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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/27


みんなの思い出



オープニング

 朝――空は抜けるように青く、太陽が真っ白にギラギラと燃え盛っている。
「もうじき見えてくるぜ!」
 本州より南の海へと飛んだヘリの機内、ヘッドセットとサングラスをつけた西洋人の中年が、騒音に負けぬようにか大声で叫んだ。流暢な日本語だった。
 その言葉の通り、貴方達がヘリの窓ガラス越しに彼方をみやれば、エメラルドブルーの海の上に浮かぶ、巨大な人工物がやがて見えてきた。
「あれが、フゴー社のアミューズメント・メガフロート、南海に浮かぶ夢の島、I・o・E(Island of Elysion)だッ!」
 日本国が保有する赤道に近い排他経済水域に浮かべられた巨大人工浮遊島。
 学園にも巨額の資金を寄付しているという一代の巨人である資産家の蒲剛家が設立し大半の株式を保有しているフゴー社がこの冬に完成させたという、巨大リゾート、行楽地である。
 フゴー社曰く「庶民へ向けての」との事だが、この時勢に南海に浮かぶこの島を訪れるような余力があるような階層の人間というのは、それだけで一定以上の財力を保有していると証左しているに他ならない。要するに小金持ち向けのアミューズメント施設だ。
 学園生達はヘリに搭乗し、この『南海に浮かぶ楽園の島』を目指していた。
 何故か?
 天魔はどこにでも出没する。
 今はまだIoEの周辺に天魔が出没したという報はないが、いつ出現しても何の不思議もない。
 そして、当たり前だが、こんな太平洋の真っ只中まで撃退署が満足に警備できる訳がない。
 つまり、蒲剛社は自力で天魔らからこの楽園島を守る必要があった。
 そこで、蒲剛家の御曹司・蒲剛政継は貴方達に島の警備を依頼したのである。この島を守ってくれと。
 しかし、世界各国の小金持ち達が日々の生活の疲れを癒す為に、一時の安らぎと楽しみを求めて集まってくる夢の島である。あまりにものものしく警備しては興に水を差す事となりかねない。
 そこで、平素は一般の客のふりして場に混じりつつ、有事の際には素早く駆けつけて警護にあたる――覆面警備員が求められた。
 蒲剛政継が貴方達に依頼した警備任務とは、この覆面警備員の役割であった。
 表向きの警備員は少数の強面の企業専属の撃退士が勤め、客に混じっての警備は若い学園生達が行う、という寸法である。
「へえ、つまりは何事も起こらなければ、遊び呆けてて良いって訳かい? チクショウ、羨ましい仕事だぜ、HA・HA・HA!」
 貴方達から事情を聞いたヘリパイロットの中年男は、俺もいつかは嫁さんと娘を連れて遊びに行ってみたいものだ、と陽気に笑っていた。
 実際、今回の警備では天魔は襲ってこず、撃退士達はその対天魔の力を振るう事なく終わる事になる。


 常夏の領域、永遠の夏の島。
「やあ、よく来てくださいました」
 立っているだけで汗が吹き出て来るような気温の島に到着しヘリポートに降り立つと、アロハシャツにハーフパンツ、サングラスをかけた十四歳の御曹司、蒲剛政継少年が、やはりアロハな風体の二人の男を従えて、貴方達を出迎えた。
 今日は良家の坊ちゃんというより、完全にどこぞのチンピラか行楽地で浮かれてる若いアンチャンといった風体である。
「ははは、この島だとこのような感じの方が溶け込めて良いのですよ」
 白い歯をキラリと輝かせニヤと笑い蒲剛少年はそんな事をのたまった。
「さ、こちらへ、皆さんの担当区域についてご説明いたします」
 IoEは多数の娯楽施設を持つ巨大メガフロートであり、娯楽といっても種類は色々ある。
 今回、貴方達に任されたのは野外の遊泳施設関連の警備だった。
「――と、まぁこんな感じですね」
 政継少年はホテルの一室で、スクリーンに映像を映し出しながら貴方達に施設の説明を行なった(解説参照)。
「水着や浮き輪など水周りでの覆面警備に必要なものがあったらおっしゃってください。用意させますので。また飲食なども度が過ぎなければ経費で落としますので、本日の警備終了時に報告してください。それでは今日の日没まで、どうかよろしくお願いいたします」


リプレイ本文

「何処までも広がる青い空と白い雲、エメラルドブルーの海!」
 燦々と輝く南国の陽光に紅玉色の瞳を眇めつつ"これぞ楽園ってカンジだな"と小田切ルビィ(ja0841)は呟く。
 186cmの長身の銀髪青年は、本日はテンガロンハット型の麦わら帽子を被り、Vネックのシャツに袖通し、クロップドパンツにサンダルといった洒落た装いで旅行者に扮している。
 されど、
「――被写体にも」
 色んな意味で、
「事欠かないぜ……!」
 と述べる彼が手にしているのはいつものカメラ。ザ・新聞部。
 一応(覆面)警備が仕事なのだが、遊泳区画で一人でカメラって逆に警備員にしょっ引かれないかコレ、と思われし所である。しかし、警備上必要なのだとして通常警備員の強面企業撃退士達には話を通してある。清く正しく職権乱用。
(ターゲット接近。これよりミッションを開始する……!)
 青年がヤシの木陰から構えるカメラレンズが向かう先、そこには七人ばかりの女子の一団がいた。
「警備……といっても、今は特にやる事は無さそうだな」
 すらりと流麗な曲線を描きながら伸びる脚、腰まで伸びる艶やかな黒髪、モデルのような長身を黒のモノキニ水着に包んだ美女、天風 静流(ja0373)が島内の平和な光景を見渡しつつ呟いた。
「有事の際の、という事ですからね」
 隣でそう答えるのは同じく腰までの長さの黒髪を持つ小柄な娘、神楽坂茜だ。本日は白のビキニに身を包んで、その上からパーカー型のラッシュガードを着込んでいる。
「何事も無く済むと良いな」
「その間ずっと遊べますしね」
 静流の呟きに対し銀髪赤眼の娘が微笑して答える。ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)だ。その豊な肢体を茜と同様に白のビキニに包み、細いくびれから曲線を描く腰にはパレオを巻いている。
「周囲に緊張を与えないよう自然に場に溶け込むように、という事ですし、遠慮なく楽しみながらいきましょうか♪」
 170cmの身に89‐56‐87というニトログリセリンを主剤とする爆薬的肢体を、翡翠色のビキニに包み、腰に青色のパレオを巻いた娘がにこっと微笑した。頭の後ろで結い上げた黒髪、紫色の瞳、和風サロン「椿」の十七歳の女将、木嶋香里(jb7748)である。
 そんな、ないすばでぃな女子陣をレンズに捉えつつルビィは、
(目の前には輝く自然、そして弾けんばかりに瑞々しい女体……!! しかも、学園のアイドル()であるカイチョーも来ているこのチャンスを、みすみす見逃すブン屋は居無ェ!)
 とカイチョーが聞いていたら「どうせ『()』つきですよーっ!」とか叫びそうな内容を胸中で呟く。
「ジャーナリスト魂に懸けて……劇的瞬間を我が手に……! 上手く行きゃあ部数UP間違い無しの上、写真集発行ってのも夢じゃないぜ!」
 ヤシの樹の陰からカメラ構え、皮算用の野望を燃やすルビィ。
 それはそれとして完全に不審者である。警備のオッチャン達に予め話を通しておいて良かった!
 他方、陽波 飛鳥(ja3599)――赤髪をポニーテールにした若い娘である。本日は主に胸元などにふんだんにフリルがあしらわれたオレンジ色のビキニに身を包んでいる――は、同行者達の姿を、魂が半ば抜けかかっているようなさまで見つめていた。
「ぐらまー……」
 呟かれる言葉もまた"ひらがな"である。意識と視線は己に無いものに集中されている。いや、正確に言えば己にもあるのだ。だが、量が違う。
 香里、ファティナ、眩しい白肌はたわわに実った果実のように豊な曲線を描いている。薄布に重たそうに包まれているそれらは動作の度に揺れている。文句なく大きい。
 茜、パーカーに隠されているが、その布地の盛り上がりはかなりの大きさを示している。やはり大きい。
 静流、均整の取れた引き締まった身に普段は中性さを感じさせる雰囲気ながらも今は女の象徴であるそれがしっかりと示されている。なんだかんだで大きい。
(私はファティナさんにセクハラっぽい事はされない――神楽坂さんや天風さんはされるのに)
 やっぱり胸か?
 胸囲の戦闘力の差なのか?!
 と、スレンダー系娘は、むぐぐと感情を噛み締める。
(いや、されたいわけじゃないけど!)
 そう、決してセクハラされたい訳ではないのだが、
(でも少し寂しい)
 乙女心は複雑だ。
「ふふ、親の仇みたいに見ても仕方ありませんよ?」
 そんな中、不意に声が聞こえたと思った瞬間、飛鳥は背中に柔らかさを感じた。
「ファ、ファティナさん?!」
 いつの間にか移動していたファティナが飛鳥の背後から抱きついたのである。
 実際にやられるとなると大層恥ずかしいものである。しかも道端。小金持ち向けのこの人工島は広大で、人も都会程に往来している訳ではないが、しかし、そこそこ賑わっている。いつ周囲から好奇の眼差しが飛んで来るかも解らない。
 そんな中、ファティナは飛鳥を背後から抱きつつ、頬ずりしながら言う。
「女性は胸だけではありません。そう、例えば……お腹とか」
 とファティナは片手を滑らせて前に回す。するっと伸びてきた白手に対し、飛鳥は顔を真っ赤にしながらガシッと必死に掴んだ。腹部は今は勉強漬け運動不足で弛みがちになっているに違いないのである。だから、絶対に触らせる訳にはいかないのである。
 右手をガードされたファティナは、それでは、と左手を己と飛鳥の身の間に滑らせ下の水着へと伸ばし――
「――お尻とか」
 つんと引き締まっている尻をむにっとむにる。
「ひぅっ!」
 びくんと仰け反る飛鳥。
(……、そろそろセクハラ大魔王の称号でも進呈しようとか言いたくなる)
 静流は真昼間から展開されてる光景を眺めながらそんな事を胸中で呟く。
 本人、挨拶代わりみたいなものと言っていたが、静流としてはその割には執念が凄い気が、と思うのである。
(そのうち会長にも仕掛けるんだろうが、私にもやってくるんだろうか)
 もう趣味だろうアレ、と。
 静流が胸中でそんな呟きを洩らしている最中、ルビィはファティナにむにむにされている赤毛のビキニ娘にレンズを向け、カシャカシャカシャ! とどこぞの記者会見のそれの如く猛烈な勢いで連続撮影を開始する。美少女のあられもない姿、部数UP間違いなしだ! とばかりの高速連写である。
 だが、その連写開始の時折り悪く「ちりんちりーん!」とベル鳴らし何故かラーメンの岡持ちを担いだレトロな自転車がハイテク人工島の遊泳場の道へと突っ込んで来た。南国のラーメン出前のアンチャンは、よろんよろんと自転車を蛇行操作しながら低速でルビィのカメラの前を横切って過ぎ、ルビィは『蔵林軒』と描かれた岡持ちしか撮影する事ができない。
「Verdammt!」
 ルビィは運命を罵った。部数UPへの道のりは険しい。再びルビィのレンズが飛鳥を捉えた時には、既に彼女はファティナの腕から逃れて地面にぺたんと尻をついて座り、パーカーを羽織って己の身を抱いていた。
「ファティナさんのえっち……」
 涙目でぐすりと赤毛の娘はファティナを見上げる。
 視線が向けられた先のファティナは、
「ふふ、綺麗な身体してるのですから自信を持ちませんとっ♪」
 と、とても良い笑顔でデジカメを取り出すと今度は涙目の飛鳥の写真をパシャパシャと撮影し始める。ファティナの胸中に曰く、
(すねる姿も可愛い……!)
 ジャスティスである。
 この手の事に関して実はこのドイツ貴族はとってもフリーダム。知ってた。
"駄目だ、この友人はやくなんとかしないと……"と静流が思ったのかどうかは定かではない。ルビィは今度こそとシャッターを切りまくっている。
「ファ〜ティ〜ナ〜さん〜?」
 ごごごごとオーラを徐々にこみあげさせながら飛鳥が目を光らせる。
「あ……あらっ?」
 さすがにやりすぎたかしら、とピタッと撮影の手を銀髪娘は止める。
 が、時既に時間切れ、がしっと飛鳥はファティナの腰に取り付くと、
「ちょ、ちょっと、やめっ――!」
 その白い脇腹へのくすぐり攻撃を開始する。
 くすぐったさにファティナは身を捩じらせて飛鳥の指から逃れんとし、飛鳥は腕をファティナの細身にまわしてホールドして逃がさんとする。
「何をやってんのや」
 紫色のホルターネックビキニに身を包んだ赤髪の娘――大鳥南が二人の一連の応酬に対し額をぺしりと抑えて呆れ顔で述べ。
「仲が良いという事だろう。良い事だ」
 うんうん、と黒のチューブトップ水着姿の銀髪娘――鬼無里 鴉鳥(ja7179)は頷いたのだった。


 その後、一同は"浮島渡りサバイバル競争"を行なう事にした。
「よぉ、なんか面白い事やるんだって? 俺も混ぜてくれよ」
 サーフパンツ姿に着替えた小田切ルビィはプール前に集まっている女子陣に声をかける。
「あれ? 小田切さん、他のところ見て来るんじゃ……」
 パーカーを脱いでる途中のビキニ姿の黒髪娘が白い肩出し姿で小首を傾げる。
「あぁ、そっちはもう済んだ」
 そんな事を話しつつルビィも合流して参加する事となった。
「でも小田切さん、ジャーナリストの貴方には釈迦に説法でしょうが世の中肖像権・人格権などがありますから、皆さんからの許可無く撮影とか撮影とか撮影とかは駄目で駄目で駄目ですからね?」
 会長からクギが三連打で飛んで来る。ルビィが新聞部であるのは周知の事実だ。
「ああ、勿論わかってるぜ」
 ニヤリとルビィは笑いつつ水着に忍ばせているデジカメの位置をさりげなく確認する。
 もし撮っているのがバレたら――この小柄な黒髪会長は阿修羅である。何気に学園最強の一角である。
 しかし、
(男には例え負けると分かっていても、死ぬと分かっていても――やらなけりゃあならねえ時があるんだ……ッ!!)
 ルビィ式男の生き様である。覚悟完了済みである、色々な意味で。
 例えば一つ、そう、その愛用デジカメLv5――水に落ちても大丈夫なのか? とかである。読者諸君はご存知だろうか、機械というのは水濡れからのショートのコンボで壊れると本当に漫画表現のように煙を吹く、という事を。
 されどである。
 ルビィとしては、大昔に存在したTV番組『●●だらけの水泳大会。ポロリもあるよ☆』的な展開が期待されるところであり、この機会を逃す訳にはいかないのである。故に、生死を懸けたギリギリの攻防の中に垣間見える"真実の瞬間"を捉える為、愛用のデジカメを携え……敢えて我が身を死中へと投げ込んだのだ!
"ああ、彼は勇者だ!"
 と観客がいたら言ったに違いない。本当か。
「で、これがコースか……」
 プールサイド、黒のチューブトップビキニに身を包んだ金と赤の瞳の銀髪娘、鬼無里鴉鳥が呟く。
 選ばれたコースは超上級コース。
 正気か、と思わずその精神を疑われそうなフゴー社プレゼンツの時代錯誤な金にあかせて作った鬼畜難易度を誇るコースである。その鬼畜っぷりは一同以外の利用客がコースにいない事からも伺い知れる。
「ルールはシンプルね。全員同時スタートで先にゴールした人の勝ちよ」
 パーカーを脱いで再びオレンジのフリルビキニ姿になった陽波飛鳥が説明する。
「水に落ちても戦闘不能まではアウトにならないわ。武器とスキルは使用禁止。素手の妨害はOK。あとは浮島を壊さない事、かな」
 なかなか過激である。
(……これは、私の早期の脱落は目に見えているなぁ)
 誘われて逡巡しながらも参加した鴉鳥であったが、実は元カナヅチなのである。
 戦場を除けば、縁側で茶を啜っている方が性にあっているのだ。マイペースが実態なのである。
 ファティナが「優勝者にはこちらを進呈ですよー!」と掲げて見せた壷づけカルビLv5(拘りの黒毛和牛を手作業できめ細かく余分な脂、筋などをトリミングして一枚一枚丁寧にカットし秘伝のタレに漬け込んだ絶品のカルビ)は気になる所だったが、
「…………」
 ちらりと向ける視線の先には、布地の多い黒モノキニにすらりとした均整の取れた長身を包んだ黒髪美女が立っていた。
(静流殿は化物であるしなぁ……)
 体力的に勝ち目が薄そうだ、と思う鴉鳥である。
 そんな静流はコースを眺めて、
(初めから終わりまで気を張り続けるのは厳しそうだし、配分は考えた方が良さそうだね)
 とそんな事をつらつらと考えていた。貫禄の優勝候補の一角である。
「勝負とあっては負ける訳にはいきませんね!」
 茜がきりっと闘志を燃やし、
「楽しんでいきましょう♪」
 香里はにこにことマイペースだ。
「それじゃ皆、位置についてーなー」
 審判役を請け負った大鳥南が声をあげる。
「よーい……どんっ!」
 合図と共に各員一斉にスタートし、蒼い水が広がるプールに浮かべられた浮き島へと跳び移った――のだが、中にはそうしなかった者もいた。
 飛び出すタイミングを半拍ずらしたファティナ・V・アイゼンブルク、茜が浮き島の一つに跳び乗ってバランスを取る為に動きが止まったその一瞬、狙い澄ましてその白い背中へと飛びついた。
「ティ、ティナさん?!」
「私は優勝には興味がありません。私の目標の一つは――」
 激しく揺れ、またつるつると滑る不安定な浮き島の上で、ファティナは茜の細身に背後から腕を回し、組み付き、叫ぶ。
「茜さんを揉みまくる事です!」
「 」
 バシャーンと水しぶきをあげて茜とファティナが水中へと落ちて行き、静流はその傍らを跳躍しながら浮島を跳び移ってゆく。静流の胸中曰く「予想はしてた」。
「これは、いきなり"真実の瞬間"……っ?!」
 小田切ルビィは比較的大きな浮島に跳び移って着地すると膝をつきスチャッとデジカメを構え、パシャシャシャシャシャ! とシャッターを切り始める。
「ひゃっ! お、小田切さん、と、撮ら、な、いって!」
 ファティナに後ろから絡みつかれつつ水面に出て来た茜が気付いて叫ぶ。
「悪いな、これも部数UPの為だ!」
「いやあっ! やめてぇ!!」
 顔を真っ赤にした茜が叫び身じろぎする中、ファティナは茜の水着の中に手を滑り込ませてぐにんっぐにんっと縦横無尽に動かしてゆく。沈み込む指を受け止める白い肌は柔らかく、水の冷たさが肌の暖かさを際立たせ触れ合う心地よさを伝える。
 まさにセクハラ大魔王。
 次の刹那。

ドゴォオオオオオオッ!!!!!

 盛大な轟音と水柱と共に真紅のオーラがプールから噴きあがった。
 ひゅるーんと吹き飛ばされたファティナが宙に打ち上げられてゆき、ルビィは激しく揺れる浮き島にしがみつきながら驚愕する。
「今の技は……?!」
 灼熱のオーラを纏い無数の眩い光粒子を周囲に浮かべ宙に浮かびあがった黒髪娘は"にこっ"と小田切ルビィへと笑いかけた。
「――小田切さん、墓標に刻む言葉はありますか?」
「待った会長、スキルの使用はルール違反――」
「貴方を殺(戦闘不能に)して私も死に(失格になり)ますッ!!」
「 」
 爆音と共に真っ赤に燃える女の右脚が鞭の如く唸り、小田切ルビィ、水の底に沈んで戦闘不能、脱落。神楽坂茜、反則、失格。
 他方。
「ふっ、跳躍が要のこのゲームでは胸が軽い方が有利!」
 陽波飛鳥はぴょんぴょんと軽快に浮き島を渡っていた。けいそうこう ゆえ きどうりょくは ばつぐんだ!
 不安定に揺れる小さな浮き島もなんのその、沈む前に跳躍して次に渡り、放水も身を捌いてかわし、コース上回転しながら迫る棒も軽快にジャンプしてかわす。
「優勝はいただいたわ!」
 と、棒を跳躍してかわした瞬間である。身動きの取れない宙で、横合いから消防車の放水の如き水流が複数本、怒涛の勢いで襲い掛かって来た。
「きゃー!」
 かわした先にトラップ、鬼畜難易度では基本セットである。
 身に水流を勢いよく受けたフリルビキニ姿のポニテ娘が、飛沫をあげながら横に吹き飛ばされてゆく。やがて、ぼしゃんとプールの中に落ちた。
「う、うぅ、侮れないわね……」
 衝撃でずれた水着を水中で直しつつ、飛鳥は手近な浮き島の一つに辿り着き――安定性が悪いのでしがみつくようにしてなんとかよじ登る。
 その矢先、
「悪いね、お先に失礼」
「あっ、静流さん!」
 モノキニ姿の天風静流が長く艶やかな黒髪を宙に靡かせながら、ふわっと跳躍して軽快に飛び越え、飛鳥を追い抜いてゆく。
 静流の後は鴉鳥と香里が続いているが――鴉鳥が軽快なのに対し、木嶋香里は跳躍の度にたゆんたゆんと翡翠色のビキニに包まれた89cmの見事な曲線が弾んで微妙に速度が落ちている。
「きゃっ!」
 香里は揺れ滑る浮き島の上で左右の手を広げてバランスを取り、転倒を堪える。
「皆、早いわね」
 エンジン出力が同程度ならばやはり飛鳥の言の通り、こういうのは余計な重心がかからないスレンダー級な方が有利なようだ。
 しかしそのあたりを意にかえさない者もいる。
 先頭に立った静流は腿の高さに迫る回転棒を、すらりと伸びた長い脚を上げ、身を捻りながら回るように跨いでかわし、続く放水も跨いだ勢いのまま回りつつ蹲んでかわす、そして再び前方に向き直ると足場の浮き島が沈みきる前に次の島へと跳躍した。
「さて」
 静流は軽く息を吐く。安定性の良い沈まない大きな浮き島でしばし集中力を整える。見渡す彼方、陽光に輝き揺れる蒼い水面には小さな浮き島が点々と続き、回転棒を備えたブイがその付近に浮遊し、一定の間隔で断続的に横から宙に放水がなされている。
 どう攻略してゆくか。
 そんな事を考えていた時である。
 不意に背中に衝撃。脇から水着の下に滑り込んでくる何か。胸に違和感。
 肩越しに首を回して後ろを見やる。
 銀色の髪――やはり、ファティナ。
 いったい何処から出現したのか。
 セクハラする執念のみで追い上げてきたようである。
「……思うのだけど」
「なんでしょう?」
 相当急いできたのか女ははぁはぁと息を切らしていた。この絵面は、危ない。
「君も懲りないね」
「今度は揉んで勝ちます!」
 慌てず騒がす天風静流、己の双胸をもみもみとこねくりまわしている白手は無視してファティナの額に指を向けビシンッ! とデコピンした。
 すると、砲弾が頭部に直撃でもしたかのごとく勢い良くファティナの頭部が後方に跳ねる。白ビキニ姿の銀髪娘の身が反り返って弧を描き、吹き飛んで、煌く水面へとざぱーんと音を立てて落ちてゆく。
 沈黙。
「……いや、おかしいだろう」
 静流はつっこんだ。
「わざと吹き飛んだのかいティナ」
「あ、バレちゃいました?」
 ざぱりと水面から顔を出して笑いファティナ。
 はぁ、と黒髪美女は嘆息すると、
「私のデコピンで人が吹き飛ぶ訳がない。スイカを割れるかさえ怪しい」
「でも林檎くらいなら爆砕できそうですよね」
 赤くなった額を擦りつつファティナ。
「そんな訳がない。私の指はハンマーか何かかい」
 二人がそんな事を言い合っている間にその傍らを鴉鳥と香里が通りすぎてゆく。トップ交代だ。
(むぅ、世の中解らんな)
 鴉鳥は今の状況に戸惑っていた。
 彼女は基本、眺めて愛でるが嗜好な老人趣味である。
 その上でサバイバル競争に参加した理由はと言えば偏に、心に思う所があったが故で、それは、 羨望、嫉妬、そう表現するには弱く、然し表現するには難しいやきもきとした感情で、つまり、端的に言えば、眺めて満たされる老人趣味と、友と遊びたいと言う年相応の部分との乖離であり――
 つまり、ひとことで言うなら、茜と接する事で年相応の感情を思い出した、という事である。
 小恥ずかしくて言えなかったが。
 単に一緒に遊びたかっただけで勝つ気はなかったし、勝てるとも思っていなかったのだが――
「おー、一着おめっとさん!」
 鮮やかな黄金色の旗が立てられた島に辿り着いた鴉鳥は、南に迎えられつつ、己が優勝という事実に密かに驚いていたのだった。
 なお二着は香里。
「ちょっと惜しかったみたいですね」
 少し残念そうにしつつも、やっぱりマイペースな女将であった。


 ゲームの後。
「濡れ鼠はダメよ、風邪をひかないように」
 プールから上がった飛鳥は割りとそのあたり無頓着な茜の身をバスタオルで拭いていた。いつも大変だろうし、と労わる。
 特に髪は大事に拭く。飛鳥としては、綺麗だし痛むと勿体無い、と思うのだ。
 そんな飛鳥に対し、
「え、えんじぇる……」
 身を拭かれながら黒髪娘はうるうるとした瞳で感動したように飛鳥を見上げた。
「そ、そこまで反応する事かしら?」
 ちょっと照れる飛鳥である。
「うぉおおおおお……!」
 他方、新聞部員の嘆きの声が響いていた。
 ルビィ愛用のデジカメはフゴー社の科学技術で至急乾燥され、運よく再び機能を取り戻したのだが、撮影したデータが全部ふっとんでいた。飛鳥と茜のあられもない姿は消えたデータの海の底である。
 一方。
「――思えば遠くへ来たものよなぁ……」
 運動後の鴉鳥は彼方を見つめて少し気だるそうである。
「呉葉ちゃん、お疲れです?」
「いや、その、太陽の光が……」
 銀髪に金赤眼の瞳の娘曰く、日光にやられたらしい。あんまりアウトドアなタイプではないのである。
 そんな訳で、少し日陰で休もうかという事になり、一同はその後、プールサイドバーへと向かった。
 青い空、白い雲、輝く太陽、プールサイドに置かれた純白の椅子と丸テーブルが陽光に輝き、パラソルとヤシの樹が風に揺れている。
 フゴー社を通じて事前に話を通しておいた香里は、店の冷蔵庫を開けてカクテルの作成に取り掛かった。事前に材料を持ち込んで冷蔵しておいたのである。 
 優勝商品として壺づけカルビをファティナから進呈された鴉鳥は、折角なのでつまみにと壷を開封し調理を香里に頼んだ。通常の三倍という量で一人では食べきれないので皆で食べる事とする。
「お待たせしました♪ 運動の後には美味しいものを飲んで食べて楽しんでくださいね♪」
 和風サロン『椿』の女将・木嶋香里は見事な腕前で調理をすると、良く冷えたグラスにステアしたノンアルコールカクテルを注ぎ、皿に焼いたカルビを載せて一同に振舞った。
「おぉ……お見事」
 鴉鳥はグラス片手にカルビを口元に運び舌鼓を打った。舌の上で溶けるように消える程よい焼き加減のカルビは肉汁溢れ濃厚な味で、爽やかなカクテルが喉を潤す。なんとも美味であった。
「ん〜、美味しい! 木嶋さん、相変わらず流石の腕前ですね」
 茜が"シンデレラ"が注がれたグラスに一口、口つけて破顔して言う。こちらは結構甘いノンカクテルだ。
「お口にあったのなら何よりです♪」
 店から借りたエプロン姿の香里がにこりと微笑する。学園生達はそれぞれ希望のカクテルに喉を潤しカルビに舌鼓を打ちながら談笑する。
「そういえば、茜さんと大鳥さんって親友という事ですが、どういう切っ掛けでお知り合いになったんです?」
 その最中、ファティナが問いかけた。
「あたしと茜ちゃん?」
「はい、ちょっと気になって」
 とファティナは頷く。正直、生徒会の繋がりが無ければ出会いそうにない二人なような気がするのだ。
「あー、別にそんな、ドラマな展開があった訳やないで、単に寮の部屋が一緒になったからやね」
 と南。それで知り合ったらしい。
「な、なるほど」
 納得のファティナである。
「その、私、昔はちょっと無愛想だったもので……」
 と茜は恥ずかしそうに言う。
「そうだったんですか?」
 調理を終えた香里がエプロンを外して再び水着姿になりつつ席につく。
 香里に南が答えて言う。
「無愛想いうより、どーゆー理屈で爆発するか解らん特大威力の爆弾やな、危険物」
「ひ、ひどいっ。えぇと、そ、それでですね、同室のかたと喧嘩して部屋を出る事になってしまったんですけど、皆、私と一緒の部屋になるの嫌がったのですよね。で、そんな時に南ちゃんは『別にええで』って言ってくださって、それで一緒のお部屋になったんです。それからのお付き合いですね」
「なるほど、寮生活ならではの出会いだったんですね」
 心の中のへぇボタンを押しつつファティナ。人に歴史あり、である。


 食後、一同はサイドバーの蒼く輝くプールを背景に皆で記念撮影を行なう事となった。
 水際に女子陣が集まり、ルビィはカメラをスタンドに立て調節する。
「よーしそれじゃいくぜ」
 タイマーを押して駆け、シャッターが切られるよりも前に立ち位置に滑り込みポーズを取る。女子陣もそれぞれ思い思いにポーズを取った。
 やがてカシャッとデジカメが作動し一枚の絵が撮られる。
 皆でデジカメのディスプレイを覗き込み画像を確認する。
「あっ、凄い♪」
「良い感じに撮れてますねー」
「む、少しポーズをはしゃぎ過ぎたかもしれない……」
「いや、大丈夫じゃないか? 歳相応だよ」
「わー、後でデータくださいね」
「あいよ。もう水に叩き落さないでくれよ? 折角撮った絵が飛ンじまうからな」
「あ、あれはっ、もうっ、あんなの撮るからいけないんですよっ」
 やいのやいの銘々に感想を言い合う。
(静流殿もアイゼンブルク殿も楽しそうであるなぁ……茜殿の笑顔も見れて、結構な事だ)
 のんびりと鴉鳥はそんな事を思う。
「何だか幸せね」
 と飛鳥もまた微笑した。
 友達って良いな、と赤毛の娘は思う。
 曰く、私は友達作りが得意ではなく、今がとても貴重に思えて、と――


 そんな集合撮影の後。
「こう! ポーズはこう、右手を腰に、左手を膝にしてこう……グラビアっぽいポーズで!」
 白ビキニ姿のファティナがデジカメを片手に、言葉の通り右手を腰に左手を膝において実演して見せつつ、茜に"せくしーぽーず"をせがんでいた。
「ひ、ひぇぇぇっ! そ、そういうのもう去年やったじゃないですかぁ!」
「思い出は形にしたいのです。思い出は何枚あっても良いのです。茜さんのは家宝にするので」
 キリ、とした表情でのたまうファティナ・V・アイゼンブルク。ドイツ貴族のアイゼンブルク家が三兄妹の末子である。由緒正しいお方である。どうしてこうなった。
「駄目……ですか?」
 悲しげにガーネットの如き瞳を伏せてファティナ。
「うっ!」
 ファティナにお願いされると弱い神楽坂茜である。悲しい顔は見たくないのである。
「……ちょっと、だけ、ですからね、ティナさん」
「有難うございますー♪ それじゃ背景はこっちのプールでっ」
「もうっ! あんまり過激なのは堪忍ですよっ」
 パシャリパシャリと撮影開始である。何枚かを撮ってまたレンズを向けつつファティナは言う。
「そうそう良いですよー、良いですよー、恥ずかしそうな表情もいいですが、ウィンクお願いします!」
「う、うぃんくですかぁっ?」
「お願いします!」
「ひ、ひーんっ!」
 そんな訳で白いビキニ姿で悩殺()セクシーポーズを取りつつ恥ずかしさを堪えて黒髪ロング娘はパチリとカメラに向かってウィンクするのであった。
 四年前では到底想像できなかった姿である。どうしてこうなった。


 プールサイドに置かれたビーチチェア。
 脇に置かれたテーブルに飲み物置き、静流はチェアにその均整が取れた肢体を横たえ寛いでいた。
 そんな中、ようやく撮影から解放された茜がフラフラとやってきたので声をかける。
「お疲れ」
「また一年分の羞恥心を煽られた気がいたします」
 くたり、と黒髪娘はテーブル前の空いている椅子に座り、テーブルに突っ伏す。
「過激すぎるのはいけないね」
「ほんとですよ、もー。ティナさんが喜んでくださるなら本気で嫌って訳じゃないんですけど……でもやっぱり恥ずかしいというか」
 テーブルに伏しながらもじもじと茜が悶えている。
「第一そんな事しなくても赤面するのが会長なのにね」
 静流は言って、ビーチチェアから降りると茜に近づいてゆく。
「ほんとで――って、えっ? えっ?」
 茜はその言葉と静流の接近に際し、警戒心も露にがばりと上体を起こし身構える。
「そう構える事はないよ」
 静流は涼やかに言う。
 椅子に座っている黒髪娘の背後にまわり、細い肩に腕をまわして、そっと柔らかく抱きしめる。
「――私はそんなに過激な事はしないからね」
 耳元で囁き、ふっと息を吹きかける。
「ひぃっ!」
 黒髪娘は悲鳴をあげて身を強張らせる。その顔がみるみるうちに赤くなってゆく。
 静流は身長差を生かしてひょいと上から顔を覗き込んで確認。
(やっぱり赤くなった)
 すっかり頬を高潮させて固まっている茜を抱きつつ、そんな事を静流は思う。
「……あ、あの」
「なんだい」
「……いえ、なんでもないです」
「そうか」
 呟き、腕に抱いたまま顔をあげ、煌く水面の彼方へと視線を移す。
 プールを越えて、島の縁を越え、さらに彼方。
 黄金に燃える太陽が、巨大な大海原の彼方へと落ちてゆく――
 しばらくそれを、二人でぼんやりと眺めていた。


 小田切ルビィは『人工島《メガフロート》』の警備塔の屋上から、黄金色に染まった空と海と島の風景を、レンズを覗いて枠に切り取り、"カシャッ"という機械音と共にカメラの中に納めていた。
 映像は、風と、光と、陰と、熱の記憶を封ずる。
 その昔、写真機は魂を納めると人は云った。
 ならば、この風景は、この島の魂か。
 遠くから人々の笑い声が聞こえる。
「楽園の島か……」
 太平洋の大海原に浮かぶ人工の島。
 俗世の煩わしさから隔離された夢の島。
 西へと沈みゆく太陽の光を浴びて、黄金色に輝いている。


 やがて陽が落ちて夜。
 特に天魔の襲撃などは発生せず、つつがなく覆面警備の任務を終えた撃退士達は帰りのヘリに乗り込んだ。
「ファティナさんと神楽坂さんと遊べて楽しかったわ」
 島から飛び立つ際、飛鳥は二人に笑いかけた。
「私もとても楽しかったですよ」
 えへっと嬉しそうに笑い返して茜。
「左に同じく、ですね」
 片目をぱちりと瞑ってファティナ。
 ヘリは爆風を巻いて夜空に飛翔し、島は紺碧の闇に包まれ行く世界を輝きながらゆき、空には月と星々が煌いている。
 ヘリの進路が北へ流れる。本土を目指して。
 そんな中、機内の席に静流がぽつりと声を響かせた。

「ところで――試験真っただ中だが皆は大丈夫なのかい?」

 黒髪の麗人が放った学生にとって痛烈な現実が、夢の島の残滓から撃退士達の何人かを急激に日常へと引き戻す。
 微かに機内に響いた震えるような声は誰の声だったのか。
 負けられない戦いが、学園生達の帰りを待っている。


 了


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
金焔刀士・
陽波 飛鳥(ja3599)

卒業 女 阿修羅
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド