●
静かな夜は警戒の叫びに遮られ、撃退署は浅い眠りから覚める。
撃退士達がベッドから飛び起き、詰所に全員が集まるまで10秒とかからなかった。
「虫の音と風の音だけののんびりした雰囲気で、ゆっくりと夜空を眺めたかったのですけどそれどころではないですね」
鑑夜 翠月(
jb0681)は騒がしくなってしまった周囲の状況に、残念そうに溜息をつく。
「それにしてもどうしてこんな所に……」
東雲 桃華(
ja0319)は詰所から漏れる灯りに群がる小虫と、その先に広がる森をみて訝しげに呟く。
その言葉に鴉乃宮 歌音(
ja0427)は落ち着いた声音で推理する。
「人の少ない僻地だからこそ気をつけねばならない。こうした場所から徐々にかすめ取って行くのだ」
いつも羽織っている白衣のポケットに手を突っ込んだまま、詰所を見渡す。
そこかしこに緊張に顔を強張らせた経験の浅い撃退士の姿が見える。
「それは兎も角、経験のない者にはいい訓練になるんじゃないかな」
そう嘯く鴉乃宮に、東雲は殊更に軽い口調で答える。
「あーあ、とんだ体験学習だこと。でも、私達が居る時で本当に良かったわね。さぁ、軽く捻っちゃいましょう」
緊張で青くなっていた撃退署の職員達は、余裕を見せる学園の撃退士の姿に、わずかに落ち着きを取り戻す。
「まずは状況の確認からね。館内放送はあるわよね?誰かオペレートしてして欲しいわね」
「それなら俺が」
東雲の言葉に狩野が手を上げる。
「現場からの連絡は通信機を使うとしよう」
詰所で見つけた通信機の入った箱を担いだ鳳 静矢(
ja3856)が通信機を配る。
「一か所を守り通したら終わりではない、また敵が一点に集中する可能性もある。各所で連絡を取り合えるように連絡は密にした方が良い」
鳳の言葉に狩野は頷いて最初に通信機を受け取るのだった。
礼野 智美(
ja3600)は通信機を受け取ると近くの撃退士を指さす。
「お前達3人は私と一緒に玄関へ向かう。俺は近接中心だから玄関の方が役に立てると思うから!」
駆けていく礼野達の後を追うように廣幡 庚(
jb7208)も立ち上がる。
「負傷された方を治療する場所確保も兼ね、食堂を護ります」
一番広いですからね、と通信機を受け取る廣幡に、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が2名の撃退士を引き連れて一緒に食堂へ向かう。
「私は屋上へ。全方位から狙われる可能性があるが、此方も自由に動ける。射撃武器を扱う私が遊撃しやすいからね」
ま、射撃で窓とか割りそうだし、と小声で付け足した鴉乃宮が白衣を翻して立ち上がる。
鴉乃宮に通信機を渡しながら鳳が頷く。
「敵の数が多いと遊撃も自由に動けないだろう。私が引きつけるとしよう」
鳳の言葉に震えながらも二人の撃退士が付いていくと名乗りを上げる。
「そういえばさっきの部屋にも窓があったわね。何人か一緒に来れるかしら」
東雲の言葉に、それでは僕がと遠山が挙手し、逸鬼(
jb6567)もふらりと立ち上がる。
「僕はここで守りますね。広い場所の方が戦いやすいと思いますので」
大丈夫でしょうか、と鑑夜は首をかくりと傾げる。
「任せといて!ばっちり倒してくるわね」
ぐっ、と親指を上げて見せ、東雲達は廊下へと歩いていく。
「それじゃ、あとは待つだけですね」
鑑夜は部屋の真ん中に佇み、静かにアウルを高めるのだった。
■
「はっきりと見えてきましたね」
廣幡は食堂の窓から夜空見上げ、撃退署の明りに煌々と照らされて舞う小鬼を見つめ、ソフィアに囁く。
「うん、こっちの方が少なそうだし、反対側の警戒は頼んだよっ」
ソフィアは夜空を見上げている廣幡と撃退署の撃退士達に声をかけると、巨大な杖を小鬼に向けて構える。
「そう簡単に近づけると思わないことだね」
ソフィアの杖から放たれた雷撃は、太陽のように輝き周囲を白く染め上げる。
闇にまぎれて近づいてきていた小鬼達の姿が浮き上がるようにして照らし出される。
さっと散会する小鬼でったが、ソフィアの雷撃を避けることは出来ずに、轟音と共に一体の小鬼がふらふらと地上へ落ちていく。
廣幡は反対側の窓に駆け寄ると、周囲の生命のざわめきに耳を澄ませる。
「こんなに沢山……。聞こえますか?小鬼達が散らばって近づいています。後10秒ぐらいでやってきますので気をつけてください。場所は……」
素早く近づいてくる小鬼達の生命の輝きが手に取るようにわかる。
廣幡は仲間へ敵の動きを伝えるべく、ライフルを片手に通信機へと語り掛けるのだった。
■
『高度を維持したまま近づいてくるのは8体いますっ!おそらく屋上へ向かっています』
通信機から聞こえてくる廣幡の声に、鴉乃宮は銃を構えて小鬼に狙いを定めている撃退士を鼓舞する。
「己を大事に、だが仲間は見捨てるな。慢心しなければ簡単に死にはしないさ。無理せずに駄目だと思ったら退くんだ」
狙いはこいつから、と引き絞った弓を放つ。
撃退署の明かりに照らし出された小鬼へと、アウルの矢は吸い込まれるように飛んでいく。
屋上の入口を背に、目を瞑って待ち構えていた鳳は敵の気配に目を開いて、叫ぶ。
「屋内には一匹たりとて入れさせんぞ!」
アウルが乗った叫びに、複数の小鬼が首を巡らせ、鳳に向かって殺到していくのだった。
散発的に放たれる撃退士の銃声に怯むことなく、殺到してくる小鬼達に鳳はすぐに周囲を取り囲まれてしまう。
だが、それこそが狙いだった。
白と金とで彩られた刀に紫のアウルが纏わり眩しく光ったと思った瞬間、鳳を取り囲んでいたはずだった3体の小鬼達が血飛沫を上げて跳ね飛ばされていた。
「落ち着いて狙いをつけろ、大丈夫だ練習通りやれば当たる」
全ての小鬼が鳳に引きつけられたわけではない。
小鬼が向かって行ったまだ経験の浅い撃退士へ助言を行いながら、さらに追撃をしようとする小鬼に向かって鴉乃宮はアサルトライフルを構える。
放たれるアウルは一筋の光、すべてを貫く槍の様。
訓練された猟兵のごとき正確さで小鬼達を貫き、退かせる。
離れた場所では再び紫の光が振りぬかれ、小鬼達はさらに苛烈に群がっていく。
■
「皆さんは後ろに下がっててくださいね」
鑑夜は詰所に残って窓から外の様子を探っていた撃退士へ声をかける。
体の奥に高めたアウルが蠢くのを感じる。
研ぎ澄まされた感覚が押し寄せてくる戦いの気配に、ピリピリと肌を刺激してくる。
『9……いや10体です!玄関か詰所に向かって……』
狩野が館内放送へ繋げた通信機から、廣幡の声が響く。
開け放たれた窓から数体の小鬼の姿が見えた時、鑑夜のアウルが爆発的に開放される。
窓の外の闇が瞬間濃くなり、瞬くように無数の影の刃が具現化され、小鬼達に向かって飛んでいく。
不意をつかれた小鬼達は、声を上げることもできずに、ばたり、ばたり、と落ちていく。
かろうじて窓の桟に縋り付いた小鬼が一体、ずりずりと這い上がってきた所に、後ろで控えていた撃退士から銃撃が飛ぶ。
「大人しく落ちてろっ」
それでも窓に縋り付いた小鬼を狩野が銃床で叩き落とす。
別の方向の窓から飛び込もうとしていた小鬼達は、無数の叫び声の洗礼を受けることになる。
鑑夜が放つのは泣き女達の悲痛な叫び声。
耳を劈くその悲鳴は音の暴力となって小鬼達を翻弄する。
注意力を失った小鬼に向かって、鑑夜は魔法書をかざして呟く
「これで終わりですよ。ゆっくりとおやすみください」
不吉な叫び声に耳を撃ち抜かれた小鬼は、自らに向かって飛んでくる刃物の音に気づくことなく、切り刻まれて闇へと沈むのだった。
■
東雲は窓の死角に気配を潜め、開け放たれた窓に近づいてくる小鬼の気配を伺う。
こちらへ近づいてくる大きな羽音に気づき、戦斧を活性化させてタイミングを窺う。
羽音がすぐ横にいるかのように感じれた瞬間、巨大な戦斧を窓に向かって力任せに振り切る。
確かな手応えを感じた東雲は、ぐいっ、と戦斧をひっぱって引き抜き、その勢いを利用して今度は上に跳ね上げる。
十字に深く切れ込みを入れられた小鬼は、力なく窓枠から落ちていく。
「こっちは無事排除したわよ!そっちの部屋はどう?」
東雲は別の部屋に向かった撃退士に通信機で声をかける。
『遠山です!外れです!隣の部屋から窓が割れる音がしましたっ!今から向かいますっ』
バタバタと走る音を背景に慌てた様子の遠山の声が聞こえてた。
「了解っ、私もすぐに……くっ!」
背後から聞こえてきた羽音に咄嗟に室内へ前転し、薄皮一枚でかわす。
部屋に入ってきた小鬼は、部屋の入口に向かっていくが、床から東雲が振り上げた斧で両断され、残骸となって床に転がる。
隣の部屋と廊下から争う音が聞こえる。
東雲はちらりと窓の外を伺い、新手の気配がないことを確認して廊下へと飛び出していった。
廊下では1体の小鬼を挟むように二人の撃退士が牽制していた。
「こちらは大丈夫ですっ!でも部屋に一体入って……!」
ちら、と背後の部屋に目線を送った撃退士は、小鬼の攻撃を危ういところで受け止める。
「すぐに片付けるから!」
経験の少ない二人が必死に小鬼を抑えている姿に、東雲は闘志を燃やして小鬼が乱入したという部屋へと飛び込む。
ベッドが左右に並ぶだけの狭い部屋の中では、窓の外を照らす灯りの中、遠山が2体の小鬼に追い込まれている姿が見えた。
「よく耐えたわねっ。もう大丈夫よ!」
部屋の隅で盾をかざして縮こまる遠山に声をかけ、東雲はアウルを集中させて小鬼に戦斧を叩き付ける。
打たれた小鬼はその場に崩れ落ち、後ろに居たもう一体の小鬼は衝撃で吹っ飛ぶ。
「気をつけて、一撃では終わらないわよ」
助けにほっと気の緩んだ表情を見せた遠山に東雲は注意を促す。
慌てて盾を甘えなおした遠山は、起き上った小鬼の一撃を逸らし損ねて壁に叩き付けられる。
殺到してくる2体の小鬼に、東雲は戦斧を構えて姿勢を低くする。
「んもうっ!うっとおしいわねっ、沈みなさい!」
飛びかかって来た小鬼の一撃を魔装で受け止め、二筋の光跡を残して戦斧を振るう。
廊下で戦う二人の撃退士達はかろうじて小鬼を足止めすることは出来ていたが、決め手に欠け、じりじりと押されている。
「危ないから動いては駄目ですよ」
突然背後から声をかけられて、小鬼と対峙していた撃退士は言葉の意味を理解する前に動きを止める。
言葉に続けて飛んできたアウルの刃をまともにくらい小鬼は廊下へと倒れる。
「ここはこれで最後みたいですね。ところで包帯や薬を見ませんでした?」
撃退士の後ろから鑑夜がひょっこりと顔を覗かせるのだった。
■
礼野は大きな拳銃を構えて、前を見据えて真っ直ぐに立っている。
闘志に燃える身体からは炎のようにアウルが全身から立ち上り、揺らめいている。
玄関への敵の襲来を警告する廣幡の声が聞こえると同時に、礼野も小鬼が飛来する姿を捕捉する。
「慌てるな……十分に引きつけて……撃てッ!」
合図と共に礼野の銃が小鬼に向かって咆える。
同時に玄関近くの植え込みや中二階に潜んでいた撃退士達からも銃撃が浴びせられる。
真っ先に玄関へと飛び込んで来た一体の小鬼は、一斉射撃をまともに受けて地面に転がる。
少し遅れて舞い降りてきていた小鬼達は、安全な距離を取って地上に降り立ち、玄関へ突撃してくる。
「おぉぉっ!」
活性化させた槍を構えて礼野は迎え撃つように小鬼達へと突撃していく。
彼我の距離が近づき、間合いとなった瞬間に、礼野は瞬く間に2体の小鬼の太ももを狙って鋭い突きを放つ。
太ももを貫かれた小鬼達は転がりながらもその勢いを留めることなく、礼野に向かって攻撃を加えていく。
足元に転がりながら繰り出される攻撃に、礼野は飛び上がって避ける。
その隙にと、攻撃を受けなかった小鬼が礼野の真下を走り抜けて、背後で玄関を護衛していた撃退士へと突っ込んでいく。
「そう簡単に抜かせるかッ!」
地面に降り立ちながら礼野が手にしたものは、チタン製のワイヤー。
ふわり、と宙を舞うワイヤーをぐっと引っ張り玄関へ駆け抜けようとした小鬼の腕を絡め取り切り裂く。
片腕を失った小鬼は、血走った眼を礼野に向けて無事な方の腕で剣を握りしめ、剣を突き出しながら走ってくる。
地面に転がっている小鬼を蹴りつけ道を開けると、槍を構えて迎え討つ。
振り上げられた槍と剣、交差する二つの影の腕前の差は歴然としており、小鬼は剣を振り下ろすこともできずに倒れるのだった。
■
燃え盛る炎に食堂は明るく照らされる。
ソフィアの放つ雷撃を凌いだ小鬼達が食堂へ殺到しようとした瞬間、小鬼の周囲に浮かんだ太陽の欠片が弾けるように爆炎をまき散らす。
真っ黒になった小鬼達が動きを止めたことを確認して、ソフィアは食堂を振り返る。
食堂の反対側では、廣幡と二人の撃退士が数に勝る小鬼に取り囲まれて奮闘していた。
一人の撃退士はまだ経験が浅いのか小鬼の攻撃に翻弄され孤立しそうになる。
その度に廣幡が魔具から放つ炎のようなアウルで隙を作り、もう一人の撃退士がフォローに入る。
「大丈夫、傷は浅いですよっ」
撃退士の傷口に癒しのアウルを注ぎ込みながら廣幡は励ます。
「もう少しです、すぐに助けが来ますよ」
攻撃の止んだ廣幡と撃退士目掛けて一体の小鬼が飛びかかってくるが、その爪が届く前にまっすぐ伸びてきた雷撃に弾かれるように吹っ飛んでいく。
「お待たせっ!援護するからどんどん行こう!」
翼を広げテーブルを飛び越えて助けに来たソフィアが明るく声をかけると、ほら、と廣幡もにっこりとほほ笑む。
二人に励まされ、経験の浅い撃退士はしっかりと頷いて剣を構えて立ち上がる。
ソフィアが経験の浅い撃退士の目の前に居る一体以外の小鬼を爆炎で吹っ飛ばし、もう一人の撃退士が爆炎を逃れた小鬼に挑むことで経験の浅い撃退士が自由に動けるスペースを作り出す。
仲間の応援を背に小鬼に立ち向かう撃退士は、敵の攻撃をかわしきれずに肩を切り裂かれるが、近づいた小鬼に深く剣を突き立てることに成功する。
「お疲れ様です。悪くないタイミングでしたね」
仲間たちが他の小鬼を討ち果たす中、へなへなと崩れ落ちる撃退士を支えて、廣幡は傷を癒しながら労うのだった。
■
屋上で鴉乃宮のワイヤーで最後の小鬼が倒れたことで、争いの音もなくなり、撃退士達は詰所に集まる。
治療に慣れた撃退士が多く居たこともあり、酷い怪我をしたものも居らず、数名が包帯を巻く程度の被害にとどまった。
「襲撃は終わりみたいね。後は散らかった署内の後片付けかしらね」
来た時よりも美しくね、と東雲が提案し、撃退士達は戦いで派手に散らかった周囲を見回す。
狩野は溜息をついて漏らすのだった。
「……長い夜になりそうだな」