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ビルの屋上に続く階段の踊り場で数多 広星(
jb2054)は身を潜めて亀が通り過ぎるのを眺める。
「……何故逆さなんだ?」
亀が逆さで空を泳ぐという光景に我慢できなかったのか、数多はぼそりと突っ込みを入れる。
「唐揚げとコラーゲンの編隊……」
その横では数多に貰ったカロリーブロックを一口で頬張りながら涎を垂らすという離れ業を見せるのは咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)。
コラーゲンは食べても吸収されないと知りつつも涎を押さえられないのは乙女心的なアレコレだったり。
亀が通りすぎるのを待って咲は翼を広げる。
「それじゃー、作戦開始だねっ!」
咲はキッチンタイマーのボタンを押してポケットに入れると、数多を持ち上げたまま亀に向かって飛び立つ。
「……他に持ち方は無かったのか?」
全身に纏うアウルを高めながら、数多がお姫様抱っこに抱えられたまま文句を言う。
が、時既に遅し。
咲は気にせずに飛び続けるのだった。
「……おー、いるいる。またあの子かいな」
亀にしがみ付いている北村の姿を確認して、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は苦笑いを浮かべる。
「予想通りの進路だね。そろそろ開始かな」
地図を片手に亀の進路を確認していた恵夢・S・インファネス(
ja8446)が顔を上げる。
「ほな、行こか」
所定のビルの屋上に咲が出てきたのを確認して、ゼロは翼を広げる。
背中に恵夢がしがみ付いたのを確認し、アウルを足に集中させたゼロが一気に上空へと飛び上がる。
亀まで数mとなったところで、ゼロは大鎌を活性化する。
恵夢は鎌の背に飛び移り、バランスを取りながらタイミングをはかる。
「んじゃま!いってらっさい!」
ゼロが鎌をフルスイングすると同時に恵夢は全力で亀目掛けて跳躍する。
亀のさらに上空まで跳んでいった恵夢は、亀の上で鶏冠を並べて体育座りをする鶏の群れの上に落下する。
突然降って来た恵夢に亀の上は恐慌状態となりバサバサと羽を散らしながら鶏達が駆け回る。
「もう……邪魔ねっ」
仲間が飛び移る場所を確保しようと槌を振り回すが、亀の上で躓いた鶏の鶏冠を掠るのみで空振りをしてしまうのだった。
「それにしてもホントに気持ち良さそうに泳いでますね……。竜宮城への招待にしては強引すぎますけどね」
楯清十郎(
ja2990)はビルの屋上から、のんびりと空を泳ぐ亀を仰ぎ見て目を細める。
「亀だけじゃなくてニワトリもいるんだろ。ニワトリの癖に飛ぶなんておこがましい奴だね」
アサニエル(
jb5431)は面白そうににやりと笑い、楯を後ろから抱きかかえ、ふわりと飛翔する。
「しっかり掴まってるんだよ」
一気に亀の側まで飛翔したアサニエルだったが、亀の上で走り回る鶏達に戸惑ったようにその場で留まる。
「このままじゃ飛び移れませんね……」
楯は困った顔で白銀の杖を走りまわる鶏に向かって突き出す。
スコンッと小気味の良い音を立てて鶏の頭に当り、鶏は綺麗に後ろに倒れこむのだった。
「おー、おー。なんだか賑やかね!とりあえず参加しちゃおう!」
バタバタと暴れる鶏達を眺めて楽しげな声を上げた咲は、数多を頭上に持ち上げる。
「まさかこのまま投げるつも……」
「行けッ、ギネヴィアダーンクッ!」
数多が慌てて抗議の声を上げるが、必殺技を叫ぶ咲の耳には残念ながら届かない。
羽毛が乱れ飛ぶ亀の上に投げられた数多は、亀の側面に『着地』して、眼鏡を押える。
「全く……鶏は確か一瞬で首を切り飛ばせば、数秒は動き続けるんだっけ……まあその身体も斬るけど」
数多は面倒くさそうに両手に曲剣を活性化させるのだった。
「あら、もう始まったみたいね」
B地点に程近い道で待ち構えていたロジー・ビィ(
jb6232)はため息をついて翼を広げる。
「一寸重いかもしれないけれど、よろしくお願いします、ね」
鈴木悠司(
ja0226)は一言断ってロジーの背中へ上る。
両足を抱えてもらい、ロジーの背中で上半身を起こした鈴木はライフルを活性化させて、鳩に狙いをつける。
「少し遠いわね。大丈夫かしら?」
鈴木は返事の代わりに、狙いをつけた一撃を放つ。
亀の上で何故かダブルバイセップスで胸筋を誇示している鳩の背中を打ち抜き、よろめかせる。
「このままで……大丈夫だよ」
鈴木は手応えを確認し、ロジーにそっと返事をするのだった。
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「いけーっ!やっちゃえーっ!そして助けてぇーっ!」
撃退士達がやってきたと知って、北村香苗は亀の首にしがみ付いたまま元気に応援していた。
もうこの亀とも長いもので、片手を振り上げたりなんてお手のものだった。
……否、片手を離した事で体重を支えきれなくなり、しがみついていた足が滑ってしまう。
亀に咥えられた腕だけでぶらーんとぶら下がり、再び悲鳴を上げる。
「またおもろい事なってんなぁ……」
ふと聞こえた声に、北村はギギギ首を軋ませながら振り向いた。
「ひゃっ!ゼ、ゼロさんっ……き、奇遇ですね、へへっ、へ」
以前にも助けられて説教をされたゼロに対して、愛想笑いで誤魔化そうとしているが、ゼロの呆れ顔にその笑いも固まる。
「そのまま一緒にぶった切られるんと下で受け止めたるんとどっちがええ?」
ゼロの軽口に北村は慌てて腕を亀から引っこ抜こうと、懸垂をして亀の首に足を踏ん張る。
「おっ、降ります!降ります!……って、うわぁーっ!」
ぽんっ、と音を立てて勢い良く腕は抜けたのだが、当然の如く、勢い良く地面に向かって落ちていく。
ゼロは飛翔して北村を追い越して受け止めると、近くのビルへとそっと落とす。
「この亀、B地点の子供を攫うつもりっぽいから、そっちのフォローしとってもらえるか?頼むで」
そういい残して、ゼロは再び亀へと向かっていった。
亀の上で鳩が繰り出すポージングは鶏達に平穏と秩序をもたらす。
鳩が胸筋をピクピクと動かしつつ杖をふるうと、鶏達は亀の上に降り立った撃退士達の排除に動き出した。
この時点で亀の上には恵夢と数多、周辺には楯を抱えたアサニエルと咲が6体の鶏と鳩に対峙している。
楯を亀の上に運ぼうとするアサニエルはその瞬間無防備な姿を晒してしまう。
その隙を逃さず、鶏は弓を構え2方向から矢を放った。
「させませんよ」
楯はアウルを展開しアサニエルへ放たれた矢を受け流す。
矢を蹴散らすように亀の上へと降り立ち、矢を放った鶏に向かって冥界の力が込められた緑に輝くアウルをワイヤ−に纏わせて放つ。
飛び散る羽毛が確かな手応えを伝えるが、敵の戦意はまだ落ちない。
楯が攻撃に転じた隙に側面から槍が突き出されるが、瞬時に活性化した盾が美しい装飾を輝かせて受け止める。
「あんたやるじゃないか。ここは任せたよ」
アサニエルは鳩を狙うべく、一旦亀の上の混乱から離れて飛び立った。
「タンドリーチキンもいいけど……まずはピジョンの生け捕りかなっと」
恵夢は勢い良く戦槌を振り回すと、鳩をガードするように槍を構える鶏を横薙ぎに打ち据える。
槌を胸にまともに受けた鶏は、勢い良く吹っ飛ぶが、落下の途中で翼を広げて旋回しながら亀を追う。
目の前に開けた空間に鳩がサイドチェストに杖を構え丸い目でじっと見つめてくる。
次の瞬間、鳩胸から無数の羽毛が飛び恵夢の身体を切り刻む。
羽毛の嵐で視界が塞がれた隙を突き、鶏が槍を突き、矢を放ってくる。
かろうじて槌の柄で矢は払ったものの、槍で太ももを抉られる。
だが、恵夢は倒れない。
耐え続けて敵をひきつけるために。
亀の側面を巧みに駆け回り、背後を取った数多は双剣で鶏を切り刻む。
「鳥には興味、無いんだ」
カオスレートの乗った斬撃は血の混じった羽毛を当りに散らす。
「まずっ……」
羽毛の裏から放たれた矢は、目線では追えたが反応できず、肩を貫かれてしまう。
矢を抜こうと手を伸ばすが、今度は違う角度から槍で側頭部を殴られ、意識が途切れる。
アウルの力で亀の身体に立っていた数多は、気を失ったことで、ふわり、と地上へと落下する。
「まずいわね」
鳩の隙を伺っていたアサニエルだったが、数多が地上へと落下したのを見て、急いで追いかける。
地上へ到達する前に治癒の光を送り込むが、そのまま数多は受身を取れないまま地面に激突する。
ふらりと立ち上がる数多だったが、グラグラと揺れる体は戦いを続けることの危険さを告げていた。
遅れて地上に達したアサニエルにより、傷は完全に塞がれる。
「立てるかい。まだ戦いは終わってないよ」
数多の意識を確認するアサニエルに全身に蒼い光纏を立ち上らせた数多は、眼鏡の奥を光らせる。
「鶏が飛ぶなッ!」
鳩を狙うために亀の前方を飛んでいた咲は、敵を引きつけるために数多が居た後方へと飛翔する。
その咲を先ほど恵夢に吹っ飛ばされた鶏が迎え撃つ。
繰り出される槍を受け流し、槌を振り回すがどちらも決定的なダメージを与えられない。
亀の上から射掛けられた矢も槌で捌いていくが、少しずつダメージは重なっていく。
「このッ!焼き鳥ッ!」
だがそれは咲の狙い通りでもあり、涎をじゅるりとすすりながら咲は槌を振るい続ける。
「もうすぐ着きますわ、準備は整いましたかしら」
既に激しい戦いが繰り広げられている亀の上を見据えて、ロジーは鈴木に問いかける。
「あそこが空いてる、ね」
鈴木はライフルを仕舞い、ロジーの背で静かに闘争心を高めていたが、亀の頭の横を指差す。
鳩と槍をもった鶏が恵夢を取り囲んでいる場所。
もっとも激戦が繰り広げられている場所だ。
すら、と無骨な曲剣を抜き、体勢を整える。
「ごめん、行くね」
ロジーの背を足がかりに、亀の上へと跳ぶ。
周囲を囲まれて追い詰められていた恵夢の前に飛び込むと、恵夢に向かって振るわれていた槍の穂先が頬を抉る。
それでも鈴木は表情を変えることなく、曲剣で鶏を切り裂く。
カオスレートの乗った一撃は確かな手応えを鈴木に伝える。
だが、それは敵も同じ事、鳩が放つ無数の羽毛により、体勢を崩されて、亀の上から落ちかける。
鈴木はとっさに亀の首筋へと剣を突き立てて持ち直すが決定的な隙を敵の前に晒してしまう。
槍で追撃を狙う鶏は恵夢が牽制を行い、攻撃を逸らすことが出来たが、間合いの外から放たれた矢は防ぐことが出来なかった。
鈴木は正面から腹部を射抜かれ、その場に崩れ落ちる。
鈴木が激闘の中へと踏み込んでいった後、残されたロジーは鳩に向かって美しい笑みで篭絡を図る。
鳩は鈴木へ一撃を加え、ロジーを振り向くが、サイドリラックスのポージングでロジーのアウルを弾く。
「鳥には効きませんでしたわね……それでは……」
ロジーは次の手を取るために、一旦離れて体勢を立て直すのだった。
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眩しいほどに太陽が照らす大空を、ゆったりと亀が泳ぐ。
その優雅な姿とは裏腹に亀の上では撃退士達が数に押されて徐々に追い込まれていた。
鈴木が作った一拍の呼吸の間に恵夢は自らのアウルで傷を癒す。
だが、鈴木を打ち倒した敵の攻勢はすぐに恵夢へと襲い掛かってくる。
防戦一方に身を固め、何とか耐え凌ごうとする恵夢だったが、傷を癒すよりも新たな傷が生まれるほうが早かった。
一発逆転を狙い鳩に向かって槌を振るうが、鳩は首だけを後ろに下げることで恵夢の槌をかわす。
「調子に乗ったらあかんで」
鳩との対峙に集中していた恵夢を後ろから狙う鶏を、ゼロが下方からすれ違い様になぎ払う。
その一撃で意識を失った鶏は亀の後方へと滑空していった。
「助かっ……」
ゼロに礼を言い終わる前に、恵夢は横から振るわれた槍の柄で顎を打ち抜かれ一瞬意識が飛ぶ。
崩れ落ちそうになったところに、アウルの光がその体を包み込み、何とか持ち直す。
「まだまだこれからさ、休んでる暇はないよ」
数多を亀の上までつれてきたアサニエルが合流したのだった。
楯はじっと耐え凌ぐ。
2体の鶏に囲まれ、徐々にダメージが積み重なる。
だが、楯は一歩も引くことは無く、亀の上でしっかりと立ち続ける。
敵の槍を掌で受け流し、扇を飛ばして、他の仲間を狙おうとしていた弓を持った鶏の顔を打つ。
「どこを見てるんですか。僕はそう簡単には落ちませんよ」
その存在感に、鶏は無視することも出来ずに対峙し続けるのだった。
「がら空き、だね」
楯を警戒する鶏の背後に忍び寄った数多は、その無防備な翼を切り裂く。
激痛に奇声を上げる鶏が、力任せに振り回す槍を難なく避け、走り回ってかく乱していく。
\ピピッピピッピピッピピッ/
「ええーいッ!うるさいッ!」
咲がポケットに入れていたキッチンタイマーを叩いて止め、声を張り上げる。
「40秒経過ーッ!」
咲の合図でロジーとアサニエルが翼に新たなアウルを注ぎ始めるが、そのために鳩への圧力が半減する。
その隙を逃さず鳩がモストマスキュラーのポージングで撃ち出した羽毛がゼロを捉える。
虚をつかれたゼロは無数の羽毛を全身に受け、落下していく。
翼の輝きを増したアサニエルが、落下していくゼロに向かって治癒の光を送る。
「……せぇっ!」
意識を取り戻したゼロは羽毛を振り払う間も惜しんで追撃をかけてきた鶏を切り落とす。
だが、追撃してきたのは1体だけではなかった。
槍を持った鳥人間の影に隠れるように放たれた矢がゼロを射落とす。
走り回っていた数多は突然現れた鳩に抱きしめられて止められる。
撃退士達がゼロに気を取られている隙に、近くを通りがかった数多を止めたのだった。
ムキムキと盛り上がる筋肉に締め付けられ、数多は泡を吹いて意識を落とす。
数多を救おうと、ロジーが上空から舞い降りてきて大剣を振り下ろす。
重力の力も加算された一撃は既にボロボロだった鳩を打ち倒した。
だが、その代償は大きかった。
亀の真ん中へ降り立ったロジーは周囲を囲んだ鶏の攻撃に耐えることが出来ずに倒れ伏すのだった。
「……撤退しましょう」
周囲を赤い結晶状のアウルに囲まれた楯が呟く。
既に半数が倒れ、立っているものも無傷の者は居ない。
勝てる見込みが無くなった今、命があるうちに撤退を選ばざるを得なかった。
鶏の追撃を受けつつも、亀に取り残された仲間を担いで、撃退士達は撤退していくのだった。
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「いい加減にしなさいっ!怒るわよー!」
B地点に子供達が入り込まないように見張っていた北村は、怖いもの見たさで次々にやってくる子供達を追い払うのに必死だった。
大声で威嚇していた北村はふわり、と上空に持ち上げられるのを感じとる。
「わ、私は小学生じゃないわよーっ!」
鶏達が命ぜられた任務をこなそうとしたのか、B地点に居る人間を浚っっていった。
残念ながら鶏達の知能はかなり低く、それが子供かどうかなど見分けはつかなかったのだ。
「もういやぁーっ!」
北村の叫び声は虚しく空に響き渡るのだった。