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ロジー・ビィ(
jb6232)は春の風を浴びて山間を飛ぶ。
上空から何か違和感のあるものが見えないかという考えだったが……考えるまでもない、見覚えのある甲羅がでんっ、と山に張り付いていた。
「あそこですわね……」
巨大な甲羅から数m離れて無作為に生い茂っている森の木々が不自然に集まってドームのようになっている場所がある。
その周りにはぷかぷかと丸く膨れた河豚が気持ちよさそうに漂っている。
『見つけたましたわ』
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「天使……、居るのかにゃ?」
狗猫 魅依(
jb6919)は薄暗い森に身をひそめたまま、不安そうに空を見上げる。
「居るんじゃないかな。ゲートがあるぐらいだからね」
森に身をゆだねるように静かに目を瞑っている各務 翠嵐(
jb8762)が、狗猫のつぶやきに答える。
その答えを聞いて狗猫は「むー」と尻尾を丸めて小さくなる。
「ま、今回は天使を相手にする必要はねぇさ」
狗猫を励ますように向坂 玲治(
ja6214)が不敵な笑みを浮かべる。
「子供と、ついでに頭の緩い後輩を助けに行くだけだ」
向坂の言い様に鈴木悠司(
ja0226)は表情を変えずにポツリとつぶやく。
「まずは、子供たちがどこに居るかだね」
鈴木の言葉に撃退士達の表情も引き締まる。
その時、エリス・K・マクミラン(
ja0016)が小声で注意を促す。
「ロジーさんが見つけました。戻ってきたら作戦開始ですね」
「ようしっ、まっててね子どもたちーっ」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)の身をアウルが包み込むと、そこには4足歩行の不可思議生物が笑顔を浮かべて佇んでいた。
エルレーンはその姿を森に同化させるように気配を消していく。
「ミィも負けにゃいよぉ」
狗猫はひょいっと樹上に上って行き、姿が見えなくなる。
「子供達の安全と救助は何があってもやって見せる……」
鈴木は静かな闘志を燃やし、アウルを巡らせる。
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ロジーが見つけたドームに近づくと、木々の間を哨戒している猪が数体歩いている姿が見えてきた。
生い茂る草叢からちらりと覗く猪の色白な太ももはある種の背徳的な艶めかしさを感じさせる。
ハイヒールのように真っ赤な蹄がさらに怪しい魅力を演出する。
柔らかそうなふくらはぎの下には、確かな引き締まった筋肉を感じさせる躍動感があり、うっすらと静脈が透き通る白い肌は、滑らかな肌触りを容易に想起させる。
エリスは自分の生足と見比べて、負けていないと自分に言い聞かせる。
「肌の張りなら私の方が……ってそんな事を考えている暇はありませんっ」
煩悶するエリスの横から向坂がずんずんと前に出て声を張り上げる。
「俺が相手になってやるぜっ」
向坂は片手で白銀の槍を担いだまま、猪達に向かって指で招くようにくいっと曲げて挑発する。
猪は長い脚で地面を強く蹴ると頭から飛んで来る。
シールドを展開して猪を受け止めた向坂だったが、その勢いにより背後の木へと叩き付けられる。
「はんっ、勢いはあるじゃねぇか。だが、真っ直ぐすぎるんだよっ」
続けて横から飛び込んできた猪に向かって下から救い上げるように盾を構え、勢いをそらすと猪は向坂の盾を発射台として樹上へと飛んでいく。
がさがさと木の葉を散らしながら見えなくなった瞬間、激しい爆発音が辺りに響き渡った。
向坂が叩き付けられた樹の側に居た草摩 京(
jb9670)は、最初の猪の突進を見てすぐさま、近くの枝へと飛びつく。
体を振り子のように揺らして反動で樹上へと飛び移っていく。
木々の間を漂う河豚を警戒しつつ、地上を駆け巡る猪に向かって弓を構えたその時、猪が枝を突き抜け勢い良く空へと駆け上がってきた。
猪が近づくと共に河豚は大きく膨らみ、猪を巻き込んで爆発するのだった。
爆風で大きく揺れる木に捕まって、草摩は落下を防ぐ。
「これは……危険、ですね」
周囲を漂う一見無害な河豚の位置を掴もうと視線を巡らすのだった。
地面に落ちた猪は脚を風車のようにぐるりと回し、背中でくるくると回りながら反動をつけて立ち上がり、少しよろける。
「目が回るなら普通に起き上ればいいのにね」
猪が作った隙を見逃さず、鈴木が毒々しい色の曲刀で猪に切り付ける。
切られた鼻から血を流しながらも再び突進しようとする猪に向かって、風を切る音と共に扇子が飛んできて、猪の鼻っ面を強かに叩き、樹上へと戻っていく。
「森の中に居るには少々無粋だね」
戻ってきた扇を手に取り、バサッと広げて猪を睨むのは草摩と同じように樹上を選んだ各務だ。
「俺の一撃はめちゃくちゃ痛ぇぞ」
にやりと笑った向坂は全身を硬く覆うアウルを槍に集め、槍を力任せに振り下ろす。
あまりの衝撃に膝を折る猪に向かって止めとばかりにエリスが駆け寄ってくる。
「後ろががら空きです」
エリスは黒炎を纏わせた杖を振り上げ、無防備な猪の背中へと力任せに振り下ろす。
猪に杖を叩き付けると、杖に纏っていた黒炎が小さな爆発を起こし、ついに猪は地面に体を横たえる。
「まだ集まってきてる」
樹上から地上を望む各務が猪の接近を仲間へ告げる。
樹のドームを迂回するようにして1体の猪が加わり、2体の猪が撃退士達を取り囲む。
「おっと、俺が相手だ」
エリスを狙う猪の突撃を向坂が受け止め、お返しとばかりに槍を振るう。
向坂が肩代わりしてくれたおかげでエリスはダメージを追うことは免れたが、勢いは消せずに後方へと飛ばされてしまう。
もう一体の猪は各務を狙い、宙を駆けて樹上へと突撃してくる。
「羽があったからね、可能性は考えていたよ」
各務は扇をひらりと振るって猪の目線を遮り、紙一重で突撃をかわす。
「単調なリズム、貴方の行先はわかります」
草摩が放った矢は猪を確実に捉えて、地上へと撃ち落とす。
だが、落ちていった先には鶏との戦いが始まった仲間達が居たのだった。
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エルレーンは敵に見つかることなくロジーが見つけた樹のドームに向かう。
木立ちに潜みながら順調に進んでいたが、近くで爆発音が響き渡る。
その音に集まるように猪がエルレーンの前を駆け抜けて行く。
エルレーンは仲間達から注意をそらすため、迷うことなく獣道に飛び出し猪達の注意を引くのだった。
「さーあさあ!ぷりてぃーかわいーえるれーんちゃんだよー!」
四足歩行でカサカサと左右に派手に動き回り、自らの存在を知らせる。
「ふんっ、怖くなんかないよぉ……子どもたちをたすけるんだからねっ!」
突っ込んで来た猪達をかわしながら、自らと同じような四足生物を四方八方に飛び立たせ、猪達と、ついでに見えた近くの鶏に纏わりついていく。
不可思議生物に蹂躙された猪の傷は浅い。
だが、精神的なダメージが大きいのか、見事な脚線美もがに股で震えていてはその魅力も落ちてしまう。
「へーんだっ、悪い天魔の攻撃なんて当たらないよーっ」
地面をバチンッと踏みつけると畳を模したアウルが地面から立ち上がり、猪の視界を塞ぐ。
突撃を避けると、猪が通り過ぎた先で激しい爆発が立て続けに2発おこる。
ほほほ、と笑うエルレーンだったが、気が付けば3方を猪に囲まれて、徐々に距離を詰められていた。
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木々の合間を縫って真っ直ぐに目的地へと飛んできたロジーに向かって矢が飛来する。
「気づかれましたわね……そこですわっ」
ロジーは左肩に矢を受けながらも、木立ちの先へ黒い剣を枝の奥へと突き入れる。
だが、剣が貫いたのは舞い散る羽毛のみ、踏み込みがわずかに足りず避けられてしまう。
剣を戻す間も無く、槍がロジーの左肩をさらに抉る。
「痛っ……もう少しですわ」
ロジーは眉間に皺を寄せて苦痛の言葉を飲み込み、鶏達を引きつける。
狗猫は気配を消して樹上を伝って子供たちの元へと向かっていた。
物音を立てずに高い樹の上を走る狗猫は鶏達が近づいてくる撃退士達へ攻撃するのを見つけて、迷ったように立ち止まる。
「邪魔な鶏だにゃ……」
尻尾を大きく膨らませて鶏達の前に姿を現し、アウルを爆発させる。
「どーんっ!だにゃっ!」
狗猫のアウルは鶏達の間で爆発し、色とりどりの炎で森を照らす。
舞い散る羽毛と舞い踊る炎のアウルによる幻想的な光景とは裏腹に、大きく魔に偏った狗猫のアウルは鶏達の体を激しく燃やしていく。
すぐに隠れて気配を消そうと考えていた狗猫だったが、大きな怪我を負いながらも迫ってくる鶏達を見て、尻尾を震わせる。
「ミィが頑張ったら、時間を稼げるのかにゃ……。それじゃ頑張るよっ」
背中を真っ直ぐに伸ばして迫ってくる鶏達を見つめる狗猫。
さっきまで浮かべていた恐れは、その瞳には迷いは無い。
「いっけーっ!」
再び放たれる無数の炎。
崩れ落ちる槍を持った鶏の横で、一体の鶏が苦し紛れに放った矢は、相反する天魔の性質に引き寄せられるかのように、狗猫の太ももに突き刺さる。
脚を引きずりながらも、樹の陰に隠れようと身をひるがえした狗猫の目の前に現れたのは、きめ細やかなすべすべとした太ももだった。
「魅依っ!」
突如横合いから現れた猪に蹴り飛ばされた狗猫を狙う鶏達へ、ロジーは剣を振りぬく。
黒い溶岩のような剣の隙間から光が噴出し、黒い光となって鶏達を薙ぎ払い、槍を持った鶏を打ち倒す。
弓を持った鶏達は、ロジーに向けて一斉に矢を放ってくる。
いくつもの矢を体に浴びて、ロジーは意識が遠のきそうになるのを必死にこらえる。
「私は、ここで、倒れるわけにはいきませんわっ」
ロジーは狗猫の体を抱きかかえて、後方へと下がっていく。
「大丈夫、すぐに終わらせますわ」
気絶した狗猫に優しく声をかけ、ロジーは敵の様子を伺う。
鶏達は深追いせずに、樹のドームの近くで警戒するように佇んでいた。
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突撃を繰り返す猪により、徐々に戦線は拡大していく。
鈴木は攻撃の手を緩めないが、いつまでも攻撃し続けることはできず、息継ぎをするようにアウルを高めるために動きを止める。
猪は動きを止めた鈴木に向かって突っ込んでくる。
「くそっ、届けっ」
向坂が走りこみ鈴木の前にアウルを展開する。
猪の体当たりは向坂にダメージを与えつつも、鈴木の体を樹上へと投げ飛ばす。
鈴木は空中で体を捻って体勢を整えるが、ふと自分を見つめる視線に気づいて首だけを後ろに向ける。
「あ……」
目が合ったのはパンパンに膨らんだ河豚だった。
草摩とロジーの矢を受けながらも猪は各務を狙い続け、突撃を繰り返す。
「次はお前だ」
一体の猪を片付け、枝を突き抜けるように飛び出してきた鈴木が各務に迫る猪に曲刀を振るう。
猪は流血に片目の視界を失いながらも鈴木の鳩尾に牙を突き立て、地面へと叩き付ける。
さらに美脚を振り上げてハイヒールのような蹄を振り下ろそうとする。
猪は、鈴木を踏みにじってその意識を刈り取るのだった。
「間に合わなかったか」
向坂とエリスが鈴木の後を追って藪をかき分けて仲間の元に出てくる。
鈴木を倒した猪は新手を避けるように各務へと突撃する。
仲間と合流した瞬間の極わずかな隙を突かれ、各務は細い樹を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされる。
草摩は青い槍を活性化させて猪との距離を詰め、猪の放つ蹴りを受け流し、猪の体が流れる勢いを利用して薙ぎ払う。
「一気に片付けますっ」
動きを止めた猪に向かってエリスは杖を力任せに振り下ろす。
横倒しに倒れる猪にエリスは生足を見せつけるように立って、勝ち誇るのだった。
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エルレーンは森の中を縦横無人に走り回る。
猪達は逃すまいと最短距離で詰めて来るが、一列に並んだ猪はまさに格好の的であった。
エルレーンの凄く昂ぶったアウルが放たれ、猪達を襲う。
2体の猪が雷に打たれたように動きを止めて震えだした。
エルレーンに向かって、横合いから鶏が矢を射掛けてきた。
予想外の方向からの攻撃は、エルレーンに届き、太ももに矢が刺さる。
次の矢を番える鶏だったが、ふわふわと漂っていた河豚がすぐ側で膨れていることに気づいて動きが止まる。
爆発音と共に、哀しい羽毛が舞い散るのだった。
「そいつで最後だな」
無数の傷を負ってなお、しっかりとした足取りでエルレーンと合流したのは向坂だった。
エルレーンが麻痺させた猪は痺れる体を引きずりながらも囲んでいる撃退士達に立ち向かっているが倒れるのは時間の問題だった。
唯一動ける猪も撃退士と鶏の初めての共同作業により、とうとう力尽きるのだった。
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「天使様から子供を連れてくるように命令されたんだ」
傷だらけの仲間達を見渡し、これ以上の被害を減らすべく各務は弓を構える鶏に話しかけながら慎重に近づく。
だが、鶏達の返事は、2本の矢だった。
近距離から放たれた矢は、各務の体を貫き、各務は膝から崩れ落ちる。
すぐさま反撃を行う撃退士達の猛攻に、狗猫とロジーとの戦いでぼろぼろになっていた鶏達は耐えられるものではなかった。
「みんな大丈夫っ?」
エルレーンは樹のドームへと急いで走り込み、子供達の安全を確かめに行くが、突然現れた見慣れぬ生物に悲鳴が響き渡る。
悲鳴に仲間達もなだれ込む。
そこには、哀しい笑みを浮かべてカサカサと動き「怪しい者じゃないよー!」と叫んでいる不可思議生物と、子供達を庇うように立ちふさがる北村の姿があった。
撃退士達の説明により、子供達は安全だとわかると興味津々にエルレーンの背中へ我先によじ登ろうと群がっていく。
「なんだこりゃ……おい、帰るぞ」
「……えっ、あっ!ほらっ、家に帰るんだから遊ばないのっ!」
向坂の呆れた声に、子供たちに混ざってエルレーンに飛びつこうとしていた北村がその場を取り繕うように子供を抱きかかえる。
向坂は、その姿にやれやれと頭を振って溜息をつくのだった。
「我が領土で遊んでおるとは余裕ちゃ……じゃな!」
撃退士達の背後には、いつの間にか腕組みをしたちっこい天使が立っていた。
手には羽毛を握りしめ、頬を膨らまして撃退士達を睨みつける。
子供を庇って身構える撃退士達から、草摩が前に出て恭しく一礼する。
「貴女様の名は何でしょう。手強い軍勢の主の御名をお聞かせください」
下手に出た草摩の言葉に、天使は嬉しそうにふんぞり返って名を名乗る。
「我はドラ。偉大なるドラ・カルフェンである。すごいだろ!」
もがもがと暴れる北村を余所に草摩は言葉を重ねる。
「美しくも寛大なるドラ様は下賎の民の料理を汚す真似をするはずがありません」
「もちろんである!後半よくわからないけどきっとそう!」
ではお言葉のままに、そう言って撃退士達は子供達を抱えてぞろぞろと出ていく。
去り際に草摩が問いかける。
何故こんな処にいるのか、と。
「ここはもう用済みよ。あんたたちのお陰で子供たちの感情も沢山手に入ったからね」
含み笑いを残してドラはその場から霞のように消え、子供たちを抱えた撃退士達だけが残されたのだった。