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盾を構え、あるいは剣でいなし、結社員達は黒豹の攻撃に耐える。
「はっ!この程度俺たちだけで十分だ!」
剣を構えた細身の男が撃退士達に向かって叫びながら、黒豹に切り付ける。
黒豹は素早い動きでかわそうとするが、目の前をアウルの弾丸がかすり、動きが一瞬止まる。
その隙を逃さずに結社員の剣により額に一筋の傷をつけられ、すっと血が流れ落ちる。
「うっるせーな。天魔に襲われてたら助けるのが義務だろうが。お前ら敵だった相手なら怪我人でも見殺しすんのかよ」
活性化した銃を抜き様にアウルを放った西條 弥彦(
jb9624)が黒豹に目線を向けたままぼそりと呟く。
「お前らが……!なんでお前らが……!」
西條の呟きを聞きとがめた細身の男は西條に向かって怒鳴るが、感情だけが昂ぶって言葉が出てこない。
その様子に西條は溜息をつきつつ、黒豹から目を離さずに言葉を返す。
「お前らを助けるためだけじゃない。俺は俺の仲間を守りたいだけだ」
腰だめにした銃で次々に弾丸を放ち、黒豹の体に穴を開けていく。
「ではメイド殿、遠慮なく先に救助を済まさせていただく!」
戦斧を撫でながらにっこりと微笑んで見守るメイドに向かって、バルドゥル・エンゲルブレヒト(
jb4599)は声をかけて結社員の下へと向かう。
幾枚かの札を手にアウルを高めると、距離を開けた黒豹に向かって無数の彗星が襲い掛かる。
素早い動きで駆け回る黒豹だったが、いくつかの彗星にぶつかり跳ね飛ばされる。
「生きたいから戦うのでしょう?」
Julia Felgenhauer(
jb8170)は翼を広げて宙へと飛び立ちながら結社員へ問いかける。
「聖女様が居なくなった今、私たちが生きてる意味なんて……」
ユリアの質問に杖を構えた女は戸惑いの表情を見せる。
ユリアは首を横に振ってじっと女を見つめる。
「自分の生き死にの理由を誰かに押し付けては駄目よ」
生きたいと願うなら私が助けてあげるわ、ユリアは女に答えを求めながら古びた剣を抜いて黒豹の前に立ちふさがるのだった。
一方、盾で黒豹の攻撃を食い止めた大柄な男は黒豹の勢いにより押しつぶされそうになっていた。
必死の形相で耐える男に、あと数センチで黒豹の牙が刺さる、というタイミングで黒豹は跳ね飛ばされたように頭をのけ反らせる。
「助けがいらないならこのまま帰りたいのだが、生憎そういうわけにもいかないのでな」
牙撃鉄鳴(
jb5667)が放った弾丸が黒豹の頭を弾いたのだった。
Caldiana Randgrith(
ja1544)は学園生を警戒している黒豹に向かって駆け寄り、双銃を構えて黒豹を撃つ。
身体に弾丸を捻じ込まれても怯むことなく突っ込んでくる黒豹の動きをじっと見つめ、キャルディアナは全身に力を込めて前のめりで受け止める。
爪が腰と背中を抉るのを感じたが、キャルディアナは好戦的な笑みを浮かべて双銃を黒豹の腹に突きつける。
「自慢の動きが止まっちまってるぜぇ!」
激しく放たれる銃撃に黒豹は仰向けに吹っ飛んでいく。
硬い毛皮を突き破ることは出来なかったが、比較的柔らかい腹部は衝撃を吸収しきれず確実にダメージを与える。
だだっと小さな影が学園生と黒豹が戦う合間を縫って走ってくる。
「呼ばれなくてもあたし参上!聖女さんの為にも、結社の人は全員助けるよ!」
ずびしっ!とポーズを取ったリーア・ヴァトレン(
jb0783)がメイドに向かって宣言をする。
「シオンちゃんカモンッ!みんなを護って!」
召喚されたストレイシオンが一声咆えると周囲に結界が張り巡らされる。
リーアは胸を張って黒豹に指を突きつけるのだった。
「そこの大きなにゃんころ!結社の人と戦うのはあたし達を倒した後だ!」
ぎろり、と黒豹達の視線が集まる。
心なしかその視線にはこれまでより更に剣呑さが増したような気がして、リーアはきょろきょろと周りを見回す。
「あっ、バルっち達、あとはよろしく☆」
ひゃぁとわざとらしい悲鳴をあげながら結社員達の前まで走るのだった。
「もう誰も死なせない!怪我させないの!」
黒豹への警戒も無く全力で結社員の下へと駆け寄ってきた亀山 幸音(
jb6961)は、結社員を守るように前に立ち塞がる。
「こ、こわくなんか、ないの……!」
唸ってくる黒豹に涙目になりながら癒しのアウルを細身の男に送り込む。
「なっ、何をするっ!」
細身の男は動揺して叫ぶ。
亀山はその声に身を縮こまらせるが、アウルを送り込むのを止めない。
「い、痛いの治すの。治させて欲しいの。沢山助けられなかったの。もう、そんなのは嫌なの……!」
怯えてはいるが決意の籠った目を向けてくる亀山に、細身の男は言葉を重ねることが出来ずにぷいっと黒豹に向き直る。
仲間達が駆け出し、あるいは狙撃を開始したのを見ながら、月詠 神削(
ja5265)は険しい表情を浮かべる。
(こんな時に傷が……それでも、足手纏いじゃないことは見せてやる)
動く度にじわりと傷口をがっちりと固めた包帯に血が滲む。
ドクドクと脈動するように痛みが襲ってくるが、険しい表情を浮かべたまま周囲に悟られないように姿勢を崩さない。
「……弱みは見せたくない。その気持ちはわかる」
結社員が手助けを拒絶する様子を見て、ぼそりと呟く。
月詠は貨物に向かって全力で跳躍し、周囲を一望出来る場所へと移動するのだった。
●
キャルディアナから距離を取った黒豹は再び跳躍する。
貨物から貨物へ、壁を蹴って動き回る。
その動きをじっと見つめ、タイミングを合わせて再度腹部への銃撃を放ち、吹っ飛ばす。
だが、キャルディアナも無事には済まず、右肩を爪に抉られて力が入らなくなった。
「何度でもやって来な、腹いっぱい銃弾を喰らわせてやるよ」
右腕をだらりと下げたまま、左腕の銃で狙いをつける。
腹から血を流す黒豹も戦意を失わずに、再び跳躍を始める。
貨物から貨物へ、縦横無尽に駆け回ろうとするが、不意に背中に衝撃を受けて地面に叩き付けられる。
「自分より高く飛べる相手も居るのよ」
空中に佇みながら剣を振って黒豹の血を払うユリアの姿がそこにあった。
死角からの攻撃がよほど応えたのか、黒豹はユリアに向かって唸り声を上げる。
その時、ざわざわと黒豹の足元を這うようにして黒髪が伸びてきて、その体を縛り上げる。
「捕まえた」
月詠はアウルで擬態した自分の髪の毛を腕に絡ませ、さらに黒豹の体を締め上げる。
黒豹はその場で暴れ、髪の毛を引きちぎっていく
「大丈夫ですかっ」
亀山から飛んできたアウルにより、キャルディアナの右腕の傷が埋まっていく。
「あぁ、十分だね」
キャルディアナはにっと笑うと、光を纏わせた弾丸を暴れる黒豹へ放つ。
光の弾丸は硬かった黒豹を容易く食い破り、大きく体を弾けさせるのだった。
貨物の上からは牙撃による狙撃が淡々と繰り返さる。
牙撃は初撃を放った後に翼を広げて貨物の上へと飛び立ち、レールガンで狙撃体勢に入ったのだった。
遮る者の居ない高所に陣取った牙撃にとって、素早く駆け回る黒豹も止まっている的と大差はなかった。
正確に命中する狙撃に黒豹は狙撃手の存在に気づき、貨物を駆けあがろうと走り出す。
その前に立ち塞がるバルドゥルは盾を掲げ、黒豹の顔面に叩き付ける。
「我の前を素通りはさせん!リーア殿!亀山殿!その方々を頼む!」
結社員を庇う二人に声を駆け、黒豹に向かって盾を突き付ける。
「後ろががら空きよ」
キャルディアナの相手の動きが封じられたのを確認し、ユリアは他の黒豹に対しても剣を振るう。
背中を切り付けられた黒豹達は、上空を飛ぶユリアに向かって殺到する。
「さあ、私が相手になってあげるわ。掛かって来なさい」
襲い掛かってくる黒豹を相手に空中でひらひらとステップを踏むように身をかわす。
貨物を蹴ってユリアの死角から飛びかかろうとした黒豹の鼻先をキャルディアナの銃弾が掠め、咄嗟に身を縮めた黒豹は狙いを外す。
紙一重でかわし続けるユリアを狙って再び飛ぼうとした黒豹の頭を牙撃の狙撃が撃ち抜いていく。
●
「くそっ、お前らになんか助けられるかっ!」
細身の男は黒豹に向かって駆け出そうとする。
その腰にリーアが抱き着いて遮る。
「危険な場所に行かせないの!もう一人も殺させないって、聖女さんに誓ったんだからね!」
「聖女様……!?」
聖女という言葉に動きを止めた男に、亀山も男が飛び出さないように抱きしめる。
「まだ傷は治ってないの。皆を信じて待ってて欲しいの」
亀山の言葉に細身の男は怒鳴り返す。
「お前達を信じろと言うのか!仲間を殺したお前たちを!」
「私は一緒に生きたかったの!何処で間違いが起きたのか、私たちは一緒に考えていかないといけないの!」
細身の男がぶつけてくる非難の言葉に、亀山は相手の目をじっと見つめたまま自分の思いをぶつける。
「あたしも結社の人の事あんまり知らなくて、結社の人もあたし達のことあんまり知らなくて。今も知らない事のほうが多いの」
それでも、だからこそ、と亀山は語りかける。
「知らなければ知ればいいの。私たちがただ助けたくてここに居ることは事実なの」
「そ、そんな事関係あるかっ」
亀山の言葉に動揺したように細身の男は腕を振り払う。
力ない腕の一振り、だが、その勢いでリーアは容易く投げ飛ばされる。
投げ飛ばした男の方が驚いて見つめるなか、リーアはよろよろと起き上る。
その背後では、結社員へ向かって来た黒豹の牙をストレイシオンが受け止めている姿が見える。
「酷いことがあったのは事実よ」
リーアは肩を押さえて真剣な表情で言葉を重ねる。
だからこそ、とリーアは続ける。
「私たちは前を向いて歩いて行かないといけないわ。もう歩くことのできない人達の代わりに」
細身の男の震える手にそっと手を添えて、リーアはぎゅっと握りしめる。
「学園に来てからの聖女さんのこと、皆知らないといけないと思う。一緒に行こう。今度こそ」
「聖女さんのお墓参りに行こう。一緒に行く。何があっても守るから」
二人の真剣な呼びかけに細身の男は言葉を失う。
「一旦下がろう」
盾をもった大柄な男が声をかける。
もう意地を張る気力も無く、弱くなっていた抵抗も止めて力を抜く。
「……わかった」
気が抜けた途端に力が抜けたように崩れ落ちる男を支え、安全な場所へと下がって行った。
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バルドゥルに前を塞がれ、背中からはユリアの剣が襲い掛かる。
黒豹は前にも進めず、逃れる事も出来ずに翻弄される。
何とか逃げ出そうと貨物を駆けあがろうとしたが、今度は牙撃の狙撃により眉間を撃ち抜かれる。
力を失った黒豹はようやくその巨体を地面に横たえるのだった。
月詠は脈打つように痛みがぶり返す傷口を押さえながら黒豹の動きを束縛し続ける。
アウルによる髪の毛の幻影はすぐに振り払われるが、それでも一瞬でも動きを止める事により、キャルディアナが自由に動ける隙を生んでいた。
だが、いずれ幻影を生み出す力も尽きてしまう。
新たな幻影で縛ろうとアウルを操るが、黒豹を縛る黒髪はぼろぼろと崩れ落ちていく。
「……まずいっ!」
まだ天の光を放っているキャルディアナ目掛けて黒い影が疾走する。
その勢いにかわしきれないと悟ったキャルディアナは舌打ちをして両手をクロスさせて急所を守る。
勢いに黒豹の体重も乗った一撃を受け、キャルディアナは激しく後方の貨物に叩き付けられる。
かろうじて意識は繋ぎ止めたが、気を失わなかったことで逃れることのできない痛みが襲う。
止めを刺そうと牙をむき出しにして襲い掛かってくる黒豹に一矢報いようと銃を構えるが、痛みで狙いが定まらない。
駄目か、とあきらめかけたその時、目の前にバルドゥルが立ち塞がる。
とっさに間に入ったため、盾で受け止める余裕も無く脇腹に食いつかれるが、怯んだ様子も見せずに盾に付けられた刃を下に、黒豹目掛けて振り下ろす。
肉に深く牙を喰い込ませて居たため、黒豹は迫りくる盾を避けることもできずにまともに受け、背骨が折れる音と共に沈み込んだ。
西條は細かく位置を変えて動き回り、黒豹に向かって銃弾を撃ち込んでいく。
結社員達が退いていったため、黒豹は西條へと飛びかかってくる。
西條は舌打ちをして迎え撃つために銃を構えるが、その前にユリアが飛び込んで来る。
飛び上がった黒豹を叩き付けるように剣を振るうユリアだったが、空中で身体を捻った黒豹にかわされ、逆に爪の一撃を受け、地上に叩き落とされる。
既に細かい傷を何度かつけられていたユリアは、強い衝撃に意識を失う。
「ちっ、しつけーんだよっ」
再び西條に向かって飛びかかろうとした黒豹は、西條と牙撃の狙撃により西條にたどり着く前に倒れるのだった。
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ぱちぱちと乾いた拍手の音が響く。
メイドが微笑みながら称賛する。
「お見事でしたわ。満足いただけましたでしょうか」
くすくすと笑うメイドに、バルドゥルがゆっくりと歩いていく。
「我はバルドゥルと申すが、貴殿のお名前はお教え願えぬか?」
「私はシェリルと申しますわ」
以後、お見知りおきを、とメイドは丁重な礼を返す。
「マリアンヌの同僚か?」
月詠が貨物から飛び降りシェリルに尋ねる。
ええ、ご存知でしたか、とにこりとシェリルは微笑む。
「んで、何でまたコイツらを狙ったんだぁ?餌なら他にいくらでもいんだろうよ」
「皆様がどうなさるのか、興味がありまして」
キャルディアナの質問にシェリルはくすりと笑って答える。
「今宵の宴はここまでと致しましょう」
シェリルは戦斧を片手で振ると、衝撃派で倉庫の壁にぽっかりと穴が開く。
「次は私がおもてなし致しましょうか。またお会いする日を楽しみにしていますわ」
ごきげんよう、と言葉を残してシェリルは翼を広げて倉庫から去って行った。
「それでは……聖女様はやはり……」
結社員達は亀山とリーアに聖女の最後の話を聞いて放心したように座り込んでいた。
「私はっ!聖女様と一緒に!」
結社員の女は急に立ち上がると懐から短剣を取り出し、自らの胸に突き立てようとする。
だが、一発の銃声が響き、短剣は根元から折れて地面に落ちた。
「最後まで面倒をかける奴等だ」
銃を構えた牙撃が近づいてくる。
「別に後追いしても構わんのだぞ。俺の依頼は天魔から助けるところまでだ。後は知ったことではない」
しかし、と牙撃は考える素振りを見せる。
「お前らの命は俺達が助けた、つまり俺達のものだ。俺達の自由にさせてもらおうか」
戸惑ったような表情の女に指を突きつけ、牙撃は意思の籠った言葉を重ねる。
「生き恥を晒せ、それが聖女への恩返しであり、罰だ。俺が憎いなら復讐心を糧にして生きて見せろ」
それだけを言うと、牙撃は背を向けて歩き出す。
背後から聞こえる泣き声に、心にもない台詞を並べるのが上手くなったもんだ、と照れ隠しに嘯きながら振り返ることなく歩くのだった。