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マスター:monel
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/07/31


みんなの思い出



オープニング


「ふぁ、もう少し役に立つのが必要よね……」
 雲のようにふわふわとしたサーバントにうつぶせに突っ伏して空を漂っていたドラ・カルフェンはあくびと溜息の間のような息を漏らす。
 オーバーオールを着た少女のような姿をした天使は、ぐでーっと人間の街並みを眼下に眺め、頭をかきむしって何やら考えている。
「やっぱり作ろうかな!使徒を!一緒に遊んでくれるような子がいいな〜」
 決心を固めたドラはきょろきょろと周囲を見回して、一つの建物に目をつける。
「よし、そこに決めたっ。面白そうな子は居るかなーっ」
 にんまりと笑い、サーバントから飛び立って街へと降りていくのだった。


 ジンはキャンパスを手でなぞり、小首を傾げる。
「うん、ここはもうちょっとかな……?」
 手探りで近くのテーブルに置いてある筆を探り、反対の手に持ったパレットに顔を近づけて匂いを嗅いでいく。
 一つの色の匂いに満足したのか、不器用に筆をつけて持ち上げ、困った表情を見せる。
「あれ、どこだったかな……」
 パレットをゆっくりとテーブルに置いて再びキャンパスをなぞっていく。
 先ほどなぞった箇所を見つけると、そこに手を置いたまま慎重に筆を近づけていく。
 狙い通りの場所に絵具を載せて、ほぉ、と止めていた息を吐く。
「お主何をしておるのじゃ?」
「うわっ!」
 急に背後から声をかけられ、ジンは驚きの声をあげる。
「だ、誰……?」
 声の方向を振り向いて尋ねると、ジンの頭と同じぐらいの位置から笑い声が聞こえる。
「ぷははっ、顔中絵具だらけね。何かの遊びなの?」
 急に砕けた口調になった相手に戸惑いながらも、ジンはムッとした表情をする。
「遊びじゃないよ。真剣なんだ。キミにはわからないかもしれないけれどね」
「どこに向かって話かけて……あれ、ひょっとして目が見えないの?」
 ドラが移動していることに気づかずに話すジンの顔を見て、ドラは以外そうに話しかける。
「だからなんだよ」
 相手が年下の女の子だと思い込んでいるジンはぶっきらぼうな返事を返す。
 ドラは面白そうにキャンパスを眺める。
「へぇ、目が見えないのに絵をねぇ……これは何?」
「リンゴ……いっ、いや、まだ書きかけなんだから見ちゃダメだよ!」
 慌ててキャンパスを隠そうとして、テーブルにぶつかって絵具を散乱させてしまう。
 キャンパスに青紫に塗りたくられた物を見ながら、ドラは真剣な表情でジンに問いかける。
「ねぇ、見えるようしてやろっか?」
 黙々と手探りで絵具を探していたジンの動きがその一言で止まるのだった。


 天木壮介は松葉杖をつきながら病院の廊下をせわしなく歩く。
 天魔絡みの事件で骨折し、経過検査のため通院していたのだった。
 ついでに知り合いのジンの見舞いもしておこうと病室へと向かっていた。
 その表情は険しい。

『力が、欲しいか』

 思い出しただけで背筋に悪寒が走る。
 圧倒的な恐怖を目の当たりにして、心を見透かされたような言葉をかけられた。
 脳内へと直接語り掛けられていた。
 間違いなく自分への言葉だろう。
 どうするか……。
 迷いを覚える自分に戸惑いを感じているのだった。


「どういう事……?」
 少女の言葉にジンはか細い声で問いかける。
 少女が口を開こうとした時、病室の扉が開いて陽気な声が響いた。
「よう!ジン!元気にしてるかーっ?遊びに来て……貴様天使かっ!」
 扉を開けた天木は床に蹲るジンに向かって仁王立ちしている少女の姿に足が止まる。
 その少女の背中には天使であることを主張するように大きな翼が広がっていたのだ。
「如何にも天使ドラ・カルフェンである。貴様が誰かは興味はない、去るがよい」
 ドラはゆっくりとベッドによじ登って天木の目線より高くなると、ビシッと指を指して見下したように告げる。
 そんなドラの様子にも天木は警戒した様子を見せたまま、じりじりとジンに近寄る。
「天使サマがどんな用事か知らないがお言葉に甘えて去らせてもらうぜ、ジンと一緒になぁっ!」
 ジンを抱きかかえ、天木は弾けるように走り出そうとして急に立ち止まる。
「入口のドアが……消えた……?」
「ふははははぐっけほっ、けほっ……ど、どうだ恐れ入っただろう」
 高笑いをしようとして咳き込むドラに、天木はどんな表情を浮かべたら良いのかわからない。

 戸惑う天木に小脇に抱えられて、ジンは呟く。
「天使……?僕の目が……治るの……?」


 天木と天使が対峙している病院の入口。
 多くの人が行き交う中に紛れ込むようにして、その男は歩いていく。
 薄笑いを浮かべているのが少し不気味ではあるが、特に目立ったところのない小男だった。
 だが、小男とすれ違った者は顔を顰めてすれ違う。
 濃厚な血の匂いが男から漂っていた。
「その幸運がどこまで本物か試させてもらおう……」
 小男がにやにやと笑いながら無造作に腕を振るう。
 近くを歩いていた患者と看護師の頭がが弾けるように爆発する。
 残った体はぐねぐねと蠢き、異形へと姿を変えていく。
「う、うっわわあぁぁあ!!」
 その様子に気づいた周囲の人間が恐慌を起こして逃げ惑い始める。
 小男は愉快そうにその様子を眺めるのだった。


 出口のない病室で天使と対峙する天木の背後から慌ただしい音が聞こえてくる。
 この異変に気づいてくれるかと期待したが、病室など無かったかのように騒ぎは通り過ぎて行った。
「……ん、邪魔が入ったみたい?早く行こう」
 ドラは空気の匂いを嗅いで顔を顰めると、ジンに手を差し出し一歩踏み出す。
 天木はジンを抱えて後ろへと下がり、壁にぶつかる。
 ぐらりと揺れた感触に手を後ろに回して壁を探る。
「この手応え……!」
 天木は壁に指を差し入れ、強引に引くと大きな抵抗もなく扉が開いた感触があった。
 天木は目を瞑って壁に向かって体当たりをすると、目の前に突然開けた廊下を駆けだしていく。
「あっ!……雲ちゃんこっち来てっ!」
 ドラが窓の外に手を振ると、窓から綿菓子のようなフワフワとしたサーバントがゆっくりと飛び込んでくる。
 病室に降り立つともこもことした手足を生やしてドラの前に立つ。
「逃げてる人間を捕まえてっ!早くしないと変なのと鉢合わせちゃうから、急ぐのよ!」
 ビシッ、と妙に格好良く廊下を指さして指示する。
 ドラの指示を聞くと素早いスピードで廊下を飛んでいくのだった。
 
 しばらくそのまま固まっていたが、格好つけたポーズが気恥ずかしくなり気まずそうに腕を降ろす。
「えーと……私も探しにいこっかなー」
 言い訳のように独り言を言うと、たたたっと走り出すのだった。


「ふぅ、上手くいったな」
「逃げれたの?」
「いや、隠れただけだな。外に連絡が付けばいいんだが」
「携帯は持ってないの?」
「車の中だな、持ってきてない」
「ダメじゃんそれ」
「と、とにかく、しばらく様子をみるか……」


 撃退士達は騒ぎが起きている病院を見上げる。
『一般人の避難はほとんど完了済みだ。残っていると思われるのは河野仁という少年だ。最近視力を失ったため、逃げ遅れていると思われる』
 携帯の向こう側から狩野の声が聞こえてくる。
『今回は悪魔らしき男の姿も目撃されている。現場にまだ居るかどうかは不明だが河野少年を見つけたら速やかに撤退するんだ。その病院は状況が落ち着くまで放棄する』
 撃退士達は病院内の見取り図を広げて相談を行うのだった。


リプレイ本文


「……では転送してくれ」
 インカムで狩野へ情報を頼んだアスハ・A・R(ja8432)は、人気の無い病院を見上げる。
 病院は清潔で静かで、どこにでもあるような病院の佇まいを見せている。
 ……2階から上は。

 目線を下げて正面玄関を眺める。
 玄関の大きな一枚ガラスは既になく、周囲へ派手に破片を散らしている。
 玄関から受付にかけて、人形のように食い荒らされた犠牲者が転がる。
 床に広がる血だまりに人間のものではない大きな足跡が見える。

「狼型のディアボロか……間に合えばいいが」
 病院の様子を見て天風 静流(ja0373)が呟く。
 データの転送音が響き渡り、撃退士達の手元にデータが届く。
「手分けして探そう。私は先に行く」
 ちら、と内容を確認した天風はそう言い残して駆けだす。

 4階の窓を見上げるハルルカ=レイニィズ(jb2546)は、ふむ、と頷く。
「手分けかい、それじゃ私は4階から行こう。河村仁君の病室から、だね」
 蝙蝠のような翼を広げるハルルカは思い出したように仲間を見渡す。
「誰か一緒に行くかい?」
 空の散歩には短過ぎるけれどね、と仲間に手を差し伸べながら軽く肩をすくめて見せる。
「俺が行くよ、レイニィズ。階段を上っていくのも面倒だし」
 片瀬 集(jb3954)がハルルカの手を取る。
 悪魔なら下級生でもさん付けかが良かったかな、と呟く片瀬をしっかりと抱え、ハルルカは翼を羽ばたかせる。
「それじゃ、お先に失礼するよ。暫しのお別れさ」
 くすりと笑って4階に向かって飛び立つ。

「監視カメラも放送機材も2階の管理棟か。少年が心配だ。急ごう」
 心配そうな表情で蘇芳 更紗(ja8374)は走り出す。
「それじゃ、私達も行きましょうか」
 蘇芳の姿を見ながらエリーゼ・エインフェリア(jb3364)は間延びした声でアスハに声をかける。
 周囲の惨状にはそぐわないはずの微笑みは、エリーゼにはとても似合っていた。
「……ナースコールは管理棟では見れない、か。仕方ない、な」
 転送されたデータの確認を終えたアスハは、エリーゼを伴って玄関へと足を踏み入れるのだった。


 廊下を走る天風は、自分の足音とは異なる音が近づいてくることに気が付く。
「……邪魔だな」
 天風は周囲を見回し、2階への階段の横にあるエレベーターの扉をガンガンと蹴り始める。
 引きつけられるように狼の足音が近づく音が早まり、曲がり角を滑るように狼が現れる。
「こっちだ、かかって来い」
 黒を纏う天風は青白く燐光を放つ大薙刀を構え、ゆらりと影を揺らす。
 勢いを衰えずに突進してくる狼は天風の間合いの外から飛びかかってくる。
 天風は必要最小限の体捌きにより、狼の爪をかわし、追いかけるように薙刀を振るう。
 天風の薙刀が届くかと思われた瞬間、狼の毛が逆立ちサイドステップで横に避け、薙刀は床を削るに留まる。
 狼は薙刀の射程外まで駆け抜けて振り返り、再び天風目掛けて奔る。
「やはりただの畜生か」
 単調な攻撃の繰り返しと見た天風は先ほどよりも一拍早く動き、狼を薙ぎ払おうとする。
 だが、もう一頭の狼の攻撃を視界の隅に捉え、攻撃の勢いをそのまま回避に転化する。
 わずかに切り裂かれた袖に血が滲む。
 挟むように取り囲んだ狼に、より冷静になった視線を向けるのだった。

 2階への階段を目指して走る蘇芳は階段の手前の廊下で争う天風と狼達に遭遇する。
「ただで抜けるわけには行かないか。わたくしも手助けしよう」
 階段側に居る一頭に向けて、活性化した蒼色の布を走らせる。
 狼は咄嗟に飛びのき、蘇芳の攻撃は床を穿つ。
 狼が距離を開けた隙に蘇芳は天風の側へと駆け寄る。
「先へ急ぎたい。ここは任せるぞ」
 蘇芳は階段の前に立ち塞がる狼を警戒しながら、天風に声をかける。
「そうか、先へ急ぐのなら道を開けてやろう」
 天風は薙刀を構え直し、狼の隙を伺う。

「狂犬風情が……!ひれ伏せ雑種っ!」
 対峙する狼と撃退士の背後から、朗々とした声と共に漆黒の嵐を纏った魔法の槍が狼を貫く。
「その掛け声は、要らない、な」
 もう一体の狼を横殴りに撃ち貫くのは蒼炎の輝き。
 アスハの蒼い髪が自身の攻撃の衝撃に広がり、撃ち終った蒼い炎を纏う拳を覆う。
 アスハが作った隙を見逃さず、天風は渾身の一撃を振るい、狼の意識を刈り取る。
「アスハさんもどうですか?楽しいですよ」
 朗らかな声で悪びれないエリーゼにアスハは黙って首を振っている。
「後は私が片付けておこう」
 天風は残心の構えを動きの止まった狼に向けたまま、背後の仲間達を促す。
「すまないっ!」
 蘇芳は布槍を手に巻き付け、階段へと駆け出す。
 その後を追うように、アスハ、エリーゼと続く。
「アスハさんのお尻は私が守りますからね」
 エリーゼののんびりとした声が階段の上から響いてくる中、天風は未だ動けない狼に向き直る。
「良い的だ、試させてもらう」
 天風は深く、長く息を吐く。
 体全体に纏っていた漆黒が徐々に蒼白い光へと変わっていく。
「シッ」
 鋭い気合と共に光が煌めく。
 瞬時に繰り出された斬光が狼の身を切り裂く。
 水平に薙ぎ払い、その勢いのまま袈裟切りに振り下ろす。
 勢いを止めることなく下から突き上げるように振りぬく。
 耐えられずに壁に叩き付けられた狼だった残骸。
 4度目の斬撃は宙を突き、よろめいた天風はそこで動きを止める。
「まだ……まだ届かない、か」
 呼吸を整える天風は暫し動きが止まる。
 その時、エリーゼの漆黒の槍に貫かれて朦朧としていたもう一体の狼が、突如走り去る。
「逃がすか……!」
 狼を追って天風は血で汚れた廊下を走る。
 まだ距離があるにも関わらず振り上げた薙刀は青褪めた光に覆われる。
「貪り尽くせ」
 放たれた光は狼を貪るようにまとわりつき、天風の元へと戻ってくる。
 逃げられぬと悟った狼は、傷だらけの身体で再び天風に向き直るのだった。


 階段を駆け上がった蘇芳は『管理棟』と書かれた扉にたどり着く。
 扉を開けようとするがびくともしない。
「解除コード、連絡が来ていた、ぞ」
 扉の横にある電子錠の番号にアスハが手を伸ばす。
 解除を知らせる電子音と同時に、蘇芳は部屋に駆け込んでいき、監視カメラの操作を始める。
「あれは……天魔か?聞いていた悪魔とは様子が違う……?」
 蘇芳が見つめる画面の先に白い羽を広げた小さな人影と、先に4階へ向かったハルルカと片瀬が対峙している姿が映っていた。
 監視カメラに映る姿は情報にあった小男ではなく少女のように見える。
「争っている様子ではない、な」
 少女と二人の撃退士が話を続けている様子を確認して、アスハは放送機器へと手を伸ばす。


 1階で狼との戦闘が始まった頃、ハルルカと片瀬は4階の病室へとやってきた。
「さあ、隠れんぼの始まりだね」
 片瀬を床に降ろし、ハルルカは軽い足取りで病室を出ようとする。
 その瞬間、激しい音と振動が伝わってくる。
「壁を破壊してる……?急いだ方が良さそうだね」
 片瀬は面倒臭そうに溜息をつき、走って病室を出る。
 破壊音は断続的に続く。
 ハルルカも片瀬に続いて駆け出すのだった。

「こらーっ!下に行くなら階段つかえー!」
 二人が音の発生源と思われる場所に近づくと、ナースステーションの前で少女が床に開いた大きな穴に向かって叫んでいた。
 金髪のおかっぱ頭にオーバーオール姿、白い翼を背中に広げた少女の姿に二人は距離を取ったまま足を止める。
「河村仁君、ではないか。キミはどちら様で、何をしているんだい?」
 ハルルカが少女の背中に声をかけると、少女はびくっと体を震わせてゆっくりと振り向く。
「あ、早かったのね……。えーと、こほん」
 一瞬視線を逸らせた少女だったが、咳払いをしてビシッとポーズを決める。
「我はドラ・カルフェン!天使でありゅ、天使だ!人を探してるの!だ!」
 噛んだ事を勢いでごまかしたドラは何事も無かったかのような顔でゆっくりと腕を下してそっと視線を逸らす。

 しらっとした空気になりかけたが、ハルルカは片手を胸に当て、視線をドラから外さないまま上半身を曲げる。
「これはこれは天使殿、ご丁寧な挨拶をどうも。私はハルルカ=レイニィズ、人探しなら一緒にいかがかな」
 ハルルカの大仰な仕草に、ドラは対応に困ったように目を泳がせる。
「悪魔がこの病院に現れたらしい。お互いここで戦うのはデメリットが多過ぎると思うよ」
「あー、うん。面倒なのは私も嫌だな……うむ!良かろう!ただし我の邪魔をするならば容赦はせぬぞ!ぬははっかはっけほっ……ってことでよろしくね」
 片瀬の言葉に、ドラはブツブツと独り言を言っていたかと思うと再びポーズを取ってむせつつ、承諾をするのだった。

 互いにとりあえず戦意が無いことを確認した時、院内にアスハの放送が鳴り響く。
『まだ残っているならナースコールを押せ。迎えに行く』
 その放送を聞いた二人の撃退士はナースステーションに目を走らせる。
 すぐに点灯している灯りを見つける。
 最初にジンが居たとされる部屋の隣の病室だった。
「どうやら尋ね人は見つかったようだね」
 ハルルカはくすりと笑ってインカムを抑えると、ナースコールの点滅した部屋の番号を仲間へと告げるのだった。


 問題の病室の扉を開くと険しい表情の男が立っていた。
「お前らは撃退士、か……?なぜその天使と一緒に居る」
 男は片瀬とハルルカを見て、警戒の声をかけて来たが、ひょこっと後ろからドラが顔を覗かせると険しい表情で身構える。
「私達は確かに撃退士さ。彼女はちょっとそこでね。河村仁君はここに居るのかい?迎えに来たんだよ」
「助けに来てくれたの!?」
 ハルルカの声にベッドの下から少年が這い出てくる。
 焦点の合わない視線を入口の方へ向ける少年を見て片瀬が頷く。
「君が河村仁だね。一緒に帰ろう」
 歩み寄る片瀬の後ろからドラが飛び出してくる。
「駄目よ、この子は私が貰うって決めてるの」
 ジンの肩に手を置き、撃退士達を牽制するようにドラは真剣な表情で宣言をする。
「くそぉっ!」
 男が焦ったように松葉杖を振り被りドラを叩いて気を引こうとする
 だが、ドラは煩わしそうに片手を振って払う。
「壮介さんっ!」
 ほんの軽い動きだったが、天木壮介は数台のベッドをひっくり返しながら窓際まで吹っ飛ぶ。
 ドラに掴まれたまま、ジンは天木に声をかけるが動く気配は見られなかった。
「あ……正当防衛よ、ね?」
 思いのほか派手に吹っ飛んだ男を見て、言い訳のようにドラは呟いた。

「大丈夫、息はある」
 気絶した男の様子を確認した片瀬は、淡々とした口調で告げる。
 その言葉にほっとした様子のドラとジンに肩をすくめたハルルカが口を開こうとした時、病室のドアが開く。
 蘇芳、アスハ、エリーゼが病室へとやってきたのだった。
「その子から離れろ!」
 少年の肩に手を置く天使、壁際まで吹っ飛ばされた男、無茶苦茶になった病室が目に入った瞬間、蘇芳は武器を活性化させて叫ぶ。
「断る」
 短く答えるドラは眉を寄せて周囲を見回す。
 ジンを護るように翼で隠したドラは、迷惑そうに蘇芳へ問う。
「ここで戦うつもりなのか?」
「くっ……!」
 悔しそうに唇を噛みしめる蘇芳に、ドラは困ったように溜息をついて見せる。
「ジンも望んでるよ。目が見えるようになるんだもん」
 ねぇ、とドラはジンに同意を求める。
「う、うん……目が見えたらいっぱい描きたい絵が、あるんだ」
 悪いことをしているところを見つかったような表情でジンはおずおずと答える。
 蘇芳は真剣な表情でジンに向かって語り掛ける。
「それは使徒になる、という事だろう。使徒になるということは人にとっての死だ。親から与えられた今までを否定し自殺する事になるぞ」
「自殺……僕、死んじゃうの……?」
 蘇芳の言葉にジンは怯んだように身を強張らせる。
 ジンを励ますように肩を撫でて、撃退士を見回す。
「んー、ちょっと違うんだけど……死ぬけど生きてるのよ、ねぇ」
「目が見えるようになるのは本当だろう。同時に人間でなくなるのも本当だ。いずれ私達に殺されることになる」
 ハルルカは肩をすくめて答え、それでも選ぶなら尊重するよ、と付け加える。
「人間じゃないけど、目が見えて、生きてるけれど、みんなに殺される、の……?」
 ハルルカの言葉に戸惑うジンが混乱した頭の中を整理するように呟く。
 エリーゼは微笑みながら答える。
「まあ、本人の自由ですかね。ところで貴方は何故使徒を必要としてるのでしょう?」
 使徒を作るのは大変でしょう?とふんわりとした笑顔で問いかける。
 ドラは迷った表情お浮かべたが、開き直り叫ぶ。
「私にも必要なの!それだけよ!」
 その言葉にジンははっとしたようにドラを見つめる。
 ドラは顔を真っ赤にして小鼻を膨らませる。
 答えになってませんけどーとジト目で眺めるエリーゼの視線から、ドラはそっと目を逸らしている。
「使徒になれば過程はどうあれ、人食いと同じだ、それに使徒は人類の敵だ、そうなれば君を討たねばならん……わたくしに君を討たせないでくれ」
 討たれてしまっては絵も描けないだろう、と真摯に語る蘇芳。
 その言葉に追い詰められた表情で、ジンは助けを求めるように撃退士達を見回す。
「誰かに言われて、決める、な。自分で、決めろ」
 腕組みをして立っていたアスハは突き放すように言葉を贈る。
 片瀬もジンの視線にゆっくりと語り始める。
「俺は君じゃない。君の行動は君だけが決められる」
 ただ、と片瀬は言葉を続ける。一つ聞きたい、と。
「君の心の底にある願いは、使徒になる事?それとも、絵を描く事?」
 真っ直ぐに見つめてくる片瀬の視線を受け、ジンはじっと下を向いて自分に向き直る。
 しばらくそのまま黙っていたが、やがてぽつり、と呟いた。
「僕は……僕が生き残った意味を知りたい。絵を描いたらみんな僕を褒めてくれた。もっと上手く、僕にしか描けない絵がかければきっと……だけど、もう」
 しっかりと頭を上げて、ドラの手を掴む。
「僕は、僕の事を必要だと言ってくれた君を信じるよ。目を見えるようにして!」
「承諾しよう!……雲ちゃん!」
 ドラはしっかりとジンを翼で包み込み、大きな声でサーバントを呼ぶ。
「ま、待てっ!」
 蘇芳がジンを捕まえようと一歩足を踏み出した途端、床が崩落する。
 3階に居たサーバントが床を破壊して出現し、ドラ達を抱えて外へと飛び出していくのだった。


「……何があったんだ?」
 病室に到着した天風は、荒れ果てた病室に絶句する。
「大丈夫ですかー」
 エリーゼは気絶から目覚めた天木に近寄り、額に手を触れそっとアウルを込める。
 看護師のスカートでも見てるなら後でからかおう、その程度の軽い気持ちだったエリーゼは脳裏に浮かんだ『経験』に眉をひそめる。
「悪魔をストーカーしてる……?」
 エリーゼが見たものは執拗に一人の悪魔を調べ続ける男の姿だった。


依頼結果

依頼成功度:失敗
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
屍人を憎悪する者・
蘇芳 更紗(ja8374)

大学部7年163組 女 ディバインナイト
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
黒雨の姫君・
ハルルカ=レイニィズ(jb2546)

大学部4年39組 女 ルインズブレイド
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト
焦錬せし器・
片瀬 集(jb3954)

卒業 男 陰陽師