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煌々とかがり火のように燃え上がる車が照らすのは、幽玄の境に踊る鬼達。
ゆらゆらと揺れる灯りの中をある者は地面を掘り返して瓦礫を積み上げ、ある者は燃え盛る火の中を出入りして踊るように飛び回る。
その中心にいるのは人の数倍はありそうな暗紅の巨体、無骨な金棒を片手に大鬼は座したまま瞑目している。
大鬼から少し離れた位置に玉突き衝突を起こした車が立ち往生している。深夜であったことが幸いしたのか、その台数は多くはない。
だが、鬼による二次被害を恐れ、救助のために近づくことが出来ずに事故車は放置されている。
後藤知也(
jb6379)は過去に行った自衛隊での救出任務を思い出し、素早く周囲に視線を走らせる。
「これは香ばしい状況だな。救える命が残っているなら全力で救い出すまでさ。」
「酷い……」
雪織 もなか(
jb8020)は目前に広がる事故の様子を見て両手で胸を押さえる。
そして高速道路の下に広がる森に目を向けため息をつく。
「崖下にいらっしゃるお二人の事も心配ですけど、こちらの救助も大切ですよね」
髪の毛を口元に当てながら鑑夜 翠月(
jb0681)は雪織を気遣う。
「お二人は崖下を担当される方を信じて、僕も自分に出来る事を精一杯行いますね」
鑑夜の視線にライアー・ハングマン(
jb2704)は胸を張って答える。
「さて、お願いされちゃ仕方ねぇよな。全力全開、即行で助けに行ってやらぁ!」
そんなライアーにアウルによる迷彩を施しながらラファル A ユーティライネン(
jb4620)も答える。
「こいつは俺の流儀じゃねーんだが、ま、やるしかないか。」
「足掻けるなら、亡くさないように足掻くべきです」
手元から何かがこぼれていくのは、やはり恐ろしいですから、と鍋島 鼎(
jb0949)は呟く。
鬼の周りで燃え盛っている炎を見つめ、鍋島は唇をぎゅっと噛み締める。
その横でグリムロック・ハーヴェイ(
jb5532)は黙って敵を見据えている。
握り締められた拳だけが、その闘志を表に見せていた。
「ふぅ……久しぶりだなこういうのも」
ショットガンを活性化させてカイン 大澤(
ja8514)は呟く。
「行こう、仕事の時間だ」
短く仲間に告げると、カインは鬼に向かって走り始めた。
カインが事故車の横を通り抜けようと走り始めた時、大鬼が閉じていた目を見開き、耳をつんざく大声で吼えた。
その声を合図に大鬼も小鬼も一斉に撃退士達に向かって走り出す。
「行かせませんっ」
最初の一撃は鑑夜が放つ。パンデモニウムを開くと禍々しい形状の刃が現れ、大鬼に向かって飛んで行く。
鍋島が放つ炎も鑑夜の刃を追うように大鬼に放たれる。
大鬼は無造作に腕を振るい、二つの攻撃を振り払い、駆け寄るスピードを緩めない。
雪織と後藤が事故車に駆け寄り、怪我人の様子を確認しているが、このままでは救助を完了させる前に事故車の周囲が戦場となりかねなかった。
「……誰か守れるようなヒトになりたくて、剣を取ったのだ」
グリムロックはそう呟くと全速力で鬼に向かって走り出す。
自身の未熟は分かっている。だが、ここで戦わなくていつ戦うのだ。どれほど難しい戦いでも諦めるつもりはない。
「むしろ望むところだっ!」
大鬼の吼え声にも負けない力強い声を上げ、鬼達の注目を一身に集める。
ディバインナイトのスキルの一つ、タウント。
その効果により、事故車に向かって突進していた鬼達が一斉にグリムロックに向かって攻撃を始めた。
グリムロックは恐れることなく盾を掲げる。
一斉に放たれた6本の毒矢。一本目、二本目は盾で捌き、斧で叩き落す。
だが続けて襲い掛かる毒矢は運悪く構えた盾をすり抜けてグリムロックの喉に突き刺さる。
瞬時に痺れに似た感覚が喉から全身に広がる。
思わず咳き込んだグリムロックに残る矢も次々と飛来する。
かろうじて1本は盾で防いだものの、太ももを、肩を毒矢に貫かれる。
よろけながらもしっかりと二本の足で立ち続けるグリムロックは、不意に炎の光が遮られた事に気づき本能的に全身のアウルを込めた盾を頭の上に掲げる。
次の瞬間、全身の骨が折れたかと思うほどの圧力が盾に落ちてきた。
大鬼の振り下ろした金棒を盾でしっかりと受け止めるが、その代償は大きく喉に溜まっていた血を大量に吐きながら、地面に膝をついた。
「僕は行かせないと言いましたよ!」
鑑夜が手を伸ばすその先には巨大な逆十字が浮かび、鬼達に向かって堕ちてくる。
衝撃に鬼達は地面に叩きつけられ、その歩みを止める。
「爆ぜろ、天焔……!」
地面に叩きつけられた鬼達の周りに魔方陣が浮かぶ。
鍋島の合図で急速に収束すると範囲内で増幅するように爆発が繰り返される。
さらに重ねるように展開された魔方陣は、直前の爆発が収まると同時に爆発し、同じ光景を繰り返す。
爆発に翻弄され、唸りを上げる大鬼の顔面にカインはショットガンの弾丸を浴びせ、さらに懐へ入るために駆ける。
大鬼は自分を縛る重力に逆らうように吼えると、周囲の小鬼を巻き込みながら金棒を振り回してカインを打ち倒そうとした。
カインはパイルバンカーを装着した義手で受け流すが、その衝撃で義手の一部が吹っ飛んでいく。
鬼が振り回す金棒は小鬼を一体昏倒させつつ、膝を突いて立ち上がろうとするグリムロックの頭部を捕らえる。
グリムロックは意識を刈り取られ後方に投げ出され、燃え盛る車を跳ね飛ばしてようやく止まった。
カインはその隙に大鬼の懐に飛び込むと、大剣を足の甲に突き立てる。
「巨漢を相手にするときは身体の末端部分を攻撃するのが基本だっけ?まあいい、マニュアル通りにやって金を貰うだけだ」
さらにパイルバンカーを大鬼の膝に当て、肩口の緊急用着火装置を口で引っ張って作動させる。
アウルの爆発によって打ち出された杭は大鬼の膝を砕き、大鬼は苦痛の唸り声を上げて再び金棒を振り回す。
逃げ遅れた小鬼を打ち倒して迫ってきた金棒をいなしきれずに、カインは大剣と共に跳ね飛ばされた。
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「始まったようだぜ、準備は良いか」
ライアーは頷くラファルを抱えると暗闇の森の上空へと飛び上がる。
暗視装置を通して周囲を見渡し、木々の倒れた様子からバスの行方に当りをつけ全速力で飛んで行く。
暗闇の中迷彩を施した二人は、ライアーの翼が風を切る音以外にその存在を捕らえることは出来ない。
やがてバスを見つけたライアーは、バスの周りには小鬼が2体、歪な爪でバスから乗客の死体を引きずり出している姿を発見した。
少し離れた場所に二人で着地し、阻霊符を展開しつつバスに駆け寄る。
「助けに来たぜぃ!すぐ迎えに行ってやっから大人しく待ってろよー!」
ライアーが叫びつつ飛び出し、ペンライトを投げつけて小鬼の目をひきつける。
「ハッ!刻まれてろぉ!」
ペンライトの灯りに照らされた小鬼の姿を暗視装置で捉え、その周囲に微小な刃で出来た砂塵を巻き起こす。砂塵は小鬼の全身をやすりで削るように刻んで行き、小鬼は全身血だるまになって踊るようにのた打ち回って苦しむ。
天の属性を持つ鬼に対して、深い闇を背負ったライアーの攻撃は強力に作用し、通常では考えられないほどの苦しみを小鬼に与える。
ぎゃぁぎゃぁと喚きながら転がる小鬼に向かってライアーは鎖鞭を振り下ろした。
「ハッハァ、今宵も嫉妬が滾るぜぃ!」
嫉妬の悪魔の名前を冠した鞭で小鬼をしとめると、背中に浮かんだ蛇の刺青が喜びに悶えるようにうねる。
「さぁて、次は……」
もう一体の小鬼を探そうと頭を巡らせた瞬間、ぞくり、と冷たいものを感じる。
とっさにバスの陰に隠れようと飛び退るが、敵の矢はそれよりも早くライアーの体を貫く。
魔の属性を深く身に帯びたライアーは、天に対して強力な刃となり得るが、それは諸刃の剣。しかもより深く魔に淫するために纏った魔装がその生命力の大半を奪っている状態であり、小鬼の一矢により一気に生死の境を彷徨う事となった。
ライアーが派手に小鬼と対峙している間にラファルは素早くバスに潜り込み、生存者を探す。
「よー、生きてっか」
ラファルは逆さまになり荷物が散乱した車内をゆっくりと歩いていく。
ピクリともしない乗客達の合間を縫いながら小声で安否確認をするが、どこからも反応はない。
諦めかけた時、不意に頭上から伸びてきた手に口元を押さえられる。
「助けか……その子を……頼む」
「くそっ、驚かせるんじゃねーよ、おっさん。俺を誰だと思ってるんだまとめて助けてやるぜ」
声をかけてきた男の挟んでいる座席を外し、引きずり下ろして傍らでか細い呼吸を繰り返している子供と並べた後に、二人に影を集めその姿を隠す。
「終わっても動くんじゃねーぜ」
二人を担ぎ上げると、戦闘の物音がする方向とは逆側から外に出て、大きな木の陰に二人を寝かせる。
さて、と加勢に向かおうとした時に、ライアーのうめき声が聞こえた。
「お前がやられたら誰が二人を逃がすんだよ、ったく仕方ねーな」
バスの上に駆け上がり状況を把握すると同時に、掌にアウルを集めて眩しい光を周囲へ放出する。
ぎゃぎゃっと耳障りな声が聞こえた方向へ飛び、後ろへ回り込むとカーマインで首を狙う。
小鬼はとっさに両腕を上げて首を庇う。構わず締め付けると手首がごとり、と落ちた。
だが、ラファルの快進撃はそこまでだった。
あと一息でしとめることが出来たが、天魔逆の属性を持つものは守勢に回ると脆さが露呈する。
両手首を失い狂乱した小鬼の蹴りを鳩尾に受け、動きが止まったところを横殴りに米神を蹴り付けられバスに叩きつけられる。
小鬼はラファルが意識を失っただけでは気が治まらないのか、何度も、何度も蹴り付けて、ラファルが血反吐で出来た水溜りに沈むまで蹴り続けた。
去り際の駄賃とばかりにライアーも蹴り飛ばすと、やがて暗い森の中へと消えていった。
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雪織は前方で繰り広げられる激しい戦いに焦りの色を見せながらも、後藤が生命探知により探し当てた怪我人の救助を急いでいた。
一台のファミリーワゴンは前のトラックとぶつかり、運転席に居た両親は即死だったが、後部座席にいた二人の子供達は奇跡的に軽傷で済んでいた。
「久遠ヶ原学園の撃退士です。大丈夫ですか? 動けますか?」
怯える子供達に優しく声をかけながら、抱きしめ、暖かなアウルで包み込む。
体を硬くして泣くことも出来ずに震えていた子供達はやがて黙って雪織にしがみついてきた。
「ここは危ないから、お姉ちゃんと一緒に行こう?」
二人の小さな体を抱きしめて全速力で後方の救急車へ向かって走り出す。
限界まで近づいていた救急隊員に後を任せると、すぐさま事故車へと駆け戻る。
「早く、早く助けないと」
ますます激しさを増す戦闘に不安を抱きながらも次の事故車のドアを開けるのだった。
後藤はひしゃげた乗用車のドアを活性化させた盾を利用し、テコの原理を応用して手掛かりを作ると、力任せに引きちぎる。
「生存者確認、脚部に激しい損傷、バイタルサイン確認。気をしっかり持て、助けに来たぞ」
素早く怪我人の状態を確認すると、潰れて足を挟んでいたフロント部分を押し曲げようと手をかける。
ギィ、ギギィ、と少しずつ隙間が広がり、怪我人を引きずりだせるようになった。
「頑張ったな、もう少しの我慢だぞ」
苦痛の声を上げる怪我人に声をかけて励ましながら、怪我人の脇に手を差し込んで慎重に引き出す。
「しっかり掴まるんだ、走るぞ」
怪我人を背負って後藤は走り出す。雪織と同じように救急隊員へ怪我人を引き渡すとすぐに取って返した。
雪織と後藤が最後の車に取り掛かった頃、グリムロックが車にぶつかる姿が目に飛び込んできた。
「あれはっ……」
雪織は息を飲み、後藤もぎりっと歯軋りをするが、二人は顔を見合わせて頷くと怪我人の救助を急ぐ。
仲間達を信じ、被害を少なくするためにやるべきことがあるのだから。
二人はいっそう救助の手を早めるのだった。
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鬼と対峙した撃退士達は厳しい戦いを繰り広げていた。
グリムロックは倒れて動かず、カインも立っているのがやっとの状態、対する鬼は小鬼が2体ほど倒れているものの、大鬼は傷つきながらも健在で、金棒を支えに撃退士達をにらみつけている。
鑑夜と鍋島は諦めることなく攻撃を放ち続けるが、一度攻撃するとその倍の矢が撃ち返される。
少しずつ傷つきながらも一進一退の攻防を続けるが、小鬼は素早く立ち回り、決定的な一撃を加えることが出来ずにいた。
「お待たせしました。もう大丈夫です!」
雪織の声と共にキラキラと輝くアウルがカインの体を包み込む。
その穏やかな暖かい光に包まれたカインの体は傷口を見る見るうちに癒していく。
「すまない、少し遅れたな」
後藤もカインに光を送り、カインの傷は全て回復した。
「ん、動くな」
大剣を一振りして状態を確認するとカインは再び大鬼に向かって走り出す。
「毒には毒、その血ごと焼けろ……!」
大鬼に向かうカインに矢を放とうとする小鬼に向かって鍋島がライターを投げつける。
小鬼の傍でライターは燃え上がり、その炎が小鬼の口や鼻から体内へと侵入する。
体の中から焼かれ、小鬼はその場で苦しみ喘ぐ。
懐へ飛び込むカインを迎え打とうと大鬼は金棒を振り上げるが、そこへ鑑夜が魔法の刃を放ち、大鬼は防戦を強いられる。
カインは懐に飛び込むと上に向かって大剣を振り上げ、太い喉を切り裂く。ひゅーっと横一文字に口を開いた大鬼の喉から甲高い呼気が漏れ、すぐに血がどぼどぼと溢れてくる。
「考えても仕方ねーんだけどな、許されようとは思わねえけどほんと俺は殺してばっかりだ」
膝を突いた大鬼の頭にパイルバンカーを突き付け、カインは呟く。ずどん、と杭が鬼を貫き、鬼は地響きを立てて沈み込んだ。
鑑夜と鍋島がそれぞれ小鬼を仕留め、残る一体も撃退士達の攻撃の前には抵抗することも出来ずに倒れる。
「これは危険な状態ですね……」
グリムロックの手当てをしていた雪織が首を振って悲しそうに唇を噛み締める。
「崖の下へ向かった二人からの連絡が遅いですね」
鍋島が不安そうに下へ視線を向ける。
「行きましょう、危険な目にあっているのかもしれません」
鑑夜が決意を固めた口調で提案する。
鍋島と鑑夜の二人は、バスが転落した跡と思われる、木々がなぎ倒された崖へ飛び出す。
破壊されたバスにたどり着いた二人が見たものは、血反吐に沈むライアーとラファル、それに這い寄る途中で力尽きている男の姿だった。
オペレーターの狩野が手配した輸送ヘリがバリバリと空を切り裂くような音を立てながら近づいて来たのはそれからしばらくしてからだった。
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事件後、高速道路上から救助された一般人に重篤な怪我人は居なかった。
だが、崖の下から救助された二人の意識は未だ戻らず、今も昏睡状態が続いている。