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遠めにもキラキラと眩しく輝くドーム状のナニカを遠巻きに囲む地元撃退士達に混じって北村香苗が青い顔で剣を構えていた。
学園の撃退士達はその姿を見つけ思い思いに駆け寄る。
「近づいたり攻撃したりしなければ何もしてこないなら、準備する時間に余裕はあるね」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は道路を外れ、斜面を登りナニカを見下ろす場所に位置取る。
「思ったよりおっきいねーっ」
澤口 凪(
ja3398)は額に手を翳してキラキラと輝くナニカを眺めて武器を持ち変える。
「一気に潰す、っていうには大きすぎるかな……」
ふむーとため息をついて使うべきスキルについて考え直す。
「僕達が来たからもう大丈夫っ!」
紅葉 虎葵(
ja0059)が地元撃退士達の頭上を飛び越えて前に飛び出してくる。
「残月の光を以って殊類と成り、我が爪牙にて災禍に立ち向かわん」
紅葉は漆黒の刀身を持つ大太刀の如き薙刀を構え、
「オン バザラアラタンノウオンタラクソワカ!」
祝詞を唱えた紅葉は表情を引き締め、ナニカを睨みつける。
「これ以上、犠牲者は出させないっ!」
小さな体を翻しながら橘 優希(
jb0497)は高い声で気合を入れる。
応援が来てほっとしたのかへなへなと崩れ落ちる北村を暖かなアウルの輝きが包み込む。
「少しは楽になったろ……、後は俺達に任せろ……」
蔵寺 是之(
jb2583)は一人頑張っていた北村に声をかけて安心させ、\やった/\助かった/と騒いでいた地元撃退士をぎろりと睨んで釘を刺す。
「てめぇらはちゃんと最後まで協力しろ。学生任せってのは感心しねぇぜ……」
きつく睨まれた地元撃退士達はしゅんとなって大人しくなった。
「御無事でございますかな……?」
穏やかな微笑みと共にヘルマン・S・ウォルター(
jb5517) は北村を安全な位置までエスコートする。
「それにしても、なかなか面白い形状の相手ですな」
「確かあれ、カマクラって言うんですよね」
興味深そうに眺めるヘルマンに二本の角をクネクネと揺らしながらパルプンティ(
jb2761)が自信ありげに話しかける。
「残念ながら違いますな。カマクラは雪で出来てございましてあのようには光りません。アレはサーバントでございましょう」
丁寧に訂正するヘルマンの言葉にパルプンティはかくりと首をかしげる。
「え、違うのー?むむぅ……まぁ敵なのは間違いないのでサクッとやっつけるですよ」
そう言うと漆黒の大鎌を担いでひょこひょこと歩き出す。
「あら……」
一人で近づいていくパルプンティを見ながらマルドナ ナイド(
jb7854)は同じ仲間を優しい眼差しで見守るのだった。
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「んー、確かにカマクラじゃなさそうですねぇ……」
パルプンティが近づくとその動きに反応してか、ぐねり、と表面が蠢く。
鏡面に映る紫の髪がグネグネと歪み、パルプンティは面白そうに首を振ってナニカに映りこむ自分の姿の変化を楽しんでいる。
「……ともかく攻撃しない事には始まらないのですよ」
大鎌を頭上でクルクルと回転させ、強力な一撃を喰らわせようと一歩近づいた瞬間、下着が下がって脚に絡む。
見事に転んだパルプンティだが、構えていた大鎌はナニカを掠めるようにして地面に突き刺さる。
「へぷっ!……はわわわっ、やっちゃいましたっ」
慌てて立ち上がるパルプンティの目の前で、ナニカが活発に蠢きだしたかと思うと、ぷつんっと一部が千切れ、パルプンティのシルエットを持つナニカが生み出される。
パルプンティの姿を持つ鏡面の人影は頭上に構えた大鎌をクルクルと回しながらパルプンティに近づいてくる。
「えっ、今のも模されるんでしょうか?ダメダメ、今の無し、なっしんぐです!きゃーっ!」
すとんと落ちる何かを見て両手で顔を覆うパルプンティ。
鏡面の人影が転がるように振り下ろす大鎌がパルプンティを捕らえたかに見えたその時、盾を構えた紅葉の幻影が庇うように大鎌を遮る。
「僕の仲間に傷を付けさせないよ!」
攻撃を受け止めた幻影はすっと消え、幻影と同じ場所に傷を負った紅葉がビシッと槍をナニカに突きつけて叫ぶ。
「あ、ありがとうなのですよー」
庇われたのは嬉しいのだが、恥ずかしい一部始終を見られていたのかと思うとパルプンティは赤面した頬を両手で押えていやいやと顔を振る。
クネクネと照れながら、やだーっと、転んでいる鏡面の人影にえいっと大鎌を振り下ろして首を刎ねると、鏡面の人影は水溜りのように広がってやがて消えていった。
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マルドナはパルプンティの鏡像を生み出すナニカを見ながら白い大鎌を構える。
「自分の分身ですか、それはなかなか……いえ、何でもありません。仕事をしましょう、償うために」
グネグネと蠢くナニカを警戒して、体の軸を左右にずらしながら接近する。
振り下ろした白鎌は確かな手応えと共にナニカの体の一部を切り離す。
切り取られた塊はそのまま融けるように消えて行くが、ナニカは切り口を歪ませ、マルドナのシルエットが這い出るように生み出される。
「これが私の分身……」
鏡面の人影に映った自分の顔が奇妙に歪む姿を見つめ、マルドナは身体を震わせる。
震えが治まるまで片手で震える身体を抱きしめ、もう片方の手で口元を覆う。
「さあ、始めましょう。貴方と共に私の罪を償いましょう」
周囲に聞こえるか聞こえないか、ほんの小さな声で呟くと、白鎌の構えを変える。
手首を返し、刃を自らの背中に横から当るように添える。
そのまま少し後ずさり、手首にゆっくり力を込める。
ぷつり、と皮膚を破く感触と共に冷たい異物感が背中からわき腹に走り、少し遅れて身体の内側から燃え上がるような痛みと吐きそうになる悪寒が内臓をかき乱す。
マルドナは痛みに叫び声を上げようと口を開けるが、漏れてくるのは不規則な吐息のみであり、眼を張り裂けんばかりに見開き、瞳孔が拡大と収縮を短時間のうちに繰り返し、一筋の涙が頬を伝っている。
少し刃を進める度に全身を貫く痛みに身体を震わせながら、少しずつ自らの身体を切り裂いていく。
やがて魔法の白鎌がぬるぬるとした血にまみれてマルドナの鳩尾から刃先を覗かせる。
そのまま力を込めると、わき腹を引き裂くように白鎌が振りぬかれる。
がくりとマルドナが膝を折った瞬間、アウルの光が直線状に迸り、鏡面の人影を巻き込む。
光が消えた後には、マルドナが両手で震える自身の体を抱きしめて立ち、変わりに鏡面の人影が崩れ落ちていた。
その姿を見つめて、マルドナは頬を薄桃色に染め、眉を顰めて熱い吐息を漏らすのだった。
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反対側からは澤口と橘、紅葉、ヘルマンの4人がナニカに接近し、蔵寺が矢を番えて狙いを付ける。
「あのナニカも動くみたいだから油断しちゃ駄目だよ!」
紅葉の声に澤口と橘は表情を引き締めて頷く。
「遠距離支援は任せろ……。取り込まれたら引っ張り出すから安心しろ……」
お札で覆われた長大な和弓から牽制の矢を放つ。爆音と共にナニカの一部を吹き飛ばしたが、その爆破痕から飛び出すように鏡面の蔵寺が現れる。
だが、鏡面の蔵寺が動き出す前に、眩しい輝きを放つ雷が打ち倒す。
遠くの斜面からソフィアが声をかける。
「攻撃させる暇なんて与えないよ。速攻で倒していこうっ!」
\うおぉお/と見たこともない激しい攻撃に地元撃退士から起きたどよめきにソフィアはふわりと空を飛んで手を振って応える。
魔法使いの格好の少女が空を飛んだことで地元撃退士のテンションはうなぎ登りで姦しい。
「分身を出すと小さくなってる。それを利用して削っていこう」
空から見ると巨大なドームが小さくなっているのが良く分かり、ソフィアは杖状のライフルを構えて仲間へ呼びかける。
「そうですね、どんどん行きましょうっ!」
澤口はリボルバーを構え、タンタンッと軽快な音を立てて弾丸を撃ち込む。
比較的小さな音ではあるが、確実にナニカの身体を抉り取っていく。
もこもことうねり、鏡面の澤口が生み出される。
鏡面の澤口が動き出す前に仕留めようと、ヘルマンが黄金の鎌を振り下ろす。
その一撃で鏡面の人影を両断したかに見えたが、鏡面の人影は人間では考えられない角度でぐにゃりと曲がり、斬線はうっすらと光を残して空を切る。
「ふむ、メタルの人形、と思いきや唯の木偶の坊では無いようですな」
180度身体を海老反りに曲げ、太ももと背中がぴったりとくっついていた鏡面体はグネグネと融合して澤口を再構築していく。
「たぁっ!」
橘は煌びやかな宝剣を振り上げ、ナニカに向かって鋭い突きを放つ。
だが、ナニカは突きをかわすように内側へ大きく凹み、飛び込んで来た橘を取り込むように両側面から包み込むように変形する。
「えっ……ちょっ……やっ!そんな所に入ってこないでっ!」
慌てて仰け反るように避ける橘だったが、突きの体勢から無理に避けたために下半身が取り残され、足から腰までがナニカに覆われる。
取り付いたナニカを振り払おうと赤い顔で暴れる橘だったが、簡単には抜け出せない。
「今助けるっ!」
蔵寺は小太刀を抜いて橘に取り付いているナニカを切り払う。
蔵寺は引き抜こうと橘を抱えるが、さらに襲い掛かってきたナニカにより、今度は橘の頭と右腕が包み込まれる。
「援護しますっ!」
蔵寺が小太刀で橘に取り付いたナニカを切り払い、さらに取り付こうとするナニカを澤口が正確に打ち落としていく。
蔵寺と澤口の攻撃により、次々と鏡面の人影が生み出されていく。
「例え分身だろうとも、皆の邪魔をするなら容赦しないよ!」
紅葉は気合と共に漆黒の薙刀を振るう。その刃にアウルを凝縮させ鋭く振りぬかれる斬撃は意識に上るときには既に残像を描く素早さで鏡面の人影を切り裂く。
「受けた攻撃をなぞって放つのでございますか。……ですが、所詮は偽者でございますな」
ヘルマンは無造作なように見えて無駄の無い一撃で鏡面の人影を両断していく。
「見極めてみれば本人の強さには遠く及ばぬようで」
ぶんっと黄金の鎌を振り、ナニカの残滓を振り落として次の相手に向かおうとした時に、敵の動きを警戒していたマルドナから鋭い声がかかる。
「後方を狙ってます」
鏡面の澤口が銃を構えて後ろで見ている地元撃退士に狙いをつけていた。
ヘルマンは素早い動きで射線を遮り、撃ち放たれたナニカの飛沫で肩を抉られる。
「孫のような子等が傷つくのはいつになっても苦しゅうございます故」
肩にめり込んだナニカの飛沫を抉り出して指で弾き、後ろを狙った鏡面の人影に立ち塞がる。
なおも攻撃を仕掛けようとした人影だったが、突然の雷に撃たれて跡形も無く消し飛ぶ。
「私の魔法からは逃れられないわよ」
空からソフィアがビシッと杖を構えて言い放ち、ヘルマンは恭しく優雅な礼をする。
「援護感謝いたしますぞ、ソフィア様」
ソフィアが手を振ってかえすと、地元撃退士からまたどよめきが起きた。
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橘は蔵寺と澤口に助け出されて、真っ赤な顔でげほげほと咽ていた。
「大丈夫?簡単な手当てしか出来ないけど」
蔵寺がアウルの光でダメージを受けた皮膚に治癒を行い、澤口が包帯をクルクルと巻いていく。
蔵寺は派手に活躍している学園生に沸く地元撃退士を苦々しく睨みつけ、声をかける。
「おいっ、治療が終わるまでしばらくあの分身どもを足止めしろっ。お前等も戦えるんだろっ!」
その言葉に地元撃退士達はざわざわと動揺し、顔を見合わせていたが、その様子に蔵寺はキレ気味の声で皮肉を放つ。
「フン……!これなら学園のひよっこの方が数倍マシだな……!自分の影と戦う勇気もねぇんだからな……!」
\くそっ、言わせておけばっ/\俺達の地元魂/\見せてやるっ!/
うおぉぉと鬨の声を上げて残った橘の鏡像に向かって突撃していく地元の撃退士達だったが、ぶんぶんと振り回す剣は不規則な動きをする鏡面の人影に掠りもせずに自らの勢いで転んでいく。
「……戦闘の基本行動ぐれぇは学んで欲しいぜ」
予想以上のポンコツっぷりにため息をつく蔵寺だった。
「少々危のうございますので……失礼」
わーわーと騒いでいる地元撃退士だったが、敵の攻撃どころか自分達の剣で怪我をしかねない様子にため息をついてヘルマンは封砲を放つ。
激しい光と共に消し飛んだ鏡面の人影を見て、地元撃退士達ははーはーと荒い息をつきながらその場に座り込んだ。
「まあ、後ろで固まっているよりは立ち向かえただけマシだったな。後はしっかり俺達の戦い方を見ておけ」
蔵寺は座り込んでいる地元撃退士の方をぽんっと叩くと、再びナニカに向かっていく。
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「僕も行きますっ。あいつは許せないっ」
応急処置を終えた橘は目に涙をためて立ち上がり、後を追う。
他の撃退士達も武器を構えて、最初の頃に比べて1/3程度の大きさになったナニカを取り囲む。
マルドナ、澤口、蔵寺、橘が一気にナニカへ攻撃を仕掛けると、ナニカはプルプルと震えてそれぞれの分身を生み出しながら四散する。
生まれ出た鏡面の人影は待ち構えていた撃退士達に瞬時に仕留められ、残滓を残してナニカは息絶えるのだった。
「はい、これで手当てはおしまいですよー。学園に戻る頃にはきっと治ってますねー」
怪我をした仲間の応急手当を終えて澤口は大きく伸びをする。
「もうお婿にいけない……」
ずーんと落ち込んでいる橘にパルプンティは首をかしげながらなでなでと慰める。
「それじゃお嫁さんに行くのでしょうか?」
さらに落ち込む橘を不思議そうに慰めるのだった。
ヘルマンは北村の側へ佇む。
「北村様、御体調はいかがですかな?」
「うん、お蔭様で毒も消えてすっきりしたよっ。次は応援が来る前に片付けちゃうからねっ」
にこやかに返事を返す北村に静かに首を振ってヘルマンは言葉を返す。
「気負い過ぎられますな。人生は長いものでございますぞ」
微笑を浮かべたまま苦言を呈すヘルマンに、えへへ、と首をすくめる北村だった。
マルドナは自分の分身を打ち倒した辺りを眺め、はぁ、と吐息を漏らして、その場を名残惜しそうに後にするのだった。
ソフィアは地元撃退士達に取り囲まれ、サインをねだられていた。
小さな身体から強力な魔法を放つ魔法使いの少女が琴線に触れたのだろう、その周辺だけ異様な熱気に包まれて、ソフィアの太陽のような笑顔が周囲を盛り上げていた。
蔵寺と紅葉の周りにも地元撃退士達が集まり、熱心に戦い方について質問を投げかけていた。
紅葉は戸惑いながら、蔵寺は面倒くさそうにしながらも、一つ一つの質問に答えていく。
この戦いを経て、学園へ入学することを決めた若者も何人か居た様だった。
いずれの日にか、彼等も立派な撃退士となってこの地に戻ってくるのかもしれない。
その熱気が篭った質問にいつしか真剣に回答している二人の姿がそこにあった。