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世界がまだ色を持つ前、薄暗い青で染められる早朝、人気の無い住宅街を撃退士達は音もなく走る。
「配置完了、いつでも踏み込めるわ」
佐藤 七佳(
ja0030)は仲間に連絡を終えるとターゲットが潜んでいる家の玄関をじっと見つめる。
「本来、敵である女性との逃避行。ロマンチックですねぇ」
眼鏡の位置を直しながら世間話をするようにぽつりと神雷(
jb6374)は佐藤に話しかける。
「人知れず潜んでいるだけなら相手はしなかったわ。人の世界に害をなすなら斬り捨てるだけ、それだけだわ」
佐藤は家へ向けた視線を外すことなく応え、まあそうですね、と神雷も気のなさそうに返事を返す。
戦闘開始の合図はまだ、こない。
『……( ´∀`)』
ルーガ・スレイアー(
jb2600)は、家の裏手、隣家の屋根の上に屈んで潜み、合図を待つ。その間にスマートフォンを弄るが、いつものように実況する気にもなれず、顔文字だけを打ち込んでいた。
「冴樹さんもある意味時代の生んだ被害者の一人なのかもしれませんねぇ」
クネクネと角を揺らすパルプンティ(
jb2761)はルーガの浮かない顔を見て呟く。
「戦闘の連続で正常な生活バランスが破綻しきった結果、こういう壊れ方をする人が出現するのは単に時間の問題だったのかもですよーぅ」
だからと言って犯罪の理由にはなりませんがねー、とパルプンティは尻尾のふわふわを弄りながら誰にともなく話す。
「それでも、踏み外しちゃいけない道ってのがあるんだよ」
拳をぎゅっと握りしめながら恙祓 篝(
jb7851)はパルプンティの言葉に反応し忌々し気に呟く。全てを敵に回す冴樹を自分に重ねあわせてしまい、それがまた苛立たしい。
「哀れ、だな」
多くを語らず、ルーガは寂し気に家を見つめ続ける。
不知火 蒼一(
jb8544)は庭木の陰に静かに潜む。
「サーバントを確保して分断、か」
作戦がうまく行かなかった場合の対応にすぐに動けるようにじっと状況を伺うのだった。
「オーケー、配置完了したみたいだぜ。開始と行こうぜ、作戦をよぉ!」
仲間からの連絡を受け、藤村 将(
jb5690)は腕組みをして静かに集中していた地領院 恋(
ja8071)に声をかける。
「よし」
短く答えて地領院は家に近づき目を閉じる。
瞬きを2、3度する間の後、かっと目を開き、ヘッドセットに向かって小さく告げる。
「敵は2階の角、ルーガさん達の近くの部屋だ」
地領院はきっ、と二階を見上げる。
「それじゃ、行きましょうか」
「待って!」
神雷が玄関に向かって歩き出した時、周囲の音に注意を払っていた佐藤は違和感を覚えて静止の声をかける。
何か気体が漏れていくような音が聞こえる。
神雷が踏み出しかけた足を緩めた瞬間、玄関の扉が吹き飛び、家は紅蓮の炎に包まれる。
「私はまだ……」
戸惑いを見せる神雷に対し、佐藤は燃え盛る玄関を蹴倒して家に突っ込んでいく。
炎は新たな酸素を求めて佐藤にまとわりついてくるが、熱が佐藤を包み込む前に一歩先、一歩先へと駆け抜ける。
一気に目的の部屋へと飛びこんだ佐藤の目に、抜身の剣を構えて不敵な笑みを浮かべる冴樹と、ベッドで小さくなっている女が、燃え盛る炎の中で待ち構えていた。
「小細工は効かないわよっ」
剣を構える冴樹に佐藤が突っ込むとその姿が揺らぎ、窓から出ようとしている冴樹の姿が見える。
佐藤は刀を抜刀して冴樹に切りかかる。
「ちっ!速ぇなっ!」
佐藤の刀は冴樹の剣にそらされ、致命傷は与えられないが、確実にその体を削っていく。
冴樹はたまらずに2階から転がりだすようにして飛び出していくのだった。
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「だぁっ、くそっ!早すぎるぜ燃えるのはよぉ!」
浴槽の窓から家へ飛び込もうとしていた藤村は、吹き出てくる炎にのけぞる。
準備していた消火器で火を消そうと試みるが、火は一瞬小さくなるものの、すぐに覆い尽くすように燃え上がる。
「駄目だ、火の勢いが強すぎるっ。何か仕込んでやがったな、こいつは」
外壁も炎に包まれ、その熱で一気に汗が噴き出す。
「佐藤様が家に飛び込んでいきました」
玄関の方から神雷が駆けてくる。その声に目を瞑って家の中の気配を伺っていた地領院は頷いて藤村に声をかける。
「裏庭へ行こう、たぶん佐藤ちゃんが冴樹を追い立てた。サーバントはまだ家の中だ」
突入をあきらめた藤村は消火器を投げ捨てて、走り出した地領院と神雷を追いかける。
恙祓は突然燃え始めた家と、窓から飛び出してきた二つのシルエットに目を留める
「段取りは変わったみたいだが、やることは変わらないな。俺達は冴樹を引き離すからスレイアー先輩はサーバントを任せた」
そう言い残すと、刃物を煌めかせながら走る二つの影に立ちふさがる。
「お前のその腐った性根、燃やし尽くしてやる」
すらりと直刀を抜くと、駆けてくる冴樹に向かって真っすぐに振り下ろす。
「はっ、予測済みだっ」
紙一重で直刀は空を切り、すれ違いざまに腹を浅く切られる。
恙祓は倒れないが、内臓がこぼれないように腹を押さえて動けなくなった。
続けて大鎌を担いでひょこひょこと現れたパルプンティの攻撃を避けようとステップを踏むが、予測外の角度から襲ってくる鎌を受けるために足を止められる。
普通に鎌を振ったはずのパルプンティだったが、何もないところで転んでしまったのだ。冴樹の予測とは異なる軌道が描かれ、結果として冴樹の体を捉える。
冴樹は舌打ちをして周囲を囲む撃退士に対し剣を構える。
「ふんっ、まぐれ当たりはそう続かないぜ。俺達の邪魔を……くそっ」
啖呵を切る冴樹の背後から潜伏していた不知火が忍び寄り、黒い直刀に炎を纏わせて切りつける。
冴樹はとっさに避けるが不知火の直刀に腕を切り裂かれる。
ぐるりと取り囲まれ、全身から血を流しながらも冴樹は不敵に笑みを浮かべるのだった。
ルーガは燃え盛る炎を透過して、サーバントが潜む部屋に窓から侵入する。
そのルーガをサーバントは晴れ上がった瞼で見上げ、微笑みを浮かべる。
「……奉仕種族よ。お前はあの撃退士をどう思っていたのだ。天使どもが作り上げた生物のお前の眼には、どう映っていたのだろうか。自我はない、のか。……やはり、哀れだな」
ただ微笑みを浮かべるサーバントを悲しげに見つめ、ルーガはその姿を拘束しようとアウルを纏う。
「いャエエェきぁェアーッ」
サーバントはルーガのアウルの動きをみると、奇声を上げて窓から飛び出ていく。
傷ついた冴樹の姿を見つけると、自らの腕を引きちぎり冴樹に投げつける。
空中でゲル状になった腕は冴樹の傷口を埋めるようにへばり付き、癒していく。
「さて、第二ラウンドと行こうか」
首をこきりと鳴らして冴樹は再び嗤うのだった。
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「くそっ、俺を置いて始めやがって」
藤村は戦闘が始まっている庭に駆けつけ、こぉぉ、と独特な呼吸で息吹を吐く。
「待ってろよ、語り合おうぜぇ、拳でよぉ」
気合が入った藤村は戦いを繰り広げる仲間の元へと駆けていく。
「大丈夫だ、これぐらいの傷なら任せておけ」
地領院は蹲った恙祓に紫電に覆われた掌を押し当てると、パチパチと火花を飛ばしながら腹の傷はみるみる内に塞がっていく。
「ありがとうございます、地領院先輩」
恙祓は礼を言うと全身に紅炎のアウルを纏う。
剣が駄目なら魔法でぶん殴るだけだ、とリングを活性化させた腕を冴樹に向かって伸ばす。
冴樹は剣を大きく振り回し、撃退士達との間合いを取ると、誰もいない方向へ走りだし隣家の塀を乗り越える。
真っ先に反応したのは佐藤とパルプンティ、冴樹に続いて塀を乗り越える。
そこにはにやにやと笑いながら剣を構える冴樹の姿が二つ、別々の方向で待ち構えていた。
佐藤とパルプンティは目配せで二手に分かれて冴樹に迫る。パルプンティが振った鎌は冴樹を真っ二つにするが、にやにや笑いは消えない、幻影だ。
佐藤は一気に間合いを詰め、多重に魔法陣が浮かんだ刀を振りぬく。冴樹は後ろに跳びあがり、屋根の上に逃れることで佐藤の一刀をかわす。
「逃げ回っていて良いのですか?貴方の大切な女性……貴方の弱点ですよね?」
駆け寄ってきた神雷は冴樹の周囲に霜を降らせ、注意を引くとにんまりと口を歪める。
その言葉に冴樹は表情を消して静かに神雷を見つめる。
「いやいや、勘違いしないでくださいね?貴方が投降してくれるなら、手荒な真似はしなくて済みますからねぇ」
ころころと笑いながら言う神雷はダメ押しのように付け加える。
「弱いと誰も守れませんよ?」
神雷は嘲笑すると、無骨な包丁のような双剣を抜き放ち、サーバントに向かって駆け出していく。
冴樹は神雷をにらみつけ追いかけようと足を踏み出すが、追撃してくる佐藤の刀を避け、パルプンティの鎌を受けるために足を止めざるを得ない。
作戦通りとは行かなかったが、各自役割をきっちり果たしたことにより、冴樹は自由に動くことが出来ない。
叫び声をあげて駆け寄ってくるサーバントに双剣を向けた神雷はその太ももを切り裂く。
神雷に切りつけられたサーバントは痛々しい叫び声をあげて、這うように逃れていく。
その時、燃え盛る家からルーガが飛び出し、暴れるサーバントを抱きしめて庭を低空飛行で離れていく。
「そいつを放せっ!」
追いかけようと足を踏み出す冴樹を踊り狂う紅炎の龍が襲う。
「お前のやってる事はただの人殺しだ!んな事に、その力をつかってんじゃねえよ!」
恙祓の放った龍の咢に背中を焼かれ、爛れて垂れ下がった皮膚を引きずりながらも、なりふり構わずににルーガを追う。
「もっとお互いに分かり合おうぜ、剣なんか捨ててさ!」
冴樹が地上に降り立ったところに藤村の拳が襲う。
一発、二発、ジャブを放ち角度を変えたフック、そして振りかぶったアッパーカット。
首を振って藤村のパンチを避けながら、冴樹はいったん後ろに下がる。
「悪いが殴り合いをしてる暇はねぇ!」
藤村の足元へのタックルを飛び上がってかわし、続いて迫ってきた地領院の槌を地面に転がることでかわす。
「守りたいものの為なら他は犠牲にしてもイイってのはさ!虫が良すぎる話だよなァッ!」
地領院の言葉に顔を歪めて冴樹は吐き出すように言葉を投げつける。
「うるせぇっ!アイツは俺の全てだ!世界だ!お前らはその世界を奪おうとする邪魔者なんだよ!」
剣を振り回し、撃退士達を牽制しながら冴樹はルーガの姿を目で追う。
ルーガは空中へ飛び立つつもりであったが、暴れまわるサーバントが邪魔して思い通りに飛べない。
サーバントを押さえつけながらも遠くで叫ぶ冴樹の声を聞いて、ルーガは呟くのだった。
「奉仕種族よ、お前は愛されてるのだなー。分かっているのか?」
冴樹に気を取られ、目を離していた瞬間にサーバントが残った片腕を自ら切り離してルーガの束縛から逃げ出す。
だが、サーバントは数歩もあるかない内に、無数の刃にその身を削られる。
気配を潜め、ルーガの後を追っていた不知火が、ルーガから離れた瞬間を逃さずにサーバントを仕留めに来たのだ。
ルーガが止めようと手を差し伸べるが、サーバントにはその手を取る腕は無く、不知火の炎を纏う黒い直剣に体を貫かれる。
「こいつは魅了の術を使うと考えられる。もしくは冴樹を回復させるか。どちらにしろ戦闘が長引くのは厄介だ」
不知火は冷静な目でルーガに告げ、動かなくなったサーバントから直剣を抜く。
サーバントはどさり、と地面に突っ伏し、不定形なゲルとなって地面に広がっていった。
サーバントが倒れる姿を目にした冴樹は言葉にならないうめき声を小さく吐きだし、なりふり構わず全力で駆けだした。塀にぶつかり地べたに転がっても4足動物のように両手両足を使って少しでも前に出ようと前のめりに走り続ける。
地領院が放った水の刃が冴樹の背中を襲うが、冴樹は無造作に腕で受け止め、血を撒き散らしながらも、足を止めない。
冴樹はその勢いのまま不知火に剣を叩き付ける。
不知火は自らの周りに闇を生み出そうと構えるが、何かを行う前に間合いを詰められる。体当たり気味の冴樹の一閃をまともに受け、地面に叩き付けられ意識を刈り取られる。
「消えるな!まだだ、まだ俺は失うわけには行かないっ!戻って来い!」
叫び声を上げ地面に散らばるサーバントの残骸を抱きしめるように地面に突っ伏す冴樹を、ルーガは静かに哀しげな視線で見守る。
そんな冴樹にパルプンティは囁く。
「……こうなる事は心のどこかで悟っていたはず。貴方が彼女の死を望まないように、彼女も貴方の死を望んでませんよ。降伏するのです」
冴樹は呆けたように地面を見つめていたが、遠くを見つめた表情のまま、ゆらりと立ち上がる。
「そうか、俺が死ねばあいつに……お前達にも会わせてやるよ、道連れにしてやる」
「やっとやる気を出したようだなっ!人殺しがハッピー・エンドで終わることなんて無いんだよ!」
剣を構える冴樹に藤村が突っ込んで行き、勢いの乗ったストレートを放つ。
藤村の拳を冴樹は体を捻っていなし、勢いを利用して投げ飛ばす。
「サーバントは処理したわ、後は貴方の処理だけね」
佐藤は塀と庭木を足場に複雑な軌道を走り、一気に距離を詰めて冴樹の間合いに入る。
冴樹は佐藤に合わせて剣を振るう。
刀の軌道を予測し、剣を合わせに行く冴樹。
予測を上回る速度で刀を振るう佐藤。
二つの影が交差し、冴樹は崩れるように地面に沈むのだった。
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「相応の経験は積んでいたようね……でもまだまだ甘いわ」
佐藤は残心の構えを解いて刀を納め、動かなくなった冴樹に向かって呟く。
恙祓が倒れた冴樹の頬を張ると、瞼がピクピクと反応した。
「まだ生きていたか、悪運の強い野郎だ。全て終わったら他の道を考えるんだな。お前の持つ力で誰もが笑顔になれる、そんな方法をな」
冴樹には聞こえていないだろうとは分かっていても、言わずには居られなかった。
「完了しました。後は任せていいのですね」
冴樹捕縛の連絡を行っていた神雷は燃え続ける火を見上げる。
「これは……本物?」
自分の掌に生み出した炎と見比べるのだった。
ルーガは冴樹ではなく、サーバントの残骸が残る地面を見つめ、哀しげに呟く。
「そうだなー、奉仕種族よ。私もきっと……」
なんとも言えない表情でため息をついて、現場の後処理に忙しく働く撃退庁の人間達を眺める。
「そのうち、貴様のように殺されるのかもなあー……人間に」
その小さな呟きに応えるものは無く、ただ燃え落ちる家が一際大きな炎を上げ、撃退士達を明るく照らし出すのだった。