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「さて、もうひと踏ん張りするか」
巨大な船の周囲で激しく炸裂する色鮮やかな煌めきを見つめ、矢野 古代(
jb1679)は肩を回す。
「僕は先に行きます」
軽やかに空へと舞い上がったエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)を見上げ、視線を降ろすとそこには忍猫型ディアボロ達のひしめく桟橋が見えた。
「あれ、俺だけ置いてかれない、よね?」
情けない声を出して振り返ると、華桜りりか(
jb6883)が自分の胸に手を当ててうつむいていた。
「華桜さん、露骨に肋骨痛まない?」
拳をそっと隠しながら、場を和ませる洒落た一言を放つ古代。
「……肋骨より心がいたむの、ですよ」
だが華桜の言葉に崩れ落ちる事になった。
気を取り直して船に向き直った古代は、ふと覚えた違和感の正体に気づいて愕然とする。
「おい、ひょとして……船動いてないか」
まずい、と叫んで古代は全力で駆け出す。
狙いも定めずに銃を放ち、少しでも道を切り開こうとする。
「……正しい道はそっちじゃないの」
ふわり、と風が古代の側を駆け抜けた。
古代に追いついた華桜の手が指示した忍猫達は、あるいは突然仲間に向かって刀を振るいだし、あるいは海に飛び込んだ。
「道、です」
誰も居なくなった桟橋の先、船まで続いた道を華桜はまっすぐ指さした。
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「大丈夫やからなー!」
忍猫の襲撃に慌ててタラップに駆け込もうとする人々を、亀山 淳紅(
ja2261)は伸びやかな声で宥めつつ、迫ってきた忍猫達に向かって花火のようにアウルを炸裂させる。
「自分たちがおるから……危なっ」
船を振り返った亀山は、桟橋から離れて行くタラップに振り落されそうになった子供の手を咄嗟に掴んで引き寄せる。
動き出した船に唖然としつつ、飛びかかって来た忍猫に叫び、生じた衝撃波をぶつけて迎撃する。
一進一退の攻防が続くが、徐々に撃退士達の守りは削られていく。
そんな時、桟橋の上に、ひらりとロープを握って矢野 胡桃(
ja2617)が飛び降りて来た。
「大丈夫。道が無ければこじ開ければいいだけだから」
援護して、と短く告げて、胡桃は古びた書物を開く。
その書物にアウルを込めた手を添えると無数の灰銀の矢が船腹に向かって飛んでいく。
激しい音を立てて穴を開けていくが、分厚い船腹を打ち破るまではいかない。
「大丈夫っ、必ず開けるわ!だから……」
動き出した船に並走するように駆け出して、何度も矢を放つ。
「死にたくないなら走りなさいっ!」
海に向かって伸びた桟橋の距離、それが桟橋に残された人々のタイムリミットであった。
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「船長っ!?」
帽子を目深に被りなおしたアスハ・A・R(
ja8432)は、真正面から操舵室に入るなり倒れている船長に駆け寄って行く。
あと一歩で指が届くという時、空気を切り裂いて迫って来た剣を避けて、一瞬の瞬発力のみでその場を離脱する。
「お前は……」
船長を切り裂く直前で剣を止めたシロは、アスハの顔を見て忌々しさに吐き捨てるように呟いた。
アスハは後ろ手で密かにる。
「久しぶりだな、シロ。それにジン。……ゲートかどこかに向かうつもりにしては、大漁、だな」
後ろ手に艦内放送のスイッチを入れたアスハを見つめつつ、相手の思惑を探る様にシロが慎重に口を開く。
「そういえば、魚を漁りに来た泥棒猫は良いのか? それがお前達の仕……」
「シロッ! 危ないよっ!」
アスハがかざした手に集まるアウルに気づいたジンが筆を引き抜きながら警告を送る
「死にたくなければ身を隠してろ!」
アスハが声を掛けたと同時に、操舵室に光が溢れた。
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甲板の縁から顔を覗かせた忍猫を学園の撃退士が槍で突き落とす。
次の相手を探して視線を移した隙に、別の忍猫が同じ場所から飛び上がって来る。
そのまま甲板に降りるかに見えた忍猫は、横殴り気味に飛んできた銃弾を受けて海へと落下していく。
感謝の視線に同じく視線で返してすぐさま次の弾を放ち、櫟 諏訪(
ja1215)はつむじからくるりと立ち上がった一房の髪をアンテナのように振り回して周囲を見渡す。
「少し多すぎですねー?」
派手に打ち上がっている撃退士達のスキルも、いつまで持つのか不安は尽きない。
「っと、それどころじゃないですねー」
油断、はしていなかった。
だが、一度に固まって船体をよじ登って来た忍猫を全て落とすことが出来ずに、一気に押し込まれそうになった。
その瞬間、竜巻のようにカードが舞い踊り、忍猫達の身体を拘束して海に叩き落としてった。
「こちらも大変そうですね」
桟橋の上空を飛ぶエイルズレトラが、カードの渦をすり抜けて櫟に声をかける。
「僕は操舵室へ行ってみますね」
そのまま船首側へ飛んでいこうとするエイルズレトラを櫟が呼び止める。
「待ってくださいー。何かおかしいですよー?」
口許に人差し指を持ってくるジェスチャーでエイルズレトラの注意を引く。
館内放送からぼそぼそと会話が聞こえて来たのだった。
次の瞬間、船首で激しい爆発が起きた。
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爆発が起きた時、ユウ・ターナー(
jb5471)もまた空から操舵室を目指していた。
爆発と同時に操舵室から人影がひとつ唐突に現れ、僅かに遅れてぐったりとした人を背負った少年が、ドアを押し倒しながら転がり出て来た。
「人間が居ようとお構いなしだな!」
白い眼鏡をかけた男が意識のない男を担いでちらりと操舵室を見る。
「こうなっては仕方あるまい。ボートを切り離しておけ。人間を連れてくる」
頷く少年を残して去って行く男を見て、ユウは迷いつつも少年の側に降りて行く。
「ジンくん」
少年の背後から声をかけると、ジンはぴくりと肩を震わせてユウを見上げる。
「これも……ドラちゃんの為、なの?」
ユウの言葉に、ジンは悪戯が見つかったような気まずい表情で頭をかく。
「まあ、ね」
中途半端に頷くジンにユウはさらに声を掛ける。
「それって良いように使われてるだけじゃない? そんなの哀しい、よ……」
ジンは横を向いて、独り言のようにポツリと言葉を返す。
「仕方ないよ。今の状態じゃ僕等だけで助け出して逃げ出す事なんてできないんだから。でも……」
言い淀んで小さく首を振るジンは、唇を尖らせてユウに向き直った。
「それだけ? 僕の邪魔はしないで欲しいんだけど」
手に筆を持って立ち止まったジンに、ユウは翼を広げる。
「ジンくんとは戦いたくない、よ……」
そして上空に視線を上げ、小声で訊ねる。
「ひょっとしてクロに見張られてるの?」
「クロ……? ううん、あの人は別の……あっ内緒っ」
予想外の質問だったのか、きょとんとした表情で口を滑らせたジンは咄嗟に口を覆う。
「こっちに居ないってことは、まさか……ジンくんごめんねっ」
全ての光を飲みこむような深い闇を纏ったアウルをジンに向かって放ち、ユウは急いでホールに向かう。
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「無事かっ! モモっ!」
操舵室で爆発が起きた頃、桟橋で船に攻撃を続けていた胡桃の元に華桜に先導された古代が現れ、声を掛ける。
視線で無事を確かめ合い、古代は立ち止まることなく甲板から垂れ下がっているロープに飛びつく。
明日やってくるであろう筋肉痛に思いを馳せながら甲板に登った古代は、桟橋の忍猫に向かって銃を乱射して華桜が登ってくるのを援護する。
「ホールの人達が心配だ。連絡が途絶えたら何かあったと思ってくれ」
そして華桜を安心させるように頼もしい微笑みを浮かべる。
「本当に危ない時は叫ぶから」
白い歯の残像を残して古代はホールへと走るのだった。
「穴があいたわ。空駆けよ風……」
船と並走して桟橋を走りながら、アウルの矢を船腹に叩き込み続けていた胡桃は、ようやく人が通れる程度の穴を開け、その先の空間に向かって歌うように呪文を唱える。
「さっさと船に乗っ……そんな!」
船の中に瞬時に移動した胡桃が振り返って桟橋に呼びかけようとして、絶句する。
桟橋が途切れていた。
「この子だけでもっ」
亀山は桟橋に取り残されていた子供を抱え上げ、すれ違いざまに胡桃へ渡したのだった。
桟橋の端に取り残された人々に、亀山は伸びやかな声を掛ける。
「もうちょっとやから、腕組んでおしくらまんじゅうでもしといてな」
取り残された人々に向かって声をかけ、押し寄せてくる無数の忍猫にむかって喉を震わせる。
ふわりと上空へと舞い上がった亀山の周囲に、奏者の幻影が立ち現れる。
亀山の歌声に応えるように奏でられる音は、桟橋に残された人々の周囲へと降り注ぎ、迫りくるディアボロ達を海に沈ませていった。
「海上のオンステージってやつやね!」
気持ちよさそうに歌い切った亀山だったが、倒れた以上の数で押し寄せてくる敵を前にして、喉が張り裂けるほどに声を上げて敵を弾く。
だが、そこまでしても数の優位を乗り越えるのは難しい。
撃退士達が、一人、また一人と欠けて行く。
「諦めんたらあかんよね」
自身に言い聞かせるように呟いた亀山と半分ほどに数を減らした撃退士達が、近づいてくる敵を果敢に迎え撃とうと立ち向かっていった。
それからまもなく戦いの音は聞こえなくなった。
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船腹にあいた穴から侵入してくる忍猫も多く、胡桃は魔法の矢で牽制しながらもジリジリと背後へ下がって行く。
「そんな調子じゃ獲物が逃げてしまう、わよ?」
身体の内に練り上げたアウルを巨大な火の玉に変え、胡桃は指を降って笑い、敵に向かってアウルを放つ。
爆発と共に数体の忍猫が海へと投げ出され、流されていく。
「忘れものよ」
腕を振るうと冷たい嵐が巻き起こり、船内に残っていた忍猫が一掃される。
忍猫が居なくなったことを確認して、胡桃は後ろで震えていた子供の手を握る。
「行きましょう。人が居るところまで連れて行ってあげるわ」
慎重に、だが急いで胡桃は脚を進めるのだった。
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「そろそろ、やりましょうか」
港を離れ、船に取りつけていなかった忍猫達をある程度引き離した事を確認して、エイルズレトラはストレイシオン・ダイヤを海に放つ。
ダイヤを誘導すべく身を乗り出して海面を見下ろすエイルズレトラの後ろでは、櫟が至近距離に迫った忍猫へ銃弾を撃ち込む。
「早く片付けてホールへ逃げないと囲まれますねー?」
多くの忍猫は海に沈んだが、それでも船に取りついた敵の数は多い。
戦いの場所は徐々に甲板から船内へと移りつつあった。
「空に怪しい様子はいないようなの」
鳳凰の甲高い鳴き声に耳を澄ませていた華桜は、敵に貼り付けた符から生命力を吸い取りながら、櫟へ告げる。
華桜の言葉に頷き忍猫の攻撃に備えて身構えていた櫟は、海面が弾ける音と共に軽い振動を感じる。
「少し浅かったみたいですね。もう一度やってみます」
エイルズレトラからはスクリューの位置が死角になって見えにくい。
水飛沫を目印にダイヤを突っ込ませて弾き飛ばそうと、再びダイヤを突入させる。
「ここは大丈夫そうですねー? 自分はホールの援護にいってきますねー」
櫟は撃ち倒した敵に紛れて船内へと入り込んでいく忍猫を見つけ、追うように船内へと走り込んでいく。
「早くした方が良さそうなの」
華桜は海面を見つめながらエイルズレトラを急かす。
華桜の視線の先、そこでは、救命ボートが次々と海に投げ出されていたのだった。
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真っ先にホールに辿り着いた古代が見たものは、激しい戦いの跡と倒れ伏した撃退士、そして鎧を着たトカゲの姿だった。
「ディ……いや、サーバント、か!?」
赤熱する銃身をトカゲに向け、突き出される三又の槍を避けもせずに相手の顔面に向かって弾丸を放つ。
貫かれた内臓から血の塊が咥内に満ちるが、歯を食いしばってさらに銃弾を撃ち込み続ける。
元々傷を負っていたトカゲは弾かれたように廊下に倒れ込み、古代は痛みに顔をしかめながらオウルを込めた拳で自らの傷口を殴りつけ、悶絶して床を転がる。
「何を遊んでいる……?」
古代をまたいでホールの扉を開いたアスハは、突き出された槍を咄嗟に展開したシールドで受け止める。
なおもアスハを突き殺そうと槍を構えるトカゲの前に古代が飛び込み、銃弾を叩き込む。
アスハと狩野が古代の後ろで左右に分かれてトカゲに攻撃を加える中、古代は愚直に前に立って銃弾を放ち続ける。
銃と槍の近距離からの打ち合いに、やがて古代は崩れ落ちるように廊下に倒れ込んだ。
「父さんっ」
止めをさそうと槍を大振りに振り上げたトカゲに、駆けつけた胡桃が放った魔法の矢が突き刺さる。
片目を射抜かれたトカゲはアスハの操るワイヤーに首をかき切られ、崩れ落ちた。
古代を膝に抱いて介抱する胡桃を残して、アスハと狩野はホールの様子を見つめる。
先ほどまで行われていた戦闘にも気づかないほど、ホールの中では阿鼻叫喚が渦巻いていた。
立錐の余地も無いほどに押し込まれていた人々が、パニック状態になりながらアスハ達とは反対側の出口へ殺到していたのだった。
「どうなって、いる?」
ホール内部がここまでパニックになっているとは思わなかった。
「あそこですねー。サーバントが暴れてるようですよー」
アスハの後ろから緑の毛の房がホールの一角を指し示す。
ホールへとやって来た櫟が一般人に紛れて咆え声を上げているトカゲの姿を捉えたのだった。
「そこに居ると邪魔、だな」
トカゲの直前の空間に向かってアスハはアウルを干渉させ、空気を弾けさせる。
逃げ惑う一般人から孤立した空間に投げ出されたトカゲの側に、胡桃が空間をまたいで現れる。
「私の『モノ』に手を出して、ただで済むと思わないで頂戴、ね」
底冷えた瞳でトカゲを見据えて胡桃はアウルを叩き込む。
アスハと胡桃がホール内のトカゲを相手に戦いだした後も、櫟はホールの様子を注意深く調べていた。
「見つけましたよー?」
我先に逃げようと反対側の扉に殺到し、怒号が飛び交う人々の中で、扇動するように声を上げている白い服を着た男を櫟のレーダーが捉える。
見つかった事に気づいたのか振り向いた白い男と櫟の視線が交差する。
だが白い服の男はニヤリと笑い、すぐに人に埋もれて見えなくなった。
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甲板では大きな滑り台が救命ボートに繋がれて一般人が飛び込む様に脱出していた。
だが、甲板に溢れた人々が全員すぐに脱出できるわけもなく、忍猫の狩場となっていた。
エイルズレトラと華桜が忍猫を倒しながら滑り台へと向かう中、ユウはシロの姿を見つけて闇を放つ。
だが、光を放つ剣が闇を振り払ったシロは薄笑いを浮かべてユウを見上げる。
「ジンを止めたいならドラを助けることだな。ドラは今、横浜に居る」
シロはユウに向かって一言を告げると、その場から姿が消える。
取り残されたユウは誰も居なくなった空間を、唇を噛みしめて見つめるのだった。
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ボートで連れ去られたのは500名弱、そのほか桟橋や甲板から連れ去られた人は100名程度。
撃退士達は、減速した船に追いついた忍猫と再び戦闘になり、天使を追う事は出来なかった。
なにより、舵も効かず動力も伝えられない客船は、助けが来るまで海を漂うしかできなかった。
事態がとりあえずの鎮静化を迎えた頃には、日が傾き始めていた。
「半数以上を救った。充分な成果だ、な」
天使が消えた海を睨みつける狩野にアスハが淡々と声をかける。
「……助けが来るまでの暇つぶしを考えていただけだ」
アスハの言葉に眉間によっていた皺をもみほぐしながら、面白いとも思えない軽口を返す。
「ちょうどいいですね、始末書の文面でもかんがえましょうかね」
狩野の軽口にのったエイルズレトラがどこからともなく用紙の束を取り出すのを見て、狩野の眉間には更に皺が寄るのだった。