「出てきましたね」
天羽 伊都(
jb2199)が視線を送ったステージ。麻里奈たち数人の『アイドル』たちが笑顔で登場し、司会者であろう地味な(たぶん職員の)おじさんと自己紹介をしつつ、やりとりを始めた。
「全員オレンジだよ! ……って、流行るのかなぁ、こういうの?」
「どうだろうねぇ。うちの子たちも、ああいうの好きだったりするんでしょうかね」
と、土古井 正一(
jc0586)は苦笑しつつ見守る。
「第○回、J○収穫祭! 始まりまーす!」
「み、みんな、楽しんでいって、ねー!」
そうはいっても、女の子たちが可愛らしい衣装に身を包んで笑顔を見せると、それなりに場は華やかになるものだ。
リーダーである先輩(麻里奈はアキ先輩と呼んでいた)が声を張り上げると、拍手が起こる。
麻里奈もその横でたどたどしく、ひきつった笑顔を浮かべてはいたものの、懸命に声を上げた。気のせいか、拍手がなま暖かい。
「は〜。緊張した。こんなの、柄じゃないのに」
開会の挨拶だけで、かなりの気力を消耗したらしい。退場した麻里奈はがっくりと肩を落とし、ため息をつく。
川澄文歌(
jb7507)は労いつつ、
「そんなことありません。可愛かったですよ?」
と、にっこり笑ってみせる。
「得意苦手じゃないんです。胸を張って、本当は自信がなくても『やれる』って信じて、舞台を楽しむつもりでやればいいんです。
成功か失敗かなんて、たいしたことじゃないんですよ」
可愛いなんて、と頬を赤らめる麻里奈の手を、文歌は握りしめる。
さすがに現役アイドル。言うことに説得力があった。
それで少し表情が明るくなった麻里奈だったが、どうにもまだ、様子がおかしい。
「……元気ないですけど、体調、大丈夫ですか?」
炎武 瑠美(
jb4684) が気遣って、声をかける。麻里奈が「いえ、そういうわけでは」と答えようとしたとき、
「くぅ」
と、可愛らしくお腹が鳴った。
「あわわわわ! じ、実は緊張して寝不足で、寝坊してしまったので……」
「ははは、腹が減ってはなんとやら、ですね。おうどんでも持ってきましょう」
気を利かせたヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)が、開店前の屋台から暖かな湯気を立てる丼を運んできた。エプロンを着けているところを見ると、彼自身が作ったものらしい。
「おいしい!」
目を輝かせて言われると、自信はもちろんあったけど、ちょっと照れくさい。
他にも希望した数人で、はふはふと麺をすする。
これですよ、これ。この澄んだお出しこそが、おいしさの決め手ですよ。
ほう、と息を吐く麻里奈の両肩に、奉丈 遮那(
ja1001)が後ろから揉むように手を置いた。
「大丈夫ですよ〜。そんなに激しい振り付けなんてしなくてもいいですし、もしなにかあっても、私たちでフォローしますから〜」
そう言われて、麻里奈もやっと腹が据わったらしい。
「それはよかった。では……」
こう言っては失礼ながら、「ぼけ〜ッ」とした様子で立っていたカナリア=ココア(
jb7592)が、こほんとひとつ咳払い。
すると。
それまでぼんやりと開いていただけの目はパッチリと大きく見開かれ、見ようによってはむすっと閉じられていた口元からは白い歯をのぞかせ、にっこりと笑顔。
「みんなで盛り上げちゃおう〜♪」
「ぬぅ、キッチリ入るスイッチとカメラ目線。侮れない子ね!」
と、アキは流れてもいない汗をぬぐう仕草を見せた。
文歌、遮那、カナリア、そして指宿 瑠璃(
jb5401)の4名は、麻里奈たちと通ずるデザインの、つまりオレンジの衣装を身につけている。彼女らもまた、アイドルとして参加する予定となっているのだ。
リーダーのアキが名乗るのは温州オレンジ、麻里奈が伊予柑、ポンカンと清見は姉妹だ。
一方で撃退士たちは、文歌が柚子、遮那が金柑、カナリアはネーブルを希望した。
そして瑠璃は、
「えーとですね、では私は、鹿児島の出身なので、桜島小蜜柑ということにでも……」
と、遠慮がちに言った。
ところが。
「桜島ぁ〜ん?」
「な、なにか?」
「その名乗り、この『愛ある』柑橘王国への挑戦と受け取ったわよ! ネーブルも、まさか裏切るとは!」
「いや別に。私はネーブル以外でもいいですけど」
もとの淡々とした口ぶりで、カナリアは言うが。
「そこにはもっとこだわって!
えぇい麻里奈ちゃん! こんな子たちとおつきあいしちゃいけません!」
「こだわりのポイントはそこなんだ」
伊都があきれた。突然の新加入(?)には何の文句もなかったくせに。
「え、えぇ〜ッ!?」
目を白黒させる麻里奈を引きずって、アキはのしのしと歩いて行った。
「ちょ、アキ先輩! 肩紐がずれる。肩紐が!」
まぁ、そうはいっても。イベントの進行は私情を挟まず、しっかりやっている。
収穫祭は盛況で、中には遠方から、車で訪れたという家族連れも多くいた。週末の、ちょっとしたお出かけ気分というわけだ。
そんななかに、着ぐるみが風船を持って現れた。子供たちはワッと歓声を上げて周りに集まり、とたんに人だかりができる。
中に入っているのは伊都だ。
あっという間に風船はなくなったが、子供たちはさらに押し寄せてくる。
「ぱんだ〜!」
お下げの女の子は正面から勢いよく飛びつき……おでこがちょうど鳩尾に。
チョッピリ太ましい女の子はおんぶをせがみ……回した手がちょうど首に。
帽子をかぶった男の子は駆け寄って……うっかり転んで、伊都の膝裏にタックル。
「ぐえ!」
あぁ、愛が重い。
「ま、負けていられないぞ」
やる気をフルに発揮した伊都は、のそりと四つん這いになると……。
「ほう、すごいですねぇ。動物園に子供ら連れて行ったときに見た、本物のパンダみたいですね」
「いや……この場に求められているのは、そういうリアリティじゃないんじゃ」
会場警備中。目を細めて笑顔を見せる正一に、瑠美は困ったように、行き所のない手を伸ばす。
ま、まぁいいか。
目下のところ、自分の担当である輪投げの方で手一杯なのである。
「お姉ちゃん! つぎ、ぼく!」
「あ、はいはい。よく狙ってね!」
輪投げの輪を手渡し、しゃがみ込んで「頑張ってね」と笑う。
「うまく入るかな? うまくいったら賞品が出ますよ」
急に横合いから声をかけられ、男の子はちょっと驚いたように、瑠美にしがみついて隠れる。
「あらら、びっくりさせてしまいましたか」
「もう、ヴァルヌスさんたら。大丈夫ですよ、このお兄さん、正義の味方だから」
そう言って瑠美は、子供の頭を優しくなでる。
ヴァルヌスはさながらロボットのような外見で、悪魔としての正体を表した状態。それに、子供は驚いてしまったらしい。
「らいだー?」
そのメタリックさは、そう見えなくもない。
「チガウヨー。でも、みんなと仲良くなりたいんですよー」
そう言いながら、カクカクとロボットダンスを披露してみせる。いまどき、本当のロボットの方がよほど滑らかな動きをするだろうが、子供たちのツボに妙にはまったらしく、ケラケラと楽しそうに笑う。
「なにそれー」
「へんなのー」
「ふふ、あちらもうまくいってるみたいですね」
そう言った文歌は、野菜の直売コーナーで人を呼び込んでいる。
「あの、遮那さん? そろそろこちらの手伝いもしていただきたいのですけれど」
「あ、ごめんなさい〜」
そう言って照れ笑いする遮那は、なんとジャージ姿だ。さっきまで着ていたはずのステージ衣装は、どうしたのか。
「裏方さんのお手伝いしてたら、汚れちゃうかと思って〜。すぐに支度しますね〜」
すぐさま着替えて駆けつけた遮那の担当は、食レポ。
「はい、どうぞ」
麻里奈に、楊枝に刺した蜜柑を「あ〜ん」と差し出す。「それは恥ずかしいですよ」と周りの目を気にしていた麻里奈も、
「ほら〜、麻里奈さんにおいしく食べてもらいたいんですよ〜」
と言われ、ついに覚悟を決め、ぱくり、と口に含む。するととたんに微笑みがこぼれ、
「おいしいです!」
遮那もすかさずにっこりと笑ってみせ、
「蜜柑、おいしいですよ〜」
と、周りの客たちにアピール。
「甘酸っぱくて、皮も柔らかくて食べやすいですよ〜。極早生前の、最後のハウス栽培ですよ〜」
ただの売店ではない。文歌の考案した、『アイドル屋』と称する販売ブースである。
「ありがとうございます。皆さんで召し上がってくださいね」
売れ行きは上々で、買っていく客には文歌たちが握手していく。家族連れのお父さんが、照れくさそうに文歌の手を握った。
すると。しばらくしてひとりだけで戻ってきて、
「あー、実家へのみやげに、もうひと箱もらおうかな?」
「うふふふ、たくさん買ってくれて、どうもありがとうございます」
セクシーなネーブルの衣装で胸の隙間をちらりと見せつつ、カナリアがその手を握って営業スマイル。男の鼻の下が、いくぶん伸びた。
客の入りも上々、愛らしい彼女らの活躍もあり、収穫祭は例年以上の盛り上がりを見せている。
しかし。
「なんだか、妙な殺気を感じるのですけれど……」
太股まで見える短いスカートを風になびかせ、瑠璃はあたりを見渡した。
「トクさん! さすがじゃのう! 予定外に集まった『ぎゃる』たちも、粒ぞろいじゃ!」
「うぅむ、さすがのワシも、これほどうまく行くとは思わんかったぞい! さぁゲンさん、いよいよじゃぞ」
時間は正午を過ぎた頃。
「みなさんご覧ください、こちら、ヰ●キ製耕耘機です。驚きの低燃費と高出力を実現!」
文歌が用意された原稿を読み上げると、あたりからは歓声が上がる。
パンフレットを食い入るように見ているのは、
「農業に興味があるんですよね」
などと言っていたヴァルヌスだが、そういったのは少数派。大多数はカメラを構え、文歌たちにレンズの砲列を向けている。
ばしゃばしゃばしゃばしゃッ!
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!
夕立でも来たのかと思うほどにばしゃばしゃとシャッター音が鳴り響き、興奮した男たち(やたら年齢が高い)の怒号が響く。
「もっと寄ってもらえるかのう! 耕耘機にしなだれかかる感じで!」
「視線こちら、頼むわい! 上目遣いで!」
とても、農機具の展示会とは思えない。これはあれだ、サーキットとかで、見かける感じだ。
「え? え?」
脅えたように、助けを求めるようにキョロキョロとする麻里奈の傍らでカナリアは、
「暑いのです……」
などと言って、服の胸元をひょい、と指でつまんでみせる。とたんに轟くシャッター音。
してやったりと笑うカナリア。
「まぁ、こういうのは『お約束』ですから……。アンダースコートもはいていますし、多少のことは、ね?」
少し困ったように笑って麻里奈を励ます文歌だったが、麻里奈の方はそこまで思い切ることもできず、もじもじとするだけ。
そういうところが男たちの何かに火をつけたのか、集中砲火。
「アンダースコートという話でしたけど」
「?」
突然に口を開いた瑠璃を、麻里奈が怪訝そうに振り返る。
「私、衣装の下はなにもはいてないんですよ」
「な、なんでですか!」
「だって、忍者ですから……」
意味がわからない。意味がわからないが、踊りながらひらりとトラクターの運転席に飛び乗る瑠璃。小さめサイズのスカートが翻る。
「あわわわ!」
慌ててそれを手で押さえようとして、傍らに駐めてあった田植機に蹴躓き、べちゃり、と転ぶ。
オレンジなのに、中身はピンクとな。
「ぎゃーッ!」
うぉぉぉぉぉぉッ!
「いくぞゲンさん! これを撮らずしてなにを撮る!」
「合点承知よッ!」
興奮した老人たちはつかみかからんばかりの勢いで押し寄せる。なかでも、ゲンさんトクさんと呼び合う二人は、その枯れ木のような手足からは信じられない猛ダッシュで、頭からスライディング。
「ルソン島で、塹壕に飛び込んだ時を思い出すわいッ!」
ターゲットを正面に捉え、瞬時にピントを合わせてシャッターを……!
「さすがにやりすぎですよッ!」
文歌がピシャリと注意をすると、ゲンさんの動きが、まるで金縛りにでも遭ったかのように止まる。
「ぬを!」
「撮るなら、こっちこっち」
声をかけられ、トクさんは思わず瑠璃の方を振り返った。振り返ってしまった。
ままよ、とシャッターを切るが、アスファルトのはずの地面から突然わき上がった畳が、ファインダー一杯に視界をふさぐ。
「畳返しッ!」
「しまったぁッ!」
「こらこら、さすがにその角度での撮影はお断りさせていただきますよ」
空を飛んで駆けつけた正一が、抱えていた包みを開く。するとそこからはステージでよく散布される金銀の紙吹雪が舞い落ちた。
瑠美がすかさず『星の輝き』を放つと、その光は舞い散る金銀の紙吹雪に乱反射もして、たまらずカメラマンたちは目を背けた。
その隙に、老人たちに近づいた瑠璃と瑠美は、
「没収!」
ゲンさんトクさんの手から、カメラを取り上げた。今時珍しい、フィルム式のカメラだ。
「あぁッ! どうかフィルム一本だけでもよい。これが楽しみなんじゃ! 寿命が20年は延びる思いなんじゃよ!」
取り押さえられた二人は、涙ながらに訴えるが。
ヴァルヌスはあきれたように。
「情熱を失ったとき初めて人は老いると言いますが……まだ20年も、いや失礼」
その調子で生きるんですか? とは口には出せない。
フィルム一本って、けっこう多いし。
「……まぁ、節度を守ってほどほどにお願いします」
「楽しいステージ、はーじーまーるーよー♪
歌うのは『胸きゅんオレンジ』&『アスたると』〜♪」
ふりふりと手を振った伊都パンダが舞台袖に引っ込むと、入れ替わりに鮮やかなオレンジの衣装を着た少女たちが、ステージに登場する。
まずはアキたちが主導して一曲、そして次に。
「聞いてください、『Naturalおいしい Smileね☆』」
文歌の合図とともに、曲が始まった。
甘酸っぱい ミカンみたいな 恋したい
思わず笑顔がこぼれる
貴方と一緒に居ると楽しくて
もっと貴方と食べたいフルーツを
愛情たっぷり受け止めて 叶え 私の願い
天然モノの私 ぺロリと平らげてね♪
貴方に おいしいSmile☆
アキが「やるね」と笑顔を向ける。
「筋肉痛は確実」
カナリアがぽそりと呟くと、よろめいた背中をさりげなく遮那に支えられた麻里奈も、笑って頷いた。
「皆さん、すごいな……」
ステージの袖から、瑠美は躍動する友人たちの姿を眺めていた。
彼女たちの笑顔、そして、ステージを見上げているお客さんたちの笑顔。瑠美自身にもいつしか笑顔が浮かぶ。
この素敵な時間を、彼女ら皆が作り上げているのだ。
「こっち! もうもう少しだけこっち寄ってくれぃ!」
「ひらりと! あと1センチだけひらりと!」
……あの老人たちも、いちおう含めて。