●
湿り気を感じる空気が心地よい山の中、集まった撃退士達は自らの体に丸太を縛り、思い思いに山頂への道を歩き出す。
「いいねぇ!夏本番前に山登りか!」
バルトロ・アンドレイニ(
ja7838)は気持ちよさげに山の空気を吸い込み、ひゅぅと口笛を吹く。
陽気なバルトロの近くでは、運ぶ五十鈴 響(
ja6602)が歩いていた。
「どこかに紫陽花が咲いていないでしょうか。この時期の山は緑も深み、紫陽花の彩りがとても栄えますでしょう。とっても楽しみです」
にこにこと微笑んで自然の彩を楽しんでいる五十鈴は、前を歩くバルトロを見てふと首を傾げる。
「丸太と言えばそんなお祭りがありましたね。危険なお祭りだと聞きますし、運搬で怪我人が出なければいいのですが」
かわいらしい眉をひそめて、登山の無事を祈るのだった。
そんな五十鈴の横をどたどたと激しい音を立てて抜き去る人影がひとつ。
「この丸太を山頂に運べばええんやな!よっしゃ!任せとき!うちが一位になるで!」
うおぉぉ、と気合が溢れ出ている黒神 未来(
jb9907)は猛然と走り去っていくのだった。
黒神が走り去っていくのを見送りながら、メレク(
jb2528)は生真面目な表情を更に引き締めて足を速める。
「待ってください。私は荷運びや難所突破の支援に協力します」
手伝うならば先に行くのが良いだろう、メレクは黒神に置いて行かれまいと駆け出していく。
丸太の位置がしっくりこないのか頻繁に動かしながらも、エリン・フォーゲル(
jb3038)は陽気に歩く。
「やまーやまやま♪やっほーいやっほーい♪ 」
普段なかなか目にしない大自然を歩くことが楽しくてしょうがない。
「いいねぇ!丸太邪魔だけどこういう山登りも楽しいよね!」
側を歩いていた集団に声をかけて楽しさを分かち合う。
「うむ……やはり自然は良いものであるな……」
バルドゥル・エンゲルブレヒト(
jb4599)はほっこりとした表情で丸太を抱えて歩く。
同じく周囲の木々を眺め、鑑夜 翠月(
jb0681)もほっこりとした笑顔を浮かべる。
ごつごつとした山道も慣れた様子でひょいひょいと歩き登っていく。
「自然の多い場所に来るとなんだか懐かしい気持ちになりますね」
周囲を緑に囲まれた環境がどこか懐かしく、鑑夜は軽い足取りで歩みを続ける。
穏やかな表情の中に確かな自信が窺い知れる。
「お話を聞く限りでは険しい道のりみたいですけど、皆さんと協力して頑張って行きたいですね」
自分の居場所に帰ったような、そんな活き活きとした様子で周囲の撃退士に声をかけるのだった。
ふぅ、と溜息をついて志塚 景文(
jb8652)は遥かな頂きを見上げる。
「あえて難所を行く、か……。自分一人なら気楽に挑めるけど……、心配になるものだな」
視線は隣を歩く酒守 夜ヱ香(
jb6073)へと向かう。
酒守は考え事をしているのか、その視線に気づかずに独り言を呟いている。
「ロープと、丸太と、大工道具……アスレチックが作れそう……かも」
ぶつぶつと呟く酒守の横顔に見とれて足が止まっていた志塚は、身軽にどんどん歩いていく酒守に遅れないように慌てて足を速めるのだった。
「聞いてたのより大変そうですけど、大変な事もあった方が良い思い出もより印象に残りますし、頑張りましょうね?」
にこにこと笑いながら、佐々部 万碧(
jb8894)にまとわりつくようにシャロン・エンフィールド(
jb9057)ははしゃいだ様子で話しかける。
佐々部はシャロンを安心させるように微笑んで見せる。
「単なる交流会よりこういう方が俺には合ってるからな。丁度良かった」
シャロンが背負った丸太があちこちにぶつかりそうになるのをそっと押さえて、佐々部はシャロンの話に耳を傾けるのだった。
徐々に険しくなってくる山道に、表情の重い撃退士も居る。
龍崎海(
ja0565)は包帯に滲む血を隠し、ゆっくりと歩く。
額には常には見ないような汗が噴き出している。
「貼り出していた合宿はどれも普通の人が出来そうなものがあったけれど、これは……」
ずれてきた丸太を担ぎなおそうと身を捩ると激痛が全身を駆け抜ける。
何とか表情は変えずに耐えたが、この先もずっと続くと思うと溜息もでるというもの。
「周りに迷惑にならないといいなぁ」
龍崎はぽつりと呟くのだった。
「って、やっぱり肉体労働だし……」
げんなりとした目つきでエミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)は溜息をつく。
自然には興味はない、というエミリオだったが姉であるエルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)に引き摺られてやってきた。
「大自然の中で読む本もよかろう……?」
エルミナが少し自信なさげに言いよどむのは、押し付けられた重たい丸太のせいか。
「と、ともかく。たまには自然に触れ合うのもよかろうな……」
「嫌な予感しかしないな……」
言い直したのにやはり語尾が小さくなっていくエルミナに、エミリオは疑いの眼差しでじとっと見つめるのだった。
「ずいぶんと重い『登山』だな……」
霧島イザヤ(
jb5262)は丸太を担いでの登山に呆れたように首を振る。
「これも撃退士としての訓練と思えば普通か……」
ふっ、と笑みをこぼして受け入れそうになるが、周囲の丸太を担いだ異様な集団を見て、空を仰いで遠くの雲を見つめる。
「親父……俺、だんだん認識がおかしなことになってきた気がするんだ……」
遠くを見つめる霧島に雲は優しく漂うのだった。
●
鬱蒼とした木々が生い茂る道は突然終わりを告げ、威圧感を持った絶壁が撃退士達を遮る。
「皆さん一緒に頑張って行きましょう♪」
本格的な山登り装備に身を固めた木嶋香里(
jb7748)は、周囲の撃退士に声をかけて体に命綱を巻き、じっくりと登りやすいルートを見定めていく。
「ロッククライミングでもうちは一位を目指すで!どりゃーっ!」
木嶋の脇を黒神が駆け抜けて真っ直ぐに絶壁に手をかける。
ずんずんと登っていく黒神の横で木嶋はしっかりと命綱を固定しながら登っていく。
絶壁に張り付いてよじ登る撃退士達を横目に、悠々と歩いて登っていく者も居る。
「なかなか見事な難所だね。でも、もうちょっと高さがあった方が楽しめたかな?」
桐原 雅(
ja1822)は絶壁に立ち上がり、時折落ちてくる落石も身軽にかわして駆け上がっていく。
落石を避けるついでに、目についた外れそうな岩を除去して、遠くに放り投げて進む。
「断崖絶壁ですか?まあ、僕には関係ありませんが」
同じく絶壁に立つのはエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
ただし、桐原と違ってのんびりとお菓子を頬張りながら悠々と歩き回っている。
隣には召喚獣のハートを呼び出し、丸太を一緒に持って散歩気分だ。
「あ、落石ですよ。こっちに来てますから気をつけてくださいね」
落ちてくる岩に気づいたら、絶壁をよじ登っている撃退士へ注意を促し、自分は悠々と歩いて避ける。
「落石注意とはこれのこと。素早く避けて対応しましょう!」
死屍類チヒロ(
jb9462)も絶壁を走って落石を避けていく。
エイルズレトラはその様子を見て、チョコレートを差し出している。
「このチョコも美味しいですから、良ければ食べませんか?」
「へぇ、ありがと〜♪」
二人でまったりと絶壁を登っていると、ふと召喚獣の様子がおかしいことにエイルズレトラが気づく。
「何の変哲もない奇術ですよ……あれ、ハート、どうしたんですか?」
召喚獣が絶壁の上を見て警戒している様子に気づいて、崖の上を見つめるが特に何も見つからなかった。
ただ、目の端にチラリと何かが翻った気がして首を傾げるのだった。
絶壁を越えると緩やかな登り坂がしばらく続き、少し急な下り坂へと続いている。
「やっと下り坂やな!ようやっとこれの出番や!滑り降りるで!」
黒神は妙に張り切った様子で丸太を下すと、押しながら丸太に飛び乗る。
「ほら!みんなやってみ!気持ちええなぁ!」
どどどど、と凄まじい勢いで丸太は坂道を滑り落ちていく。
撃退士の身体能力で丸太を乗りこなす黒神は気持ちよさそうに気勢を上げる。
「ヒャッホー!……あっ、道がっ!聞いてへんでぇぇー!」
坂道はだんだんと狭くなり、崖の中腹の人がようやく通れる程度の道幅の道となる。
丸太は急に止まれるわけもなく、黒神は絶叫と共に谷底へと落下していくのだった。
●
「自分がまず先に行こう」
最初に雪之丞(
jb9178)が狭い小道に足を踏み出す。
きりりとした男装が激しい谷風に煽られるが、慎重に一歩一歩確実に歩を進める。
「大丈夫そうだ、皆ついてきてるか?」
ある程度進んで安全を確かめては後に続く撃退士達を誘導するのだった。
一方、狭い道を避けてアヴニール(
jb8821)は空を飛ぶことを選んだ。
落石を警戒してその兆候を見逃さないように、岩肌が見える位置を飛ぶ……はずだった。
「む、風が……風が強いのじゃー!」
谷底から吹き上げる風に軽いアヴニールの体は翻弄される。
風は微妙に吹く方向が変わるため、右に左にと振り回される。
「むむ、然し、こんな突風、負けないのじゃ!我のこんじょう、みせてやるのじゃー!」
アヴニールは前傾姿勢で風に立ち向かい、なんとか小道を過ぎた場所までたどり着く。
そこでは風も弱まり、ほっと一息つける場所だった。
「我の力を甘く見てもらっては困るのじゃ。これしきの風は……ん?」
くすり、と笑われた気がして周囲を見回す。
ちらりと正面の岩陰に人影が見えた気がして、誰かいるのか確かめようと近づく。
岩陰を覗き込もうとした時、不意に正面から吹きつけてきた突風にアヴニールは吹っ飛ばされる。
「もう嫌じゃー!」
小道へと押し戻されて、再び風に翻弄されるアヴニールの悲痛な叫びが木霊するのだった。
「落石か、落ちそうじゃなく落としてから通ればいいんじゃ?」
龍崎は風の影響の少ない上空を飛びながら、ぐらぐらと揺れる岩を落としていく。
一つ落とせば、他へも影響を与えてしまうこともある。
大きく傾いだ岩を退けたことで、その上に重なっていた岩もバランスを崩して揺れる。
「あっ……!」
その影響が思わぬ位置まで波及して、先頭を進む雪之丞の近くの岩が揺れ始めたのだった。
「落石じゃっ!」
強風に煽られながらも、落石の気配を察知してアヴニールは警告の声をあげる。
「落石っ……!くっ!」
雪之丞は頭上を仰ぎ見て、危険な領域を早く抜けようとするが、足場の悪さから気ばかりが急いてなかなか進めない。
落石が雪之丞に襲い掛かってきた時、崖の中からメレクが飛び出す。
「崖の中に透過していて正解でしたね。この斧を存分に振るえます」
メレクは体の半分を崖に透過させたまま、手にした斧にアウルを込める。
刃の反対側からアウルを噴出する片刃斧を、強かに落石に叩き付け、粉砕する。
粉々になった岩は、細かい礫となって撃退士達に降り注ぐ。
「危ないっ!屈んでくださいっ!」
後ろを歩いていた鑑夜が声をかけ、アウルを瞬時に高める。
鑑夜のアウルに呼応するかのように、その陰から無数の腕が砕けた礫を捕まえる。
全ての礫を捕まえた腕は鑑夜の合図で消え、パラパラと礫を崖の下へ落としていく。
「もう大丈夫ですよ。ここは危ないですからね、早く行きましょう」
自分の方へ飛んできていた礫を手に掴んだまま、鑑夜は穏やかに微笑む。
心なしかいつもよりも精悍な顔つきを見せるのだった。
酒守は自分の足と地面に磁場を形成して滑るように小道を進んでいた。
前方でメレクが落石を粉砕しようとした時には礫が飛んで来ることを予測し、わずかに脇にズレて回避をおこなう。
磁場で浮いていた酒守は、足元の岩がぐらついていたことに気づかず、浮き岩を踏み抜いてしまう。
「きゃんっ……」
子犬のような声を出した酒守の落石が崖を転がっていく音が聞こえる。
だが、酒守の体は転落することは無く、足元は宙に浮いている。
志塚が透き通るような青い翼を広げ、崖へ転落しそうになった酒守をしっかりと支えていたのだ。
「あっ……」
とっさに引き寄せてしまった酒守が余りに近過ぎて、志塚は息を飲んで言葉が出てこない。
いつものペースを取り戻そうとごくりと唾を飲み込んでようやく志塚は平静な声をだす。
「その、大丈夫、かな?」
「うん……、平気……だよ」
酒守は微かに笑みを浮かべ、ぽつり、と答える。
二人はそのまま、ゆっくりと小道の終わりまで飛んでいくのだった。
●
崖の小道を抜けた撃退士達を待ち受けていたのは、轟々と音を立てて流れおちてくる滝だった。
滝を見上げると所々に岩や木が生えていて、飛沫を上げている。
「すっげぇ滝だなこれ……」
バルトロは呆れたように見上げる。
「マイナスイオンがすげぇな。癒されるっつーか、濡れるっつーか……」
時折落ちてくる丸太がぼろぼろになって落ちてくる様子に、遠くを見つめるような眼差しでぼんやりと見続ける。
「すげぇな!俺知ってるぜ、こういうのに打たれてしゅぎょーとかいうのやるんだよな!?」
壮大な滝を見上げてテンション高く話しかけてきたのはアルフレッド・ミュラー(
jb9067)だ。
バルトロはアルフレッドの肩をポンと叩くと、諦観を込めた表情で告げる。
「……登るんだよ、これ」
「え?登る!?」
バルトロの言葉に驚愕するアルフレッド。
そんな彼にバルトロは静かに頷くのだった。
「飛んでいったら……駄目なんだろーなぁこれ……」
二人はしばらく滝の前に呆然と立ち尽くすのだった。
「あはは、素晴らしいね。マイナスイオンを浴びるととても癒されるよ。ボクはまた綺麗になってしまうね。水が滴ると良い男になるんだろう?」
クオン・アリセイ(
ja6398)は両手を広げて滝の飛沫を全身で受け止める。
マイナスイオンで癒されるよりもびしょ濡れになって気持ち悪そうだが、本人はいたって真面目に受け止め続ける。
「さて、ミッションも真剣に取り組まないとね」
滝を満喫し終わったのか、滝に向かってばしゃばしゃと走っていく。
滝壺で一瞬姿が消えたが、水面が爆発するように吹き上がる勢いで飛び上がり、岩や木を足掛かりに駆け上がっていく。
岩や木を蹴る時に力を入れすぎて折ってしまっているのだが、気づかずにどんどん登っていく。
「あははっ、ボクにかかればこんなもんさ……あっ」
最後の岩を蹴り倒し、滝の上に華麗に宙返りをしながら降り立ったのだが、ポロリとポケットに入れていた発煙手榴弾が零れ落ちる。
モクモクと立ち上る煙で先が見えなくなった滝の難易度は跳ね上がるのだった。
桐原は昔読んだ滝行のシーンを思い出しながら、一つの挑戦を試みる。
真に鋭い蹴りを放つことが出来れば、滝も割ることが出来るのではないだろうか。
降り注ぐ滝の勢いにも負けず、滝の真下へと歩いていく。
頭を上げているだけでも苦しい滝の勢い。
凄まじい重量の水を浴びながら、じっと精神の集中を図る。
耳元に降ってくる轟音もやがて意識の外へと押し出されていく。
全身を覆っていた風のようなオーラと白い光翼が強く輝いていたが、それもやがて静かに消えていく。
すべては唯一つの蹴りのために。
意識の中に何もない真っ白な状態となった時、桐原は蹴ろうという意識も無いままに蹴りを放つ。
シンプルな動作に込められたアウルが滝を遡っていき、ちょうど落下していた丸太を切り裂く。
その瞬間、桐原に降り注いでいた滝の重みが消えた。
はっとして顔を上へと向けた時、確かに滝が割れていた。
次の瞬間に落ちてきた膨大な水に押しつぶされて沈んでしまうが、すぐに浮き上がった桐原は一人静かに拳を突き上げるのだった。
アルフレッドは根性の男だった。
飛ぶことは出来る。だがしゅぎょーだから登らなければならないのだ。
「つーか、岩肌すっげぇ滑るんだな……」
つるつると滑る岩に苦闘しながら、何とかしがみついて登っていく。
「ああ、コツがあるのかこれ……ってちょっと気ぃ抜いたらなんか上から降ってきたぁあ!?」
何故か振ってくる丸太に気が付くが、今手を放すと落ちてしまう。
ここまで登ってきたのに、落ちてしまうなど……
\ゴンッ/
鈍い音を立てて丸太と一緒にアルフレッドは落ちてくる。
すぐに浮き上がってくるが、その額にはぷっくりとタンコブが出来ていた。
「誰だ丸太放り投げたやつ!」
叫び声をあげるが答える声は無く、自分の丸太と落ちてきた丸太、両手に抱えたそれを見て溜息をつく。
「しょーがねぇよなもったいねぇから……もっとしゅぎょーが……」
ぶつぶつと呟きながら翼を広げて飛翔するのだった。
「すとれいしおんちゃ〜ん♪」
キャロル=C=ライラニア(
jb2601)が呼びかけると、滝壺の中にストレイシオンが現れる。
「すとれいしおんちゃん滝登りしたそ〜なのできてもらいました♪」
水の中をすいすいと泳ぐストレイシオンに楽しそうに話しかけている。
「きもちよさそうで良かったのです〜。水をえた竜ですの♪」
ふわりと小鳥のような翼を広げ、荷物と丸太を持ち上げる。
「う〜ん、すこしおじゃまなものがありますの〜。しぜんふ〜が大切だとおもいますの〜♪」
頑張ってよじ登っている撃退士のロープをおそ〜じなのです〜♪と外して回る。
さらに、アルフレッドの呟きを聞いてぽんっ、と手をうつ。
「はらら?とらっぷ、をつくるひつよ〜もありますの?むむむ、しゅぎょーのためお手伝いしますの!」
張り切ったキャロルはストレイシオンと一緒になって丸太を拾ってきては滝の上から投げ下ろし始める。
近くでドレスエプロンの赤毛の女の子も同じようにしてるので笑顔で挨拶して丸太運びを手伝う。
「ほら間違えてないのです♪たくさんがんばりました後のごはんはおいし〜のです♪」
さらに張り切るのキャロルだった。
何故か煙幕がはられ、何故か降ってくる丸太の数が増えた滝を見上げて死屍類はにっこりと笑う。
滝壺に向かって水の上を歩き、ばしゃばしゃと滝に向かっている撃退士達に芝居がかった会釈をして見せる。
「これから本当の滝登りをみせるよ〜♪ここでしか見れないよ!」
滝に向かって歩いて行った死屍類は、そのまま壁に垂直に立って滑るように登っていく。
真っ直ぐに落ちてくる丸太に対しては忍刀を抜いて、滝を駆けあがりながらスパッと両断する。
「はーい、こんな大きい丸太も一刀両断!切れ味抜群だね〜。風凪くん♪」
そんな調子で陽気に登っていくのだった。
「まあ、凄いですね。滝好きには堪らないのです」
地図を確認しながら歩いてきた五十鈴は、煙幕も少し収まってきたところにやってきて感嘆の声を上げる。
滝を登っている撃退士達を眺めて、ふと表情を曇らせる。
「沢登りではなく、滝登りなんですね……ちょっと不安ですね、でも」
きっと何とかなるでしょう、と機嫌よくどこかの民謡を口ずさみながら、リズミカルに登っていく。
途中まで登った所で丸太が降ってくる。
「きゃっ……あ」
驚いた勢いで思わず瞬間移動で滝の上に出てしまう。
「う〜ん、途中まで登っていましたし、きっと大丈夫ですよね」
止まってしまった歌を再び口ずさみながら、道を進むのだった。
●
続いて撃退士達の前に現れたのは途切れた道だった。
ぐるりと湾曲して続いていた道は唐突に途切れ、直角の崖となっていた。
「なんだこれ!?」
霧島はすでに色々と酷い状況を見てきたがついに道が無くなったところで絶句してしまう。
「見事に道が消えてるねぇ〜」
霧島の側に居たエリンは片手を額に翳して陽気な声をあげる。
「なんというか……この豪快な崩れっぷり、いっそ見事なほどであるな……」
バルドゥルは複雑な表情で目の前に広がる崖を見渡す。
同じく崖を目の前にしてエミリオも言葉を失っている。
「自然の猛威を味わう山登りだな……」
「一応、山崩れについては報告をしておこうか。この道も使うものが居るかもしれぬし……流石に居らぬか」
無駄かも知れぬが、と呟きながらもエルミナは地図に崖崩れの状態を書き込んでいく。
「こんな時こそバッサバッサ飛んで荷物運ばなきゃね!」
エリンは元気に飛び立ち、飛べない者の荷物を受け持つ。
「この丸太ってどこに使うんだろーねー」
霧島と二人で数人分の丸太を持って飛ぶが、荷物を持ちすぎてフラフラと危なっかしい。
「これ、重量の分、浮力下がるんですね……」
気を抜いた瞬間にがくっと落ちそうになり、その度に冷や汗が浮かぶ。
エリンはそれも楽しんでいるのか、下を見て暢気な声をあげている。
「うおー。ある意味絶景だー」
「ちょ、余所見は、危険、ですよっ……」
霧島は顔をひきつらせて必死に支えるのだった。
エルミナとエミリオは渡る手段のない人を抱えて運んでいく。
「まさかこんな所で翼を使用することになるとは……飛べる者が多いのが救いであるな」
エルミナはきょろきょろと周囲を見渡して撃退士達の状況を確認する。
「姉さん、あんまりきょろきょろしてると落とすぞ……」
エミリオの言葉にエルミナに抱えられている撃退士はぎょっとしたように固まる。
「ところで姉さん。スカートで山登りはどうかと思うんだが。また下から見えたらどうするんだ?」
「下になど誰も居ないだろう」
エルミナはエミリオの言葉に反論するが、心なしか少しずつ高度が下がっていく。
抱えられている撃退士は青い顔をしているが、そのまま何とか反対側の道まで辿り着くのだった。
「一応道ですので、後で渡れるようにロープを張ってはいかがでしょうか」
メレクは断崖を往復しながら飛べぬ者や荷物を運んでいく様子を見て、提案する。
「確かに一人ずつ運ぶのでは時間が勿体ないであるな」
バルドゥルも同じように考えていたのか思案顔で頷く。
「登山用ザイルで両端固定してみますか……」
霧島もロープを取り出して固定できるところを探していく。
ロープは数本あった方が良いだろうということで、霧島が固定している2本のロープの反対側をメレクとバルドゥルが持って飛んでいく。
ちょうど良い高さに見つけた木や岩にロープを結ぶとロープを手で掴みながら歩いて行けるような高さに結ぶことが出来た。
「これで少しは早く行けそうですね。念のため私は飛びながら補助しますので、後は歩いてもらいましょう」
メレクは気を抜かずに渡っていく撃退士を見守るのだった。
●
ようやく山頂にたどり着いた撃退士達が見たものは、朽ちかけた廃屋だった。
山頂近く、崖に突き出したように立つ広い山小屋は斜めに傾いでおり、なんと一本の丸太が支えているだけの状態だった。
「皆さん難所を抜けてきてお疲れですよね。作業に入る前に甘い物でもいかがですか」
シャロンは疲れを感じさせない軽やかな足取りで持参したチョコレートを配っていく。
目的地についてほっと休んでいる撃退士達が甘いチョコレートに癒されていく。
「怪我してる人はいないかい?」
同じようにフルーツを配っていく龍崎は怪我人をヒールで癒していく。
束の間の休息で元気を取り戻した撃退士達は、山小屋の修復に取り掛かる。
「さあ、小屋を改造するか!秘密基地作るみたいな感じでいいよな。いや、遊びじゃねぇんだけどよ」
バルトロは思わず漏れた本音に照れたように頭をかく。
そんなバルトロに霧島はわくわくとした表情で頷いている。
「いや、なにかいいですね。こう、隠れ家を作るみたいな感じで」
だよな!と妙に意気投合して盛り上がる男たちを尻目に木嶋とエリンは設計図を確認していく。
「丸太ってこの材料だったんだねぇ」
「効率よく作業していきましょう」
設計図と丸太を見ながらエリンがうーんと唸っていると、木嶋が事前に調べて来た知識を使って修繕に使う丸太を分けていく。
「体力勝負やったら負けへんでーっ!」
丸太を担いでうおぉーっと運んでいくのは、谷底から無事生還した黒神だった。
人一倍ハードな道を踏破した黒神だったが、まだまだ元気は有り余っているようだ。
酒守は木材を使えるようにかんな掛けに励んでいた。
シュッ……シュッ……シュッ……
前後に体を動かすたびに豊かなバストがたゆたう。
一緒に木材を加工していた志塚は気が付けばそんな酒守に見とれていた。
「こっちは、出来た……よ?」
見られていることに気づいた酒守は志塚に向かってこくりと首を傾げる。
「えっ、あ、ああ、それじゃロープで縛るから貰うよ」
「うん……お願いする……ね」
酒守の仕草をみて息が止まっていた志塚はあたふたとしながら木材を受け取る。
そんな志塚の様子に気づいた様子も見せずに、酒守は再びかんな掛けに戻るのだった。
「小屋の補強するよー!」
元気に屋根へと飛び立ったエリンは痛んだ屋根の状態に恐る恐る降り立つ。
「雨漏りとか大丈夫かな……ぐわっ!」
そっと体重をかけた途端に穴が開き、エリンは腰まで屋根に埋まる。
「ぜんっぜん大丈夫じゃなかった……!」
予想外の脆さに衝撃を受けるエリンだった。
「おーい、誰か釘を持ってきてくれ」
雪之丞は屋根の上まで釘を持ってきてもらおうと後ろを振り返る。
その目に飛び込んで来たのは視界の限り雄大に広がる山の稜線と澄み切った青空だった。
眼前にそびえる険しい山々は、雪之丞の知っている日常とはかけ離れた光景で。
「ハッ!?いかん作業を続けないと」
つい見とれてしまった雪之丞は慌てて作業に戻ろうとして、釘がまだないことに気づく。
自分に苦笑する雪之丞にすっと数本の釘が差し出される。
「実に良い風景であるな。釘ならばここに持っておる」
使うか、と釘を差し出したのはバルドゥルだった。
雨風に強いように角度をつけて板を並べ、板を打ち付けていく。
その隣でアルフレッドも丁寧に作業を進めている。
「この木の匂いもいいよな……」
さらりと板を撫でて仕事の出来栄えを確かめながらアルフレッドは呟く。
「帰ったら俺も自分の家建てようかな」
アルフレッドは設計図を眺めて鼻歌を歌うのだった。
「こちら側も痛んでますね……」
シャロンは崖と壁の間の狭い範囲を慎重に歩いていくが、突然吹いた突風に体が浮き崖に身を投げ出される。
「あっ……」
慌てて翼を活性化しようとするが、その前にがっしりとした腕に支えられる。
「ぼんやりしてると危ないぞ」
佐々部が穏やかに微笑んでシャロンを抱き留めていた。
●
修繕もひと段落し、後片付けを行っている中で料理班は炊事場で料理を始める。
「さあ、これが役立つ時が来ましたね」
木嶋は家から持ってきたとっておきの塩漬けの鶏肉と棒状にした潰した米を取り出す。
「きりたんぽスープを作ろうと思いまして♪」
今から皆が美味しく食べてくれる光景が楽しみで、木嶋はにこにことしながら料理を行う。
雪之丞は修繕が終わった屋根の上に寝そべり星空を飽きずに眺める。
「食事できたよ〜」
雪之丞を呼ぶ声が聞こえる。
「ああ、わざわざすまんな」
応えて屋根を降りながら、自分が笑みを浮かべていることに気づく。
「今行くよ」
もう一度力強く答えて、黒神の奏でるギターで賑わう仲間達の元へと急ぐのだった。
「湯加減はどうかね?」
エルミナは丸太の余りを薪にしてくべながら、風呂に使っているエミリオに尋ねる。
「あぁ、気持ちいいよ」
風呂場からばしゃばしゃと水音が聞こえるのは、エミリオが五右衛門風呂を珍しがっているからだろうか。
表情には出ないが嫌がっていたエミリオも楽しんでいたのではないか、とエルミナは思う。
今日は久しぶりに本を読んでいないが、悪くない。
「普通の泊りとは違うが……」
エルミナは呟く。
「こういうのも楽しいな」
「こういうのもたまにはいいな……」
風呂のなかでエミリオも同じように呟いていた。
エルミナは星を見上げてふっと笑う。
明日も天気になるといいな。
「それでね……えっとね……」
お腹いっぱいになってむにゃむにゃと言いだしたシャロンの頭をなでて、佐々部はシャロンを寝床へと連れていく。
「話はまた今度聞いてやるから。もう寝ろ」
シャロンは撫でられる手の感触に安心して瞼が落ちていく。
「あぅ、折角の機会なのに……」
喋っている途中で寝息を立てだしたシャロンの頭をもう一度撫で、佐々部は微笑みを浮かべて自分の寝床へと移るのだった。
●
まだ空が明らみだした早朝。
五十嵐は澄み切った山の空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をする。
少し冷たい空気で肺を満たすと体が目覚めてくるのを感じる。
「よぉ、おはよう。早いんだな」
バルトロが眠そうに目をかきながら山小屋から出て来た。
「おはようございます。ご来光を見たくて起きちゃいました」
五十嵐が微笑みながら答える。
二人が見つめる東の稜線から一層明るい光が出てくる。
その瞬間、二人はふんわりと暖かな光に包まれる。
「いいもんだなぁ。生きてるって感じがするぜ」
バルトロがほぉ、と溜息をついている横で五十嵐は再び深呼吸を始める。
「やぁっほぅ!」
五十嵐が太陽に向かって大きな声を出すと、山々が目覚めるように木霊を繰り返していく。
●
「……ん?」
響いてきた木霊に鷺谷 明(
ja0776)は顔を上げる。
暗闇の中、じっと川の音を聞いていたのだが見上げてみると木の間から木漏れ日がさしていた。
「もう朝か」
垂らしていた釣り糸を巻き上げる。
餌はついていない。
つけていなかったのか、取られたのか。
鷺谷は気にする素振りも見せずに再び竿を投じる。
魚を取りに来たはずだったが、いや、確かに魚を釣ろうとはしているのだが、釣れなければそれはそれで愉しい。
かさりと音がして、人影がすぐ近くの藪を飛び越えて出て来た。
鷺谷が釣り糸から顔をあげると赤毛のメイドと目があう。
ぺこりと妙に律儀なお辞儀をした鷺谷に、メイドはスカートの端を摘まんでちょんと会釈を返す。
ざっ、と再び藪の中にメイドが消えていくと、鷺谷は再び竿を投じるのだった。