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「これは……チェスのようだな」
足元の床の色、そしてディアボロの姿を見て翡翠 龍斗(
ja7594)はディアボロの姿をチェスの駒に見立て、その動きを予想する。
警戒すべき動きはあるがディアボロが姿通りとは限らない、と警戒するに留め目を閉じて集中する。
数瞬後、瞼を開いた翡翠は金髪朱眼となりその身に黄龍を纏う。
シェリルが翡翠の変化にピクリと眉を動かしす。
「プロモーションのようなものだ。もっともポーンとは違うがな」
その言葉にシェリルはくすりと微笑みを返した。
「チェスに落とし穴か」
ポケットに手を突っ込んでふらりと立ったまま、黒夜(
jb0668)が確認するように呟く。
その声に嶺 光太郎(
jb8405)は溜息を漏らしてしまう。
「チェスなんて駒の動き方くらいしか知らねぇぞ……」
頭をぽりぽりと掻きながら面倒臭ぇ、と困ったように呟く。
「あらァ、敵を叩き潰す事は一緒でしょォ♪私もチェスは知らないわァ」
そんな嶺に黒百合(
ja0422)はけらけらと笑って魔具を活性化させる。
「へぇ、フェアリーチェスとは……洒落た趣向だねぇ♪」
黒白マスのフィールドを見てジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は口笛を吹いてへらへらと笑う。
その表情とは裏腹に禍々しいアウルを纏わせて、敵の姿を油断なく見つめている。
「おやおや、今度はチェスですか。天魔が人間界の遊びに興味を持ったのでしょうか?それとも逆か……いずれにしろ、興味深い」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はディアボロの奥に座るシェリルに優雅に礼をして見せ、にこりと笑う。
真っ直ぐに敵意を含んだ瞳を向けるのは山里赤薔薇(
jb4090)。
「戦いは遊びじゃない。妙な趣向はいらない」
噛みしめるように呟く山里は、その覚悟を言葉にする。
「こんなばかげたことはここで終わらせる」
その言葉に頷くのは浪風 悠人(
ja3452)。
「あの子も戦っているんだ。俺だって負けてられない」
同じくどこかのドーム内で戦っている妻を思い、覚悟を決める。
撃退士達の様子を微笑んで眺めていたシェリルは、高らかに開始を宣言する。
「それでは始めましょう。新たな舞踏会を!」
●
ディアボロ達に向かって駆け出した翡翠に向かって、シェリルは右手を差し伸べる。
「クイーンよ」
「来るかっ……だが、耐え抜く!」
黒いローブを翻し杖を掲げるクイーンを見て翡翠は身構えるが、周囲が灰色の霞に囲まれた事に気づき表情を変える。
「これは……」
目の前が灰色の霞に覆われ、自分が進んでいるのか立ち止まっているのかすら分からなくなる。
「まだ……俺は……」
「龍斗ッ!」
ルークを狙っていた浪風は、翡翠が倒れていく姿に驚きの声を上げる。
翡翠に駆け寄ろうとするが、ルークから放たれた矢に気づいて慌てて弓を振り回して急所から逸らす。
浪風は矢傷を確認する間も惜しんで翡翠へ視線を送る。
走り込んで来たポーンに無防備な頭を蹴られ、翡翠はよろけながらも頭を振って意識を取り戻した。
片手を上げて制する翡翠の様子に、浪風は自分の役割を果たすべくルークに向かって弓を引き絞る。
「のんびりなんてしていられない、早めに決める!」
渾身の力を込めてルークへ矢が放たれる。
翡翠は口にたまった血を吐き出して迫りくるポーンを睨みつける。
ポーンは駆け寄り大振りに剣を振り抜こうとする。
翡翠は敢えて避けずに前に半歩踏み出し体重を乗せた掌をポーンの胸に突き出す。
「ぐはっ」
掌に伝わる手応えは浅く、胸に強い衝撃を受けている。
背中から地面に叩き付けられて、自分が吹っ飛ばされたことに気が付いた。
「……相討ちか」
視線の先には自分と同じように起き上ろうとしているポーンの姿があった。
同種の技を放たれたのだろう、深く当てられなかったことで思ったほど飛ばす事が出来ずに、敵はまだ白いマスの上にいた。
くすっ
悪魔の笑い声がやけに耳に響いた。
自分が黒いマスの上に立っていることに気づいて慌てて白マスへ飛び出そうとするが、蹴り出した脚は沈みゆく床を踏み抜き、浮遊感と共にぐらりと視界が揺れる。
目と耳から血を流しながら翡翠は穴の底で棒立ちになるのだった。
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翡翠が灰色の雲に覆われた頃、反対側を進むディアボロ達の間に小柄な影が滑り込んでくる。
「さあ、一緒に踊りましょうか」
エイルズレトラが両手を広げると大量のカードが溢れ出てきて周囲へ飛散する。
見境なく切り付け、纏わりつくカードをディアボロ達は武器を振り回して叩き落としていく。
「おや、なかなかお上手ですね」
何とかカードを凌いだナイトを見て、エイルズレトラは肩をすくめる。
「いいからもう寝てろよ」
急に周囲の温度が冷えたかと思うと、氷の粒が周囲を浮遊し始める。
小さな氷はポーンの表面を削る程度だが、度重なる氷片の衝突にポーンは眠りにつくように動きを止める。
いつの間にかディアボロ達の背後に立っていた黒夜がアイスブルーの瞳を瞬かせる。
「行きなさい」
シェリルが短く告げると無事だったナイトとキングが黒夜に向かって走り出す。
「きっと来ると思ってた。そこまでよ」
山里が黒夜とディアボロ達の間に眠りの霧を展開する。
自ら飛び込んで来たナイトとキングは霧に触れた途端に膝から崩れ落ちる。
クイーンが放った霞と山里の霧により、戦場は両端を除き前後に分断される。
「あらァ、今日の天気は霧だったかしらァ♪」
黒百合は光り輝く弓を無造作に引き絞り、ろくに狙いもつけずに放つ。
銀の矢は霧を貫き、クイーンの右肩を抉り飛ばした。
ビショップが杖を振ると倒れていたキングがゆっくりと起き上る。
「ポーンが動けない内に回復役からだね☆」
赤黒い闘気で周囲を陽炎のように滲ませたジェラルドが、霧の隙間を縫うようにライフルでビショップを狙い撃つ。
ジェラルドの一撃を受けても倒れることなく杖にすがって立つビショップだったが、エイルズレトラが再び振りまいたカードにより、周囲に居るキング、ナイト、ポーンと一緒に動きを束縛される。
「動けないなら狙い放題ねェ♪」
黒百合の狙い通りにビショップの頭を吹き飛ばす。
身をよじってカードを振り払おうとする動きは衰えを見せるがまだ止まらない。
「これで終わりさ☆」
忍び寄ったジェラルドが両手を広げると、ボロボロだったビショップが目に見えない極細のワイヤーで粉々に切り裂かれて崩れ落ちる。
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「ナイトよ、飛びなさい」
楽しそうにシェリルが呟く。
フィールドに漂う霧を飛び越えるように2体のナイトが次々に上空へと飛び上がる。
最初の一体が槍に体重をかけて山里の頭上へと真っ直ぐに落ちてくる。
「あぁっ!」
とっさに身を捻るが、長大な槍は肩を貫き太ももを抉る。
周囲には仲間がおらず、一人孤立した位置取りになっていた。
続けてもう一体のナイトの影が迫る。
「悪魔に負けるわけにはいかないの……!」
手にしたライフルに電気を纏わせて強引に殴りつけることで、串刺しにしているナイトを引きはがす。
ナイトの表面を火花が明滅し、小刻みに痙攣するナイトはその場に膝をつく。
山里はナイトを殴りつけた反動で、床を転がってその場から逃れる。
だが、上空から降ってきたナイトは落下の勢いのままに槍を振るい山里の頭を打ち払う。
激しく回転する床と天井の光景を最後に山里は意識を失う。
「ちっ、あの霧を飛び越たのか……おい、生きてるか?」
嶺は舌打ちをして、浪風に向かうポーンに牽制の銃弾を撃ち込みながら、転がったまま動かない山里に声をかける。
ポーンとルークに狙われている浪風、落とし穴から出てこない翡翠、気絶した山里、そしてナイトの射程距離に入った黒百合。
迷いを見せた嶺に浪風が叫ぶ。
「俺は大丈夫だから……あの二人を安全な場所に!」
「あぁっ、面倒くせぇ!」
嶺は翡翠を穴から引き揚げたところで翼の効力が切れる。
床へと降り立つ前に、山里を仕留めたナイトの影を撃ち抜くが、既に飛び上がった後だ。
「あらァ、これはまずいかしらァ……」
勢いよく降ってくるナイトの槍を見上げ、黒百合は嘆く。
激しい金属同士がぶつかる音と共に火花が飛び目を眩ませる。
「……え?」
シェリルの微笑みが驚きの表情に変わる。
ナイトの槍は黒百合を貫くどころか弾き返され、反動でナイトは無様に尻餅をつく。
「きゃはァ、助かったわねェ、ちょっと熱いけど我慢しなさいねェ」
転がったまま影を縛られているナイトに向かって黒百合は劫火のごとく燃え盛る炎を放ち焼き尽くすのだった。
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エイルズレトラにより、キングとポーン、さらにクイーンも身動きを封じられていた。
動けないディアボロ達に向かって黒夜が火花を放ち、あちこちで色とりどりの爆発を起こす。
クイーンが両腕を交差させるように振ると、エイルズレトラの周囲に魔力の竜巻が生じ、巻き込んでいく。
「今のは危なかったですね」
何事も無かったようにエイルズレトラは竜巻の後ろから現れる。
竜巻がおさまると、千切れたジャケットがふわりと落ちて来た。
そのジャケットを撃ち抜くようにジェラルドの銃弾が走る。
左足を破壊されバランスを崩したクイーンに向かって、黒夜が放った闇の矢が走り、頭を撃ち抜くとようやく崩れ落ちた。
それと同時に、ポーンは黒百合の矢を受け上半身を吹っ飛ばされていた。
エイルズレトラはカードに囚われたキングに軽い足取りで近づき、新しいカードを口元に差し込む。
エイルズレトラが素早く下がると、キングは内側から弾けるように爆発するのだった。
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浪風は迫りくるポーンの備えて黒い布槍を腕に巻き付ける。
ルークの槍を布槍で逸らし、ポーンに向かって腕を振る。
真っ直ぐに伸びていく布槍はカウンター気味にポーンの胸を突き、その身体を吹っ飛ばす。
「落ちろぉっ!」
ポーンは激しく飛び、床が抜けるはずの白マスを飛び越えて黒マスに落ちる。
「強すぎたか……」
追撃をしようとする浪風にルークの牽制の矢が飛ぶ。
落ち着いて矢を処理しようと弓を振るった瞬間、背後に気配を感じて振り向く。
いつの間にか背後に回っていたポーンが両掌を突き出し、浪風の身体をふわりと浮かせる。
「しまっ……」
白マスに倒れた浪風は、浮遊感と同時に眩暈が襲ってくるのを感じ、動けなくなるのだった。
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スタンから回復の兆しを見せていたナイトに影縛りを撃ち込み、嶺は翡翠の意識を回復させて山里を背負う。
「それじゃ、後はあんたに任せた」
動けなくなったナイトを翡翠に任せ、山里を安全な場所に運ぶため、再び翼を展開した嶺は、風切音を感じて山里を背負ったまま床に身を投げ出す。
矢は翡翠に突き刺さり、翡翠は崩れ落ちる。
「なっ」
慌てて矢が飛んできた方に振り向くと、ルークが新たな矢を引き絞っていた。
「やべぇっ」
嶺はなりふり構わずに、翡翠と山里を掴み、姿勢を低くしたまま全力で駆け出す。
ルークとポーンが追いかけようと走り出すが、キングを撃破した撃退士達による援護射撃に足を止める。
ポーンはジェラルドと黒百合の射撃により近づく前に崩れ落ちる。
ルークは狙いを変え、距離を詰める黒夜に狙いをつける。
「いって……」
ルークが立て続けに放った矢は黒夜の両肩に突き刺さる。
その間にエイルズレトラがルークに近づき、妖刀で鎧ごと切り裂き、カードを差し込んで鎧を爆発させる。
矢が刺さって両腕が上がらない黒夜は、袖に噛みつき首を振ることで指先に集めたアウルをルークに放つ。
放たれた闇の矢はルークに突き刺さり、ルークはゆっくりと倒れるのだった。
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「お見事でしたわ。お楽しみ頂けましたでしょうか」
ぱちぱちと乾いた音の拍手をしながらシェリルが歩み寄ってくる。
「チェスって初めてだったけど案外楽しかったわよォ」
「ん、楽しい時間だったよ☆」
黒百合とジェラルドは笑顔を浮かべて魔具を収める。
「また会ったな」
黒夜が上がらない両腕をポケットに突っ込んでぶっきらぼうに声をかける。
その様子にシェリルは嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「ええ、またお会いしましたわね。ご堪能頂きましたようで、私も嬉しいですわ」
くすりと笑うと、シェリルは撃退士達に向かって手を広げる。
「それではこの階層は……」
「ちょっと待ってくれますか?今回も『稽古』をつけて欲しいんですが」
撃退士達を送り出そうとするシェリルを遮って、エイルズレトラが提案する。
「あらあら、良いのでしょうか、私まで楽しませて頂いても……でもお望みならば仕方ありませんわね」
言葉とは裏腹に、シェリルは満面の笑みで斧を担ぎ上げるのだった。
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エイルズレトラを前衛に3方に分かれて黒百合、ジェラルド、浪風が後方からシェリルに狙いをつける。
開始と同時に黒百合に向かって猛然と駆け出したシェリルを捉える事が出来ず、他の三者の攻撃は空を切る。
「隙だらけよォ」
シェリルの真正面からの突進に黒百合は弓を引き絞る。
天の光を帯びた黒百合の矢は避ける事を許さずシェリルの腹部を貫く。
血を吐きながらも勢いを止めないシェリルは、間合いに入る寸前に床を蹴り、体を独楽のように回しながら飛び込む。
回転しながら戦斧を振り回すシェリルに巻き込まれ、黒百合は2連続の斬撃を受けて血の海に沈む。
シェリルの動きが止まった一瞬を狙い、ジェラルドの銃撃がシェリルの背中を襲い、エイルズレトラのカードを脳天に受け、シェリルはふらつく。
「彼女を頼むっ」
その隙に黒百合を助け起こした浪風は同じく助けに来た嶺に黒百合を託し、布槍でシェリルに突きを入れる。
痛みで焦点の定まったシェリルは、浪風に向かって斧を振り上げる。
とっさに目隠しの紅い壁を嶺が展開するが、壁ごと切る勢いで振られた斧を浪風は避ける事が出来ず、数m吹っ飛ばされ倒れる。
さらにシェリルは纏わりつくエイルズレトラのカードをつけたまま、再び全力で駆け出し、ジェラルドを一撃の元に切り捨てる。
不敵に笑うシェリルにエイルズレトラが妖刀を構えて迫る。
シェリルの振るう斧は悉くかわされ、エイルズレトラの妖刀も芯を捉える事が出来ずにいる。
数合の打ち合いを経て、シェリルは床に斧をを叩きつけて衝撃波を発生させる。
エイルズレトラはスクールジャケットを身代わりに距離を取った。
エイルズレトラと距離が開いた瞬間に、シェリルが後ろを向くほどに体を捻り、斧を蒼白く光らせる。
ごくり
誰かが生唾を飲んだ音が大きく響く。
ふと我に返ったように、シェリルは瞬きをして、ふわりと笑う。
「これ以上はどちらかが死にかねませんね。このまま続けても貴方を捕まえるのは幸運が無ければ難しいでしょう」
シェリルは口許の血を真っ赤な舌で舐め、言葉を続ける。
「『稽古』は私の負けですわ。次は『本気』でやりましょう」
お見事でしたわと微笑み、撃退士達を転送するのだった。