの手元を狂わせ、斬撃の威力を弱めた事も華桜の命を救っていたのだった。
「当たり前や! いくで!」
嬉しそうにバイクで戻ってきたゼロが差し出した手を、華桜はしっかりと掴んでバイクに飛び移る。
再びUターンを行うゼロに、三度の斬撃を飛ばそうと構えるハガクレだったが、横合いからの衝撃波を受けて体勢を崩した。
「そんな基本的な技は僕たちだって出来ます。来るのが分かっていれば耐える事だってね」
確かに斬撃が当たっていたはずの鈴代は、傷を深めながらもしっかりと立っていた。
「ほう、凌ぐでござるか……」
感嘆の声を漏らすハガクレに一瞬の隙が出来る。
瞬きの間、周囲への注意が途切れたハガクレは、異様な圧力を感じて頭上を振り仰ぐ。
「お前は雨を避けられる、か?」
アスハの言葉と共に上空を埋め尽くす蒼い槍が雨の様に降り注いでくる。
技を仕掛けた本人さえも貫く逃げ場のない槍の雨を、ハガクレは扇子を回転させて払い落とす。
一本、二本、と落としきれなかった槍が体を掠めて行く程度だが、その槍が体を掠める度にハガクレの動きがわずかに鈍る。
「雨に傘さすのも風流でござろう」
槍の雨が止んだ後にはほぼ無傷のハガクレと、傷だらけのアスハが立っていた。
私市によるアウルの衣がアスハを紙一重で護り、意識を繋ぎ止めていた。
「無茶しすぎだと思うんだよー!」
ハガクレと対峙する仲間達を援護しようと近くまで寄っていた私市は、手を伸ばして癒しの力を送り込む。
カマキリの着ぐるみの中のその表情は、自らも巻き込むアスハの戦い方に真剣な心配と怒りを浮かべていた。
「……それだけの価値は、ある」
アスハの満足げな視線は乱れた髪に隠れてハガクレには見えず、その言葉の意図に気づいた時には懐にマキナの白い影が忍び込んでいた。
マキナの攻撃に備えるには遅すぎると悟ったハガクレは、息を詰めて衝撃を覚悟する。
だが、打ち抜かれた拳はハガクレの腹筋を越え、内臓へとダメージを伝える。
噛みしめた唇からどす黒い血が溢れだし、ハガクレは完全に動きが止まった。
「よっしゃ、今や。しっかり捕まっとくんやで!」
華桜を後ろに乗せたままバイクを加速させ、ゼロはバリケードの破片が散らばる場所へと突っ込んで行く。
アウルを練り上げて作られた小さなジャンプ台を乗り越えたと同時に、翼に風をはらませる。
「よっしゃぁ!」
大きく飛びあがったバイクは、バリケード地帯を飛び越えてアスファルトに着地する。
着地の衝撃でバウンドする車体を翼で制御しながら、アクセルを開きっぱなしにして一気に離脱する。
「あ……猫さん、ついてくるの」
ゼロの後ろにしがみついていた華桜が後ろを振り返り、大猫が追いかけてくるのを見つけて呟いた。
「何やっとんのや、あの侍もどきは……」
ミラーでシェリルが大猫の背中に乗っているのを確認したゼロは嘆きながらも、ハンドルにしがみつくのだった。
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「あら。それでは、私も」
ハガクレと死闘を繰り広げる撃退士達を横目に、シェリルは軽くお辞儀をして駆け寄って来た大猫に飛び乗った。
通り過ぎて行く巨大な赤猫のしっぽに頬を撫でられた九十九は、離脱しようとするシェリルと大猫に向かって矢を放つ。
だが、巨体とは思えないほど身軽にバリケードを飛び越えて行った大猫に矢は届かず、虚しくバリケードに突き刺さるのみであった。
去って行くシェリルの姿を見たマキナは、ハガクレの懐から勢いよく飛び退り、倒れていたバイクを起こしてエンジンをかける。
飛び乗るってギアを踏み込んだ瞬間、弾かれたように飛び出した勢いで前輪が浮かんだまま、バリケードの隙間を駆け抜けていく。
マキナを抜けさせまいと、ハガクレがアスハを押し退ける様に走り出す。
「おっと、大人しくしていてくださいね」
鈴代の構えたランスに押し戻されて再び端まで追いやられる。
バイクで走り抜けるマキナの後ろには、いつの間にかマキナのタンデムシートにアスハが乗っていた。
二人を見送って、鈴代はハガクレの動きを制するように立ちふさがった。
「立場が変わりましたね。今度は僕等が足止めですね」
あなたに抜けられますか、と挑発するように、ランスを突きつける鈴代に対し、ハガクレはゆっくりと刀を鞘に納める。
「半分以上に抜けられたでござるか……。後はシロ殿の仕事でござるな」
静かに、だが威圧感をましてハガクレはゆっくりと鈴代に近づいていく。
「このままでは拙者も戻れぬ。お主らの首だけでも持ち帰るでござる」
鞘から放たれたのは、これまででも最速の煌めき。
鈴代は緊急的に周囲へ張り巡らせたワイヤーでハガクレの動きを制しようとする。
次の瞬間、同時に数か所でワイヤーが切断され、鈴代の身体に幾つもの傷が開き、全身から血が噴き出す。
鈴代から視線をそらさずに再び刀を収めるハガクレ。
「やはり、倒れぬでござる、か。命の煌めき、見事でござる」
どの傷も意識を断ち切るに足る深さ、鋭さであったが、全身を癒しの光に包まれながら、鈴代の眼差しは揺らぐことなくハガクレを捉え続ける。
唾鳴りの音が微かに聞こえた瞬間、鈴代の身体を左右から抱え上げるように、私市と九十九が引っ張り、橋の向こう、海へと走り出す。
「目の前で人が死ぬのは見たくないんだよっ」
私市は叫びながら、九十九は唇を噛みしめて脚を運ぶ。
「駄目だっ」
鈴代が声を上げると同時に、3人を斬撃が襲い掛かる。
背中を向けていた私市と九十九は咄嗟に振り向いた姿勢のまま跳ね上げられ、鈴代もアウルを前面に集めて斬撃を弱める。
私市の神の兵士の恩恵をも上回るダメージに意識を失った二人は、鈴代の身体を掴んだまま海へと堕ちて行く。
3人の行方を橋から見下ろすハガクレを、鈴代は海面に叩き付けられる直前まで睨みつけていた。
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「今日はつれないですわね」
ゼロのバイクに並んだシェリルが長閑な声を掛ける。
片手に握られた戦斧を振り上げ、徐々にゼロへと近づいていく。
「私シェリルさん、あなたの後ろにいるの……てなノリやな!」
ゼロは翼で制御しながら、高速でバイクを揺らめかし、シェリルの狙いを定めさせまいと必死の抵抗を見せる。
その抵抗に薄らと笑みを浮かべたシェリルが戦斧に力を込めた瞬間、シェリルの身体を華桜の式神が縛り上げる。
「シートベルト着用なの、です」
式神はギリギリとシェリルの身体に喰らい込み、ぷつぷつと音を立ててシェリルの皮膚が破ける。
メイド服を血で染めならが戦斧を振り下ろすが、ゼロに掠ることなくアスファルトを抉り、シェリルは地面に叩き付けられて転がる。
その間にゼロとの距離は再び開いていった。
大猫の身体を掴んで立ち上がったシェリルは、近づいてくるもう一台のバイクに気づき、戦斧を構える。
紅く染まったスカートをふわりと広げて、メイドは笑みを浮かべてその時を待ち受ける。
「……シェリル、か」
ただ真っ直ぐに前を見つめるマキナの後ろで、アスハが呟く。
「やはり、抜けた後は敵、か。……メイド連は嫌いではない、が、これも仕事で、な!」
掲げた片腕に集まる膨大なアウル。
すれ違う瞬間、笑みを浮かべて戦斧を投げつけるシェリルに蒼い雨が降り注いだ。
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叩き付けられる巨大な質量と圧倒的な破壊。
マキナは押し潰され燃え上がったバイクを背に、幅が半分になってしまった橋に佇むシェリルへと歩いていく。
アスハは戦斧と共に海へと投げ出されたのか、姿はどこにも見えない。
「……是非も無し」
無事であった右腕からアウルを立ち昇らせ、マキナはシェリルへと一歩一歩近づいていく。
「大事な斧を落としてしまいましたわ」
無手のシェリルの言葉に、ふと、マキナは歩みを止める。
「今、取りに向かわせていますの」
意味深な笑みを浮かべ、シェリルは言葉を重ねる。
「斧と一緒に溺れかけた方も見つかるかもしれませんわね」
黙って先を促すマキナに、シェリルは溜息をついた。
「私の目的は果たせずに終わりそうですわ。ここらでお開きと致しましょう。また次のパーティでお会いできることを楽しみにしておりますわ」
恭しくお辞儀をしたシェリルは、とん、と後ろに飛んで橋から飛び降りた。
シェリルの後を追うと、海の上を駆けて行く大猫と、波間に漂うアスハの姿が見えるのだった。
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『足止め部隊の善戦により、救出隊は被救助者が海底トンネルに入る直前に追いつきましたが、全員の救出は叶わず、およそ半数、五千人程度が連れ去られた模様』
狩野は最終報告に、溜息をついて椅子に深く座り込む。
天使と悪魔の動向についての報告を遮り、どうしても確認をしておかなければならない質問を投げかける。
「彼ら、は無事なのか」
狩野はその答えにもう一度深く、安堵の溜息をつくのだった。