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マスター:monel
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/05


みんなの思い出



オープニング



 千葉県南部の外洋に面した場所にある小さな港町。
 山か海しかないような周囲の町並みに比べれば幾分か賑わいを見せる程度の田舎の港だ。
 特産品は海の幸、観光としても海水浴やクルージングなど、特筆すべき点は特に無い。そんなどこにでもある町だった。

 昨日までは。

 その朝、続々とやって来た観光客に町は騒然としていた。
 夏の海水浴シーズンであればその数倍の観光客は訪れるのだが、この季節に早朝からやってくるにしては、多すぎる。
 さらに観光客に紛れるように武装した人影もちらほらと確認される。
 その鋭い視線に、町民達は怯えた様に身を潜めて見守っている。

 やがて、観光客達が徐々に一ヶ所に集まり始め、その目的地が町の港であることがはっきりとしてきた。
 その時、小さな湾に豪華客船が現れる。
 町のどこからでも見える湾に浮かぶその船の存在感は異様な迫力があった。
 見慣れた漁船やクルーズ船が小舟にしか見えないような巨大な船は、汽笛も鳴らさずに静かに港に入って来た。




『埼玉で天使が騒ぎはじめ、手薄になった横浜が天使に奪われた。しかもその隙につくばにも悪魔のゲートが開かれてしまった。おまけにゲートの周辺では人狩りが活発化しているらしい』

 事の発端は、インターネットの片隅で交わされていた雑談だった。
 不安な情勢について憶測を書き散らすことで少しばかりの不安を忘れる、そんな無責任なコミュニティーだ。

『東京は危ないんじゃないか』
『大丈夫に決まってるだろ! 撃退士も多い東京には手が出せないんだ!』
『ここはもう危険じゃないのか。逃げたい……』
『逃げるとしたらどこが良いんだろう』
『田舎に住んどけば良かった』
『家からさえ出られない奴がに田舎に行っても苦労するだけだぜ』
『いや、マジで何の知識も無いのに田舎暮らしなんかできねぇだろ』
『やっぱ家が一番だな。ベッドから出なければ安全快適な夢の国暮らしだ』
 
 どれだけ書きなぐっても不安は減るどころかますばかりだった。閉塞感だけががどんどん大きくなっていく。
 同じようなやり取りは大小様々な所で話されていたが、
 そんな時、一つの書き込みが同時期に色々な場所に書き込まれた。

『豪華客船に乗り、護衛を雇って海に出ましょう。安全な場所を、優雅に暮らしながら探すのです。希望者は連絡ください』

 誰もが新手の詐欺だと思った。
 あるいは妙な集団への勧誘か。
 簡単に無視され、話題にもならない書き込みだった。

 だが、その書き込みにコンタクトを取る者が現れた。
 面白半分に、縋りつくように、疑わし気に、正義感に駆られて、保険のために……等々。
 その動機は様々だが、コンタクトを取った者には詳細の連絡があった。
 費用は決して安くは無いが現実的な額だった。
 簡単には出せないが、その内容には妙な説得力があった。
 客船のチャーター費用にフリーの撃退士を雇う費用、食費を始めとした滞在費、そして参加人数の上限。
 冷静であれば、おかしな点はいくつもあったが、残りの席の数が決まっていると聞くと焦る事もある。
 一人、また一人と参加を決める者が現れ始めた。
 その数、約2,000人。
 それが、千葉の港町に突如現れた観光客の正体だった。




 護衛には学園の撃退士も多く含まれていた。
 学園への依頼はこの計画の主催者ではなく、フリー撃退士の護衛隊からだった。
 規模が予想以上に大きくなり、流れを止められなくなった頃になってようやく不安になったという。
 主催者ともあまり連絡がつかなくなり、簡単な指示だけしか行われていないが、契約破棄するには惜しい高額の報酬だったようだ。

 依頼を取りまとめた狩野淳也としては、可能であれば止めたかった計画であった。
 だが、既に実行まで日も無く、被害を未然に防ぐためには学園の撃退士を派遣する他なかった。
「今回は僕も行こう。何か……いやな予感がする」
 学園生への説明の最後に、狩野はこう付け加えたのだった。




「来るならそろそろ、か」
 客船が着岸する前に、ロープを使って飛び乗っていた狩野は、人々が乗船しだした様子を甲板から見下ろして呟いた。
 さして広くも無い港に無秩序に人間が押し寄せたため、身動きが取れないほど混雑している。
 護衛達が桟橋から人々が投げ出されないように整理誘導しているが、その動きは遅々として進まない。
 港への出入口は見張りを置いているが、天魔が素直に道を使うとも限らない。
 そうして視線を巡らせると、港に並ぶ倉庫や事務所の屋根にわらわらと登ってくる影が見えた。
「……来た」
 狩野はすぐに無線機に手を伸ばし、警戒を呼びかけようとする。
 だが、狩野が口を開く前に無線機から声が響いてきた。

『正面から! 悪魔メイドのシェリ、ゴギャッ……』

 無線機から聞こえてくる声が途絶え、ノイズだけが響く。
 狩野は歯を噛みしめて無線機に向かって指示を出すのだった。

「総員、備えろ。ディアボロを退け、急いで一般人を船に乗り込ませるんだ。……悪魔が迫っているぞ」




 正面から歩いてくるシェリルが放ったのは、唯の石ころだった。
 学園の撃退士達と共に港の入口を警戒していたフリーの撃退士が手にした無線機は、シェリルの礫により破壊された。
「すまん、ここは頼む!」
 撃退士は片手を押さえながら、港へと走って行く。
 最初の取決め通りだ。何かあれば、ここに来た敵の足止めは学園生に任せ、彼は船へと乗り込む一般人の援護を行う事になっていた。

 残された学園生達に向かってシェリルは足を止めて、スカートの端を片手で摘まんで軽く会釈をする。
 扇型に並んでシェリルに従っている2足歩行の仔猫達も、それぞれの武器を持ったままぎこちないお辞儀をしている。
「皆さま、こんにちは。本日は荷物の受け取りに参りましたわ。人間2000名、受け取りの印はこちらでよろしいでしょうか?」
 にこやかに微笑んだシェリルが持ち上げた巨大な戦斧が振り下ろされ、地面に叩き付けられる。
 咄嗟に飛びのいた学園生達が直前まで立っていた地面には、小さなクレーター状の穴が出来ていた。
 
「それでは、通らせて頂きますね」
 戦斧を担いだまま、シェリルは微笑みの奥で緑の瞳を輝かせながら学園生達に近づいてくるのだった。


リプレイ本文



 巨大な戦斧を肩に担ぎ、軽い足取りで歩いてくるシェリルの前に武器を構えた撃退士達が立ち塞がる。
「その受け取り印じゃだめよォ、シェリル。ちゃんと朱肉と実印を持ってこないとォ?」
 隘路の先で漆黒の巨槍を一振りして、黒百合(ja0422)は笑う。
「うふふ、朱い肉に印をつけるなんて素敵な御趣味ですわね。しっかりとサインしてあげますわ」
 黒百合の言葉に柔らかく微笑みを浮かべるシェリルだったが、その眼鏡の奥の瞳は剣呑な光を帯びて煌めいている。
「うぅ……あのメイドさんの笑顔……、こ、こわい〜」
 仲間の後ろでシェリルの笑顔に怯えるのは華子=マーヴェリック(jc0898)。彼女は体の前で両手を組んで出来るだけ小さくなり、喧嘩中の彼への当てつけに危険そうな依頼を受けたことを激しく後悔していた。
「い、居留守を使うってわけにはいけませんよね……」
 ポツリと呟いた言葉を聞いてか聞かずか、黒百合の隣で、小さなヒリュウ・ハートを召喚したエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は大げさなお辞儀と共にさらりと断りの言葉を述べる。
「あいにくお求めの荷物はありません。恐縮ですがお引き取り願います」
「あら、そこに沢山準備していただいてるじゃないですか」
 エイルズレトラの後ろに見える客船に視線を送り、シェリルはくすりと笑い、それを見た華子がひっ、と声を漏らす。
「お渡しする気はないということなの、ですよ」
 桜色の人形を手にした華桜りりか(jb6883)は華子を庇うように立ち塞がり、シェリルに説明する。
「それでは」
 隘路に差し掛かったところで足を止めたシェリルは、にんまりと笑みを広げる。
「押し通りますわ」

 シェリルが一歩足を踏み出した時、シェリルの背後で嵐が巻き起こった。




「ダンスの第2幕は派手な演出からや!」
 建物の隙間を縫うように飛びたったゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、シェリルと猫型ディアボロの間に嵐を引き起こしつつ、シェリルの背後へと抜ける。
「考えたな」
 熱と冷気の渦が巻き起こす上昇気流に向かって、ミハイル・エッカート(jb0544)が放った銃弾が軌跡を残しながら真っ直ぐに突きささる。
「猫の可愛らしさで戦意を解くのが狙いか。だが、俺は敵には容赦しない男だ」
 渦状に歪む視界の中で、槍を担いだ猫を庇うように前に立つ猫が盾を掲げるのが見えた。
 後ろの槍猫もろとも貫く目論みであったが、確かに銃弾が貫いたはずの槍猫の傷はすぐに塞がり、盾を持っている猫の身体に同じ傷が発生していた。
「その盾……邪魔なの」
 華桜が手にした人形を掲げると、人形の両手の間に桜が映り込んだ光の玉が浮かんだ。
 光の玉は盾猫の手元目掛けて一色線に飛ぶが、盾に惹きつけられる様に軌道を変えて激しい音を立ててぶつかる。
 衝撃を抑えきれずによろよろと後退りをする盾猫であったが、すぐさま後ろから柔らかい光が盾猫を包み込み、傷ついた身体を癒していった。

 回復役の危険度に目を細めた華桜だったが、飛び出してきたシェリルの姿に目を瞠ることになる。
 戦斧を握っていない方の手に掴んでいたのは槍を構えた猫。
「えと……何を? とにかく気を付けてなの」
 シェリルの目的が分からずに、華桜は咄嗟に警告の声を上げる。
 シェリルはその声を聞いてにっこりと微笑みを浮かべ、体を素早く回転させる。
「にゃぁっ!」
 地面スレスレからすくい上げる様に宙へと飛んでいったのは、槍猫。
「なんやとっ!?」
 予想外の攻撃に動きが鈍るゼロは、槍で串刺しにされて槍猫もろとも地面へと落下していくのだった。

「あら、当たりましたね」
 手でひさしを作って行方を見送っていたシェリルは満足げに頷いている。
「余所見なんてしてると焼け死んじゃうわよォ?」
 シェリルが見せた隙を見逃さずに黒百合が劫火を生み出す。
 アスファルトが溶け肉の焦げる嫌な臭いを漂わせながら、シェリルは口許に浮かべた笑みはそのままに灰緑の瞳を危険な色に光らせて、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「あれが音に聞くメフィストフェレスのメイドの一人か」
 杖猫の癒しの光でも癒しきれない火傷を気にする様子もなく悠々と歩んでくるシェリルを見て、矢野 古代(jb1679)は感嘆の声を漏らした。
「俺達なりのおもてなしだ。こちらのステップに合わせて踊ってもらおうか」
 矢野が構えた銃からアウルが込められた弾丸が放たれる。
 低い弾道で放たれた銃弾を、シェリルは優雅なステップでかわし、軽くスカートを摘まんでみせる。
「楽しく踊らせて頂けますかしら? 楽しみですわ」
 シェリルの後ろで猫達が銃弾に貫かれて上げた悲鳴も楽し気に、シェリルの笑みは深くなっていく。
 シェリルが足を止めたその場所は、隘路の出口に立ち塞がるエイルズレトラと黒百合に手を伸ばせば届く位置。
 さあ始めましょう、とばかりに戦斧を両手で構えて見せるのだった。




「シェリルは前衛に任せて、その間にディアボロ退治からだ」
 ミハイルは横に走りながらディアボロに狙いをつける。
 盾に視界が阻まれてミハイルを見失った盾猫の無防備な脇腹を抉り、さらに後ろで槍を構える猫の体をも貫く。
 傷口を庇うように盾の後ろで身を屈める猫は、華桜が放った宙を舞う術符に纏わりつかれ、動きが鈍る。
 傷ついた猫達の目前をからかうように飛び回るハートに向かって、振り回される盾と槍は手応え無く空を突き、更なる隙を生み出した。
「身に余る盾を背負ってもろくなことはないぞ」
 ミハイルと入れ替わるように立ち位置を変えた矢野は貫通力を高める様にアウルを込めた銃弾を放つ。
 先ほどミハイルがつけた傷とは反対側を抉り、銃弾は背後の建物へと抜ける。
「あはァ! 燃えなさいよォ!」
 黒百合から放たれる燃え盛る劫火が、ディアボロ達を蹂躙していく。
 後ろから杖猫が治療に当たるが、焼け石に水をかけるがごとく癒された場所から燃え上がり、徐々にディアボロ達は弱っていった。

 シェリルは背後から聞こえる猫達の悲鳴に、背後を伺うように一瞬首を回しかける。
「視線を逸らすなんて、僕は軽く見られてるのでしょうか?」
 エイルズレトラはシェリルの見せた誘いに、それと分かりつつも足を踏み出す。
「心外ですね。今日は男らしく拳で語るとしましょうか」
 深く踏み出された体勢から拳を放つと見せかけて反転する体。
 シェリルに叩き付けるのはエイルズレトラの背中。
「全てを欺くその姿勢、嫌いではありませんわ。でも」
 アウルの勢いも乗せたエイルズレトラの攻撃は戦斧によっていなされる。
「このゲームは私のポイントですわね」
 エイルズレトラの攻撃の勢いを回転の力に変えて、勢いを増して振り抜かれた戦斧は猫達を蹂躙していた黒百合に向かう。
 咄嗟に漆黒の巨槍を構えた黒百合は、重厚な金属同士の打ち合う音を残して後方へと吹っ飛ばされる。
 空中で体勢を立て直して着地する黒百合の姿を、シェリルは目を細めて見つめる。




 ぽっかりと前線に隙間が拓かれる。
 そこに小さな影が走り込み、巨大な盾を構えて立ち塞がった。
「後ろの方々にもご挨拶をしませんとね」
 盾猫の背中を蹴って空中でくるりと回ったシェリルは、撃退士達の真ん中に降り立つ。
「シィット」
 にんまりと広がった笑みを間近で見て、ミハイルはシェリルの動きを制そうと手にしたライフルを振り上げる。
 だが、シェリルの手にした戦斧が死神の声のような風斬り音をさせて、ミハイルの身体を打ち据える方が速かった。
 ミハイルは弾かれた銃に引っ張られて上がった腕の下から、内臓を冷たい異物が駆け抜けていく感触に寒気と焼け付く熱を同時に感じる。
 隣に立つ華桜も避けきれないと見たミハイルは、崩れ落ちつつも銃口からアウルを暴発させる。
 衝撃にわずかに揺らぐ戦斧の軌道。
 その揺らぎが運ぶのは、ひとつの幸運。だが、それでも守り切れない不運も起きる。
 わずかに遅れていた華桜の髪の毛を数本切り裂いただけで通り過ぎた戦斧は、軌道を強引に修正しようとするシェリルによって不意に動きを変える。
 そのため、刃が逸れ戦斧の腹で強かに打ち据えられた矢野は、後方へと吹っ飛ばされ、その衝撃で戦斧は跳ね上がり、シェリルが強引にねじ伏せる事で急な角度からエイルズレトラへと襲い掛かる。
 その不規則な動きに、余裕をもってかわしていたはずのエイルズレトラは身体を切り裂かれてしまう。
 その一撃を受け止めるには、エイルズレトラの身体は余りにも軽く、脆かった。
 噴き上がる血飛沫のなか、ゆっくりとエイルズレトラは崩れ落ちていく。

「た、大変ですっ」
 大量の血潮に沈みながらピクリともしないエイルズレトラの姿に、華子は怯えを忘れたように飛び出し、エイルズレトラにアウルを送り込む。
 どくどくと流れていた血は止まり、エイルズレトラはごぼり、と喉に溜まっていた血を吐き出して目を開く。
「油断、したつもりは無いんですけれどね。まあ、運が悪い時はこんなものでしょう」
 繋がりが切れて消えていたハートを探して、エイルズレトラはぼんやりと視線を周囲に走らせる。

 まだぼんやりとしているエイルズレトラに止めを刺そうと迫るシェリルだったが、突然のけ反るように背中から地面に倒れ込む。
「あっはァ♪ 蜘蛛の巣に引っかかるなんてメイド失格じゃないかしらァ?」
 転がって下がるシェリルを挑発するように黒百合は嗤い、肉片のついたワイヤーを手元に戻す。
 振り払われて宙を舞うその肉片は、日差しを浴びて灰緑がかった青い煌めきを残して地面に落ちる。

「ああぁあっ! この痛み、痛み、痛みィッ! どこまでも楽しませてださるのですねェッ!」
 立ち上がったシェリルは片手を左目に当てて砕けた眼鏡の破片を踏みにじり、残った右目と口を張り裂けそうなほどに開いて天を仰いで叫ぶ。
 だが、次の瞬間、血まみれの左手を添えて両手で戦斧をくるりと回転させた時、シェリルは微かに笑みを浮かべる。 
「ですが、今はお仕事中ですので。この続きはまたの機会に」
 痛みも狂乱も無かったかのように静かな表情を取り繕うシェリルだったが、周囲を圧迫する気配が色濃くなったのを撃退士達は感じ取るのだった。




 シェリルが狂乱を見せた時、シェリルの横では意識を辛うじて繋ぎ止めているミハイルに華桜がアウルを送り込んでいた。
 シェリルの後方では黒百合とエイルズレトラがディアボロに囲まれて、前方では華子が矢野を助け起こしていた。
 
 この瞬間、シェリルの右目が向いた先には、だれも居ない道が開けていた。

「猫、好きなんだろ。俺の猫達とじゃれあってみろ」
 走り出すシェリルに向かって、ミハイルは銃を構える。
 同時に4丁の銃が淡い光を帯びてミハイルの周囲に浮かび上がる。
 一斉に放たれる銃弾は、猫科の獰猛な獣となってシェリルに襲い掛かる。
「オススメはネベロングだ。堪能しろよ」
 シェリルの四肢に歯を、爪を立てる猛獣達をシェリルは猛獣の幻影を引き摺る様に力に任せて歩みを進める。
 黒豹が、チーターが、ヤマネコが。皮膚が引きちぎり、肉を抉るが、シェリルを止める事は出来ない。
 ちらり、とミハイルへ視線を送ったシェリルは、くすり、と笑う。
「可愛い猫達ですわね。では、お返しに私の猫達も可愛がってくださいませ」
 シェリルの言葉に咄嗟に華桜を庇おうとしたミハイルだったが、背後から勢いよく突き出された槍に反応が遅れる。
 二人を貫いた槍猫の攻撃を理解することなく、二人は意識を手放すことになるのだった。

 そのまま駆け抜けようとするシェリルは、背後で起きた爆発に背中を押されて足を止める。
 シェリルの行く手を塞ぐように、空から黒い影が降りてきた。
「慌てて来たせいでまだ満腹やないんやが。まあええ、今日はお好みのダンスを踊れるように準備してきたんや」
 シェリルの前に降り立ったゼロは、愛用の大鎌を構える。
 足元には血が滴り落ち、血だまりを大きくしていっているが、揺らがぬ姿勢で立ち塞がる。
「……良いでしょう。では一曲だけ」
 ゼロの表情を見たシェリルは戦斧を掲げて、ダンスの誘いを承諾する。
 そして間を置かず、一気に間合いを詰めて来た。
「いつもに増して情熱的やなっ」
 ゼロはその場で鎌を頭上へ掲げて迎え撃つ。
 そして声も無くシェリルが最速のスピードで突っ込んでくる。
 振り下ろされる大鎌と横薙ぎに一閃する戦斧が交差し、周囲に血が飛び散った。
 ゆっくりと崩れ落ちたのは、ゼロ。
 腹に開いた槍傷を埋める前に飛んできたゼロは、シェリルの一撃に耐える事は出来なかった。
 紙一重で避けられた大鎌が地面に突き刺さったまま、消えて行く。
 シェリルは何も言わず、大鎌が消えて行く様子をじっと見つめていた。




 ミハイルとゼロの攻撃により、シェリルは絶好の機会を失うことになる。
 ディアボロを突破した黒百合と、エイルズレトラが再び召喚したハートが行く手を遮ったのだった。
 後方ではエイルズレトラがディアボロに阻まれて隘路から出れなくなっているが、ディアボロ達の攻撃を一人で引きつけて、かすりもさせていない。

「今の内だっ」
 矢野は華子に声を掛けて、華桜の元へと駆け寄る。
「ひ、酷い怪我……」
 華桜の怪我を見て顔を青褪めさせる華子を振り返って、矢野は元気づける様に声をかける。
「君の力が必要だ。この局面を変えるために、彼女を助けるんだ」
 その言葉に自分の役割を思い出した華子は、しっかりと頷いて癒しの光で華桜を包み込む。
 そして、矢野はアウルを込めた拳で華桜の心臓を殴りつける。
「頼む、意識を取り戻してくれ」
 何度も、何度も、華桜が息を吹き返すまで、矢野は拳を振るい続ける。

 シェリルと黒百合は互いの武器を相手に叩き付け、戦い続ける。
 ハートが飛び回り、シェリルの攻撃の起点を邪魔し、その隙に黒百合が攻撃を叩き付ける。
 シェリルは攻撃を受け止め、すぐさま反撃を加える。
「またの機会に、と申し上げましたのに。疼くじゃありませんか」
「もう片方も斬り飛ばしてバランスを取ってあげるから安心するのねェ」
 均衡を破ったのはシェリルの連続攻撃だった。
 一撃を受けて反撃をしようとしたところで、さらに追撃を受け、弾き飛ばされた黒百合は華桜を治療していた矢野の背中にぶつかる。
 全員をまとめて倒そうと迫って来たシェリルは、華桜の放った光弾に足を止められる。
 不意を突かれて動きが止まったシェリルの背後でハートの口から紡ぎ出された風船が爆発し、シェリルを隘路まで押し戻す。
「ゼロの代わりにしちゃ不格好だが、俺が倒れるまでダンスにお付き合いを、レディ」
 矢野が放った蒼い矢は、天の属性を帯びてシェリルの右足を貫く。
「……撤退します」
 地面に崩れ落ちたシェリルは、ディアボロ達に掠れた声で告げる。
 黒百合の放つ追撃は身を挺して守った猫達によって遮られ、シェリルはぐったりと猫に担がれて去って行った。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 撃退士・矢野 古代(jb1679)
重体: 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
   <情熱的なダンスに身も心も燃え尽きたため>という理由により『重体』となる
面白かった!:7人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード