「ふッ!」
礼野 智美(
ja3600)が繰り出した槍を、『骸骨』は盾で受け止めた。受け止め、左手が下がった反動で、右手に持つ剣が突き出される。
しかし智美もさるもの。槍をくるりと回転させると、石突きで『骸骨』の手元を突き、狙いをそらす。
「少しは手応えがありそうだ!」
剣を取り落としそうになった『骸骨』に向け、大上段から槍を振り下ろす。斬撃にも優れた智美の槍は『骸骨』の頭蓋を見事に叩き割った。
しかしまだ、『骸骨』は動きを止めない。ふらふらとだが、鋭い爪のように尖った指を伸ばしてくる。
「させるかー!」
横合いから剣を振るい、その背骨を見事に叩ききったのは、フジナミだった。
「……やりますね」
「とんでもない、おいしいところを持って行っただけっすよ」
近くの市から車で数時間。目撃情報のあった付近で、撃退士たちはサーバントと遭遇していた。
車を少し走らせた先には小さな集落があるが、そちらの方にも連絡をすでに回し、集会所に避難してもらっている。あとはこの場で、3体の……いや、
「あと2体だな!」
と、藤巻 雄三(
jb4772)が拳を握る。そう、残り2体となったサーバントを撃破すればよい。
「活き活きしてるなぁ、フジナミ」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は弓弦を引き絞り、苦笑する。感嘆するのと呆れるのと、半々だ。
歌音はフジナミを戦力としてあてにはせず、「勉強してろ」と車の中に残そうとしていたのだが、
「いや、参加しておきながら、まったくなにもしないわけには」
と言って、飛び出してしまったのだ。
「妙な責任感だよ。いっそ、依頼を断ることもできたろうに」
戦いとなれば、「ステータスを限界まで身体能力につぎ込んだ」と噂される(?)フジナミ、強者揃いのこの面子にあっても、まったく見劣りしない手腕を見せていた。
「勉強よりは天魔と戦っている方がまし、ということでしょうか?」
只野黒子(
ja0049)が放った銃弾が、1体の『骸骨』の骨盤を打ち砕いた。もがきながら倒れるその眉間に、歌音の放った矢が深々と突き立ち、サーバントは動きを止める。
「徹夜でもして、疲労しているのでしょうか? あれでも、動きに切れが鈍っているようにも思えます」
黒子は後方から仲間を支援しつつ、戦う様子も窺っていたらしい。
「あれだけ戦えて? たいしたものだ」
「無理しないようにしてもらいたいね」
そう言って、麻倉 匠(
jb8042)は薙刀を手に、背後から迫ってきたサーバントに相対した。
「とりあえず、このヒトたちにはさっさとご退場願いましょう」
次々と繰り出される『骸骨』の突きを薙刀で受ける。骨だけのくせに力は強く、匠は脚を踏ん張って、こらえる。
銃声が轟く。それと同時に『骸骨』の膝が砕け、バランスを崩して地に倒れた。
その隙を匠は見逃さない。振り下ろした薙刀は『骸骨』に盾で受け止められたが、さらに2度3度。
汗をぬぐって視線を巡らせると、ミハイル・エッカート(
jb0544)が硝煙を立ち上らせるライフルを手に、ニヤリと口の端を持ち上げて笑みを見せていた。
「よし……片付いたかな」
サーバントどもが動きを止めてしばし。油断なく盾を構えた九鬼 龍磨(
jb8028)が、ゆっくりと息を吐き出し、やや腰を落とした姿勢から、緊張を解いて背を伸ばす。
聞こえるのは傍らの川の水音と梢の揺れる音。ときおり野鳥のさえずりさえ耳に届き、先ほどまでの激闘が嘘のようであった。
「さぁ、戻ろう。フジナミくん、君は勉強の続きだ」
「ういぃ〜っす……」
肩を叩いて運転席に乗り込む龍磨に、フジナミは憔悴しきった顔で頷いた。
現地に向かう車内でも、フジナミは外に視線を向けることもなく、手元の参考書を睨んでいた。理解しているかどうかは知らないが、睨んでいた。
「あの。もし、よかったらなんですけど、勉強、私でわかることなら、お手伝いしましょうか?」
見るに見かねて、おずおず、といった様子で声をかけたのは志々乃 千瀬(
jb9168)だ。
「私で、嫌でなければですけれど……」
「とんでもない、助かるよ!」
そう言ってフジナミは千瀬の手を握りしめ、涙を流さんばかりに喜ぶ。
フジナミのプライドが傷つくかと思ったりもしたのだが、外見で判断してはいけないこの学園。フジナミはそんなことはまったく気にしない様子だった。
それほど追いつめられていたのかもしれないが。
「これは、ですね。『私が3時に家を出たとき、私の妹は、きのう彼女が買った本を読んでいた』……。接続詞と、関係代名詞との文ですけど、それより初めに全体を見て、どんな意味の文章か、考えてみた方がわかりやすい、と思います」
「なるほどなるほど、関係代名詞ね。なるほどなるほど」
「……ホントにわかってる?」
匠がジト〜っとした目で見つめると、フジナミの目が泳ぐ。あ、駄目だこれ。
なんでこんな時にまで勉強しないといけないほど、やってなかったんだろう?
匠の気持ちが伝わったのか、
「いや、やってなかったわけじゃないんですよ! ただ、猛烈にワケが分からないだけで!」
と、フジナミは両手を振る。
そういうものかな、と成績で困ったことのない、常に平均点のはるか上を飛び越えている匠は首をかしげた。
「羨ましい話っす」
「羨ましがるのはいいけどね」
龍磨が握っているハンドルを、指でトントンと叩く。
「何のために授業があるのか、理解しようね? 質問だってする機会がいくらでもあるんだから」
「若いうちには必死に勉強しておけ。歳食ってからする羽目になる勉強は、今のより苦行だぜ」
龍磨に続き、車窓に目を向けていたミハイルが年長者らしく忠言を口にする。
「返す言葉もございません……」
「しょうがないな。まぁ、赤点はさすがにまずい。聞いた以上は、少しは手伝おう」
そう言って、智美は参考書をのぞき込んだ。
「いいか、長机の数をx、椅子の数をyとおいてだな……」
y、すなわち椅子の数は2脚のときなら2x+8、3脚の時なら3x−7と表せるので2x+8=3x−7というわけで、すなわち15台。
「ちゃんと検算もしてごらん」
運転席から龍磨が声をかける。
「はーい。思うんですけど礼野さん。使わない机ができるくらいなら、2脚並べる机を増やせよって感じですよね?」
「……それには同意だが。数学の問題としてはそういうことではなく!」
そんなやりとりをしつつ、教えるこっちまで疲労を感じつつ走ること2時間あまり。
無事、目撃された『骸骨』を撃退した一行は再び車に乗り込み、もと来た道を引き返す。
「思いのほか、早く片付いたな」
助手席に座り、ダッシュボードに行儀悪く脚を投げ出したミハイルが笑う。後ろの席ではフジナミが再び参考書を開き、勉強会を始めていた。う〜ん、う〜んと唸る声も聞こえる。
やれやれ、と肩をすくめた、そのとき。
「龍磨ッ!」
後部座席から、歌音が叫んだ。
言い終わる前に、龍磨も反応している。素早くハンドルを切ると、狭い道、スピードが出ていないながらも、車体は右に大きく曲がり、撃退士たちの身体も傾いた。
直前まで車が進んでいたところには、巨大な剣が振り下ろされていた。アスファルトが大きくくぼみ、破片が飛び散る。
「まだいたのか!」
念のために、周囲に警戒の目を向けていた歌音は、梢の間から車を追うサーバントの姿を発見したのだ。
飛びかかってきた『骸骨』は一撃を外したと見るや顔を上げ、再びこちらに迫ってくる。
「……まだ、集落に近いです。ここから先は、2キロは人家がありません。しばらく走って引きつけましょう」
「わかった。それがよさそうだね」
カーナビを見ても、画面には細いこの道の他は傍らの川、そして等高線しか表示されない。龍磨は黒子の言葉に頷き、アクセルを踏み込む。撃退士の身体はいっそう右に左に揺られるが、
「任せろ。せっかく青春真っ盛りの子供がやる気になってるんだ。勉強の邪魔はさせないぜ」
ミハイルは追いすがる1体の『骸骨』に向けて妖蝶を放った。襲ってくる蝶によって動きを止められた『骸骨』を狙って、助手席から身を乗り出してライフルの引き金を絞る。命中した銃弾によって『骸骨』は剣を取り落としたが、まだ、3本の腕を振り上げて飛びかかってきた。
襲ってきたのはその1体だけではない。道の左側、山の急斜面からも、複椀を持つ『骸骨』が何体も飛びかかってきたではないか!
歌音はサンルーフを開いて身を乗り出すと、ライフルを構えて立て続けに発射した。狙いは定めていない。それでも『骸骨』どもは身を縮めて防ぐしかない。
「射撃戦ですね」
そういう黒子をはじめ、ミハイルと歌音、千瀬は銃で応戦し、その弾幕を越えて迫る敵には匠の影手裏剣が飛ぶ。
「まだいたのか……! しかも、さっきのより多いしでかいし!」
それを額に受けながらも、1体の『骸骨』が車にしがみつく。
2本の腕で窓を掴み、2本の腕に持つ剣を振り上げる。その力は人間の常識を遙かに超え、ドアはねじ曲がり、踏みしめた地面からは摩擦で煙が上がる。ハンドルを取られぬよう、龍磨が懸命に態勢を保つ。
さすがにフジナミも得物を手にしようとしたが、
「いいから、君は勉強に集中していろ!」
と、龍磨に怒鳴られた。
「このッ……!」
張り付いた『骸骨』には、弓を放り出して槍に構えなおした智美が、渾身の力を込めて横に一閃。薙ぎ払った。
頭骨も腕も、粉々に砕かれて『骸骨』は車から転落する。
「よし! ……では、私からも問題を出してやろう」
先ほどとは一転、歌音がしっかりとライフルの狙いを定めると、その弾丸はまた1体の『骸骨』の胸骨を砕く。
「『孔子、孟子、荀子は儒家。では老子、荘子は何だ』?」
そう言いつつ、ちらりとフジナミの方を振り返ったが。
フジナミはうつむいたままだ。答えが分からないのかとも思ったが、千瀬がその顔をのぞき込んでみると、どうしたことか、顔色が土気色になっているではないか。
「さっきの戦い、怪我でも、されたんですか? いえ、でも……」
そんなに苦戦したようには見えなかった。
原因はすぐに分かった。
「おぶ」
フジナミが、口元を抑えて上を向いたのだ。酔った。
「だ、大丈夫ですか」
「駄目っす……、俺、むかし、ねーちゃんにジェットコースター無理矢理乗せられてから、右に左に振り回されるの、駄目で……」
千瀬は慌てて、ビニール袋か何かを探したが、そんな場合ではなかった。
「くッ……!」
先ほど戦ったモノよりも倍ほどの大きさの『骸骨』が、撃退士たちの行く手を阻んでいたではないか!
龍磨が慌ててハンドルを切ると、車はその股下をかろうじてすり抜ける。しかしリアタイヤが接触し、大きく振られた車体はそのまま、山肌にぶつかって停車した。
走行が不能になるほど大きな損傷ではないが、
「んん〜ッ!」
フジナミが顔を押さえ、えづく。
幸いにというか、十分に集落から離れ、撃退士たちが展開する広さもあるところだ。
「ここで迎え撃ちましょう」
それまで銃を構えていた黒子は、得物を杖に持ち替えて車外に出た。
「複椀を持つ個体……素早そうですが、距離を取っていれば攻撃手段をもってはいなさそうですね」
続いて龍磨が車外に出るとほぼ同時に『骸骨』が飛びかかってきたが、構えた盾で立て続けに繰り出される4本からの剣撃を防ぐ。その衝撃は撃退士でさえ耐えかねるものだったが、龍磨は腰を落とし、それをなんとか耐えきる。
逆に体格に勝る敵を押し返し、相手が怯んだところに、千瀬がその脚を狙って銃撃を放った。
一方で、智美は巨大な『骸骨』と睨み合う。振り下ろされる大剣は地に打ち付けられるたびに轟音とともに舗装を砕き、智美はぎりぎりのところでそれを避けていた。
それでも隙を見て槍を振るうが、これまた巨大な盾を軽々と、風が巻き上がるほどに動かしては、突きを防ぐ。
吹き飛ばされそうになった智美を狙って、他の『骸骨』が左手から襲いかかってきた。
しかし、その背後に匠が回り込む。
気配を殺した匠に『骸骨』が気付き、振り返ろうとしたときにはもう遅い。正眼に構えた太刀を、袈裟懸けに斬りつける。
盾を構えた左手と、剣を構えたもう一本の腕を無理に振り上げようとすると、それは途中で力を失い、地に落ちた。後方に控えるミハイルの銃弾が降り注ぎ、とどめを刺す。
やはり強敵は、この巨大な『骸骨』か。
突如、巨大な蛇が『骸骨』を襲う。千瀬の放った、幻影の蛇だ。『骸骨』に悲鳴もあるまいが、不気味なうなり声を上げ、暴れ始めた。
「車酔いか……くわえてこれでは、勉強どころではないな。さっさと片付けてやろう」
「違いない。これ以上、勉強の邪魔はごめんだな」
歌音とミハイルは互いに頷き、そろってライフルを構える。
「亡者ノ魂ヲ裁キノ刑ニ処ス……AMENッ!」
「くたばれ、ほねっこ野郎ッ!」
照準を定め、銃弾を放つ。歌音とミハイルの放った銃弾は黒い霧を纏い、言葉にせずとも共に狙いを定めた眉間へと吸い込まれる。
『骸骨』の巨体は大きく仰け反り、頭蓋骨が砕け散る。
片方だけ残された虚ろな眼窩に怨嗟の炎を浮き上がらせ、『骸骨』は大剣を振り下ろした!
「終わりだ」
蓄積された傷が狙いを過たせたのか。智美は大剣が顔のすぐそばをかすめ、髪をわずかに切り落としたにも関わらず微動だにせず。
身体を預けるようにして、槍を『骸骨』の巨躯に突きこんだ。
「さ、勉強の続きしましょう……大丈夫ですか?」
大きくのびをして車に戻ってきた匠が、車内をのぞき込んで眉を寄せた。しかしあいにくと、フジナミには返事をするゆとりもないらしい。
シートをいっぱいに倒し、千瀬に濡れタオルを顔に乗せてもらったフジナミは、しばらくそのままでいたが。
「……道家、でオッケーですか?」
しばらく何のことか分からなかったが、
「正解だ」
先ほど質問したことを思い出した歌音が、微笑みながら頷いた。
「……道家って、いわゆる建設業ですかねー。ゼネコン? 老子さんも荘子さんも、女だてらにたいしたもんですねー」
「……違います、フジナミ、さん。諸子百家です。道路工事、請け負いませんし、女性でも、ありません。
あぁもう、どこから突っ込んだら、いいのか」
千瀬は頭を抱え、肩を落とした。
それでも、吐き気と戦いながら勉強を続けたフジナミは、かろうじて追試を乗り切ったらしい。
件の3教科合計100点で。まぁ、クリアはクリアだ。
「ところで、この前の小テストなんですけど。古典と生物と地理が、実にまずくて……」
もう、つきあいきれん。まぁ、がんばれ!