●
いつの間にか薄らとたなびいた霧の中に石段が伸びている。
視界が悪くなるほどではないが、周囲を囲む森の様子も相まって幻想的な光景が視界を覆う。
その石段に立ち塞がる時代がかった洋風の鉄鎧に身を包む人影が、更に風景を絵のように思わせる。
撃退士達は石段に立ち塞がる鉄鎧を見上げて短く打ち合わせをかわす。
鉄鎧は眼下に集まった撃退士達を見つけ、持っていた盾を石段に叩き付けて音を立て、注目を集める。
「そこに見えるのは噂に聞く撃退士と見える!我は白焔のアセナスが従士、キアーラ!ここで会った運命にぁっ、きゃぁっ!」
「話が長い」
高らかに名乗りを上げるキアーラに向かって、田村 ケイ(
ja0582)は金色に輝く銃を構え引き金を引く。
銃弾は鉄鎧に着弾すると共に弾け散るが、飛び散った破片が付着した部分から白い煙が立ち上る。
「おのれ名乗りの途中で、けほっ、攻撃するとは、けほっ、な、何だこの煙はっ!?」
ぱたぱたと煙を上げる鎧を払うが、徐々に腐食は広がっていく。
「わざわざ名乗ってくれるたぁ、随分律儀な御性格で」
慌てた様子のキアーラを見上げて、百目鬼 揺籠(
jb8361)はくすりと笑ってアウルを纏わせた布を広げる。
風に煽られるように広がった布は、天使の持つ翼のように百目鬼に絡みつき、その身体を宙へと浮上させる。
「さあて、仕事でさぁ。しっかりと働いてきなせぇ」
百目鬼は飛び去り際に、古くからの友人である尼ケ辻 夏藍(
jb4509)の肩を叩いていく。
「私が仕事とはね……。帰ったらしっかりと充電しなければならないね」
手の届かない場所へと飛び去った百目鬼を睨んで、ふん、と吐息を漏らし、尼ヶ辻もまた翼を広げる。
「情熱的な事だね。その熱さ、吉とでるか、凶と出るか」
悪戯めいた笑みを浮かべて、尼ヶ辻は森に溶け込む様に姿を消す。
「あっ、私も行くよっ。神社って人間の信仰対象が祀られてるトコロ?ちょっと興味あるかもっ」
草薙 タマモ(
jb4234)は光輝く翼を顕現させる。
ちら、と石段を見上げて迷った様子を見せていたが、百目鬼を追って草薙も空へと舞い上がる。
Viena・S・Tola(
jb2720)はキアーラの側に漂う炎蝶に目を止める。
「あれは焔の蝶……。観察の為に……?或いは……」
思考を巡らせながらも、Vienaもまた空へと舞い上がる。
「石段に立ち塞がるのは……進ませたくない何かが……理由があるのでしょうか……」
Vienaの瞳はじっと鉄鎧を見つめる。
その全てを見通すことが出来るかのように。
「まだ!けほっ、私の話は終わってないっ!」
次々と飛び立っていく撃退士達に、キアーラは苛立ちの声を上げる。
「のんびり話をしてるとは余裕だね」
鈴代 征治(
ja1305)がロザリオから放った光の爪はキアーラの隣に控える牛鬼の頬を抉る。
「さあ、僕が相手になろう!掛かって来い!」
アウルを込めた挑発に、頬を抉られた牛鬼は雄叫びを上げて石段を駆け下りてくる。
「うわわっ、始まっちゃった。遠山君、援護お願いねっ」
北村と遠山も戦闘態勢に入り、鈴代の後ろから石段を駆け上がっていく。
「ふっ……、私の話は誰も聞かないと言うことか……。良いだろう!私を怒らせた事を後悔するが良いっ」
キアーラはふるふると小刻みに震えていたが、地面に叩き付けた勢いで半ば埋まっていた盾を抜き取る。
そして、前を走る牛鬼を追いかけ、石段を滑り落ちるようにして鈴代に向かって駆け出すのだった。
●
鈴代目掛けて駆け寄ってきた牛鬼は勢いのままメイスを振り下ろす。
だが、肩口に田村が放った銃弾を受け、鎧が溶けだした事に一瞬の動揺が生まれる。
その隙に鈴代はワイヤーを緊急活性させ、火花を散らしながらメイスを受け流す。
わずかに鈴代の二の腕を掠めたメイスは石段を叩き、石段の破片を周囲にまき散らす。
北村は体勢を崩した牛鬼目掛けて剣を振るうが、盾で弾かれてしまう。
戦いが始まった石段の上空を、Vienaは滑るように飛んでいく。
「いずれにしろ……排除しておくに越したことはありませんね……」
キアーラの頭上を越え様に、アウルに依る氷の刃を飛ばし炎蝶を打ち倒す。
「くっ、気づかれていたか!」
石段を駆け下りながら、炎蝶が打ち倒されたことにキアーラは舌打ちをする。
気が逸れた一瞬の間を縫うように、鈴代の構える槍がキアーラに突き出される。
腐食し、脆くなった鎧を貫かれたキアーラは、ぐぅ、と喉の奥で呻きを押し殺して勢いを緩めずにメイスを振り下ろす。
「はぁっ!」
鈴代はメイスを避けもせずに、再び槍を突き出す。
「むぐっ……その覚悟、見事!」
キアーラは、鈴代の覚悟の一撃を受け距離を開けて立て直しを図る。
キアーラの一撃をカウンターで退けた鈴代は、周囲に張り巡らせたワイヤーで死角を塞ぎ、頬を抉られた牛鬼と、さらに後ろから迫ってきた牛鬼の一撃を槍で捌く。
「初めましてっ!キアーラさんっ!」
視界外から声をかけられ、キアーラは咄嗟に防御姿勢を取り、周囲を窺う。
身を屈めるキアーラの頭上を越え、草薙は石段の上段へと舞い降り、ビシッと符を突きつける。
「私は草薙タマモ!正々堂々!正々堂々っ!と戦いましょう!」
正面の鈴代のプレッシャーに注意を払っていたキアーラは、上段に陣取ったタマモの放つ雷撃を背中に受け、予想外の位置からの攻撃によろめく。
「せ、正々堂々……なのか!?」
草薙の堂々とした物言いに戸惑いを覚え、キアーラは思わず呟くのだった。
残る一体の牛鬼は少しで遅れた事で、鈴代のプレッシャーからは免れていた。
そのため、頭上を飛びすぎるVienaの姿を捉え、メイスを構えたまま跳躍の体勢に入る。
『……暫し時は停止する』
正に上空へと飛び上がろうとした瞬間、Vienaがアウルを込めた呪いを完成させる。
牛鬼は力を込めた膝が固まっている事に気づく間もなく、全身が灰のように石化していたのだった。
●
左右に分かれて森を進んでいた百目鬼と尼ヶ辻は、石段の上の広場で同時に森を抜ける。
「ここには敵は居無さそうですねぇ」
広場とは言え一目で見渡せる程度の広さ、唯一視界を遮るのは小さな社殿のみ。
「いや、あそこに敵が潜んでるかも知れないよ。大仕事だね、私に任せて百目鬼君は石段へ向かうと良い」
微笑みを浮かべて軽やかに石段を指し示す尼ヶ辻に、百目鬼は頬をひきつらせて笑みを浮かべる。
「ええ、取決め通りですがねぇ。俺の方が危険じゃねぇですかぃ?」
ブツブツと言いながらも石段へと向かう百目鬼とすれ違うようにVienaが広場へと現れる。
「周囲の森……この子に警戒させましょう……」
呼び出した鳳凰の首に通信機をぶら下げ、上空を旋回させる。
「では……探しましょう……」
Vienaの言葉に、尼ヶ辻は先ほどの笑みの余韻を僅かにも漂わせることなく真剣な表情で社殿へと足を運ぶのだった。
●
石段ではキアーラと鈴代が激しく打ち合っていた。
どちらも互いの攻撃を盾で逸らしつつ、決定打を与える事が出来ずに攻防を繰り広げる。
鈴代の鋭い突きを盾で逸らしたキアーラがメイスについた鉄球を振り回し、勢いをつけて振り下ろすが、緊急活性されたワイヤーで角度が変えられて芯を捉えられずにかすり傷だけが重なっていく。
「加勢しやすぜっ!喰らいなせえっ!」
石段を滑空して飛び降りて来た百目鬼が、脚に纏った紫のアウルの炎で軌跡を描きながら一回転し、咆哮と共にキアーラの隣でメイスを振りかぶった牛鬼に、鉄を仕込んだ下駄を叩き込む。
派手な金属音に動きを止めたキアーラは、ギギギ、と軋む音を立ててゆっくりと振り向く。
「後ろからちょろちょろと……!先に貴様等から成敗してくれるっ」
キアーラの言葉と共に、鈴代を狙っていた牛鬼は百目鬼に狙いを変えてメイスの先の鉄球を大振りに振り回す。
「百目鬼のにーさんっ!」
草薙は九尾のアウルを浮かび上がらせ、煙の輪を牛鬼に向かって放つ。
煙に取り囲まれた牛鬼は、その姿を石へと変えていく。
前後を撃退士に囲まれ、2体の牛鬼を石に変えられてしまったキアーラは、盾を石段に突き立てると、大きく息を吸い込んで叱咤する。
「我らは!焔劫の騎士団である!名を汚すな!気合を入れろ!」
『ヌモー!!!』
ビリビリと空気を振動させるキアーラの叫び声に呼応するように、石化していたはずの牛鬼が、パリパリと表面にヒビを走らせて遠吠えを上げる。
鎧を腐敗させていた白煙も弾かれるように消え失せ、頬を抉られていたはずの牛鬼の傷も血が止まっている。
「そうだ!気合を入れろ!そうすれば我らは不滅だ!」
『ヌモー!!!』
血は止まったとは言え傷が埋まったわけではないのだが、牛鬼達は息を吹き返したように、勢いを盛り返す。
「何で腐食まで止まってるのよ……」
田村はキアーラの気合いにより鎧を溶かしていた白煙が消えた事に気づいて舌打ちをする。
百目鬼に向かってキアーラがメイスを突き上げた瞬間に、田村が放った銃弾がメイスの先を弾き、僅かに軌道を逸らす。
「ありがてぇ、信じてやしたよっ」
紙一重で避けた百目鬼は、そのまま空中でくるりと回転し、石化を解いて動き出した牛鬼に向かって鋭い回し蹴りを放つ。
「今ですねっ!」
牛鬼の片方の角がスパッと切り飛ばされ、動揺する牛鬼に草薙が生み出した蛇の幻影が毒を送り込む。
苦痛の叫びを上げながらもメイスを振り回す牛鬼だったが、一撃離脱で距離を取った百目鬼にかわされる。
「余所見は禁物だなっ」
下段からの鈴代の声に、百目鬼の動きを目で追っていたキアーラは、斜め下に向けた盾の後ろに身を隠すようにして背後を振り返る。
「貰ったっ!」
下段に注意を向けさせ、跳躍することでがら空きになった頭部へ槍を突き放つ。
かぁぁんっ、と小気味よい音を響かせて鉄兜が転がり落ちていく。
のけ反ったキアーラの頭部からふぁさと金色の光が零れ落ちる。
兜の下から現れたのは長い金色の髪を眉の上で切りそろえた、青い目をした女性の顔だった。
「私の兜を奪うとは……!」
憤りと称賛の入り混じった眼差しで鈴代を睨みつけた時、「ピィー」と鳳凰の鳴き声が広場の上空から木霊の様に溢れ出した。
●
「敵を見つけたようです……神社の中ですね……」
社殿の裏側に回っていた鳳凰が鳴き声を上げて社殿の上で旋回を繰り返す。
「ふむ、不意打ちを受けるよりも先に仕掛けようか」
Vienaの言葉に、尼ヶ辻は慎重に社殿の扉へと近づいていく。
扉の正面に立たないように、扉に手をかけ一気に開く。
狭い社殿の中には少量の荷物があるだけで、何も居なかった。
「どこかに隠れてい……」
半身になって社殿の中を覗き込んだ尼ヶ辻に向かって、奥に置いてあった衝立から弓を持った牛鬼が2体飛び出し、矢を射掛ける。
尼ヶ辻は咄嗟に後ろへと転がるが、天と魔のアウルは互いに引きつけ合う。
2矢を右肩と右太ももに受けた尼ヶ辻は、すぐさま中空に五芒星を描いて敵が飛び出してくるのを遮る。
その間にも矢は吸い込まれるように尼ヶ辻を貫いていく。
「良いだろう、私と踊りたいんだね」
腕に巻いたボロボロの巻布で印を描き、数本の剣を宙に呼び出す。
尼ヶ辻の合図で剣が2体の牛鬼に向かって飛んでいき、牛鬼は踊っているかのように翻弄される。
剣が消えると共に、Vienaのアウルにより一体の牛鬼が灰色に染まり、牛鬼は動きを止める。
だが、残る一体が苦し紛れに放った矢が尼ヶ辻の鳩尾に突き刺さり、尼ヶ辻は崩れ落ちるように昏倒する。
●
鳳凰の鳴き声が響き渡った瞬間に、百目鬼は目の前の敵を放棄して広場へ向かって宙を駆ける。
「わっ、ちょっと待ってよっ」
草薙も一歩出遅れながら百目鬼の後を追って飛んでいく。
その様子を見てキアーラは叫ぶ。
「今のうちに離脱するっ!ここは命を懸けるべき戦場ではないっ!生き抜けっ!」
百目鬼の後を追うように石段を駆け上がり出すキアーラと2体の牛鬼。
「逃がすかっ!」
キアーラに追いすがって突き出された鈴代の槍を、残る一体の牛鬼が体で遮る。
深く突き刺さった槍を掴み、立ち塞がる牛鬼。
「邪魔だっ」
止めを刺そうと銃を向ける田村だったが、遠山に押しのけられ狙いを外す。
「ちょっと、何を……」
遠山が構えた盾に矢を突き立てて、石段の下を睨みつけていた。
「すみません、こっちは僕が押さえます!田村さんは追いかけてくださいっ」
遠山の言葉に、田村はちらっと下段の牛鬼と遠山を見比べ、小さく頷く。
「わかった、ここは任せるわっ」
再び構えた銃で鈴代の槍を掴む牛鬼を狙う。
「邪魔はさせないわ……私達はここで止まるわけには行かないの」
背後で鳴り響く銃声にも、キアーラは振り返ることなく広場を目指す。
噛みしめた唇から血を滲ませながらも、真っ直ぐに前を見つめるのだった。
●
「尼サンっ!」
崩れ落ちる尼ヶ辻を目にして、百目鬼は風を切って駆けより、社殿から出て来た牛鬼に飛び蹴りを放つ。
よろめいた牛鬼に草薙が煙の輪を放ち、牛鬼は動きを止めたのだった。
「遅かったか……!」
石段を駆け上がってきたキアーラは戦いが終わった広場の様子に天を仰ぐ。
現れたキアーラに撃退士達が身構え、再び緊迫した空気が流れる中、社殿の壁を突き破ってVienaが飛び出してきた。
その奥から石化したはずの牛鬼が弓に矢を番えて歩きでてくる。
社殿を調べようと中へ入っていたVienaだったが、牛鬼の石化が解けた事を察知して最短距離で外へと飛び出してきたのだった。
「よし、生きてるな!散れ!生きていればまた会おう!」
キアーラは牛鬼達に指示を出すと、立ち上がろうとしているVienaを打ち据える。
そのまま、草薙が放つ雷撃を盾で受け止めながら、石化した牛鬼を担いで森へと飛び込んでいった。
動ける牛鬼達も、それぞれ違う方向へ散り、森の奥へと消えて行ったのだった。
●
「一体は取り逃がしましたが……こちらも終わったようですね?」
牛鬼を仕留めた鈴代が広場へ上がって来たときには全て終わった後だった。
「社殿の奥に……これが……」
Vienaが手に持っていたのは、一枚の地図だった。
この周辺の地図の上に、神社を中心にいくつもの×印がつけられていた。
「何かを探していた様に見えますねぇ」
尼ヶ辻も大事がない事を確認した百目鬼が地図を覗き込んで呟く。
「まさか道に迷ってたりしてね」
草薙が冗談のように口にした言葉に、周囲の空気が固まる。
「まさか、ね……」
田村が呟いた言葉に混じった溜息が、それもあり得る、という気持ちを雄弁に語っていた。
甲高い鳴き声と共に戻って来た鳳凰を見上げて、北村は疲れの滲んだ声で提案する。
「ここには枝門は無さそうね……帰ろっか?」
その言葉に、意識を取り戻した尼ヶ辻が答えるのだった。
「帰ろう。そして充電しなければね」