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白い天使が指を北村に向けた。
皮肉に歪ませた口を開きかけたその瞬間、目の前に迫った金色の煌めきに天使は大きくのけ反る。
「……これ以上はやらせない」
陽波 透次(
ja0280)の放った鋭い突きは、のけ反った天使の胸を抉り取り、返り血すら避ける勢いで引き戻される。
よろけて体勢を崩す天使を睨みつける陽波の視線には、深い感情が込められていた。
身体から噴出すアウルが怒りを現すかのように揺らいでいる。
「北村っ!封砲撃てっ!」
「えっ?あっ……!」
慌てて魔具を活性化させる北村を余所に、天使がよろけながらも再び指をあげようとしているのを見て、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が腕に纏わせた鴉銃から漆黒のレーザーを放つ。
同時に、黒い霧を纏ったユウ(
jb5639)が黒紫の稲妻のような弾丸を撃つ。
天使はゼロのレーザーを剣で打ち払うが、ユウの弾丸を止める事は出来無い。
弾丸に腹部を貫かれた勢いのまま、背中から地面に叩き付けられる。
「その行い、なんとしてもやめていただくの……ですよ」
華桜りりか(
jb6883)は地面に転がる天使に向かって、自身によく似た人形を掲げる。
意志を持ったかのような人形が複雑な印を空中に描く。
印の中央から毒々しい煙を纏った大蛇が飛び出し、地面に転がる天使の翼に噛みつく。
「うぐぁぁ!」
片翼を喰い千切られた天使が苦痛の叫びをあげる中、北村はシロに向かって封砲を放つ。
封砲をまともに受けた天使は、アスファルトを割る勢いで地面に叩き付けられる。
立ち込める土埃の向こう側で、立ち上がろうとする天使の姿が見える。
次の瞬間、土埃を蹴散らしながら一発の銃弾が北村を襲う。
「うくっ……」
咄嗟に盾を展開するが間に合わず、肩を固い異物が砕く感触にうめき声をあげる。
続く爆発に北村は声も無く地面に転がる。
「伏兵が居るわ、北西の方向よ」
倒れた北村を支え、その傷を癒しながら影野 明日香(
jb3801)は仲間に告げる。
北村の怪我の位置から、攻撃が加えられた方角を推測したのだった。
「遠方からの狙撃、ですね」
その存在について懸念していたユウが呟き、その姿を捉えようと視線を彷徨わせる。
姿の見えない狙撃手の存在に、陽波と華桜はよろけながら立ち上がる天使からいったん距離を取って身構える。
「せや、そこの真っ白な天使……いや、もう血と埃で灰色やな。お前、この前の黒いのと何か接点でもあるんか?」
影野の助けを借りて立ち上がる北村を視界の端に収め、ゼロは天使に向かって煽るように話しかける。
天使は血が混じった唾を吐き捨て、片手に持った剣を素振りする。
「クロが世話になったというのはお前か。ふん、邪魔をするという事は覚悟があるんだろうな」
一歩踏み出した天使に、撃退士達は緊張を高めて身構える。
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ユウ・ターナー(
jb5471)は狩野が倒れる姿を見てから、じっと考えていた。
見えない攻撃に対する怯えと天使の言葉に対する怒りで混乱する頭を必死に働かせて、じっと考えを巡らせる。
天使が指を構えた事によって、皆天使の指先を注視していた。
それでも狩野が倒されるまで、何の予兆も認められなかった。
「……あれ?」
天使に対して仲間達が猛攻を仕掛ける中で、ユウ・ターナーは引っかかりを覚えて呟く。
頭の中で、危険信号が明滅していた。目の前の天使よりもその『引っかかり』の方が危険に感じる。
「ひょっとして、指は他から注意を逸らすため、なのかな。……ひょっとして、伏兵の狙撃?」
自分の呟いた言葉から連想されて、さらに思考は飛躍する。
「狙撃……この前の黒い使徒も狙撃が……」
ぱっと狙撃に適してそうなビルの屋上に向かって視線を向ける。
その瞬間、北村が弾かれて倒れる。
ユウ・ターナーははっきりと見た。赤い看板が建てられたビルの屋上に身を隠す黒い人影を。
「見つけたよっ!黒い使徒っ!あの赤い看板のビルの屋上だよっ☆」
言葉と同時にユウ・ターナーは走り出し、翼を広げて空へと舞い上がる。
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「落ち着いて行動するのよ、今撃退士が駆けつけたわ」
突き飛ばされて転んだ女性を助け起こして、エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は混乱する群衆を落ち着かせようと声をかける。
姿を隠したエルネスタの声に、近くの数人は戸惑ったように立ち止まるが、後ろから逃げてくる人々に背中を押されて、人の波に飲みこまれていく。
撃退庁の職員達も声を枯らして交通整理に当たっているが、次々にビルから人が溢れだしてきて、混乱が収まる兆しが見えない。
天使との戦闘が始まったのか、激しい物音が響いているのも混乱を誘う要因となっていた。
溜息を飲みこんで、再び声をかけようとしたエルネスタの耳に、ユウ・ターナーの声が飛び込んでくる。
ユウ・ターナーの指摘した特徴のあるビルを見上げ、翼を広げたエルネスタの視線が鋭さを増す。
「……借りは返してもらうわよ」
その表情を見る事が出来た者は居なかったが、感情を押し殺した小さな呟きは周囲の人々を震え上がらせるのだった。
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使徒発見の声に、ゼロは翼を広げる。
「やっぱり知っとったんやな。しっかし、クロって。完全にパクッとるやないか……北村は狩野さんを連れて避難誘導を頼むな」
仲間に後を託し、ゼロは空へと舞い上がる。
「私達が何としても抑えます。急いで」
ユウは天使を睨みつけながら北村を促す。
天使がゼロの姿を追って空へ視線を動かしたわずかな隙をついて、再び陽波が奔る。
鋭く突き出された刀の軌道は複雑に変化し、頭部狙いと見せかけて足元へと向かう。
「どんなに素早い動きでも」
天使は陽波の踏み込みに合わせるように足を踏み出し、半身になって陽波の突きを避ける。
「来ることが分かっていればタイミングを合わせることなど容易い」
そのまま陽波と背中合わせにすれ違い、まっすぐ駆ける。
その先には、空へと飛び立とうとしていたユウの姿があった。
「こんな所で悪魔と出会うとはな」
天使が手にした剣を振り上げると、眩いばかりに光り輝く。
「……私と共に地に堕ちましょう」
ユウは振り下ろされる剣を避けずに、銃口を向ける。
紫と黒の入り混じったアウルを帯びるユウの銃に怯むことなく、天使は剣を振り下ろす。
「邪魔だ、光に溺れてろ」
闇を纏ったユウの身体を、打ち消すような光の剣が両断する。
相反する力がぶつかり合い、光と闇が入り混じった閃光が周囲を圧する。
「あぁっ!」
閃光が収まると、ざっくりと肩から腹にかけた傷から血を流しながら、空へと舞い上がったユウの姿があった。
それでもユウは銃を構えようとするが、片手で眼を押さえてうめき声をあげている。
手で覆われていない眼は薄らと開けられているが、眩しげに涙を滲ませて長く開けてられない様子だった。
「あぁっ、光がっ!眩しいっ!」
とうとう目を開けてられなくなり目を閉じるが、瞼を通して捻じ込まれてくる光の奔流に、ユウは呻きながらフラフラと宙をただよう。
「祓い給へ、清め給へ」
華桜が小さく呟き、ユウに向かって掌を向けると、漏れ出た溜息に送られるように桜の花びらがユウの身体を包み込む。
さらに影野が送り込んだアウルの風が吹き抜けると、ユウの胸の傷はほとんど塞がっていた。
「あなたの技はただの目くらましかしら?もったいぶってないでさあ、本気を出しなさいよ本気を」
影野はわざとらしく溜息をついて天使を挑発する。
「ふん、輝く光に包まれて死ぬ。それが貴様達にとっての幸せというものだろう」
お前も味わってみるか、とばかりに天使は白く光る剣を影野に向けて、挑発を返すのだった。
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クロに向かって空を駆け抜ける撃退士は3名。
ゼロとユウ・ターナーは国道から、エルネスタは姿を消したままビル沿いに滑空する。
クロが潜むビルに近づいていくと、看板の陰から銃を構えたクロが姿を現してきた。
「なんやよぉ会うなぁ。俺はゼロ=シュバイツァーや。お前はクロやな。名前も一文字違いで黒ずくめ……ストーカーかお前?」
ゼロがクロの銃を警戒して旋回しながら接近を続け、ついでの様に煽り立てる。
「うるせぇよ!ストーカーはお前だろうがっ!しつこいんだよっ!それに俺には春坂九郎って立派な名前があるんだよ。クロって呼び方は好かねぇっ!」
飛び回るゼロに狙いを定め、悪態をつきながら集中力を高めていく。
「じゃあな、ゼロ」
「くっ……不発、か?残念やったな……おわっ」
放たれた弾丸を脇腹に受けたゼロは爆発に備えて体に力を込めるが、爆発は起きない。脇腹を抉った傷は軽い物ではないが、すぐに倒れるほどでもない。
だが、にやりと笑って漆黒の鴉鎌を顕現した瞬間、突然浮力を無くして落下していく。
ゼロに追い抜かれて後を追っていたユウ・ターナーは、その身に深い闇を纏わせクロに迫っていたが、銃口を警戒したように距離を取る。
「ふははっ、どうした。お前も撃ち落としてやるよ。ビビってないで近づいて来いよ」
得意げに銃を構えるクロに、ユウ・ターナーは首を傾げて問いかける。
「貴方達の目的は何なの?ユウは本当の事を知りたいな……」
近づいてこないユウ・ターナーに、クロは優位を確信したのかもったいぶった態度でにやにやと笑う。
「分かってねぇで邪魔してたのかよ。それがこの惨劇を引き起こしたってのは皮肉だな。俺達はただドラって天使を探してるだけで人間には興味なかったってのによ」
にやにやと笑いながら語っていたクロは笑みをそのままに、ユウ・ターナーに狙いをつける。
「ま、お前はここで終わりだがな」
ユウ・ターナーにぴたりと照準を合わせ、クロは引き金に指をかける。
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「それはあなたの事でしょ?」
不意に背後から声をかけられてクロの笑みが凍り付く。
無防備な背中に衝撃を覚え、振り向き様に狙いも定めずに引き金を引く。
その行動を予測していたようにエルネスタは余裕を持ってかわす。
「背中を取らせるなんて油断し過ぎじゃないかしら?まあ、そちらの都合なんて私の知った事ではないわ。……ここで潰させてもらうわよ」
左目に宿した天蠍を煌めかせつつ、獲物を狙う蠍の針のように紅蓮の槍を高く構える。
「くそったれぇっ!いつの間に……!」
狭い屋上を転がる様に後ずさってエルネスタから距離を取り、クロは銃を構えなおす。
「私もいるんだけどなっ☆」
明るい声とは裏腹な圧力を感じて、クロは慌ててユウ・ターナーに向き直る。
ユウ・ターナーの傍らには光を飲みこむ闇の球体が渦を巻いており、その密度を高めていた。
「洒落にならねぇぞ、おい……」
闇に魅入られたように身体が固まったクロは、碌に回避動作も行えずに真正面から受け止める。
そのまま、背後に突き上げられる様に吹っ飛び、看板に叩きつけられる。
「ええ格好やないか、お互いにな」
へしゃげた看板にめり込む様に磔になったクロの目の前に、脇腹から流れる血をそのままに漆黒の鎌を片手にゼロが現れる。
「よう、また叩き落としてやろうか」
クロが銃を持ち上げるよりも速く、ゼロの鎌が看板ごとクロの身体を切り裂き、屋上に切り落とす。
3方向から追い詰める撃退士達に向かって、よろけながら立ち上がったクロは血まみれの顔を歪めてにたりと笑う。
「お前らはやぱり強ぇ……だが、ここがどういう場所か本当に分かってるのか?」
クロは銃を誰も居ない空間に向けて、無造作に引き金を引く。
「なっ!?」
続けて起きた爆発音に、ゼロが視線を移すと向かいのビルから黒煙が上がっていた。
その光景に撃退士達が目を奪われた隙を逃さず、クロは地上に向かって飛んだ。
「警告は聞いていた筈だぜ。じゃあな。もう会わねぇことを祈るぜ」
クロは混乱した地上へ落ちながら、捨て台詞を吐き捨てる。
後を追おうと身を乗り出した撃退士達だったが、人ごみに紛れてしまったのか、クロの姿を捉える事は出来なかった。
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影野に向かって足を踏み出した天使は、三度突き出された陽波の刀を光り輝く剣で受け止める。
高く硬質な金属の響きが周囲に響き渡り、天使と陽波は至近距離でにらみ合う。
次の瞬間、二人は大きく跳躍して二方向へと分かれる。
寸前まで二人が居た場所へ闇のアウルを帯びた弾丸が襲いかかる。
深めた闇を纏ったユウが光の中にある天使の気配を頼りに放った銃弾は、虚しく地面を抉る。
「お前達の戦い方は見切った。何度やろうが……ぐあっ、何だこれは」
天使の身体にアウルが籠った術符が絡みつく。
「貴方たちの言うじゃまとは何をする事を言うの、です」
華桜の操る式神に身体を締め付けられながら天使はせせら笑う。
「お前らには関係ない。古い馴染みを連れ帰るだけだ」
「なじみ……です?」
天使の言葉が意外だったのか式神を操る華桜に隙が生じる。
式神を振り払って足を踏み出した天使の斬撃を、金属生の糸で滑らせるようにして、影野が受け止める。
「私達程度に手こずるようならあなたの実力もたかが知れてるわね。諦めて尻尾を巻いて帰りなさい」
光に覆われた視界をものともせずに、天使が居ると思われる方向に向かって嘲笑する。
天使はさらに斬撃を加えようと剣を振り上げるが、背後からの衝撃波をまともに受けて地面を転がる。
「関係ない、だと?人の命を何とも思わないお前のような天魔は生きてるだけで迷惑だ」
陽波は離れた場所から刀を振るい衝撃波を生じさせていた。
これまでとは異なる攻撃に、完全に不意を突かれた天使の動きが止まる。
「目が慣れました」
起き上ろうとした天使にユウは闇の稲妻を纏わせた弾丸を放つ。
弾き飛ばされ地面を転がる天使は、光を失った剣を支えによろよろと立ち上がる。
その時、唐突にビルが爆発し、落ち着きを見せ始めていた群衆に再びパニックが起きた。
「ふん、クロか……。邪魔はするな。警告はしたはずだ。さらばだ」
天使は撃退士達に向かって呟くと、その姿は空気に溶け込むように消えて行ったのだった。
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天使と使徒が消えた街では、撃退士達と撃退庁職員達の懸命な救助活動が続けられていた。
その様子を伺いながら、ゼロは華桜の治療を受けている。
「あぁ〜。りんりんの治療は気持ちええなぁ」
春の香りに包まれて、傷が癒えていくのを感じてゼロはわざとらしく感嘆の声をあげる。
「大丈夫……です?」
軽口とは裏腹の傷の深さに、華桜は何度も祈りを重ねていくのだった。
「大丈夫よ、いっつも涼しそうな顔して危険な任務に送り出すんだからたまには怪我してみるといいのよ」
北村は不安気な表情を打ち消すように明るい声を残して救急車へと乗り込んでいった。
ユウ・ターナーは二人をを見送って、壊れた街を歩く。
壊れたビルを呆然と眺めている人々の間を歩きながら、想いを巡らせる。
天使の本当の目的は、そして自分はどうしたいのか。
これだけでは終わらない予感を感じ、独り身を震わせるのだった。