「携帯電話から通報があったらしいんだが」
向坂 玲治(
ja6214)は、始めに通報してきたという、高校の教頭と顔を合わせていた。
すでに学校周辺からは生徒、教職員ともに避難が完了していて、周辺を警察が封鎖している。撃退士たちがやってきたのは、指揮所となっている車両群のそばである。
教頭が言うには、校外学習などの予定はなく全校生徒が校内、あるいはグラウンドにいたはずだ、と。
学校の正面に住宅街があり、天魔が出現した裏山を背にしている。毎日登校している生徒が、あんな用事もない裏山に迷い込むとも考えにくい。
「なにやってんだろうな」
玲治はため息交じりに、裏山の方に視線を送った。
「まぁ、何となく想像してることがあるんだけどね」
と、九鬼 龍磨(
jb8028)。裏山の方を見ながら「にはは」と妙な笑い方をする。
「なんとなぁ〜く、『お年頃』なんじゃないかなぁ、とは」
「へぇ?」
と、玲治は怪訝そうにそちらを向いたが、彼が何かを言う前に。
「その正太郎くんとは、いったいどんな人物なのですか?」
と、鷹司 律(
jb0791)が尋ねた。
「正太郎?」
「件の少年のことでしょう」
首をかしげるマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)に、只野黒子(
ja0049)は囁いた。
実のところ、黒子はさほど少年に関心は無い。保護対象として以上は。
さて、教頭いわく。あまり友人の多い方ではなかったらしい、とのことだ。決して内気な性格ではなかったようだが……と。
「それで、出現した天魔は? 何体ですか?」
と、天険 突破(
jb0947)が勢い込んで教頭に尋ねた。
通報した少年も気がかりだが、敵の情報が集まらなくてはどうすることもできない。
幸い、目撃されたのは1体だけだった。
「それは幸いっすね。戦っている間に、他の天魔に襲われる危険がなくて済む」
そう言った天羽 伊都(
jb2199)は、
「速攻で介錯するっすよ!」
と、意気込んでみせる。
「サムライの作法か? 天魔に、それがわかるとも思わんが」
「さっさと片付けてやろうっていう意気込みっすよ。細かい突っ込みはナシで」
と、アイリス・レイバルド(
jb1510)に手をヒラヒラと振ってみせた。
「私が先行しましょう。まずは正太郎の保護、次に天魔の発見と殲滅。これでいいですね?」
「よいと思います。天魔を一般人に近づけないことが最優先でしょう」
「ありがとうございます。では……」
黒子が頷くのを見た律は、気配を消してあっという間に林の中に姿を消した。
「いっそ、俺たちの方に先に食いついてくれりゃ、話が早いんだがな」
玲治はそう言って、草の生い茂る坂道を登る。
混乱のあまりいくぶん呂律の回らない口ぶりではあったが、少年は「崖から落ちた。足が痛くて歩けない」という旨を伝えてきていたから、玲治は天魔の目撃された地点を目指して進んだ。
律は慎重に、しっかりと気配を消しただけでなく周囲の音にも気を配って進む。
その撃退士たちが探し求める少年は、そのとき。
土の上にへたり込み、漏れ出てしまいそうになる悲鳴を抑えるため、必死に手で口元を押さえていた。ガクガクと震える手では、あまり効果的とは言えなかったが。
近い、近い!
どんどん天魔は近づいてきている。
こちらを狙っているわけじゃない。見つかってるわけじゃない!
必死に自分に言い聞かせる。
目が合ってしまったらと思うと恐ろしいが、視線をそらすこともできない。
そんなとき、背後から肩を叩かれた。
「ひぃッ!」
「しッ! 大丈夫、人間ですよ」
肩を叩いたのは、少年を発見した律だった。
「落ち着いて落ち着いて。すーはー、すーはー」
龍磨が少年を落ち着かせようと、大げさに深呼吸してみせた。
「立てるかい? いや、無理そうだね」
苦笑いして、少年に肩を貸す。
このときまでに少年と天魔とを発見した律は、いったん仲間のもとに戻って知らせていたのだ。
「ま、ちゃんと連絡してきたことは褒めてやるぜ」
この程度の崖なら、撃退士ならどうということもない。滑り降りてきた突破が白い歯を見せ、少年を小突いた。
「他に敵はいないな?」
「いないようだね」
「それはなにより。一般人を、天魔から遠ざけてください。援護します」
二人の会話を聞いた黒子は頷き、洋弓を構える。
黒子の放った矢はアウルの輝きを放ちつつ天魔の肩口に突き刺さり、天魔は怒声を放った。
「わかりました。援護よろしく」
その間にマキナは一気に距離を詰め、地を踏みしめて拳を突き出した。衝撃が天魔を貫き、体を折り曲げてぼたぼたと涎を吐き出す。
「一気に片付けてやる」
玲治は怒鳴りつつ、距離を詰める。いつの間にかその手には白銀の槍が握られており、陽光を受けたその穂先は、天魔の胸板に向かって突き出された。
しかし、天魔も簡単にはやらせてくれない。大きく跳び下がり、穂先を鋭い爪で弾く。その重い衝撃で、玲治の腕がしびれる。
「なかなか、鋭い攻撃だ」
アイリスはそう言いつつ、玲治に『黒の障壁』を纏わせた。
「だからって不覚はとらないぜ。まぁ、援護はありがたく」
ニヤリと笑い、再び天魔と対峙する。
「銀獅子モードッ!」
気合いを入れるように、伊都が大声を張り上げた。伊都の纏う鎧が銀色の粒子に包まれ、まさに銀獅子と呼ぶにふさわしい姿になっている。
「黒子ちゃん。けっきょくのところコイツ、どっちだと思う?」
問われた黒子は自身の弓と、天魔とを交互に見たあと、
「サーバントでしょう」
と答えた。
「やっぱりね」
そう言った伊都が構えた刀に、漆黒のアウルが伝う。
呼応するように、天魔……サーバントは一声吠えて、伊都に向かって鋭い爪を伸ばしてきた。
「なんのッ!」
「さ、今のうちだよ」
相変わらず龍磨に支えられていた少年だったが、撃退士の登場に緊張が緩んだようだ。
この場にいた事情を問われたときはもじもじと口ごもっていたくせに、
「実は〜ちょっと、お願いが」
などと、上目遣いでこちらに頼み事をしてきたのだ。
頼みとは、自分が撃退士として協力したことにしてほしいと。
「あ、そんなに実力者なくてもいいんで! ほんのちょっと、苦戦してたところを助けてくれたカタチで!」
なんてことを言い出した。
撃退士たちの呆れること呆れること。
「お前なぁ……」
その言葉が聞こえたか。玲治はサーバントと斬り結びながらも、脱力したように呟く。
「お断りだぜ」
「覚悟も持たず、危険の前に躍り出るとは! くだらない火遊びが、その捻挫だけで済んだことをありがたく思うんだな」
と、アイリスの返答もにべもない。
「調子が悪かったことにしてあげても、いいかなとは思うけど」
伊都はいくぶん同情的なことを言ったが、
「う〜ん、やっぱり正直に言った方がいいと思うよ」
と、龍磨も否定的だ。
「そんなぁ〜。このままじゃ俺、立つ瀬が無いよ。なんとか、一発逆転してあいつらの見る目を変えないと」
「君ね、だんだん手段と目的とがごっちゃになってきてない? このままハッタリ言い続けても、つらいだけだよ?」
そう言って龍磨は少年を宥めようとするのだが、
「そこをなんとか!」
と、しつこく食い下がる。
さっきまではあんなに震えていたくせに、あぁ、こういう周りの見えなさが、事の発端なのだなぁと、撃退士たちは何となく察した。
マキナは肩をすくめ、あえて意思は表示しなかった。
それよりも、彼女が関心を向けているのは言うまでもなくサーバントだ。
マキナの胴を超えるような太い腕が、うなりを上げて襲ってくる。その風圧だけで、体勢を崩して倒れてしまいそうだ。
数条の銀髪がはらりと舞い、かろうじて避ける。体勢を立て直して懐に飛び込もうとした横で、玲治が飛びかかる。
完全に隙を突いたかと思えたが。
天を仰いだサーバントは、その口から咆哮を発したのだ。
いや、音は聞こえなかった。しかし周囲の空気は震え、呪にも似た衝撃が撃退士たちを襲う。
顔を紅潮させていた少年は痙攣するようにへたり込んだ。
彼がとくべつ臆病だった、というわけではない。今しも矢を放たんとしていた黒子も、自身の体が強ばってしまったことを感じた。
まして、サーバントの牙爪が届くほどの距離でそれを浴びた玲治は。
「なに……!」
ほんの一瞬であっても、その隙は大きすぎる。
サーバントの爪が玲治を襲い、その身体は大きく飛ばされて下草に叩きつけられた。
鮮血が辺りに飛び散……ってはいない。
「くそ、やってくれるじゃねぇか!」
頭をふりふり、玲治は立ち上がる。体はきしむが、とっさに構えた盾とアウルの障壁のおかげで、致命傷を免れた。
「ちょっといいですか?」
律が、へたり込んだ少年の襟首をつかむ。つかんで、サーバントの方を振り向かせる。
「いいでしょう、あなたは撃退士だ」
律の意図がわからず、不安げにこちらを向く少年。律はさらに続ける。
「撃退士だというなら、あのサーバントに戦いを挑んでごらんなさい。私たち撃退士は、あの恐るべき天魔と命がけの戦いをしているのです。
なに、貴方ひとりではありません。私たちもともに戦うのですから、恐れることはありません。
さぁ、できますね?」
「そ、そんなの無理だってば! アウルの力なんて、そんなのあるわけないんだから!」
「だったら、嘘だと皆に白状しなさい。級友の皆さんも、嘘だとわかって付き合っているだけです。貴方はそれに気づかないのですか!」
と、叱声を放った。
少年も、まったくわかっていなかったわけではないのだろう。「うぅ」とうなだれ、しゃがみ込む。
「気を遣ってくれているのは、優しさですよ?」
「ガタガタ言ってないで、向こうに行っとけ!」
突破はしょぼくれてしまった少年に発破をかけるように言うと、強烈な叫び声を上げた。
驚いて梢から飛び出した小鳥と共に、今度は「ひぇッ」と悲鳴を上げて少年は逃げ去る。ぴょんぴょんと、痛む足を庇ってぎこちなく。
「……傷を癒やすまで、待っていてくれたらよかったんだが」
「悪い」
揶揄するように言うアイリスに、突破は言葉とは裏腹に悪びれもせず、
「これで巻き込む心配もなくなった。さっさと片付けてやろう」
と、笑って得物を構えた。
少年がこの場を離れてくれたことで、戦いやすくなった。
少年を庇っていた龍磨も、戦列に加わる。少年を守っていた力が今度は戦友たちに注がれる。
サーバントはもともと少年を付け狙うというような意図を持ってはいなかったから、立ちはだかる撃退士をすり抜けてまで追いかけようとはしない。
「一気に畳み掛けるっすよ!」
伊都がサーバントに向けて刀を突きつけると、仲間たちも呼応して動く。
大剣を構えた突破は大きく横になぎ払った。その一撃はサーバントの爪で弾かれたが、直後に律が放った冷気が襲い、サーバントは苦悶の声を上げた。
「まだ動けますか」
感心するように呟いた律をよそに、サーバントは再び天を仰ぎ、叫ぶ。
強ばりそうになる身体をなんとか励まし、伊都は盾を構えた。
今度は不意を突かれなかったぶん、しっかりとした体勢で受け止めた。それでも、衝撃に肩がきしんだのだが。
「もう通用しませんよ!」
対峙する撃退士たちが強敵だと悟ったか、サーバントは大きく跳び下がった。
しかし、その膝元を狙ったアウルの矢が襲いかかる。
「急所を抉るのみならず。致命的な状況を作るのもまた、『必殺』だ」
と、アイリスは目を細める。
たまらず膝を突いたサーバントの眼前には、撃退士たちの刃が迫っていた。
現金なもので、サーバントが倒されて警戒が解かれると、すぐに学生たちが興味津々の様子で学校に戻ってきた。今日はもう、下校するように指示されたはずなのに。
「学園にいたことがあるって言ってたけど、あれってマジ?」
「……知りません。同じ学年でさえ、クラスが多くて把握できないくらいですから。
アウルが発動しない? さぁ、そんなことがあるのかどうか知りませんね。アウルについては、まだ研究途上ですから」
少年が救助されたところを見たのだろう。口々に尋ねてくる級友とおぼしき学生たちの質問に、マキナは当たり障りなく答えていた。誘導するつもりもないのだが、いつしか学生たちの関心は少年のことよりも学園そのもののことに移っていったようだが。
「たとえアウルの力が無くても、撃退士とは違う形で『戦う』ことはできるっすよ」
「どんな『設定』も、それはあなたの自由だけれど。周りがそれをどう思うか、もね。また自由。
押し通すつもりなら、違った形で天魔と関わるのもひとつの方策ですよ」
と、伊都と黒子は少年に問いかけたが。
少年はただうなだれるばかりだ。「撃退士になりたい」という強い思いから始まった窮地ではないのだ。少年に決意を求めるのは酷であろう。
同年代のふたりに言われると、我が身の小ささが際立つようでいっそう肩身が狭い。
「まぁ、誰しも『特別な自分』でありたい、信じたい時期はあるからね」
と、いちばんの年長者である龍磨が苦笑した。
「でも、それを押し通そうとするのはしんどいよ? 実際、死にそうな目にも遭ってるし。
たとえ笑われたとしても、それも自分と開き直って受け入れてしまえば、きっと友達はできるよ」
そう言って、コホンと咳払い。
「ま、格好悪い方が世界は広がるものだよ。
僕だって、学園にやってきた当初はまさに都会&大学デビューだったわけで。何を思ったか銀髪フランス人名乗っちゃってたもんね! 父方母方ド日本人、生まれも育ちも山奥の村なのにね!
にはは、思い出すだけで笑える〜」
「はは、なんすか、それ」
龍磨につられるように、少年はやっと笑顔を見せた。