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まだ少し朝霧が地上を覆い、霞んだ空気を切り裂くように雲の隙間から朝日が鮮やかに差し込んでいる。ビルの合間から唐突に雪山が現れ、葉っぱを散らした街路樹に咲いた氷の華が光を浴びてキラキラと輝く中、アマリリス(
jb8169)はあくびをかみころして眠い目を擦る。
雪を踏みしめるきゅっきゅっという足音だけが響くそんな静かなオフィス街に、花菱 彪臥(
ja4610)の元気な声が響き渡る。
「おぉーっ、雪山じゃん!?雪だるまやっつけて早く遊びたいぜっ!」
「真っ白だよ〜♪わっ、エレメントクリスタルの色も変わったよ〜!気温もだいぶ下がってる感じだね〜」
クリスタルを掲げてくるくると回しながら、その綺麗な色を楽しんでいるのは天使のエマ・シェフィールド(
jb6754)だ。
白銀に染まったオフィス街を疾走する撃退士達の目の前に、突如ほのぼのとした光景が広がる。
「あれ……だよね?」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が疑問系で確認してしまうほど牧歌的な冬の定番な風景、そう雪合戦だ。
広い道を左右に挟んで、4対4に分かれたチーム同士で楽しげに雪を投げ合う風景は、子供の頃の思い出を蘇らせるような心温まる光景だっただろう……遊んでいるのが雪だるまではなく子供達だったならば。
飛び交う雪玉は尋常の速度ではなく、近くのビルの窓ガラスは流れ玉によって粉々に粉砕されていた。
「えっと、初めてもいいんだよね?」
撃退士達が近づいたことも気づかない様子で雪合戦に熱中している雪だるま達に戸惑いを見せるソフィアだったが、片側の敵集団に向かって生み出した火球を放つ。
生み出された火球は周囲の雪を赤く照らしながら雪だるま達の真ん中へと放たれる。
火球が飛んでくることに気づいた両端の2体は炸裂する直前に雪の中へと逃げ込むが、逃げ遅れた真ん中の2体は、炸裂する太陽のような光を受けて一瞬にして蒸発する。
「ボクと一緒に白の円舞曲なんてどうかな〜」
反対側の雪だるまの集団へは、超低空飛行で雪を巻き上げながらエマが滑空するように近づいていく。飛びながら空中で回転しながら白銀の直剣を抜き放ち、端の雪だるまを切りつけ、その身を削っていく。白銀の世界に白い翼は綺麗に溶け込み、巻き上げる雪と共にくるりくるりと雪だるま達の間を舞い踊る。
エマの攻撃に気づいた敵は、さっきまで投げ合っていた雪玉をエマに向かって投げてくる。一投目、二投目をふわりふわりとかわしていくが、背後から飛んできた雪玉が頭にぶつかり、ふらりとよろける。
体勢を崩して凍った街路樹に危うくぶつかりそうになり、無理な体勢で避ける。背面飛行で地上と平行に飛ぶエマに向かって雪の中から一体の雪だるまが飛び出してくる。
白い翼が広がる背中へと真っ直ぐに飛び出して来た雪だるまだったが、横から飛んできた光の波動に弾き飛ばされ降り積もった雪を派手に散らしながら転がっていく。
「エマねーちゃん大丈夫?うわっ」
道の反対側から声をかける花菱は、楕円の盾で雪玉からソフィアを守りながら、囲まれそうになっていたエマの援護にフォースをぶつけていた。その代償として、隙が出来てしまった花菱は敵の体当たりを受けて軽く浮くが、転ぶことなく盾を構えて警戒する。
「そんな風に固まってると、まとめて吹き飛ばしちゃうよ!」
エマが駆け巡ったことにより一箇所に集まった敵に向かってソフィアは再び太陽の火球を放つ。エマを追いかけていた雪だるま達は完全に虚を突かれ、花菱に転がされた1体以外の3体はかわす暇も無く蒸発していく。
エマはソフィアの火球が炸裂している間に上空へと舞い上がり、離れていた1体に小さな宝石を投げる。
雪だるまの傍に転がったその宝石から闇があふれ出す。球形に膨らんだその闇は敵を覆いつくすとシャボン玉のように弾け、敵を消滅させる。
反対側では、花菱が雪玉に体温を奪われて震えながらも、2体の雪だるまと奮闘していた。
距離を開けて雪玉を放ってくる相手に向かって長大な洋弓から矢を放つ。近づいて体当たりをしてくる相手には盾でいなして氷のように美しい直剣で敵を切り刻む。
半眼で剣を振るう花菱は敵を倒して目を瞑る。
「もう終わったみたいよ、周りに雪だるまの気配はないわ……ねぇっ」
ソフィアが花菱を揺さぶると、目を開けて瞬きを繰り返す。
「あ、あれ?ソフィアねーちゃん?あっ、やばっ、一瞬寝ちゃってた?」
なんだか懐かしい夢みてた気がするんだよな、と花菱は首を捻っていた。
エマは窓を開けてこっちに手を振る人物に気がついて翼を広げて近づいていく。
「寒くないですか〜?カイロどうぞ〜」
エマからカイロを受け取りつつも、権造は大丈夫だと首を振る。
「なぁに、寒いときは寒風摩擦で暖まれば良いんだ。これぐらいの寒さ、儂の子供の頃には……」
「エマねーちゃんいくよっ」
権造の長くなりそうな話をさえぎるように花菱の声が響き、エマは小さく会釈すると花菱達を追いかけて去っていった。
「雪だるまに雪合戦か……」
懐かしそうに窓の外を見続ける権造の手に握られたカイロが穏やかな温もりを伝えていた。
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「寝るなーっ!寝たら死ぬぞーっ!」
「俺はもう駄目ですっ!先に行ってくださいっ!」
撃退署の撃退士達が襲われているという場所に着いた時、先行して索敵を行っている或瀬院 由真(
ja1687)の耳に雪山で良く聞く叫び声が聞こえて来た。
次に視界に飛び込んできたのは輪になって雪玉を投げている8体の雪だるまと雪に半ば埋もれてしまった撃退士達であった。
「ふぇうー?! ゆ、雪だるまさんがこんなにいっぱいー!? 」
或瀬院の後方を歩いていた久遠寺 渚(
jb0685)は予想以上の敵の数に驚きの声を上げる。学園の撃退士達の接近に気づかないのか、雪だるまたちは次々と輪の中に雪玉を投げ続け、輪の中の撃退士達は寒さと眠気に大声で対抗しようと叫び続けている。
「と、とにかく助けないといけませんねっ!いきますよー!」
久遠寺が構えた槌で魔方陣を描くと、輪の一角にも同じような魔方陣が描かれ始める。
槌を振り下ろし目の前の魔方陣を叩き割ると同時に、輪の一角で雪が膨れ上がるような爆発が起きる。巻き込まれた敵2体はその体を半分以上崩しながらもまだ立っていた。
「助けに来ましたっ!」
或瀬院は雪の下で震える撃退士達に声をかけて勇気付けると同時に、爆発で動きの止まった敵に向かって盾を打ち鳴らし注目させる。
その音にひきつけられたのかくるりと振り向いた雪だるま達から立て続けに雪玉が投げつけられてくる。或瀬院は盾を掲げたまま、雪玉を受け続けるが冷気は避けることが出来なかった。
寒さに引き込まれるように意識を遠のかせる或瀬院に久遠寺の攻撃で半身を崩したままの雪だるまが迫ってくる。
「ここは通さないからねっ」
日野 菫(
jb8091)は槍状の炎を顕現させ、或瀬院に迫る相手に向かって投げつける。槍が命中した雪だるまは炎に包まれその動きを止める。
「雪だるまのキャンプファイヤーなのにゃー」
燃え盛る雪だるまという珍しい現象を見て日野は楽しげに笑う。
「暖か……はっ!ね、寝てないですよっ!」
燃え盛る炎はすぐ近くの或瀬院の体を暖め、或瀬院を襲っていた異常な眠気を覚ます。
頭を振って意識をはっきりさせていると、炎を避けながら一体の敵が飛び込んでくる。
「これ、下半分を削り続けたら、バランスが崩れて転んだりするかも?」
不用意に近づいた敵に向かって、盾に装着された両刃の剣身を振るい、下半分を削る。
狙い通り下半分を削ると、自らの頭の重みにバランスを崩した雪だるまは、熱気で半分水溜りとなった地面にばしゃっと崩れ、工事中のコーンのみを残して溶けていく。
「あ、思った以上に上手く行きましたね。この調子で……きゃっ」
警戒したのか融けた地面を嫌がったのか、雪だるま達は雪玉を次々と投げつけてくる。或瀬院は盾を構えて敵を引き付けつつじっと次の好機を伺う。
「どろどろ、と、融けろ」
仄(
jb4785)は淡々とした表情で或瀬院に集まってくる敵目掛けて火球を放つ。
火球は2体の敵を巻き込んでその体の一部を溶かしていく。
「まだ、熱、が、足りない、か」
蒸発まではいたらなかった相手をじっと見つめ、ぽつりと呟く。
雪だるま達は日野の炎焼と仄の炎陣球により、或瀬院の正面に集まってくる。
「一気に殲滅です!」
久遠寺は集まった敵達に向かって、再び陣を炸裂させる。魔方陣は3体の雪だるまをその範囲に収め、再び激しい爆発を起こす。仄の火球によって融け始めていた1体は、その爆発により形を保てなくなる。
残りの2体もかろうじてその形を留めているが、今にも倒れそうに削られている。
「楽に、して、やろう」
仄が5対の無骨な指輪にアウルを送り込むと、鈍色の光が敵に向かって飛んで行く。直線的な軌道に貫かれた雪だるまはぐしゃりとその体を地面に沈める。
或瀬院にひきつけられなかった敵が1体、日野に向かって体当たりをしてくる。
「真正面からの勝負だねっ、受けて立つよっ」
拳に嵌めた魔具にアウルを込めて、真っ直ぐ拳を突き出す。 対する雪だるまは体に刺さった工事用の金槌を器用に振り回し、日野の頭を狙う。
交差する拳と槌。
一瞬の後に両者弾け飛ぶように左右へ分かれる。
「なかなかやるにゃー」
口元を拭いつつ、日野は再び敵へ突っ込んでいく。
雪だるまはその場で体を回転させて金槌を振り回すが、日野のほうが半歩早く踏み込み、頭部と思しき上部の玉を打ち砕く。
仲間が奮闘している間も敵の注目を一手に引きうけた或瀬院は雪玉を受け続け、残りの3体も仲間達の攻撃により撃破した頃には、自身が雪だるまのように雪にまみれていた。
「だ、だ、大丈夫ですかー!」
久遠寺が雪を払おうと近づくが、或瀬院から煌々としたアウルが立ち上り、積もった雪を振り払う。アウルはしばらく光り続け、或瀬院の傷を癒していく。
「私は大丈夫です、他の方をおねがいしますね」
にこりと微笑む或瀬院にほっと頷き、救助した撃退署の撃退士達にカイロとブランケットを配る日野の元へ駆け寄る。
「生きてるかにゃー?」
日野が震える署員に降り積もった雪を払い、まだ燃えている雪だるまの近くまで連れて行く。
「熱〜い緑茶をもってきましたよー!これで体を温めてくださいねー!」
そこへ久遠寺が持参した魔法瓶から緑茶を振る舞い、署員達もようやく生き返ったように息をつく。
「ありがとうございます。僕らはこの辺りの捜索を続けます」
恒彦と名乗る署員が元気を取り戻して宣言すると、周りの撃退士からため息が漏れたが恒彦には聞こえていないのか元気いっぱいだ。
「アレ、が、元凶、かな」
仄が指差す方向に一行が目を向けると、山のように降り積もった雪の中腹に遠目から見ても分かるほど大きな雪だるまが居た。
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2組の撃退士達は大きな雪だるまの元へ向かう際に合流し、治癒やスキルの準備を整える。
「準備は出来た?それじゃ行くよ」
ソフィアが放った火球が空中に火花を散らせながら雪だるまへと向かって行き、下側の玉を大きく凹ませる。
「いっくよ〜、Gladius!」
それを合図にエマが魔法の剣を放ち硬そうな雪の体に切れ目を入れると、仄が火球を投げつけ穴を開ける。
その穴めがけて日野が炎の槍を放ち、雪だるまの内部に火を燃え上がらせる。体の内部に炎を灯した雪だるまは、雪灯篭のようにぼんやりとした灯りを灯す。
体の内部が熱いのか、雪だるまは雪が軋むような音を立てて身を捩る。
天を仰いだ雪だるまは口と思しき場所にぽっかりと空洞を空けると続けざまに3つの大きな雪玉を吐き出してきた。
雪玉の一つは或瀬院に向かって飛んで行く。構える盾だけでは防ぎきれないと見た或瀬院は、アウルを操作し、もう一つの盾を活性化させ、受け止める。
次の雪玉は花菱へ向かって飛ぶ。
「でっけぇ!これ喰らったらやばいなっ!」
花菱は銀のアウルを纏わせた氷の直剣で雪玉の軌道を変える様に掠らせ、かろうじて避ける。
最後の一つは仄に向かう。
「雪合戦、を、今、する、気分、ではない、のだが」
雪玉を警戒していた仄は盾を活性化させて受け止めようと試みるが、想定以上に雪玉が大きすぎて体ごと跳ね飛ばされ斜面を転がり落ちる。
「大人しくしなさいっ」
或瀬院は敵に向かって拳を突き出すと、肩にアウルを貯めて爆発的な勢いで拳から放出する。同時に花菱も雪だるまに向かって剣を突き出し、剣先から放った光の波を敵へぶつける。
雪だるまはぐらりと揺れるが、ずっしりとした巨体はその場を動かない。
「か、体が大きくても毒って効くのでしょうか!?」
迷いながらも久遠寺が放った蛇型のアウルが敵に噛み付く。噛み付いた場所からじわり、とくすんだ灰色に染まっていき、ぽろぽろと体が崩れだす。
「良かった、効いてるみたいですね!」
内部では炎が燃え、外側からは毒が体を蝕む。
雪だるまは苦しみながらも反撃しようと口と思しき箇所を開く。
「それはもう撃たせないよっ」
日野が敵の側面へ回り込むように走り始める。
或瀬院とエマがフォローするように、炎が燃える穴めがけてアウルを放つ。
追撃により、後ろまで穴が貫通し、雪だるまは崩れだす。
「生気、を、頂く、ぞ」
斜面から立ち上がった仄が掌をかざすと、敵の体から光が仄に流れ込んでくる。
「ふむ、面白い、な」
わずかに傷が癒えるのを感じて仄は呟く。
その横っ面を日野が渾身のアウルを込めて殴りつけると、首が回ってごろごろと斜面を転がっていった。
「うおぉっ、あっぶねーっ」
花菱が危うく避けた巨大な雪玉はごろごろと裾野の方角へ落ちていく。
「大丈夫でかな〜。誰も居なければ良いね〜」
エマが両手をかざして裾野の方角を見ている。
「元気でしたから大丈夫でしょう、多分」
久遠寺が安心させようと声をかける後ろで、多分なのっ、と或瀬院が叫んでいる。
「よーしっ!俺様子を見てくるなっ!」
花菱が雪だるまの残骸から拾った板の上に乗り、雪の斜面を滑って下っていく。
ひゃっほーっという声が聞こえてくる辺り、雪山を満喫しているようだ。
服の雪を払いながら仄は残念そうに辺りを見回す。
「折角なら、イエティ、とか、が、見たかった、ぞ。本物の、UMAが、見てみたい、もの、だ 」
「誰か居ますかにゃー?」
日野は雪だるまに空いた穴を覗き込んで声をかける。
その後ろには洞穴のようにぽっかりと穴が開いていた。
薄暗い穴を覗き込むと、中年の男性3人と若い女性1人が和やかに話し込んでいた。
「おや、春子ちゃん。助けが来たみたいだよ」
もうちょっと後でもよかったなぁ、などと姦しい中年男性達に日野はほっとした様子でため息をつく。
「さあ、帰ろうよ、外は暖かくなってきたよ」
雪山は夜を待たずに全て融け、ひとしきり遊んだ花菱は汗だくになって半袖で帰っていった。
なお、撃退署の撃退士達は突然の雪玉に巻き込まれたが幸い怪我人は出なかった。