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街を赤く染め上げていた日も沈み、西の空だけが名残惜しむかのように明るくなっている頃、丘の上の館の庭では芝生の上で夜会を愉しむ物言わぬ影達が今日も静かな賑わいを見せていた。
「大量の石像…薄気味悪いですね…」
庭に足を踏み入れた杠葵(
jb6984)は周囲にサイリウムをばら撒きながら慎重に辺りを見回す。
雪室チルル(
ja0220)は、はっと顔を上げ皆に思いつきを告げる。
「相手は石像だし、やっぱり庭にいるんじゃない?」
「きっとそうですね。そろそろ現れるんじゃないでしょうか」
フラッシュライトを点等させて庭へ放り投げながら鈴代 征治(
ja1305)は答える。
「サーバントつってもよ。石像なんて一発殴りゃ壊れんじゃね?」
両手に嵌めたナックルダスターを打ち合わせて打田真尋(
jb7537)は好戦的な笑みを浮かべる。
気合の入った打田の様子を見て、鈴代はくすりと笑う。
「石像とは言っても唯の石ではなく生きたサーバントでしょうしね。油断は禁物ですよ」
「サーバントに一般常識は通じねーってことか!ちゃんと授業聴いときゃよかった……」
どっちにしてもぶっ壊すだけだぜ、と表情を引き締めた打田はもう一度拳をぎゅっと握り締める。
「これ以上被害を出すわけにもいかない。私たちで止めなければ」
静かな口調で決意を語る久我葵(
ja0176)の目も打田と同じように闘志に燃えていた。
簗瀬深雪(
jb8085)は仲間の会話に微笑みながら自慢の鋏に手をそわせる。
そんな仲間達の後方から久井忠志(
ja9301)は城咲千歳(
ja9494)に無線を渡す。
「そういえば千歳とは初めての共闘……ということになるな」
「せやねぇー、一緒なんからなんだか安心できるっすよー」
久井の声に城崎は笑顔で応じる。
石像が立ち並ぶ小道を抜けると、庭の中央付近にぽっかりと広がったスペースに出た。
そこでは薄れ行く黄昏の明りの中で、石像の少女が優雅に踊っていた。
滑らかに動くその肌は石造りにしか見えないが、確かに生命の躍動感を感じさせる踊りだった。
黄昏に石像が踊る幻想的な風景に思わずため息を漏らしたのは誰だろうか。
くす、くすくす……
どこからとも無く聞こえてきた忍び笑いに撃退士達は我に帰る。
最初に動いたのは雪室と鈴代だった。
「何あれ?何だか知らないけど笑われてる気分だわ!」
「僕らはあの笑い声の主を探します。こちらは頼みましたっ」
鈴代は白と黒の光を、雪室は微細な氷粒子を纏い、忍び笑いが聞こえて来た方向へ、物言わぬ石像が乱立する庭へと駆け出していく。
一呼吸遅れて空気を切り裂く音が聞こえた。
とっさに久井は城崎の前に立ち飛んできた石の槍を円形盾で受け止める。
「ヴぁっ!?忠志ー!」
「攻撃はさせん……!」
ぎろっ、と槍が飛んできた方向を睨み付け、盾を掲げ構える。
「あっちは俺達で押えるぜっ!」
「こういった美術品は勘弁願いたいな…出来がいいのが悔やまれるが。」
打田と久我が予め決めていた作戦通りに弾けるように駆け出す。
「ダンスのチップ代わりにどうぞっ」
杠が踊り子のサーバントへ向かってマシンガンで掃射しながら左側へと回り込む。
踊り子は回転していたステップの勢いを殺さず、タンッとその場で飛び上がり銃撃をかわす。目標を失った杠の銃撃は周囲の石像を削り倒していく。
「深雪と一曲踊ってもらおうかしら。曲は貴方の奏でる悲鳴で、ね♪」
着地点に走りこんだ簗瀬が妖蝶を纏わりつかせようとする。飛び来る妖蝶を踊り子は空中で体を捻りかわす。
その姿は計算された演出であるかのように華やかだった。
「そこだっ」
続けて駆け寄った久井が碧の光を纏わせた鉾で鋭い突きを入れる。
度重なる攻撃に踊り子も避ける術を持たずに、肩を突かれて体勢を崩した。
踊り子に向かって城崎が指先に集中すると、指先から放射状にアウルが放たれ、蔓のようにうねりながら踊り子の脚を地面へと縛り付ける。
「石像はただの置物なんから動いちゃいけないっすよねぇー」
そのまま動きを止めた踊り子に向かって走り、漆黒の大鎌を振り下ろす。
踊り子は固定された脚をそのままに仰向けに地面に倒れこむことで城崎の攻撃をかわす。
見た目からは想像できないその柔軟さを活かし、地面で後頭部を擦りながらもすぐさま体を起こす。
目の前で構えなおす城崎に無表情な顔を向けたまま、鋭く指先を揃えた手を、鋏を振り上げた簗瀬の首筋へと滑らせる。
がつっ!と鈍い音を鳴らして、久井が盾を構えた体ごと間に入りその攻撃を受け止める。
踊り子と無表情に視線を交わし、鉾を構えて高速の突きを踊り子へ繰り出す。
踊り子は銀色に輝く鉾に手を添えて捌こうとするが、勢いを殺すことは出来ずに横腹を抉られる。
さらに背中からの衝撃に踊り子はその身を揺らす。
「今度は逃げられませんでしたね」
後ろに回りこんだ杠が放った銃弾は踊り子の背中を抉り、いくつかの弾痕をつける。
こくり、と首を小さく傾げる踊り子に向かって簗瀬は夜光塗料を浴びせた。
「色が無いのは寂しいでしょう?」
微笑みを浮かべて簗瀬は踊り子の真似をして首を傾げる。
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槍が飛んできた方向へ駆け出した久我は独特な足運びで石像の間を縫うように走っていく。
「そうか、その走り方は覚えてるぜ」
打田は授業で習った走法を思い出し、久我に倣って走り始める。
古くは忍者が門外不出の業として受け継いできた走法だが、脈々と受け継がれてきた技術も今は撃退士達へと引き継がれている。
「見つけたぞっ」
石像の間に蹲り、口から棒状の石を生み出している影が久我のヘッドライトに映し出される。
「どっから槍出してんだよ!?」
げぇ、と呻きながらも打田は久我とサーバントへ追いつこうとさらに脚を早める。
久我は距離を縮めながら右手にチャクラムを回し、アウルにより加速させたチャクラムをサーバントへ向けて投げ放つ。
まだ槍を出し切れていないサーバントはその攻撃を避けることも出来ずに無防備な背中を削られる。
そこへ追撃するように走りこんできた打田がとび蹴りで痛打を喰らわせる。
「石像らしく、止まってろっての!」
打田の強烈な蹴りに槍を吐き出したサーバントは地面を転がり、自分を突き飛ばした相手を探して首を巡らせている。
「どこを見ている?私はここだぞ」
久我はさらに活性化させたチャクラムを次々と投げつける。
少しずつ、少しずつ、その身を削られながらも、地面を転がるようにして槍を掴み、サーバントは脇目も振らずに走り始める。
打田と久我はその姿を見失わないように即座に追いかけるが、敵の攻撃を警戒せざるを得ずにその距離を開けられていく。
槍を持って走るサーバントは不意に振り返ると助走をつけて槍を投擲してきた。
相手の動きを注視していた久我は音を頼りにかわそうと横に身を投げ出すが、その動きよりも早く槍が久我の左肩にに突き刺さり、地面へ叩きつけられる。
「うらぁっ!」
その隙に槍を投げ終え姿勢の崩れたサーバントの鳩尾へ打田が強烈なボディーブローを放った。
打田は再び動きを止めるサーバントへ追撃を加える前にちらりと久我の様子を伺う。その様子に気づいた久我が鋭く声を飛ばす。
「余所見をするなっ、私も奴もまだ生きているぞっ!」
久我はよろよろと立ち上がりながら肩から石の槍を抜き捨てる。痛みに乱れる呼吸を整えながらチャクラムを回し、石像に近づいていく。
「奴は槍を出すまで間が必要だ、その隙を与えぬように攻め続けるぞっ!」
再び立ち上がろうとする石像に向かい、チャクラムを投げ放つ。
チャクラムが徐々に見えにくくなっていることに久我は気づいた。
宵闇が忍び寄ってきたのだ。
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「確かこの辺りだったわよねー?」
雪室が片手で蛍光スプレーを近くの石像に吹き付けながら、もう片手に持ったランタンを庭にめぐらせる。
ランタンの光に沿って石像の影が揺らぎ、全ての影が怪しく見えてくる。
少し離れて鈴代も辺りに目を配りながら付いてきている。
くす、くすくす……
「また笑ったわね!」
密やかに漏れて来る忍び笑い。どこからか聞こえてくる忍び笑いに雪室は憮然とした表情で走り出す。
いくつかの石像を回り込み、忍び笑いの主を探すが、周囲は石像が多すぎてどれがサーバントか分からない。
「後ろです!気をつけて!」
少し遅れて来た鈴代の声に反応して、雪室は振り返る時間も惜しんで闇が忍び寄ってきた空へと翔る。全力で跳躍した雪室が先ほどまで居た場所を何かが通り過ぎていく。
雪室の周囲にあった石像が鋭利な刃物で切り裂かれたようにごとごとと倒れていく。
不意に二対の石像がするすると離れ、その間に月光を煌かせながら駆け抜けていく姿を、少し遅れて追いかけていた鈴代には確認できた。
「なんだか今のはヤバそうですからさせません!」
鈴代は二対のうち一体のサーバントに近づき、使い込まれた槍を大きく振り回して叩き込む。
ふっ、と体を持ち上げられた石像は数m後方へと飛ばされ、周囲の石像を巻き込みながら転がっていく。
「何だか分からないけれど、あんたが敵ね!あたいの攻撃を受けてみろ!」
自身の体よりも大きな直剣を残ったサーバントに向けて鋭く突きを放つ。
ワイヤーでつながった対の相手が吹っ飛ばされたことで、体の自由を失ったサーバントは回避することも出来ずに無防備な首元を突かれ、のけぞって倒れる。
「倒してしまった……なんて簡単にはいかないですよね、やっぱり」
同時に石像の破片を跳ね除けて立ち上がるサーバントを眺めて鈴代はため息をもらす。
サーバントは二人を挟み込むように互いの距離を近づけるように動き、体当たりをしてくる。
同時にシールドを活性化させた二人は、敵の勢いを止めるが、その衝撃は盾を伝って体へも伝わる。
背中を合わせた二人が目線を合わせて頷きあうと、雪室がサーバントに向かって駆け出していく。
サーバントは雪室の剣を手で受け止めようとするが、掌を突貫かれる。
「……離れろ!」
鈴代は執拗に盾に向かって攻撃してくる敵に、再び槍を振り回して距離を取る。周囲の石像は短い戦闘で見る影も無く破壊されており、サーバントは先ほどよりも遠くに飛ばされる。
二対の距離が離れたことにより、各々が自分の相手と対峙する形になった。
だが、鈴代が吹っ飛ばしたサーバントは鈴代に向かうことなく、石像の残骸を弾き飛ばしながら雪室の背後から襲い掛かる。
その破壊音に雪室は振り返ることなく氷の盾を現出させる。
パキッと鋭い音が鳴り氷が砕け散るが、サーバントの動きは雪室へさしたるダメージを与えることもなく止まった。
「あたいの氷は硬いのよ!」
雪室は自慢げに笑い先程より対峙していたサーバントに直剣を突き立てる。
駆け寄ってきた鈴代が三度槍を振って雪室の背後に居たサーバントを投げ飛ばし、雪室の横に並び立った。
「思ったより速いですね……あっ、さっきのヤツが来ますよ!」
飛ばされた相方の元へと走り、手を取り合ったサーバント達は、間にワイヤーを煌かせながらその距離を広げて二人の横を駆け抜けていく。
鈴代は姿勢を低く盾を構えその斬撃を滑らせる。
雪室は軽やかに上空へ舞い上がり、上空で直剣を構える。
ワイヤーは鈴代の肩を軽く抉りながらも、空を切って駆け抜けていった。
「このタイミングを待ってたのよ!」
空中で直剣の先端にアウルを集める雪室。力強く突き出された直剣の先端から、ブリザードのようなアウルの塊が放出され、サーバントはまとめて粉々となっていった。
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4人の撃退士に取り囲まれた踊り子は少しずつ消耗していった。
攻撃を全ては捌ききれず、攻撃を受けるたびに体からその破片を飛び散らせる。
蛍光塗料に彩られ、ゆらゆらと揺れるその姿は未だ幻想的であり続けるものの、ひびが入った体に見とれるものはもう居ないだろう。
久井が突き出す鉾をのけぞってかわしたとところへ城崎の鎌が振り下ろされ、顔の一部が削り取られる。
簗瀬が繰り出す鋏を捌こうと伸ばした左腕は杠の刀に肘から叩き折られる。
「後ろがお留守ですよ!」
直刀を振るうことで気持ちが高ぶった杠が誇るように声を上げる。
だが、踊り子は断ち切られた左腕が地面に落ちる前に掴むと、簗瀬に向かって投げつけた。
巨鋏で飛んでくる腕を受けるが、鋏ごと簗瀬の体にぶつかり、その身を傷つける。
「よくも……やりましたわね?」
常に絶やさない微笑が徐々に深まり、瞳孔が見開かれていく。
「その首頂きますわ」
簗瀬が踊り子の首を掴み、鋏で首を断ち切ろうとする。
踊り子は逃れるように体重を後ろにかけ、逃がすまいと近づいてきた簗瀬に頭突きを放つ。
仕留めたと思った瞬間に鼻を潰され、簗瀬は後ろに倒れこむ。
「いけません!」
杠が追撃を防ぐように刀を振るう。踊り子は脚を残して体を投げ出すことで脚を断たせ、束縛から逃れる。
地を這うようにして逃れようとする踊り子に簗瀬が歩み寄り、足で踏みつける。
「深雪に触れるな、この下郎がァ!」
片手で払いのけようとする踊り子の首を鋏で断ち切り簗瀬は微笑みを浮かべるのだった。
『すまないっ、そっちに行った!気をつけろ!』
ようやく動きを止めた踊り子に一瞬気が緩んだ4人に、無線から久我の鋭い声がかかる。
身構える4人だったが、横殴りに飛んできた投槍が杠の左大腿部に突き刺さる。
「大丈夫かっ!」
石像の合間から打田の声が聞こえる。
杠はガルムを取り出し、検討をつけた場所へ弾丸を撃ち込む。
次々と石像が破壊されて、サーバントの姿があらわになってきたところへ、久我が走りこんできた。
「忍びの技、試させてもらう!」
虹色のアウルを纏った斬撃がサーバントを両断し、地に倒れ伏した。
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「これで仕舞い、だな」
久我は打刀を鞘に収め、痛む左肩を押えて顔をしかめる。
「血止めぐらいはさせてくれよ」
打田が近寄り、傷口にタオルをあてがい縛る。
「……ためになる依頼だったぜ」
久我も静かに打田の手当てを受けながら思いにふける。
「地下室にコレがあったわ」
館を捜索に向かった雪室が制服やかばんを持って出てきた。
庭を捜索していた鈴代も見つけられなかったと黙ったまま首を振る。
簗瀬は動かなくなったサーバントの残骸に手を触れ微笑んでいた。
「あれ、その顔……」
足を引きずりながら近くを通りかかった杠が呟く。
「行方不明になってた子に似てませんか?」
「そうですの?」
簗瀬は微笑みながら残骸を撫でて名残惜しそうにその手を引いた。
「お互い無事でなにより、だな」
少し笑みを浮かべて久井は城崎に駆け寄る。
うん、と言葉少なく頷き、久井と手を繋いで歩き出す。
城崎は歩きながら童謡を口ずさみ、ぽつりと呟く。
「ここの世界は7つどし超えても連れて行かれるんねぇー」
久井は少しだけ繋いだ手に力をこめ、頷くのだった。