●
雑多な小物が所狭しと詰め込まれた棚をソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は真剣な表情で見ていく。
夜の街にふらりと出掛けてみると以前には気付かなかった雑貨屋が目に留まる。
ちら、と店の奥に目を向けると鮮やかなオレンジが気を引いてくる。
一歩足を踏み入れるとそこには異国情緒溢れる輸入雑貨が積み上げられていた。
掘り出し物が無いだろうかと視線を移していくうちに、奥へ奥へと引き込まれていくように入っていくのだった。
酒屋を探して尼ケ辻 夏藍(
jb4509)は夜の街をぶらりと歩く。
古風な格好も、熱に浮かされたよう雑踏の中にあってはは気にする者もおらず、尼ヶ辻は独り歩く。
懐手にそぞろ歩く表情は、それでも気怠い。
イライラと眉をしかめてアレクシア・ベルリオーズ(
ja6276)は足早に通りを歩く。
酒に溺れ醜く騒ぐ人々を避けながら、いつもの服屋を目指して脇目も振らない。
この街は好きになれない。
全身で拒否をするアレクシアをも喧噪は飲み込んでいく。
唐突な悲鳴が日常を切り裂く。
明らかな異形達の声。
広がる困惑に少し遅れてパニックが波のように押し寄せてくる。
撃退士達の手元では緊急連絡の音が鳴り響く。
Vice=Ruiner(
jb8212)は迷っていた。
右に行くべきか、左に行くべきか。
短くなった煙草を指先で放り投げて決めようとしていた時に狩野からの連絡が届く。
「ルード、仕事だ」
短く名前を読んでヒリュウを召喚する。
手にした煙草の火をを指先で潰し、人の流れに逆らって走りだした。
●
周囲の喧噪を余所にぽっかりと空いた静かな空間で踊る異形達と一人の男。
石像だけが物を言わずに見守りつづける。
右から飛びかかって来た狼男が振りかざした爪を、男は右腕に持った銃でいなし、流れのままに左の狼男へ銃弾を撃ち込む。
正面から飛んできた衝撃波は緊急活性した盾で威力を弱めながら後方へと飛び退る。
男を追うように狼男の爪が飛んでくる。
かわし損ねた男の腕から血が一筋流れるが、表情を変えずに腕を動かす。
打つ手を互いに見つけられないまま牽制の応酬が続く。
アデル・シルフィード(
jb1802)は魔具を活性化させながら状況を伺う。
「ふむ……あの撃退士。ただ惰性を貪るだけの輩とは違うようだが、状況が千日手ではね……」
一人で戦う意思は立派でも、それに相応しい実力が伴わなければ意味がない。
アデルは白色の大鎌を手に駆ける。
こちらを見ろ、とばかりに派手にアウルを展開し、異形達の視線を無理矢理自分に集める。
「数の優位ってやつは大事だな」
男を狙って腕を振る狼男に小刻みに銃弾を浴びせながら、カイン 大澤 (
ja8514)は素早く位置を変えながら狼男に近づいていく。
撃ち、走り、そして撃つ。
男と対峙していた狼男は鬱陶しそうにカインを睨みつける。
狼男が目を離した隙に男の銃が狼男の頭に突きつけられる。
素早く首を降って避けた狼男は狙いをつけずに腕を振るうが、その爪は受け流されて届かない。
「それにしてもなんかくたびれたオッサンみたいなオーラだしてんな」
狼男から目線を逸らすことなくカインが呟く。
「ガキから見ればそうだろうよ」
男は気にした素振りを見せずに呟く。
二人は視線を交わすことなく、唸る狼男に向かって同時に銃を構える。
アレクシアはストレイシオンを呼び出し戦場の中央へと向かわせる。
ストレイシオンが咆えると、撃退士達は身体を何かが包み込んだのを感じる。
アウルとは異なる何らかの力が撃退士達を護る。
「……まだ戦えますか?やせ我慢も男性のたしなみ、などと考えているのでしたら間違いです」
男の腕を伝う血を見て、アレクシアは厳しめに声をかける。
続けようとした言葉は男の腕にまとわりついた小さな龍の姿を見て止まる。
「大丈夫、まだ戦えるさ」
尼ヶ辻のアウルが男の傷を癒していく。
「あぁ」
男は一言頷き、腕を軽く動かしてぎゅっと拳を握り傷の具合を確かめる。
そして狼男との距離を詰め、銃弾を放つ。
「状況把握しました。その位置は望ましくありませんね」
四つ角に燃え上がるアウルの煌めきと周囲の状況を確かめていた只野黒子(
ja0049)は、男から少し離れた狼男の前に走り込む。
雪のように白い刃を持つ斧に赤い燐光を纏わせ、救い上げるように痛烈な一撃を加える。
狼男の体は中に浮き、道の真ん中へと投げ出される。
その時、バンシーの悲嘆の叫びが響き渡る。
●
アデルは大鎌を構え狼男を睨みつけていた。
すぐ側にはストレイシオンが次の動作に入るために姿勢を低くしており、さらに男が掌にアウルを集めて振り上げていた。
尼ヶ辻は男への治癒を終えバンシーに向き直った所で敵の様子に気づいた。
バンシーの叫びがすべての時間を止める。
男が振り上げた掌は光を失い、降ろされず永遠の一瞬を彷徨う。
アデルは抜け目ない視線で一点を見つめたまま微動だにしない。
ストレイシオンと生命力を共有しているアレクシアも叫びの影響を避けられない。
自らの体が石と化す瞬間に何か叫ぼうとするが、その言葉を発することは出来なかった。
尼ヶ辻は身に帯びた鱗状のアウルを色濃く浮かび上がらせ、じっとバンシーを睨みつける。
「その程度の嘆き、つまらないものだね」
お返しとばかりに霊符を手にした指先をバンシーに向ける砂塵を巻き起こすが、バンシーは素早く身をよじり、歯を剥いて威嚇する。
尼ヶ辻に集中しているバンシーの死角から銃弾が放たれ、肩を抉っていく。
ヴァイスが一般人を背に双銃を構えている。
バンシーは無事な片手を突き出し、生み出した魔法弾をヴァイスに向かって放つ。
双銃をクロスしてヴァイスは身構える。
襲い掛かる衝撃で腕の肉が弾けるが、一般人を護る壁となってその場は動かない。
前衛の動きが止まり、包囲体勢こそ崩れなかったが狼男への圧力は減る。
一体の狼男が包囲の隙を縫って飛び出そうと走り出す。
「多角的な攻撃に対応しきれるかな?」
周囲が明るくなるほどの雷を纏った魔弾が狼男の周囲をぐるりと回りながら着弾する。
一瞬の明滅。再び暗転。
その暗闇を貫く高音の調べ。
只野が構えたトランペットから放たれた音色に、狼男は痺れたように動きを止める。
棒立ちとなる狼男を余所に、只野は上空へ視線を送り、バンシーに向かって駆け出す。
ソフィアは新たな雷光を手に狼男が動き出さないか警戒をする。
カインはもう一体の狼男に対峙している。
「硬いせいか弾が通りにくいか、柔らかくすればいい」
ライフルに代わり手にしたのは禍々しき大剣。
アスファルトを削るほどの低い位置から、狼男に向かって力任せに振りぬく。
その剣は切らず。叩き折る。
まともにアバラで受け止めた狼男は剣に持ち上げられるように体を宙に浮かせる。
だが、倒れない。
一歩離れた位置から腕を振り、爪を飛ばす。
カインは避けることなく踏み込み、再び同じ場所に切り付ける。
さらにもう一撃。
硬かった毛皮を断ち切り、切り口から血が噴き出す。
狼男は血を吐きながら大きく口を開けてカインの肩の肉を噛み千切り、蹴り飛ばす。
カインは顔に飛び散った血を拭い、魔具を持ち帰る。
「柔らかくなったら調理開始だ」
狼男とカインは同じように咆えながら互いに突っ込んでいく。
●
アレクシアは動かない瞳で戦いを見つめ続ける。
焦る気持ちを抑えつつ、自らの体にアウルを循環させ、異変の源を探り続ける。
魔術で敗れるわけには行かない。
自らを探るのは得意だった。
深く、深く、深く。
そこに居たXXXXが静かに異変の場所を指し示す。
異変をアウルで包み、自らの中へと取り込んでいく。
XXXXはじっと見つめてくる。
何か言葉を発しようとするかのように口を開き……。
アレクシアの体に色が戻る。
叫ぼうとしていた口を閉じ、再び開く。
行きなさい、と。
ストレイシオンは自由に歓びを溢れさせ躍動する。
●
アデルも魔術については自負がある。
内部からアウルを湧き出させ、爆発的に外へと押し出そうと試みる。
ようは相手の術を上回れば良い。
敗れれば死あるのみ。
アデルの表面にヒビが生じ、まばゆい光が石の欠片を落としていく。
ヒビは徐々に広がり全身を覆う。
全身に入ったヒビから光が洩れ、弾けるように崩れ落ちる。
「ふむ……面白い経験をした」
体に残る石の破片を払い、大鎌を構える。
「だが、ここからは俺の自由にさせてもらおう」
大鎌に緑の光を纏わせて、カインの援護に向かう。
●
街は夜と共に戦いの喧噪が深まる。
照らし出すのはソフィアの雷光の輝き。
闘いの伴奏はトランペットの響き。
遥か上空から続けざまに雷光を放つソフィアにより、サーバント達の傷は増えていく。
長大な杖から放たれる雷光の魔弾は、複雑な軌道を描き避ける余裕も与えない。
地面に叩き付け、あるいは横殴りに吹っ飛ばし、あるいは地面すれすれから打ち上げる。
「流れ弾には気を付けないとね。しっかり狙っていこうか」
精密な攻撃を放つソフィアは、さらに慎重に狙いをつける。
バンシーの叫びを打ち消す調べは衝撃を持ってバンシーの動きを止める。
止まったのはほんの一瞬。
だが、致命的な隙だった。
バンシーを砂塵が取り巻き、嘆きの表情は時を止める。
「逆に石にされる感覚はどうかな?」
尼ヶ辻は布を巻く拳に視線を落とし、穏やかに問いかける。
問われたバンシーは答える術を持たない。
「畳みかけましょう」
只野のトランペットは三度響き渡る。
軽快な調べはバンシーを揺るがせ、さらさらと砂のように崩れ始める。
その体を貫くヴァイスの銃弾。
「やっちまいな」
ヴァイスの呟きは尼ヶ辻に向けて。
大きく踏み込んだ脚がアスファルトを割り、振りぬいた拳は遮る者を真っ直ぐ貫く。
ぽっかりと胸に開いた穴から崩壊は始まる。
嘆きの表情は崩れ、バンシーは砂塵を残して倒れる。
●
悪い魔法が解ける時間。
石化が解けた一般人達は崩れ落ちるようにその場に座り込む。
石となった余韻が残る体は突然戻った重力を支えきれない。
呆然とする彼らの目の前にふわふわとヒリュウが舞い降りる。
『こっちへ避難!』と書かれた画用紙を首に下げ、誘うように何度か旋回して交差点から離れていく。
その姿に、まだ危険が去っていないことを思い出した人々が這うように走り出す。
「ほら、歩けるか」
ヴァイスは躓いた女を抱きとめ、支える。
「俺達が負けると思うか?……慌てずに行け」
落ち着いた声音で声をかけるヴァイスにこくこくと小刻みに頷いて、先ほどより少しマシに逃げていく。
走り出した一般人に反応したのはヴァイスだけではない。
狼男は目の前の撃退士に背を向けて、逃げ惑う一般人に向かって飛び出していく。
「逃がしませんよ。ストレイシオンッ!」
アレクシアが鋭くストレイシオンに呼びかける。
ストレイシオンの輪郭が滲むように宙に溶ける。
次の瞬間、狼男の前に再び召喚される。
ごぉ、と咆える声にも狼男は怯まずに突き進む。
アレクシアはその様子に微笑みを浮かべる。
「事は成りました」
狼男が一般人へと飛びかかる。
その爪を遮るのは全力で走り込んで来た二つの影。
アデルが鬼の名を冠する直刀を構え受け止める。
狼男の爪はストレイシオンの祝福の光に遮られ、アデルの刀で弾かれる。
もう一つの影は只野。
崩れる体勢を気にせず飛び込んでくる。
狼男の攻撃を掻い潜り、手にした斧を一気に振りぬく。
只野の斬撃を受けた狼男はその勢いのまま数mを走り抜ける。
上半身を只野の斧に残したまま。
「吹っ飛ばすつもりだったんですが」
只野は斧を一閃させ、血糊と息絶えた狼男を振り落し、目立ってしまったことに溜息を漏らす。
「柔らかくなったら調理開始だ」
アデルが対峙する狼男に追いついたカインは義手に取り付けたパイルバンカーを活性化させ、狼男の傷口に押し当てる。
「肉は叩いて柔らかくするんだ」
アウルを爆発的な勢いで膨張させ、バンカーが打ち出される。
その勢いは狼男の肉を貫き、骨を砕く。
引き抜かれたバンカーの反動で後ろによろめく狼男。
その背をストレイシオンが尾が打ち据える。
「これで終わりね」
よろける狼男の頭部にソフィアの雷光が飛来する。
ぱん、と乾いた音を立てて頭部が弾ける。
街に静寂が訪れる。
●
只野は戦闘の記録を整理し、駆けつけた警察官と撃退署の職員への引継ぎを行う。
警官と職員は学園の撃退士に慣れていないのか、淡々と事件の状況を語る少女に顔を見合わせている。
「あーあ、買い物してる気分じゃなくなっちゃったなー」
ソフィアは大きなあくびを手で隠して、大きく伸びをする。
野次馬が集まり出した周囲を見回し、落ち着いて買い物を続けられる状況でないことに唇を尖らせる。
「もう少しで掘り出し物が見つかりそうだったんだけど……今日はかーえろっと」
ふわりと飛翔したソフィアの姿は、次の瞬間には夜空を気持ちよさそうに飛んでいた。
アレクシアも気分を削がれ、帰宅の途に就く。
石化した時に何かを感じたような気がしたが、掴もうとすると薄れていく記憶に考えることを諦め、再び騒がしくなり始めた街を離れていく。
カインは尼ヶ辻の治療を受けた後も身体に残った衝動を持て余し、近寄り難い気配を周囲にまき散らしている。
死や戦いに馴染みのない一般人の野次馬も、カインの様子に何かを感じ取ったのか、カインが近づくとさっと脇に避ける。
周囲を埋め尽くす野次馬をモーゼのように道を開いて進むカインは表情を見せることなく真っ直ぐに歩いていく。
アデルは自らの掌を見つめ、ぎゅっと握りしめる。
開き、閉じ、開き、閉じる。
「……ふん」
短く息をつき、アデルは真っ直ぐに前を向いて歩き出す。
「応急処置はしたよ。後は自分で何とかするんだね」
尼ヶ辻は傷を負ったカインとヴァイスの治療を行い、周囲を見回す。
石化していた一般人は警察に保護され、救急車へと担ぎ込まれている。
手助けの必要が無ければ、当初の目的を果たすだけだ。
騒がしい野次馬の先に『酒』と書かれた看板を見つけ、歩き出す。
酒は静かな部屋で飲むのが一番だ。
あの時間が流れないような自分の部屋が。
「嗚呼、そうでもないか」
放っておいてくれない同胞を思い浮かべ、憂鬱な溜息をつく。
ヴァイスは煙草に火をつけ煙を肺に溜め込み、長く吐き出す。
煙草を咥えたまま、一人戦っていた男へと歩み寄る。
「よぉ」
短く呼びかけると、男は視線だけで頷く。
「静かに酒が飲みたい」
良い場所を知ってるか、と煙に眉をしかめて尋ねる。
「ツケが効かない店なら、な」
男は肩をすくめて答えるのだった。