●人気の無い街
蔦の絡み合う会館は不気味に静まりかえり、ただ鴉の鳴き声だけが響き渡る。
曇天の下、片翼の鴉が鳴く声はただただ不吉な響きを残していく。
人気の途絶えた静かな町を一台のトラックがエンジン音を響かせて走っている。
我が物顔で道の真ん中で寝っ転がっていた子猫が慌てて飛びのいていった。
比較的静かな走行を心がけゆっくりと動いているが、物音の途絶えた町にはその音も良く響く。
やがて、タイヤを軋ませながらトラックは停止して、運転していた鈴代 征治(
ja1305)が荷台に潜んでいた撃退士達に告げる。
「これ以上は気取られるかも。始まるまでここで待機しておくよ」
次々に降り立つ撃退士達は、互いに視線をかわし、それぞれの持ち場へと静かに駆け出していく。
会館へと近づいてくる撃退士の姿をじっと見つめ、鴉は人気の無い町に再び乾いた鳴き声を響かせるのだった。
●玄関1
「俺が先に行って内部の状況を探ってみるよ」
龍崎海(
ja0565)は物陰から姿勢を低く通りに躍り出る。
公道を渡り、会館へと続くスロープを横切りながら会館内にいる生命の鼓動を感じようとアウルを展開していく。
徐々に広がって行く感覚を研ぎ澄ませていると、2階に少数の反応が感じられた。
そして、すぐ近くに仲間とは異なる反応が二つ。
「まずいっ……!」
風切音を感じて近くの植え込みへ突っ込むようにして飛び込む。
植え込みに突っ込んで枝が皮膚をひっかくざわめきを覆い尽くすように、石畳が砕ける音が響き渡った。
同時に広がっていたアウルが途切れ、意識が目の前に集中される。
龍崎は体勢を立て直しながら素早く視線を巡らせる。
クロスボウを構えた二足歩行のトカゲのような異形が一体。
「玄関に立っていたサーバントか! もう一体は……うわっと!」
盛んに危険を告げてくる直観を信じ、めきめきと植え込みを折り抜きながら体を投げ出す。
直後に頭上から金属の光が降り注ぐ。
トライデントに体重をかけて頭上から落ちて来たサーバントが、先ほどまで龍崎が居た植え込みを激しく薙ぎ払った。
「2階に反応があった! 一般人は2階、披露宴会場だ!」
龍崎が枝葉を身体に着けたまま地面を転がりでながら、得られた情報を叫ぶ。
後方から近付いていたアスハ・A・R(
ja8432)は2体のサーバントに追い立てられる龍崎を尻目に、視線を会館へと走らせる。
「行くしかない、か。手厚い歓迎を期待しよう」
片手を頭上に掲げたアスハのアウルが膨れ上がる。
次の瞬間、会館の屋上に向かって無数の魔法弾が降り注いでいった。
激しく降り注ぐ魔法弾がコンクリートを砕いていく音が、轟音となって周囲を圧倒する。
「蔦もある。簡単に壊れる事は……そういう事もある、か」
一際大きな音を立てて3階の窓が吹っ飛ぶのを見て、アスハはポツリと呟いた。
「あの……、皆さん、無事なの……です?」
心配そうに眉を潜めて、華桜りりか(
jb6883)は式神をふわりと飛び立たせる。
龍崎にクロスボウを向けたサーバントに式神は絡みつ、その身体を締め上げていく。
「えと……その……先を急ぐの。通してもらうの、です」
式神が束縛したことを信じているのか、確認もせずにもう一体へと手にした人形を向ける。
持主とおなじくふわりと被ったかつぎから桜色の毛先が零れ、人形の指先に桜を内包した光が、ぼう、と浮かび上がる。
「道を開けてもらうの、です」
華桜が短く告げた言葉と共に、槍を構えた一体へと光の玉が放たれた。
●館内1
「はぁ、相変わらずの威力やなぁ……。よかった、今回は見守る方やった」
アスハの一撃を確認したゼロ=シュバイツァー(
jb7501)はにやりと笑って闇の翼を広げる。
真っ直ぐに会館に向かって飛ぶ彼の狙いは、2階。
龍崎の突き止めた場所へと侵入すべく、勢いを止めることなく突っ込んで行く。
物質透過を発動させたその体は、音もなく侵入を果たす、はずであった。
ゼロが最初に感じたのは身体に絡む蔦の感触、そして硬質なものを体で突き破る衝撃があり、最後にぶちぶちと蔦を引きちぎる感覚を覚え、無様に床を転がった。
「なんでや……、あ。蔦か」
立ち上がると粉々に割れたガラスの破片がゼロの身体を透過して床に散らばる。体に絡まったままの千切れた蔦が徐々に消えていくのを見て、ゼロは理解する。
この蔦がアウルで作り上げられたものであるならば、透過は出来ない。
かちゃ、と物音を聞いたゼロは口を歪めて視線を上げる。
自分向かって飛んでくるクロスボウの矢じりを挑発的に睨みつける。
「ったいやないか……こら」
避ける事も出来ずに矢を肩に受けたゼロは、挑発的な笑みを浮かべて手にした鎌から漆黒の刃を顕現させた。
一瞬のにらみ合いを崩したのはゼロとは別の窓を割って飛び込んで来たのは、淡く美しい銀色の翼を広げたSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)だった。
「助けに、来た……」
一般人を助け出そうと視線を走らせる。
薄暗い室内の中央には十名程度の人影が転がっていた。
「人質が、少ない……?」
予想よりも少ない人質の数に、残りの人質の姿を探して視線を彷徨わせる。
そこへ突き付けられる銀色の輝き。
天のアウルを帯びた鋭い突きは、スピカの体に引き付けられるように勢いを増して胸を貫く。
急速に失われていく血と生命を押しとどめるように腕をあげたスピカに、再び槍が突き抜かれる。
だが、弾かれたように後方へよろめいたのはサーバントの方であった。
敵に向かって突き出された腕から飛び出した一本の杭がサーバントの身体を貫き、杭の表面を紫電が脈打つように揺らめく。
杭からサーバントの生命力は吸い上げられ、傷の位置が逆転したかのようにスピカの傷が埋まって行く。
「ちょっと、痛い……。あなたの生命、ちょうだい……?」
バンカーを構えた銀色の娘は、埋まり切っていない傷口から血を流しながら、無表情に敵に迫って行く。
スピカの侵入をきっかけに、ゼロはクロスボウを向けて来たサーバントへと迫る。
テーブルの下を床スレスレに滑る様に飛び、飛び上がったかと思えば天井を蹴って上下に揺さぶりをかける。
天井近くから一気に下降してサーバントを両断しようと鎌を振り上げる。
「くっ、あかんかっ」
サーバントの足元に人質が転がっている事に気づき、真っ直ぐに振り下ろそうとした腕を無理矢理に横の軌道へと変える。
スピードを無理に殺した動きはサーバントに軽くいなされ、空中で体が泳いだゼロの身体を三又の槍が横薙ぎに払う。
三筋の傷が横腹にパックリと開いて血を流したゼロは、人質を避けて床に向かって肩から滑り込む。
「嫌らしい事をしよるやないか……」
ぎり、と奥歯を噛みしめ、ゼロはその場から動かないサーバントを睨みつける。
●屋上1
「うわぁ……。シロ大丈夫?」
屋上に開いた穴から見下ろすジンに不機嫌な声をかける。
「ふん。君も笑ってる暇は無い。屋上を狙ってきたならばすぐにそっちにも来るぞ」
シロの言葉で背後を振り返ったジンは、既に撃退士が来ていたことにようやく気付いた。
「そんな風に笑うんだねっ、ジンくん☆」
突然かけられた声に警戒の表情を見せるジンに微笑みかけてゆっくりと屋上に降り立つのは、ユウ・ターナー(
jb5471)。
戦う気は無い、とばかりに手にした鎖鎌をヒヒイロカネに収納して見せる。
「ジンくんがこの蔦を作ってたんだね。すごいねー☆ あ、そうだ。今日はドラちゃんは一緒じゃないの?」
ユウの様子に戸惑いを見せていたジンは、ドラの名前を聞いた途端に表情をこわばらせる。
「ドラ……」
小さく呟いて絵筆を持つ手に力を込めた時、大鎧を着こんだ黒獅子の武者が屋上へと舞い降りて来た。
「それはやめておくんだ」
天羽 伊都(
jb2199)の制止を聞いたわけではないが、新たな相手の登場にジンは絵筆の動きを止めて、再び警戒の構えを取る。
「君はジン、だね。報告書通りの子供……か。君も何か目的があってこの場に居るんだろうが、……死ぬぞ? こんな事をしていたらいつか、きっと」
天羽の言葉に、ジンはぎゅっと口を結んでまっすぐに天羽を見つめる。
「僕は自分のやってることは分かってるよ。でも大切な人の為にやらなくちゃいけないことだから」
「大事な人って、ドラちゃん?」
最後に小さく付け加えられた言葉を聞き逃さず、ユウはジンを刺激しないようにゆっくりとした口調で訊ねる。
はっ、と口許を押さえるジンの様子は認めたも同然であり、自分でもその事に気づいたのかジンは小さく溜息をついて口を開いた。
「そう、ドラだよ。僕に残されたただ一人の大切な人。そのために、僕は頑張らないといけないんだ」
だから、と微笑みながら再び絵筆を構える。
「邪魔をするなら、戦うよ。僕は」
素早く走らせた絵筆が描き出したのは、人が入れそうな砲身を持つ漫画チックな旧式の大砲。
キュリキュリと歯車を軋ませて方向を変え、天羽に砲口を向ける。
「それは、今、どうしても頑張らなくちゃいけないのかい?」
ジンの行動に対して手にした剣を構えるでもなく見守って、天羽は問いかける。
ジンの返事は、描き出した火を大砲に落とす事だった。
激しく火を噴いた砲口から、蜘蛛の巣のように広がったネットが飛び出し、天羽に絡みつつ屋上から天羽を投げ出した。
「今、やらないといけないんだ」
ジンは静かに呟いて決意の眼差しをユウへと向ける。
●神社1
会館に降り注ぐ魔法弾の音に、ハガクレはサングラスの奥の閉じていた瞳をゆっくりと開く。
「始まったでござるな……」
ハガクレはその場に佇んだままゆっくりと視線を巡らせる。
「さて……。どのような武士が現れるでござろうか」
じっくりと間を持たせた後で、庭を散策しているかのように自然な足取りで会館へつながる鳥居へ向かって歩き出す。
じっとハガクレの様子を見守っていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、神社の壁に水墨画が広がった事に気づく。
周囲に取り残された一般人が居ないか調べて回っていた九十九(
ja1149)の合図だ。
無人の神社を俯瞰で描いたその絵を見た瞬間、周囲が無人である事が描いていると伝わる。
その絵を見たエイルズレトラは、音もなく歩き出てハガクレの前に立ち塞がる。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね」
エイルズレトラの姿にピタリと足を止めたハガクレは、微かにその頬を緩める。
「奇術師殿……。現れたでござるな。過日の続きと参ろうか」
刀の柄にそっと手を添えて、ハガクレは重心を低く、前のめりに構えをとった。
だが、エイルズレトラはヒラヒラと手を振ってみせて無手であることを示す。
「あ、戦うのは別に構わないんですけどね。戦う前にお話をしましょう。アレは僕等が勝っていましたし、続きと言われても困りますね」
エイルズレトラの言葉に、不審そうに眉を歪めるハガクレ。
探るような視線を受け、エイルズレトラは指を一本上げて質問をする。
「貴方達はここで何を企んでいるのでしょう? せめてヒントぐらいください」
堂々と確信をついた質問をしてくるエイルズレトラに、ハガクレは可笑しそうに笑う。
「隠すほどの事ではござらぬ。囮、陽動、罠……本命から目を逸らさせるには成功でござる」
あまりにもあっさりと明かすハガクレに、エイルズレトラは大仰に両手を広げて見せる。
「まさか答えてくれるとは思いませんでしたよ。それを聞いて僕たちが去ったらどうする気なのですか?」
「かっはっは! まさかお主達ほどの武士が無辜の民を見捨てる行いを為す事は無いでござろう。ここに、この場に立っている時点で策は成ってござる」
それにでござるな、とハガクレは続ける。
「お主だけがこの場より退くのであれば、拙者は会館を襲う者どもへ背面から襲い申す。……つまり、いざ、尋常に勝負! でござる」
再び構えを深くするハガクレの様子に、エイルズレトラは小さく溜息をつく。
「仕方ありませんね。ハート、今回もよろしく頼むよ」
召喚されたヒリュウ・ハートはハガクレの背後に回り、エイルズレトラは手をくるりと回して、刀とカードを現出させる。
「それでこそ奇術師殿でござる。さあ、立ち合おうぞ! いざ! いざ!」
ハガクレが叫び、地面を蹴る。
エイルズレトラの残像を切り裂き、背中から飛び込んで来たハートの体当たりにつんのめる。
「むぅ……!」
身を捩って体勢を立て直そうとするハガクレの身体に、一本の矢が突き刺さる。
「うちの存在も忘れてもらっちゃあ困るのさねぃ」
神社の植え込みに同化するようにひっそりと身を潜めていた九十九が放った矢は、ハガクレの意識の外から飛来し、無防備な背中に突き刺さる。
「まこと、お主達はおもしろき相手でござる」
矢を背中に突き立てたまま、ハガクレはさらに前傾姿勢に構える。
「相手が何人居ようとも、大事に至る前に斬ってしまえば問題ござらぬ」
緊迫した空気が境内の木々を揺らし、葉がざわめいた。
●玄関2
華桜が操る人形が放った光弾は龍崎に槍を向けるサーバントに直撃する。
光弾はサーバントの爬虫類じみた表皮を焼き、サーバントの表皮は赤い血と共に弾けるように飛び散らせる。
好機とばかりに龍崎が追撃をかけようと槍を握る手に力を込めた時、サーバントはよろめいて踏み出した足を起点に身体を回転させて槍を振り回す。
響き渡る金属音。
龍崎の槍とサーバントの槍が正面からぶつかり、火花を散らす。
「はあぁっ!」
気合と共に龍崎の槍がしなり、サーバントの槍を跳ね上げて鋭く突き込む。
金属音が再び響き渡る。
龍崎の勢いにサーバントはおされ、皮膚を引き裂かれながら数歩下がる。
その攻防の横、式神に縛られたサーバントが龍崎に向けてクロスボウを持ち上げる。
それを見とがめたアスハが滑る様に接近し、アウルを魔銃に纏わせて創り上げた氷の太刀を一閃する。
式神に動きを阻害されていたサーバントはその一閃を避ける術は無かった。
背後から斬りつけられた傷口から氷が広がり、見る見るうちにサーバントを氷漬けにしていく。
「あ……」
残るは一体と誰もが槍を振るうサーバントに集中した時、空気が抜けるような溜息と、ガラスが激しく割れる音が響く。
降り注ぐガラスの煌めきを浴びる華桜の肩には一本の矢が生えていた。
右肩に深く刺さった矢は、3階の窓を破って眼下に狙いを付けているサーバントが放ったものだ。
痛みに唇を噛みしめながら、華桜は玄関に立ち塞がって槍を振るうサーバントに再び光弾をぶつける。
「ここは危険なの……。館内を目指すの、です」
その言葉に呼応するように、アスハの魔銃が火を噴いた。
光の弾丸を受けたサーバントの腕はだらりと垂れ下がり、大きな隙を生み出す。
「そこだっ!」
龍崎の槍が鋭く突き上げられ、サーバントの喉を貫いた。
そのまま崩れ落ちるサーバントを踏み越え、会館の中へと駆け出した龍崎だったが、背後から聞こえた人が倒れる音に、反射的に振り向く。
続けて館内へと踏み出そうとした華桜の胸に2本目の矢が突き刺さり、崩れ落ちるように倒れた音であった。
「まだ倒れては駄目だ、耐えるんだ!」
龍崎は叫ぶ。
その叫びと共に溢れ出したアウルが淡い光となって華桜を包みこみ、華桜の意識を寸前で踏みとどまらせた。
華桜が息を吹き返すと同時に、ぱりぱりと氷が砕ける音が小さく聞こえた。
氷の束縛を破って動けるようになったサーバントがアスハに向かってクロスボウを向けてくる。
反応が遅れたアスハは矢を受け止めるべく、魔銃にアウルを集中させる。
だが、その矢が放たれる直前、大型のトラックが二人の間に割り込んで来た。
「タイミング良かったみたいですね」
運転席のドアを蹴り開け、鈴代は愛用のランスを振り上げて呟く。
「まずは玄関を制圧しましょうか」
玄関へと突っ込んで来た勢いをそのままに、鈴代はサーバントに向けてランスを振り下ろした。
突撃の勢いと共に真っ直ぐに突き下ろされたランスは、その重みでもってサーバントを串刺しにしたのだった。
玄関を一部削りながら停止したトラックを迂回して、華桜は屋内へと向かうが、三度、3階から矢が降り注ぎ華桜のふくらはぎに突き立ち、華桜は地面に転がる。
すぐさま飛ばした龍崎のアウルにより、傷口は瞬時に塞がるが、華桜はその場に立ち上がり狙いをつけてくる3階のサーバントを振り仰ぐ。
「このままだと、救助の時に困るの、です」
すっと、手のひらを頭上にあげた華桜の周囲を淡い桜の花弁が緩やかに螺旋を描く。
「……おとなしくさせて」
手のひらから飛び立つように上空へと舞い上がった式神がサーバントを縛りあげ、3階から放たれた矢は見当違いの方向へと飛んでいった。
「ここは任せて、早く」
トラックの上に飛び乗った鈴代が仲間に向けて声をかけ、頭上を警戒するようにランスを構える。
その言葉に、華桜とアスハは龍崎に続いて会館へ飛び込むのだった。
●屋上2
「助けるってどういうことなの?」
ユウはなおも問いかける。
大砲をユウに向けるジンに対して、警戒はすれど未だ魔具はヒヒイロカネの中だ。
「それはね……」
「喋り過ぎだ、ジン。それ以上は彼等には関係ないことだ」
言いよどんだジンを制するようにシロが屋上へと飛び上がって来た。
白い癖毛に絡まったコンクリート片を見て、ユウは一瞬目を丸くするが、そのままシロへ問いかける。
「あなたがドラちゃんを連れ帰ったんだよね? それなのに危険な状況になってるの?」
その問にシロは埃まみれの眼鏡を指で押し上げ、わずかな間をあける。
「……危険、ではない。我々が役に立っている間はな」
だが、とシロは直剣を構える。
「繰り返すが君達には関係のないことだ。そんな事よりもこんな所でのんびりしていていいのか?」
ちら、と階下に視線を送り、にやりと笑うシロ。
そこへジンのネットを振り払って再び屋上へ上がって来た天羽が飛び込んで来た。
完全に不意をついた一閃。
だが、シロはその攻撃を紙一重で避け、高速で剣を振り抜いて天羽に斬りつける。
「……くっ」
シロの一撃を咄嗟に円形盾を現出させることで防ごうと試みるが、鋭すぎた己の一撃がかわされた事で深く踏み込まれており、シロの一撃は盾を掻い潜って鎧の隙間を切り裂く。
その瞬間、天羽の視界を暴力的な光が埋め尽くす。
「いかに優れた技を持っていようと、瞬時に五感の変化に対応できるものでは無い。わかるかい?」
背後から投げかけられた声に向かって闇雲に剣を振るうが、手応えの代わりに鎧のつなぎ目へ強烈な突きを入れられて、天羽はその場で転がる。
『カァ……!』
その瞬間、ビルの上空を待っていた片翼の鴉が鋭い鳴き声を上げる。
鳴き声を聞いたシロは上空を見上げ、小さく頷く。
「ジン、玄関が突破された。次の段階に入る」
そのまま歩きだしたシロの背中を衝撃が襲う。
「ぐはっ……!」
背中から胸元に貫いた剣を手にしていたのは、倒れていた天羽だった。
「目が見えなくても、そんなに無防備な的を外すほど未熟じゃない」
シロを蹴倒して剣を抜いた天羽の身体には、先ほどの攻防の跡など微塵も感じられず、無傷のように揺らぎが無かった。
「ふん、私の生命力を奪ったか……! 面倒だなっ!」
シロが叫んだと同時に、背後から放たれたジンのネットが天羽を再び捉える。
シロの声に注意を引き付けられた天羽は、避ける事も出来ずに網の中でもがくのだった。
「あの鴉……ひょっとして」
ユウは上空で鳴く鴉を見上げて呟く。
「ねぇ! クロってどこにいるのかな?」
ユウは頭上の鴉に向かって金色の大鎌を構え、アウルを高めて振り抜く。
「まずいっ!」
シロはユウの動きを見て、懐に入れていた瓶を取り出して地面に叩き付ける。
その瞬間、上空の鴉は人の姿になり、屋上へと堕ちてくる。
同時に放たれたユウの技により、無数の火花が上空を覆い尽くしており、人影は爆発の勢いで屋上に叩き付けられるのだった。
「ぐはあっ! 痛ってぇってんだよ! シロのクソがァッ! もっとタイミングみて開放しやがれ!」
ぶすぶすと煙を上げながら地面を転がる人影が悪態をついている。
「あはは、シロは真っ白でクロは焦げてるねっ」
ジンがおかしそうに無邪気な笑い声をあげて、大砲をユウへと向ける。
「どうしてわかったの? お姉ちゃん。ふふ、今度会ったら教えてよ」
ユウが答えを返す前に、ジンが放ったネットがユウを絡み取り、天羽と同じく階下へと落ちていった。
●館内2
ゼロとスピカは苦しい戦いを強いられていた。
人質が床に転がっている場所での戦闘は攻撃の選択肢を狭め、効果的な一撃を加えられずにいた。
ゼロは距離を詰めれば人質により大きく行動を制限され、仕切り直しに距離を取ればすかさずクロスボウが飛んでくるため、一所に留まらずに飛び回っていた。
決定的な一撃を受ける事は無いが、細かい傷が増え、徐々にその動きは精彩を欠いていく。
「ジリ貧やな……。応援はまだかいな」
玄関から突入しているはずの仲間達を期待して、ちらりと入口のドアに視線を走らせる。
タイミング良く、ドアが勢いよく開いた。
「助かっ……ぬおっ!」
ドアの奥から飛んできたのはクロスボウの矢。
仲間達よりも先に新手のサーバントが駆けつけたのだった。
スピカはさらに状況が悪かった。
相克する天と魔の力は互い互いを引きつけ合う。
槍に貫かれ深い傷を負っては、飛びそうになる意識を繋ぎ止めて杭を打ち込み、相手の生命を吸い上げる事で息を吹き返す。
一瞬でも気を抜けば意識を失うような、真向からの殴り合い。
距離を取れば、傷ついた身体をクロスボウで射抜かれて落ちるだろう。
退いたら負ける。
スピカにはこのまま押し切るしか活路は無かった。
追い詰められているのはゼロも同じなのだろう、という事は薄らと意識の表層を掠めはした。
だがそちらへ注意を向ける余裕は無く、スピカはただひたすらに腕を振う。
体にいくつも開いた深い穴から血と生命力を垂れ流しながらも、サーバントは攻撃の手を緩めない。
だが、それも生命の灯火が消える直前の焔に過ぎないことを、スピカは直観的に理解していた。
次の一撃で決まる。
歯を食いしばって何度目かの攻撃に耐え、杭を打ち込む。
だが。
「あ……」
スピカの口から思わず声が零れる。
貫いた杭が纏っていた紫電の輝きが消えていた。
スピカの傷は塞がらず、埋められなかった力が抜けて行く感覚に、膝ががくりと落ちる。
くるりと回された槍の石突にこめかみを弾かれ、視界が横に流れて行く。
「眩しい……」
視界に飛び込んで来た陽の光をやけに眩しく感じて、スピカは意識を失った。
窓から落ちて行くスピカを救う事も出来ずに、ゼロは室内を飛び回る。
敵が2体になったことで、攻撃をまともに受ける事が増えていた。
一度は意識を失いかけ床に転がったが、人魂にようなアウルを飛ばして、生命力を奪うことで辛うじて戦いの体を為していた。
「大丈夫かっ!」
二つのクロスボウに狙いを付けられ、部屋の隅に追い詰められていたゼロに仲間の声と光り輝くアウルが投げかけられる。
「余裕やで……」
龍崎に傷を癒され、天羽と華桜、ユウが敵を蹴散らす姿を見ながら、ゼロはそっと息を吐くのだった。
●神社2
「疾ッ!」
鋭い気合いが迸り、無数の斬撃がエイルズレトラを襲う。
一瞬の煌めきだけを残して連続して放たれる斬撃に対し、エイルズレトラは残像を残す体捌きを見せる。
一閃、一閃、一閃。
さらに一閃。
放たれる斬撃は数を重ねる度に鋭くなり、エイルズレトラの動きに迫って行く。
5度目に放たれた斬撃に会心の手応えを感じたハガクレは残心の構えを取りつつ深く息を吐く。
目の前に舞うのは切り裂かれた久遠ヶ原学園のジャケット。
「これでも速さには自信があったんですけどね」
息も切らさずにハガクレから距離を取ったエイルズレトラはハガクレの足元で消えていく斬られたカードを見て呟く。
ハガクレは刀の柄に刺さった矢から紫紺の旋風の名残が消えて行くのを見て、ほぉ、と溜息をついた。
「何度か捉えたと思ったでござるが、剣先をずらされ、霞を切らされ……いやはや」
すっと再び構えに入るハガクレの雰囲気が変わる。
「ハート、下がって!」
ハガクレの後方から体当たりを仕掛けていたハートに向かって、エイルズレトラが叫ぶ。
その攻撃は確かにハガクレの後頭部に当たり、アフロから一筋の血が飛び散らせた。
だが、倒すまでは至らない。
重心を低く取って耐えたハガクレは振り向き様に刀を大きく振るい、真空の刃をハートに向かって飛ばす。
飛んできた九十九の矢を弾き飛ばし、素早く回避動作にはいるハートを捉え、ハガクレの攻撃は境内の大樹を薙ぎ倒していく。
力なく地面に落ちるハートを素早く受け止め、ハガクレから距離を取るエイルズレトラの胸から血が噴き出した。
エイルズレトラは血の気の失せた顔色であったが、すばやく手にしたクロスで自分とハートの身体を包み込み、傷を覆い隠していく。
追撃をしようと足を踏み出したハガクレの目の前に、猛き獣を象ったアウルがその牙と角と爪でハガクレを襲う。
足を止めて刀を構え、急所を守ったハガクレの前にふらりと九十九が姿を見せる。
「先に戦った雉。良い弓師だったさね」
ハガクレは九十九の言葉に足を止め、口をへの字に曲げて空を向く。
「己の腕を余す事無く振るった相手に認められる。士としてこれ以上の誉はないでござろう」
サングラスの奥にきらりと光るものが見えた。
そして、次の瞬間、ハガクレが爆発した。
「ぐぉぉっ!」
「あぁ、失礼。隙だらけだったので」
鳩尾を押さえて悶絶するハガクレに、エイルズレトラが何でもないように告げる。
「お、おのれ……!」
こめかみに血管を浮き上がらせたハガクレは、扇を手にしてエイルズレトラに突き出す。
「その手品はもう見ましたよ」
ハートと共にハガクレから距離をとるエイルズレトラ。
その姿にハガクレは、ふっ、と笑みを浮かべる。
「決着をつけたき我心は有れど譲れぬ義理がござる。さらばっ!」
短く言い捨て、ハガクレは背を向けて会館に向かって走り去る。
「……見誤ったさねぃ!」
九十九がハガクレの背中に矢を射かけるが、矢が突き立つままにハガクレは真っ直ぐに走るのだった。
●玄関3
鈴代はトラックの上でランスを振り続けていた。
3階から矢を射掛け続けてくるサーバントは、華桜の式神により動きが鈍っており、捌くのは容易だった。
だが、屋上に新たに現れた使徒、クロの放つ銃弾はまた別の話だ。
「またっ……!」
弾道を見切ってランスで弾こうとしても、触れた瞬間に爆発するのだ。
その爆風はトラックの屋根を変形させ、窓を粉砕する。
すでにトラックは穴だらけであり、辛うじて形を保っているような状態であった。
「やられっぱなしだと思うな!」
渾身の力で放たれる封砲は、基本にして最大の武器。
鈴代の練り上げられたアウルは、屋上の一角と共にクロを吹っ飛ばす。
「あれでも私の使徒なんだ。あまり苛めないで欲しいね」
突然背後から聞こえてきた声に、鈴代は振り向き様にランスを突き出す。
気配を感じさせる事無く背後に立った存在に、鈴代は惜しむことなく最大のカードを切る。
光と闇のアウルを螺旋状に絡ませた突きは、確実にシロを捉え確かな手応えと共にトラックから落ちて地面に叩き付けられた音を鈴代に伝えて来た。
そう、突きを入れると同時に鈴代はシロに斬りつけられていたのだった。
「しまった……」
光に視界を塞がれた目を閉じて身構える鈴代は、神社から走り寄って来たハガクレの真空刃を受けてトラックから足を滑らせる。
鈴代を地面で待ち受けていたのは、血反吐を吐いた口許を拭うシロの剣だった。
●館内3
アスハが、戦闘が続く披露宴会場とは別の会場へ向かって歩いていると、部屋の前にシロが現れた。
「久しぶりだな、とでも言っておこ……相変わらず酷い格好だな。その眼鏡は新調か?」
シロの姿に一瞬足をとめたアスハは血と埃で汚れたシロの様子に呆れたように話しかける。
シロは眼鏡を中指で押し上げ、気取った様子で剣をアスハに向けて応えた。
「直したのさ、自分でね。こう見えて器用なのだ」
「……今度は何の悪だくみだ? お上の言いなりは、どんな雑用を言いつけられた?」
冗談で応じるシロに眉を潜めたアスハは、シロを挑発しながら再び歩き出す。
「時間稼ぎ、か。そうでなくとも邪魔だ、な」
片手を頭上にかざしたアスハが呟くと、周囲に蒼い槍が無数に突き立つ。
自らも貫かれながらも、歩みを止めないアスハに、シロは足にささった槍を引き抜いて嫌そうに顔をしかめる。
「自分ごととはね……。私の悪だくみの心配も良いが、そっちの部屋で倒れている人間は良いのか? この館は火が付いたぞ」
ふらり、と足を引き摺って後退りしたシロはにやりと笑う。
「半分は返してやろう。残りはこちらの取り分だ。……ふん、大事なカードだ、粗末には扱わんさ。さて、こちらは無事に離脱したようだ。後始末は任せよう」
ちら、と背後の扉に視線を送り、にやりと笑ったシロはその姿を消した。
扉を開いたアスハは、焦げ臭い空気に鼻を鳴らしてその部屋を後にした。
目の前には壁が破られ、会館の裏の道まで繋がった滑り台だけが残されていた。
●騒然とした街
サイレンを打ち鳴らして消防車が駆け抜けて行く。
遠くなっていくサイレンを見送って子猫は道を歩き出す。
子猫がひょいと飛びついたのは場違いなメイド姿の少女。
甘えたように鳴く子猫にくすくすと笑いかける。
「うふふ、さて、どうしましょうね」
少女は楽しそうにその場を去っていった。