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輸入家具屋では大人びた赤毛の青年が黒髪がクールな少女と一緒に家具を探していた。
落ち着いた佇まいの二人は穏やかな時間を共有していた。
「これなどは大きさも手触りも良いですよ。色も天草さんにとても良く似合っています」
落ち着いた色合いに鮮やかなラインの入ったクッションを手に取り、ヴァンサン・D・バルニエール(
jb9933)は天草 園果(
jb9766)へ渡す。
「まあ、本当に……」
天草はクッションを撫でながら真剣な表情で吟味をしている。
その表情をヴァンサンは微笑みを含んだ眼差しで見守っていた。
穏やかな時間は同時に鳴り響くコール音に遮られる。
二人は視線を交わし、狩野からの緊急連絡に耳を傾けるのだった。
「先輩!すぐ向かいましょう!」
天草は手触りを確かめていたクッションを慌てて元に戻し、ヴァンサンの手を引く。
電話を取った瞬間から表情は険しくなり、狩野から送られて来た地図に目を走らせる。
「そうだな。……早く家具を選びたいんだ、此方は」
小さく頷いた天草の表情を、先に駆け出したヴァンサンは見れなかった。
本屋で好きな本を探していたイアン・J・アルビス(
ja0084)はマナーモードで震える緊急呼び出しに気づいて急いで外に出る。
かけていた眼鏡を外したイアンは狩野の話を聞くに連れ徐々に真剣な表情となり、周囲の人ごみを縫うようにして走り出す。
「街中で暴れるとは言語道断。早急に排除させていただきます」
その目に宿るのは天魔への怒りと焦燥、そして何よりも信念が込められた決意。
イアンの全力疾走の足音がアスファルトに響くのだった。
お気に入りの青い装いに身を包み、ステッキを突きながら街をぶらついていた逆廻耀(
jb8641)はショーケース越しに柔らかそうな座椅子的なソファを見つめていた。
買うつもりはなかったが、その居心地よさを想像して何か離れがたいものを感じていた。
そろそろ行こうと歩き始めたところで狩野からの緊急連絡に気づく。
「現場は2階、か……やれるだけはやっておくか」
現場へ向かう前に投げ出すようにお金を置いてソファを担いで走るのだった。
「ふぁー……」
駅前のベンチに座ってあくびをしながらぼんやりと通行人を眺めていた嶺 光太郎(
jb8405)は緊急連絡に気づいて舌打ちを漏らす。
「ちっ、折角ごろごろしてたっつーのに……ついてねぇ」
面倒臭そうに狩野からの情報を聞き、狩野に天木とも連絡がつくように要請する。
途中までは走っていたが、通行人にぶつかりそうになること数回、溜息をついて赤黒い翼を現出させる。
「あぁっ、面倒臭ぇ!近道でいくしかねえな」
ふわりと宙に舞い上がると、巻き上がる騒ぎをよそに現場へと一直線に飛んでいくのだった。
「君が天木君かな。久遠ヶ原の尼ヶ辻だよ」
電話がつながった天木へ尼ケ辻 夏藍(
jb4509)が話しかける。
「此方はもうすぐ到着するよ。私は窓から透過して突入するからね。周りの人が驚かないようにフォローを頼むよ」
電話の向こう側から激しい物音と悲鳴、助けが来たことを説明している天木の声が聞こえてくる。
天木に作戦を説明しながら、尼ヶ辻は喫茶店へと急ぐのだった。
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ヴァンサンと天草が現場についた時、喫茶店の前を歩く通行人達のほとんどは事件に気づいていなかった。
漏れてくる悲鳴に数名がちらりと窓を見上げ、すぐに興味を失くしたように視線を逸らしていた。
「まずは通行人の避難と客の安全確保だ。その後は速やかに片付ける」
「こっちは私がなんとかします。先輩は喫茶店へ急いでくださいっ」
天草はヴァンサンに告げると、大きく息を吸い込んで通行人に向かって大声で叫ぶ。
「天魔が現れました!すぐに避難してださい!私は久遠ヶ原学園の撃退士です!ここは危険です!すぐに離れて!」
生徒手帳を掲げて叫ぶ天草に最初は戸惑っていた通行人だったが、学園の儀礼服に気が付いた一人が悲鳴をあげて転がり出すように逃げ出す。
「大丈夫、すぐに収まります。落ち着いて押さないように逃げてください!」
駆けつけたイアンは逃げ惑う通行人に声をかけながら喫茶店へと急ぐ。
店内へと続く階段でヴァンサンに気づいたイアンは小さく頷き、二手に分かれて店内へと突入する。
「しかし、なんとまあ、久しぶりに外に出れば騒がしいことだね」
尼ヶ辻はパニックが広がっていく人ごみをかき分け、喫茶店に近づくと翼を広げてふわりと二階へと飛び上がる。
そのまま、空中を歩くように窓ガラスを透過して喫茶店の中へと入っていく。
「お疲れ様、加勢に来たよ」
翼を収めながら、怯える客を庇うように立っていた天木へと声をかけるのだった。
ヴァンサンは厨房を駆け抜け、腰をかがめてカウンター越しに喫茶店の内部の様子を伺う。
騎士甲冑を纏った鬼のような異形は長大な騎士槍を振り回し、長剣を両手で握りしめる撃退士の胸を強かに叩く。
撃退士は攻撃を受け止めきれずに壁に叩き付けられ、ピクリとも動かなくなった。
「良く頑張ってくれました、ここから先は何とかします!」
入口から駈け込んで来たイアンは撃退士が吹っ飛ばされる光景を目にして、アウルを載せた叫びを騎士甲冑に放つ。
「僕が相手だっ!こいっ!」
イアンの叫びに騎士甲冑は振り向きざまに槍を突き出す。
喫茶店の中を衝撃派が迸り、テーブルを蹴散らしていく。
イアンは落ち着いた様子で盾を顕現化し、衝撃を受け止めるのだった。
ヴァンサンは騎士甲冑が槍を振りぬいた隙にカウンターを乗り越えて倒れた撃退士の下へと駆け寄る。
「こっちから逃げるぞ」
ぐったりとした撃退士を担ぎ、店の隅にいる客に脱出を促そうとするが、青褪めた顔で震えて固まっている。
「仲間が敵を抑えてくれているからね、大丈夫だよ」
尼ヶ辻はスキルの準備をしながら敢えて騎士甲冑に背を向けて穏やかな表情を客に見せて落ち着かせようとする。
だが、頭では理解しても震える脚が前に出て行かないようだった。
「駄目だ!遠すぎる!引き返してくれ!」
震える客を励まして走らせようとしていた天木がヴァンサンに叫ぶ。
喫茶店の端まで届く攻撃を見せた騎士甲冑に対し、テーブルや椅子が散乱するカウンターまでの10mを全員が走り切れないと判断したのだ。
ヴァンサンはそおの状況を見て小さく頷き、撃退士を担いだまま全力で駆け戻っていく。
喫茶店の外では天草の働きにより喫茶店周辺からの一般人の避難が進んでいた。
ヴァンサンが意識のない撃退士を担いで出てくると、遠巻きに見つめる野次馬からどよめきが湧き上がる。
「彼を頼む」
ヴァンサンは短い言葉と共に天草へ撃退士を託すと、すぐに店内へ取って返す。
撃退士を受け取った天草が喫茶店を見上げると、喫茶店の窓ガラスが弾けるように割れ、キラキラと光を反射させながら降ってくるのが見えた。
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騎士甲冑に肉薄したイアンは槍を振り上げた相手の動きに危険を察してシールドを構えて動きを止めにかかる。
だが、先ほどの衝撃波のモーションとは異なり、イアンを巻き込むように槍を振り回し始める。
大きく振り回された槍はイアンだけでなく、客に語り掛けていた尼ヶ辻をも巻き込み激しく旋回する。
背中を抉られ跳ね飛ばされた尼ヶ辻を天木が受け止めるが、勢いを止められずに一緒に倒れ込む。
尼ヶ辻を助け起こした天木は、支える手に滴る尼ヶ辻の血の量に顔を顰める。
「大丈夫かっ!くそっ酷い傷だ……」
割けた着物からどくどくと血が流れ続けるが、尼ヶ辻は手で天木に下がるように指示し、窓ガラスに向かって符を構える。
「道を塞がれたのなら切り開くだけだね」
符から放たれた水龍が窓ガラスを砕くと同時に逆廻と嶺の二人が店内に飛び込んでくる。
「早く!こっちだ!……ちっ!じっとしてろよ!」
飛び込んで来た逆廻は怯える客を片手に一人ずつ掴んで道へと飛び出す。
ふわり、と宙に飛び出したことで抱えられた二人は悲鳴をあげるが、予想していたような落下はなくそのまま宙を飛んでいく。
違和感を感じて悲鳴が止まった二人は急に柔らかいソファに落とされて短く驚きの声をあげる。
「次がつかえてるんだ、早くどけよ。……怪我は無いよな?ほら早く行けっ」
逆廻は二人に荒っぽく声をかけるが、少し心配気にちらりと様子を伺い、次の客を運ぶために喫茶店へと飛ぶのだった。
同じく飛び込んで来た嶺は、槍を振り回した後で体勢の崩れていた騎士甲冑に、黒く禍々しいレガースを叩き込みアウルを敵に注ぎ込む。
嶺のアウルに浸食された騎士甲冑はぐらりとよろめき、天井を仰いだまま動きを止める。
「好き放題暴れやがって、面倒くせえな」
朱色に輝く髪をかき上げながら面倒そうに愚痴る嶺だったが、素早い動きで着地と同時に飛び退り仲間が自由に動けるように距離を取る。
「うおぉぉ!」
騎士甲冑が見せたその隙をイアンは見逃さずに、気合と共に剣を力任せに叩き付ける。
金属同士がぶつかるような激しい音と共に、イアンの剣は火花を散らして甲冑を切り裂いた。
追い打ちをかけるように尼ヶ辻の放つ水龍のようなアウルが騎士甲冑を襲い、イアンが切り裂いた甲冑の割れ目から肉を食い破る。
「……ふぅ」
店内を泳ぐように戻ってきたアウルの水龍を、尼ヶ辻は溜息を吐き出しながら取り込む。
水龍が全身に纏わりつき光を放って消えると、背中にばっくりと開いていた傷が塞がっていく。
一連の攻撃によろめいた騎士甲冑だったが、槍を頭上に掲げて振り回し始める。
「それは禁止です」
動きを見切っていたイアンが回転の軸となる腕に盾を叩き付ける。
腕の動きを制限された騎士甲冑は嫌がるように動きを止めて距離を取る。
だが、そこには嶺が迫っていた。
低い姿勢から流れるように回し蹴りを放つ。
全身のアウルを叩き込むように放たれる蹴りは騎士甲冑の体勢を崩し、再び動きを止める。
体勢を立て直そうとする騎士甲冑の背に、今度は氷の鞭が叩き付けられる。
「待たせた、片付けるぞ」
カウンターを乗り越えヴァンサンが戻ってきたのだった。
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店内に残っていた客は天木を残して6人全員を逆廻が運びだした。
「あんまり暴れるんじゃねぇよ、運びにくいんだよっ」
悪態をつきながらもしっかりと支えて飛び出していく。
最後の客が脱出したのを確認し、天木は道路へと飛び出そうと走る。
その姿が注意を引いたのか、騎士甲冑は天木に向かって槍を突き出す。
「っと、危ねぇっ!」
嶺はとっさに床に手をついて、アウルの壁を出現させる。
壁は天木の姿を隠すように立ちふさがるが、騎士甲冑の放った衝撃波は壁を打ち破って天木に向かって飛来する。
一瞬だったがその姿が隠れたのが幸いしたのか、直撃を免れた天木だったが、アウルの無い一般人である天木は衝撃派が掠っただけで足が折れるのを感じた。
「くそぉっ、ついてねぇ!」
痛みに大声を出しながらも2階からダイブするように飛んだ天木を下で待ち構えていた天草が受け止める。
「もう、大丈夫です」
痛みを堪えて冷や汗を流す天木を安全な場所へ運んで声をかけた天草は、まだ争いの音が聞こえる喫茶店へと走る。
天草は荒れ果てた喫茶店へ気配を消して侵入する。
姿勢を低くして倒れたテーブルや柱の陰に隠れるようにして、その接近を気取られないように騎士甲冑へと近づいていく。
隠れるものが無くなるまで近づき、敵の隙を伺う天草はヴァンサンと視線をかわす。
騎士甲冑の放つ槍をイアンが確実に押さえていく。
どれほど槍をふるってもびくともしないイアンだったが、騎士甲冑は怯むことを知らずに槍を振るい続ける。
だが、それは他の撃退士達にとっては好機であった。
拳に闘布を巻いた尼ヶ辻と嶺が上下に打ち分ける攻撃を放ち、距離を取ったヴァンサンが放つアウルの玉が二人を援護する。
さらに、救助を終えた逆廻が宙を舞いながら飛び込んでくる。
「全員救助完了だ、遠慮なくやるぜ」
一対の両刃斧を構え、腕にアウルの鎖を巻き付けた逆廻が空中で身を捻ってクルクルと回転しながら、曲線的な攻撃を仕掛ける。
これまでとは違う角度からの攻撃に、騎士甲冑はよろけるように後ろへ下がる。
「今だっ!」
ヴァンサンの声に天草は飛び出す。
その手からは闇を高密度に固めた矢が放たれる。
「先輩っ!」
天草の攻撃に合わせるようにしてヴァンサンが創り出した氷の鞭がしなる。
息の合った同時攻撃は騎士甲冑を打ち砕き、ディアボロの体に突き刺さる。
どぅ、と音を立てて後ろ向きに倒れ、騎士甲冑は動かなくなるのだった。
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荒れ果てた店内でを見回して嶺は溜息をつく。
「こんだけめちゃくちゃになっちまったら片付けるのも大変ろうな」
めんどくせえ、と呟きながら壊れたテーブルを一か所に集めていく。
逆廻は助けた撃退士や一般人に応急処置をしながら、その状態を確認する。
ほとんどは軽傷、怯えているだけで無傷、という状態であったが最初に飛び込んでいた撃退士と天木の怪我は酷いものであった。
「ったく、無茶しやがるぜ」
文句を言いながらも応急処置を施していく逆廻の後ろから、ぬっと手が出て来て撃退士の傷へアウルを送り込む。
「怪我自体は何とかなりそうだね。命に別状はないようで良かったよ」
尼ヶ辻は傷が塞がっていくのを確認して、その場を立ち去っていく。
「私は少し疲れたからね、家に戻るよ。やはり外に出るべきではなかった」
手を振って去っていく尼ヶ辻にイアンが声をかける。
「そんなことはありませんよ、僕らが居たから被害が軽微で済んだのです。外の世界も悪くありませんよ」
真面目な口調で語るイアンの言葉に、尼ヶ辻はそれでも、と呟く。
「働き過ぎたね。充電期間、というものが必要なんだよ」
それでは、と尼ヶ辻は去っていく。
「先輩に怪我が無くて良かった……で、デートは残念ですけど……ま、また行きましょうね!」
天草はこっそりとヴァンサンにささやく。
ヴァンサンは柔らかく微笑みながら、頷く。
「大丈夫ですよ。明日も明後日も、これからも。私たちにはまだ時間は沢山ありますからね」
すっと手を差し出して天草の手を握り、壊れたテーブルの散らばる店内をエスコートして出ていくのだった。
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天木は救急車で運ばれながらじっと目を瞑りあの悪魔の言葉を思い出す。
あの悪魔が見透かしたように残していった言葉、あれは
「俺に言っていた、のか……?」
目を開いて鈍く痛む脚を見つける。
傷は塞がったが折れた骨がつながるにはもうしばらく静養が必要だろう。
撃退士が何度も耐えていた攻撃が掠っただけで壊れた脚と、失うことも覚悟した脚を簡単に治療した撃退士を思う。
「力、か……」
天木は目を瞑り、じっと思いに沈み込むのだった。