「聞きしにまさるド田舎だな、ここは」
ライアー・ハングマン(
jb2704)は大げさに肩をすくめた。
撃退士たち一行は、サーバントどもが巣くっているという情報のあった現場へと急いでいた。1両編成の電車が1時間に1本行き来するだけの駅……さえ、かなり遠い。移動手段は車しかない。
車を降りた一行は、徒歩で現地を目指す。人家は少ない。廃屋になっているところも多いようだ。サーバントが確認されてからは避難が呼びかけられているから人が少ないのは当然なのだが、それ以前から、さほど人はいなかったに違いない。
「連中が巣くっているのは、廃校だって? そんなところに堂々と入り込むなんて、いい度胸じゃねぇか」
叩き潰してやる、とライアーは犬歯を剥き出しにして笑う。
「廃校にサーバントだなんて……まるでオバケ屋敷だよ!」
ヒロッタ・カーストン(
jb6175)はそう言って、ぶるぶると震えていた。「怖い怖い」と言うのは、どうやら冗談ではないらしい。彼自身、悪魔だというのに。
だが、聞きようでは軽口めいて聞こえる彼の言葉にも、仲間たちは笑わなかった。皆、真剣な面持ちで曲がりくねって続く道の先を睨んでいる。
人間を襲う天魔への「憎しみ」……と言えば下世話すぎる物言いかもしれないが、人々の営みを脅かす存在に怒りを覚え、また必ずや、人々を救ってみせると心は煮えたぎっているのだ。
そのひとり、黒井 明斗(
jb0525)は。
「天魔にとって、それが生きるため、存在を続けるためだというのなら……まだ『理解』はできます。ですが、このサーバントたちはただ、人の命を弄んでいるだけです」
静かな、淡々とした口ぶりの呟きだが、わずかに語尾が揺れる。それだけ怒りが大きいに違いない。
「そのような非道、絶対に許すことは出来ません」
その明斗の言葉に、後ろを歩いていた藤沢薊(
ja8947)が、小さな声で、だがしかしはっきりと応える。
「そんな奴は、俺が残らず……撃つ」
ふたりは視線を交わして頷き合った。
そのとき、明斗の携帯電話が鳴った。電話の向こうの声に頷いた明斗が、表情を和らげて振り返る。
「先発した班が、サーバントの討伐に成功したみたいです!」
「わぁ……!」
桜庭 ひなみ(
jb2471)が小さな歓声を上げて両手を叩いた。
「よかったねー。こっちに姿を見せやしないかと、はらはらしてたよー」
フェイン・ティアラ(
jb3994)ののんびりした口ぶりからは、とてもそうは思えないが。
だが実際、強敵と思われたサーバント3体が群れに合流することでもあれば、一大事だったであろう。仲間たちは、奮闘してくれたのである。
「じゃあ、次は僕たちの番ですね。負けてられないな……」
硬い表情だった御守 陸(
ja6074)が年相応の微笑みを浮かべ、改めて口元を引き締める。
「そうだね。絶対に捕まってる人たちを助け出そう。誰も、犠牲になんてさせない!」
西行 龍希(
jb6720)の言葉は、皆の心境を代弁したものだった。
「あそこだね……」
陸が声を潜める。
川沿いの道を上流に向かっていた一行の目に、廃校の校舎が飛び込んできた。
かつては子供たちの歓声で賑わったに違いない学校の校舎は、苔や泥が付着して薄汚れていて見る影もない。そして校庭からは、愛らしい歓声にはほど遠い、下卑た叫びが聞こえてくる。
陸は一度大きく深呼吸をし、目を細めた。顔から表情が消え、普段の彼の様子とは様変わりする。
一行は二手に分かれる。陸、薊、明斗、ひなみ、そしてフェインは正門から少し離れたところに潜み、別れた龍希らが配置につくのを待つ。
その間もずっとサーバントどもはなにやら騒いでいて、落ち着かない。見つかっても厄介だ。緊張の時間が過ぎる。
「ずいぶん賑やかだ、ねー」
「愉快なものじゃありませんよ」
フェインの言葉に苦笑いした明斗は、無線機を構えた。持ってきておいて正解である。電話でも連絡が取れなくはないが、なにせ山奥の集落である。案の定、しょっちゅう切れる。キャリアによってはかなり電波が入らない。
『お、明斗さんかい? こっちも配置についたぜ。存分にやってくれ』
雑音に混じってライアーの声が届く。一同は皆、互いの顔を見合わせて頷き合った。
「行きましょうッ! 援護を願います!」
叫ぶや、明斗は正門へと続く石段を二段とばしで駆け上がっていく。その手には、十文字の穂先の槍。
門のところには2匹の小型の人馬が、なにやらカラスを投げ縄で縛って引き回している。
「散りなさいッ!」
明斗が叫ぶや、無数の彗星が人馬どもを襲う。口元から涎を吐きながら、薄気味の悪い悲鳴を上げて、人馬はのたうちまわる。
「囮とはいえ……全滅させるくらいのつもりでいくよ!」
陸はそこに容赦なく弾丸を浴びせ、血とも体液ともつかぬ薄汚い液体をまき散らしたサーバントは、動かなくなった。
「了解ー。さぁ、撃退士のお出ましだよー」
フェインの声とともにストレイシオン「紫檀」が姿を現した。身体を大きく伸ばして雄叫びをあげる。
「賑やかにやるよー!」
咆哮は当然ながら、たちまち校庭にたむろする他の人馬どもの知るところとなった。まるで子供のような(といっても、人間ほどの大きさはある)人馬、それよりも大型の個体。
そして、さらに大きな1匹。
それがこの集団の首領であろう。聞くに堪えない怒声をあげ、4本の足で立ち上がると土煙を上げて辺りを駆け回り始めた。
その姿が、薊の方からも見える。
「大型のが合わせて3体、小型のは見える限りは4体ほど……結構いるね」
そう言って薊は自分の背ほども大きいクロスボウを構えた。
「くたばって……くれるよね?」
幼さに似合わぬ冷たい声で呟くと、放った矢からは黒薔薇のごとき霧が生じ、首領を襲った。
その脇腹の辺りに矢は突き立ち、またしても首領は怒号を放ったが、まだ倒れはしない。
かと思うと、いつの間にかサーバントどもの手には弓が現れ、もう片方の手には2本の矢が握られていた。首領とその部下たちが放った矢が、撃退士たちを襲う。
「紫檀、みんなをまもるよー!」
召喚獣の張った結界が撃退士たちを包み、人馬どもの勁矢からかばう。
しかしそれでも矢の勢いは防ぎきれず、撃退士たちに降り注ぐ。
――恐れるな、考えるな。息を殺せ、ただただ敵を撃ち続けろ!
その足を、その鼻先を矢がかすめたにも関わらず、陸は微動だにしない。ふくらはぎからは血が流れ出たが、陸はそちらを一瞥さえせず、再び引き金を引いた。
銃弾は小型の人馬の頭部で弾け、シュウシュウと立ち上る不気味な白煙の向こうで、人馬の顔が腐敗し、崩れていく。
「だ、大丈夫ですか……!」
ひなみが両手で構えた拳銃からは、わずかに白煙があがる。彼女の放った銃弾が矢の方向をわずかにそらしたのである。
「ありがとう、これくらい問題ないよ」
陸は振り返らずに答え、新たな目標を探して、息を止めた。
「始まったね」
正門方向から、戦いの音が聞こえてくる。ここから見えるわけではないが、龍希はその方向に視線を向けた。
仲間たちが正門から突入する一方で、龍希らは迂回路をとり裏門にやってきた。こちらは静かなもので、サーバントの気配もない。
「よし、じゃあこっちも動き始めるとするか」
ライアーはそう言って、錆びて朽ち果てた裏門を開く。するとそれはポッキリと折れてしまった。ばつが悪そうに、すっかり色の変わった塀に扉を立てかけ、中へと進む。
ライアーは物陰から物陰に滑るように移動し、校舎へと向かう。
「僕は、『潜って』いくとしようかな」
そう言ったヒロッタの身体が、地面に沈んでいく。この世界の物質をすり抜ける、悪魔の持つ力を活用して、ヒロッタは敷地内を進んでいく。
「それ、便利だね」
「存在し始めたときからこうですからね。特に意識しませんけど」
「あはは、それもそうか」
順調に進むことが出来たせいか、龍希はそんな軽口をたたいた。
その表情が急に引き締まる。曲がり角の向こうに、2体のサーバントがいたのだ。いずれも小型で、なにやらドラム缶のようなものを引っ張り出し、ガンガンと叩いては、そのけたたましい音が気に入ったのか、しきりに笑っている。
「……バカみたいだな」
ライアーが呆れたように呟いた。ともあれ、ここは避けられそうにない。
忍び寄ったライアーがごくごく細く、しかし限りなく鋭利な糸を、素早く人馬の首元に巻き付けた。
くぐもった呻き声をあげながら、血しぶきをまき散らしながら人馬が倒れる。もう1匹が怒りの表情を向けてくるより早く、そちらには龍希の糸がからみついた。
地響きのような悲鳴を上げそうになる顔面に、ライアーの鎖鞭が叩き付けられる。人馬はそのまま倒れ、動かなくなった。
さて、そうこうしているうちに一行は校舎への入り口のひとつにたどり着いた。他の入り口には大きな石が積まれている……サーバントどもがやったのだろうか……が、そこだけはなにもない。
「きっと、ここが入り口だよ」
そう言って龍希はドアをこじ開け、中に入った。
「どうか……無事でいて!」
果たして、中には10人ほどの、年齢も性別も様々な人間がいて、龍希が中に入ってくるなり、怯えた目を見せた。
「助けに来たよ!」
表情をほころばせたのは、彼らだけではない。龍希もまた安堵の笑みを浮かべ、声を張り上げた。
「しかし、どうする? 中には歩けそうにないのもいるし、いちいち担いで逃がすわけにもいかないぜ」
と、ライアー。どうやらまだ感情を吸い取られてはいないらしいが、さんざんいたぶられた疲労は大きく、特に足に怪我を負った若者は起きあがることもままならないようだ。
思案しているところに、ヒロッタが駆けつけた。
なんと、リアカーを引いている。
「見つかって良かったよ。こんな所だから、もしかしたら残ってるんじゃないかと思ったんだ」
かなり錆びてボロボロだが、一度使うくらいは何とかなるだろう。歩けそうにない何人かを乗せ、ヒロッタは裏門へと引き返す。
そこに!
賤間月 祥雲(
ja9403)が剣を構えて駆けだした。飛来した投げ縄がその剣にからみつき、現れた大型の人馬と力比べになる。
「大丈夫……なんとか、する」
「怪我人は、あたいに任せて!」
桃香 椿(
jb6036)は集まってきた小型の人馬に向けてショットガンを放ち、牽制する。
「よし、頼んだよ」
怪我人を託したヒロッタが、大型の人馬の前に立ちはだかる。
「よぉし、もう憂いはねぇ! 後は暴れるだけだな!」
ライアーが叫ぶや、無数の影の刃が人馬を襲う。人馬は素早くステップを踏んで体勢を立て直そうとするが、アサルトライフルを構えた龍希が銃弾をばらまき、それを許さない。
「いつまでも暴れられると、都合が悪いんだよね!」
ヒロッタの放った雷撃が、サーバントの胸板を貫いた。
さながら矢合戦である。
撃退士たちとサーバントとは、互いに距離を取って撃ち合っている。
槍を構え、始めに敵中に飛び込んだ明斗もまた、仲間たちをかばうことを念頭に、突進することはせず、アウルの矢を放って戦っていた。
「逃がさないよー!」
明斗の攻撃を受けて怯んだ大型の人馬がぐるぐると駆け回って距離を置こうとするところを、フェインの召喚獣がブレスで追撃する。
「ちょっと浅かったかなー?」
「とどめ、刺します……!」
片目を開け、よく狙いを定めて放ったひなみの銃弾が、人馬の胸板を貫いた。血反吐を吐きながら崩れ落ち、絶命する。
すると今度は、小さな個体が2匹ほど迫ってくる。ひなみとフェインは慌ててその場を退いた。
「次から次へと……うざったいな!」
薊が舌打ちしつつ、そいつらを追い払う。小型の人馬はきりがないが、大型のそれを狙えば、戦闘も収束に向かうであろう。首領と、もう1体か。
「うざいうざいうざいうざい、お前ら、うざいんだよ消えろォッ!」
狂ったような、喉が裂けんばかりの大声を放ち、薊は再び黒薔薇の舞う矢を放つ。
またしてもそれは首領に命中し、今度は肩の肉に食い込んだ。
……が。
その肉が不自然に蠕動すると、唾でも吐き出すように、身体から矢が抜け落ちる。首領は薊の方を睨むと、薊とは対照的な、やけにゆったりとした構えで……少なくともそう見えた……矢をつがえると。
弓弦を鳴らし、放った!
狙撃手の銃弾にも匹敵する精密さと鋭さを備えた矢は、ヒュウッと風を切る不気味な音をたて、薊の眉間へと吸い込まれて。
「伏せてッ!」
とっさに、明斗が薊を押し倒すように割って入る。手にした盾で矢を防ぐが、矢は鋭いだけでなく重さもあり、受け止めた明斗の肩がきしみ、倒れ込んだ拍子に背を強く打った。
「明斗にぃ!」
「大丈夫、たいしたダメージにはなりませんよ」
先ほどまでとはうってかわって、年相応の心配顔を見せて駆け寄った薊に、明斗は笑顔を見せて手を振った。多少、口の端が引きつるのは仕方がない。
そうしたところに、フェインが明るい声を上げた。
「連絡きたよー! あっちはもう、大丈夫だってー!」
そう言ったときには、もう校舎の方から、護衛に残った椿を除いた龍希ら4人が、小型のサーバントを蹴散らしつつ姿を見せた。
「これであとは、殲滅するだけだねー」
フェインの言うとおり、ジリジリと苦しい戦いをしていた撃退士たちが、打って出る。ちょうど挟撃する格好だ。
それでもサーバントどもは勇敢というべきか、あるいは状況を理解できぬ蛮勇を見せているのか、猛り狂いながら矢をつがえることをやめない。
「いい加減に……!」
陸の放った銃弾が、首領の手首から先を吹き飛ばす。一瞬、動きを止めて陸の方を振り返った……その時にはもう手と弓が再生されつつあった……首領だったが、今度は足に銃弾を浴び、膝をつく。
「お前がボスか? プレゼントだ、受け取りな!」
背後からライアーが。三日月の刃を、首領の脳天に突き立てた。
「やった……」
崩れ落ちるように、陸が膝をつく。戦いの後は、いつもこうだ。己にかけた暗示が解け、緊張の糸が切れる。
もう1体の人馬は明斗と薊がとどめを刺し、あとはその他の個体を一掃した。それにいくぶん時間はかかったが、ここに群れていたサーバントどもをすべて駆逐することに成功したのだ。
「うん。守れて、よかった……」
残念ながらさらわれた人全員ではなかったが、それでもここに残されていた人々は救うことは出来た。
ありがとう、そう言って龍希が手をさしのべてくる。陸はその手を握って立ち上がった。
辺りには再び、清流の水音だけが響いていた。