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マスター:monel
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/07/24


みんなの思い出



オープニング


「お祭りの警護……?」
 北村香苗は狩野淳也の言葉を疑わしそうに繰り返す。
「そう、祭りの警護の依頼だね。最近天魔騒ぎが多いので主催者が心配しているようだな」
 狩野は祭りのパンフレットを差し出す。
 もう騙されないぞ、と狩野を睨みながらパンフレットを受け取り、ちらっと眺める。
「わぁー!きれーっ!」
 写真を見た瞬間に感嘆の声を上げる。
「あじさい祭り、か。メインの通り道はすべて和風な渡り廊下になってるらしいな」
 パンフレットには彩鮮やかな紫陽花の間に木造の屋根付きの渡り廊下が延々と続いている写真が掲載されていた。
 ライトアップされた夜の写真は特に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「ほら、夜店も出てるらしいぞ。好きだろ夜店」
 熱心にパンフレットを見つめる北村にダメ押しをする狩野。
「そんな、夜店なんかでつられるほど子供じゃ……あーっ!こ、これはっ!」
 ムッとした顔でパンフレットの裏面を見た瞬間に思わず叫んでしまった。
『幻のやきうどん』『伝説の焼カレー』『ほくほくホルモン』etc……。
「行くっ!行きますっ!やらせてくださいっ!」
 パンフレットに並ぶ有名B級グルメのオンパレードに溢れ出す涎を抑えきれず、縋るように依頼を受ける北村だった。


リプレイ本文


 しめやかに降り注ぐ雨を浴び、紫陽花は競い合うように咲き誇っている。
 渡り廊下の屋根に雨の音は会話を遮らない程度に周囲を包み、一種外界とは隔絶されたような空間に見物客を導く。
「夜には止みそうだな」
 天風 静流(ja0373)はふと見上げた空が明るくなってきた事に気づいてわずか微笑みを浮かべる。

「紫陽花は雨降りよるんも綺麗やねぇ」
 晴れとるんもえぇけどねぇ、と藤堂・R・茜(jb4127)は呟いて渡り廊下から紫陽花を眺める。
 見渡す限りに広がる紫陽花に溜息が洩れてしまう。
 藤堂の隣を歩く桐亜・L・ブロッサム(jb4130)はちらりと空を見上げる。
「確かに雨は似合いますが……やはりこの空模様は残念です、ね……」
 どうせなら庭園を散策して見たかった、と思わずに居られない。
「近くでみないのは、寂しい……ですね」
 二人と並んで紫陽花を見ながらライラ・A・ヴェクサー(jb4162)も残念そうに呟く。
 桐亜はライラを振り向くと、慰めるように提案する。
「止む頃にまた脚を運びましょうか?」
 桐亜の言葉にライラは頷きかけるが、ふと顔を上げる。
「そう、ですね……あ、でも……折角、ですから……」
「こっから見よるんもえぇけど、もっと近くで見よやー。折角やもんね!」
 言いよどむライラの言葉を引き継ぐように、藤堂は桐亜を引っ張り外へ誘う。
「え、今ですか……?足……汚れます、よ」
 外を見る。少し雨足は弱まってきたとは言えまだ雨は降り注ぎ、地面はぬかるんでいる。
 抵抗する桐亜の背後から、傘を借りたライラが押していた。
「こういうの、風情あある……って言うんですよ……!」
「ほーよほーよ、それに雨はほら、ライラちゃんが傘持ってくれよるし!」
 藤堂に手を引かれて、背後からライラに押される桐亜は溜息をついて諦めて歩き出す。
 ぬかるんだ地面の感触に一瞬怯んだが、もはや抵抗も虚しいと引き連れられて足を踏み出す。
「うぅ……後で、きちんと洗いに行きますから、ね」
 ぶつぶつと零す文句はしばらく続くのだった。

 藤堂は友人達と紫陽花の間を歩くのが楽しくて頬が緩みっぱなしだった。
 三人で肩を寄せ合って紫陽花を眺めて、ちょっとしたことでもくすくすと笑いが零れる。
「あら……先客がおられるようです、よ?」
 紫陽花を見つめていた桐亜は葉っぱの下にカタツムリを見つけ、指を指して友人へ知らせる。
「葉っぱの下で雨宿りやろかねぇ?」
 うちらと同じやねぇ、藤堂はくすりと笑ってカタツムリの角を突いてみる。
 触られた部分がひゅんと縮んだのを見て、傘を持っていたライラがんっ?と声を漏らす。
「持っててあげます、よ」
 桐亜が傘を持ち、ライラと場所を変わる。
 ライラは興味津々といった様子で手を伸ばし、ぬめぬめとしたカタツムリを触り続ける。
「……悪くない」
 ツンツンと触る感触が面白いのか、カタツムリを飽きずに突くライラを桐亜は微笑んで見つめる。
「あーっ、ここええ感じやねぇ」
 カタツムリに飽きてきょろきょろと周囲を見回していた藤堂は、斜面に広がる紫陽花を見上げて声を上げる。
 その声に振り向いたライラは、雨に濡れるのも構わずにふわりと飛び立ち斜面の紫陽花を間近に見えていく。
「こういう花は実家の花壇にも、ありませんでした……!」
 空を飛び、夢中で紫陽花を見ているライラを桐亜は見上げる。
「そういえば飛べば汚れませんでした、ね……あ、ライラさん?その、下から見えちゃいます、よ?」
 ライラを見上げた桐亜の視線にまず入ったのは汚れた足元、それから視線をあげるとひらひらと舞うスカートの裏地が見えてしまった。
「ひゃっ!」
 ライラはその言葉で気づいてようやくスカートを抑えて降りてくる。
「そういえば足も汚れとったねぇ、それじゃ足湯も行ってみよか?」
 藤堂は、今度はうちの番ね、と傘を持って歩いていく。
 傘の下で戯れに押し合う三人の顔には笑顔が浮かんでいたのだった。


 渡り廊下からは番傘をさして紫陽花の間を歩く人影がちらほらと見える。
 紫陽花の隙間から除く番傘は雨の中で庭園に良く馴染み、そこにあることが当然であるかのよう。
「……ん、こういう雨は嫌いじゃないの」
 エルリック・リバーフィルド(ja0112)が庭園を見て思わず漏らした溜息に、側に寄り添う橋場 アトリアーナ(ja1403)は小さく頷く。
 爽やかな青地に紺の刺繍を施した和服に身を包むエルリックは、少しだけ大人びて見える。
 橋場の華やかな着物姿を見て「よくお似合いで御座る」と小さくガッツポーズをしているのはいつも通りなのかもしれない。
「雨の降る中を歩くのも一興、に御座るな」
 エルリックは橋場の手を取り、庭園へと誘う。
 その手を握り、橋場はエルリックの傘の中へと飛び込むように渡り廊下から踏み出す。
「んっ……」
 雨にぬかるんだ地面に足を取られかけた橋場を、エルリックはしっかりと抱き寄せる。
「足元には気をつけておかねばならぬで御座るな」
 言い訳のように呟きながら、抱き寄せた腕をそのままに紫陽花の間をゆっくりと歩いていく。
 紫陽花が周囲を遮り、雨音が二人を閉じ込める。
 ゆっくりと歩く二人は誰にも邪魔される異なく静かに歩いていく。
「……エリーが濡れてしまうの」
 橋場はぴったりと寄り添い、くっついて歩く。
 互いの鼓動が穏やかに同じ音を伝えてくる。
「しまったで御座るな、迷ったようで御座る。もうしばらく歩くで御座る」
 エルリックはそう言って、見えて来た出口とは別の方向に歩き出す。
 もうしばらく二人きりの時間は続くのだった。

「雨の中を歩くと足が冷えるで御座るなー」
 庭園近くの足湯にエルリックと橋場が並んで腰掛ける。
 湯の流れが心地よく足元を撫で、自分の足が冷えていたのだと改めて感じる。
「今日はゆっくりと出来たで御座るな」
 湯の中で足の指を伸ばしたり曲げたりしながら、エルリックが過ぎていく二人の時間を惜しむように呟く。
「……ん、今日は沢山、のんびりして。また明日からも頑張るのですの」
 エルリックと同じように足を動かして橋場もまた呟く。
 二人は手を繋いで寄り添い、手と足の温もりを噛みしめるようにのんびりと過ごすのだった。


 ぱらぱらと傘に当たる雨音が軽快に響く。
 下妻ユーカリ(ja0593)はるんたったと鼻歌を口ずさみながら紫陽花の間を歩く。
 雨に濡れる紫陽花も陽気な雨音も、下妻の気持ちと足を軽くしてくれる。
 意味をなさなかった鼻歌はいつしか歌詞がついていた。
「あじさいはっ、サイの味っ。アフリカかーらやってきたっ」
 ひょいっと水溜りを飛び越えた時に傘にたまった雨粒が落ちて来たのが楽しくて、スキップのように跳ねだす。
「梅雨の時期にぽわわわわー、まぁるくなるよあーじさいっ」
 傘をくるくると回しながら、紫陽花に顔を寄せて内緒話をするように声を潜める。
「でもね6月はねっ、祝日がないからたーいへんっ」
 紫陽花についた水滴をくすくすと笑って指で弾く。
「顔色はいつだぁって、青色ときどき紫色ーっ」
 傘を持った腕を伸ばして空を見上げると、既に雨は止んで所々に晴れ間も見え出した。
 深呼吸をしてにっこり笑い、紫陽花の迷路を軽やかにかける。
「あじさいはサイの味っ、うーみを越えてやーってきたっ。雨が降ればぽわわわわー、おぉきくなるよあーじさいっ」
 上機嫌な下妻の歌は、陽の光を謳歌する紫陽花が歌っているかのように、紫陽花の間を駆け抜けて行くのだった。


 昼まで空を覆っていた雨雲は遠くの空に浮かぶのみとなり、傾いた夕日が辺りを穏やかな色に染め上げていた。
 庭園には夜店が広がり、楽しげな喧噪を響かせている。

「ふぅ……風が気持ち良いですね」
 廣幡 庚(jb7208)は着ていたレインコートを脱いで汗ばんだ額を拭う。
 紫陽花の間を駆け抜ける風が火照った体に心地よい。
 だが、これからが大変な時間だろう、と廣幡は気を引き締める。
 人ごみの中はまだ熱気が籠っているし、雨が止んだことで庭園に出て転ぶ人もいるだろう。
 ぬかるんだ地面は滑りやすく、足元が暗くなるこの時間には注意が必要だ。
 廣幡は人の流れに逆らわずにゆっくりと会場内を巡回する。
 紫陽花の陰に居る人の動きもそれとなくスキルで異常がないかを確認している。
 張り巡らせた警戒心に引っかかるものを感じて足を止める。
「御加減が悪いのですか?」
 紫陽花の陰で蹲っていた老人に声をかける。
 大丈夫だ、と頷くが顔色を見てスポーツドリンクを差し出して優しく話しかける。
「雨が止んでも風があるので冷えたのかもしれませんね。救護室でゆっくりなさって下さい」
 一緒に行きましょう、と肩を支えて歩き出す。
 少し休めばすぐに元気になるだろう。
 落ち着いたらまた祭りを楽しんでもらえるかもしれない。
 体調を崩した思い出だけで帰るには勿体ないぐらいに紫陽花が綺麗なのだから。
 廣幡は老人に付き添って救護室へ行きながらも、周囲への警戒は緩めず祭りを護るのだった。


「わぁ、雨上がりの紫陽花も綺麗ですね!雨に濡れて夕日に輝いてますよっ」
 シャロン・エンフィールド(jb9057)は佐々部 万碧(jb8894)の手を引いて庭園を駆けていく。
 屋台が連なる道の人ごみの多さに、佐々部はげんなりとした表情を浮かべるが引っ張られるままに歩いていく。
「紫陽花か、確かに綺麗だよな……」
 警備中にはゆっくりと見れなかったが、シャロンの言葉につられて周囲を見渡して感嘆の声を漏らす。
「紫陽花が気に入ったのなら、帰りに花屋で買っていくか?」
 佐々部はシャロンへ話しかけるが、隣に居たはずのシャロンの姿は無かった。
 慌てて周囲を探す佐々部に、シャロンの元気な声が聞こえて来た。
「……あと、箸巻きと、やきうどんと、焼きトウモロコシも美味しそう……あっ、マスカット飴にチュロスなんてあるんですねっ」
 佐々部が紫陽花に見とれている間に、シャロンは精力的に屋台を回って気になるものを買って回っている。
「……って、おい、買い過ぎじゃないのか」
 これぐらいの子供はやっぱり食い気が一番なんだな、と微笑ましく眺めていた佐々部だったが、どんどんと増えていく食べ物に制止の声をかける。
 シャロンは佐々部の言葉にはっとして、両手に持った食べ物を眺める。
 あれもこれもと買っているうちに、思った以上に買っていたことに気づく。
 ちら、と佐々部を見上げて、袋を差し出す。
「夕方になるとちょっとお腹が空いてきて……ほら、これ美味しいですよ?」
 差し出された焼きトウモロコシを受け取って、佐々部は大げさに溜息をついて見せる。
「だから食べきれないのならそんなに買うな」
 ほら、責任もって食べろ、とトウモロコシをシャロンの口許に持っていく。
「あはは……そう、ですよね」
 申し訳なさそうに笑って、差し出されたトウモロコシをぱくりと一口食べる。
 佐々部はその様子を見て、今度は小さく溜息をついて、トウモロコシをシャロンへと渡す。
 素直な様子を見せられると、ついつい許してしまうのだった。
(それに……アレの大半は俺が食うんだろうな……)
 もぐもぐと口を動かしつつ、漂ってきたイカ焼きの匂いを深呼吸して吸い込むシャロンの様子に、佐々部は諦めたように屋台へついていくのだった。


 からんころんと小粋な下駄の音を響かせて、浴衣姿に赤いリボンをたなびかせたギィネシアヌ(ja5565)は、大狗 のとう(ja3056)と待ち合わせた場所へ急ぐ。
 気合を入れておめかしをしていたら少し遅れてしまったのか、大狗は既に浴衣姿で待っていた。
 下駄の音でギィネシアヌに気づいた大狗はにっこりと笑って手を振る。
「前に見た紫陽花も凄かったけど、ここの紫陽花も綺麗だなー!」
 大狗の満面の笑みにギィネシアヌは小走りになって駆けつける。
「おぅ、本当にな。俺達の気苦労とかよ、こいつらには関係ないもんな。なぁ、綺麗に咲くもんだよな」
 感慨深げに紫陽花を見渡すギィネシアヌだったが、大狗はもう一度辺りを見回して、鼻をすんすんとひくつかせる。
「やはー、良い匂いがしてるな!」
 俺ってば涎出ちゃうのな、とギィネシアヌの手を握って屋台へと引っ張る。
 ギィネシアヌは突然手を握られて、お、おぅ、などと口ごもりながらついていく。
 握られた指先がじんわりと温かく、頬が赤くなり、、口元が緩むのを感じて下を向くのだった。

「お、射的なんてあるのな!さぁ頑張れギィちゃん。魔族の力をここで発揮するのだ!」
 射的屋台を見つけて大狗はチョコバナナを片手にギィネシアヌをけしかける。
「任せな、のとちゃん!」
 ぎらんっ、と目を光らせてギィネシアヌは銃を構える。
『この身に流るるは大いなる蛇の系譜……!血に満ちよ、九頭龍の力!紅闘技:九龍大系!』
 ギィネシアヌの目から赤い光が漏れ出し、的に少しでも近づけようと突き出されたお尻から蛇の頭を持つ尻尾がぱたぱたと生えてくる。
「おぉー!凄いのな!」
 ただならぬ気配に大狗が固唾を飲んで見守る。

 \ぽん/

 V兵器ならぬ屋台のコルク銃の弾は弧を描いてふんわりと飛んでいき、小さなぬいぐるみに掠って揺らす。
 くるくると回っていたぬいぐるみは落ちることなくその場に留まった。
「押しかったのにゃ!これは残念賞なのな!」
 悔しがるギィネシアヌに大狗はわたあめを渡して慰める。
「確かあっちに『伝説のカレー』とかを見つけたにゃ。ギィちゃんカレー好きだったよな?」
 のぼりを見つけて、場所を教えようとするが、目的の屋台からは既にギィネシアヌの声が聞こえて来た。
「お代わりっ!あと二三杯は行けるぜ!」
「は、早業にゃ……いっししし!俺も食べるのな!」
 二人は仲良く座ってカレーを味わうのだった。


 如月 拓海(jb8795)はふるふると震えていた。
 溢れ出る喜びを抑えきれずに叫び出したい思いを抑えているのだ。
「ついに僕にも来たぜ……そう!モテ期ってやつがな!テンション爆上げだぜー!」
 いや、やはり抑えきれていなかった。
 更衣室から聞こえてくる奇声に、通りがかりの人たちがびくっとしていたが如月が気付くことは無かった。

 菊開 すみれ(ja6392)はすみれ色の浴衣で如月を待っていた。
 パンツの線が浴衣に浮き出てこないように紐パンを履いてきたのだが、いつもと違う履き心地に落ち着かない様子だった。
「すみれー!待ったせたな!お詫びにとりあえずおっぱい揉ませいててててて!」
 如月が駆け寄ってきた勢いで胸に手を伸ばしてきたが、にゃっ!と驚きの声を上げた菊開は反射的に如月の腕を捻りあげる。
「いきなりどこ触ろうとしてんのっ!なんか……不安」
 如月の鼻息の荒さに、紐パンがばれたら危ない、と危険を感じ、隠し通すことを心に決める。
「……あれ、すみれ何だか今日すっごくエロくない?」
 野生の第六感が働いた如月の呟きにより、菊開がどこからか取り出されたシルバートレイで叩かれるとはこの時如月は気づいていなかった。

 気を取り直して屋台を歩く二人。
(射的は無理ね、お尻のラインが見えちゃう……!)
 菊開は学園の友人が熱心に射的に挑んでいる姿を見かけ、首を振る。
 如月が買ってくれたチョコバナナをぺろっと舐めてどこに行こうかと悩む。
 その如月は出会いがしらのテンションはどこに行ったのか、何やら情熱的な視線でじっと見つめていた。
「ん?どうしたの?」
 その視線に小首を傾げてみせる菊開に、如月は目をぱちぱちとして少し間を置いて答える。
「あっ、えっ、と……しっかしさ、紫陽花もきれーとは思うけどさ、やっぱ僕はすみれを見てた方がたのしーよ?」
 急に真顔で言い出す如月に菊開はくすりと笑う。

 如月はとっさに誤魔化した自分を褒めてやっていた。
 その時、天啓がひらめいた。
 風だ、風が吹けば浴衣が捲れそうだ……!
 これほどまでに集中したことがあっただろうか、如月の全神経が風を起こすこと一点に集中する。

 菊開はさらに情熱的に見つめてくる如月にたじろいだように一歩後退る。
 その瞬間風が吹いた。
 目の前を通り過ぎた突風に煽られて菊開は水溜りの上にしりもちをつく。
「もぅ、お尻が冷たいよぉ……あれ、拓海君どうしたの?」
 目が飛び出そうなほどに凝視している如月の視線をたどり、セクシーな紐パンのラインがくっきりと浮き出ていることに気づく。
「ちょっ!拓海君のバカー!」
 パシンッと小気味のいい音を立てて如月の頬を張り、菊開は走って逃げていった。
 如月は鼻血を拭きとりもせずに、感動に打ち震えるのだった。


「うおぉっ!夜店見るとテンション上がる!遥久あれ食べようぜっ!」
 紺地の浴衣を着た月居 愁也(ja6837)が夜来野 遥久(ja6843)の腕を取って走り出そうとする。
「夜店を制覇するつもりなのか?」
 黒い浴衣を涼しげに着こなす夜来野は、慣れた様子で月居を宥める。
 おっ、それ良いな、と月居が笑っているが、目は本気なようだ。
「シュウヤとハルヒサも来ていたのか。この間の中禅寺湖はオツカレサマだったな……酷い戦いだった」
 黒いシャツにGパンとラフな格好で声をかけて来たのは、蒼い髪のアスハ・A・R(ja8432)だ。
「ロットハール殿もこちらに。スワンボートで鬼ごっこ、実に楽しかったですね」
 爽やかな笑顔で挨拶をする夜来野に、アスハの後ろからアルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)がひょこっと顔を覗かせ、二人の会話にじと目を送る。
「アレを楽しかったで済ますの……。負けてしまったのが実に悔しいわね。ま、私はやりたいことが出来たから満足だけど」
「あーっ!レースクイーン(♂)!」
 アルベルトの顔に月居が思い出したように叫ぶ。
 その様子を見て、アスハはふむ、と頷きアルベルトを紹介する。
「そういえばレースで会ったきり、か。こっちはアルベルトだ、……相変わらずの格好だな。こっちはシュウヤとハルヒサだ」
 月居はどう見ても女性にしか見えないアルベルトをまじまじと見つめる。
「もしかして、ホントは女性……?」
 悩んだように呟くが、その背後を知り合いが通り過ぎるのを見つけて声をかける。
「あれっ!魔女様じゃない!こっちこっち!」
 祭りを楽しんでいたエルナ ヴァーレ(ja8327)は、突然の声にキョロキョロと辺りを見回す。
 紫に白の蝶柄の浴衣を着て髪をまとめて上げた大人なスタイルなのだが、咥えていたイカ焼きのタレが口元についていて台無しである。
「魔女様の浴衣なんて初めて見たよ!美人!似合う!」
 大げさに感動している月居に、エルナは若干後退る。
「な、なによ……?こ、これはこの場に溶け込むことで警備をアレで、ほら、だって、な、何よぅ……」
 知り合いに会うとは思っていなかったため、いつもと違う格好をしていたエルナは、恥ずかしさに赤くなる。
「あら、知り合い?私はレベッカ・ベッカーよ。私の性別は好きなように受け取ってくれて構わないわよ」
 エルナとアルベルトが挨拶を交わしたところで、月居が提案する。
「よーし、みんなで夜店を回ってビール飲もうぜー!」
「良いわね!それ良いわね!」
 ビールと聞いて上機嫌になるエルナを先頭に、ぞろぞろと歩き出すのだった。

(どうしてこうなった……)
 溜息をつくアスハの腕にはアルベルトがぴったりとくっついて歩く。
「ね〜、あれ美味しそう。欲しいな〜」
 目についたものをおねだりをするあざとい姿には熟練の技を感じる。
 アスハは徐々に薄くなっていく財布に思わず両手で顔を覆ってしまう。
 アルベルトはそんなアスハの様子を気にすることも無く、手にした串ハンバーグを食べようとする。
 だが、アルベルトはハンバーグを食べることは出来なかった。
 アスハが横からかぶりついてきたのだ。
「……ふむ、僕の分も買ってくる、か。エルナも遠慮するなよ?それぐらいの余裕はある」
 抗議するアルベルトの声を聞き流し、アスハはエルナに声をかけるのだった。

 夜来野はアメリカンドッグを購入し、あぁ、そうだ、と店主に話しかける。
「砂糖はたっぷりでお願いします」
『ざわ・・・』
 夜来野の言葉に周囲がざわついた。
「あれ?普通じゃね?」
 きょとんとする月居と夜来野の周囲に少しだけスペースが開いたかもしれない。
 夜来野は首を捻って、美味しいのですがね、と呟き、さらに周囲をざわめかせていた。

 5人は近くのテーブルに戦利品を並べ、思い思いに寛ぐ。
「あー、日本の夏ってのは最高よねー」
 エルナはビールをぐびりと飲んで上機嫌だ。
「そうね、オゴリのお礼に占いでも……ってタロット持ってきてないわ。よし、こうなったら秘蔵のビール占いをしてやるわよ!」
 エルナの言葉に月居は、じゃ俺なっ、とワクワクした表情で手をあげる。
 ビールを一口飲み、口元に残ったビールの泡で占いをやるらしい。
 月居の口元をエルナはじっと見つめる。
「そうね、これはキング……いえ、ジャックね、ジャック。それでスペード、じゃなくてクローバー、な感じでもないわね。ハートかしら、えっと、ダイヤね、そうダイヤのジャックよ!」
 もごもごと唸っていたが、ようやく決めたのかビシッと指を指して宣言する。
 その様子に、月居が引き込まれるように続きを促す。
「そ、それで……!」
「え、それで?……えーと、今日の貴方はダイヤのジャックなのよね?それで、キングとかクイーンとか守る……の?」
 エルナの言葉にいや俺に聞かれても、と突っ込む月居。賑やかな二人を眺めて夜来野は楽しそうに笑うのだった。

 アスハはテーブルの周囲に咲く紫陽花を眺め、自分の髪の変化に思いをはせる。
「……似ている、と思うのは、紫陽花に対して失礼なのだろう、な」
 ふぅ、と息を漏らして意識を逸らせようとするが、いつの間にか物思いに耽ってしまう。
 そんなアスハの横で、アルベルトはアスハの髪を弄る。
「不思議な色……とっても綺麗」
 紫陽花の咲き乱れるこの場所に、この髪の色はとても馴染んでいて。
 アルベルトはいつまでも飽きずにアスハの髪を触るのだった。

 夕日に染まる紫陽花は、本来の色を失わず、しかも穏やかな光を含んだように佇む。
 夜来野は月居の口へタコ焼きを放り込み、その合間にデジカメで祭りの風景を撮影する。
「紫陽花は地質で色が変わるんだっけか。色んな面が見れるって思えば素敵じゃね?」
 夜来野の様子に月居はさらりと声をかける。
「そうだな、紫陽花も、人も、変化こそが魅力だな」
 夜来野は最後のタコ焼きを月居の口へ放り込み、静かに語るのだった。


 紺地に白く竹模様が染められた浴衣に着替え、小野友真(ja6901)は下駄を鳴らして駆けていく。
 急いで着替えてきたが、待ち合わせ場所には既に加倉 一臣(ja5823)が待っていた。
 黒地に波紋が広がる様を白く染め上げた浴衣は、いつもよりも大人っぽく見せ、駆け寄ってくる小野に気づいて見せる笑顔に小野の足取りは早まるのだった。

「あいつら、ビール飲んでるな……」
 気心の知れた仲間達がテーブルを囲んでビールを飲んでいる様子を見て、加倉は手にしたラムネと見比べ、牛串をかじる。
「駄目やで!夜の警備もあるし……それに、飲みだしたらゆっくり紫陽花見てられんやんか」
 コーラだって美味いんやで、と言いながら小野は加倉を繋ぎとめるように繋いだ手にぎゅっと力を込める。
 加倉は、わかってるよ、と笑顔を向けてそっと握り替えすのだった。

 雨に濡れた紫陽花が夕陽を浴びて色鮮やかな姿を見せる。
 せっかくだから、と誘う加倉に小野も嬉しそうに頷き、屋台を離れて紫陽花の間に。
「これだけ咲いてると圧巻だねぇ」
「こんなに育つのな。せぇ高くて迷路っぽい……幻想世界に迷い込んだみたいやな、赤も青も紫も、好きやな」
 寄り添いながら紫陽花の迷路を歩く二人は、前に話した画家の絵について語り合う。
 競って咲く紫陽花の向こうに幸せそうな屋根が見える風景は、その画家の穏やかな絵を思い起こさせるのだ。
「綺麗な景色やなぁ……こーゆーん守る為ならキツい依頼も余裕やんな」
 絵の中に入ったような風景に見惚れながら、小野はぽつりと呟く。
「これからも一緒に綺麗な景色を見たいな」
「そうだな、戦う理由はそれだけで十分だ。こんな景色を共に見続けるために、な」
 
 そうや自撮しよ、と小野がデジカメを取り出す。
 二人の姿と紫陽花を同時に撮ろうとして、腕をいっぱいに伸ばす。
「上手く撮んの難しいな、腕伸びへんかな……」
「俺が撮るよ」
 苦労している小野の手に添えるようにカメラを受け取り、少し屈んだ姿勢で加倉が腕を伸ばす。
 それでも足りずに出来るだけくっつこうと頬を寄せ合う二人。
 加倉の体温をすぐ側に感じ、小野は安心したように微笑みを浮かべる。
「好きやで、ありがと」
「俺も好きだよ、いつもサンキュ」
 互いにしか聞こえない声で囁きあった二人の顔は、夕日を浴びて少し赤く映っていたのだった。


 パシャリ、とアナログカメラを模したシャッター音が響く。
「夕日が映えて良い感じですね」
 写真を確認して黒井 明斗(jb0525)は満足気に頷く。
 警備の仕事の休憩時間が夕方だったお陰で美しい紫陽花が見れると、デジカメを持って庭園にやってきたのだが思った以上に良い写真が撮れた。
 もう一枚撮ろうとカメラを構えていると、服の裾を引っ張る小さな手に気が付く。
「おや、どうしたんだい?迷子になっちゃったかな?」
 腰を下ろして目線を合わせて問いかけると、黒井の裾を引っ張っていた子供は今にも涙が零れそうに顔を歪める。
 よっ、と子供を抱き上げると肩車をして歩き出す。
「お母さん、お父さんが居たら教えてね」
 子供が頷く気配を感じて、ゆっくりと歩いていくと、どこからか驚いたような声が聞こえた。
「あっ!お母さんっ!」
 此方に向かってかけてくる女性に子供を届けて腕時計を見ると、もうすぐ交代の時間だった。
「良い写真も撮れたし、良いことも出来たし……休憩した気はしないですけどね」
 ついつい手助けをしてしまう自分に溜息をつくが、さあ仕事だ、と再び警備の仕事に戻るのだった。


 西の空を橙に染め、名残惜しそうに太陽が沈んでいくと、祭り会場は期待感の籠ったざわめきが湧き上がる。
 もうすぐ花火大会が始まる。
 そわそわとした空気が会場を満たしていく。

 不二越 悟志(jb9925)は『ほくほくホルモン』のケースをゴミ箱に捨て、警備の制服に着替える。
 雨に濡れた紫陽花は情緒あふれる見事な光景だった。
 屋台のB級グルメも満喫し、休憩時間はしっかりと祭りを楽しんだ。
「でも、これからが気を引き締める時間ですね」
 自らに気合を入れてきりっとした表情を浮かべる。
 人が大勢いるところでは必ず何かが起きる、元交番勤務の警察官としてのカンがそう訴えかけてくる。
「もちろん何もないのが一番ですけどね……」
 花火を見たいという本音を押し殺し、人ごみの中で怪しい動きをするものが居ないか警戒を続ける。
 ドン、という腹に響く音がして、周囲が明るくなり歓声が響く。
 祭り客の視線が花火に集まる中、不二越は花火に背を向けて視線を走らせる。
 暗がりを使って祭り客の財布を狙うスリは居ないか、我が物顔で練り歩き喧嘩を起こす若者は居ないか。
 祭りの邪魔をすることなく、しかし些細なことも見逃さないように。
 背筋を伸ばした不二越は元警察官の経験を活かして、警戒を続ける。
 祭りが盛り上がれば盛り上がるほど、その楽しい空間を邪魔するものを見逃さないように。
 その夜不二越は花火を見ることは出来なかったが、楽しそうな祭り客の笑顔は沢山見たのだった。


 礼野 智美(ja3600)は渡り廊下の柱を撫でて歩きながら、灯篭にライトアップされた紫陽花を眺める。
「紫陽花祭り、か……」
 紫陽花を見て思い出すのは、地元の祭り。
 紫陽花は綺麗だったけれど、傘が邪魔でうっとおしかった記憶がある。
 この祭りのように、メインの通り道が屋根付きの渡り廊下だとゆっくり見れたのに、となんとなく思う。
 少し歩いてみようかな、と思ったのは灯りに照らされる紫陽花に誘われたからか。
 迷路のような場所を歩いていると花火が打ち上げられるのが見えた。
 赤、緑、青、黄色、白……花火の光に照らされた紫陽花はころころと目まぐるしく色を変えて、昼間とは違う光景を見せる。
 礼野は一人立ち尽くしてその光景を眺める。
 本音を言うと、少し寂しかった。
 本当は恋人と言っても良い相手と一緒に来たかったのだが、依頼に忙しい撃退士として、予定を合わせることが出来なかったのだった。
(……一人で転戦しているのは望んだ事だけど)
 寂しさを胸に抱き、一人花火を眺めるのだった。


「たぁまやぁーっ!」
 蓮城 真緋呂(jb6120)は派手に打ち上がる花火に負けじと大声で叫ぶ。
 側に居てほしかった人は残念ながら一緒には来れなかった。
「忙しそうだったし、仕方ないのかな……よし、とにかく楽しもうっ!かぁぎやぁー!」
 せっかくの夏の風物詩を目の前に、残念気分に浸っている場合じゃない、と気持ちを盛り上げるために声を張るのだった。

 花火大会も終わり、会場からは徐々に人が引き上げていく。
 余韻を楽しもうと紫陽花を見ている人に紛れて、蓮城も灯篭に照らされた紫陽花をぼんやりと眺める。
 時間により、土地により、さまざまに変化する紫陽花。
「……変わってるのかな」
 自分の力は、未来を変えられているのだろうか。
 ぼんやりと眺める紫陽花は何も答えてはくれない。
 だが、灯篭の灯りに揺らめく花を見ていると、友人の言葉が思い出される。
『焦らなくていい。急がなくていい。その努力はちゃんと明日を変えているから』
 ふぅ、と深呼吸を一つ。
「少しずつ、焦らずに……ね」
 焦っても仕方がない。
 涼しくなった夜の空気を吸い込み、光に浮かぶ紫陽花を追って歩き出すのだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

銀と金の輪舞曲・
エルリック・R・橋場(ja0112)

大学部4年118組 女 鬼道忍軍
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
藤堂・R・茜(jb4127)

大学部4年44組 女 アストラルヴァンガード
【猫の手】劇団員・
桐亜・L・ブロッサム(jb4130)

大学部4年137組 女 ダアト
能力者・
ライラ・A・ヴェクサー(jb4162)

大学部4年122組 女 陰陽師
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
星天に舞う陰陽の翼・
廣幡 庚(jb7208)

卒業 女 アストラルヴァンガード
血涙の右ストレート・
如月 拓海(jb8795)

大学部4年111組 男 アカシックレコーダー:タイプB
玻璃の向こう、碧海は遠く・
佐々部 万碧(jb8894)

卒業 男 阿修羅
リアンの翼・
シャロン・エンフィールド(jb9057)

高等部3年17組 女 アカシックレコーダー:タイプB
風を呼びし狙撃手・
アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)

大学部6年7組 男 インフィルトレイター
熱血刑事・
不二越 悟志(jb9925)

大学部6年255組 男 ルインズブレイド