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マスター:monel
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/12


みんなの思い出



オープニング



 始まりは悪魔大公爵メフィストフェレスの興味から。
 調べられる者をと集いかけられ、集ったメイドで彼等を見つめた。
 撃退士。
 人類側の盾と剣。唯一、天魔に対抗し続ける力持つ者。
 その日常生活を、戦いを、思いを、言葉を、見つめ、集め、届け、触れ、まるで恋する乙女のように見続けてきた。
 もっと、を望んだのは誰だったか。
 終りある時を感じながら、ゲートを開き、招いたのも任務に差し挟むべきではない思いが心に生まれたから。
 どうか、次の階梯に。
 どうか、私達と同じステージに。


 貴方達の力を、世界に、数多の天魔に、大いなる存在に示してと願って。





 最後の戦いを。
 その日に向け集まった娘達に、女は微笑む。
 二回のゲート戦。戦いの余韻はそれぞれの胸に。
「彼らも、私ほどじゃないけど、それなりに強いのね」
 変わらぬ静かな表情の中、瞳の輝きがルクーナの気持ちを表している。
「次は『金色』でいくわ」
 もっと、もっと楽しみを。そのためなら、少しの負荷等かまいはしない。
「そうですね、彼らは強い、ふふふ、本当に強いですわね」
 淑やかに頷き、シェリルは艶やかな赤毛を揺らす。楽しかった『稽古』。ああ、けれどあれは自分の負けにカウントされるべきもの。ピクリと震えた手を逆の手で包み込む。
「今度は全力の私を堪能して頂きますわ」
 珍しくにんまりとした笑みを浮かべる少女の横で、リロ・ロロイは呟いた。
「彼らは約束したからね」
 いつもならここは「仕事だから」。けれど口をついて出た声はそんな言葉。
「最後まで、ボクの時間を奪ってもらうよ」
 紫水晶のような瞳が僅かに細まる。珍しいと女が思ったのは、それが微笑の範囲だと知っているから。
「あたしは、大好きだからこそ本気で戦いたいです」
 お帰りなさい、と。女に迎えられたエメは銀のツインテールを揺らし満面に笑みを湛える。輝く瞳は、今此処にいない人達を思うが故か。
「またあの眩しい人たちが見られると思うと……ドキドキするんです」
 ピンと立った黒い狐耳を撫でると擽ったそうに笑む。その胸の内に、複雑な思いもまた抱えているだろうに。
「あたしも裏方じゃなくて遊びたいのですよ」
 ヴィオレットがしょんぼりと呟いた。ここに居ない他の仲間と共に準備に奔走していた為、近くで見ることも殆ど出来なかったのが寂しいのだ。
 その小さな体を抱き上げ、女――マリアンヌは微笑んだ。
「ふふ。いつか――そう、いつか、『一緒に』戦えれば、素敵ですわね」
 その言葉は何にかけた言葉なのか。口を尖らすヴィオレットの眼差しの先、マリアンヌはただ微笑む。
 ずっと見つめていた。次の動きを、思いを、考えを、先の未来を予測しながらずっとずっと。

 それはまるで恋のよう。

「さぁ、行きましょう」
 


 時が近づいている。
 気づき、娘は口元に微笑を浮かべる。
「横に並べないのは少し少し残念ですが、後悔はしてないですよ?」
 傍らの女はただ静かに見つめるばかり。
「だって、一番傍で彼らを見れるじゃないですか」
 好きだから去った人。
 好きだから残った人。
 見る場所が違うことで、きっと見えるものも違ってくるだろう。
 かつて命じられた任務の通りに。
 氷の眼差しを持つ女は小さく息をつく。冷然とした表情は変わらねど、頭を撫でる手は優しい。
「したいことがあるのなら、動きなさい。これが、最後の機会になる可能性もあるのですから」
 氷のような声。その内側にどんな感情があるのか、誰も読み取れないほどに。
「責任は私がとります」


 ――その『時』はもうすぐ。





 そっと傷の閉じた腹部をさする。
 確かにそこにあった傷は跡形も無く消えていた。
 それが、そのことが、ただただ残念でならないように、ゆっくりと指を這わせる。
 あの痛みが生み出す狂熱を思い出し、ひそかに頬を染める。
「このような想いは久しぶりですわ……。 うふ、これほどまでに力があるとは思いませんでした。私だけではもてなしが足りないかもしれませんわね」
 シェリルは微笑みを浮かべる。
「次は最上のもてなしにしなくてはいけませんわ」
 狂熱を分かち合い、ぶつけ合う。
 まだ見ぬ来客は喜んでくれるに違いない。
「その時は私も……」
 にんまりと広がる笑みを手で覆い隠し、いそいそと姿を消していった。





「いらっしゃいませ」
 ずらりと並ぶメイド一同に揃って礼をされ、並んだ撃退士側は複雑な表情になった。
 人質の無いゲート。けれど無視するには強大すぎる悪魔達。
 学園が誘いに乗るのを了承したのは、彼女達の動きが学園にとっても利となる可能性が高まったから。

 即ち、――撃退士の威を、大公爵に認めさせる為に。

 何人かがこちらに微笑み、円陣を組む。かつて二回、見てきたのと同様に。
「これが、私達が直接お会いできる最後となるかもしれません。……どのような結果が出たとしても」
 ただ一人、亜麻色の髪のメイドだけが最初の位置で微笑む。穏やかな笑みの中に、寂しさを感じるのは何故か。
「せめて、最高の舞台を皆様に」
 集い円を成して唱和するメイド達。亜麻色のメイド――マリアンヌもまた、その中に加わる。
 告げる言葉のかわりに、ふと、今まで聞けなかった歌が聞こえた。


 闇宿りし手にて編み綴る
 時閉じ込めたる永遠の柩
 深き眠りは遍く天地を満たし 
 空の天蓋 打ち砕きたる


 空間が震えるのを感じた。周囲の温度が一気に冷える。
「これは……」
 音をたててメイド達の足元が凍りつき始める。編まれる強大な魔力の方陣。一つでも二つでも無い、重なり、繋がり、爆発的に力を増していく同種の力。


 時は空を編みて間を作り
 間は別れ出でて界を作りたる
 地の臥榻 これを支え
 以て世界に軛を与えたり


 メイド達が唱和する。
 手に持ったカードが光る。
 世界が閉ざされるのを感じた。圧倒的な力と質量が具現化する。



 我ら氷結の徒の名の元に

 時よ止まれ



『Verweile doch, du bist so schoen』



 急激な揺れに足が浮いた。倒れ、飛び起き、人々は気づく。
 音をたてて形成される壁。光輝く氷のシャンデリア。煌く階段。何人もが腕を伸ばさなくてはならないような円柱。先の氷の塔すら上回る規模の氷の建造物。
「氷の……城」

 




 シェリルの招待状――紅い背景に緑の瞳が描かれたカード――を持っていた撃退士達は、氷の壁から差し込む穏やかな陽の光に照らされた広間に転送された。

「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたわ」

 明るく照らされた広い部屋にはボブカットの赤髪をさらりと揺らし、スカートをちょんと摘まんでお辞儀をするメイドの姿が見える。

「本日は侍女もおりますので紹介いたしますわ」

 シェリルが片手で指し示すと同じようにメイドの格好をした二足歩行の子猫がたどたどしくお辞儀をする。
 茶色と白のまだら模様の子猫は釣竿の先に丸い綿をつけたような長い棒を持ち、白猫のような子猫は巨大な日傘を持っている。

「皆様をおもてなし出来るのもこれが最後、存分にお愉しみください」

 にこりと笑って床に置いていた巨大な戦斧を持ち上げる。
 くるり、と柄を持って戦斧を回転させ、両手を後ろにまわして戦斧を隠すように持つと、恥じらうように小首を傾げて見せる。

「どうやって愉しんで頂こうかと考えまして、今回は拙いながらも私から『ルール』を用意させて頂きましたわ」

 くすりと笑って、シェリルはルールの説明を始めるのだった。


リプレイ本文


 穏やかな陽射しが氷の広間を照らす。
 静かな風景の中、ルールについて説明するシェリルを前に撃退士達は準備を進める。

 月詠 神削(ja5265)は見えない場所に潜めたヒヒイロカネの感触を確かめながら、シェリルを見つめる。
 一度遭遇した際には怪我が原因で充分に力を発揮できなかった。
 ぎゅっと手を握り、全力を出せる事を確かめる。

 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、シェリルの語るルールに頷きながらトランプを指の上でクルクルと回す。
「僕はどんなルールでも問題ありませんよ。前回の続きと行きましょう」
 唐突に終わった、終えられてしまった。まだダンスは終わらない。
「勝利の果実は自分の手でもぎ取るものですからね」
 パシッ、とカードを止めて、エイルズレトラは身構える。

「そういうルールなのね……もちろん受けて立つわ」
 美しい銃を片手にケイ・リヒャルト(ja0004)は妖しい微笑みを浮かべる。
 鋭さを潜めた瞳に艶やかな黒髪がはらりと降りかかり、そっと掻き揚げると鮮やかな紫の髪飾りがきらりと光る。

「今度は全力、か。戦いは正直言って面倒だが……」
 黒夜は言葉の合間に溜息をついて、力を抜く。
「最後まで楽しもうか、シェリル」
 じっとシェリルを見つめる右目の輝きは、しっかりとシェリルを捉えて離さない。

 嶺 光太郎(jb8405)はルールを説明するシェリルをぼんやりと眺め、これまでの戦いに思いを馳せる。
「何だかんだで3回目か……」
 シェリルが暴れまわる姿を思い出し、うーん、と唸って頭をぽりぽりと掻く。
「ま、いつも通りちまちまやらせてもらうぜ」
 考えても仕方ない、と気持ちを切り替える。

 きょろきょろと部屋の様子を眺めているのはRobin redbreast(jb2203)。
 身を隠すための障害物が少ない広間を見つめ、床を足でそっとつつく。
「大きく壊すのは……時間がかかりそうかな」
 あどけない顔をかくりと傾げ、人形のように感情を見せない瞳を巡らせる。

「ぬっ!あれはっ!」
 その姿を見た瞬間、ラグナ・グラウシード(ja3538)は雷が落ちたかのように心臓が跳ね上がるのを感じる。
 ふかふかとしたその姿、やわらかそうな肉球で必死に杖や傘を支える健気な姿、ヘッドセットが気になるのかひょこひょこと動く小さな耳。
 心奪われたラグナは目と口を見開いてふるふると震える。

 シェリルの話も終わり、只野黒子(ja0049)はルールとメイド達の特性を頭に叩き込む。
 何を狙い、どこに重きを置くか、仲間の動きは、その際に取るべき手段は……。
 考えるべき事は沢山あるが、戦いの火蓋が落とされるのは間近。
 只野は黙って思考を重ねる。



「では始めましょう」
 説明を終えたシェリルは目を細めてにんまりと笑い、真っ直ぐに突っ込んで来る。
 目前に迫るシェリルを静かに見つめ、エイルズレトラは微笑みを浮かべる。
「か弱い僕は、強い貴女に触れられただけで壊れてしまう。でも……」
 空気を断ち割りながら唸りを上げる戦斧を半身になってかわし、具現化した無数のカードをシェリルへ向かって放つ。
「触れられなければどうということもありません」
 シェリルは戦斧を振った勢いのままエイルズレトラの背後まで走り抜け、纏わりつくカードを振り払う。
「僕は貴女を打倒します」
 次のカードを手にするエイルズレトラを目にして、シェリルはくすりと笑う。

 シェリルが突っ込んで来たのを合図に撃退士達は走り出す。
 月詠はシェリルの背後に控える日傘を持った白猫に向かって腕を振るう。
 危険を察知した白猫は月詠に向かって日傘を突き出し、見えない攻撃に備える。
「狙い通りだ」
 傘に向けてすくい上げるようにアウルを込めたワイヤーを振り抜く。
 切るのではなく、打つ事を意識してワイヤーを束ね、傘ごと白猫を後方へと弾き飛ばす。
 慌てて持ち場に戻ろうとする白猫に向かって、2方向から銃弾が迫る。
 後方に回り込んだケイの銃弾を傘で弾くが、その背中に只野が放った銃弾が撃ち込まれる。
「二ャッ!?」
 肩を抉る痛みと、傘から立ち上る酸の煙に白猫は驚きの声を上げるのだった。

 白猫の後ろに隠れるように小さくなっていた茶白猫は、突然目の前から白猫が消えたのに驚き、杖をぎゅっと肉球で挟む。
 横に飛ばされた白猫の傘から白煙が上がるのに気づき、慌てて綿玉で傘を叩いて煙を消す。
「やっぱり邪魔だな、それ」
 その様子に黒夜は霊符を握りしめ、炎の刃を生み出す。
 茶白猫は炎の刃に身を焦がされ、慌てて体を丸くする。
「はあああこねこたんかぁいいお!」
 ラグナが目にハートマークを浮かべて茶白猫に駆け寄っていく。
 その周囲には目から血を流し世のリア充への呪詛を振りまく7人の幻影騎士が取り囲む。
 はちきれんばかりの胸筋を大きく広げて駆け寄るラグナと幻影騎士の姿に、茶白猫は怯えたように固まるのだった。


 月詠は混乱から立ち直った白猫に向かって、先ほどの光景を焼き増しするように腕を振るう。
 白猫は今度こそ弾かれまい、と重心を低くして傘を構える。
「それも……予測済みだぜ」
 振り抜く腕の動きは同じ、ただ一点、ワイヤーが傘に纏わりつくように広がった事だけが先ほどと異なる点だった。
 ワイヤーは傘を切り裂こうとするが、簡単には切り裂けない。
 必然、ワイヤーは傘に絡まり、白猫は傘を自由に動かせなくなる。
 拮抗する月詠と白猫。
 その白猫の身体を縛るように金色の鞭が巻き付けられる。
「子猫ちゃんは玩具を置いてこっちへいらっしゃい」
 紅い唇をしっとりと舐めて、ケイは鞭を引き絞る。
 傘と身体を正反対に引っ張られながらも、白猫は床に爪を立てて必死に粘る。
 じっと耐える白猫だったが、ふっと周囲を闇が覆う。
「少しでも重心が崩れたら、簡単に転びそうかな」
 気配を消して迫っていたRobinにより、闇を突っ切るように無数の氷の刃が白猫の足元を突っ切る。
「にゃ、にゃーっ!」
 見えない攻撃により足元をすくわれ、バランスを崩した白猫は鞭に引っ張られてケイの元へ、くるくると巻き取られる。
 独楽のように回り、目を回した白猫の頭にコツリ、と硬い物が押し当てられる。
「可哀相だど、眠ってて頂戴ね」
 耳元でささやくケイの言葉と共に頭に銃撃を受けた白猫は床に崩れ落ちる。

 無数のカードを引き連れ、シェリルは縦横無尽に広間を駆けまわる。
 隙を見てエイルズレトラに接近し戦斧を振るうが、掠ることも出来ずにカードに追い回されることになる。
「相変わらず当たる気がしませんわ。素晴らしい身のこなしですわね」
 纏わりつくカードを戦斧の一閃で払い飛ばし、シェリルは称賛の言葉を贈る。
「相手の攻撃を見切ること……これだけは誰にも負けない自信があります」
 エイルズレトラは称賛の声にステッキを腰の後ろに隠し、軽くお辞儀をして見せる。
 共に虚実の駆け引きを行いながらも、楽しそうな笑みがこぼれる。
 ふふ、とシェリルが笑った時、白猫の叫びが聞こえて来た。
「あらあら、あの子達ったら……そうですわ、追いかけっこはお好きでしょうか?」
 シェリルは悪戯を思いついたようにエイルズレトラに笑いかけ、背中を向けて白猫の元へと駆け寄る。
 虚を突かれてエイルズレトラの出足が一瞬遅れる。
 だが、ケイに迫ろうとするシェリルの目前に傘が広がり、視界を塞ぐ。
「この傘の硬度なら止められるんじゃないかと思ってな」
 月詠が奪った傘を使ってシェリルに突き出したのだった。
「それはあの子の玩具ですのに……可哀相に」
 わざとらしく同情するような表情をして見せたシェリルは、構うことなく戦斧を振るう。
「それに、使い慣れない道具を使うのは危険ですわよ」
 振り抜かれた戦斧を傘は受け止めるが、その勢いを殺しきれずに暴れる傘の柄で、月詠は強かに顔を打ち付けられる。
 幻影騎士の結界に守られた事もあり、月詠は気絶を免れる。
 さらに、すぐに暖かなアウルに包まれて傷が塞がっていく。
「動けなくならなければいいのでしたね」
 癒しのアウルを送った只野が冷静な声で確認する。
 シェリルはエイルズレトラの投げるカードを戦斧で凌ぎながら頬笑む。
「構いませんわ。それなら私はさらに打ち砕くのみですので」
 まだふらつく月詠に向かってシェリルは戦斧を振り上げる。

「うおおお!もふもふ、もふもふだあああ!」
 ラグナは茶白猫に飛びつくなりふあふあとした毛を一心不乱に撫でまわす。
「ふしゃーっ!」
 必死に逃れようとジタバタする茶白猫に散々引っかかれながらも撫でまわすことは止めない。
「あぁ、こんなにも素晴らしい時間よ、今この瞬間に止まればいいのに!」
\ゴンッ/
 恍惚のあまり叫んだラグナはその瞬間目の前が暗転する。
「あ、すまん……」
 嶺が気配を消して忍び寄り、茶白猫の動きを封じようと放った回し蹴り。
 不幸な――もふられ続ける茶白猫には実に幸運な――事に、茶白猫を抱きしめて転がったラグナの後頭部を捉えてしまったのだった。
「みゃーん」
 弱々しい声を上げて、力の抜けたラグナから茶白猫が逃げ出す。
 嶺がラグナを介抱している姿を横目に、黒夜は溜息をついて色とりどりの爆発で茶白猫を追い回す。
「かはっ!ぬこたあああんっ!」
 ぺちぺちと頬っぺたを嶺に叩かれて意識が戻ったラグナは、逃げ惑う茶白猫に向かって一直線にダッシュし、私を見るんだ―っ、と叫んでいる。
「……タフだな」
 先ほどの攻撃が全く効いていない様子に、嶺は言葉を失いつつもラグナと反対側から茶白猫を追い込む。
 ラグナに注意を引きつけられて逃げ惑う茶白猫の進路にそっと足を差し出すと、見事に転んだ。
「……悪いな。帰ったら直してもらえ」
 茶白猫がぎゅっと握りしめていた杖の先端の綿をぷちっともぎる。
「にゃ……ぁぁん」
 悲しそうにうるうるとした瞳に見つめられ、嶺は罰が悪そうにお菓子を渡す。
「やるよ……綿毟って悪かったし」
 渡されたお菓子と嶺を交互に見つめ、茶白猫はぱあぁっと瞳を輝かせる。
 だが、渡されたお菓子に飛びつこうとした瞬間、抱き上げられる。
「もおおおおはなさないよおおおぬこたあああんっ」
 ラグナに抱き上げられ頬ずりされる茶白猫の悲鳴が響き渡るのだった。


 シェリルは戦斧を傘に叩き付けるようにして月詠を吹っ飛ばす。
 月詠が後退し、その隙間を縫うようにケイが放った銃弾がシェリルを襲う。
 身体を捻って肩で受けたシェリルは、煙を上げ始めた服を見て眉を潜める。
「倒すつもりでやらせてもらうわよ」
 さらにRobinによる暗闇からの一撃がシェリルを襲い、暗闇が晴れた瞬間に黒夜が放つ無数の爆発により、シェリルの視界は瞬間的に奪われる。
 距離を取るために無暗に振るわれた戦斧は宙を切る。
 その隙を見逃さずに、撃退士達は攻勢を強めていく。
 前後を囲まれて無数の攻撃に晒されながらも、シェリルは笑う。
「驚きましたわ……しかし、近くに居る事は分かりますわ」
 振り上げた斧を地面に叩き付ける。
 シェリルの足元を中心に広がる衝撃波は、周囲を吹き飛ばし月詠、只野、エイルズレトラを巻き込んで床をめくりあげていく。
 巻き上げられた埃が収まり、成果を確認したシェリルは、誰一人倒れることない撃退士達に称賛の視線を送る。
 只野の前にあったアウルの障壁はパラパラと崩れさり、エイルズレトラの近くにはスクールジャケットが落ちている。
 傘の陰にいた月詠は一度は意識を手放したが、只野により瞬時に傷を治され一瞬の暗転後に何度となく立ちあがる。
 動きの止まったシェリルの背後から、黒夜が走り寄ってくる。
「その技を……待ってた」
 軽やかなステップを踏む様に、体を回転させながら振り上げた蹴りがシェリルをふわりと地面から飛ばす。
 黒夜の護符から放たれる炎の刃を、シェリルは空中でまともに受けて後方へと飛ばされる。
 さらに追撃を、と黒夜は距離を詰めてシェリルに霊符を突き出すが、振り上げられた戦斧に顎を割られて弾き返される。
 止めを刺そうと歩み寄るシェリルから、黒夜は口にたまった血を吐き出しながら距離を開ける。
 すぐさま、エイルズレトラが黒夜にカードを飛ばし、割かれた傷を覆い隠す。
 シェリルは周囲を取り囲む撃退士を見回し、笑みを消す。
「流石にお強いですわね……でも勝負はこれからですわ」
 シェリルは腰を捻り戦斧を構えると、戦斧は怪しく光り出す。
 撃退士達はシェリルから一斉に離れていく。
 その撃退士達に目掛けて斧を振ろうとした瞬間。

 カンッ

 蒼白く光る戦斧に、ケイが背後から放った銃弾が当たり、乾いた音を立てる。
 シェリルは奇襲に備え、ちら、と視線を廻らせる。
 視界には攻撃できる撃退士はおらず、もう止められる者はいない、と唇を歪めた瞬間、側面からの打撃によろめく。
 集中が途切れ戦斧に込めていたアウルが霧散していく。
 攻撃してきた相手を確かめる手間も惜しみ、身体ごと回転して戦斧を振り回す。
 一撃を加え離脱しようとしていた嶺は、竜巻のように迫ってくるシェリルの戦斧を初撃はかわしたが、次撃は逃げきれない。
 戦斧に真っ二つにされた嶺は紅い霧となって飛び散る。
「あ、危ねぇ……!」
 離れていても押し寄せる刃風に冷や汗を浮かべ、散り散りになったジャケットを残し、安全な距離まで嶺は離れていく。

「これも駄目でしたか」
 楽しそうに呟くシェリルは、自らを取り囲む撃退士達へと打ち掛かっていく。
 無数の攻撃に囲まれて、シェリルは激しく踊る。
 この一瞬こそが生きる理由であるかのように、その動きは純粋な喜びに満ちていた。
「僕は貴女が大好きですよ」
 だから、とエイルズレトラは妖刀を振るう。
 人間もシェリルと対等な相手であると証明するかのように。
 横薙ぎに払った戦斧を掻い潜りったエイルズレトラに太ももを切り裂かれたシェリルは、深く息を吐いて手を上げる。
「……降参です。永遠に、と思いましたが私の体力が持ちませんわ」
 頬を染めてシェリルは敗北を宣言するのだった。


「それでは皆様、お送りしましょう」
 無数のひっかき傷を作りながらも幸せそうなラグナの両脇から子猫達を救いだし、シェリルは転送の準備を始める。

「メイドさんとはこれで最後なのかしら?興味深い舞踏会だったわよ」
 ケイはシェリルに微笑みを贈る。
「ご満足頂けていれば幸いですわ」
 シェリルは恭しく勝者へ礼をする。

「これでお別れ?……いえいえ、また遊びましょう」
 貴女が来なければこちらからでも、とエイルズレトラは言葉を続ける。
「そうですわね、その時は、次こそは当てて見せましょう」
 シェリルはにこやかに小さな拳を握って見せる。

「まぁ、どんな形か知らんが、また来れるといいな」
 嶺は面倒臭そうにそっぽを向いて呟く。
 シェリルは、ええ、とこちらも横を向いて言葉少なげに呟く。

「何れ、また、おもてなしを」
 撃退士達を送り届け、シェリルは一人呟くのだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 胡蝶の夢・ケイ・リヒャルト(ja0004)
 無気力ナイト・嶺 光太郎(jb8405)
重体: −
面白かった!:13人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍