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背後からの助けを求める声に、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は踏み出しかけて後ろを振り向く。
「こっちは任せろ。高台へ急げよ」
向坂 玲治(
ja6214)は両手にトンファーを活性化させてソフィアを促す。
「わかった。一人でも早く合流しないとね。先に行くよ!」
仲間を信じ、ソフィアは力強く駆け出し、夜空に溶け込むような黒い翼を広げて飛び立ち、真っ直ぐに高台へと向かう。
「あらあらあら〜。これは急がなくっちゃあかな〜。ソフィアちゃ〜ん。一人じゃ危ないから俺も一緒にいくよ〜」
ソフィアを追いかけるように、白桃 佐賀野(
jb6761)は白い翼を広げ、夜空に消えていく。
「そんじゃま、一つ先輩の貫禄でも見せるとするかね」
向坂は一般人を担ぎ上げる蟻人に向かってにやりと笑い、指をくい、と曲げて挑発する。
「来いよ蟻んこ。巣穴に水流されたくなかったらな」
アウルを乗せた挑発に、数体の蟻人が担いでいた女性を投げ出して突進してくる。
向坂は前のめりに駆け出し、蟻人の突進を緊急活性した盾で受け止めるのだった。
マルドナ ナイド(
jb7854)は蟻人に引き立てられる一般人を見て、胸に添えていた手で口元を押える。
憂いを含んだ瞳は何を思うのか、押えられた口元から小さく息が漏れる音が聞こえる。
瞬きを数度、思いを断ち切るように表情を変え、蟻人が這い出してきたに向かって走りながら、蟻人に向かって口を開いて舌を出す。
紅い舌が艶かしく蠢いたと見えた瞬間、歯が噛み合わさる音が周囲にまで聞こえるほど激しく口が閉じられる。
つぅ、と紅い唇からさらに鮮やかな紅が流れ落ちると、その光景を見た数体の蟻人の顎が弾け飛ぶように砕ける。
マルドナは痛みをこらえるかのように眉を顰めて身を震わせるのだった。
「大丈夫だ、直ぐに仲間が向かう。落ち着いて身の安全を第一に考えろ」
インレ(
jb3056)は落ち着いた声音で電話の先に居る遠山に告げ、投げ出した女性に掴みかかろうとしている蟻人に向かって駆け飛ぶ。
左腕に纏わせた焔のようなアウルを煌かせ、蟻人を撃ち抜き、燃える左腕を高く掲げて名乗りを上げる。
「我は月夜の影に跳ね、悲しみを切り払う一匹の黒兎、夜影跳人ブラックビット!」
その姿に周囲の一般人から歓声があがる。
「危ないから下がって、近づいては駄目よ」
クロエ・キャラハン(
jb1839)が突然始まった戦いに盛り上がる一般人に声をかけるが、酔った人々は足を止め野次馬が増えていく一方だった。
「……貴様等死にたいのか?走れる足があるうちにさっさとここから逃げろ!」
向坂へ向かってきた蟻人に向かって複雑な動きで曲剣を振るって牽制するアルド・ファッシ(
jb8846)は、誘導に従おうとしない一般人に荒い声をかける。
だが、向坂とインレに引き付けられた酔人達は、それでも動こうとしない。
「何度も言わせるな、去れ!」
ビリビリと周囲のビルの窓ガラスが震えるような声でメイシャ(
ja0011)が叫ぶと、のんびりと見ていた酔人達は転びそうになりながらも慌てて逃げ出していき、蟻人に捕まったままの一般人は恐怖のあまり気絶してしまった。
「さて、と。安全確保のためには危険を元から断たないとね」
クロエは目を瞑りアウルを高めていく。クロエを中心に周囲へ冷気が忍び寄り、ピシピシと空気中の水分を凍らせていく。
冷気は蟻人達へと向かっていき、かわしきれなかった蟻人の身を氷で包み込んでいく。
一般人を穴に引き吊り込もうとしていた蟻人はその場に崩れ落ちるようにして倒れ、眠りに落ちていった。
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『良い?あなたは強い力を持ってるのよ。その力を使いこなすのよ』
電話の先から聞こえてくるソフィアの声に、遠山はしがみついてくる川園をぎゅっと抱きしめて頷く。
『そうね、撃退士になろうと思ったのは何で?どんな撃退士になりたい?それを考えてみて』
戦いの音が背後に響くクロエの声を聞いて、遠山は即答する。
「僕は大切な人を守りたいんです」
遠山は川園をしっかりと見つめて安心させるように頷く。
『そうだなぁ……。遠山ちゃんはどういう戦い方をしたいんだろう?』
風を切る音と共に聞こえて来た白桃の声が問いかける。
「僕は、僕は大切な人が傷つかないような力が欲しいです」
『それじゃ、盾を構えるんだな。いいか、大事な事は怯まないことだ』
遠山の答えに向坂から助言が返って来る。
『自分の力を信じるんだ。盾は体ごとぶつかるようにして、敵の勢いが最大になる前に止めろ』
「自分の力を信じる……」
向坂の言葉を噛み締めるように、遠山はじっと自分の中のアウルを感じ取ろうとする。じわりと滲むように白い輝きが遠山の体を包み込んでいく。
『助けが来るまで無理に攻めずに耐えろよ』
『あ、阻霊符は持ってる?持ってるなら戦闘時に使ってね』
向坂の助言に続いて白桃から声がかかる。
「あ、確かこれですね……」
遠山は昼間に貰っていた阻霊符を活性化させる。その瞬間、がさり、と背後から音が聞こえる。
遠山は黙って電話を切り、川園を守るように身構えるのだった。
「通話が切れちゃった……。急がないと!」
ソフィアは少し先に見えるビルの屋上に視線を据える。
次の瞬間、その姿はビルへ移り、さらに飛翔を続けるのだった。
「ソフィアちゃん速いな〜。見失っちゃいそ……、あれ、消えちゃった?」
電話での会話に気を取られていた為か、ソフィアが瞬間移動をした瞬間を見逃し、白桃はきょろきょろと周囲を見回す。
「え〜と……。あれ、どっちだっけ?」
周囲をぐるりと見回したせいか、見慣れぬ街の上空で白桃は自分が向かっていた方向を見失う。
だが、空を見上げ星を探すと、迷わずに高台を見つけられた。
「俺には方位術があるからね。待ってなよ〜遠山ちゃん」
遠くに見つけたソフィアの後姿を追うように、白桃は飛翔を続けるのだった。
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向坂は蟻人の集まっている中へと飛び込み、天の光を纏った一撃で硬い蟻人の甲殻を打ち破る。
持っていた盾は既に弾かれて手元には無く、蟻人の体当たりを体で受け止めながら戦い続けていた。
「どうした、その程度じゃ俺はびくともしないぜ」
左右から噛み付こうとしてくる蟻人をトンファーで受け流し、味方に向かおうとする蟻人の攻撃を強引にアウルで引きつけ、その身で庇う。
蟻人の突進に身を晒していたマルドナは、突然方向を変えた蟻人を見て悩ましげにその姿を見送る。
顔を顰めて蟻人を受け止める向坂の姿を見て、得心がいったように一人頷き、微笑みを浮かべるのだった。
「貴様等……、全員斬り落とす!」
向坂の攻撃で弱った蟻人を狙い、一際アウルを高めた一撃を放ったアルドだったが、蟻人の硬い甲殻にその刃を滑らせ、効果的な一撃を与えられない。
体勢を崩したアルドに蟻人は鋭い爪を振りかぶる。
「私の事は無視か?それはそれで傷つくな」
アルドの頭を切り裂こうと迫る蟻人の爪を弾きながら、メイシャが放った鋭い突きが蟻人の頭部を打ち砕く。
「援護助かる、感謝しよう」
蟻人が倒れるのを確認し、アルドはメイシャを見つめて礼を言う。
「む……、た、たまたまだ、気にするな」
メイシャは次の敵を探しているのか、横を向いてぶっきらぼうに答えるのだった。
夜の街を一人のヒーローが跳ね踊る。
インレは蟻人を引きつけつつ、その攻撃を小さな円を描くステップを踏みながら少しずつ後退し、蟻人が出てきた穴から遠ざける。
鋭い爪は軽やかに避け、体ごとぶつかって来る勢いはそっと手を添えて勢いの方向を変えて受け流す。
その動作はネオンの灯りで照らされた舞台で舞い踊るように優雅に見える。
全ての攻撃を無効化できたわけではなく、無数の傷がその体に刻まれていくが、インレは怯まない。
焔に包まれた左腕で蟻人を誘い、一歩、また一歩と気絶した一般人から蟻人を遠ざける。
マルドナは傷を負っていくインレを眺め、感心したように微笑む。
微笑みを浮かべたまま、インレに群がる蟻人に目を移し、大鎌を振りかぶる。
そのまま、真っ直ぐ真下へ、自分の足のつま先へと石突きを振り下ろす。
何度も、何度も、何度も。
鉄靴を突き破り、飛び散る爪の破片が苦悶に歪む頬を傷つける。
やがて潰す指も無くなり、体を支えることが出来なくなったマルドナは大鎌に縋り倒れ伏しそうになる我が身を支える。
その姿に迫ろうとしていた蟻人の甲殻が、内側から破裂しその肉を散らし、蟻人は戸惑うように立ち尽くす。
マルドナは何事も無かったようにその場に立ち、深いため息をつくのだった。
クロエは仲間達が蟻人を引きつけているうちに、気配を消して死角に回り込む。
インレから離れ、穴へ戻ろうとする蟻人を見つけ、背後から狙いを定める。
「どこへ行く気ですか?お前たちに許された行き先はあの世だけです」
クロエから放たれた闇の矢は狙い違わず蟻の頭を捉える。
マルドナにより甲殻を弾かれていたその体は、易々と闇の矢に蹂躙され、蟻人はその場に崩れ落ちるのだった。
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「走って、川園さん振り返っちゃ駄目だよ」
そっと川園の背中を押して、遠山は狼と対峙する。
2mを越える白い巨体はその大きさだけでもプレッシャーを与えてくるが、さらに赤く、炯々たる眼光を放つその眼に身が竦む思いがする。
「盾は体ごと……、勢いが出る前に……」
向坂に教えられた助言を呟きながら、震えだしそうになる膝にぐっと力を入れて、狼の眼を睨みつける。
咆え声を上げて、狼は木立を踏み抜きながら遠山に向かって突進してきた。
「おぉぉ!」
唸り声に気圧されないように叫び声をあげながら遠山は盾を構えて前へと走り出す。
激しい衝突音と共に遠山は狼の突進を止める。
「と、止めた……!くっ、でもここからどうしたら」
鋭い爪は盾で防ぐことが出来たが、圧し掛かる太い前足に遠山の腕は悲鳴を上げる。
「相手を止めたら仲間に任せればいいのよ!」
不意に上空からかけられた声と共に、周囲を鮮やかな花びらが舞い散り始める。
夜の林に鮮やかに染め上げる花びらに覆われ、狼は苦痛の唸り声を上げて横倒しに倒れる。
「ソフィアさん!」
ふわりと舞い降りてきたソフィアに、遠山はほっとした声を出す。
「まだ、終わってないよ。気を抜かないで」
ソフィアの厳しい視線の先には、フラフラと立ち上がる狼の姿が見えた。
しばらく在らぬ方向を見ていたが、首を大きく仰け反らせると、自分で頭を地面に叩きつけた。
アスファルトが砕け散り、土煙が舞い上がる。その土煙の奥から爛々と獲物を狙う獣の目が光っていた。
「下がってて。時間稼ぎは得意じゃないけど、そうも言ってられないね」
ソフィアは遠山に指示を出して、身構えるのだった。
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繁華街の戦いはその激しさを増していた。
インレは2体の蟻人を引きつけながら、拳を振るう。
突き出された爪を掻い潜り、1体の蟻人の懐に入ると、左の拳を蟻人の胸に向かって踏み込みと同時に突き出す。
胸を砕かれ、ふわり、と浮かんだ蟻人が地に落ちる前に蹴りを放つと、蟻人はくるりと回り頭から地面に落ちる。
インレは止まることなく跳び、空中で体を捻ることで背後から迫っていた爪を避ける。
「自ら首を差し出すなんて貴方も……」
くすり、と笑みを漏らしたマルドナが、インレが転がした蟻人に向かって大鎌を一閃させると、頭部だけとなった蟻人が鎌の刃の上からもはや光を放つことの無くなった瞳を向ける。
その頭に何かを問いかけるかのようにマルドナはかくりと首を傾げるのだった。
蟻人はインレの姿を見失い、一瞬無防備な姿を晒す。
きょろきょろと顔を巡らす蟻人は突然撃たれたように体をよろめかす。
「余所見とはお前たちは随分と余裕がありますね?」
物陰から眼に見えないアウルの弾丸を放ったクロエはが姿を現す。
インレは体勢を崩した蟻人を拳で打ち砕き、残心の構えで深く息を吐く。
「こちらは終わりだな」
未だ戦いを繰り広げる向坂達へと眼を向けるのだった。
向坂は血塗れになりながらも天の輝きを纏わせた腕を振りぬく。
「俺はまだ倒れちゃいないぜ、どんどん来いよ」
向坂が1体の蟻人を退け、もう1体の蟻人が迫るのをアルドとメイシャでカバーする。
アルドは蟻人を牽制しようと足を踏み出したタイミングにあわせるように、蟻人が爪を振るってくる。
曲剣を跳ね飛ばされ、胸を削られたアルドだが、袖に忍ばせていたダガーを甲殻の隙間に滑り込ませる。
「……肉を切らせて骨を断つ。ただそれしかないだろう」
突き刺さったダガーから体液を滴らせながら蟻人は再びアルドに突っ込んでくる。
「させねぇよ!」
向坂が立ち塞がろうとするが、その前にメイシャが前に立ち、蟻人の突進を受け止める。
「あなたはボロボロじゃない。私達に少しは任せても良いのよ」
蟻人の攻撃に顔を顰めながらも、アルドのダガーで傷ついた場所を槍で貫き、トドメを刺す。
向坂はメイシャにくすりと笑ってみせ、最後の1体もトンファーで打ち砕く。
ようやく静かになった街を見回して、向坂は力尽きたように座り込む。
「ふぅ、流石に疲れたな。あっちもそろそろ終わる頃か?」
遠くに見える高台のシルエットに眼を向けるのだった。
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「流石にきついわね」
狼の突撃をアウルの障壁で衝撃を和らげたが、それでも殺せなかった勢いにソフィアは跳ね飛ばされる。
追撃してくる狼に花びらの嵐を放つも、大きく迂回されてかわされる。
「くっ」
その勢いのまま突進してくる狼に、ソフィアはとっさに障壁を張りなおすが、やはり跳ね飛ばされる。
フラフラになりながら立ち上がると、狼が既に間近に迫っていた。
思わず眼を瞑るが、なかなか衝撃はやってこなかった。
「よかった〜。大丈夫、ソフィアちゃん」
目を開けると、狼は無数の手にその体を掴まれ、動きを止めていた。
ふわりと、空から降りてきた白桃はにこりと笑ってソフィアの間にに立ち塞がる。
「遠山ちゃん達は無事かな?」
白桃の問いにソフィアは力強く頷いて、翼を広げて空に舞い上がる。
「そろそろ終わらせようか。本気で行くよ!」
魔法書を仕舞い、杖を活性化させたソフィアは狙いをつけてアウルを放つ。
様々な腕を振り払っていた狼は避けることも出来ずに直撃を受け、跡形も無く飛び散ったのだった。
「大丈夫ですかーっ!」
戦いが終わった気配に遠山と川園が駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ〜。あ、遠山ちゃんこれこれ」
電話を持ち上げてみせる白桃の姿に、電源を入れる。
遠山の耳に撃退士達からの激励の言葉が次々に飛び込んでくる。
「ちゃんと守ったんだから大したものだよ。ちゃんとエスコートして帰るんだよ〜、その大切な人を」
くすくすと笑いながら声をかける白桃に、遠山は照れながら川園の手を握るのだった。