「なんて大きさでしょう!」
袋井 雅人(
jb1469)は車窓から身を乗り出し、声を上げた。
街に到着した撃退士一行は、非常線を張って走り回るパトカーの一台に便乗して、ぎゅうぎゅう詰めで現場まで急いでいる。緊急事態だ、許してもらいたい。
現場まではまだすこし距離があるが、小山の中腹にある住宅地に鎮座するサーバントの巨体は、ここからでも垣間見ることができた。
なんのつもりか、サーバントはときおり鎌首をもたげるばかりで、その場から動かない。
「何か狙いでもあるんですかね?」
「事情があったところで。そんなの、付き合わなくてもいいですよ」
六道 鈴音(
ja4192)が「さっさと片付けてやればいいんです」と、身を乗り出してくる。
「馬鹿でかい図体ですね! しぶとそう……」
「狭いですって」
鈴音のデオドラントの香りが、雅人の鼻腔をくすぐる。
「あ、ごめんなさい。つい」
ばつが悪そうに、鈴音は身体を引っ込めた。早く敵の姿を拝んでやろうと、つい気がはやってしまった。いけない。冷静にいかないと。
「巻き込まれた人がいるんですね?」
と、Rehni Nam(
ja5283)はハンドルを握る警官に尋ねた。
「そうらしいですね。子供たちの話によると」
「要救助者は、その1名なのですね」
幸い、近隣の住民やサーバントに遭遇した小学生たちは巻き込まれずに済んだようだ。
レフニーはそれを確認すると、無言で小さく頷いた。助けなければ……。
「その小学生たちに、詳しい話を聞いておきたいところでござる」
と、エイネ アクライア (
jb6014)は言ったが、残念ながら子供たちは急ぎ安全なところに避難していて、すぐに所在をつかむのは難しかった。
しかし、駆けつけた警察は彼らから事情を聞いていたので、情報に不足はない。
もっとも、車が押しつぶされているとおぼしき場所の特定は、聞かずともすぐにできる。
「あの、サーバントが居座っているあたりですね」
と、雅人は再び身を乗り出し、サーバントの姿を見つめる。
「言われてみれば。土石流のように、押し流されている心配はないのでござるからな」
エイネは得心がいったように頷いた。
もしあの住宅街の山が崩れでもしたら、倒壊する建物は10軒では済まないだろうが。幸い、いかに巨大なサーバントではあってもそこまでの被害は出ていない。
「今のところは、ですね」
と、レフニー。
サーバントの持つ破壊力が恐ろしいものであることに違いはない。
「無論、侮ったりはしませんわ。そんな無様な戦い方をするわけにはいきませんもの」
クリスティーナ アップルトン(
ja9941)はそう言って、髪をかき上げる。
ふふん、と鼻を鳴らす仕草は、何とも自信に満ちあふれている。
そのクリスティーナがふと表情を改め、
「又聞きしたかぎりでは、どうやらその車は子供たちを庇うように割って入ったようですね」
と、呟いた。神妙な顔をしているかと思ったが、すぐにもとの笑みを浮かべて。
「なかなかできることではありませんわ。むざむざと死なせるには惜しい方ですわね!」
彼女なりの、決意を明らかにしたのだった。
「やっと着きました!」
少しだけ激しくなった吐息とともに、レフニーがサーバントを指し示す。
警官も天魔の前では一般市民と同じ。山の下でパトカーから降りた一行は坂道を駆け上がってサーバントのもとまでたどり着いた。
「蛇型のサーバント……あんな大きなのに暴れられたら、瓦礫の下にいる人間なんてひとたまりもないわね」
巨体を見上げ、鈴音が嘆声をもらす。
しかし、そんな弱気を見せたのはほんの一瞬だけ。すぐに鋭い目でサーバントを見据えると、手にした霊符をサーバントに向けて放つ。
いったいどんな理由でこの場に現れ、そして居座り続けるのかわからないサーバントだったが、さすがに撃退士たちの姿を認めると、敵意を露わにこちらを振り向いた。
鎌首をもたげ、太い尾を蠢かせながら撃退士に迫る。
その太さときたら両手を広げても届かないほどで、さながら巨木を思わせる。
それに押しつぶされてはたまらないと、鈴音は大きく跳び下がって避けた。
「六道殿、もう一歩下がるでござるよーッ!」
エイネの声が響いてきたのは、上空からだ。
鈴音が首をすくめると、それをかすめるようにエイネが飛び込んできた。
落下の勢いのまま、刀を「折れてもかまわぬ」というような勢いで叩きつける。
それは胴を深々と切り裂き、大蛇の身体からおびただしい体液を噴出させた。
「見たか、この駄蛇めぇ〜ッ!」
黒い。
流れ出たのは鮮血ではなく、まるで石油のような黒い体液だった。それでいて、吐瀉物のような不快な臭いが辺りに満ちる。
「なるべくなら、相手にしたくありませんわね」
と、クリスティーナはレースのハンカチで顔を覆ってみせる。
「とはいえ、捨ててはおけません。『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! 私の剣技、見せてさしあげますわ!」
剣を構え、大蛇と視線を交錯させる。
「袋井さん、敵は私たちが抑えておくから。救助は……!」
「もちろん、任せてください!」
雅人の頼もしい返答を聞いた鈴音は頷き、大蛇に向けて、これ見よがしに霊符をヒラヒラと動かす。
サーバントはたやすくその挑発に乗り、鈴音らを追って瓦礫の山から離れていく。
それも当然だったかもしれない。サーバントにはこの場にとどまる意味も、ましてや瓦礫の下にいる人間に向けた関心など、まったくないに違いないのだ。
レフニーが周囲を、注意深く見渡す。
生命の存在を感じ取ろうとしているのだ。
「!」
さほど時間はかからなかった。1軒の、古い和風建築だったとおぼしき瓦礫の下に、間違いなく生命が存在する。
「そこです、袋井さん」
「よしきた!」
指し示す一方で、万が一にも他に巻き込まれている人がいないかどうか、探知の網を広げる。しかし幸いなことに、他に探知に引っかかるような生物はいない。
「どっせい!」
「ちょ、ちょっと袋井さん」
振り返ったレフニーは、慌てた。雅人が力一杯、瓦礫を持ち上げていたのだ。
「もう少し、慎重に……! もし何かを動かして、他のバランスが少しでも崩れでもしたら」
「そ、それもそうですね」
雅人はレフニーからシャベルを受け取り、慎重に瓦礫を取り除いていく。レフニーも方形槍を突き立て、瓦の残った屋根を少しずつ動かしていった。
焦りが、ふたりの額に汗をにじませる。
汗を流していたのは、ほかの3人も同様であった。
「馬鹿でかい図体のくせにッ!」
鈴音が巻き起こした風の渦を、大蛇は滑るように地を這って避けた。
まったく傷を負わせられなかったわけではないが、敵の動きは止まらない。
大蛇は大きく口を開くと、その牙を突き立てようと、あるいは飲み込もうと襲いかかってくる。
そこにエイネは割って入るように、横合いから切りつける。
ところがサーバントもその動きは察知していたようで、エイネに向かっては尾を打ち付けてきた。
体勢を崩しつつ振るった刃は腰砕けになり、雷撃も痛打を与えることができない。
「引きつけることには、成功したでござるのに」
たいした知能があるとは思われないが、植え付けられた戦いの本能には恐るべきものがある。
尾の一撃は電柱をいとも簡単に吹き飛ばし、切れた電線がバチバチと火花を上げた。
「まだ私がいますわよ!」
クリスティーナは剣を構え、大蛇の胴を狙う。
大蛇の方もそれに呼応し、クリスティーナの方を睨みつけてきた。
「遅いですわッ!」
共に戦う鈴音やエイネさえ、剣先を一瞬見失うほどの速度で。クリスティーナの剣がサーバントに食い込んだ。
手応えは、あった。
そう感じたクリスティーナの死角から、尾が襲う。
「くッ……!」
剣を立てて受け止めたが、あまりに重たい一撃で吹き飛ばされる。防いでさえ、これとは。
続けざまに攻撃をかけてくるのはサーバントも同様だった。その都度にクリスティーナはよく防いだが、防ぐ構えにも限界があった。
手の痺れをこらえ、クリスティーナはその牙の攻撃を、今度は横に飛んで避けようとした。
「気をつけるでござる!」
エイネが叫んだ、そのとき。サーバントの口から、霧吹きのように液体が噴き出した。クリスティーナの目に入って、ほんの一瞬だが跳躍が遅れる。
致命的な遅れだった。サーバントの牙は、クリスティーナの太ももに深々と食い込む。
「しっかりするでござる! ここで拙者たちが倒れれば、袋井殿たちにも危険が迫るでござろう」
エイネが切りつけると、サーバントは獲物を飲み込むことにはさほど関心が無いかのように、すぐに牙を外して鎌首をもたげてきた。
「えぇ。承知していますわ」
体内の気の流れを制御し、クリスティーナは鈴音に支えられてよろめきつつも立ち上がった。
ちょっと、厳しいな。
声には決してしないものの。
鈴音は大蛇を見上げ、乾いた唇を舐めた。
「……おい。もしかして、撃退士か?」
「!」
雅人とレフニーとが、顔を見合わせる。
かすかに声が聞こえてきたのは、瓦礫の下だ。生存者がここにいたのだ!
ふたりは思わず跳ね退き、瓦礫の隙間から下をのぞき込んだ。だが、まだ男の姿は見えない。
「学園の撃退士です。もう少しだけ、待ってください。すぐに瓦礫を取り除きますから」
レフニーが努めて穏やかに、声をかけた。
「だろうと思ったよ。レスキューにしては、騒がしすぎるからな」
男は軽口を叩く。安堵した様子も同時にうかがえた。
だがそのとき、震動で地面が震えた。大蛇の尾が、地を打った衝撃だ。
大丈夫だろうか、仲間たちは?
信頼している。みな歴戦の強者揃いだ。だが、たった3人でサーバントを食い止めることができるだろうか?
「袋井さん!」
突然声をかけられて、雅人は驚いて振り返った。そこにいたのは、待機していたはずレスキューだったからだ。
他ならぬ雅人が、危険を避けるために待機を要請していたのだが。
考えてみれば、彼ら撃退士たちがサーバントを引きつけることが十分にできるなら、レスキューが作業する際の危険をかなり減らせるはずなのだ。
彼らは専門家だ。技術も経験もある。
後の作業を彼らに任せると、彼らはてきぱきと作業を進めていった。
「これだけ場所もハッキリしていて瓦礫も取り除けていれば、心配は要りません」
そういうレスキュー隊員に背を向け、雅人とレフニーは仲間たちのもとに走る。
探し回る必要などない。蛇の巨体は、どこからでもよく見える。
「男性はもう安心ですよ! さぁ、あとは熟練のナイトウォーカーの恐ろしさ、存分に味わってもらいましょうか!」
サーバントの背後から、雅人は漆黒のアウルをたたき込む。大蛇はそこからぽっきりと折れてしまったかのように、くの字になって身をよじる。
突如……というわけでもないが現れた増援に、サーバントは振り返って牙をむく。
「隙、できてしまいましたね」
その口中に向けて、レフニーは盾を突き出す。放たれたアウルの矢は、矢というよりは砲弾のようにサーバントの口中に飛び込み、荒れ狂った。
「それで終わりではありませんわ! 星屑の海に散りなさいッ!」
増援を得て、また男性の救出にめどがついた事を聞いて、撃退士たちは俄然活気づく。
クリスティーナの剣からあまたの流星が放たれ、次々とサーバントを撃つ。一撃が命中するごとに、黒々とした体液が飛び散る。
「不覚を取るばかりでは、いられませんもの」
アウルのエネルギーが身体を貫き穴を開けてもなお蠢き続けるところは、やはり尋常の生物と同じに考えてはならないのだろう。
「しつこいッ!」
エイネの「必殺の一撃」で胴が半ばちぎれたにも関わらず、撃退士たちを締め殺さんと、巻き付こうとしてくる。エイネに避けられた代わりに、街路樹を真っ二つ、いや、木の形をとどめぬほどにバラバラにちぎってしまった。
恐るべき力。しかし、さすがに動きは鈍ってきたか。
「大蛇を滅ぼすのは、この技よね」
鈴音はそう言って、太い眉を寄せる。図らずも、六道家に伝わるという、魔術の奥義。
「ケシズミにしてあげるわ。くらえ、六道呪炎煉獄ッ!」
まもなく男性は無事、救助された。太い梁を切断した下から、助け出されたのだ。
「飲んでください。少なからず、脱水状態になっているはずです」
「なんだこれ」
レフニーが差し出したものの予期せぬ甘さに、男は顔をしかめた。
「いちごオレですよ」
「……なぜ?」
男性は肋骨と左足を骨折していたが、レフニーやエイネに応急の手当てもされ、命に別状はなかった。元撃退士の旺盛な生命力なら回復も早いだろう。
そのまま近くの病院に搬送され、撃退士たちはなんとなく成り行きで、そこまで同行した。
「おとーさ!」
「お父さん!」
病院の個室に、男性の家族が駆け込んできた。このころには、撃退士たちも男性の事情をこまごまと知っていた。
「よう、ヒロ!」
「おとーさ!」
子供は全力で起き上がった父親の胸に飛び込む。男性は顔をしかめたが歯を食いしばって声を抑え、笑顔を浮かべて我が子の頭をなでる。
「……なぁ、あんたたち。ちょっと頼まれてくれないか?」
手招きされて、耳打ちされたことは。
フルーツがいっぱいのった、ケーキを買ってくること。
「よーし、ヒロ。今日は特別に予定変更だぞ! 誕生パーティーは、このお部屋でやります!」
「やるー」
あまり賑やかにして、傷の具合は……いや、あまりそれを言うのも、野暮というものか。
少しだけ、少しだけなら、いいだろう。
我が子の、今日という大切な1日のためなら。