「BKF?」
今日も今日とて楽そう且つへたれな依頼を求めて斡旋所に来ていた桃々(
jb8781)だったが、彼女好みの依頼がなかったので、斡旋所職員に尋ねたところまたみょーな依頼を勧められた。
「実に、またもや、こんな、鉄臭そうな、ガチ依頼しかないのでありますか……?」
桃々、その緑の瞳をうるうると滲ませ、涙目である。
「いや勿論、日々の依頼は他にも色々ありますよ? でも桃々さんご希望の条件だと今はこれしかないですね……」
職員曰く、他のよさげな依頼は皆既に他の撃退士達が受けてしまったのだという。
今日は真夜中深夜ではなく昼間なので人も一杯だ。
「でもこれはまだ受け手は三人しか集まっていないんですよ。桃々さんよろしければやってみませんか?」
四人になれば一気に九人受け手が揃いそうな予感がするんです、と職員。
その予感どういう理屈だ、と胡乱な眼差しを職員へと向けつつ桃々は問いかける。
「むむむ……依頼人ってどんな人なのでありますか?」
「フゴー社っていう企業を運営しているお大尽な家の坊ちゃん、ですね。ご興味あるなら、連絡取ってみます?」
かくて桃々は悩みつつもTELをし、そこで連絡を取ってしまったのが運の尽き、政継少年に強引に拝み倒され、参戦する羽目になってしまったのだった。
●
そしてやってきたのが、冬の某日。
蒼い空の高い所で太陽は柔らかく輝き、北風が強く吹いている。
季節は冷涼なれど、しかしこの地には緑の樹が生い茂っていた。
この季節でも緑の草葉の存在を許す、比較的温暖な地である。
今日はこの大地に、百名を超す男女が集結していた。
ここは模擬戦のバトルフィールド、BKFの開催地である。
起伏の激しい大地の南北にそれぞれの陣営に別れ散っていた。
参加者は装備等を運び、同じ参加者や審判らと挨拶をかわし、ガチャガチャと鎧兜を身につけてゆく。
その人々の姿の中には、斡旋所に出された依頼を見て参加を決めた五人の学園生達に加え、陽波 透次(
ja0280)、雫(
ja1894)、巫 聖羅(
ja3916)、桃々の四人の姿もあった。彼等が九人の分隊長である。
そして、
「お久し振り! 蒲剛君。あれから少しは強くなった?」
茶髪のツインテ美少女、巫聖羅は十人目の分隊長であり、依頼人であり、自軍の大将である黒髪少年へと声をかけた。
アーメットヘルムを手にした大富豪の家の御曹司は聖羅に向け、きらっと爽やかな微笑を浮かべ、
「やあ、聖羅さん! お久しぶりです。ええ、無論ですよ。おかげ様でかなり上達しました」
と、にこやかに答えた。十四歳程度の少年は、相変わらず良いとこの坊ちゃん的オーラを振り撒いている。
「ですから本当にこのアウル能力が制限されるBKFでなければあんな奴等に負けはしなかったのですが……ああ、そうだ、今からこれのルール、なんとかしてアウル制限無しに変更できませんかね? そうすればまず労せずして私達の圧勝です!」
「その発想は相変わらずよね」
そのマイペースさにホッとするやら、苦笑いがわいてくるやら、な聖羅である。
その時だった。
「ふん! 実に根性の曲がった奴よ!」
野太い男の声が草原に響き渡った。
声に振り仰げば丘の上、黒く塗られた甲冑に早々に身を包み終えたバケツ騎士達が、風にサーコートを靡かせながら立っていた。
「フッ――今の久遠ヶ原というのはアウル差がなければ大した事がない上に、騎士道を重んずる気概さえもないとはな! 程度が知れるわ!」
リーダーの言葉に周囲のブラックバケツ達が一斉に肩を揺らしバシバシと篭手で盾や腹を叩いて笑う。
「何を――」
「御高説耳に痛いですが」
いきり立つ富豪少年の前に、すっと鋼鉄の篭手を嵌めた少女の腕が伸ばされた。
雫は少年を手で制しつつ、淡々とした光を赤瞳に湛え、丘上のバケツ達を見上げた。
「そういう貴方も、同じ戦法を使い続けるのは如何かと思いますよ? それしか出来ないのですか?」
アルフはBKFにおいてあまりやり方を変えない男であるとして有名であった。基本的に一つだけの型で戦い続けている。
「ぬはは、若造どもになどそれで十分よ! 違うというなら破ってみせろ」
要所が金で縁取りされたバケツをかぶった黒い騎士はそうのたまうと、サーコートを翻す。
「茶番はしまいだ。この『バケツ』に懸けて、鉄と血とで語ってやる」
男は重厚な具足の音を響かせながら立ち去り、周囲の黒騎士達もそれに従って去っていった。
しばし後、
「こんな鉄の塊着てたら窒息してしまうのであります」
桃々は着用していたバケツヘルムを早々にかなぐり捨てた。
「あぁ貴様ァ?! BKFの魂を?!」
「マジかなぐり捨てんぞしやがった! キャストオフ!」
これには周囲の味方であるバケツファイター達からすらも非難轟々である。
「だまらっしゃい。参加するからには勝つのが常考なのですわ」
童女はきりっとした顔で、着かけていたプレート装備を放り捨てチェインメイルまで脱ぎ始める。
「鎧を脱ぎ捨てカモフラして隠密性を高めるのであります」
鎧下にフードとマスク、革の長靴、といった超軽量級な姿になった桃々は、そこらに生えている草葉を引き抜き茎を巻きつけ、さらには泥まで擦りつけ始めた。
「ほら、君達もやるのでありますよ」
「……分隊長さんよ、装甲を全部捨てちまって本当に大丈夫なのか?」
「ボク達は弓兵なのですわ。立ち回り方さえ間違えなければ、問題ないのであります」
曰く、負けるなんてミジンコも考えないのが三国志の子孫の思考パターンである。歳在丙申にありて天下大吉。
かくて、桃々分隊は鎧を脱ぎ捨て大量の草葉を身に纏い巻きつけ簡易ギリースーツとでも言うべきものを作り始める。
透次はというと彼また桃々と同様、プレートとチェインを外し、フード、マスク、長靴に鎧下のみの超軽量級になっていた。そして手にはズシリと重い長柄の半月斧。この重さが敵を撲殺するには頼もしい。
(BKFか……これも経験だな)
透次は戦いの勉強が出来るかなと思いこのBKFに参加を決めていたのである。集団戦は特に苦手なので学びたい所だった。
雫とその分隊の面子は魔装についてはバケツヘルメットは外しチェインメイルも脱いで、手甲、具足、ブレストプレートだけを身につけていた。腰には剣を佩き、片手には大盾を持っていた。こちらも比較的軽量級な武装である。
そして――聖羅は弓兵故に鉄篭手を外している以外はフル装備だった。鎧下とチェインの上から女性用の板金鎧に身を包み、バケツヘルムをスポッとかぶる。腰に矢筒を下げ、手には長弓を持っていた。
「能力が平均されるなら重要なのは作戦と経験になってきますね」
雫がぽつりと呟き、聖羅が頷いた。
「そうよね。どう戦いましょうか?」
赤色の瞳の少女は小首を傾げる。
学園側の五〇名の騎士達は集合すると、作戦を打ち合わせた。
話し合いがちょうどまとまった時、ドンドンドンと太鼓の音が連続して鳴り響いた。審判スタッフによる戦闘準備の合図だ。開始位置に移動しなければならない。
「それでは、手筈通りにであります」
「……頑張りましょう」
桃々と透次が言って、一同は手早く作戦をまとめるとスタート位置の荒地へと向かったのだった。
●
革と鋼の百の長靴が丘を踏みしめ、模擬戦バトルフィールド内へと侵入した。
波のうねりのように、起伏豊な土地である。
北を見やれば、まず降り坂と低地があり、そこよりさらに北には急な角度での登り坂が見えていた。
丘だ。
事前に渡された地図で見るなら「07」ラインのフィールドの東西に広がる丘であろう。
E09の平地より見ても、その向こう側を見る事はできなかった。高く聳え立っていて、視線を遮る。
ジャーンと銅鑼の音が鳴り響いた。
審判達による戦闘開始の合図だ。
時刻は正午、太陽が南の空で高い所で輝いている。
「いくわよ!」
「うおー!」
「前進だ!」
学園側部隊のうち25名は雪崩れの如く、カチャカチャと具足の音を響かせながら小走りに真っ直ぐに駆け出した。
平地を進み窪地に降りさらに北へと進んで丘を登る。
先頭に立って真っ直ぐ直進している【正面部隊】の内訳は巫聖羅、蒲剛政継、バケツ分隊長Aが率いる3分隊15人の弓兵。そして片手剣と盾で武装したバケツ分隊長BとCが率いる前衛2分隊の10人で合計25人だ。いずれもプレートを纏った重装部隊である。
聖羅達【正面部隊】は装備の重さに苦労しつつも坂道を登りきって07丘の頂上に出た。
すると、バトルフィールドの景色が一望できた。吹き抜ける冷涼な風に、森の匂いが混じっている。
「高所を確保するのは兵法の基本よね」
バケツヘルムをかぶった騎士姿の聖羅が言う。
「敵にだけ此方の動きが丸見えじゃ、最初から勝負にならないわ」
07の高い丘は東西に一直線に広がっていた。東におよそ50m行った位置からは南北方向へと広がる常緑樹の森が広がっているのが見える。西側を見ても同様だ。
北側へと目を向ければ40m程北へと降っていった低地に円状に線が引かれ赤旗が並べ立てられて円陣が作られているのが見えた。
05低地に見えるあれこそがBKFにおいて、占領すべき『陣地』なのであろう。
BKFの勝利条件は30カウントの陣地占領か、敵の全滅である。占領カウントは陣地内に味方が進入し、かつ陣地内に敵が存在しない場合、1秒ごとに進み、スピーカーが自動的に大音声で数え始めるという。
陣地より北はまた登り坂となっている。
模擬戦のバトルフィールドは中央を中心に南北東西で対称《シンメトリー》に作られていた。その全域はおよそ180m×180m程度の広さである。
聖羅達が立ったE07の丘は、フィールドを東西に二つに分けた時ちょうど中央ど真ん中、西端から見て90m程度となる位置であった。南北で見れば中央よりやや南に位置する。南端からおよそ50m、中央からは南に40m程度の位置である。
敵も03の丘を越えたならば、一目瞭然の地点だった。
聖羅ら【正面部隊】は、いわば敵の目を引きつける為の”囮”だった。
BKFでは、せいぜい旗は持っても一分隊につき一本であったが(長大な旗を持ちながら戦うのは難しいので)、彼女等【正面部隊】はそれに倍する十本の旗を所持してきて丘上に掲げていた。人数を多く見せかける為の策である。
一方の透次(斧)、雫(剣盾)、桃々(弓)らは聖羅の後方、丘の陰になる08窪地で身を潜めていた。魔具の他は鎧下とブーツのみの装備構成であるフード分隊長A(剣盾)、フード分隊長B(斧)らも同様である。
彼等【片翼部隊】は、丘上の聖羅達の索敵で敵の伏兵らが発見でき次第、敵伏兵がいる方角の森の後背へと機動し、襲撃をかける手筈となっていた。
敵は今回も森に兵を伏せている筈である。
ブラックバケツ達のナイトリーダー、アルフが戦術を変えない男であるというのならば。
「敵さんにせいぜい夢見てもらうですよ」
簡易ギリスーツに身を包んでいる桃々が一同にそう言った。「やってやるぜ」「おうよー」と分隊員達がそれに応える。
一同は敵発見の報をいまかいまかと待ちわびた。
そして、しばしの時が流れ――
何も、動きが無かった。
「……森ね。このうえなく緑ね」
聖羅ら丘上のバケツ騎士達は、ヘルムのスリット(覗き穴)から目を凝らし、索敵をしていたが、100秒以上が経過しても、生い茂る木々の緑しか確認する事が出来ていなかった。
真北に見える敵側の高丘上にも、聖羅らの目で見る限りは、誰もいないように見える。
もしも森中や正面の03丘に敵勢が既にいるのなら、聖羅達から見つからないように木々や稜線の陰に上手いこと身を伏しているようだった。
(……でもこちらが発見されてないなんて事はない筈)
聖羅は思う。
見通しの良い丘上で、これだけの人数で多くの旗を並べているのだ。まずありえない。聖羅達に向け、どこからともなく矢が飛んで来る――といった事が起こってすら良い状況なのだ。
しかし何も起こっていない。敵は聖羅達がこの丘に立っているのを認識している筈なのに。
これは、つまり、敵は『待ち』の構えなのだろうか? ガチキャンパーなのだろうか。
いや、それとも既に森や稜線の陰を使って密かに回り込んで来ているのか――?
もしくは、膠着と状態と見たならば、全体は動かさずとも、隊を分けて一部を斥候に放って来る可能性もある。
敵の位置と動きに一同は思いを巡らせる。
北からの風が強く吹いていた。
「……動きましょう」
低地に身を隠している透次が言った。
このまま待っていても埒が明かないか、敵が姿を現した時には正面部隊にとって、危険な位置にまで回りこまれてしまっている可能性があった。
片翼部隊は透次の提案に頷き、低地を通って正面からの視界を稜線の陰で切りつつ西方へと移動を開始する。
足並みを雫部隊に揃えつつ【片翼部隊】の一団は素早く森へと入った。地図上で言うならB08である。
透次とフード分隊長A(剣盾)、フード分隊長B(斧)らは北西へと進路を取り、雫、桃々らニ分隊は森を北上した。
桃々分隊は森中先頭をゆき、そして森の中に敵影を発見する。
敵の剣盾兵三名が南――つまり、桃々らの方角――を向いており、ニ名が西を向いていた。
見張りだ。
おそらく、敵の伏せ勢の背後を守る歩哨だろう。
桃々とその分隊の面々は木陰と草むらの陰に身を伏せ、様子を伺った。簡易ギリー・スーツのおかげか桃々達は敵からまだ発見されていなかった。
しかしこれ以上距離を詰めたりすれば気取られるだろう。
(どうしたものでありましょう)
背後を振り仰ぐ。
少し遅れた位置を雫らの分隊が進んでいる。
桃々は考えた。止まれ、とか、伏せろ、とか声にだして叫べば、当然、敵にばれるだろう。
そういえばそのあたりの合図は決めてなかったが、とりあえずジェスチャーする。
(……ん?)
少し遅れた位置を進む雫。
何やら草葉をまとったお化け(桃々)が木陰で身振り手振りしている。
「……全員、停止してください」
その意図を読み取った雫は小声で淡々と分隊員達に指示を出した。木陰に伏せ身を隠す。
ちらりと西を見やる。
森中からはやはり森の外の様子は見えづらかったが、しかし、透次らの三分隊が丘の頂を越え、北へと駆け下ってゆくのが見えた。
張り詰めた緊張感の中、透次らがA05低地まで進んだその時だ。
西を向いていたブラックバケツが身を低くし、東へと後ずさりを開始した。小さく声でも発したのか周囲の四名も動き始める。
(ばれた)
桃々は胸中で呟いた。
A05低地には遮蔽が無い、森からでもある程度見る事が可能だった。
一方の透次達は森中の敵にまだ気付いていなかった。
桃々は木陰より膝立ちの態勢で片手に長弓、右手で腰の矢筒より矢を引き抜き番えた。
後ずさりから東へと振り向き駆け出し始めていた敵バケツ騎士の一人へと狙いを定め、素早く矢を放つ。
ヒュッ! と空を裂いて矢が飛び、鈍い音と共に黒騎士の胴にぶちあたり、弾かれて地に落ちる。模擬矢だから刺さらないがダメージ判定は入っている筈だ。
「て――」
一射を受けた騎士はよろめきながらも何かを叫びかけたが、さらに間髪入れずに一発が撃ち込まれて倒れた。分隊員の射撃だ。【死亡】させた。
桃々分隊の隊員達はさらに二人で射撃を集中させ、もう一人を打ち倒す。
西に注意を惹きつけてからの南からの不意打ちの形になった。
が、
「敵襲ー!!」
三人目、一射しか受けなかった黒騎士が叫んだ。さすがに弓兵五人だけでは一息に殲滅とはいかなかった。他の無傷の二名も口々に叫び声をあげながら剣を抜き放ち大盾を構える。
桃々分隊はさらに射撃したが、今度は翳された大盾にガツガツと中るのみで弾かれてしまう。
黒きバケツの剣盾兵達が雄叫びをあげて突っ込んで来る。
「正面からぶつかっては不利であります! 下がるアル!」
桃々は分隊員に後退を指示し、自身も後ろへと駆け出した。
他方、
「一人の敵を二人で狙ってください。突撃!」
雫とその分隊が前進を再開していた。
後退する桃々達と入れ替わるように前に出て、黒騎士達と激突する。
大盾と大盾がぶつかり、片手剣が薄暗い森中で木洩れ陽を受け鈍い輝きを放ちながら閃き踊る。
雫分隊の隊員達は、一人が敵の正面で対峙し、一人が敵の横手に回りこんで斬りかかってゆく。
雫は一対一だった。
銀髪赤眼の少女は片手剣を担ぐように振り上げると、相手の顔面へと鋭く打ち込みを仕掛けた。合わせて踏み出した具足が森の柔らかい土に沈む。緑の匂いがした。
鋼鉄の剣が唸りをあげて空気を斬り裂き、三日月の軌跡を描く刃が向かう先の黒騎士は、体前に構えていた大盾を上に無造作に持ち上げた。
黒塗りの武骨な大盾の表面に鋼の剣が激突し、鈍い音が巻き起こる。
次の刹那、盾が前に出た。
雫の剣が押される。盾が横に動く。剣が横に流れる。同時、黒騎士は片手に持っていた剣を矢の如くに突き出して来た。雫もまた身を捻りざま大盾を動かす。
衝撃。鈍い音共に剣先が盾の表面を叩いた。
黒騎士は剣を頭上にあげ、盾を身に引きつけつつ、さらにぶつかるように踏み込んで来た。
シールドチャージ。
雫は姿勢を沈め、同じく盾を構えて受け止める。
再び、ガッ!と重く鈍い音と共に激突。重い。至近戦の押し合い。
黒騎士がぐいぐいと盾を押し込んでくる。
雫は重量差で押された。フル装備の敵の方が遥かに重い。
がちゃがちゃと甲冑の音が鳴り、盾と盾が擦れて耳障りな音を立てる。
雫は後ろに飛び退いた。相手もぴたりと前に出てくる。再び盾と盾がぶつかる。よろめく。雫はフック気味に剣を繰り出した。盾を迂回し剣先が相手の腰の隙間を目掛けて襲い掛かる。黒騎士が僅かに身を沈めた。鈍い手応え。甲冑を叩く甲高い音。剣先が弾かれる。
120cmの雫より遥かに上背のある黒騎士は、身長差を利用した。雫の盾の上に剣を乗せ、滑らせながら切っ先を突き降ろして来る。雫は素早く首を横に傾けた。耳のすぐ隣を鋼鉄の剣の鋭い切っ先が突き抜けてゆく。まったくの手打ちだったが、兜がないと無視できない一撃だ。
その時である。
横手から、長柄の半月戦斧を振り上げ、フードにマスクに鎧下姿の男が疾風の如くに突っ込んで来た。陽波透次だ。
黒瞳の青年は雫と激突している黒騎士へと戦斧の間合いまで踏み込むと、重量を乗せて竜巻の如くに振り抜いた。
肉厚の斧刃が唸って空を切り裂き、黒騎士のプレートの無い腿の裏側に炸裂する。騎士が苦悶の声をあげた。その身を仰け反らせるようによろめかせる。
瞬間、雫は身を捻りながら大盾を押し込みつつ横に払った。合わせられていた盾と盾が横に流れる。黒騎士がさらに大きく態勢を崩す。
少女の赤眼が黒騎士を見据えた。
銀髪の少女は、稲妻の如くに鋼鉄の片手剣を突き出した。下方から鋭く伸びた剣の切っ先が、黒騎士の首元、甲冑の隙間に突き刺さる。雫は、打ち込める箇所で最もダメージが大きそうな箇所を見定めていた。
黒騎士は「ごぉっ」とカエルが潰れたような苦悶の呻きを洩らし、身を硬直させその場に崩れ落ちる。どうやら【死亡】判定まで入ったらしい。
見やれば、残りの二名の黒騎士も倒れていた。分隊員達が上手く連携して斬り倒したようだ。
しかし、
「東方向、敵影!」
当然、敵は五人の歩哨達だけではなかった。フード分隊長らが声を上げると同時、木々の合い間を縫ってヒュヒュヒュッと矢が黒い嵐と化して飛んで来た。十五発。
鎧下姿の斧兵達に矢が次々に命中し、バタバタと倒れてゆく。林立する木々のおかげで命中率は落ちているようだったが、それでも五名あまりが【死亡】した。装甲が薄い。一発で倒れる。
「集合してください!」
「集合を!」
透次と雫は即座に声を張り上げた。
雫分隊の剣盾兵達は素早く駆け足で集合した。最前列に横一列に並んで大盾を構える。さながら盾の壁だった。フード分隊長A(剣盾)らがその背後に並び、頭上に斜めに大盾を翳す。
木々の彼方より矢が再び一斉射撃され嵐の如くに襲い掛かって来る。
が、今度はガツンガツンと雫分隊の大盾に中って弾かれるのみだった。損害ゼロだ。
透次やフード分隊長Bらの斧兵達は盾の壁の後方で身を低くし陰に隠れてやり過ごしている。
桃々分隊は大きく後退して距離を開けつつ木々の陰から陰へと移動して敵の側面へと回り込んでゆく。
一方。
「敵影発見!」
丘上の【正面部隊】は北西の森の中に蠢くブラックバケツ達の姿を発見していた。西からの【片翼部隊】との戦闘に入った為、東南の丘上からの視線に注意している余裕がなくなったのだ。
「弓兵隊、北西の森へ援護射撃開始!」
聖羅は周囲へとそう指示を飛ばすと、自身も長弓に矢を番え、矢継ぎ早に連射を開始した。丘上から西森へと矢が降り注いでゆく。15人の弓兵達が撃ちまくってゆく。
距離があり、木々がある為、命中率は低いが、それでも黒騎士達に被害が発生し始める。数を撃てば中る、という状況だった。さらに丘上からの撃ち下ろしな為、威力と精度が上昇している。三名の黒騎士弓兵がバタバタバタと倒れた。
すると、ジャーンジャーンジャーンと銅鑼の音が森中より鳴り響いた。
森中の黒バケツ部隊前衛が【片翼部隊】へと突撃を開始し、さらに北方の03高丘の陰より25名程の黒バケツ達がわらわらと出現して、丘を駆けくだり南に向かって突撃して来る。
聖羅はそれを眺め胸中で呟いた。
(やっぱり盾が前に出てきてるわね)
敵は10名の大盾持ちが最前列に壁を作り、その後方に隠れる形で斧兵が続いていた。
「打ち方止め! 弓兵隊、曲射で一斉射撃の準備よ! 目標、北方、敵部隊斧兵、構え!」
聖羅は指揮を発し、自らも弓に矢を番え引き絞った。
鏃が向けられる先は――空。
「――テェッ!!」
丘上の弓兵達は一斉に空へと向かって矢を放った。
15本の矢が空へと打ち上げられ、それは空高くで勢いを無くして止まり、そして落下を開始する。
重い鏃を下にして落ち始めた矢は、みるみるうちに加速し、やがて唸りをあげて地上へと落ちてゆく。矢は、突撃する黒騎士達の頭上へと雨の如くに降り注いだ。多くは外れたが、うち三本が一人の剣盾兵と二人の斧兵へと命中し、うち一本は頭部へと炸裂して、その斧兵は一撃で倒れた。
「弓兵隊、もう一発いくわよ! 構え――テェッ!!」
再び矢の雨が黒騎士達へと降り注いで行く。矢の多くは荒地に突き刺さり、そして残りは頭上に翳された大盾に中って弾かれた。斧兵はしっかり陰に隠れている。一方向からのみの射撃ではもう効きそうに無い。
黒バケツ達が陣地に到達した。カウントが開始される。しかし大盾持ちの二名が足を止めて陣地に残ったが、残りはさらに南へと駆け、丘を登って来る。丘上の聖羅達を狙っているようだ。
「旗を振って角笛を吹いて!」
カウントが響いている。
なんとかしなければならない、陣地を。
だが突撃してきている敵、剣盾が8名に斧兵が14名で計22名。
こちらの剣盾兵は10名。10名だけの剣盾兵だけ突撃させてもどうにもならないだろう。しかし放置すれば占領負けだ。
旗が振られ角笛とカウントの音が響く。
黒騎士達が丘上へと迫って来る。
「総員抜刀!」
甲冑姿の少女は弓を背の留め金に納めると腰のベルトから短刀を抜き放った。
蒼い空へと振り上げる。
「目標、北方正面黒騎士部隊――」
そして、
「突撃開始っ!!」
その切っ先を振り下ろした。
●
他方、森中、黒バケツ達が突撃してくる。
透次や雫達もまた一塊になって突撃を開始していた。
敵は剣盾5名と弓兵15名のみ、斧はいない。盾壁の前では矢は効かぬ、混戦となったら味方が邪魔で撃てぬ、と見たか弓兵達も短刀を抜き放って突撃してきている。
矢撃がないと見た透次は号令を発し、盾の壁より脇へと飛び出した。他の斧兵達も同様に飛び出す。
斧兵達が敵の剣盾兵目掛けて猛然と襲い掛かってゆく。雫ら10名の剣盾兵もそれに並走した。
【片翼部隊】の近接組15人VS黒バケツ20人の激突だ。
「貴様等、フゴーの孺子よりはやるようだな!」
敵には、金で要所が縁取りされた黒塗りのバケツをかぶった黒騎士――アルフの姿もあった。
「だが勝つのは我々だ!」
「……その首貰います」
透次は叫ぶアルフに迫ると、一歩を踏み込みつつ長柄半月斧を閃光の如くに突き出した。
アルフが盾を翳す。激突。鋭く尖った先端が大盾に突き刺さり、そして一撃で破砕した。盾は光の粒子と化して虚空に消えてゆく。アルフからの反撃は無い。透次のそれはリーチを活かし、剣の間合いに入られる前に繰り出された一撃だった。
盾を砕かれてもアルフは止まらず、果敢にさらに踏み込んできた。剣が振り上げられる。
透次は素早く後方に一歩を後退した。鎧下だけなのでフットワークが軽い。黒瞳の青年は長柄半月斧を素早く引き戻しつつ、持ち手を滑らせて柄を短く持ち直し、そして薙ぎ払うように長柄の半月斧を旋回させ、アルフの腹へと横殴りに斧頭を叩きつけた。
鋼と鋼が激突して鈍い音が盛大に鳴り響き、衝撃でアルフの動きが止まる。
(――隙)
それを見て取った透次は、また一歩を後退して間合いを広げると、持ち手を滑らせて長く持ち、長柄斧を斜め下へ薙ぎ払うように鮮やかな弧を描いて振り抜いた。
重く武骨な斧頭を持つ長柄半月斧は、唸りをあげて加速し、弧を描く一閃はアルフの膝裏、装甲の隙間に直撃した。さらにアルフの態勢が崩れる。
透次は間髪入れずに素早く長柄斧を最上段に振り上げ、落雷の如くに相手の脳天目掛けて振り下ろした。
「ちょ――」
アルフがたまらず声を洩らした。一方的と言って良い連撃である。アルフは咄嗟に頭上に片手剣を振り上げて受け止めんとしたが、遠心力と重さの乗った両手長柄重武器は片手剣の刃と激突し、しかし、その防御をもろともせずにそのまま押し切って脳天まで剛撃で打ち抜いた。
ばたりとアルフが倒れる。【死亡】判定だ。長柄半月斧と片手剣盾の対決では斧の方が有利。さらに立ち回りの技量差もあって透次VSアルフは圧倒的な差で決着したのだった。
透次ほどではないが【片翼部隊】の矢で倒れなかった他の斧兵四人もまた、竜巻の如くに暴れ回り、猛威を振るってゆく。
だが、乱戦になっていた。
雫は短刀を持って迫ってきた弓兵の一人へとその喉元目掛けて鋭く片手剣で刺突を放った。弓兵は身を捻って肩当てで切っ先を逸らしつつ踏み込んで来る。短刀の切っ先が、雫の腹目掛けて伸びて来る。雫は後ろに軽やかにステップした。短刀が届くよりも前に、間合いを広げつつ、敵の手首を狙って払うように剣を繰り出す。後退しながらの一撃がバスッと敵弓兵騎士の手首に決まって、彼は倒れた。動脈を断ったと見て【死亡】判定が入ったようだ。
その次の瞬間、
「うっ!」
雫は後頭部に衝撃を感じた。視界が回る。鎧下が締まり全身が拘束された。
身動き出来なくなり、ばたりと銀髪赤眼の少女が倒れる。雫、【死亡】である。
(後ろ、です、か……)
弓兵が一人、短刀を手に雫の背後に回りこんでいた。
角笛の音が聞こえた。数で勝る敵弓兵は、その一部が二対一で学園側の剣盾兵にあたっていた。一人が正面で短刀やそのプレートアーマーの装甲で剣撃を良く受け流している傍ら、もう一人が側面や背後に回りこんで短刀で斬りつけ、突き刺してゆく。
雫分隊の剣盾兵がバタバタと倒されてゆく。
しかし、もう一方の剣盾兵分隊、フード長とその分隊員達は簡単には倒れなかった。透次の指揮の元、彼等斧兵達と共に連携して互いの死角を潰しあい奇襲を許さなかったのである。
桃々分隊はこの乱戦の中、敵の後方より忍び寄ると二人一組で襲い掛かり、その喉を掻っ捌いて回っていた。敵もその存在をわかってはいたが、透次らとの攻防により強制的に注意を逸らされる為、どうしても意識が逸れる瞬間が出来てしまうのだった。桃々達はそこを突いて次々に背後討ちを決めてゆく。
かくて学園側は透次と桃々含め斧兵三人と剣盾兵三名、弓兵四名が生き残りつつ、森中の敵を殲滅する事に成功する。
が。
「占領カウントが――」
森の外から聞こえて来る占領カウントは既に二十を超えていた。
(……正面はどうなっている?)
透次と桃々ら生き残りの【片翼部隊】は森の東へと駆けるのだった。
●
他方。
現状では射撃は通用しないと見切った聖羅は丘上より駆け下り、勢いをつけて突撃を仕掛けていた。
丘の斜面、聖羅達が迫ると、黒バケツ剣盾兵の陰より黒バケツ斧兵達が前に進み出てきた。
そして、長柄の半月斧をカウンターの形で突き出し、あるいは、竜巻の如くに振るった。
味方、剣盾兵10名、弓兵15名。敵、剣盾兵8名、斧兵14名の激突である。
学園側の剣盾兵は盾を砕かれ次々に叩き伏せられてゆく。短刀で突撃した弓兵も同じく斧兵の一撃に叩き伏せられ、あるいは、剣盾兵の剣と盾にその突撃を跳ね返される。
「くっ……!」
聖羅はそれでも怯まずに相手の懐へと飛び込まんとした。
だが、斧兵の一閃に強打されて押し留められ、リーチの差を活かした連撃の前に踏み込めない。
懐に入れない。
短刀が届かない。
「む、無念、だわ……」
リーチ差により一方的に連打を受け、やがて【死亡】判定を受け、聖羅もまた全身の鎧下に拘束されて倒れてしまったのだった。
聖羅ら【正面部隊】を殲滅した黒騎士達は勝利の雄叫びをあげると、中央の陣地へと戻った後、西の森へと向かった。
やがて、銅鑼の音と共に森から桃々らが矢を放ち、透次達が突撃してきたのを、陣地より西の低地にて矢を大盾で受け止め、突撃には長柄の半月斧を振るって跳ね返し激闘を繰り広げた。
そして、敵味方のその半ばが倒れた頃、占領カウントが30に達し、アルフらジンオダイ社の黒バケツ騎士達の勝利が、確定されたのだった。
かくて、黒バケツ達はまたも高笑いをあげて去ってゆき、蒲剛少年は「負けはしましたが……奮闘、有難うございました」と学園生達に礼を述べ、肩を落としてとぼとぼと去っていった。
BKFはなかなかきつい戦場であるようだった。
了