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澄んだ破砕音が響き渡る駐車場に、撃退士達は静かに配置につく。
「全く、人間が無茶してくれた結果がこれとはな……」
その様子を病院の廊下から眺めるリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)は飽きれたように呟く。
ショットガンを構えた蘇芳 更紗(
ja8374)は、まだ幼さの残る表情を歪め、はっ、と吐き捨てるような息を漏らす。
「のこのこ一人で来るとはただの間抜けか、余程の自信家か。まぁ、ここでその面の皮を剥いでやろう。一体何がみれるのやら」
リンドはその言葉を聞いて肩をすくめ、手首から鱗状のヒヒイロカネを取り出す。
「どちらにしろ、とっととお帰り頂くのだ」
リンドの言葉が途切れた時、二人が見つめる駐車場では一際明るい閃光が瞬いた。
障壁が崩れ落ち、一歩踏み出した虚空蔵に向かい、鮮血を纏った大鎌を振り上げたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が迫る。
「病院にくるんやったら怪我が足りんとちゃうか?」
にたりと笑みを浮かべて、ゼロが振り下ろした大鎌は虚空蔵の肩を切り裂く。
虚空蔵に触れた瞬間に大きく円形の雷撃が広がり、薄暗い駐車場に菊の花のような煌めきを咲かせる。
顔をしかめて雷撃に耐える虚空蔵の横から、櫟 諏訪(
ja1215)が放った銃弾が撃ち込まれる。
「邪魔させてもらいますよー?」
直撃した弾丸は衝撃と共に虚空蔵の身体を少しずつ浸食していく。
虚空蔵は無表情に腕を振るい、浸食されていく身体を自らそぎ落とす。
「曲芸は終わりか?」
重低音の軋みのような嫌悪感を抱かせる声を放ち、虚空蔵はにやにやと笑い返す。
「全たる知識をこの身に」
矢野 胡桃(
ja2617)は意識を集中して詠唱を行う。
「選剣、パイモン」
詠唱が終わると共に、剣に取り囲まれた王冠を模した光纏が現れ、矢野の頭部に被さる。
その間にも虚空蔵は間近に迫ったゼロへ無造作に腕を振るう。
一瞬、影が通り過ぎた。
ゼロはその動きを目で追うが、避ける事はできずに突かれた胸を片手で押さえる。
「かはっ!……なんや、速いやないか」
アバラ骨が何本か折れ、肺の空気が強制的に吐き出される。
負傷具合をさぐる手が触れた胸には、力ない凹みを感じる。
「行くわよ、右腕」
古びた本を開きながら、矢野は落ち着いた声でゼロに呼びかける。
ゼロは鋭く息を吸い込み、突き刺さる痛みで負傷の具合を確認し、不敵な笑みを浮かべる。
「スピード勝負や。楽しませてくれよ」
鎌を担ぎ、虚空蔵を煽りながら隙を伺う。
ゼロを横目に見ながら病院へと足を踏み出した虚空蔵の前に、アスハ・A・R(
ja8432)が立ち塞がる。
「ここは人間用の病院、だぞ?」
密やかに振り出された五指からか細い糸が放たれる。
複雑な軌道を描き、虚空蔵の左腕を狙う。
「そうか、貴様はあの時の男だな」
負傷している箇所を的確に狙ってくるアスハに、以前目の前で獲物を浚われた事を思い浮かべたのか、虚空蔵はざらりとした声で呟く。
アスハが放った魔法を帯びた糸は虚空蔵の左腕を切り裂き、絡まる。
虚空蔵は身を切られるのも構わずに身体を回転させ、アスハはよろめく。
反撃を警戒して距離を取っての攻撃をしたつもりだったが、駐車場は狭く、虚空蔵の蹴りは咄嗟に顎を庇ったアスハの肩を強打する。
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「お前の相手は俺やで!」
再び駐車場に開く菊の雷撃。
ゼロの鎌は虚空蔵の身体を捉えたかに見えたが、僅かに身体をずらした虚空蔵には届かない。
その隙をつくように、虚空蔵に突っ込むようにアスハが踏み込んでくる。
「見え見えだ」
ほとんど体勢が崩れていない虚空蔵は、余裕を持ってアスハを迎え撃とうとする。
だが、虚空蔵の視界からアスハの体が消える。
それは次の行動など考えない、ただ、その場でしゃがんだだけの動きだった。
攻撃の意図が無い行動。それ故、虚空蔵の意識に一瞬の空白を生み出す。
「お引き取り頂く、わ」
アスハの斜め後ろから、矢野の詠唱と共に複数の灰銀の矢が虚空蔵に飛来する。
虚空蔵は地面に身を投げ出すように転がり、矢野の攻撃をかわす。
すぐさま飛び起き、寸前まで居た地面を粉砕していく魔法の矢を確認して、虚空蔵はにたりと口角を上げる。
「そちらが本命、だと思う、でしょう?」
矢野の呟きに眉をしかめ、虚空蔵は周囲に視線を走らせた目を見開く。
「狙い通りですよー?」
煌々と輝く光に包まれた櫟のライフルに惹きつけられる様に、虚空蔵は動けない。
光を凝縮するように放たれた銃弾は、一筋の閃光となって虚空蔵を貫く。
意志の力を振り絞って身体を捻った虚空蔵だったが、その光の筋に傷ついた左腕が寸断される。
「ぐぅあァッ!」
怒号なのか、苦痛の叫びなのか。
虚空蔵は叫び声を上げ、のた打ち回る。
その姿が一瞬ブレたと見えた瞬間、ころがる虚空蔵から分離するように、片腕の虚空蔵がにたりとした笑みを浮かべて立ち上がる。
そのまま、右腕を真っ直ぐ肩の高さに上げ、立ち上がったばかりのアスハに向ける。
「まずい、か」
虚空蔵の腕は、ぐねぐねと曲がり、膨張しながらアスハに向かって高速で伸びていく。
アスハは黒い手袋を目の前に掲げ、素早く魔法陣を展開する。
腕が到達する寸前に魔法陣を突き上げ、槍状に再錬成したアウルを虚空蔵の蠢く腕にぶつける。
わずかに角度が変わり、アスハの上空へとそらしたかに見えた腕は、アスハを叩きつけるように軌道を変える。
コンクリートの地面に叩き付けられ、破片を飛ばしながら跳ね上がったアスハの体は、数メートルの距離を転がっていく。
全身を殴打し、血だらけになったアスハは、虚空蔵の攻撃を受け止めた腕をだらりと下げてよろけながら立ち上がる。
「この程度、か。残念、だな」
棒立ちになって立っているのがやっとな様子だったが、それでもアスハは物足りなさそうに嘯くのだった。
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「やはり来たか」
首をこきりと鳴らしながら病院に侵入した虚空蔵の前に、蘇芳は構えていたショットガンを放つ。
廊下の壁に無数の穴を穿ちながら、逃げ場のない銃弾の雨を降り注ぐ蘇芳の攻撃に、虚空蔵は煩そうに片手を振るう。
巻き起こされた衝撃波に、銃弾は或いは勢いを失い、或いは軌道を変えて天井に突き刺さる。
虚空蔵まで届いた銃弾は僅かであり、その顔をしかめさせる程度には傷をつける。
「ベルンフォーヘン様、此処はわたくしが前で対応する」
自らの攻撃を弾かれた蘇芳だったが、微塵も動揺を見せずに身に纏わせたアウルを高める。
「邪魔だ」
仁王立ちで立ちふさがる蘇芳を苛立たし気に睨んだ虚空蔵は、短く言い放ち、再び右腕を暴発させる。
蠢きながら伸びてくる腕を睨み、蘇芳は下半身にアウルを集約させる。
肉体同士がぶつかったとは思えないほど硬質な衝撃音が響き、病院の床に縦横無尽にヒビが走る。
蘇芳はのけ反りながらも、虚空蔵の腕を受け止め、その場から一歩も後ろに下がらない。
「この程度でわたくしを退けようなど、舐められたものだな」
力を込めて虚空蔵の腕を掴み、じわりじわりと押し戻していく。
「頑丈な奴だ。だが、それならばやりようはある」
身構える蘇芳に見向きもせずに飛び上がり、右腕を天井へと突き立てる。
「行かせてもうぞ」
次々に天井を砕きながら、虚空蔵は片手両足を使って天井を駆け抜ける。
蘇芳が散弾を放つが、奇妙な動きで天井をはい回る虚空蔵には当たらず、悪戯に天井に穴を開けるのみだった。
「病院ではお静かにしてもらおうか」
天井を這い進む虚空蔵の目の前に、翼を広げたリンドが飛び上がる。
リンドは自分よりも大きな大剣を逆手に掴み、首を上に向けて呑みこんでいく。
「がふぅ……事情はさっぱりだが」
リンドが口をあんぐりと開くと、咥内には高密度に錬成されたエネルギーが渦巻いている。
一際大きく口を開き、高まったアウルを一気に放出する。
空気を切り裂く音が廊下を圧し、雷光が虚空蔵を覆い尽くす。
天井を削りながら直撃した雷光に、虚空蔵はたまらずに床へと落下する。
「何となく貴様は腹が立つのでな」
叩き落とされ、蘇芳の前に四つん這いになって血を吐く虚空蔵に、リンドは宙に浮いたまま見下ろして呟く。
「グファ……ユル……サン……」
廊下に這いつくばったまま、不明瞭な唸り声を上げて虚空蔵は身を震わせる。
筋肉が避ける音が廊下に響き渡り、盛り上がった手足の筋肉が膨れ上がり、口元からは長大な牙を覗かせる。
獣の様に唸り声を上げて、虚空蔵だった獣は二人を睨みつけるのだった。
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駐車場では、のた打ち回っていた虚空蔵が立ち上がったところに、櫟が死角から再び光り輝く銃弾を撃ち込む。
「隠れたつもりか?天の光を纏っていてはどこにいても丸見えだぞ」
体に纏った闇を深めた虚空蔵が奇跡的な動きで櫟の銃弾を避け、猛烈な勢いで櫟に迫る。
ゼロが飛び出し、アスハがアウルを高めるが、虚空蔵の踏み込みの方が早かった。
櫟の胸に両手を押し当て、放たれた掌底が、衝撃を余すところなく櫟の体に打ち込んでいく。
全身の毛細血管が割け、体中から血を噴出した櫟は崩れ落ちそうになる膝を両手で押さえて耐え凌ぐ。
櫟に止めを刺そうと、腕を振り上げた虚空蔵目掛けて、アスハがアウルを放つ。
「無事、か」
虚空蔵と櫟の間の空気がアスハにより膨れ上がり、虚空蔵を弾き飛ばす。
受け身を取って転がる虚空蔵にゼロが飛び込んで行く。
「さて、タイマンや。付き合ってもらうで」
虚空蔵が視線を向けるまで、タメを作って待ち受ける。
腕がぴくりと動いた、と感じた瞬間に放たれた鎌によるゼロの突きは、虚空蔵を跳ね飛ばす。
虚空蔵が無意識に放った蹴りは宙を蹴りつけるのみで、返って姿勢を崩してしまう。
そのまま錐もみしながら駐車場の柱に激突する。
「なんやこんなもんか?やっぱり俺の方が速いんやな」
ゼロは得意気に鎌をクルクルと回して、蹲る虚空蔵へと向かって歩いていく。
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「そっちは任せた、わよ。右腕」
ゼロの攻撃には視線を送る事も無く、信頼の言葉を残して、矢野は病院へ向かった虚空蔵の後を追う。
激しく損傷した廊下では、獣のような姿となった悪魔が牙をむき出して蘇芳に襲い掛かっていた。
ショットガンで虚空蔵の牙を受け止めた蘇芳は、振り下ろされる拳をかわすことなく、引き金に指をかける。
「面の皮を剥いでみれば卑しい獣だったか、悪魔よ。その程度ではわたくしを越えることなどできんぞ」
無数の銃弾が虚空蔵の顔面で弾け、その勢いでのけ反りながらも虚空蔵は鋭く伸びた爪を蘇芳の鳩尾に突き立てる。
蘇芳は顔をしかめるが、揺らぐことなくその場に立ち続ける。
「理性も無くしたか。誇りを失ってまで何を求めるというのだ」
再び放たれたリンドの雷光にその身を打たれ、虚空蔵は背を丸めて駐車場へと走る。
裏口から外に出た瞬間に、今度は灰銀の矢が虚空蔵の脚を穿つ。
「逃げられると思ったの?ちょこまかと動くその脚、貰っていく、わ」
冷静に距離を取りながら、矢野は虚空蔵の動きを奪っていく。
片足に穴が開きながらも、虚空蔵の動きは衰えない。
片手と片足で器用に駐車場を跳ねるように駆け抜ける。
矢野の頭上を飛び越え、外へと向かった先に立っていたのは、アスハだった。
「わざわざ戻ってくるとは、な」
アスハを跳ねのけるように飛び込んで来た虚空蔵に向かって、アスハは魔法陣を素早く展開するが、魔法陣ごと跳ね飛ばされる。
傷だらけのアスハは、立ち上がろうとして崩れ落ち、片膝をついた状態で、再び駆け出した虚空蔵を見つめる。
「逃げられるより、マシ、か」
小さく呟いたアスハは、これまでになくアウルを高めていくのだった。
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「魂なぁ、そんなええもんか?もっと活きがええほうがええんとちゃうんか?」
虚空蔵を柱に追い込んだゼロは、警戒しながらも声をかけて時間稼ぎを行う。
「魂か、確かに悪くない。興味があるなら素直になって味わえ。だが、それだけではない。運命だ、何事にも負けぬ運命を手に入れる」
虚空蔵はゼロの言葉に応じながら身体を震わせる。
不意に虚空蔵の体中から血が吹き出し、砕けかけた柱に背中を預けて倒れるのを防ぐ。
「どうやらよっぽど運命とやらに嫌われとるようやな。あっちでも追い詰められとるんとちゃうか。うちの陛下をなめたらあかんで」
ゼロの言葉に虚空蔵は身体を起こし、右腕を構える。
「運命が邪魔をするなら乗り越えるまでだ」
「乗り越えてみぃやっ!」
同時に放たれる拳と鎌。
わずかに速く虚空蔵の拳がゼロの体に届きそうになった瞬間、横合いから銃撃音が響き渡る。
「自分の事を忘れてないですかねー?」
櫟が放った銃弾は、虚空蔵の鼻先を掠めて飛び、ゼロへの最後の一歩の踏み出しが遅れる。
その間にもゼロの鎌が虚空蔵の体を捉え、確かな手ごたえゼロの手に伝える。
鎌で切り裂く感触に、ゼロは唇を曲げて笑いを浮かべた。
次の瞬間、ゼロの意識は途絶える事となった。
反射的に放たれた虚空蔵の蹴りがゼロの顎を捉え、ゼロは意識を断ち切られて沈むのだった。
しかし、虚空蔵の足掻きはそこまでだった。
櫟が放つ銃弾と、矢野が放つ魔法の矢。
それぞれが、同時に2体の虚空蔵の体を貫く。
アスハに迫っていた獣じみた虚空蔵は弾けるように消え去る。
櫟の銃弾を受けた虚空蔵は、信じられない物を見た様に目を見開き、額に穴を開けて崩れ落ちるのだった。
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「もう終わりましたから、撃たないで欲しいですよー?」
アスハが掌に光を集め、頭上へかざそうとしたところで、櫟に腕を掴まれる。
「ふむ、そうか。だが、もったいない、な」
アスハは掌の光を名残惜しそうに眺めるが、やがて溜息をついてアウルを散らす。
ピンと頭頂部に立っていた櫟の髪の毛も、落ち着いたかのようにくるくるとした元の状態へと戻っていく。
「よくわかりませんが危ないところでしたねー?」
朗らかに話す櫟だったが、アスハが放とうとしていた技の危険性を感じて、背中を汗でびっしょりと濡らすのだった。
横たわるゼロの側には、矢野が寄り添うように座り、そっと手を伸ばす。
傷が痛むのか両目を固く閉じたまま、時折、歯を食いしばるような仕草を見せる。
矢野は労わるようにゼロの額に伸ばすと、気配を感じたゼロが薄らと目を開ける。
「頑張った、わね。右腕」
ゼロはその言葉が聞こえたのか、再び目を閉じる。
心なしかその表情は安らいだように見えるのだった。
「天木殿は狙われた事も知らぬように寝ていたな。怯えていたが医者も無事だ」
3階の病室まで天木の様子を確認に行っていたリンドが戻って来て、仲間へと告げる。
その言葉を聞いて、狩野へ報告していた蘇芳は小さく頷く。
「……そうだ。全員無事、一般人にも被害は出ていない。多少、病院は損傷したがな」
通信の向こう側で答えた狩野の安堵の声が涙で震えていたことに、蘇芳聞こえないふりをするのだった。