●捜索
「さぁみんな、乗って!」
急ブレーキでレンタカーを止め、鈴代 征治(
ja1305)は仲間たちを促した。
「それともエリーさんが運転する?」
「やめておくわ。……振り落とさずに運転する自信、ないし」
Erie Schwagerin(
ja9642)……エリーは肩をすくめ、早々に助手席に乗り込んだ。
征治が借りてきたのは、1台の軽トラックだった。「10分ほどお待ちいただければ、もう1台手配できますが」と言われたものの時間は惜しく、ならば、と借りてきたのがこれである。
「いざとなったら自転車で登っちゃおうと思ってたくらいだもん、上出来上出来!」
「まぁしょうがねぇな。せいぜい落とされないように掴まってるわ」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)と向坂 玲治(
ja6214)がそう言って、荷台に乗り込んだ。
一行を乗せた軽トラックが森林公園へと道を急ぐ。
行き交う人々が荷台いっぱいに人が乗り込んだ様に驚くが、撃退士だと気づき、近くに危機が迫っているのではなさそうだとわかるとすぐに、関心を他に向けた。
もっとも一行に辺りを気にしている余裕はない。
「幼子が取り残されているとか。速やかに救い出さねばならんな」
「あぁ。この季節だ。無事に逃げ切れたとしても、夜の寒さはこたえるだろう」
ルーガ・スレイアー(
jb2600)とケセドラ(
jb2688)が身を乗り出し、行く先に目をやった。ちょうど沈んでいく太陽が山の端にかかるころで、道を登り切った頃には日は沈みきってしまうかもしれない。
「……きっとおなかをすかせていますね」
ソーニャ(
jb2649)の呟きが、うるさいほどの風切り音の中ででもはっきりと、一行の耳に届いた。
「あれは?」
リル・マウルティーア(
jb2701)の興味を引いたのが、薄汚れた看板だった。
どうやらあそこが登山道らしい。
少し考え込んだリルは、
「私は、あそこから探してみます。……上下から探した方が、少しでも早く見つかりそうですし!」
そう言って、荷台から飛び降りた。「気をつけて!」と声をかける仲間たちに手を挙げて答え、急な階段を駆け上る。
登る者もいない登山道は草が茂り、階段を作る丸太や石は腐っていたり崩れ落ちていたりで、はなはだ登りづらい。わずかに顔をしかめたリルは背の翼を顕現させ、宙へ舞い上がった。
一方、他の面々は太陽が山の向こうに隠れる頃、駐車場に到着した。
「……こうして見ると、逃げる方向は限られてくるな」
車を降りてまずはぐるりと周囲を見回し、ケセドラは呟いた。公園を囲むように生えている木々と柵は、全力で逃げるには障害になりすぎる。柵のとぎれた箇所は1つだけ、これが麓の看板から続く登山道の降り口だろう。繁みで身を隠しやすく、自分が逃走するならこの道を選ぶ。そして、車で登ってきた舗装路。一刻も早く公園から離れたいなら、この走りやすい道を選ぶかもしれない。なにせ子供、しかも一人は女の子だ。
「2手に分かれるか。俺は、登山道の方だ」
玲治はそう言うと、携帯電話の電波状態を確認した。大丈夫だ、GPSも起動している。
「みんな、明かりは持ってるのか?」
「うむ、ぬかりはない」
ルーガも、懐中電灯のスイッチを確かめる。
「ほう、ここを押すと光る。もう一度押すと消える……」
「……楽しそうね〜?」
「あッ、いや、そんなことはないぞ?」
装備の確認も終わり、登山道の方は玲治とルーガに加えてソフィアとケセドラが。舗装路の方へは征治とエリーとソーニャがそれぞれ捜すこととなった。
「じゃあ、気をつけてね」
「お互いにな」
舗装路を下る3人は、ゆっくりと進んでいく。
「寒いですね」
すっかり陽は落ちた。2人の子供も、今頃寒さと恐怖、更には飢えで震えているに違いない。遭難した人間は無意識に歩きやすい道を選ぶという。子供たちはこの道を逃げたのだろうか。ソーニャのリュックの中には菓子が詰まっている、早くこれを届けてやりたいと思った。
「逃げ続けるのも体力を使うだろうし、どこかに身を潜めてるのが子供に出来る限界よねぇ」
人間に対してトゲのある言い方をしてしまうのが、エリーの癖であるようだ。
「隠れ場所なんて限られてると思ったけど……そうも言ってられないわね」
ちょっと道を外れれば雑木林に埋もれるこの地形では、場所は無限だ。逃げ込んだ路肩に、新しい足跡でも、不自然に折れた枝でもないかと征治は注意深く見てみるが、未だ何も発見はない。
登山道を捜しているチームの位置を見る。まだ山頂近くにいるようだ。なるほど、こちらの道は相当に歩き易いらしい。
『登山道』と銘打たれているので、全くの獣道ではない。人工的に道が造られてはいる、が、登り口側から見えた姿とここも変わらず、誰も使わない上にろくに整備もされていないのだろう、落ち葉は階段を覆うほどに積もって人の足を滑らそうとするし、木の根も遠慮なく地面に凹凸を作っている。全力で逃げようとする人間がいたなら、きっと何十回と転んだに違いない。
「足跡なんて残りそうにないね」
自分たちが歩いた跡を振り返ってため息をつくソフィア。そうは言うが、痕跡を捜すのを止めるわけにはいかない。
「子供の足じゃ、そう遠くまで行けないはずだが、さて、どこにいることやら」
「声もひそめているのだろうな……何も聞こえない」
ケセドラは、子供たちの助けを求める声がないかと探る。同時に、まだ居ると思われる天魔の気配も……。だが不気味なほどに静かだった。
「ちょっと、上空からも見てみるぞ」
そう言うとルーガは、背中に翼を現し、まっすぐ上へと飛んだ。しかし悔しいかな、夜の暗さだけはどうにもならなかった。等間隔に明かりがあるのは、舗装路の外灯だろうか。それ以外は何も分からなかった。
舌打ちをして、元の場所へ降りるルーガ。大きな翼を持つモノが降下し、木々を揺らす。
直後に、スマートフォンへの着信があった。
『何かが動きました! ルーガさん、あなたの降りた場所に向かってるわ!!』
リルの報告が届いたと同時に、禍々しい咆哮が闇に轟いた。
●接近
サーバントにとってヒトとは何なのだろうか。腹を満たす食料なのか、己の力をぶつけたい的なのか、それとも単に止まるまで弄びたいだけなのか。いずれにせよ大きな獣は、新たに見つけた目標に向かってまっすぐ、登山道を駆け上っていた。
舗装路にいた征治たちはかなり山を降りていた、そのためサーバントを追いかける形で登山道を上る。はっきりと残る獣の臭いが導いてくれる。うまくいけば挟み撃ちをする形になるだろう。
上で待ちかまえるソフィアたちにも緊張が走る。鳥肌が立つほどに大きな気配が、こちらに向かっているのだ。この狭い場所で、暗闇で、サーバントと戦わなければならない。
息づかいまで聞こえてくる位置まで近づいたとき、ケセドラの『星の輝き』がまばゆく光った。
現れたのは、その眩しさに目を背けることもしない、3つの頭を持つ巨大な犬だった。
「やっと出てきたな!!」
突進してくるサーバントめがけて、玲治はウォーハンマーを振り下ろした。1つの頭の頬をかする。サーバントは勢いを衰えさせることなく躯を大きく旋回させ、目標を玲治に捕らえ直した。
「どうした下郎、この私を狙っていたのではなかったのか?」
ルーガがずっと構えていた『姫椿』の矢は、後ろを向いた犬の首を貫いた。
『グアアアアアア』
けたたましい声をあげ、頭の1つが暴れる。だらだらと血の混じった涎を垂らして悶えているが、息を止めるには至らない。
「しぶといね!」
ソフィアの霊符が炎を生み出し、それが暴れる犬の顔を焼いた。肉の焦げる臭いがして、眼球が白く濁った。舌をだらしなく出したまま、頭のひとつは動かなくなった。
「待たせたわね!」
「まだまだ、始まったばかりだ」
そこへようやく、エリーたちが到着した。狙い通り、上と下とで挟み込めた。
残るふたつの頭は、獣ながらに考えたのだろう。
このままでは、己の身が危険だと。
サーバントの巨大な身体にとって、雑木など枯れ枝に等しかった。道を外れ脇に道を求め、サーバントは木を薙ぎ倒し逃走する。
「逃がすか!」
もちろん、みすみす逃すわけにはいかない。撃退士たちは獣のあとを追いかける。
「え……ちょっと、あれ、なに?」
追いかけながらエリーは、先に何かを見つけた。ぽっかりと開けた空間。四角く囲われた板きれ。壊れかけの物置小屋だった。このまま行くと犬は、あの小屋も壊していくだろう。
嫌な予感がする。
「こっちだ、バケモノ!」
とっさに征治は『挑発』を行った。逃げる犬はそれに気づき、視線をこちらに向けた。
足を止めることなく、しかし進行方向が右へカーブする。
巨体は、物置小屋の端にぶつかった。
「きゃああああ!!!」
「うわあああ!!」
エリーの予感が的中した。小屋の中に、捜していたふたりがいたのだ。
「みつけた……」
ソーニャはほっとした、ふたりとも無事だったのだ。だが、サーバントは彼らのすぐそばにいる。
「ソーニャさん、一緒に!」
同じヒポグリフォK46を持つリルが、獣の注意をこちらに向けるべく撃つ。
「もう少しよ、もう少しだけ、我慢してね」
当たっても外れてもかまわない、今はとにかく、子供たちを守らなければ。
「終わらせるぞ」
ケセドラはイオフィエルを構えた。他の撃退士たちもそれぞれ、とどめを刺すための武器に持ち替える。
落ち着いて、この一撃にすべてを託すのだ。
●救出
顔をぐちゃぐちゃにして泣いていたのはアキノブの方だった。助かった安堵から緊張の糸が切れたのだろう、涙も鼻水もぼろぼろ流して、逆にマユミから慰められていた。
「……ご、ごめ……ごめ、……俺が、林の中……なか、」
どうやら遠足の班からはぐれた原因が自分にあることを詫びているらしい。
「いいんだよ、きみはちゃんと、大切なものを守ったよね」
ソーニャの言葉に、アキノブは不安そうにマユミの顔を見る。マユミは笑っていた。
「あーあ、湿っぽいのはナシだ。さっさと下って、お汁粉でも飲もうぜ……」
玲治の提案に、夜露で身体の冷え切った皆は喜んで賛同した。
「ところで」
マユミが尋ねた。
「話ってなんだったの、アキノブくん?」