●
深夜、波の音と遠くを走る車の音だけが響いてくる大橋の上。
橋を遮る大扉の前で対峙する二組の集団を橋の灯りが煌々と照らし出す。
「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ……てか」
長大な白銀の槍を担いだ向坂 玲治(
ja6214)は目の前の大扉を見上げて、ひゅぅ、と低く口笛を吹く。
その大扉の下に佇む異形の集団に、千葉 真一(
ja0070)は呆れた様子で話しかける。
「と言うか、お前は何か橋に恨みでもあるのか?」
異形達の奥で絵筆を回していたジンはくすくすと面白そうに笑っている。
「性懲りも無くまたも姿を現すとは、よほど死にたいらしいな。望み通り傷一つ残さず消し去ってやるっ!」
蘇芳 更紗(
ja8374)はジンに向かって叫び、蒼い水を纏った布槍を顕現化する。
ジンは可笑しそうに笑ったまま、蘇芳に応える。
「僕が現れたんじゃないよ。おねーさんがやってきたんでしょ」
蘇芳に向けられた殺意にも動ぜずに笑うジンを見て、鷺谷 明(
ja0776)はウオッカを傾けていた手を止める。
「あっはっは、それは確かに」
唐突な笑い声に気勢を削がれた蘇芳は、踏み出しかけた足を止めて鷺谷を睨みつける。
だが、鷺谷はそれすらも楽しむ様子で笑ってウオッカを傾けるのだった。
「やあ、お久しぶりだねジン君」
ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)はリラックスした様子でジンに話しかける。
「その声、覚えてるよ。親切なおねーさん」
ジンはハルルカを見つめて、にっこりと笑って頷く。
「あ、でも僕殺されちゃうんだっけ……?」
絵筆の持ち手側を顎に当て、かくりと首を傾げる。
「ふふ、君が楽しく生きてるようで私は大体満足してしまったのだけれど」
とハルルカは大仰に肩をすくめて、仕事だからね、と溜息をついて見せる。
「あの天使は、キミに良い景色を見せてくれている、ようだな」
アスハ・A・R(
ja8432)はハルルカを『見た』ジンの楽しそうな様子を見て呟く。
「ふふ、これからだよ。ドラはもっと楽しい景色を見せてくれるんだ」
だから僕が頑張らないとね、とアスハの呟きを捉えたジンはもう一度筆をくるりと回す。
「そうか、そういう道を選んだんだね、君は」
片瀬 集(
jb3954)は一人頷く。
「凄い事だよ……そう思う人は、少ないだろうけど」
ジンは不思議そうに片瀬を見つめる。
「え、でも背中押してくれたのはおにーさんじゃない?」
片瀬は眩しそうにジンを見つめ、無言で首を振る。
「さてさて、会話は実に楽しいがそろそろお愉しみの時間ではないかな」
鷺谷がウオッカの瓶を仕舞い、古めかしい装飾の施された銃を肩に担ぐ。
「そうだな、こんな迷惑なものは早々に片付けるとしよう」
千葉がポーズを取ってアウルを高めると、『CHARGE UP』の声と共に黄金のアウルが鎧の様に身体を覆う。
「行くぞォッ!」
千葉の掛け声と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
●
「大切な誰かの為に……か」
想いを振り切るかの様に真っ先に駆け出した陽波 透次(
ja0280)を迎え撃つように剣人形が地面を足で抉りながら突っ込んでくる。
両刃の剣である腕を突き出し、陽波の身体を貫かんとする。
咄嗟の動きに反応が遅れた陽波は体勢を崩して貫かれたかに見えたが、スクールジャケットを目くらましにして難を逃れる。
「俺の相手はお前じゃないっ」
金色の光纏に覆われた日本刀にアウルを込め、真っ直ぐに突きだす。
突き出した先に飛んだ衝撃波は剣人形の身体を貫き、背後に居た飛鮫と雲型も貫いていく。
飛鮫は空中でのたうち、血をまき散らしながら陽波の横を通り過ぎ、後方から扉を狙撃していたアスハを突き飛ばす。
衝撃波を真正面から受け止めた雲型は、その衝撃により身体が歪み動かすことが出来なくなる。
「いきなり激しいね。傘ちゃんっ、反撃行くよっ」
ジンは陽波の攻撃で派手にやられたサーバントの様子を確認して、難を逃れた唐傘へ攻撃を命じる。
だが、唐傘は周囲を舞う妖蝶を追いかけるように、その場でクルクルと回っていた。
「銃から蝶々。面白いだろう?」
鷺谷が手にした銃の銃口をふっと吹くと、ひらひらと妖蝶が舞い散った。
「もう何やってるのさっ」
ジンは咄嗟に描き出したハリセンで唐傘をパシンと叩き、再び攻撃を命じる。
唐傘はクルクルと傘を回しながら、たくましい脚で地面を踏みしめ、ふわりと宙を飛ぶ。
その動きはゆっくりとしたように見えて、気が付けば陽波を飛び越え、駆け寄ってきていた撃退士達の傍まで一足で飛び跳ねた。
そのまま回転を上げた傘から、雨粒を飛ばすように雫を飛ばすと、雫が落ちた場所に小爆発を起こして撃退士達をけん制する。
片瀬は爆発の合間を縫うように唐傘の攻撃をかわし、千葉と向坂に向かってきた雫は向坂が緊急活性した盾で防ぐ。
「はんっ、癇癪玉っつうのは、やっぱり子供だな」
向坂は爆発に瞬間に緊急活性した盾を降ろして、嘯く。
「うわー、びくともしないなんて凄いね、おにーさん」
ジンは感心したように目を丸くさせるのだった。
●
「ゴウライパァァンチッ!」
ジンの注意が唐傘の方に向いている間に、爆発的な勢いで走り込んで来た千葉により、剣人形の身体が弾ける。
砂の様に周囲へ舞い散った剣人形の身体は、そのまま飛んでいきアスハが開けた扉の穴を埋める。
剣人形の身体は描きなおされたように穴が埋まっていく。
そして何事もなかったかのように千葉を切り付けるのだった。
「へへんっ。これで元通りだよ。うまいでしょ」
絵筆をくるりと回して腰のポーチに戻したジンが得意げな表情で自慢する。
「人の真似事をして笑うな化け物っ!」
戦いの中を駆け抜けて来た蘇芳が、嬉しそうなジンに向かって布に仕込んだ錘を投げつける。
ジンはポーチに丸めて入れていた紙を抜き取り、蘇芳に向かって広げる。
紙に描かれたレンガの壁が錘を受けて破れる。
「やっぱりレンガじゃ無理かぁ……」
破れた紙の後ろからジンが目を覗かせるのだった。
片瀬は千葉の援護をすべく、千葉の陰から黒と白、二つの槍を突き出す。
だが、剣人形に届く前に、目の前を遮った雲型により槍は弾かれる。
予想外の妨害に反応が遅れた片瀬は、雲に殴り飛ばされ橋の端まで吹っ飛ばされる。
「うん?ダイブの邪魔をしてしまったかね」
鷺谷は目の前に滑って来た片瀬を足で受け止め、アウルを片瀬に送り込んで治療を行う。
「面倒くさい相手だね」
片瀬は口にたまった血を吐き出して、飛び立っていく雲型を見上げる。
●
アスハを突き飛ばした飛鮫の上空から、黒い雨が降り注ぐ。
雨のような冥魔の力を纏い、ハルルカが大剣を構えて突き降ろしたのだった。
「苦労してるようだね、アスハ君。ここは私に任せたまえ」
大剣を振って飛鮫の血を払い落しながら、ハルルカはアスハに笑いかける。
「おらよぉっ」
ハルルカに橋に叩き付けられた飛鮫が再び宙に浮いたところで、向坂が身体ごと叩き付けるような大振りの一撃を振り下ろし、白銀の槍で飛鮫を再び叩き付ける。
「……問題無さそう、だな」
アスハは頷いて扉を見つめる。
扉との間には飛鮫、剣人形、唐傘が撃退士に囲まれて戦っている。
「近道、するか」
すっ、と静かに動いたように見えた次の瞬間、アスハは扉の前に立っていた。
そして振り被った腕には仄かに蒼焔を纏った布が巻き付けられており、殴りつけた扉は低い打撃音と共に揺れる。
「うわっ、何の音……!?」
振り返ったジンが見た物は、拳で黙々と扉を殴りつけるアスハの姿だった。
「そんな、殴って壊すなんて……雲ちゃんっ!戻って来てっ!」
慌てて雲型を呼び寄せるジンに向かって、距離を詰めた蘇芳が斧を振りかぶって切り付ける。
咄嗟に描いた鉄板をひしゃげさせながら、蘇芳はジンに向かって話しかける。
「人を捨てたものに人が持つ感性があるのか?人の生の上に胡坐をかいて良心の呵責もない屑に、元と同じ絵が描けると思っている事、実に哀れで滑稽だな」
蘇芳の言葉にジンはにっこりと悪意のない笑みを浮かべる。
「人と同じ感性じゃ、ゲイジュツは語れないさ、なんてね」
さらさらと空中に絵筆を走らせる。その色は赤。
蘇芳に自慢するように、頭上に燃え盛る火の玉を浮かべて、腕を振り下ろす。
「堪能してよ、僕の絵をさ」
火の玉は蘇芳の半身を焼きながら、その身体を跳ね飛ばす。
地面を転がり燃え移った火を消して、蘇芳は立ち上がる。
「描いた大望に絶望、その感情すらないだろうが。ハッ!貴様はただ無様にのた打ち回れ」
嘲笑しながら斧を振り上げる蘇芳に、ジンは驚いたように目を丸くする。
「感情を込めた絵ならおねーさんも倒れるのかな。試してみるよ」
素早く絵筆を動かすジンが描いたものは、蘇芳と全く同じ動きをする影。
蘇芳が振り下ろす斧は影を切り裂くが、同時に蘇芳も鎖骨を叩き割られる。
「ふふ、僕の絵がもっと上手くなれば止めまで刺せたのかな」
荒い息を繰り返してジンを睨みつける蘇芳に、ジンは明るい笑みを投げかけるのだった。
飛鮫を追って取って返した陽波の前に、向坂に叩き付けられた飛鮫が逃れてくる。
「逃がすと厄介だ、ここで決める……!」
闇を纏った金色のオーラに包まれ、陽波は無数の刺突を繰り返す。
徐々に上がっていく速度が限界を迎えた、と見えた時、一段と踏み込みを深くとった陽波がすべての勢いを上回る速度で突きを放つ。
その一撃を受けた飛鮫は、身体を震わせて、やがて地面へと力なく落ちていく。
「よし、まずは一匹か」
向坂は頷いて、次の敵の元へと駆け出すのだった。
千葉の強力なパンチに、剣人形は再び体に大穴を開けぐらりと揺れる。
だが、飛び散った体はさらさらと元に戻ろうとする。
「……ちょっと止めてみても良いかな」
片瀬は懐から取り出した黒い符をアウルで燃やし、塵を操って空中に文字らしきものを描き、同時にアウルで描いた術式陣に文字を組み込む。
燃え盛る陣から黒い茨が飛び出し、剣人形を縛りつける。
茨に触れた部分から剣人形は徐々に石化し、飛び散っていた破片は戻る場所を失って霧散する。
「再生するなら、固めれば良い」
一陣の風が吹き抜けた後には、腹に大穴を開け傾いだ彫像だけが今にも崩れ落ちそうに佇んでいた。
●
鷺谷は退屈を覚えた。
乱戦となった橋の上で、遠距離から銃を放っている鷺谷の周りは比較的静かだった。
「ふむ、あちらの方が楽しそうだ」
ゆらりと散歩をするように乱戦の最中へと歩み寄る。
唐傘の無差別爆撃は注意深く避けられ、撃退士達に決定的な損害を与えられていなかった。
それどころか石化した剣人形を打ち砕き、完全に塵へと変えていた。
更に威力を増そうと、橋を蹴り高く飛び立とうとしたところで、脚を引っ張られてガクンと揺れる。
「爆弾が降る日に傘も差さないなんてね」
鷺谷は唐傘の脚を片手で掴み、反対側の手に持った銃を頭上へ向ける。
唐傘は抗うように更に傘の回転を速くして爆弾を振りまくが、真下に居る鷺谷には当てる事が出来ない。
「静かにしたまえ」
銃弾を内側から撃ち込まれた唐傘は、外側に膨れ上がるように変形し、ぽんっと音を立てて破れる。
そこへ傘から放たれる爆弾を盾で遮りながら、向坂が飛び込んでくる。
「煩ぇぞ、破れ傘野郎っ」
力任せに叩き付けられる槍は、鷺谷の手から唐傘を奪い取る。
「ゴウライ、バスターキィィック!」
力を溜め、太陽の様に輝きを増した千葉の蹴りに、空中で体勢を立て直そうとしていた唐傘は爆発するように弾け飛のだった。
「あぁ、壊れてしまったな」
それもまた愉しい、と鷺谷は傘を引っこ抜かれた手をさすりつつ、前を向き直る。
「せっかく描いたものを具現化出来るんだからもっと面白い物を描いてみたまえよ」
鷺谷はジンに具体的な話をしようと歩き出したところで、目の前に蘇芳が片膝をついて蹲っていた事に気が付く。
「おやおや、戦場では元気を出したまえ」
鷺谷はアウルを凝縮した塗り薬を、蘇芳の傷跡へ塗り込む。
「む、すまん。油断したつもりはないが……化け物めっ!」
蘇芳は間合いから離れたジンに向かってショットガンを放つ。
「痛っ!……もう、みんなだらしないなぁ」
ジンは今までになく大きく、素早く絵筆を動かしていく。
「一人ずつなんてやってたら面倒だから、一気に片付けちゃうねっ」
ジンが描いたのは、空から落ちる火の玉の流星群。
「派手な見た目の割には軽いじゃねぇか」
向坂は呼び出した盾で仲間を庇い、火の玉を受け止め、陽波は全力で橋を戻り範囲から脱出する。
「……軽い、な」
アスハはちらと振り返って仲間の様子を確認し、扉に向き直って拳を振り上げる。
何度も打ち付けた拳の痕が扉にヒビを入れている。
更に一撃、と扉を叩いた瞬間を狙うように、火の玉の間を縫うように飛んできた雲型に突き上げられるように吹っ飛ばされる。
「クッ……」
橋から飛び出したアスハは一瞬唇を噛みしめ、橋を振り返る。
その瞬間、仲間と目があった。
「ハルルカウィィングッ!」
落下していくアスハの声が当たりに響き渡る。
「仕方ないね、お任せあれ」
言葉と共に風を切ってハルルカは飛ぶ。
アスハが真っ黒な夜の海に落ちる寸前、海面を蹴る様にV字に空へと昇っていく。
その背を翼を広げたハルルカがしっかりと掴んでいた。
「遊んでるのかい、君は」
ハルルカが面白そうにアスハに問いかけるが、アスハは扉の裏側を指さす。
「あそこへ……いけるか?」
ハルルカはくすり、と笑い「お任せあれ」と告げるのだった。
扉の前ではジンと雲型への撃退士達の攻撃か苛烈さを増していた。
ジンは防戦一方となる中、身をかわしながら大きな絵を描いている。
雲型はそんなジンを守る様に近づこうとする撃退士へ攻撃を繰り出す。
激しさを増して行く戦いの中、ガチャ、と軽い音が鳴り響き扉が開く。
「なるほど……こちらから開く、のか」
扉の後ろにはアスハとハルルカが姿を現す。
「だが壊して置いたほうが良いよなっ!ゴウライ、流星閃光キィィィィック!!」
じっと力を溜めていた千葉が炎のアウルを後ろに噴出しながら飛び込んでくる。
その凄まじい威力の籠った蹴りは、扉を蹴倒し、粉砕する。
「あぁ、壊されちゃった……ま、仕方ないね。帰るよっ!雲ちゃんっ!」
ジンは粉々になった扉に溜息をついて、橋から飛び出そうと走り出す。
「あ、せっかくだから受け取ってよ」
ジンが描いていたのは大きな古時計にあるような、巨大な振り子だった。
橋と並行に振られるその巨大な振り子は、撃退士達を弾いて飛んでいく。
ジンを追っていて逃げそびれた片瀬はまともに受けて橋の外へと飛ばされる。
片瀬が空中で印を結ぶと、虚空に鳳凰が現れる。
「ごめんね、後で毛づくろいしてあげるから」
現れた鳳凰を足場に橋の上へと復帰するが、そこには既にジンとサーバントの姿は無くなっているのだった。