●
「話は後で聞きましょう。分かっています、任せてください」
ユウ(
jb5639)は使い込んだ愛用の銃を手に準備運動をしているゴリラに向かって走り出す。
「待てッ!(ゴリラが)危険だッ!……クソッ!俺は彼女を追う!君達は準備を急いでくれっ!」
狩野淳也は風に煽られて役目をはたしていない地図を投げ捨て、ユウを追う。
陽光降り注ぐビーチでセクシーな水着のユウを追いかけるアロハの淳也。
ユウの手に銃が無ければ、また違う光景に見えた事だろう。
ゴリラに狙いを付けたユウは、手を淳也に掴まれる。
「ここはビーチだ」
言葉少なく視線で訴えかける淳也だが、サングラスが邪魔でユウにはその目は見えない。
だが、勘の良い娘であるユウはしっかりと頷く。
「なるほど、確かに周囲を巻き込むかもしれませんね。つまり、スポーツで勝負をつける、という事ですね」
ユウの目は真剣だった。真剣に頷き返す淳也の視線はサングラスが(ry
「俺はちゃんと話を聞いてたよ。えーと、つまり……打倒!ゴリラ!」
マジメにじっと話を聞いていた霧谷 温(
jb9158)は、風の音が邪魔で聞こえなかった部分を脳内補完して気合を入れ、おもむろにズボンを脱ぎ始める。
『キャー☆何でここで着替えてるのっ☆』
両手で眼を覆って……、いや、むしろ指で眼を見開いて霧谷を見つめるのはプリティチェリー。仮初の名を御手洗 紘人(
ja2549)と言うが今回の話とは関係ないので割愛しよう。
今日もチェリーはチア・魔法少女として仲間にエールを送る。寝そべりながら。
余りの暑さにパラソルの下で椅子に寝そべり、戻ってきた淳也に日焼け止めを塗ってもらっていた。
海の家から運ばれて来たかき氷を食べながら『がんばれー☆』とエールを送るチェリーの隣で、淳也も南国的なカクテルを楽しむつもりだ。
まだ淳也の休暇は始まったばかりだ!
「キレッキレですねー。だが、俺も昔とは違うんですよ任せてください!」
湯坐・I・風信(
jc1097)は霧谷の局部から視線を逸らし、ビシッと台詞を決めてゴリラに向かって走り出す。
湯坐が駆け寄るまでの足止めとして霧谷が始めたドラミングに対抗するようにゴリラ達が一斉にドラミングを始めた。
多勢に無勢の霧谷は途中でむせてしまうが、その間に湯坐はゴリラへと到達する。
「霧谷さんの死は無駄にしませんよ!前とは違う俺を見せてやるぜ!」
ここまで熱い砂浜を走って既に足の裏が限界を迎えつつある湯坐は、一生懸命考えて来た決め台詞を端折って翼を広げる。
「出てこい!俺の!陰陽の!つばっさああああ!」
飛ぶならなぜゴリラの前に出て来たんだ湯坐さん、と遠山は心の中でそっと呟く。
でも霧谷がドラミングを始めた時に止めなかった時点で、自分の出番はないな、と悟る遠山だった。
ゴリラの海に湯坐が沈んでいくのを横目に、テト・シュタイナー(
ja9202)と瀬波 有火(
jb5278)は砂を掘っていた。
とても楽しそうな二人の様子に誰もが微笑みを浮かべる夏の風物詩。
だが微笑んでいた人々は、次の瞬間こう思ったことだろう。
そう思っていた事が私にもありました、と。
凄まじい勢いで基礎工事からしっかりと行われていく作業は、定点カメラの早送り映像の様に。
広大な何かが砂浜で展開されようとしていた。
「ゴリラ、だね。またゴリラだね……」
ブツブツと呟いていたジョシュア・レオハルト(
jb5747)は砂浜を劇的に大改造し始めた有火を見て、遂にマフラーで顔を覆う。
やがて悲しみを拒絶して復活したジョシュアは、とりあえず浜辺に集まっているゴリラ達にコメットを打ち込む。
降り注ぐ彗星がゴリラを襲い、ゴリラの群れから頭を出しかけていた湯坐が絶望のままに沈んでいく。
「おやおや」
狩野 峰雪(
ja0345)は混沌とした状況に苦笑を浮かべる。
「若い人は元気でいいねぇ」
峰雪はいつ着替えたのか、ラガーシャツの襟を立てて腕を組む。
「早く助けないと海の上じゃ北村くんも日焼けしちゃうし、火傷みたいになってしまうかもしれないね。……そうだね、僕は審判、といこうかな。流石に老体にアメフトは厳しそうだからね。……彼を借りるよ、お嬢さん」
そういって淳也の座っている椅子毎持ち上げ、ゴリラに向かって走り出す。
「うおわっ!?なんだ!?」
淳也はバナナボートを抱きしめたまま、動揺して身動きが取れない。
「プレイボールの前には始球式が付き物だろう?こういう式典を若い人は面倒臭がるけれど、フェアプレーを誓いあう儀式というのは大事な物だよ。だけどボールが無い。こんな時に狩野くんが居てくれて助かったよ」
はっはっは、と笑って助走をつけた峰雪が投げる。
淳也は放物線を描いて、ゴリラの前に着水した。
「さあ、キックオフの時間だよ」
にやりと笑う峰雪はアメフトを知らぬ。ただ、審判らしさに関しては敏感であった。
●
海の上を這うように進む。
湯坐は黒い胸板が迫って来て、ブーメランパンツに囲まれたところまでは覚えていた。
必死の思いで空へと飛び立ったはずだったのだが、そこから先の記憶が無かった。
そして今、視界は海へ空へとクルクルと目まぐるしく回っている。
「ってこれ俺が回ってる!?」
ゴリラ達は荒れ狂う海をゆっくりと泳ぎながら、湯坐を使ってパスの練習をしているのだった。
「ルールは分かりませんが、スポーツならばボールを奪えば良いのですね?」
白波をかき分けてバタフライで進むユウは、勢いを止めることなく『ボール』を持つゴリラに向かって掌を突き出す。
練り込まれたアウルによる衝撃がゴリラを伝わり、『ボール』を貫く!
「ぎゃあああ!ちょっと手加減してくださいやぁああ!」
パスを出そうとしていたゴリラの手元から、湯坐がキリモミをしながら宙を舞う。
湯坐の口から噴出されるヤバい何かが青い空に虹を咲かせる。
(これ、死ぬかも……あ、でもこれはこれでおいしい!ボール……うま……)
人間の尊厳よりもボールである事の主人公感に酔いしれることで現実逃避を始めた湯坐の体に、鎖が巻き付く。
「危ない、風信!」
霧谷が放ったアウルの鎖が、波の彼方に消えようとしていた湯坐を一本釣りに釣り上げる!
「生きてたか……って!?」
霧谷が鎖で身動きの取れない湯坐を受け止めようと腕を上げかけて固まる。
波に乗ったゴリラ達が殺到してくる様はまさに黒い波。
慌てながらもブーメランパンツから阻霊符を取り出した霧谷はゴリラに向かって突きつける!
「サーバントならこれが効くはずっ!」
阻霊符は確かに効果があった。
サーバントじゃなくてディアボロだったが確かに効果はあったのだ。
波の力を一部透過してやり過ごしていたゴリラ達は急に背中にかかる波の力が強くなったことにより、勢いを増して霧谷と湯坐を巻き込んで流れていく。
「GORILLAA!!」
ゴリラと霧谷、そして身も心もボールとなった湯坐は大波によってもつれ合いながら浜辺へと押し流されていくのだった。
自身の一撃から始まった惨事を見届けたユウは、ふと思い出したように浜辺に視線を送る。
浜辺では、審判の峰雪の旗は上がっていない。
「良かった。ファウルとは取られませんでしたね」
レッドカードの不安が解消されほっと胸をなでおろすユウは知らない。
峰雪が大事な瞬間に、チェリーが食べているかき氷に目を奪われていたことを。
そして峰雪がいちご練乳がけかき氷を食べたい気持ちを必死で抑えている事を!
そして、黄色いナニカが背後から迫っていることを。
「いやっほぉぉぅっ!」
淳也は何かにぶつかってバランスを崩したが、バナナボートの上で上手くバランスを取って体勢を立て直す。
今一番楽しんでいる男、狩野淳也はユウを引っ掛けた事にも気づかず、バナナボートにしがみついたまま浜辺へと戻っていくのだった。
●
一方その頃、浜辺では壮大な城が完成を迎えようとしていた。
外壁は高く、どれほどの巨人が来ても絶対に越えられないと思わせるほど聳え立つ。
そして3mを越える高さにある天守閣には、二人の人間が立ってポーズを取っていた。
「見ろよ、このデカい砂の城。俺達の揺ぎ無い勝利を象徴するようだ」
完成した城の上に立ち、テトは感慨深げに笑みを漏らす。
その隣では、有火も深い感動を持って周囲を見回す。
「待ってたよ。あの日からずっと待ってた。また、戦うことになる。そんな気がしてたから」
海からは黒い塊となった霧谷と湯坐(ゴリラの中に居る!)が波に乗って勢いよく押し寄せてきていた。
「地獄の一丁目へようこそ。待ってたぜ」
その黒い大玉を見てもテトの自身は揺るがない。城壁への信仰心は厚いのだ。
「果たしてこのあたしたちに……何、あれ?」
空からバナナが降って来た。いや、バナナボートだ!
「これぐらい受け止めてやわぁあああ!」
テトと有火が空から降って来た新手の敵に対応しようとグッと踏み込んだ瞬間、城は崩壊した。
崩れ落ちた二人を巻き込んで勢いよく転がってくるゴリラ達。
砂をぺっぺと吐き出していたテトと有火をさらに砂の中に埋めて転がっていく。
そして二人の間に突き刺さるバナナボート。淳也とユウは近くに投げ出されている。
砂上の楼閣はあっという間に崩壊し、そこに広がるのは地獄絵図だった。
●
「いっけなーい、私も手伝わなくちゃっ☆」
チェリーは空になったかき氷の容器を置いて立ち上がる。
「あ、間違えちゃった☆」
チェリーがスリープミストを放つと、ゴリラと一緒に淳也やユウも眠ってしまう。
テヘッと頭をかるくコツンと叩いて舌をペロッとだす可愛い仕草に、峰雪も審判として「フェアだね」と判定を出す。
ウキウキとした足取りでゴリラに近づきながら無数の影を放って眠っているゴリラを縛り上げる。
さわっと通りすがりに淳也の胸を撫でて、その指をぺろりと舐める。
「この庵治……悪くはないわね。でも本命はこっち、さあ、起きて☆」
縛り上げられたゴリラを電撃が襲う。
さらに、マイスターの妙技が襲い掛かる。繊細な手つきでリズミカルに、厚い雄の胸板をもみほぐしていく。
疲れた体に睡眠と整体、そして電気治療にマッサージと、最高の施術を受けたゴリラは激しくドラミングを行って再び戦場へと駆け戻っていく。
一番最初に起き上ったのはテトだった。
砂から拳を突き出し、ゾンビのように地上へと這い上がってくる。
「有火ーっ!玉ァ持ってこい有火ー!」
テトの叫び声で砂から飛び出してくる有火。
立ち上がり始めたゴリラに向かって一直線に突撃していく。
「有火!ビーチではタックルは禁止だぜ!」
「わかった!テトちゃん!」
制止の声に有火は掌を思いっきり突き出してボール(湯坐)を持っているゴリラにぶつかっていく。
湯坐ごとゴリラの巨体は、8mは宙を飛んだだろうか。
先回りしていたテトは頭上を越えていくボールを追いかけてフィールドを駆け抜ける。
●
ゴリラ達と戯れていた有火は汗をかいて、額にへばりついてきた髪の毛が不快になってきた。
「そうだ、涼みに行こう」
有火は、ゴリラにマフラーを使った関節技を決めていたジョシュアに向かって猛然と突っ込んでいく。
ジョシュアの周囲は不思議パワーでいつも快適なのだ。一家に一人いて欲しいね!
「ジョーシューアくーん、すーずまーせてー!」
危険を察知したジョシュアは落ち着いてゴリラを開放し、マフラーを一閃する。
ふわりと広がったマフラーが有火を包み込むと同時に強く引く。
なんということでしょう。
拒絶空間の匠・ジョシュアを起点に有火は勢いを増して回転していくではありませんか。
鋭いスピンを加えた有火が海に向かって飛んでいく姿は、まるで独楽のよう。
流石の匠も頬を染めて、打ち上げた独楽の行き先を見つめています。
「というか堂々と抱き着いてこないで!?」
染まった頬をマフラーで隠し、匠は真面目にゴリラに向き合うのでした。
「震えるぞビーチ!燃え尽きるほどのサマー!刻むぞ常夏のビート!《常夏色のゴリラ疾走(サンライトサマー・ゴリラドライブ)》ッ!!」
口に出したい見事なライムを叫ぶテトの眼前から、ゴリラの毛並みが波紋のように広がり空へと舞う。
ゴリラは湯坐を抱きしめていたがその衝撃で投げ出してしまう。
湯坐はようやくボールという思い込みから正気に戻り、ゆらりと立ち上がる。
「ふっ、俺ももてあそばれてばかりじゃないっすよ。ラノベで読んだかっちょい魔法攻撃!燃えよ俺の拳!フレイムしゅほごぉぉぉ!」
拳の先にアウルを集めて、必殺技を繰り出そうとしていた湯坐を突然のフレンドファイヤが襲い掛かる!
「風に戸惑う弱気な俺の、インパクトォッ!」
仕方ないことだった。霧谷はブーメランパンツを頭に被ってしまったのだから。
前が微妙に見えにくかったとしてもこれは仕方ない。ちなみにスイムキャップを腰に巻き付けてあるので何も問題は無い。
「受け取れ!俺の、青春!」
再び湯坐を衝撃が襲う!
物言わぬ湯坐はボールと同義なのだ!
「受け止めてやるぜ、お前のブーメランパンツ魂!」
ボール・湯坐を見事にキャッチして、テトはゴールを目指す。
「ピンチを救うのは魔法少女の使命よ☆いっっっけー!」
ゴリラ達の前に立ち塞がったチェリーが渾身の力を込めた極大魔法を放つ。
その魔法の光は海を割り、はるかかなたで大爆発を起こす。
「あれ、何か凄いの出ちゃった……?まいっか☆」
チェリーはテヘッと笑うとブーメランパンツという戦利品を獲るべく、嬉々としてゴリラの群れに飛び込んでいくのだった。
●
テトがあとわずかでタッチダウン出来ると言うところで、ゴリラ達に追いつかれ、猛然とタックルを受けて倒れる。
「くそっ、タックルは反則じゃないのか!」
悔しそうに叫ぶテトに、審判をしていた峰雪は「え、そうだったのか。はっはっは」とナイスミドルな笑いでごまかす。
ゴリラ達の勝利を誰もが確信した時、会場が大きなざわめきに包み込まれる。
「TSUNAMIだー!」
先ほどチェリーが引き起こした大爆発。
その影響でTSUNAMIが発生していた。もしくは霧谷のせいだろうか。
誰もが見上げるほどのビッグウエーブに、白い影が見えた。
「乗るしかない、このビッグウエーブに!」
ダイオウイカで波に乗る有火だった!
遥かな高みから大波と共に振ってくる有火の腕には、こんがりと焼けた北村が抱えられていた!
●
\ピーッ!/
峰雪のホイッスルが鳴り響く。結果は引き分け。
波が引いた後に残っていたのは、有火が地面に突き立てた北村と、ゴリラが地面に埋め込んだ湯坐の姿が仲良く並んでいた。
紳士的なゴリラ達はユウとしっかりとした握手をして場を乱さないように静かに去っていた。
さようなら、また会う日まで!
なお、ダイオウイカはスタッフがBBQでおいしく頂きました。