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「随分と巨大なサーバントだね……迷惑な存在だ」
町に蠢く巨樹を見上げ、狩野 峰雪(
ja0345)は呟く。
淡々とした口調だが、その目には静かな怒りと嫌悪感を滲ませる。
「ビルが動いているのと変わらんかしら」
同じく巨樹を見上げて、卜部 紫亞(
ja0256)は愛用の魔法書をとんとんと指で叩きながら溜息をつく。
「人質が居るのは面倒ねぇ」
顔だけ表にだして時折うめき声を上げる取り込まれた人々の姿に、卜部はもう一度小さく息を吐く。
「無法千万の行いとは、正にこの事ですね」
或瀬院 由真(
ja1687)は二人よりも明確に怒りを示す。
人を苦しめる輩を許すことは出来ない、と巨樹を睨みつけるが、その瞳は周囲の状況と巨樹の動きを冷静に分析している。
道の脇に立ち並ぶ民家の上空には二つの人影が浮かんでいた。
「つかまってるひとはしあわせそうじゃないの!ふしあわせなくすのも座敷童子のおしごとなの!ゆきこがんばるの!」
腰に手を当てて、ふんす、と鼻息も荒く天童 幸子(
jb8948)は巨樹を睨む。
「ひとをいじめるわるいこにはめっ!なの!」
怒れる天童の側では、長身の男が少し距離を置いて飛んでいる。
「ありゃァ、回収用かねェ」
マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)は側に佇むスレイプニルの蒼白い鬣を撫で、眼下での巨樹を見つめる。
その根はウネウネと犠牲者を求めて動き回り、道を妨げる車を跳ね上げて進んでいる。
「ちょいとばかし面倒くせェが……雅人もいることだし大丈夫だろ」
その視線を巨樹の背後へと向けると、裏道を通って巨樹の後ろへと走って来た撃退士達の姿が見える。
「あ……あいつ明らかに面倒臭そうじゃねェか!『全部まとめて撃っていい?』とか言う前に片付けねェとな……」
げんなりとしながらもどこか楽しそうな表情で、マクシミオは恋人の姿を見つめるのだった。
「うっわー。近くで見るとさらにめんどくさ」
永宮 雅人(
jb4291)は路地からそっと顔を覗かせて巨樹に囚われた人の姿を確認する。
もう纏めて撃ち抜いちゃおうかと脳裏に掠めた永宮だったが、頭上を仰ぎ見ると、マクシミオの怒ってるような心配してるうな視線と目があった。
「……ってマクシくん心配し過ぎくない?」
にま、とマクシミオに笑いかけて視線を戻すと、道を挟んで反対側には二人の仲間が身を潜めていた。
ひとりは口元に薄っぺらい笑いを貼り付けつつ、イライラとした様子を見せ、もう一人は気合の入った表情でじっと巨樹を睨んでいる。
「ここでヤンチャするのもアレだし?諦めるしかないかなぁ」
ははっ、と力なく笑って永宮は銃を構えるのだった。
「なんかやな感じ、早く終わらせよーぜ」
くしゃっ、と煙草の箱を潰して苛立たし気に高橋 野々鳥(
jb5742)が呟く。
「でも痛いの嫌だから風羽くん頑張ってねー」
軽い口調で側に潜む風羽 千尋(
ja8222)に声をかける。
「ちぇっ、俺だって前に出るのは慣れてないんだけど……ま、先輩も居るし何とかなるだろ」
高橋の言葉に文句を言いつつも風羽は籠手に通した手をぐっと握りしめる。
口ではぶつぶつと言いながらも、任された仕事に手を抜きたくはない。
そんな様子の風羽に、高橋はそっと肩を叩いて、安心させるように頷く。
「悪いね。終わったらジュース奢ってあげよう。俺のナイトくん」
ぐっ、と親指を上げて見せる高橋に、イラッとした風羽が声を上げようとした瞬間、通信機から永宮の声が聞こえて来た。
『スタンバイかんりょー。よーしみんな、頑張って全員助けよーね!』
その声に、二人は表情を引き締めて走り出すのだった。
●
永宮の合図と共に撃退士達は一斉に奔り出す。
最初に巨樹に近づいたのは狩野だった。
銃を構え、車の隙間を縫うようにして、敵の攻撃を警戒しながら走る。
だが、目の前で苦しむ人々に焦りが生じたのか、一人突出した狩野は気が付けば周囲から枝が迫っていた。
初撃は銃で撃ち返し、足元のアスファルトを突き破って纏わりついてきた根は車に身を投げ出すことでかわす。
「くっ……う、うぉっ!?」
ボンネットの上で転がる狩野は車ごと、下から突き上げられる衝撃に息を吐き出す。
不快な浮遊感と同時にざわざわとした風切音が迫ってくるのを感じた狩野は、次の瞬間、棘や枝葉に身を引き裂かれながら、激しく地面に叩き付けられる。
幸いにも一緒に叩き付けられた車は、離れた場所に叩き付けられ、数台の車を弾きながらバウンドしていく。
「私が抑えに回ります!こっちを見なさい!」
或瀬院が気迫を乗せたアウルを放ち、巨樹へと向かって行く。
追撃を行う動きを見せていた枝と根が、ぴたりと止まり、或瀬院へと向かって行く。
「止まってくれんかしら?」
卜部は車の上を飛び移りながら巨樹の根本へ光球を放つ。
めりめりと生木を引き裂く音をたて、巨樹の根の一部が弾け飛ぶ。
「足元はお留守みたいなのだわ」
すぐさま車を飛び移って観察を続ける卜部の目の前で、弾けた根の周辺が蠢き囚われた一般人の顔が露出する。
「やっぱり面倒なのだわ」
苦痛の呻きを漏らす一般人を眺めて、卜部は小さく肩をすくめるのだった。
「ちぇっ、これは効かないのか」
放った妖蝶が群がる巨樹が少しも動きを鈍らせない様子を見て、永宮は手元の銃をもて遊ぶ。
すぐ側を真っ直ぐ巨樹に向かって走る風羽を見て、もう一度舌打ちをした永宮は、妖蝶を放つために一度止めた脚を再び動かし、巨樹へと駆け出していく。
スレイプニルと共に巨樹へと近づくマクシミオは、永宮の様子にチラリと視線を送り、すぐに巨樹へと視線を戻す。
「アレなら大丈夫だな……早く身軽にしてやらねェとな!」
唸りをあげて振り回される枝をスレイプニルで牽制して、隙間を縫うように巨樹の元へと降りていく。
「ゆきこもいくの!」
マクシミオを追うように天童もまた巨樹の元へと飛び込んでいくのだった。
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鞭のようにしなる枝が或瀬院の小さな体に振り抜かれ、足元からは鋭くとがった根が襲い掛かる。
「光纏機動……操盾」
或瀬院が呟くと背中から伸びたアウルのアームが、次々に襲い掛かってくる枝と根を弾き返す。
その勢いのまま巨樹へと近づき、布槍を振り上げる。
「この距離ならば外すことは無いでしょう。無視などさせません!」
人質が居ない場所を見極めて布槍を振り抜くと、巨樹は苦しむようにその幹を揺らすのだった。
「てぇっい!」
風羽が振り下ろした盾刃が巨樹の根に叩き付けられる。
深く切り込んだ刃が、根を切り裂き、粉砕していく。
「ほら、こっちを狙ってみろよ!」
ザクザクと根を切り刻みながら挑発を続ける風羽の後ろから、高橋の声が届く。
「風羽くん頑張ってー。応援してるよ!」
気の抜けるような応援をしながらアウルを練り込んでいた高橋は、そびえ立つ巨樹に両手を向けてにんまりと笑う。
「どこから見てるのかわかんねーから全部覆ってやるよ」
放たれるのは巨大な闇。
外から見ると薄らとした闇であるが、巨樹からは見通すことが出来ない、そのはずである。
振り下ろされる枝は鋭さに欠け、風羽は苦労することなく受け止める。
「だわぁっと、あっぶね」
闇を放った高橋へも根が突き出されるが、幸運にも尻餅をついた高橋の頭を掠めるように空を切る。
「禿げたらどうすんだよ……盾さ〜ん、しっかりヘイト稼いでヘイト〜!」
「さっきからうるさいなっ!」
イラッとした風羽が背後を振り返ると、高橋の姿は見えなくなっていた。
「……ったくまじかよ」
風羽は襲ってきた枝に八つ当たりするように盾刃を叩き付けるのだった。
狩野は頭を振って立ち上がり、乱れた髪を撫でつけて再び巨樹の元へと走る。
無数の撃退士達に纏わりつかれた巨樹は、狩野の接近には気付かない。
「大丈夫ですか?」
呻き声を漏らし続ける一般人に声をかけて、その身を縛っている根を慎重にワイヤーで切っていく。
やがて自由になった身体が崩れ落ちるように倒れ掛かってくるのをしっかりと受け止め、狩野は背後に視線を送る。
一般人を抱えたまま、嵐のような枝と根の攻撃をかわして離脱しなければならない。
ここからが一番難しい場面であった。
「早く行ってください!私達を信じて!」
或瀬院が枝の振り下ろしを布槍でさばいて、狩野を勇気づけるように叫ぶ。
狩野は頷き、抱えた一般人を元気づけるように声をかけると、一気に離脱しようと駆け出していく。
その背中を追うように地を這って伸びていく根は突如燃え上がる。
「やっぱり木には炎かしら」
良く燃えるのだわ、と卜部は満足そうにのた打ち回る根を眺めるのだった。
「せーのっなの!」
小槌を振り上げた天童が、人質を縛る根の周囲に小槌を振り下ろすと、魔法の輝きを持つ大きな槌頭が現れ、豪快に根を弾き飛ばしていく。
倒れ込む人質の下敷きになるような恰好で天童が支える。
「ゲキタイシはこのくらいの重さへっちゃらなの!」
人質が覆いかぶさって完全に姿が見えなくなっているが、元気そうな天童の声が聞こえる。
「ふん、邪魔だ」
マクシミオが突き出した槍は人質の顔のすぐ側を貫き、抉る様に人質を捉えている根を破壊する。
そこから根を引っ張って引きはがし、救助しようとしていたが、背後から根が迫って来ている事に気づき、勿忘草が彫られた槍を持って立ち塞がる。
「来い。悪いが、俺ァそこらの人間よりか頑丈だぜ……!」
加速しながら突き出してくる根をその身に受け止め、ぐちゃり、と肉がつぶれる音を立てる。
くっきりと根の跡に身体を凹ませながらも、マクシミオはその場を一歩も動かずに立ち塞がる。
その事に気づかないまま、天童はよろよろと空へと飛び立ち、人質を担いで離脱していく。
「……マクシくん?」
不吉な音に、鋸で根を切っていた永宮が振り返る。
マクシミオは永宮に背を向けたまま根に向かって槍を振るい、首だけで振り返って唇を歪める。
「邪魔な根を伐採しないとなァ……悪いが俺の分まで助けといてくれよ」
そのまま仁王立ちするマクシミオに、永宮は怪訝な表情を浮かべながらも人質を救助していく。
「こっちはこれで完了っと。こいつやっとくからマクシくん、その召喚獣でこの人も運んどいてよ」
あぁ、と返事をするマクシミオにちらりと視線を送り、永宮はクロスボウに持ち替えて距離を取りながらにやりと笑う。
「さてと、遠慮なくいかせてもらおっか?」
人質が居なくなった巨樹目掛けて、複雑な装飾の洋弓で矢を放つのだった。
「うっわ、酷いけが……」
駆けつけた風羽がマクシミオの怪我に驚きの声を上げそうになるが、マクシミオが伸ばした手で口を塞がれてしまう。
「大した傷じゃねェ。騒がずに治してくれねェか」
風羽は眉をしかめるが、そのまま傷にアウルを送り込み、傷を癒していく。
身体の奥は潰れたままだが、見た目は特に異常がない程度に傷は癒え、マクシミオは満足そうに頷いて手を離す。
何か言いかけた風羽だったが、再び迫ってくる根に盾を構えて立ち塞がる。
「ちぇっ、後でもう一度治療するからな……お前らの相手は俺だろ、余所見してんじゃねぇよっ!」
その間に、マクシミオは人質を乗せたスレイプニルと共に飛び立って行く。
マクシミオを追いかけるように振るわれた枝は、途中で黒いおたまじゃくしのような音符に群がられて、動きが止まる。
「また命中してしまったようだね」
高橋は髪をかき上げて決め台詞のように呟くが、気配を消しているため誰も見てはいなかった。
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「あちらは救助完了したようなのだわ」
無数の白い腕を巨樹に絡みつけた卜部はチラリと隣の状況に視線を送る。
「そろそろ本気だそうかしらね」
魔法書に添えた手に稲妻を走らせながら、悠々と白い腕と格闘する巨樹に近づいていく。
バチバチと空気を焦がす腕を前方に突き出し、人質を避けるように手刀を振るう。
腕に帯びた稲妻が巨樹を貫くと、盛んに揺れていた枝が固まったように動きを止める。
「さて……木にはやっぱり炎かしら……」
再び魔法書に手を添える卜部の背後の地面から、鋭く尖った根が突き出してくる。
「うぐっ……」
脇腹を貫かれた衝撃で、突き出した手元が狂う。
狙いから逸れた炎は、苦しそうな表情を浮かべる人質へと真っ直ぐに迸った。
「大丈夫ですっ!」
炎が炸裂する直前、ふわりと淡く光る翼が広がる。
燃え盛る炎が消えた後には背中を焦がした或瀬院の小さな体が立ち塞がっていた。
「どんどん撃ってくださいっ!」
そう叫んぶ或瀬院の身体には、暖かな光が立ち昇っている。
無数にあった傷が見る見るうちに塞がっていくのを見て、卜部は稲妻を纏わせた腕を頭上に高く上げ、巨樹へと近づいていく。
「それじゃあ遠慮なくやらせてもらおうかしら」
立ち昇る稲妻の刃は3mにもなるだろうか。巨樹に比べれば小さな刃だが、断ち切るには十分な大きさであった。
振り下ろされた刃は人質を避けて巨樹を切り裂き、こんどこそ完全に巨樹の動きを止めるのだった。
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「このひとをおねがいなの!」
少し離れた通りで待機していた救急車の元へ、天童は天より降り立つ。
救助した女性に埋もれるような天童の姿に、救急隊員が駆けつけていく。
「う……うぅ、お、おじいちゃんは……?」
意識を取り戻した女性は、周囲に視線を走らせてうわ言を口走り、混乱したように呼吸が荒くなる。
「大丈夫、みんな助けるからね。安心しなさ」
狩野は安心させるような笑顔を浮かべながらアウルを込めた手で女性の頭を撫でる。
その大きな掌に安心したのか、女性の呼吸は徐々に落ち着いていく。
微笑みを浮かべて運ばれていく女性を見送った狩野は、表情を引き締めて仲間達の戦っている場所へと視線を送る。
「急ごう、誰一人として欠けないようにしないとね」
「はいなのですっ!」
天童もしっかりと頷いて、空へと飛び立っていく。
向かう先では、一体の巨樹がゆっくりと倒れる姿が見えたのだった。
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「これは後片付けが大変そうねぇ……」
残された人質という盾を失った巨樹が倒れるまでは多くの時間は必要なかった。
ひっくり返された車の数々、穴だらけの地面。卜部はどこまでが自分たちの仕事なのだろうか、と溜息を静かにつくのだった。
「あーもー疲れたー。マクシくん帰りおんぶしてってー」
背中にぶら下がった永宮に、仕方ねェな、と言いつつ好きにさせているマクシミオ。
狩野は怪我人の傷を治すために力を振り絞って、額に噴きでた汗を拭きとっている。
「全員無事か。めでたしめでたしだな」
風羽は満足そうに頷いていると、不意に頭をくしゃくしゃに撫でられる。
「おつかれ。頑張ったね〜」
気配を消して近づいた高橋が不意をついて撫でまわしたのだった。
驚いて振り返った風羽の頬に冷たい感触が押し当てられる。
「頑張ったから約束のジュースさ」
その感触に、風羽は笑みをごまかすように缶を呷るのだった。