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マスター:一条もえる
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:5人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/31


みんなの思い出



オープニング

「おとーさ、おとーさ」
「いってくるよ、ヒロ。おとーさん今日は、絶対に早く帰ってくるからな」
「ヒロくん、『気をつけてね』ってお父さんに」
「きをつけー」
「ふふ、上手上手」
「お母さん、パーティーの準備は任せた!」
「まーかせて。ごちそういっぱい作ってるから!」
「ヒロ、2歳おめでとう! おとーさんが帰ったら、今日は誕生パーティーだぞ! いってきます!」


「電話……駄目だな。手が入らねぇ」
 右手を上着の懐に伸ばそうとした彼は、諦めてため息をついた。
 車の運転席に座っているはずの彼の身体は、不自然に仰向けになっていた。それだけ車体が傾いているのだ。
 フロントガラスは無残に砕け、そこからにょっきりと木材が伸びてきていた。
 それが彼の身体を貫かなかったのは幸運である。
 だがそれは、崩れた住宅の太い太い梁であった。今どきの建築ではなかなか見られない太い梁は彼の身体の上に重くのしかかり、かろうじて何かに支えられ、彼を押しつぶさずにいた。
 もっとも、それも時間の問題だろうが。
 彼のところからは見えないが、サーバントがいくらか身体を動かしただけで梁はグラグラと揺れ、いつ、彼の人生と胴体とを断ち切るかわからない。
 さほど痛みは感じない。とすれば、大きな怪我はしていないのかもしれない。
 まぁ、こんな精神状態だ。痛みを感じていないだけなのかもしれない。
 少なくとも足は何かに挟まれて抜け出せず、また胴体もその梁によって押さえつけられて身じろぎすることもままならない。手を差し込む隙間さえないのだ。
「お手上げだな」
 彼が撃退士を引退して、2年と少し。きっかけとなったのは足の負傷だった。
 日常の歩行には支障が無いが、戦いを続けるのは難しかった。
 幸い、この稼業をやっていると伝手は多い。就職した某社で、彼は懸命に働いていた。
 毎日あちこちの顧客のもとへ赴き、それまでとはまったく質の違う苦労に悩まされながらも、充実した日々を過ごしていた。
「あぁ、今日くらいは早く帰りたかったのにな。ここんとこずっと、帰りが遅くてヒロを風呂にいれてやれもしなかったのに……」


「危ねぇッ!」
 サーバントの、巨木の幹ほどもある尾が視界に入ったとき、彼はとっさに叫んでハンドルを切ったのだ。その、尾の方に。
 撃退士だった性なのだろう。
 坂道の多い、静かな住宅街だった。
 サーバントと同時に視界に入ったのは、学校帰りの小学生の列だったのだ。彼はとっさに車体をサーバントと子供たちとの間に割り込ませた。
 幸いなことに、飛来した瓦礫は彼の車にぶつかって方向を変えた。
「逃げろ!」
 窓を開けて彼が叫ぶと、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 ところが、その代償として。
 道の左側は、山の斜面になっていた。その上に建っていた家が、サーバントによって無残にもなぎ倒されて全壊した。
 そして、その残骸は斜面の下にあった道路に、すなわち縁石にぶつかって停車した彼の車に向かって降り注いだ。
 先ほどの瓦礫などとは比較にならない、圧倒的な質量が彼に襲いかかった。


リプレイ本文

「なんて大きさでしょう!」
 袋井 雅人(jb1469)は車窓から身を乗り出し、声を上げた。
 街に到着した撃退士一行は、非常線を張って走り回るパトカーの一台に便乗して、ぎゅうぎゅう詰めで現場まで急いでいる。緊急事態だ、許してもらいたい。
 現場まではまだすこし距離があるが、小山の中腹にある住宅地に鎮座するサーバントの巨体は、ここからでも垣間見ることができた。
 なんのつもりか、サーバントはときおり鎌首をもたげるばかりで、その場から動かない。
「何か狙いでもあるんですかね?」
「事情があったところで。そんなの、付き合わなくてもいいですよ」
 六道 鈴音(ja4192)が「さっさと片付けてやればいいんです」と、身を乗り出してくる。
「馬鹿でかい図体ですね! しぶとそう……」
「狭いですって」
 鈴音のデオドラントの香りが、雅人の鼻腔をくすぐる。
「あ、ごめんなさい。つい」
 ばつが悪そうに、鈴音は身体を引っ込めた。早く敵の姿を拝んでやろうと、つい気がはやってしまった。いけない。冷静にいかないと。
「巻き込まれた人がいるんですね?」
 と、Rehni Nam(ja5283)はハンドルを握る警官に尋ねた。
「そうらしいですね。子供たちの話によると」
「要救助者は、その1名なのですね」
 幸い、近隣の住民やサーバントに遭遇した小学生たちは巻き込まれずに済んだようだ。
 レフニーはそれを確認すると、無言で小さく頷いた。助けなければ……。
「その小学生たちに、詳しい話を聞いておきたいところでござる」
 と、エイネ アクライア (jb6014)は言ったが、残念ながら子供たちは急ぎ安全なところに避難していて、すぐに所在をつかむのは難しかった。
 しかし、駆けつけた警察は彼らから事情を聞いていたので、情報に不足はない。
 もっとも、車が押しつぶされているとおぼしき場所の特定は、聞かずともすぐにできる。
「あの、サーバントが居座っているあたりですね」
 と、雅人は再び身を乗り出し、サーバントの姿を見つめる。
「言われてみれば。土石流のように、押し流されている心配はないのでござるからな」
 エイネは得心がいったように頷いた。
 もしあの住宅街の山が崩れでもしたら、倒壊する建物は10軒では済まないだろうが。幸い、いかに巨大なサーバントではあってもそこまでの被害は出ていない。
「今のところは、ですね」
 と、レフニー。
 サーバントの持つ破壊力が恐ろしいものであることに違いはない。
「無論、侮ったりはしませんわ。そんな無様な戦い方をするわけにはいきませんもの」
 クリスティーナ アップルトン(ja9941)はそう言って、髪をかき上げる。
 ふふん、と鼻を鳴らす仕草は、何とも自信に満ちあふれている。
 そのクリスティーナがふと表情を改め、
「又聞きしたかぎりでは、どうやらその車は子供たちを庇うように割って入ったようですね」
 と、呟いた。神妙な顔をしているかと思ったが、すぐにもとの笑みを浮かべて。
「なかなかできることではありませんわ。むざむざと死なせるには惜しい方ですわね!」
 彼女なりの、決意を明らかにしたのだった。


「やっと着きました!」
 少しだけ激しくなった吐息とともに、レフニーがサーバントを指し示す。
 警官も天魔の前では一般市民と同じ。山の下でパトカーから降りた一行は坂道を駆け上がってサーバントのもとまでたどり着いた。
「蛇型のサーバント……あんな大きなのに暴れられたら、瓦礫の下にいる人間なんてひとたまりもないわね」
 巨体を見上げ、鈴音が嘆声をもらす。
 しかし、そんな弱気を見せたのはほんの一瞬だけ。すぐに鋭い目でサーバントを見据えると、手にした霊符をサーバントに向けて放つ。
 いったいどんな理由でこの場に現れ、そして居座り続けるのかわからないサーバントだったが、さすがに撃退士たちの姿を認めると、敵意を露わにこちらを振り向いた。
 鎌首をもたげ、太い尾を蠢かせながら撃退士に迫る。
 その太さときたら両手を広げても届かないほどで、さながら巨木を思わせる。
 それに押しつぶされてはたまらないと、鈴音は大きく跳び下がって避けた。
「六道殿、もう一歩下がるでござるよーッ!」
 エイネの声が響いてきたのは、上空からだ。
 鈴音が首をすくめると、それをかすめるようにエイネが飛び込んできた。
 落下の勢いのまま、刀を「折れてもかまわぬ」というような勢いで叩きつける。
 それは胴を深々と切り裂き、大蛇の身体からおびただしい体液を噴出させた。
「見たか、この駄蛇めぇ〜ッ!」
 黒い。
 流れ出たのは鮮血ではなく、まるで石油のような黒い体液だった。それでいて、吐瀉物のような不快な臭いが辺りに満ちる。
「なるべくなら、相手にしたくありませんわね」
 と、クリスティーナはレースのハンカチで顔を覆ってみせる。
「とはいえ、捨ててはおけません。『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! 私の剣技、見せてさしあげますわ!」
 剣を構え、大蛇と視線を交錯させる。
「袋井さん、敵は私たちが抑えておくから。救助は……!」
「もちろん、任せてください!」
 雅人の頼もしい返答を聞いた鈴音は頷き、大蛇に向けて、これ見よがしに霊符をヒラヒラと動かす。
 サーバントはたやすくその挑発に乗り、鈴音らを追って瓦礫の山から離れていく。
 それも当然だったかもしれない。サーバントにはこの場にとどまる意味も、ましてや瓦礫の下にいる人間に向けた関心など、まったくないに違いないのだ。
 レフニーが周囲を、注意深く見渡す。
 生命の存在を感じ取ろうとしているのだ。
「!」
 さほど時間はかからなかった。1軒の、古い和風建築だったとおぼしき瓦礫の下に、間違いなく生命が存在する。
「そこです、袋井さん」
「よしきた!」
 指し示す一方で、万が一にも他に巻き込まれている人がいないかどうか、探知の網を広げる。しかし幸いなことに、他に探知に引っかかるような生物はいない。
「どっせい!」
「ちょ、ちょっと袋井さん」
 振り返ったレフニーは、慌てた。雅人が力一杯、瓦礫を持ち上げていたのだ。
「もう少し、慎重に……! もし何かを動かして、他のバランスが少しでも崩れでもしたら」
「そ、それもそうですね」
 雅人はレフニーからシャベルを受け取り、慎重に瓦礫を取り除いていく。レフニーも方形槍を突き立て、瓦の残った屋根を少しずつ動かしていった。
 焦りが、ふたりの額に汗をにじませる。


 汗を流していたのは、ほかの3人も同様であった。
「馬鹿でかい図体のくせにッ!」
 鈴音が巻き起こした風の渦を、大蛇は滑るように地を這って避けた。
 まったく傷を負わせられなかったわけではないが、敵の動きは止まらない。
 大蛇は大きく口を開くと、その牙を突き立てようと、あるいは飲み込もうと襲いかかってくる。
 そこにエイネは割って入るように、横合いから切りつける。
 ところがサーバントもその動きは察知していたようで、エイネに向かっては尾を打ち付けてきた。
 体勢を崩しつつ振るった刃は腰砕けになり、雷撃も痛打を与えることができない。
「引きつけることには、成功したでござるのに」
 たいした知能があるとは思われないが、植え付けられた戦いの本能には恐るべきものがある。
 尾の一撃は電柱をいとも簡単に吹き飛ばし、切れた電線がバチバチと火花を上げた。
「まだ私がいますわよ!」
 クリスティーナは剣を構え、大蛇の胴を狙う。
 大蛇の方もそれに呼応し、クリスティーナの方を睨みつけてきた。
「遅いですわッ!」
 共に戦う鈴音やエイネさえ、剣先を一瞬見失うほどの速度で。クリスティーナの剣がサーバントに食い込んだ。
 手応えは、あった。
 そう感じたクリスティーナの死角から、尾が襲う。
「くッ……!」
 剣を立てて受け止めたが、あまりに重たい一撃で吹き飛ばされる。防いでさえ、これとは。
 続けざまに攻撃をかけてくるのはサーバントも同様だった。その都度にクリスティーナはよく防いだが、防ぐ構えにも限界があった。
 手の痺れをこらえ、クリスティーナはその牙の攻撃を、今度は横に飛んで避けようとした。
「気をつけるでござる!」
 エイネが叫んだ、そのとき。サーバントの口から、霧吹きのように液体が噴き出した。クリスティーナの目に入って、ほんの一瞬だが跳躍が遅れる。
 致命的な遅れだった。サーバントの牙は、クリスティーナの太ももに深々と食い込む。
「しっかりするでござる! ここで拙者たちが倒れれば、袋井殿たちにも危険が迫るでござろう」
 エイネが切りつけると、サーバントは獲物を飲み込むことにはさほど関心が無いかのように、すぐに牙を外して鎌首をもたげてきた。
「えぇ。承知していますわ」
 体内の気の流れを制御し、クリスティーナは鈴音に支えられてよろめきつつも立ち上がった。
 ちょっと、厳しいな。
 声には決してしないものの。
 鈴音は大蛇を見上げ、乾いた唇を舐めた。


「……おい。もしかして、撃退士か?」
「!」
 雅人とレフニーとが、顔を見合わせる。
 かすかに声が聞こえてきたのは、瓦礫の下だ。生存者がここにいたのだ!
 ふたりは思わず跳ね退き、瓦礫の隙間から下をのぞき込んだ。だが、まだ男の姿は見えない。
「学園の撃退士です。もう少しだけ、待ってください。すぐに瓦礫を取り除きますから」
 レフニーが努めて穏やかに、声をかけた。
「だろうと思ったよ。レスキューにしては、騒がしすぎるからな」
 男は軽口を叩く。安堵した様子も同時にうかがえた。
 だがそのとき、震動で地面が震えた。大蛇の尾が、地を打った衝撃だ。
 大丈夫だろうか、仲間たちは?
 信頼している。みな歴戦の強者揃いだ。だが、たった3人でサーバントを食い止めることができるだろうか?
「袋井さん!」
 突然声をかけられて、雅人は驚いて振り返った。そこにいたのは、待機していたはずレスキューだったからだ。
 他ならぬ雅人が、危険を避けるために待機を要請していたのだが。
 考えてみれば、彼ら撃退士たちがサーバントを引きつけることが十分にできるなら、レスキューが作業する際の危険をかなり減らせるはずなのだ。
 彼らは専門家だ。技術も経験もある。
 後の作業を彼らに任せると、彼らはてきぱきと作業を進めていった。
「これだけ場所もハッキリしていて瓦礫も取り除けていれば、心配は要りません」
 そういうレスキュー隊員に背を向け、雅人とレフニーは仲間たちのもとに走る。
 探し回る必要などない。蛇の巨体は、どこからでもよく見える。
「男性はもう安心ですよ! さぁ、あとは熟練のナイトウォーカーの恐ろしさ、存分に味わってもらいましょうか!」
 サーバントの背後から、雅人は漆黒のアウルをたたき込む。大蛇はそこからぽっきりと折れてしまったかのように、くの字になって身をよじる。
 突如……というわけでもないが現れた増援に、サーバントは振り返って牙をむく。
「隙、できてしまいましたね」
 その口中に向けて、レフニーは盾を突き出す。放たれたアウルの矢は、矢というよりは砲弾のようにサーバントの口中に飛び込み、荒れ狂った。
「それで終わりではありませんわ! 星屑の海に散りなさいッ!」
 増援を得て、また男性の救出にめどがついた事を聞いて、撃退士たちは俄然活気づく。
 クリスティーナの剣からあまたの流星が放たれ、次々とサーバントを撃つ。一撃が命中するごとに、黒々とした体液が飛び散る。
「不覚を取るばかりでは、いられませんもの」
 アウルのエネルギーが身体を貫き穴を開けてもなお蠢き続けるところは、やはり尋常の生物と同じに考えてはならないのだろう。
「しつこいッ!」
 エイネの「必殺の一撃」で胴が半ばちぎれたにも関わらず、撃退士たちを締め殺さんと、巻き付こうとしてくる。エイネに避けられた代わりに、街路樹を真っ二つ、いや、木の形をとどめぬほどにバラバラにちぎってしまった。
 恐るべき力。しかし、さすがに動きは鈍ってきたか。
「大蛇を滅ぼすのは、この技よね」
 鈴音はそう言って、太い眉を寄せる。図らずも、六道家に伝わるという、魔術の奥義。
「ケシズミにしてあげるわ。くらえ、六道呪炎煉獄ッ!」


 まもなく男性は無事、救助された。太い梁を切断した下から、助け出されたのだ。
「飲んでください。少なからず、脱水状態になっているはずです」
「なんだこれ」
 レフニーが差し出したものの予期せぬ甘さに、男は顔をしかめた。
「いちごオレですよ」
「……なぜ?」
 男性は肋骨と左足を骨折していたが、レフニーやエイネに応急の手当てもされ、命に別状はなかった。元撃退士の旺盛な生命力なら回復も早いだろう。
 そのまま近くの病院に搬送され、撃退士たちはなんとなく成り行きで、そこまで同行した。
「おとーさ!」
「お父さん!」
 病院の個室に、男性の家族が駆け込んできた。このころには、撃退士たちも男性の事情をこまごまと知っていた。
「よう、ヒロ!」
「おとーさ!」
 子供は全力で起き上がった父親の胸に飛び込む。男性は顔をしかめたが歯を食いしばって声を抑え、笑顔を浮かべて我が子の頭をなでる。
「……なぁ、あんたたち。ちょっと頼まれてくれないか?」
 手招きされて、耳打ちされたことは。
 フルーツがいっぱいのった、ケーキを買ってくること。
「よーし、ヒロ。今日は特別に予定変更だぞ! 誕生パーティーは、このお部屋でやります!」
「やるー」
 あまり賑やかにして、傷の具合は……いや、あまりそれを言うのも、野暮というものか。
 少しだけ、少しだけなら、いいだろう。
 我が子の、今日という大切な1日のためなら。
    


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB