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撃退士達がトンネルの入り口に着くと、黒い煙がトンネルの入口から空へと立ち上っていた。
「ってヤべぇ!?早く助けないと!」
予想よりも多い煙に獅堂 武(
jb0906)は焦った声をあげる。
「トンネル火災か!ともかく、人々を逃がさねば……」
狩野より送られてきたトンネルの見取り図のデータをもう一度確認して、ラグナ・グラウシード(
ja3538)はトンネルの奥の闇を決意の籠った目で見つめる。
「この煙の勢い、空調が生きておる、ということじゃ。まだ生きておる者は無事である可能性が高まったのう。何はともあれ急ぐのじゃ」
消防隊から状況を聞き取り、両手に抱えた消火器と酸素マスクを仲間に配りながら美具 フランカー 29世(
jb3882)が状況を説明する。
「海底トンネル……透過能力も飛行能力も持たないゆえに人間はいろいろと考えるものだな」
ランベルセ(
jb3553)は地上の下へと続いていくトンネルを興味深そうに眺める。
「しかし、なぜサーバントは破壊しようとしているのか……車での交通を絶っても飛行機も船もあるだろう。それで土地が孤立するわけでもない、だろう?」
ランベルセはトンネルを襲わせる意図を図りかねて思考を重ねる。
「土地とは単独であるわけでなく、繋がっている事に意味があるのですよ。単独の輸送には限界があります。この道が封鎖されるのは兵站としてよろしくなさそうですね」
不意にランベルセの疑問にN(
jb2986)が答える。
そういうものか、と溜息のようにランベルセは呟く。
「私はトンネルの保全を最優先に動きましょう、人助けはお任せしますよ」
Nの言葉に、柏木 優雨(
ja2101)はこくりと頷く。
「私は、人命優先……なの」
その眠たげな表情の中で決意を込めた瞳が瞬く。
「準備は良いかい。時間との勝負さね。キリキリ行くとするよ」
アサニエル(
jb5431)は翼を広げて仲間を促す。
アサニエルに呼応して、佐藤 七佳(
ja0030)は待ちきれないように浮力型力場制御器を展開し、三対の光の翼を揺らめかせて宙へ浮かぶ。
「私は先行して敵の目を此方に向けるわ。避難や救助は任せるわよ」
佐藤は空気を切り裂く音を立てながらトンネル内へと飛び立っていく。
「俺の近くに寄ってくれ、良いかっ?」
獅堂が刀印を結ぶと、周囲の撃退士の脚に風を纏う。
翼を広げ、車を透過し、アウルを脚部に集めて、撃退士達は次々に暗い口を開けるトンネルへと飛び込んで行くのだった。
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煙の渦巻くトンネルの中を佐藤は放置された車すれすれを独り、飛んでいく。
煙の元へと近づくにつれ、騒音と共に煙とは違う空気の澱みが増えてくる。
やがて、炎の壁を背景に、澱みの中を泳ぐ異形達の影が見えてきた。
「見つけたわ。人ではなくトンネルを狙う意図が読めないけれど……今は関係ないわ。この音を止めないと」
佐藤は鋒両刃造の刀を活性化させ、トンネル破壊に勤しむカニ型サーバントの腰を切りつける。
硬い甲殻に覆われた体は、佐藤の刀で火花を散らすが砕くことは出来なかった。
甲殻を傷つけられたカニは鋏を振り下ろす先を壁から佐藤へと変える。
その鋭い鋏は佐藤の周囲に舞い散る羽根状のアウルによりその勢いは遮られ、佐藤の刀によって弾かれる。
「まずは一匹、でもまだまだだわ」
激しく火花を飛ばす一人と一体の争いに、漂っていたサメとタコのサーバントも寄ってくるのだった。
「次っ!」
浮力を失っても佐藤には誰にも負けない脚がある。
壁を蹴り天井を跳ね、佐藤は敵を自分へと引きつけながら破壊行為の邪魔を続けるのだった、
●
佐藤が孤軍奮闘を始めて30秒、誰も追いつけなかった動きは見る影も無く生彩さを欠いていた。
刀を振るえば振るうほど敵が増えてくる。
ある程度敵を引きつけたら距離を取るのだが、離れすぎるとカニはトンネル破壊に戻り、近いとサメに囲まれ、タコの触手が襲ってくる。
そのほとんどは緋色のコートを貫くことこそ無かったが、幾度となくトンネルに叩き付けられ、立っているのもやっとの状態だった。
「もう、少し……」
佐藤は迫ってくるサメに刀を構えようとするが、腕の一部のように感じていた刀が今は重くてたまらない。
襲い掛かる衝撃に、佐藤の意識は、暗転。
「やれやれ、ギリギリ間に合った、ってところかねぇ。立てるかい?」
暖かな光を感じて佐藤が目を開けると、アサニエルが敵の前に立ちふさがり、佐藤にア
ウルを送っている姿が見えた。
肩やわき腹から血を流し、自らの傷を癒している姿を見て佐藤は震える脚をふんばり立ち上がる。
「だい、じょうぶ、です」
ちら、と佐藤の様子を見たアサニエルはもう一度癒しの光を送り込み、にやりと笑う。
「ああ、もうひと踏ん張りさね。来るよっ」
襲ってくるサメの一撃を二人は転がって避ける。
だが、崩れた体勢では少し遅れて別の2体の突撃をかわす事は出来ず、衝撃の予測に身構えるしかできなかった。
「守るのじゃっ!」
美具の叫びと共に白い髭を垂らしたストレイシオンが現れ、あくびをするように咆える。
その声に気圧されるようにサメの突進の勢いが衰え、二人は致命傷を免れる。
「よくやったぞ……くっ、やはりむかつくのぉ」
二人を守った召喚獣をほめる美具だったが、さも当然という様子でどや顔を見せつける相手に、ほめた言葉を少しだけ後悔する美具であった。
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車を乗り越えながら駆けてきた柏木は炎の壁とサーバントの間で蹲る生存者を視界に止めると、瞬時にその姿を生存者の側に移す。
「もう……大丈夫、なの」
生存者の状態を見て安心させるように声をかける。
炎の壁から圧力を感じさせるほどの熱気が押し寄せてくる。
柏木はここまで来る途中にあった非常口を思い浮かべるが、その間に立ちふさがるサーバントの群れに眉をひそめる。
「お待たせしました……私たちが護ります、安心して下さいっ!」
ラグナは声を張り上げて生存者を元気づけ、近づこうと走り出す。
だが、トンネルの真ん中で蠢く大タコの足が道路を透過してラグナの足元にに現れる。
身体に絡みつく巨大なタコ足にラグナも足を止めざる得なくなってしまった。
「邪魔はさせねぇぜっ!」
指を複雑に絡みあわせ、印を結んだ獅堂がタコ足に向かってアウルを飛ばす。
アウルは舞い踊る剣へと姿を変えて、タコの足を切り刻んでいく。
『ゴォッッ!』
美具の指示でストレイシオンの吠え声が響き渡る。
いったん足をひっこめたタコは今度はストレイシオンに向かって触手を伸ばす。
「うむ、今だな」
ランベルセは壁を蹴るようにして駆け上がり、タコを大きく迂回し走り始める。
ラグナ、獅堂も続けて生存者の下へと駆けつける。
「この車動かせねぇかな。タコを避けて通るより簡単そうだろう?多少熱かったりするのは根性でカバーだ」
炎の壁と未だ体の半分ほどを道路の下に隠しているタコを見比べ、獅堂が提案する。
盾を構えた獅堂とラグナの二人が盾を構えて燃え盛る車の前に立つ。
ランベルセは少し後ろに控え、二人のフォローを行う体勢だ。
「それじゃ行くぜ……3、2、1、それっ!」
盾をかざして低い位置から突き上げるように体当たりを行う。
熱波でちりちりと髪の毛が焦げ、肌に水ぶくれが浮き上がる。
だが、確実に車が斜めに浮き上がる。
「横に倒せば、良いんだな」
ランベルセが斜めになった車に蹴りを入れると、道を塞いでいた車はふらっと向きを変えて横倒しに倒れる。
急いで飛び退った3人は飛び散ったガソリンをわずかに浴びたが、道路に転がることで炎を掻き消す。
道は拓けた、だが、炎の壁が炎の道に変わっていた。
「炎が、邪魔だな……」
ランベルセが呟いた時、すぐ側を人影が追い抜き炎の道へと入っていく。
「炎を消し飛ばします。……と、私は敵ではありません。久遠ヶ原の者です」
禍々しい骨の翼を広げるNの姿に生存者の間で高まった緊張を感じ、Nは振り向きもせずに説明する。
「光よ」
Nの翼から一直線に光が放たれ、アスファルトを巻き込みながら炎を吹き飛ばしていく。
「私の後ろに居れば……安全なの」
Nの放った光の余波で飛んできた礫から、生存者を庇うように柏木は立ちふさがる。
彼女の目の前には、光によって色を変える美しい羽根が幾重にも重なり、飛んできた礫を弾き返す。
「今なら安全に通れます。歩ける方は、負傷者の方に是非肩を貸してあげてください!」
紳士的に誘導を行うラグナの声に、ようやく生への希望を感じた生存者達が立ち上がる。
互いに支えあいながら、ゆっくりとだが、確かな足取りで出口に向かって足を進めていくのだった。
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「ついてこない敵は任せますっ」
アサニエルにより傷を癒された佐藤は、1体のサメを切り裂きながら、生存者達が向かっている出口とは反対側に駆け出す。
車を飛び越え、走る彼女をサメ型のサーバントが後を追う。
ちらりと後ろを向いて、佐藤はサメが付いてこれる程度にスピードを緩める。
届きそうで届かない、ギリギリのラインを見極める長く孤独な闘いへと佐藤は駆け出したのだった。
アサニエルは小さく頷き、美具の召喚獣に向かって走る。
「いったん引くさねっ」
タコ足に囲まれて逃げ場を失っていたストレイシオンに声をかけ、霊符から放った光の玉で足をひるませる。
その隙に抜け出してきたストレイシオンと共に、炎の壁の前で立ちふさがる仲間達と並び立つ。
カニ達は撃退士には目もくれずにひたすらトンネルの破壊を続けていたが、佐藤を追いかけなかった2体のサメは撃退士に向かって突撃を繰り返していた。
サメの突撃をまともにくらったNは何事もない様子で立っていたが、足元に滴り落ちる血液の量が、傷の深さを物語っていた。
美具は側に戻ってきた召喚獣の癒しのブレスを浴びて傷を癒し、もしもの時のことを考えて召喚獣に生存者の後を追わせる。
「私も……行くの」
柏木はほかにディアボロが潜んでいることを警戒して、生存者達の後を追のだった。
「私は剣、私は盾……貫けるか、私の鉄壁の守り!」
ラグナはオーラを纏う大剣を手に、サメを切り付け、壁を壊しているカニへ体当たりを行う。
あっという間にサメとカニに周囲を囲まれてしまうが、お陰で少しトンネルの破壊音が少なくなった。
「私の剣は重いぞ……!」
大振りに振りかぶった大剣をサメに向かって勢いよく振り下ろす。
全てを巻き込む勢いで振るわれた攻撃は、素早くかわそうとするサメを捉えて強かに打ち据える。
その衝撃でサメは腹を見せて漂うが、追撃を行うことが出来ない。
もう一体のサメの突撃、鋏を振るうカニ、そして不意に突きあげてくるタコの足により、ラグナは防戦一方になっていくのだった。
「硬いってんならこれでどうだ」
獅堂は符を持った手でカニを殴りつける。
同時に放たれた氷の刃が爆発するように甲殻の上で弾ける。
だが、内部までダメージが届いていないのか、振り向きざまに振るわれた鋏により獅堂は胸の肉を一部抉られてしまう。
「無理に近づくと危ないですよ」
十分な距離を開けてNは炎の玉のようなアウルを飛ばす。
天とは反対の属性を持つNの攻撃は、獅堂が傷つけた甲殻に正確に命中してヒビを走らせる。
「大丈夫さね、ここに生存者は残っていないよ」
掌を周囲に翳して生命探知を行っていたアサニエルが仲間に告げる。
「そうか……では奴等を殲滅するだけだな」
ランベルセは光り輝く太刀を抜いてトンネルを壊そうとしているカニに切り込んでいく。
そこへアサニエルが放つ光の玉の援護を受け、果敢に打ち込んでいくのだった。
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佐藤は追いかけてくるサメと微妙なバランスを保ったまま、トンネルを駆けていく。
離れすぎてサメが追いかけてくるのを諦めた事を察知すると、駆け戻りサメの背中を切り付ける。
反撃してくるサメの攻撃をかわし、さらに距離を開けるように走り続けるのだった。
問題は、いつまでサメを引き留めれば良いのかが分からないことだった。
トンネルの底では、仲間に連絡が付かない。
佐藤は明滅する灯りの中で、ひたすら仲間からサメを遠ざけるために走り続けるのだった。
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アサニエルの放つ光弾がサメの横腹を貫き、浮力を失ったサメの体が横倒しに倒れる。
それと同時にカニに距離を詰められた獅堂が、腹に突き刺さった鋏を呆然と見つめたまま膝から崩れ落ちる。
「このままでは押し負けそうじゃな。もうすぐあやつらもトンネルを抜け出すじゃろう。美具達も退こうぞ」
状況悪し、と見た美具が声を張り上げて撤退を促す。
だが、ラグナは未だ敵に囲まれたまま防戦一方で動くことが出来なかった。
既にその体には自己再生も追いつかずに重ねられていく無数の傷口が開いており、いつ気絶してもおかしくない状態であった。
「心配ない、私は誇り高きディバインナイトの名にかけてこんな所では死なぬ!」
ラグナの言葉にアサニエルは、ふっ、と息を吐き、静かに頷く。
「わかったよ。私たちは先に外で待ってるさね」
さあ、と目配せをして撃退士達は出口に向かって駆け出すのだった。
さらに分厚くなった攻撃の中でラグナは独り死闘を繰り広げる。
絡みつくタコの足を切り払ったところで、背中に衝撃を受け、遂に膝が落ちる。
薄れゆく意識の中で、ラグナは絶望の音を聞き取る。
ついにトンネルの崩壊が始まった。
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佐藤は地響きと轟音に驚き、体勢を崩す。
その隙を逃さずに噛みついてくるサメを避けたが、サメから生えた腕が佐藤を捕まえて放置されていた車に叩き付けられる。
肺に残っていた空気がすべて吐き出されるような感触に、再び視界が暗転するのだった。
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「この音……みんな走るの」
トンネルが崩壊した音に柏木が注意を促すが、その時にはすでに生存者は本気で走り始めていた。
合流した撃退士達が怪我人を担いで走り始める。
あと30m、すでに外の明かりが差し込んできているのが見えていた。
だが、後ろを振り返らなくても轟々という音が水がすぐそこまで迫っていることを告げていた。
「ストレイシオンッ!」
美具が短く叫び、再び召喚するのと鉄砲水のような海水に一行が飲み込まれるのはほぼ同時だった。
海水はどれほどの重量だったのだろうか。
放置してあった車は吹っ飛び、潰れ、その破片が水に紛れて危険な勢いで飛んでいる。
地上に噴出した海水が引いた後には、車の残骸が山のように積み重なっていた。
ぎぃ、と音を立てて山が崩れると、そこには生存者20名が現れる。
その周囲には魔具を構えて生存者を守る撃退士達の無事な姿が立っていたのだった。
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渦を巻く海面の上空、真っ白な翼浮遊する天使の姿がそこにあった。
「撃退士は連れて帰らなくて良いって言ったでしょ!」
天使は海面に浮かぶブイを見つけると、二人を放り出すように指示する。
やがて天使もサーバントも夜の闇へと消えていったのだった。