「あ、あのさ……なんで私、取り調べよろしく席に着かされてるの?」
ひきつった笑いを浮かべたうらは=ウィルダム(
jb4908)は、多くの学生でにぎわうラウンジの隅のテーブルに座らされていた。後ろには関わった一同もいる。
向かい合わせに座るアキホとミナは真剣な面もちでこちらを見返し、さらにミナは存在しない電気スタンドの光をこちらに向けるように、クイッと手を動かす。
「それはもちろん……キリキリ吐いてもらうために決まってるでしょう!」
「さぁ言いなさい! どうだった? なにがどうなってどんな風に良かったの!」
鬱屈したものが吐き出されるように、ふたりはうらはに向かって身を乗り出す。
顔がぶつかるんじゃないかとさえ感じて、うらははふたりの迫った分の倍はのけぞった。
「あー、そうだな。いいスピーカーは使ってたんじゃねぇの? ……って何しやがる!」
「何しやがるじゃないッ! 『あの』Re−zのライブに行って、開口一番に言うことがそれかーッ!」
江戸川 騎士(
jb5439)の首根っこをつかみ、アキホはガクンガクンと揺さぶった。騎士はその手をつかむ。男子としては小柄な騎士と、アキホ。ふたりは力比べの姿勢になり、ぐぬぬ、とにらみ合った。
「おにぎり返せー! おにぎり返せー! 腹減ったっていうからあげた、女子高生分の詰まったおにぎり返せー!」
「ただのコンビニのじゃねーか!」
そうは言いつつも、騎士は力を緩めて席に座り直す。
「まーまー、それくらいにしておけい」
口調とは裏腹に幼い声で、八塚 小萩(
ja0676)が割って入った。
「そうじゃな、妾はその、Re−zとやらを見たのは初めてだったわけじゃが……」
そう言いつつ、アキホとミナの方をちらりと見てニヤリと笑う。
「聞きたいか?」
ふたりの「早く!」「じらさないで!」「漏らすまでくすぐるわよ!」「このドS幼女ッ!」という圧力に苦笑いして、
「まず……」
小萩はおもむろに口を開いた。
「ゴリラとは一度戦ってみたかったんだよ」
ぐるぐると腕を回しながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が、なかなか共感を得られなさそうなことをのたまう。
「依頼では、目撃されたのは猿、ということだったと思いますが……?」
手遊びにトランプを切っていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が怪訝そうに首を傾げるが、
「やっぱ肉を! 敵の筋繊維を! ぶった斬る心地よい感触がないと、戦った気がしないからな!」
と、共感できないことをさらに続ける。猿がでかければゴリラ! それでいいじゃないか、と。
「レズ? しらんがな、そんな百合バンド」
「……レツ、と読むらしいですよ」
アキホやミナが聞いたら、ただでは済むまい。
「まぁ、ステージは成功させてあげないといけませんねぇ」
と、エイズルレトラは毒気を抜かれたように息をもらした。実のところ、彼も件のバンドには別に興味がない。
ライブを見るのが主な目的だったりサーバント探索の依頼を見つけたりした撃退士たちは、どちらからともなく情報を聞きつけ、共に依頼を解決する立場となって合流し、電車に揺られて現地に到着した。
時間は夕刻……ではなく、まだ昼にもなっていない。それなのに会場周辺にはすでにファンとおぼしき女の子の姿がチラホラ見え、それはますます増えていくことが予想された。その中には、チケットを持たない者も、いや、そちらの方が多いことだろう。
開場ギリギリにやって来ていたら、グッズ販売の行列に出遅れるところだった……!
うらははホッと胸をなで下ろす。
「私は初の実戦です。お邪魔にならないよう、頑張るです」
「ボクもそんなところっす」
少し緊張した様子の安原 水鳥(
jb5489)は、神ヶ島 漸斗(
jb5797)と顔を見合わせて頷きあう。
「敵に真っ向勝負しろって言われたらアレだけど、ボクも捜索では役に立てると思うよ」
「気にすることはないです。誰でも、初めはそんなもの」
精一杯気を使った様子でフラウ(
jb2481)はふたりに声をかけた。
「それはそれとして。周囲の情報だけれど……」
そう言って手帳を取り出し、簡単に書いた地図を一同に示して説明を始めた。
「ライブが始まる前に、お猿さんを見つけたいです」
と、水鳥。背後でラファルが「ゴリラ!」と叫ぶのは曖昧な笑いで聞き流す。
万が一にも中止にはなってほしくない。
「そうです、ね。可能ならば」
事前にライブのスタッフに事情を説明したフラウは、曖昧な顔で頷いた。
安全を重視するなら、いっそ中止にして仕切り直した方が確実なのだが。
そのあたりは騎士がRe−zのマネージャーに伝えたのだが、相手の反応はのらりくらりとしたもの。つまり「ライブは予定通り」ということらしい。
若干の不快感を覚えた騎士は、ずっと腕組みをしている。アキホとミナには聞かれたくない話だ。
一行は会場を中心にして、周囲の捜索にあたった。
エイルズレトラは流れ落ちる滝の、直角に近い壁面を駆け上がる。
「往々にして、事態は悪い方に転がるもの、面倒なことはまとめて起こるもの」
心構えのようなものだ。こういうときなら、「敵はライブ会場から遠いところで発見される」などとは思わない方がいい。
「やっぱり」
それが証拠かどうかはわからない。しかし、辺りに生えている木々のなかに白い肌を見せて、折り取られているような物が見える。
エイルズレトラはそれを仲間たちに知らせると、いったん携帯電話を懐にしまった。
それにしても見晴らしがいい。会場全体が、彼方の駐車場まで一望できる。風は涼しく、澄み渡った青空はどこまでも高く。
「休日なら良かったんですけどねぇ」
と、エイルズレトラは天を見上げた。あの、翼を広げて空を舞うフラウは、自分以上にそう思ったりはするのだろうか?
「視界は広いが、どうしても木々で遮られる。死角は、下から何とかしてくれ……してください」
「あいあい、了解ー」
そう言ってフラウとの通話を終わらせたラファルが進むのは、会場を囲む、ろくに整備もされていない遊歩道だ。いつの大雨か知らないが、道の端の方が崩れ落ちているところや、逆に抱え込むほどの大岩が上から落ちてきて、道を塞いでいるところもある。
だというのに、ラファルは途中で2、3人の少女と出会った。
「なにやってんの?」
「ライブ見に来たに決まってるでしょうが! この場所は絶対に譲らないからね!」
ラファルが少女の視線の彼方を追ってみると、草木の間からかろうじて、ステージの端が見下ろせた。
「……大変ですね」
水鳥が思わず呟くが、少女はもう聞いてはいない。精一杯のお洒落をした服だが、足下はトレッキングシューズ。「もしかしたらRe−zと目が合うかも!」という乙女の妄想と、険しい現実への力強い抵抗が見て取れる。
「そんなことより、ゴリラだゴリラ。お、漸斗が見えるぞ。おーい」
『見えてるっすよー』
会場の周囲を円のように取り巻く遊歩道の、ちょうど反対側にいる漸斗が見える。
「見つからないっすね、敵」
さすがに直接話すのは無理だ。携帯電話を片手に、漸斗は周囲をうかがいつつ話を続ける。
『敵はゴリラだろ。だから……』
当てもなく探しても意味がない。場所を絞るか、でなければ近づいた時にすぐに気付けるように注意しておくか。
木々や繁みの揺れや、鳴る音。木の上か、木陰。
口にしようとしたときだ。まさに彼方の漸斗の上方で、繁みが大きく揺れた気がした。
『おいッ!』
ラファルに言われて、漸斗は携帯電話を手にしたまま駆けだした。
物音もした気がする。そして、放置されたままの倒木を乗り越えると。
そこに、1匹の巨大な、見上げる大きさの『猿』がいた。
「は、発見ーッ!」
携帯電話に向かって漸斗は叫ぶ。『猿』はすぐに漸斗の姿に気づき、歯をむき出して襲いかかってきた!
まずい。自称・捜索のプロ。それに成功したのはいいが、よりによって目と鼻の先に現れなくてもいいじゃないか!
『猿』は傍らの倒木を手に取り、大上段から振り下ろしてきた。ぶぅん、と空を切る音が耳元で聞こえるほどきわどいところで、かろうじて避ける。
とにかく、1人ではまずい。
漸斗は『猿』が投げつけてきた石……と言っても頭ほどある……を避けつつ、懸命に山道を駆け上がった。
危うく、その背に『猿』の手がかかりそうになったとき。
上空から火の玉が襲い、『猿』は反射的に身を屈めた。
「大丈夫、ですか」
舞い降りたフラウが『猿』と対峙する。
「皆がくるまで持ちこたえましょう」
「了解っす」
フラウが構えた盾に、『猿』の拳がぶつかる。その重さに、フラウは奥歯をかみしめた。
「すいません、遅くなりました! さぁ、こっちですよ!」
続いて現れたのはエイルズレトラだった。挑発するように身構えると、『猿』はそれに釣られてそちらに向き直った。
『猿』の拳がエイルズレトラの胸板に食い込んだ! ……ように周りの者には見えたが、それは人形。カードに戻り、ひらひらと空を舞う。
彼が『猿』を引きつけている間に、ラファルや水鳥、小萩らも駆けつける。
「よ〜し、さっさと片付けるか」
舌なめずりするように笑うラファルの横で、うらはがガクガクと身を震わせている。
「気をつけろ! ゴリラだ、奴らは気を抜くと、肋骨を引きちぎりに来るぞ……! 肋骨くらいじゃ死なないと、容赦なく引きちぎりに来るぞ!」
「……いったい何に怯えておるのじゃ」
呆れたように言った小萩が構えた忍術書から噴き出した水の泡が、『猿』を襲う。『猿』は苦痛の叫びを上げたが、すぐに地を蹴ると樹上に飛び上がり、まさしく猿の身軽さで他の木へと飛び移った。
いわゆる三角飛びの動きで撃退士に襲いかかった猿の一撃を、フラウは盾で受け止める。しかし予想もしない角度からの攻撃だったせいで、肩の関節がきしんだ。
「ヒリュウ!」
水鳥が召喚したヒリュウのブレスを、『猿』は嘲笑うかのように避ける。それでもいい。その隙に水鳥はフラウに駆け寄って声をかけた。「大丈夫」と答えたフラウは、自らの力で傷を癒す。
痛みが完全に取れたわけではないが、今はこれで十分だ。
「私が壁になる。それよりも、『猿』をここから動かさないことだ」
素の口調を露わにして、フラウはなおも盾を構える。
連絡を受けた騎士は、会場のスタッフの所に飛び込んだ。
「Re−zに何かあったらまずいだろう? はやく会場から人を避難させてくれ」
と、訴えるのだが、マネージャーの反応は薄い。
「人死にが出でもしたら、損害の査定もへったくれもねぇだろう! せめて客の入場くらい遅らせろ!」
怒鳴りつけると、尻餅をついて目を白黒させるマネージャーを睨み付ける。
「いいな!」
一方、そのサーバント。
まさしく手当たり次第に石や倒木を投げつけてくるサーバントに、うらはは「もう!」と怒鳴り返す。あるものは太刀で弾き、あるものは上体を反らせて避ける。
まるで駄々っ子のような攻撃だが、それがまともに命中すれば、常人ならば頭骨を粉砕されてしまうような、強力な一撃である。いかに撃退士といえども油断はならない。
『猿』は苛立ったのか、大きな音と共に息を吸い込むと胸をふくらませ、木ぎれを手にしたまま両手を高々と天に突き上げた。
「あれは、まさか!」
相手の意図に思い至ったうらはは、そうはさせじと剣を振るった。
うらはにとって、それは一撃限りの奥の手だ。剣から発せられた衝撃が『猿』の右腕を引き裂く。
『猿』は悲鳴を上げつつも左手を振り下ろした。すさまじい音と共に衝撃波が周囲を襲う……はずだったのだろうが、いかにもそれは弱々しい。大きな音と衝撃が撃退士たちを襲ったものの、踏みとどまれる程度のものでしかなかった。
「油断しちゃダメ! ゴリラはたとえ腕の1本や2本なくしても、平気で襲いかかってくるぞッ!」
「それは……どうなんでしょう」
苦笑いしたエイルズレトラの手から、無数のカードが飛んで、『猿』の動きを縛る。
これで身動きは取れまい。
「よぉし。いい声で哭いてくれよ〜ぉ?」
いつの間にか背後に回っていたラファル。彼女が放った糸が『猿』の身体を絡め取り、どんどんと食い込んでいく。皮が裂け、肉が裂け。『猿』は耳を覆いたくなるような悲鳴を上げて身悶えした。
あまりの力に、ついにはその糸の緊縛からも逃れられてしまう。
しかし、よろめいたその巨躯は崖を転がり、岩にぶつかり、滝壺へと転落していった。
その後。
開場こそ30分ほど遅れたが、他には大きな混乱もなく。ライブは順調にスケジュールを消化し、無事に終演したのだった。
「音だけでも、聞けてハッピー」
遊歩道に転がった岩に腰掛けて、流れてくる歌を聴きながら。小鳥は自分もギターを取り出してみた。
「……という感じかのう。
まるで演劇のように、セットがめまぐるしく変わったのには驚かされたのう。宙を舞っていたのは、天魔なのではないか?」
「でしょー? 歌だけじゃないんだよね。楽しませるってのを分かってるっていうか!」
「曲は耽美的なものが多いんじゃのう。話にあった『楽園−EDEN−』はアンコールじゃった」
「うはー、そこにもってくるかー!」
「わかってるー!」
やれ「衣装はどうだ、MCの内容は?」と、よくもまぁそんな細かいところまで、というほど問いつめてくるアキホとミナには辟易させられたが、懸命にライブの様子を思い出しながら語ると、それなりに満足してもらえたようだ。
グッズも、あれから入場者限定グッズにも、一般販売の列にも皆で並び、無事に買うことが出来た。
「それと……まぁ、ちょっとどさくさっていうか、職権乱用っていうかなんだけど」
そう言ってうらはが差し出したのは、「感謝の気持ち」として貰ったメンバー全員の直筆サイン。
そして、もっとも早く会場に到着していた騎士が差し出したのは、メンバーが会場入りするところの写真だった。
「あ、ありがとー! ほんとうにありがとうッ!」
「大好きー! 騎士、大好き! ちゅー!」
それを見たときの、アキホとミナの表情の変化ときたら。ただでさえ明るい表情をしていたところに、さらにさらに。
「やめろ馬鹿、抱きつくなッ!」