「ん……、爆薬はこれくらいあれば十分、かな」
建物の見取り図やらなにやらの資料の束を手にしたLaika A Kudryavk(
jb8087)は、準備したそれらをひとつひとつ確認して頷いた。
「被害を抑えろ、というのはいつも言われることだが……思い切りやれ、とは。いいように使われている気もするな」
詠代 涼介(
jb5343)は呆れたように肩をすくめた。
「なんだか楽しんでないか、ライカは?」
「そう見えるか、しら?」
ライカはうつむいてマフラーに口元を埋めて小首をかしげ、くぐもった声で応えるが。
「見える見える。でも……おもいっきり壊した方がいいなら、やるしかないよねぇ?」
来崎 麻夜(
jb0905)はそう言って、いかにも楽しそうにクスクスと笑った。
「暴れ放題なら、遠慮することはねぇなぁ。お構いなしにぶっ飛ばせるってわけだ」
そう言った天王寺千里(
jc0392)はくわえていた煙草を吐き出し、下駄で踏みにじった。
その行動に麻生 遊夜(
ja1838)は眉をひそめたが。
「いいんだよ。今からここは、市庁舎もろともゴミ山になるんだ。後片付けはまとめてやってやるぜ!」
と、千里は嘯く。
「どうやらここには、派手にやろうって連中しかいないようだな」
「ん。思いっきり、やる。ユーヤも、ね?」
ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)がこっくりと頷くと、呼ばれた方のユーヤ、すなわち遊夜にも異論があるわけではないので、
「あぁ。派手にやってやるか」
と、腕をまくった。
やる気を見せる撃退士が現場にたどり着いてみると、なるほど確かに、雄牛のようなサーバントの姿。何が気に入らないのか、サーバントは鋭く尖った角で市庁舎の壁をえんえんと小突き、突き崩している。
「へへッ、どこからどう見ても牛野郎だな」
と、藤沖拓美(
jc1431)は「ヘッ」と口の端を持ち上げて笑う。
「確かに牛ね。でも……硬くて臭くて、不味そうだわ。グラム48円くらいかしらねぇ?」
卜部 紫亞(
ja0256)はおっとりと値踏みなどしてみせるが。
「タダでもごめんだね」
と、拓美に一蹴される。
「そうね。一緒にされたら、畜産家が泣くかしら」
「おっと、どうやらこっちに気づいたようだぜ」
千里が言うとおり、サーバントは撃退士たちに気づいた様子で、踏みならす足音も雄々しく突進してきた!
最悪なのは、敵が市役所の敷地を飛び出していくことである。
撃退士たちはサーバントの突進をいったんやり過ごすと、それぞれが市庁舎の方に張り付いていった。
「さぁ、俺らと遊ぼうぜ! こっちだこっち!」
遊夜は堂々と名乗りを上げると、サーバントに手を振ってみせた。
敵は見事にそちらに気を引かれ、追いかけ始める。
速い!
牛の突進と人間の逃げ足を比べれば、とうてい人間が勝てるはずもないが。このサーバントと撃退士の関係も、ちょうど同じくらいと考えればいいだろう。
迫る角を、遊夜はすんでのところで跳躍して避ける。
鬼道忍軍の本領発揮と言うべきか、見事な軽業で市庁舎の外壁を駆け上ったのだが。サーバントはその動きについて行けず、突進して壁をぶち破った。
「ちょっとお借りします、ね。ありがとうございます……」
その間にライカは放置したままになっていた重機に乗り込み、一部作業が進んでいたところの瓦礫を退けて道を開くと、市庁舎の中に飛び込んだ。
涼介もそれに続くようにして中に飛び込み、市庁舎の廊下で暴れ始めたサーバントを挑発する。
「スレイプニル!」
呼び出された召喚獣も主人とともにサーバントを睨みつけ、かかってこいと言わんばかりの仕草を見せた。
サーバントは案の定、今度は狙いを涼介に定めて突進してくる。
「な、なかなかスリル満点の鬼ごっこじゃないか!」
遊夜も合流し、ふたりはコの字形をしている市庁舎の見取り図で言うと下辺を走って逃げ回った。
「追いつかれる、こっちへ!」
涼介が叫ぶと、すぐさま遊夜も反応して横っ飛びに部屋へと飛び込んだ。『税務課』と書かれた部屋はすでに備品もなくガランとしている。
さて、仲間たちも上手くやっているだろうか?
そんな事を考えるゆとりのあった静寂も一瞬のことであって、彼らを見つけたサーバントは引き返し、ドアの開いた隙間を通るのももどかしく……というより不可能であるので、枠ごと突き破って飛び込んできた!
部屋のもう一方はカウンターになっていて、かつては窓口になっていた開かれた空間がある。
突如として霧が発生したのは、『インビジブルミスト』によるものだ。涼介はサーバントの突進をギリギリまで引きつけ、あわやという寸前で大きく飛んで避けた。
そのとき背後にしていたのはカウンター横の太い柱で、それは中の鉄骨ごと粉砕されてしまった。
サーバントは狙いがはずれたことに怒ったのかどうか。砕けた瓦礫の大きな塊を角で貫いたかと思うと、天井に向けて跳ね上げた。天井板がバラバラと砕けたどころか、跳ね上げられたコンクリートまでもが粉々に砕けて降り注ぐ。
「重機いらずで、なによりじゃないか」
遊夜は嘯くが、あんなものを食らったらひとたまりもない。
さすがにゾッとするふたりの横に、突如として麻夜が姿を現す。影に潜み、様子を窺っていたのだ。
「柱1本じゃ、まだ崩れそうにないね」
そう言って笑いながら、目に見えぬ矢をサーバントに向けて放つ。
それは背に深々と突き刺さり、サーバントは窓ガラスを振るわせる叫びを上げた。
そしてこちらを振り向き、怒りに燃えた赤い目で睨む。
麻夜はさっさと、元のように姿を隠してしまった。
「おい!」
遊夜が思わず声を上げる。
「ボクは影。先輩の影だもの……あとはよろしくね」
と、笑いながら遠ざかっていく。
「あんなもの、ボクが食らったら酷いことになっちゃいそうだものねぇ……」
サーバントの突進から必死の形相で逃げ回るのは、取り残された男ふたりだ。
その間、ライカはサーバントには目もくれず、市庁舎を進んでいた。
「この柱、壊しちゃっても大丈夫かな? 壊しちゃったら、ボクたち潰されたりしない?」
どこにおかしみがあるのかしらないが、戻ってきた麻夜はクスクスと笑いながら傍らの柱を指し示す。
「ちゃんと逃げ道も確保しておかないとね」
「その柱は……後に残しておきましょう。ふふ、まるで工作員のよう」
麻夜に、その柱に大きく×印をつけさせたライカは、狙ったところに次々と爆薬を設置して回っている。撃退士らしからぬ任務には少し興奮状態でもあるのか、
「悪くない、わ」
などと、マフラーの下ではわずかにほくそ笑んでいる。
一方、サーバント。
サーバントが鼻息も荒く突進してくると、市民課のカウンターはまるで舞台の書き割りでもあるかのようにバリバリとたやすく破れた。サーバントは大きく頭を振ってその残骸を吹き飛ばすと、苛立たしい敵の姿を窺った。
「こっちよ。さぁ、いらっしゃい」
階段に立った紫亞は魔法書を開き、サーバント目がけて光の玉を放つ。妖精の羽が生えたそれは左右に、サーバントを惑わすように動いたかと思うと、衝突して弾けた。
するとサーバントは紫亞に狙いを定め、階段へと迫る。
紫亞は振り返ることなく階段を駆け上がり、すぐさま近くの扉を開けて中へと飛び込んだ。窓口のカウンターが多い1階とは違い、こちらは部屋が並んでいる。
サーバントは紫亞ほど小回りする事が出来ず、部屋の壁を突き破っていった。
そのひとつが紫亞の潜んでいた部屋で、彼女の身体にももうもうと砂埃が降り注いだ。
眉を寄せてそれを払った紫亞は部屋から飛び出し、サーバントの背後から『マジックスクリュー』を撃ち込んだ。激しい風の渦がサーバントを襲い、相手はフラフラとよろめいた。
それを見た紫亞はさらに追い打ちをかけようとしたが、サーバントはすぐに態勢を整えて向き直ってきた。刃のように鋭い角が、紫亞の心臓目がけて迫る!
鋭い角は心臓を貫くだけにとどまらず、その身体を容赦なく天井に打ち付けるだろう。
「く……!」
危ういところだったが、そこに拓美が姿を表す。
ショットガンを腰だめにして放った弾丸はサーバントの角に見事に命中し、わずかに狙いをそらした。その刹那を見逃さず、紫亞は『瞬間移動』で敵の背後へと回り込み、相手が面食らっている間に別の部屋へと潜む。
「なかなか緊迫したかくれんぼだこと……」
さすがに、冷や汗が流れる。
「おい、今度の的は俺かよ!」
「男がガタガタぬかすんじゃねぇ! 牛野郎が来たら、ぶっ飛ばすつもりで戦いやがれッ!」
そう拓美に怒鳴った千里はクロスボウを構え、サーバント目がけて……この距離なら、さほど狙いを定めるほどでもない。矢はその背に深々と突き立つが、致命傷にはほど遠い。
「オラ牛野郎! あたしはここだぞ、かかってきやがれ!」
そうは言っても正面に立つことはあまりに愚策。千里もまた、すぐさま位置を移動する。
撃退士たちはてんでにサーバントから逃げ、2階を走り回った。
「……しまった」
涼介が舌打ちする。逃げ込んだのはいいが、この部屋は他に出入り口がない。
サーバントがこちらを睨んでいる、あのドアのところしか。
思わず後ずさりした壁から、何やら生えている。これは……ドリル?
それはヒビキが開けた穴だった。よく見ると壁に無数の穴が開けられている。
その穴のひとつから、スリングショットで放たれたアウルの弾丸が飛び出し、サーバントを襲う。
「お出迎え。……こっそりとね」
その攻撃はたいした威力を持ってはいなかったが、その間に撃退士たちは無数に穴が穿たれ、脆くなった壁を突き破って脱出した。よく見るとコンクリートではなく、板を張って仕切っているだけの部分があった。
遊夜とヒビキが、パチンと手を合わせる。
「今のは危なかったな。助かったぜヒビキ」
「ん、行き止まりは、危険」
そのあとをサーバントが追う。サーバントにとっては板だのコンクリートだのということは関係が無い。お構いなしに体当たりすると、建物全体が振動したような感覚になる。
さすがに一撃で壁を粉砕するところまではいかなかったが、サーバントはムキになったように突進を続け、ついにコンクリートの、太い柱が入った部分まで粉砕してしまった。
「なんて野郎だ」
千里が呆れたように感心したように呟く。
ヒビキはひらりと宙返りすると、飛び降りざまに強烈な蹴りをサーバントにたたき込む。
サーバントは悲鳴を上げて倒れたが、まだ立ち上がってきた。
意識がヒビキに注がれた隙に、
「3階へ!」
紫亞の言葉通り、撃退士たちは上階へと駆け上がった。
3階の構造も2階とさほど変わりはない。
「さぁ、そろそろ始末をつけましょうか」
さんざんに走り回った後、紫亞は頷く。
「……準備はいいですか?」
『どうぞ。準備は完了、済み』
携帯電話から聞こえてくるライカの声はやはりくぐもっているが、ずいぶんとゆとりを持っているようにも感じ取れる。
「さぁ、こっちですよ!」
涼介は再び召喚獣を呼び出し、挑発するような攻撃をさせる。床に大きく描かれた×印。そこまで誘っているのだ。
「今だ!」
叫んで召喚獣を退避させる。ところがサーバントは、すんでのところで足を踏ん張り、立ち止まったではないか。
「困るんですよ、それでは」
そこをすかさず紫亞が援護した。突風がサーバントを襲い、印の所まで吹き飛ばしたのだ。
『第一弾、発破』
爆音とともに、サーバントの立つ床が抜ける。
撃退士たちは飛び降りてそれを追いかけ、続いて、
『第二弾……うん、あと全部、発破』
ライカの宣言とともに、次々と仕掛けられた爆薬が爆発していく。
「はえーよ、おい!」
拓美は慌てて建物から飛び出した。
サーバントの突進であちこちが崩れていた市庁舎には、さほどの耐久力も残っていなかった。
素人のすること、そしてサーバントによる不確定な破壊もあり、解体映像のように見事にとはいかないが。長い歴史を誇る市庁舎はもうもうと煙をあげ、崩れ落ちていった。
撃退士たちは大きく跳躍してそこから逃れ、煙がおさまるのを待つ。
幸いに天気は霧雨で、まもなく視界はよくなってきた。
崩落そのもので負傷したりはしないが、サーバントは狼狽した様子で中庭だったところにうずくまっていた。
「とどめだ!」
千里が槍を手に飛び込む。それはサーバントの背を深々と貫いたが、
「うおッ?」
サーバントは角を千里に突き込んできた。幸い突き刺さりはしなかったが、相手は大きく首を振り、千里の身体を吹き飛ばす!
大きくひねりを加えられた一撃は千里の身体を独楽のように回転させ、自分の頭がどちらを向いているのかが、まったくわからなくなってしまう。呼吸さえ、ままならないほどの勢いだった。
「……!」
それを救ったのはヒビキだ。
翼を広げて舞い上がると、千里の身体を全身で受け止める。それでも勢いを殺しきることは出来ず、ふたりともがもつれ合うようにして落下した。それでも、そのおかげで大きな負傷はない。
まだ侮れないと感じた遊夜と紫亞は、ともにその動きを足止めにかかる。
『邪毒の結界』が動きを鈍らせ、また紫亞の描いた円から飛び出した無数の腕が、サーバントを捕縛していく。
「しぶといねぇ……ずいぶん骨を折らせてくれたよ」
麻夜が銃を構え、その眼前に立つ。サーバントには、その黒髪がいっそう長く伸びて自らを絡め取ろうとするように思えたであろう。
「さぁ、黒く染まろう。ボクよりも黒く、黒く、真っ黒に!」
笑みを浮かべたまま、麻夜は幾度も幾度も、アウルを幾多もの闇の力に変えて叩きつけた。
「やれやれ。経験したことのない鬼ごっこだった……いや、どちらかというと牛追い祭りかな」
そう呟く涼介の傍らで、千里が笑う。
「どっちでもいいさ。ボロ庁舎は綺麗に片付いたし、お構いなしにぶち壊してストレスも発散できた。一石二鳥だな!」
「えぇ、本当に……楽しい、ね」
マフラーの下で、ライカが誰にも聞こえない呟きを漏らした。