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マスター:一条もえる
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/02


みんなの思い出



オープニング


 生い茂る木々の葉から、雨粒がしたたり落ちる。
 男は荒い息を吐きながら、顔が濡れることを気にもとめずに空を見上げた。
 雨音以外は何も聞こえない。
 植林された杉林の傾斜はきつく、道と呼べるものはない。比較的なだらかなところを選び、進むことが出来るだけだ。
 男の手には杖が握られている。登山用のそれではない。男は左足を引きずるようにして歩き、杖の支えがなければ、まったく無理というわけではないにせよ、歩くのにも難儀しそうであった。
 その男が、驚くべき跳躍力を見せて横に跳んだ。
 樹齢数十年の杉の木の上から、山間に轟く大音響で何者かが地に落下した。
 ディアボロだ。
 大きさは人よりもわずかに小さいほどで、猿のように体毛に覆われていた。しかし異様なのはその頭部の大きさで、体躯の半分近くがそれを占め、さらにはその頭部の大部分を、巨大な口が占めていた。
 ディアボロは口を大きく開いたまま、地面に激突することもお構いなしに飛び込んできたのだ。
 巨大な顎に飲み込まれた地面は、子供が埋まってしまうほどの大穴が空いている。ディアボロはなにを飲み込もうがお構いなしといった様子で、飲み込んだ小枝や土砂を咀嚼した。



 四国山中、某村。
 厳密には、10年ほど前の市町村合併により某市の一部となっているが。
 かつての村の中心地からさらに奥、曲がりくねった道を延々と車を走らせた奥に、その集落はある。
 よくもこんなところに、と思えるほどの山奥であり、余所から来た者はこんなところに集落があるなど、とても信じられないだろう。
 集落の住民は、みな同じ氏を持っている。これは集落を支配する「本家」に対し、住民が(少なくとも数世代をさかのぼれば)血縁関係にあることを意味していた。
 時代が変わっても彼らにとってその関係は非常に重要なものであり、ある程度には外の世界と交流が盛んになった現在においても、それは引き続いていた。
 彼らは同一の「信仰」を持つ、ある種の呪術的集団であったともいえる。
 いま現在、彼らの信仰には明確な裏付けがなされていた。
 撃退士だ。もしかすると、かつて彼らがあがめていた力も、これに類する物だったのかもしれない。
 当代の当主を、サクという。
 アウルの力を発現させた彼は久遠ヶ原学園に通い、そこを卒業したのち、肩書き上はフリーの撃退士となっていた。
 肩書きだけだ。かつての戦いで足を痛め、杖なしでは歩くにも難渋するようになっているのだ。
 先代当主である、サクの父が亡くなってからはや数年。集落の雑事や引き継いだ事業を切り盛りする、慌ただしい毎日を過ごしている。
 まだ少壮のサクにとって、気むずかしい集落の年寄りや、頭の硬い部下の相手をするのは難儀なことだったが、それでも彼はよくやっていると言えた。
 サクにとって一番憂鬱なのは、むしろ……。
「サクさん、あなた、先代様の残された書籍はどうしたのですか?」
 母親が、ヒステリックな声を上げながら部屋に入ってきた。
 サクはうんざりした顔を向けそうになったが平静を装い、読んでいた仕事の資料から目を上げた。
「……信頼できる古書店に引き取ってもらいました。私にはあまり興味のある分野ではありませんでしたから、死蔵するのも惜しいと思い」
「まぁ! 先代様がせっかく残してくださった物を売り払ってしまうだなんて!」
 そもそも古書店とつきあいのあったのはサクの父、つまり「先代様」で、その処分も任されていたのだが。
 それを口にする気力もなく、サクは母親の説教に黙って頭を垂れていた。
 いったい、どれほど時間が経っただろうか。母親は「跡継ぎがこれでは、不安です」と嫌みを残し、立ち去った。
 はっきり言って、母子の仲は良くない。といっても、サクの方からことさら嫌ったことはないのだが。
 集落の老婆に聞くところによると、サクは逆子だったらしい。母親は彼を産むときにたいそう難儀し、危うく命を落とすところだったという。
 それ故に嬰児のサクを抱くこともせず、「逆子と名付けてしまえ!」とさえ言い放ったらしい。
 さすがにそれは、となだめた父により、「朔」と名付けられたのである。
 父は口数の多い人ではなかったが、なんとなく肌に感じる物として、自分に対する愛情と期待を感じていた。だからサクは、大きくひねくれることもなく成長できたのである。
 しかしながら、このところの母親には閉口した。
 先代の奥方で、有力な分家から嫁入りしたこともあってか、住民も憚って直言できない。
 それをいいことに、ことあるごとに「当主としていかがなものか」と嫌みを言ってくるのだ。


 そんな折、サクをさらに悩ませる事件が起こってしまった。
「ディアボロだと? 間違いないか?」
「はい。少なくとも数体。おそらく、神社裏の杉林あたりに巣くっているものと思われます。一刻も早く、討伐の依頼を出しましょう」
 ちらりとこちらの足を見る配下の意中を察し、サクは内心で笑った。心配せずとも、自身で討伐に行くなど言い出さないとも。
 ところが、そこに母がやってきた。
「いけません! そこはただの杉林ではありません。我が家にとって、神聖な土地ではありませんか。そこによそ者を立ち入らせるなど」
 なにを馬鹿な、とサクはあきれた。確かにそこも神社の敷地で、植えられた木は神社の建材などに利用されてきた。宮司も兼ねる当主家の財産の一部である。
 しかし、そこに人を立ち入らせてはいけないなどという話は初めて聞いた。
 サク以外にも、集落には数名の撃退士がいる。彼らだけで解決させるつもりかと配下が尋ねると、
「サクさん、当主たる者、自身が率先して事を行わねばなりません。集落の者を危険にさらすなど」
 と、すました顔で言うではないか。
 そこまで自分のことが憎いか。
 サクには弟・ダンがいる。あいにくとダンに撃退士の素養はなく、また優秀とも言いがたかった。金を積めば通えるという三流私大を卒業し、その後も定職にも就かず、金をせびりにだけやってくる。
 年が少し離れているから遊んだこともあまりないが、甘え上手な子供だったのは間違いない。母親が彼を溺愛したのは、そういうところだったかもしれない。
 母はダンに跡目を継がせたかったのだろう。
 サクは、「どうとでもなれ」というなかば捨て鉢な気持ちになって、
「仰るとおりです」
 と頷き、
「では、私ひとりで参りましょう」
 と、立ち上がった。


リプレイ本文

「なんだか、やな雰囲気だね!」
 静かに、雨が降り続いている。周囲には深く靄がかかり、山々の頂上はその中に隠れて姿が見えなくなってしまっていた。
 なにが楽しいのか。雨野 挫斬(ja0919)はけらけらと、どこか妖しげに笑いながら、車窓から身を乗り出していた。
 現地までは、村の中心地からさえかなり遠い。撃退士たちは通例のように車に乗り合わせ、そこに向かっていた。
 うねうねと曲がる道をひたすら遡っていく。センターラインなどというものはない。一方は山肌、もう一方はガードレールと川だ。
 対向車が来たら避けるのに難渋しただろうが、1台も出くわさなかった。
 1時間近くは走っただろうか。
「……見られたかもしれませんね」
 鈴代 征治(ja1305)が呟いた。
 山の斜面に寄り添うように住宅が見えてきた。外に何人かの人影が見え、この道路の方を見下ろしていた気がしたのだ。かなり遠方であるにも関わらず。
 集落に進入する道路はごくわずかに限られていて、誰かがやってくれば、すぐにわかってしまうということだろう。
 それが、彼ら撃退士たちと暫定的に「敵対」している住民かどうかはわからないが、集落を見慣れぬ車が通っていることに奇異の目を向けるほど、他者と触れ合わぬ土壌があるのだろう。
「予定より早めに車から離れた方がよさそうね」
 地図を見ていたケイ・リヒャルト(ja0004)が、ため息混じりに肩をすくめる。
 紅香 忍(jb7811)は「めんどうな」とでも言いたげに頭を振り、車を降りた。
「四国というから、もっと暖かいかと思っていましたけど。かなり冷えますね」
 鳳 静香(jb0806)が二の腕をさする。
「避暑か、もう少しして紅葉の季節ともなれば、いいところかもしれませんけど」
「ふむ。だがあいにくと、行楽を楽しむヒマもないねぃ」
 さして残念そうでもなく、皇・B・上総(jb9372)は肩をすくめる。
「えぇ。『通報者』のお話によれば、事態は一刻を争うようですし」
 ユウ(jb5639)は頷いて、分厚い雨雲を見上げた。
「重いものだ。当主の責任というものは……」
 北辰 一鷹(jb9920)の呟きは、雨音に紛れて消えた。


 耳を澄ませば、かすかではあるが戦いの音が聞こえてくる。感覚を研ぎ澄ませば、ときおり地面が震動するのも感じ取ることができた。
「サク様……」
 青年が呟くと、傍らにいた壮年の男(大木を思わせる巨漢である)は彼を睨みつけた。棒きれを手にする他の者たちとは異なり、巨漢は槍を、青年は長弓を手にしている。いずれも、撃退士の持つ『得物』だ。
「貴様、サク様の力を疑ってでもいるのか?」
「……いえ」
 黙り込む青年を尻目に「ふん」と鼻を鳴らした巨漢は、
「ご母堂様がお命じになったことだ。サク様も承知している。ここを守るのが、我らの勤めであるぞ。もし天魔がここを押し通るようなことがあれば、集落の危機だ」
 と、周りにいる男たちを睥睨して怒鳴った。
 彼らがいるのは件の杉林に近い農道で、そこにバリケードを築いていた。
 そこに、初老の男が駆けてきた。曰く、撃退士を名乗る者が現れたという。
「どう見ても、歓迎されているふうではないねぃ」
 上総がニヤリと笑う。
「どんなバリケードがあっても、天魔には役に立たないですよね?」
 と、静香が前を指さした。
「えぇ。むしろあれは……」
 人間の方こそを、この先に立ち入らせぬようにしているようだ。
 なるほど、サクの母親の差し金か。一鷹は眉を寄せた。
 しかし、聞いた限りでは家のことしか考えのない母親が立てた策にしては、そつがない。
「知恵袋がいるのかもしれないな」
 さながら引っ立てられるように、棒を構えた男に左右を囲まれたまま、3人は巨躯の男の元に連れてこられた。
「お騒がせして申し訳ありません。わたくしたちは久遠ヶ原学園の撃退士です。ディアボロ討伐の任を受け、やって参りました」
「なんだと? 依頼したのは誰だ」
 巨漢は顔を歪ませ、撃退士たちにというよりは、周囲の男たちに向かって怒鳴る。
 それにわざとらしく答えたのは上総で、
「知らんよ、そんなの。斡旋所のスタッフなら知っているんじゃないかねぃ?」
 と、とぼけてみせた。
「万が一、手に負えない強さだったとしたら大変です。私たちもお手伝いしますわ」
 静香はそう言って、通行の許しを得ようとする。
 しかし巨漢は、「無用だ」とにべもない。もう一人の青年撃退士は困惑したように静香の方を見たが、やはり無言であった。
「そうはいっても、先にゆかんと我々も依頼が果たせんのだよ」
「討伐達成の報告があれば、問題はなかろう」
「どうしてですか! あなた方も撃退士なのでしょう? それがなぜここにとどまっているのですか。どんな思惑があるのか知りませんが、人命を天秤にかけるほどのものだというのですか!」
 目前の巨漢に必死さがないと見て取った静香は、声を荒らげて彼女らしくもなく詰め寄る。
 上総が意地悪く口を開く。
「よくもまぁ、そんな了見で学園を卒業できたものだねぃ」
「……学園の質も落ちたものだな。このような小娘が撃退士とは」
「む?」
「現地にいた我々が行動に移っているのだ。あとから来た貴様らが横紙破りに作戦を乱せば、かえって危険につながることもあるではないか」
「ふむ……一理はあるような」
 拍子抜けしたように、上総が大きく息を吐く。
「納得してどうするんですか!」
「ちッ……埒があかないな」
 と、唇を動かしたのは、その様子を木陰からうかがっていた忍。
 こんなところで問答している暇があれば、さっさとディアボロを撃破してしまいたい。集落の安全だの先行した撃退士だのは、どうだってよいのだ。
 忍は気配を消して一行から離れると、単独で先に進もうとした。
 しかし。
「そこッ!」
 坂道の上から叫び声がした。ひとりの女がそこにはいた。
 巨漢の全身に殺気がみなぎる。女の指さした方へ巨躯に似合わぬ素早い跳躍を見せると、槍を繰り出した。
 忍は身をよじって避けたが、豪槍に貫かれた杉の木は真っ二つに裂ける。
 こんなところで戦うのは本意ではない。一銭にもならない。
 木々を蹴って山中に逃げ込んで行くが、なおも巨漢は追ってきた。
「くッ、もうひとり撃退士がいたか……!」
 この巨漢、偉そうな態度をしているだけあってか、そうとうの手練れだ。まずい。
「邪魔をするなッ!」
 再び繰り出された槍が、忍の背を貫いた。
 と見えたが、後に残されたのはスクールジャケットのみ。
「チッ! 俺は奴の後を追う。お前たち、そいつらをここから通すな!」


 上手くいくに越したことはないが、説得はある意味では陽動である。
 他の撃退士たちは封鎖された農道を避け、杉林へと急ぐ。
 ユウが力を振るうと、ユウ自身と挫斬のアウルの力はその足に宿り、爆発的なエネルギーを生む。
 農道の方では何やらやりとりしている声が聞こえるが、あちらの方は仲間を信じるしかない。
「ケイちゃんはっけ〜ん。あ、征治君も。
 お〜い、急がないと私がぜんぶ食べちゃうよ〜!」
「普通の人は、いえ悪魔の私も、ディアボロ食べたりはしないと思いますが……」
 ユウはそう言って笑った。「たとえ」だと思いたいが、挫斬のメンタリティは人ならぬ身の彼女には、理解しがたい部分がある。
「やれやれ、まがりなりにも人の手が入っているとはいえ、なかなか大変でした」
 茂みの影から、呼ばれた征治が姿を見せた。彼も表だった道を避け、林の中を独行してきたらしい。
「思ったよりも水が少なくて、幸いしたわ」
 一方のケイは川を渡ってきたらしい。幸い、岩場を飛び移ってこられたようだが。
 ユウと挫斬は背中の羽を広げ、空へと舞い上がる。彼女らふたりは上空から、征治とケイとは斜面を登りながら、サクを探す。
「く……」
 足に痛みを覚えたサクは、たまらず膝をついた。
 すでに敵の攻撃を二度三度と避けてはいる。ただの一度でも、あの顎に捕らえられることがあれば、それは死を意味するのだ。
 しかし、はっきりとした道もない杉林の斜面。しかも雨で杉の葉は大いに滑る。
 戦いに希望を見いだすことはできなかった。せめて、この足が満足に動いてくれれば!
 それでもサクは、樹上から迫り来るディアボロを紙一重で避けると、身体を預けるようにして剣を突き立てた。
 おぞましい悲鳴が山々にこだまし、ディアボロはごろごろと斜面を転がり落ちた。
 しかしながらディアボロを屠るまでには至らず、いっそう憎悪を露わにして迫ってくる。
 そのとき。
 数発の銃弾が足下で爆ぜ、ディアボロはサクに飛びかかろうとしていたところを思いとどまる。
「久遠ヶ原学園の撃退士です! 救援に来ました、どうぞこちらへ!」
 ライフルを構えて征治が叫ぶ。
 居所を探すことは、さほど手間取らなかった。
 山々にこだまするディアボロの不快な叫び声と、何よりも地面を震わせる振動がその居場所を雄弁に知らせていたからである。
 上空からユウは急降下し、いままさに樹上から飛び降りんとしていたディアボロに向け、立て続けに銃弾を放った。
 悲鳴を上げ、無様にディアボロは墜落する。
「サクさん、ご無事で何よりです」
 その隙に、撃退士たちはサクを取り囲み、嬲るように攻撃を加えていたディアボロどもの輪に割って入った。
「応援参上〜ッ! 大丈夫、怪我はない? 死なれたりすると面倒だから、正直に答えて!」
「幸いに、そんな面倒にはなりそうもない。あと少し遅ければわからなかったが」
「そう。ならオッケーね」
 挫斬がにっこり微笑むと、サクは苦笑いしつつ立ち上がった。
「あたしはケイよ。あなたがサク……?」
「あぁ。どうしてここに?」
「依頼があったんです。この集落から。誰からかはわかりませんけれど」
 と、ユウが口を挟む。
「ふむ……?」
 考え込むサクを尻目に挫斬は、
「話はあとあと! 敵が来るよ!」
 と、叫んだ。


 その叫びに呼応するかのように、ディアボロどもが迫る。
 サクが深手を与えたものが1体、ユウが手傷を負わせたものが1体。ほか3体のディアボロが、怒声をあげつつ樹上を飛び交う。
「こっちに来て!」
 挫斬が叫んで、サクの身体を引き寄せる。
 サクが踏んだ杉の葉が元に戻るまもなく、そこにディアボロが飛び降りてくる。巨大な顎は逃れたものの、飛び散る木の枝やつぶてから、挫斬はサクをかばった。
「いたた!」
 ディアボロは土を咀嚼しながら真っ直ぐに飛びかかってこようとしたが、飛来したヒリュウがブレスを吐いて、それを押しとどめた。
 挫斬の傍らに、サクを守るように並ぶ。
「やぁ、静香さんのヒリュウちゃんだね。えらいえらい」
「サクさんを頼みます。いざとなったら撤退を」
 挫斬に向けて声を上げた征治は、1体のディアボロに向けて銃を振り、ことさらに注目させた。
 それはうまくいき、ディアボロは先ほどまで狙いを定めていたサクには見向きもしないようになり、征治の方へ飛びかかってきた。
 まるで猿のように樹に飛びつくと、まるで平らな地面でも走るかのように駆け上がっていく。
 ところがディアボロは、狼狽えるように動きを止める。上空に、ユウが待ち構えていたのだ。何度も使える手ではないが、いまのディアボロは、ただの的だ。
 飛行するユウが狙い定めた銃弾を浴びせると、ディアボロは大きな口から汚らしい体液を噴出させながら墜落する。
 その落下点に飛び込んだ征治は斧槍を一閃。渾身の力を込めた一撃はディアボロの確実に仕留め、胴体と別れ別れになった首はなおも巨大な顎を開け閉めしながら、杉林を転がっていった。
 彼らが戦っている間、ケイの元には4体のディアボロが襲いかかってきた。
「人気者になったわね」
 と、口で言うほどのゆとりはない。それでも冷静に銃を構えると、引き金を引く。
 狙いはさほど正確ではない。というのは、4体のディアボロの中心付近に着弾した銃弾は、紅蓮の炎をあげて奴らを襲ったからだ。
 炎の中で深手を負っていた1体のディアボロが崩れ落ちたのが見えたが、3体は炎をかいくぐり、いったん逃れるように斜面の下方へと飛び下がった。
 そちらから姿を現したのが、忍だった。背後を気にしていた忍は、突然に目の前に現れたディアボロに驚きつつも、木の幹を蹴ってさらに高く跳躍し馬乗りになるようにして落下した。
 銃口を巨大な口にねじ込み、引き金を引く。整った忍の顔にディアボロの体液が飛び散る。
 そしてもうひとり。巨躯の男が槍を振りかざしながら姿を現す。
「ちッ!」
 巨漢は憎々しげに舌打ちすると、飛びかかってくるディアボロに正対して槍を構え直し、素早く繰り出した。その速さは撃退士たちでも感嘆するほどで、炎を浴びていたとはいえ瞬く間に2体のディアボロを突き伏せてしまった。
 これは油断できない相手だな。腕に自信のある征治でもそう思った。頼もしい、とは思えなかった。


「サク様」
「よく駆けつけてくれたな。危ないところだったが、彼らに助けられた。
 お前は母上に知らせろ。『天魔は討伐されました』とな」
 冷えた口ぶりでサクが言うと、巨漢はただ一礼してその場を立ち去った。
 巨漢が去ると、辺りの緊張が緩む。下山すると、足止めを食らっていた他の撃退士も見せた。
 川澄文歌(jb7507)がサクや仲間たちに駆け寄り、傷の治療をする。
「改めて礼を言おう。おかげで命拾いした」
「ふふ、当主殿は素直でよいねぃ。……配下と違って」
「ちょっと無謀だったんじゃないかな。ひとりで立ち向かうなんて」
 農道でのやりとりを上総から聞いた挫斬が、憤慨したように言う。
「人のことに首を突っ込むのも何だけど。少しは殴り返さないと、際限なく殴られ続けるわよ?
 身内だからこそ、やるときにはガツンとやらないと」
「幼少の頃から近しいはずの集落の人々と親しくなれないのは、悲しいことですね。
 でもきっと、通報してくれた人はサクさんを心配してくださったんですよ」
 と、ユウはサクを気遣った。
 彼女らの言葉にサクはしばらく無言だったが、やがて目をつむって天を仰いだ。
「……気を悪くされたでしょうか?」
「態度に表すわけにもいかないんだろう」
 不安そうに下山する姿を見送るユウに、一鷹が応えた。
「当主というのは、時には自分の感情を押し隠さなければならないのだからな」
 だが、気がかりなのは。
「平気な顔をしている奴ほど、心が追い詰められている」
 むかし父から聞いた、その言葉だった。


「姉上、横槍が入ってしまいました」
 男が巨躯を縮めてそう知らせると、女は無言で、卓上のティーカップを床に叩きつけた。
 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
赤心を推して・
鳳 静香(jb0806)

卒業 女 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
天啓煌き・
皇・B・上総(jb9372)

高等部3年30組 女 ダアト
鮮やかなる殺陣・
北辰 一鷹(jb9920)

高等部3年8組 男 ルインズブレイド