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周囲の木々の隙間から、取り囲んでいる事を誇示するかのように、黒い狼の巨大な身体が見え隠れする。
警戒して後退りした狩野の足元から、ぱきり、とやけに乾いた音が周囲に響き渡る。
その音にピクリと反応した狩野目掛けて、横合いの藪から黒狼が飛び出して来た。
「くっ……!」
衝撃を覚悟して身を縮ませる狩野の目の前に、アウルの光が煌めく。
「俺を無視か?寂しいじゃねぇか」
翼状のアウルを広げて黒狼の勢いを受け止めた向坂 玲治(
ja6214)はさらにアウルの翼を展開して山里赤薔薇(
jb4090)に飛びかかった黒狼の爪と、Robin redbreast(
jb2203)に降り注いで来た金色の羽弾をも引き受ける。
そのまま光り輝くトンファーを片手で肩に担ぎ、周囲を威圧するように仁王立ちになる
残った片手をクロが居ると思しき方向へ突き出し、指で手招きをする。
「丁重に相手をしてやる。さあ、こいよ。まずは小手調べって奴だ」
その声に応えるように、空気を切り裂く音と共に爆煙が向坂の身体を包みこむ。
煙の奥にはシンプルな盾を構えた向坂が立っていた。
その姿勢に揺らぎは見られないが、破れた服に血が滴っている。
「ずいぶんと物騒な歓迎だな、おい」
向坂は軽く眉をしかめながらも、頭上から飛来してくる2羽の金鷲に向かって盾を構えるのだった。
「援護が来るまでに潰されないようにしないとな」
主をも焼き尽くすような炎を纏う薙刀を手に、久遠 仁刀(
ja2464)は飛びかかって来た黒狼の爪に合わせて薙刀をすりあげる。
急所から逸れた爪は肩を掠るに任せ、振り上げた勢いをそのままに振り下ろした薙刀で黒狼の背中に切り付ける。
「浅い、か」
薙刀を構え直す久遠。その隣に北村が転がるように滑り込んでくる。
「あああ危なかったぁっ!」
騒がしく叫びながらも黒狼の攻撃をかわして、魔具を構える。
二人の目の前で唸る二体の黒狼の間に、巨大な炎球が出現し、炸裂する。
「全滅する前に一気に殲滅しましょうっ!」
炎球のダメージにより、距離を取った黒狼を睨みつけながら山里は指が白くなるほど魔具を握りしめて、震えを止めようとするのだった。
「急に止まるのは何か目的があるのかな……どっちにしてもこのままじゃ、危険だよね。まずは場所を知らせなくちゃ」
ロビンはヒップバックに手を差し込み、素早く取り出したものを風下へと勢いよく放り投げる。
高く放り上げられた発煙手榴弾は、樹を越え青空に向かって放物線を描いた所で爆発し、上空へ白い煙を巻き散らすのだった。
●
「あっ、煙はっけーんっ。あの辺りで戦ってるんだねっ!」
額に手をかざして立ち昇る白煙を見つけたユウ・ターナー(
jb5471)が指さす。
「前の取りこぼしか……アイツもおるみたいやなぁ」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は白煙から離れた空に浮かぶ黒い影を見て不敵に微笑む。
ゼロの視線を追うように、エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は静かな瞳で影を見つめ、紅蓮の槍を活性化させる。
「後処理を怠るわけにはいかないわね……先に行くわよ」
エルネスタはアウルの光を強め、ひとり前へと飛び立つ。
「ユウたちは狩野おにーちゃん達の援護に行くねっ」
ユウは地上へと合図を送り白煙の元へと向かう。
「追加オーダー、だね。お待たせしちゃ悪いよね☆」
森のなかで3人の姿を見上げていたジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は肩をすくめてユウが向かった方向へ歩き出そうと足を踏み出し、まだ上空に留まって動かないゼロを振り返る。
「行かないのかい、ゼロ?」
ゼロは風を切って進むエルネスタの後ろ姿を見送り、黒い影に向かって真っ直ぐに腕を伸ばしている。
「一つ手土産をと思うてな。すぐに済むから先に行っといてや」
真っ直ぐに前を向いたままジェラルドに答え、腕に鴉の如き漆黒のライフルを纏わせる。
「狙い撃ちがお前だけの得意分野やと思うなよ?」
放たれたアウルの塊は一筋の闇となって青空を切り裂いていく。
「おぅおぅ、頑張ってるねぇ。撃退士の諸君。次のプレゼントはどいつにくれてやろうか」
遠く離れた森で争う撃退士をスコープ越しに覗き込んで、クロは上機嫌に独り言ちる。
挑発してきた男はサーバントにたかられて狙いにくい。次は薙刀を手に奮闘する男にするか、銃を持ったいけ好かない男にするか、可愛らしいお嬢さん達を吹っ飛ばすのも悪くない。
こちらに届かない相手の命運を握っている万能感で気持ちの悪い笑みが口元に張り付いて仕方がない。
クロがは舌なめずりしながら銃をふらりと動かした瞬間、脇腹を貫かれるような衝撃を受け息が詰まる。
「ぐっふぇっ!ちくしょぉっ!何だってんだ!」
咄嗟に衝撃が来た方向へ銃弾を放つが、手応えも無く相手の姿を捉えることも出来なかった。
「この痛み……何か仕込んでやがるな……」
じりじりと身を焼くような痛みに歯を食いしばり、視線を周囲に這わせる。
「油断しすぎじゃないかしら?」
上空からの声にはっと仰ぎ見ると、太陽を背にエルネスタの赤い髪が光っていた。
「お前はっ……!」
銃口をエルネスタに向けようとするクロだったが、その腕には鞭のようにしなやかな蔦が纏わりついて、クロの動きを阻害する。
「邪魔はさせないわ。しばらく大人しくしてもらえるかしら」
炎の様に紅い影に、クロは舌打ちをしながら蔦に覆われた銃を向けるのだった。
●
「どうしたどうしたっ。所詮獣はその程度か?」
向坂は次々に襲い掛かってくるサーバントを緊急活性した盾で捌きつつ、味方の様子を伺う。
周囲を敵に囲まれている事を確認して、一気にアウルを高める。
「おらぁっ!」
爆発的に膨らんだアウルは無数の影の刃となって、対象を選ばずに切り裂いていく。
切り裂かれた枝がバサバサと落ちていく中で、サーバント達は細かいステップで身をかわしていく。
「ちょちょろ動くな獣共!」
間髪を入れずに放たれる山里の火球に、毛皮を焦がされながらも黒狼は俊敏に走り回る。
そして、くすぶった体を勢いに任せて向坂へとぶつけてくる。
「はっ!受けてたとうじゃねぇか」
向坂は飛び込んで来た黒狼の顎を盾で跳ねあげるが、黒狼の勢いは止まらず向坂の身体に正面からぶつかる。
ずり、とわずかに向坂の足が地面を滑るが、黒狼の巨体を体で受け止めたまま仁王立ちを崩さない。
「もう、とにかく突破するわっ!」
北村はそう叫ぶと久遠が相手取っている黒狼に向かって飛び出していく。
「待てっ!お前が抜けると……!」
狩野が制止の声をかけるが、すでに黒狼目掛けて真っ直ぐな剣を突き出している。
黒狼は軽やかに北村の攻撃をかわし、翻弄するようにぐるぐると回り出す。
「きゃあっ!」
狩野の視線が北村へ向かったその一瞬の内に、ロビンへ狼が向かいその肩を喰い千切っていく。
「だ、大丈夫だから……」
ロビンは傷口を包み込むように闇を生み出し、そのまま闇に飲み込まれるように存在感を消し去っていく。
「くっ、このままでは……」
狩野が頭上を見上げると、金鷲が一体急降下して迫って来ていた。
身を守ろうと腕で顔を庇った瞬間、周囲が闇に包まれた。
「ギリギリ間に合ったかなっ?お待たせっ、助けに来たよ☆」
闇で目測を誤った金鷲の羽弾が狩野の頬を掠って背後の樹に突き刺さる音と共に、ユウの声が狩野に届く。
「お待たせ☆追加のご注文で?♪」
ジェラルドが軽口と共に放ったワイヤーで金鷲を地上へ引き摺り降ろす。
久遠が黒狼を薙ぎ、体勢を崩したところへ北村が打ち掛かる。
だが、黒狼の予想以上に早い立て直しに慌てた北村は、緊急活性した盾の後ろに咄嗟に縮こまる。
衝撃を覚悟して目を瞑るが、風切音と共に聞こえて来たのは黒狼の悲鳴。
はっと目を上げると、見覚えのある顔が笑っていた。
「久しぶりやな。ちょっとは成長したか?」
「ひゃっ、ぜ、ゼロさん……き、きぐ」
「奇遇ちゃうやろ。何回同じ事をやっとるんや」
無茶をするなと助けてもらうたびに説教されていたゼロが目の前に現れ、慌てる北村のおでこをぱしんとはたく。
「さ、片付けよか」
黒狼を切り裂いた漆黒鴉の大鎌を担ぐように持ち、敵に向き直る。
「待ってたぞ」
久遠は薙刀を大きく振り被り、月白のアウルを武器にまで纏わせていく。
みしり、と音が聞こえてきそうなほどに捻りを溜められた腰を一気に解放して薙刀を振り払う。
帯びていた白いアウルは薙刀の延長であるかのように、長く伸び、その軌跡に居た黒狼と金鷲を断絶する。
「さあ、反撃開始といこうか」
久遠の一撃を受けてもなお立ち上がるサーバントを前に、久遠は追撃を加えようと駆け出すのだった。
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エルネスタは身を捻り、無理矢理方向を変えて空を舞う。
抉られたまま血止めも出来ぬままの脇腹から血が吹き出し、赤い霧でその身を霞ませる。
確かに蔦で動きを鈍らせたはずだった。
だが、運の悪い事にクロの銃口がエルネスタの背にした陽の光を反射し、ほんの一瞬視界を眩ませた。
瞬きしただけのわずかな時間、それはクロにとっては充分な時間だった。
咄嗟に左目に浮かべた蠍の瞳で弾道を読み取ったエルネスタは、必死の一撃を紙一重でかわす。
だが、弾丸は後ろへ抜ける前に爆発し、エルネスタの脇腹を抉り取ったのだった。
続けざまに放たれる銃弾を血をまき散らしながらかわし続け、隙を見ては蔦の鞭を振るう。
「そいつは一人の戦い方じゃねぇな。くははっ、そっちの事情は知らねぇが今のうちに潰させてもらうぜ」
蔦に絡まれるのを意に介さずクロは周囲を飛び回るエルネスタを狙って銃弾を放ち続ける。
生来の回避能力に加え、未完成とは言え未来を読む力をフルに活用するエルネスタにとっても、隠れる物もない空中で狙い撃たれる銃弾を全てかわすのは至難のわざであった。
「……くっ」
徐々に追い込まれていく未来を見つつ、エルネスタは諦めることなく空を飛び回るのだった。
「一気にいくよっ☆」
ユウが放つ爆発が派手な花火のように森の中を駆け巡る。
その爆発に相乗するようにロビンも同じく色鮮やかな炎をまき散らし、止めとばかりに山里が放った火球が木々を薙ぎ倒す。
絨毯爆撃の様相を見せて来た森の中を黒狼が駆け巡り、僅かな安全地帯へと逃げようとする。
そこへ北村が封砲を放ち、逃げ場を塞ぐ。
「……斬る」
追い込まれた黒狼と金鷲を待ち構えていたのは久遠だった。
燃え盛るアウルに照らされながらも静かに目を瞑って自然体に立っていた久遠は、次の瞬間薙刀を振り切る。
特別な動きには見えなかっただろう。むしろ遅く見えるほどに何気ない一太刀だった。
だが、その太刀筋は修練の賜物、理の極み。
あるべき場所をあるべき速度で切ったその動きは、一太刀で3体のサーバントを深く切り裂く。
金鷲と一体の黒狼は地に伏せやがて動かなくなった。残る一体はよろける体で離脱しようと駆け出す。
「おっと、逃がさないよ☆」
ジェラルドが薄らと笑みを浮かべて腕を振るうと、黒狼は細切れになって崩れ落ちるのだった。
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「少しは成長したんようやな」
ゼロに声をかけられた北村は剣を振るいつつ、えへへ、とだらしなく頬を緩める。
「私だって修羅場を抜けて来たんですわぁっ!」
あからさまに油断を見せた北村は黒狼の爪が横合いから突き出されて、大きくのけ反る。
そのまま倒れそうになったが、ぽふん、と何かに包み込まれる。
「油断は禁物、だよ☆」
「どぉぅわぁっ!すびばぜんっ!」
ジェラルドに抱き留められたことに気づいて、真っ赤になってじたばたと脱出する北村に、ゼロは俺の褒め言葉を返してくれ、と頭を抱えるのだった。
「ったく、余裕だな。俺と変わってくれよ」
4体のサーバントの攻撃を一身に受け止めていた向坂は、一体の黒狼を弾き飛ばして呆れたような溜息をつく。
軽口を叩いているが、その身体には無数の傷が刻まれ、激しい攻撃を受けていたことを物語っている。
「手助けするよ」
ロビンが向坂の横に並び、静かに祈る様に両手を組んで目を瞑る。
その周囲に冷たい風が吹いた瞬間、襲い掛かって来ていたサーバント達が氷に覆われていく。
空を舞いロビンの攻撃から免れていた金鷲がロビン目掛けて襲ってくる。
「狩野隊長っ!上ですっ!」
山里が狩野に注意を促して視線をかわす。
呼吸を合わせて放たれた銃弾は、金鷲の両翼を貫き地上へと堕とす。
「やりました!後一体ですねっ!」
残る敵は金鷲が一体、サーバントの殲滅は時間の問題かと思われた時、ユウの手にする通信機からエルネスタの悲鳴が響き渡った。
「あかんっ、先に行くでっ」
ゼロは金鷲を狙っていた大鎌を消し、全てを置いて空へと飛び立つのだった。
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幾度銃弾をかわし、幾度紅蓮の槍を振るっただろうか。
そして『避けようの無い未来』は訪れる。
銃弾に貫かれる我が身を『視た』エルネスタは、自分が悲鳴を上げた事に気付く前に、意識が断ち切られるのだった。
「ようがんばったな」
引力に引き寄せられて真っ直ぐに落ちていくエルネスタをゼロが受け止める。
片手でエルネスタを抱え、銃と同化した腕をクロへと突き出す。
「さっきぶりやな。自己紹介くらいはしてくれんのか?」
「相変わらず速ぇ奴だぜ……お話がしてぇなら俺に銃を向けんじゃねぇよっ!」
クロがゼロに銃を向けたと同時に放たれる二つの黒い光。
ゼロは銃を放つと同時に後方へと飛び退るが、クロの銃弾が目の前で爆発して、エルネスタも巻き込みながらゼロを吹っ飛ばす。
クロが追撃を行おうと銃をゼロに向けるが、不意に上半身を倒し込む様にして宙返りする。
「まさか避けられるとは思わなかったよ☆」
クロの後方の樹上に立ったジェラルドが、空を切ったワイヤーを素早く回収しながら笑う。
「はっ!お前の動きはよくわかったぜ?そんなに息を乱してちゃ、当たる物も当たらねぇぜ」
全力で駆け上がって来たジェラルドが肩で息をしているのを見て、クロ興味無さそうに肩をすくめる。
「どこに行こうとしてたのっ?」
無邪気な問いかけが背後から聞こえ、不審そうに振り返ったクロは巨大な魔の力を秘めたアウルに顔を焼かれる。
「どいつもこいつもっ!お前らは攻撃しながら会話するのかよっ!俺が何をしたってんだ!」
顔を押さえて痛みにわめくクロにさらに漆黒のアウルが襲い掛かる。
咄嗟に銃を胸の前に構えて直撃は避けたクロだったが、ゼロの攻撃はクロの身体を焼き焦がす。
「クソッ!人間やめたら撃退士よりも強くなるんじゃなかったのかよっ!シロの野郎、ふざけやがって……!」
クロは悪態をついて身を翻す。
反撃に備えていた撃退士達の虚をついて、クロは森に飛び込んでいくのだった。
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狩野は追跡していた遠山からの通信を終えて静かに首を振る。
こうして、謎のサーバント追跡から始まった森での戦いは終わりを告げるのだった。