「年の瀬だっていうのに、おちおち予定も組めやしねぇ!」
舌打ちしつつ、一川 夏海(
jb6806)はリボルバーをディアボロどもに向け、引き金を引く。
ディアボロどもは思いのほか素早い動きで横に避け、1匹の後ろ足をわずかに傷つけただけで終わった。
舌打ちしつつ、もう一度撃鉄を起こす。
しかしそのときには、ディアボロどもは遁走し、姿を隠してしまっていた。すかさず反応できただけ、たいしたものだ。
「ディアボロ退治とはな。こりゃ半端なバイト代じゃ割に合わないぜ」
「まぁ、そのへんは考えるわ」
そう言ってチサトは肩をすくめる。
「小旅行気分、とはなかなかいきませんね」
と、志塚 景文(
jb8652)。職務上あちこち出かけこそするが、だいたい慌ただしい。今回ばかりは、少しはくつろげるかと思ったのだが。
「報酬がなくても、やりますよ。任せてください」
靴にスパイクを取り付けたRehni Nam(
ja5283)は、何度か感触を確かめるように足踏みをすると、ディアボロを追って駆けだした。
義を見てせざるはなんとやら。天魔から街を守るというのは、損得勘定ではないのだ。
「ふむ……言うなればこれは、神社の防衛戦でしょうか。潜入や破壊工作の実戦経験はそれなりにあるつもりですが。実は防衛戦は、少し」
と、ルチア・ミラーリア(
jc0579)は眉を寄せる。
「そんな小難しいもんかね。ようは、逃げた奴らを追い詰めて『大掃除』してやればいいだけの話だろ」
そう言ったジョン・ドゥ(
jb9083)の顔つきが、獣面へと変わっていく。蝙蝠のような翼を持つその姿こそが、ジョンの本来の、悪魔としての姿だ。
彼は跳躍すると、
「悪魔が悪魔を大掃除とは……なかなか面白い趣向だな」
と、くぐもった声で呟くと、翼を大きく広げて舞い上がる。
その姿を、軽く手を上げて敬礼するようにルチアは見送る。
天使、悪魔、そして人間。それらが手を携えて戦う久遠ヶ原学園というのは、彼女の思い描く理想の場所なのかもしれない。
「こっちだ!」
物思いにふけっている場合ではない。逃げるディアボロどもの姿を上空から捉えたジョンが、仲間たちに注意を促す。
「逃がすか!」
直剣に構え直した夏海は茂みを飛び越えてディアボロどもに相対したが、
「見るからに汚らしいな」
と、顔をしかめて出方をうかがう。足下に目をやると、奴らの身体からしたたった粘液が悪臭を放っている。
「酷くべたついているようですし……斬るよりも突く方がいいかもしれません」
と、ルチアが得物を弓に持ち替えた。
「まき散らす前に、完璧に片付ければいい。……何かと私も忙しいのだからな」
川内 日菜子(
jb7813)はそう言って一気にディアボロに肉薄すると、大きく振りかぶった拳を叩きつける。
小型とはいえ肥え太り、決して軽いわけではない。そのディアボロの身体が宙に浮き、巨木に打ち付けられる。倒れたディアボロは、起き上がることもできない。
「一気に行きましょう!」
「わかりました!」
レフニーの呼びかけに呼応し、魔法書を抱えた鑑夜 翠月(
jb0681)は滑る足下を気にしつつ、闇の矢を放つ。それは音もなく胴を貫き、ディアボロは大きく身体をけいれんさせた。
しかしそれでも絶命はせず、やはり痛みは感じるのか、のたうち回る。
「暴れないでください」
そのたびに、汚らしい粘液が飛び散るのだ。
それを踏んだ廣幡 庚(
jb7208)は、にちゃりと靴底にへばりつく不快な感触に一瞬だけ顔をしかめたが、気を取り直して火炎放射器を構えた。
噴出するアウルの炎に焼かれ、不快な粘液とディアボロの体表がジリジリと焼け焦げる。
「これはひどい……」
景文は思わず鼻を押さえ、顔をしかめた。
1体のディアボロはやっと動きを止めたが、他のディアボロどもは『仲間』の死を気にとめることもなく逃げ散っていく。
「あッ……待て!」
日菜子はそれを阻もうとするが、敵もさるもの。立ちはだかった日菜子に長い鼻を向けると、そこから悪臭のする粘液を吹き付けてきた。
どういう類いのものかはわからないが、浴びて愉快なことになるはずがない。飛び下がり、それを避けている間にディアボロどもは山の中へと消えていく。
「追いましょう。散らばりすぎないようにして」
景文はそう言って、ディアボロどもの後を追った。
「そんなところ、掘ってはいけません!」
参道の石段に鼻を突っ込んでいるディアボロに向け、ルチアは上空から矢を射かけた。
1匹の背にそれは突き刺さり、ディアボロが呻く。興奮したのか、汚らしい粘液の分泌はさらに増し石段を汚したが、土台から掘り返されるよりは良いと思ってもらうしかない。
「それもこれも、先人たちが築いた歴史そのものだというのに……!」
古いところは、100年以上は昔のものなのではなかろうか。
景文は憤りを隠せぬ様子で、強力な風の一撃をお見舞いする。
しかし、直撃ではない。もちろんあちこちに立ち並ぶ外灯を壊さぬようにだが、ディアボロどもが四方八方に逃走せぬようにという、牽制だ。
撃退士に囲まれたとみたディアボロどもは一転、どろりと濁った眼に凶悪な光をともし、反撃に転ずる。
「遅いぜ、この程度……というわけにもいかんか!」
1匹の突進を避けようとした夏海だが、思い直して立ち止まる、盾を構えてその突進を受け止めた。
雪で踏ん張りがきかず、はじき飛ばされて膝をつく。それでもなんとか勢いは食い止め、自身もすぐに立ち上がる。
夏海の背後には、石灯籠があったのだ。
まったく、チサトはよくもまぁあっさりと、突進してくるディアボロを屠ったものだ。
後れを取るつもりはないが、次々と襲い来られては、さすがに分が悪い。
ディアボロどもと対峙しつつ、顎をしゃくる。
「日菜子、こいつら早いところ抑えてくれ」
「任せろッ!」
言われるまでもなく突進していく日菜子。肉弾戦こそが真骨頂だ。
先ほどと同じく拳を振り上げてディアボロに迫ると、渾身の力でそれを振り抜く。
吹き飛ばした相手には目もくれず、新たな敵の方へと振り返ると、そちらにも拳を叩きつける。
ディアボロは体勢を大きく崩してよろめいたが、倒れるには至らない。
「浅かったッ?」
長い鼻を日菜子に向ける。嫌な気配。
「避けて!」
とっさの声に飛び下がると、あとには庚が両手に持ったレジャーシートを一杯に広げ、ディアボロから周囲の石段を庇うようにして立ちはだかっていた。
嫌な気配というのは、撃退士の嗅覚のようなものである。
ディアボロは鼻からあの、嫌な臭いのする粘液を噴出させたのだ。
多くはレジャーシートの上で弾けたが、いくらかは日菜子や庚にも飛沫として襲ってくる。
毒液と言うほどではないようだが、シートには穴が空き、肌にはピリッとした刺激が残ってヒリヒリと痛むあたり、あまり浴びてよいものでもなさそうだ。ひどくべたつくし、なによりも臭いが酷い。
頬にも散ったそれをぬぐっている間に、ディアボロは逃げ散ろうとする。
「逃がしませんよ!」
翠月が鋭い一声を放つと、冷え込んでいる山中の空気がいっそう凍てつく。ディアボロはその冷気をまともに浴びると、どう、と体躯を横たえてしまった。
「こちらも、押さえ込みました……!」
レフニーの方も、聖なる鎖で動きを封じることに成功していた。
「よぉし、チャンス!」
夏海は不敵に笑い、今度こそ遠慮は要らぬとばかりに剣を構えた。
満足に動けなくなったディアボロどもを、撃退士たちは包囲して一斉に攻撃をかける。
「とどめを刺してやる……!」
日が陰ったかと思えば、それは翼を大きく広げたジョンだ。
禍々しく燃えさかる炎が生まれ出で、それは一直線にディアボロどもを焼き尽くした。
「危うく巻き込まれるところだったぞ。髭が焦げたらどうしてくれる」
「だから『避けろ』と言っただろ? ……あれ、言わなかったか?」
「言ってねぇよ!」
「あー、あれだ。夏海なら避けてくれると信じてたぜ。さすがだな」
「このやろ」
ジョンと夏海が小突きあいつつじゃれていると、チサトが現れた。
「わぁ、もう片付けちゃったの? さすがね」
「持ちますよ、チサトさん」
景文はチサトからショベルを受け取って、石段に降り積もる雪を落ち葉と一緒に脇によけていく。
「まずはこのあたりを片付けてしまいましょう。翠月さん、残った落ち葉を掃いていってくれませんか?」
「はい。参道が、いちばん皆さんの目にとまる場所ですしね」
と、箒を手に景文の後を追う。
一方で、レフニーは難しい顔をして、山の方を見据えていた。
「……終わったんでしょうか?」
合計4体のディアボロを屠ったわけだが、それはあくまで、とっさに遭遇して確認した数。この山にいるすべてかどうかはわからない。
「わからないなら、調べりゃいい」
「わかりきったことですね」
レフニーはジョンに向けて微笑み、
「チサトさん、私たちは別の所を捜索してみます」
と、参道を後にする。
「あぁ、私も行こう」
庚に傷……というほどでもないが、ヒリヒリと痛むそこ……を癒やしてもらった日菜子も手を上げた。
この場は溌剌と働く景文と翠月に任せ、他の面々は再び探索にうつる。
結論から言うと。
ディアボロはさらにいた。
「そっちです!」
「そちらの、巨木の背後に!」
生命の気配を感じ取ったレフニーと庚が一方を指さす。
「まだいましたか。慎重を期したことが幸いしましたね」
ルチアが曲刀を構え、飛びかかってきたディアボロに切りつける。
ディアボロは雄叫びをあげつつ、鼻を振り回してきた。それに弾かれ、ルチアは顔をしかめる。
「大丈夫、かすっただけです」
しかしディアボロはなおもルチアに向け、飛びかかってこようとした。
ルチアの視界が真っ青な物で遮られる。
夏海がレジャーシートを広げながら投げつけたのだ。ディアボロは踏みつけたそれに足を取られ、そこをジョンの放った火炎がとどめを刺した。
「まだ、いるな」
さすがに汗をかく。日菜子は額の汗をぬぐい、呟いた。疲労の色も濃くなってきた。
「センダイさん、しっかり」
と、レフニーが励ますと、日菜子の身体の内から再びふつふつと力がわいて出た。
「ありがとう。これでまだ戦える!」
「もう少し行くと、チサトさんの『修行場』があります! あっちに追い込むのは、どうでしょう?」
翠月が、レフニーたちから敵発見の連絡を受けた景文とともに姿を見せた。
「妙案だ。……シアン!」
ジョンが裂帛の気合いと共に雷撃を放つ。それを受けたディアボロはよろめいたが、倒れない。逃げようとした鼻先になおも追撃を放つと、きびすを返して山道を降りていく。
そちらは、翠月が言った『修行場』だ。
チサトには悪いが、あそこならば他に誰かが通るでなし、多少なにごとかがあったところで大丈夫だ。
2匹がそちらに向け、走って行く。1匹が別の方向に別れようとしたところを、翠月は闇の矢を放って牽制した。
人気のない山道は、掃除されることもなく雪が降り積もっている。それなのに、ディアボロはぐんぐんと加速し、足下など気にもならないようだ。
ジョンはその足下に向け、鎖を放った。
ディアボロは躓き、その勢いのまま絶壁を転落していった。滝に落ちて大きな水飛沫が上がるが、素知らぬ顔で起き上がる。
「やれやれ、タフな奴だ」
傷つくことなどないのはわかっているが、ジョンはかぶりを振り、高度を落とす。
他の一行は、脇の道を急いで駆け下りた。
「そちらは任せた!」
「おう」
滝に転落したディアボロは夏海らに任せ、ジョンはもう1匹を追う。
そのときだ。
ディアボロの眼前の突如として、丸太が振ってきた。さらには投網が、槍が、熊罠が。
もちろん、天魔であるディアボロどもには、なにひとつ傷を負わせることなどできない。
それでも避け得られなかった『質量』が、その速度を奪う。
「ありゃあ、こっちに当たったら死ぬな……」
「逃がさんッ!」
呆れるジョンの背後から、日菜子が飛びかかった。
全身に粘液の跳ね返りが飛び散ることを厭いもせず、炎のオーラを纏う拳を二度三度と叩きつけた。
「あちらは任せて大丈夫ですね」
滝壺から這い上がったディアボロに、庚は容赦なく炎を浴びせる。
そしてついに、神社には元の平穏が戻った。
「状況、終了しました」
「お疲れ様ー」
「恐縮です。お次は、お掃除ですね」
チサトに敬礼してみせたルチアが、得物を竹箒に持ち替える。
日菜子は頬をぬぐい、指先を見返して嫌な顔をしている。
「全身どろどろだね。お風呂、一番に入っておいでよ」
「しかし」
戦っているときはそんな女々しいことなど考えもしないが、やはりこんな姿で『彼女』の前に出るのはためらいがあるのだ。
「センダイさん、お先にどうぞ。私たちは後からいただきますから」
と、レフニー。実際、最も粘液にまみれているのが日菜子なのだ。それは奮闘の証でもある。
「ふむ……ではお先に失礼しよう」
日菜子がいなくなった間にも、掃除には余念がない。
「……少しここ、ぐらついてますね。スコップありますか?」
そう言って庚は石段のひとつを持ち上げた。ディアボロが鼻を突っ込んだせいで、ずれてしまったのだ。土を入れて踏み固め、しっかりと固定する。
「翠月くん、枝切るんだったら私がやるよ。君は脚立支えてて」
「いえ、でも」
どう見ても、チサトの方が作業しやすそうだ。身長的に。
「切るんだったら俺がやろう。この枝でいいか?」
「あ、ありがと。君ほど大きい人もそうそういないだろうけど、さっぱりするしね」
ジョンはチサトからのこぎりを受け取り、頭の上の枝を切る。
特に率先して働いていたのは景文で、すす払いや床掃除、外灯の点灯確認まで、よく気がつくものだと思うことまで、動き回っている。
「おーい景文、ここどうすりゃいいんだ?」
「雑巾だったらむこうにあるから、夏海さんはそっちを……」
「おぉ、冷てえ冷てえ」
などと、指図までする。
「やぁ」
社殿を清掃していると、ダイスケが姿を見せた。それに、チサトも。
「もっと、ちゃんとお礼言いなさいよ」
「そうだな。……いや、本当に助かったよありがとう。ついては、ボーナスとして肌色本でも……」
「ダイスケ〜?」
「ノーノー! 俺は持ってないよ、そんなの! ジョーク!」
慌てて手を振るダイスケと、その耳を引っ張るチサト。
幸せそうだ、と景文は微笑んだ。
ああいうのを見ると、結婚もいいものだと思う。もっとも、自分には乗り越えなければならないステップが何段もあるが。
神頼み、というわけではない。そちらは自分が頑張らなければならないことだ。
ただ、2014年の無事に感謝を。そして、2015年が良い年でありますように。
願いを込めて、景文は柏手を打った。