――出撃前。
転移装置の間に多くの撃退士達が集まっていた。
「今回はよろしく、戸次さん」
若杉 英斗(
ja4230)は儀礼服に着替えた金糸の髪の少女へと声をかけた。
雪花は緊張していた様子だったが、英斗の顔を見ると破顔して、
「あっ、若杉先輩! 先日は有難うございました!」
こちらこそよろしくお願いします、と頭を下げる雪花と再会の挨拶をかわしつつ、英斗は言う。
「――戸次さんの気持ち、なんとなくわかる気がするよ。俺も似たような事があった」
「似たような事……?」
「ああ。京都での戦いで使徒に追い詰められた時、俺は鬼島さん率いる親衛隊に救われた。代わりに、鬼島さんをはじめ多くの親衛隊員がその戦いで死んだんだけどね」
少女が息を呑んだ気配が英斗に伝わってきた。
青年は微笑し、
「それを乗り越えて、今の俺がある。君もきっと乗り越えられるさ」
「先輩…………」
雪花は神妙な顔をして英斗を見つめていた。
そこへ不意に、
「――景守の言い方は、乱暴だが間違ってはいない」
横合いから声が響いた。
視線を向けるとそこには赤髪の青年が立っていた。久遠 仁刀(
ja2464)だ。
「味方が倒れるのに気を遣ってられる戦況じゃないしな」
そこへ無理に頼み込んでついていくというのである。
仁刀は赤眼を細め雪花の碧眼を見据える。少女が少したじろいだのが見えた。が、少女はそれでも視線は逸らさない。
少女の青瞳に浮かぶ光を見据えながら、
「だがまあ……ここで行かなきゃ前に進めないというなら」
ぶっきらに、
「弾除けにしていいなんて言うな」
仁刀は言った。
「自分の強みが火力と思うなら、それを活かす道を言え。足を引っ張られないのは最低条件だ、どうせ来るなら力を尽くせ」
それは最善を求める声だった。
「うっ……は、はい!」
仁刀の言葉に少女は頷く。
そこへさらに、
「戸次さん。自分の特性を考えて味方を有効に使いなさい」
雪花が視線をやると、紫髪の童女――ナナシ(
jb3008)が赤い瞳で雪花を見つめていた。
「正直、今の貴方では弾除けにすら成らないから」
「……っ!」
雪花の顔が微かに歪む。その言葉は流石にショックだったらしい。
「それから、もし使徒に攻撃する事があったら、むき出しの部分を狙うのよ」
「はい…………解り、ました……!」
雪花は腿の横で手をぎゅっと握り、口を真一文字に結んで、ナナシの瞳を見つめて頷いた。
「…………ナナシ先輩、仁刀先輩、若杉先輩、私は、やってみせます。やってみせます!」
その様を見た陽波 透次(
ja0280)は、己が知る限りの敵の情報を雪花に話す。
「……無理はしないで下さい」
仲間と連携出来る位置を保ち、山岳戦では危険時は木々らの遮蔽を使う事など己の回避技術についても参考までにと伝えておく。
「大切な人が身を賭して繋いだ命なら、その重みだけは忘れないで欲しい」
透次は思い出す。かつて、透次を守り死んだ家族。
己の命を諦めたら、命を賭し自分を守ってくれた人の想いが無意味になる――その思いからの言葉だった。
「身を賭して繋いだ命……」
雪花はその言葉を噛み締めるように瞳を閉じて眉根を寄せた。
「忘れない、けど、だから」
少女は目を開いて言う。
「ただ震えて、ただ守られて、ただ息をしてるだけなら、そんな女、やとりんが再起不能になってまで助けた価値がない」
戸次=プリムラ=雪花の眼光が燃えている。
「だから、あたしは、先輩ややとりんが命を張って助けた甲斐があった立派な人間だったんだって、示さなくちゃいけないんです。あたしのせいで一生を棒に振ったのだから。いいえ、あたしが示したいの。『俺達が助けたのはあの撃退士の戸次なんだぞ』ってあの人達に言って貰えるくらいにならなきゃいけない。そうじゃなきゃ、あたしは、胸を張って『生きて』いけない。そうでなきゃ、下を向いて無気力に彷徨う、死んでないだけの存在になってしまう。だから、あたしは――わかってる、無意味になんてされたくないんだろうけど、でも、あたしは……ッ!!」
●
蒼い光が輝き、次元を渡る輪が開いてゆく。
「あまり若い子にきつい事を言うもんじゃないぞ。今の時代は、そういうのは流行らん」
前方を見据えながら岸崎蔵人がぼそりと呟いた。
「あら、岸崎さんも結構、人の事は言えないと思うけどね? 今も昔も、言うべき事は言っておいた方が良いわ」
ナナシはちらりと隣に立つ長身の男を見上げ片目を瞑ってみせる。
――人は生きているだけで価値がある、と詩人は歌う。
だが、雪花はそれとは意見が違ったらしい。
「……岸崎さん、この前の事もあるし戸次さんの面倒は私達で見るわ。生き残ればきっと、良い親衛隊員になるかもしれないわよ。たぶん」
「そうか。わかった。すまんが……頼む。そうだな、生き残れれば、な」
男は瞳を一度閉じてから、再び開くと言った。
「しかし、騎士道部の俺が言うのもなんだが……いや、だからこそ良く知っている、と言うべきか。ああいうタイプは早死にする。良くも悪くも多くを巻き込んで、な。それは果たして正義だろうか。されど、それを正義かと問うのも果たして正義だろうか――人情、か、俺はその為に、それを通さんとせんが為に、周囲に害を招くを是とするそれこそ薄情ではないかと思うほうだ"被害をこうむって泣くのは、そいつらじゃない"とな、故に情が為に害を容れるを許可するのは隊員の皆の命を預かる身として正しいのか、と。しかし、その隊員の皆――秋津や景守達は言うのだ"ここで覚悟を汲んでやらんのは男じゃない"とな。男の器か、解らん。ここが命の張りどころなのか? その価値があるものなのか? 奴等は"ある"と言う。想い、命、リスク、妥協点、俺は――……俺は、騎士を求道して十余年、何が正しいのか、未だに解らん」
「何が正しいか、か……そうだな」
久遠ヶ原の神聖騎士、大炊御門 菫(
ja0436)は頷いた。前を見ながら呟く。
「だが、覚悟を決めた者を誰が止められるというのか」
女は思う。
私だって何時どうなるかはわからない。
(しかし……守ると決めたのだ)
だから、戦い続けなければ守れない。
負けないために。
強くなる為に。
「…………そうかも、しれないな」
先に結局雪花の同行を許可した岸崎蔵人は、菫の言葉に嘆息と共にそう頷いた。
やがて、次元の輪が開く。
京都へと。
気持ちを切り替えたらしい総長・岸崎蔵人が鋭く声を張り上げた。
「行くぞ! 執行部親衛隊! 出発だッ!!」
総長が歩き出す。
その声に応え、五十余名の撃退士達はザッと音を立てて一斉に歩き出す。
久遠ヶ原が執行部親衛隊の面々は、蒼く輝く次元の輪の彼方へと消えていった。
●
そして、至って、京都市北の山中。
紅葉残す樹々林立し、傾斜する土肌をサーバントの群れが駆け下り、雷光輝く。
(一矢報いるまでは前に進めない、か)
小田切ルビィ(
ja0841)は雪花の言葉を思い出し、視界の端で少女の姿を確認していた。
ルビィの目には、彼女は恐怖と戦いながらも前に進もうとしているように見えた。未だ未熟ではある、だが、既に震えているだけの少女ではなかった。守られているだけの女ではない――自らの手で敵を討たんとしている。
どうやら、その覚悟、口先だけではないらしい。
(雪花の奴はもう一端の戦士だぜ)
ルビィは目を眇め口端をあげた。
さて、
「新人が死ぬ姿は見たくはねえな」
その為には。
(可及的速やかに戦いを終わらせる……!)
ルビーアイズの戦士は両手持ちのツヴァイハンダーを構え、跳躍すると共に背から赤竜の如き真紅の翼を広げ、爆風を巻き起こしながら飛翔してゆく。
「まずは周りから片付けましょう! その間の使徒は受け持ちます!」
鈴代 征治(
ja1305)は声を張り上げて周囲へと響かせつつ槍を手に使徒へと向かって駆け出す、真っ直ぐに。
仁刀もまた一直線に使徒へと向かう。
周囲の撃退士達も広がって散開し、駆け上ってゆく。
「ごめんなさい。ちょっと私はあの使徒とは相性が悪いわ。周りは何とかするから使徒の方はお願いね」
ナナシは全身から闇を噴出し魔導銃を構えると素早く狙いをつける。
銃口を向ける先は、斜面の上、林立する木々の狭間に立ち蒼焔の弓に矢を番えている最中のサブラヒタイクーン。
射線、通るか。
半身が幹の奥に見えている。
(いけるわ)
セフィロトを模した巨大魔導銃に魔力が凝集され、引き金を絞ると同時、銃口から巨大な魔弾が勢い良く飛び出した。
下方から撃ち上げられた魔弾は、樹木の間を針穴に糸を通すように抜け、唸りをあげて木乃伊武者の右肩に喰らいついた。
刹那、轟音と共に武者の甲冑がひしゃげ、砕け散る。超レベルの火力から繰り出されるカオスレート・マイナス7、半端じゃない。
魔弾は甲冑を粉砕しただけでは勿論止まらず、その奥の木乃伊の肩を爆砕しながらさらに貫通して木々を薙ぎ倒しながら空へと抜けてゆく。
肩ごと吹き飛ばされた右手が回転しながら宙を舞い、蒼焔矢が明後日の方向へと飛んでゆく。
木乃伊武者の身全体もまた弾かれたように吹き飛び、斜面に叩きつけられ、そして動かなくなった。
真っ向から一撃必殺。圧倒的火力だ。
一射を終えたナナシはすぐに後退して間合いを広げにかかる。
他方、
「ま〜た、貴様かぁ!」
銀髪長衣の使徒オラートルは陽波透次の姿を発見すると、形成した雷光槍を振りかぶりオリンピックの槍投げ選手の如き滑らかなフォームで投擲した。
青光が稲妻の如くに閃き透次へと迫り来る。
その動作を見て備えていた透次は、瞳に闇を宿すと、日本刀の切っ先を向けアウルを開放、木々の間を貫き唸りをあげて迫る槍を迎え撃つべく光の円陣を出現させる。
刹那、円陣から光の柱が勢い良く噴出し、雷光の槍を呑み込んだ。
光に呑み込まれた雷光の槍は――そのまま光を切り裂き突き破って透次へと迫り来た。撃墜できない。
雷槍は雷光波とは性質が違う。
「!」
透次は咄嗟に横に駆け避ける。槍が青年の身の横の空間を通り抜けんとしたその瞬間、オーラトルは右手の平を勢い良く握った。
『爆ッ!!』
雷光槍が爆ぜた。
猛烈な稲妻が横殴りに透次へと襲いかかってくる。
瞬間、青年の身が結界に覆われ、無尽の光が爆発する。
超加速した陽波透次は、残像を残して機動すると一瞬のうちに爆光の範囲外へと離脱する。
「チィッ! ちょこまかとぉ!!」
オラートルが憤怒の叫びをあげた。
他方、武者達は一団の中で明らかに弱そうな戸次=プリムラ=雪花と、そして――血に染まった包帯塗れで満身創痍状態のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)へと弓矢を向けていた。
エイルズは重度に負傷していた為、仲間達のサポートに専念するべく味方全体の概ね真ん中あたりに位置取らんとしていた――つまり、味方の前進に合わせて彼もまた斜面を駆け上っていた。
「カァッ!!」
斜面の上、蒼く燃える大弓より、蒼焔の矢が稲妻の如くに撃ち降ろされ、木々の間を縫って少年へと飛来する。
重体状態でありフラフラのエイルズレトラの身を、蒼矢は易々とぶち抜いた。
かに見えたが、次の瞬間、射抜かれた筈の少年が一枚のトランプに変化した。
札はすぐに崩れ去り、いつの間にか隣の空間に出現していた血染めの包帯姿の少年が、ふふ、と微笑を浮かべる。
「ああ、ぬるい……ぬるい、ぬるいですねぇ……怪我をしているとはいえ、そんなぬるい攻撃を食らうわけにはいきません。それが天界軍の力ですか? 死にかけ一人、満足に仕留められないようでは、百戦錬磨の名が泣いていますよ?」
挑発するように言いつつ、前進してゆく。さながら幽鬼である。木乃伊VS幽鬼。ハロウィーンの残り火か。
他方。
「戸次さんは俺を盾にしろ。俺の身体の影から敵を狙うんだ」
喋っている間にも早速、斜面の上より蒼焔の矢が飛来し、若杉英斗は白銀色の円盾を翳す。激突。強烈な衝撃が盾から腕へ、腕から身へと伝わって内臓を揺らして来る。
が、矢は盾を貫通出来ずに弾き飛ばされて地に落ちた。
新米が喰らえば一撃で吹き飛びかねないが、英斗にとっては軽い一撃だ。
「さ、さすがです!」
雪花が驚嘆を瞳に宿して英斗の背を見つめる。
「適材適所ってやつさ。俺はタフなだけが取り柄でね」
英斗は木陰を盾にしながら前進し、雪花はその後にぴたりとついて前進してゆく。
「雪花、二時の方向、来るぞ!」
付近を共に前進していた菫が声をあげ、
「やあっ!」
それに応えて金糸髪の少女は杖を翳して白光の弾丸を放った。胴丸陣笠姿の木乃伊兵の一体に白い魔弾が直撃する。
態勢が崩れ動きが鈍った所へ、英斗はすかさず盾を飛ばした。
「もらった!」
縁に刃を持つ円盾は、思念操作され回転しながら足軽へと襲い掛かり、激突して衝撃を炸裂させ吹き飛ばした。木乃伊が斜面に倒れ、動かなくなる。撃破。
「まず一体!」
ブーメランのように戻ってきた刃盾を再び右腕に装着しつつ英斗が気勢を発する。
他方。
「撃たせてくれるなら有り難い!」
前進する鈴代征治は射程に使徒を捉えると、円錐形のランスに極限までアウルを集中させ、黒い光と共に一閃を繰り出した。
漆黒の衝撃波が唸りをあげて使徒へと襲いかかる。
使徒は振り向きざま錫杖を翳し、その全身より稲妻を噴出した。
黒い閃光と蒼い稲妻が鬩ぎあい、黒光が稲妻突き破って使徒の身に炸裂する。
「ぬぅ……!」
突き抜けて来た打撃にオラートルが苛立たしげに呻く。
だが使徒へとまっすぐに距離を詰めている征治に対し、進路を阻むようにアシガルチャリオッツ達が斜面を駆け下りてきていた。猛然と突撃を仕掛けて来る。
かつて京都南で頑強な撃退士達を何人も血祭りにあげたスピアチャージだ。
風を裂き、唸りをあげて征治へと二本の槍が迫る。
「鈴代さん!」
エイルズがカードから顔と手足が生えた護衛人形を放ち、征治は槍をかわさんと身を捌く。
鈍い音が響き渡った。
斜面上からの加速をつけて繰り出された壮絶な破壊力を秘めた二本の長槍は、エイルズが放ったトランプ護衛団の上から征治の身をブチ抜いた。
"ごはっ"と青年の口から苦悶の息と共に血反吐が吐き出される。
負傷率十割一分。
身体が揺らぐ。
意識が遠くなってゆく。
景守から神兵の力が注ぎこまれ、征治は倒れそうになる身を、靴底を叩きつけるように地面を踏みしめ支える。たたらを踏みつつもなんとか転倒せずに堪える。
エイルズはすかさず征治へと向かってトランプを飛ばした。
札が青年の身に張り付き、傷口を塞いでゆく。
景守からもさらにヒールが飛び、征治、負傷率一割一分まで回復。
(やはり来るか)
同じく使徒へ向かい前進していた久遠仁刀、彼の方にも二対のチャリオッツが突撃を仕掛けてきていた。
仁刀としては、己へと狙いを引き付けて他の面々の攻撃が通しやすくする、というのも狙いの一つであったので、己へと向かって来てくれるなら好都合だ。
突き出される二本の穂先に対し、身を傾斜させて受ける。槍が肩先と脇腹を削りながら掠め抜け、負傷率二割七分。上手く捌いた。
「邪魔だ!」
槍が突き抜けた後の交差ざま、赤髪の青年は斬馬刀を一閃。弧を描いて振るわれた刃がアシガルチャリオッツの一体の肩口に叩き込まれる。痛烈な衝撃に足軽の身が止まる。
他方、やはり前進している大炊御門菫、己へと突撃してくるチャリオッツに対し、木々の位置を計算に入れて機動し、その進路を限定する。
チャージは破壊力は凄まじいが動きは直線的だ。
さらに進路まで限定すれば、百戦錬磨の神聖騎士の実力を以ってすれば見切るのは容易い。
猛然と繰り出された突撃を菫は槍の石突を振るい横に流しながらひらりとかわしつつ、勢い余って流れる木乃伊へと踏み込みざま、先に石突を振るった勢いのままに槍を旋回、流れるように澱みない動作でその穂先をアシガルの背中へと叩き込んだ。
背後から押されるような打撃を受けたアシガルは、斜面にて態勢を崩し、回転しながら地に倒れる。
ナナシ、距離を広げつつ木々の間を駆け木乃伊武者への射線を通していたが、征治の窮地を見てターゲットを切り替える。範囲攻撃の射程にチャリオッツらを捉えるべく前進に転ずる。
が、ナナシがチャリオッツらを射程に捉えるよりも早く、オラートルが動いた。
蒼白い雷光が銀髪の男の手の中で収束し、槍を象る。いかずちの槍を振り上げる男の視線の向かう先は、
「鈴代さん槍がゆく!」
陽波透次が注意の声をあげた。青年は刀を振り上げ地を蹴って高く跳躍しオラートルへと跳びかかる。
「ふんッ!!」
オラートルは雷槍を投擲。間髪入れずに全身から電撃を放出した。直後、落下してきた透次が振るった日本刀と稲妻が激突し、刃は蒼雷を裂いて、使徒の肩口に喰らいつき血飛沫と共に強烈な衝撃を炸裂させる。
他方、槍の飛ぶ先、鈴代征治。
「撃ち落とせば――!」
青年はランスに極限までエネルギーを集中させると、裂帛の気合と共に一閃した。強烈な衝撃波が巻き起こり撃ち放たれる。黒い光の衝撃波、封砲二発目。
空を裂いて飛ぶ黒光衝撃波と蒼い稲妻の槍が激突し――そして雷槍が黒い光を引き裂いて、猛然と鈴代征治へと迫った。
(――まずい)
ランスを振り抜いた直後。
かわせない。
征治の身を豪雷の槍がトランプ護衛兵ごと貫いた。そして黒光衝撃波の余波が電撃を纏うオラートルの身を打つ。相打ち、征治、負傷率八割一分。
が、
『爆ッ!!』
透次より並の男ならば朦朧とする斬撃を受けながらも、使徒は開いていた掌を握り締めた。意識はまったく混濁していない。
瞬間、征治に突き刺さっていた槍が爆ぜ、猛烈な爆発を巻き起こした。
凄絶な破壊力に征治の鎧と改造制服が吹き飛ばされ、血飛沫が噴出する。
負傷率、十六割二分。
致命的な一撃。
征治の意識が急速に闇に落ちてゆく。
しかし、
「まだまだ……!」
青年は半身を鮮血に染め、口から血を滴らせつつも踏み止まった。気合、ただ気合それのみである。根性。気力で倒れない男へと、エイルズと景守よりヒールと神兵が飛び、その肉体の傷を隠し急速に癒し再生させてゆく。
だがさらに、ここぞとばかりに二体のアシガル達が槍を振り回してトドメを刺さんと征治に襲い掛かる。怒涛の猛攻。
しかし、
「この程度ぉおおッ!!」
距離が詰まった今、足軽達の一撃は加速は乗っていなかった。征治は素早くワイヤーを緊急活性化しランスと透糸を縦横に振るって二本の槍を捌き、弾き、受け流す。
仁刀は進路を塞ぐ足軽を一閃と共に葬り去って使徒へと猛進し、もう一体の足軽は仁刀の背後へと追いすがってその背を強打――せんとした所で、木々の枝葉の陰より赤い翼が急降下してきた。
「まずは壁を切り崩すぜ……!」
小田切ルビィだ。
宙より急降下突撃を仕掛けた青年のツヴァイハンダーが一閃され、奇麗に奇襲を喰らった足軽は背をバッサリと斬られて倒れる。
他方、菫は立ち上がらんとしている足軽へ踏み込むとその顔面を突く――と見せかけて、管を持つ手を逆手に持ち替えて手首を返し、槍を旋風の如くに旋回させて石突で殴りつけた。
足軽が再び吹き飛び、追撃の若杉が極限までアウルを高めて躍りかかる。
「オオッ! 燃えろッ! 俺のアウルッ!!」
爆発的破壊力の一撃が、転倒している足軽の腹に直撃。地面と刃盾に挟まれた木乃伊は、身を伸ばし痙攣させると、それきり動かなくなった。撃破。
他方、先の一撃から"あれ放置するとヤバイんじゃね?"と思ったのかどうかは定かではないが、残存の二体のタイクーンは一斉に狙いをナナシへと切り替えていた。駆け、射線を通し矢継ぎ早に蒼焔矢を連続して撃ち下ろす。
二連の矢に対し、珍しく地を駆ける悪魔の童女は、しかしいつものように掻き消えて一射をかわし、続く二射目もジャケットを身代わりに掻き消えてかわす。空蝉。
「大きいのいくわよ」
童女は手を翳すと魔力を全開に解き放った。
征治と斬り合っていた二体のアシガルチャリオッツ達の付近に赤い輝きが出現する。
炎の花びら。
紅蓮の輝きは一瞬で数を膨れ上がらせると、逆巻く巨大な赤い竜巻と化して、木乃伊達を呑み込んだ。
赤い光が荒れ狂った後には、ボロボロに破壊された、かつてアシガルチャリオッツであったもの達の残骸だけが残されていた。鬼神の殲滅力。まともに受けてしまったら、とてもアシガル達が耐えられる代物ではない。
「キエェェェェェェェェッ!!」
使徒が奇声を発した。
翳す錫杖に稲妻を宿し、猛然と一閃する。
錫杖の軌跡より偃月の蒼い稲妻の刃がナナシへと目掛けて飛びだした。
凝縮・爆裂・雷光波。
「させない!」
「このっ!」
すかさず透次が光の円陣を、征治が封砲を放った。光柱と黒光の衝撃波が飛び、そこへ蒼雷偃月刃が飛び込んで、宙で大爆発を巻き起こす。それを目撃し使徒が「ぐぬっ!」と歯噛みする。
タイクーン達は引き続きナナシへと二連の猛射を放ち、ナナシは空蝉してかわしさらに空蝉してかわす、すかさず魔導銃で撃ち返す。小柄な悪魔の童女が放つ魔弾に樹木ごと撃ち抜かれたタイクーンが一撃でぶっ飛ばされて回転しながら吹き飛んでゆく。
「どうした完全。欠けるところがなくてその程度か?」
剣の間合い一歩手前まで距離を詰めた仁刀は、アウルを練りつつ殺気を込めて斬馬刀を振り上げる。
瞬間、オラートルは受け止めんと錫杖を頭上に掲げ電撃を全身より噴出した。
同時、仁刀はアウルを爆発させて猛加速した。一瞬で身を沈めつつ踏み込み、がら空きになった使徒の胴を薙ぎ払う。加速された魔鋼の刃は、使徒が纏う稲妻を斬り裂き、長衣を斬り裂き、その腹を掻っ捌いた。
「ごはっ!」
使徒の苦悶の声が響くと同時に鮮血が迸る。長衣に大きな裂け目が入った。
他方、
菫は空蝉が打ち止めになったナナシの元へと駆け、英斗は斜面を駆け上がりつつ背後へと呟く。
「君のスキルが切り札だ。頼むぜ」
向かう先は、ナナシへと射撃しているサブラヒタイクーン。
「雷よ!」
英斗の言葉に応えるように間合いへと飛び込んだ雪花が叫び、タイクーンへと杖を翳した。刹那、眩い白い放電光が、杖先より茨の如く放たれ木乃伊武者の身に絡みついてゆく。武者の身がぐらりと傾いだ。スタンだ。
英斗はすかさず右拳に純白の光を集めると裂帛の気合と共に腕を振り抜いた。
「くらいやがれ!!」
白く輝く拳が無防備と化している武者の腹に叩き込まれ、武者は弾かれるように吹っ飛んで仰向けに倒れた。動かない。撃破。
エイルズは再度征治へと応急手当のカードを放ち、景守は前進しつつ仁刀へとヒールを飛ばして回復させる。
小田切ルビィは周辺のサーバントが倒されたのを確認すると方向を転じて飛翔上昇し、梢の陰へとその姿を隠してゆく。
ナナシは背から悪魔の翼を広げ飛翔すると、他班の親衛隊員達の援護に向かう。透次は壁走りを発動。英斗、雪花、菫、征治、エイルズはオラートル目掛けて斜面を移動する。征治は前進しながら再び黒光の衝撃波を飛ばす。
「きぃ〜さぁ〜まぁ〜!」
オラートルは仁刀を睨み、雷光の槍を出現させながら横に跳躍した。黒光衝撃波が使徒を掠め奥の木々を薙ぎ倒しながら抜けてゆく。宙にて一撃をかわしたオラートルは空中で鮮やかに身を捻りざま、剛雷の槍を投擲した。
近距離から投擲された雷光の槍は、閃光の如く赤髪の青年の身に突き刺さると即座に爆ぜ、蒼い電撃の大爆発を巻き起こした。
「ははっ! 直撃だ! やったか?!」
拳を握り締めた態勢で着地したオラートルが笑う。
――瞬間、雷の嵐が裂けた。
血塗れの久遠仁刀が斬馬刀を振り上げながら飛び出してくる。負傷率十一割九分。赤い瞳が鋭い光を湛えて使徒を睨みつけていた。満身創痍の男は、しかし根性で倒れず、唸りをあげる巨大な斬馬刀を渾身の力を籠めて振り下ろす。
「ぬぐぉおおおうっ?!」
風を巻いて振り下ろされた巨刃は、使徒の身より咄嗟に噴出された稲妻を斬り裂き、さらにその奥の身に直撃し、周囲の景色を歪ませる壮絶な衝撃波を撒き散らしながら、勢い良く吹き飛ばした。銀髪の男が血飛沫を撒き散らしながら吹き飛び、斜面にあたって転がる。オラートルは勢いのままに一回転二回転と転がり、しかし回転を利用して素早く起き上がり錫杖を構えなおす。
瞬間、白銀色の円盾『飛龍』と白い光弾が飛来した。使徒は稲妻を纏い、錫杖を翳し、円盾を弾いたが、その隙に白弾が長衣の裂け目から脇腹に突き刺さりオラートルは一瞬、苦悶の息を吐いて動きを鈍らせる。
「覚悟!」
そこへ菫が後を追うように飛び込んだ。円を描くが如く身を捻り踏み込みざま、遠心力をつけて管槍の穂先を加速させて振り抜く。
「ケェーッ!!」
オラートルが奇声を発し電撃が全身より吹き上がる。槍が稲妻と激突し、そして水面を叩いたかの如き手応えと共に弾かれた。
(刃が通らない……ッ!)
女聖騎士は認識する。雷の障壁。これを菫のパワーで正面から破るには、単純に威力が足りない。
だが、菫の槍を弾き、放電が収まったその瞬間、オラートルの背後頭上の梢の陰より赤い翼が急降下してきた。
小田切ルビィだ。
男は落下の勢いで加速し、ツヴァイハンダーを神速に落雷の如く一閃する。瞬間、オラートルは機敏に首を傾けた。弧を描く銀閃が首元に直撃し、壮絶な破壊力を炸裂させる。
「お、おぉ……?!」
オラートルはよろめくように横に機動し片手で肩口を抑えながら振り向く。
「――よう、この前はご高説ありがとよ。だが、そろそろ神サマの御許に還るべきだな」
両手剣を"屋根"に構え直しながら銀髪の青年は赤眼を細め、口元にニヤリとした笑みを浮かべて見せる。
征治は菫、ルビィと三角にオラートルを囲む位置へと到着しランスを構え、圧力をかけ始める。
エイルズは仁刀へとトランプを飛ばして応急手当し、さらに景守のヒールが飛んで六割一分まで回復。
鈴代征治は思う、力量も技量も勝る相手にこちらが取るべき戦法は、手を尽くしての戦況の効率化であると。つまり、数による連携と分業だ。
「オラートル!」
故に青年は注意を己に惹きつけるべく声をあげると、身体を一回転させるように大振りにランスで打ちかかる。
それに呼応してルビィが両手剣で突きかかり、仁刀が殺気のフェイントを織り交ぜながら斬馬刀を振り上げ、同時に菫が槍を繰り出す。包囲攻勢だ。
「キィェエエエエッ!!」
絶体絶命に追い詰められたオラートルは錫杖を振り上げながらランスを弾きつつ稲妻を宿し――
「自爆だ!」
それを警戒していた為に勘付いた陽波透次が注意の声をあげた。
刹那。
使徒は己の"足元"に向けて振り下ろし、偃月状の蒼刃が地面に炸裂して爆裂し、壮絶な蒼い電撃の爆発が膨れ上がる。
注意の声を聞いたルビィは咄嗟に盾を、征治はワイヤーを出現させ、仁刀は斬馬刀を翳して、男達は防御する。透次は大きく飛び退いてかわし、菫は電撃の嵐に身を打たれるも構わず爆発の中のオラートルの顔面目掛けてそのまま槍を突き抜いた。エイルズは菫の行動に驚きつつも彼女へと即座にトランプ護衛兵を飛ばす。
放電爆の中でもダメージを受けた様子の無いオラートルだったが、伸びてきた菫の槍に右目を貫かれる。
「これならっ! どうだあッ?!」
稲妻に身を灼かれつつもあげた菫の叫びに対し、オラートルは絶叫を以って応えた。
「おごっ! おおおおおおおおおおっ?!」
身を捻り、穂先を引き抜き、宙に赤い線を引きながらオラートルは駆け出し始める。
(逃がさない……!)
だがまたもそれを警戒していた透次がすかさず反応し跳躍、背後に追いすがって使徒の脚に日本刀を叩きつけた。
態勢を崩した所へ光弾が直撃し、さらに英斗の刃盾が炸裂して使徒は転倒する。
エイルズがクロスを広げて征治、仁刀を癒し、さらにルビィ、菫を全快させる。景守からもヒールが飛んだ。
「今度こそは逃がさねえ……!」
ルビィが呟きつつ再度剣を構え突っ込む。他のメンバーも得物を手にオラートルへと殺到する。
さらに、
「――どうやらこっちは詰めの段階みたいだナァ」
ナナシの援護を受けてフリーになった秋津京也や他の親衛隊員が二人程駆けて来る。
まさに絶対絶命の態勢に追い込まれたオラートルは膝立ちの状態で錫杖を翳し、血走った目を撃退士達に向け叫んだ。
「イ、イェラネン様ぁ……ホザンナ! 天の使いよぉっ!! 我に貴女の敵を打ち払う力を与えたまええええッ!!」
これに英斗と共に突っ込んでいた雪花が叫び返した。
「皆の仇だ! 終わらせてやるッ! オラァアアアトルッ!!」
金糸の髪の少女は、杖を振り上げると、電撃を宿して猛然と殴りかかった。
かくて、激しい攻防の末、追い詰められた使徒オラートル・フルメンは包囲され退路を断たれ、四方からの一斉攻撃を受けて討ち取られた。
使徒を失ったサーバント達はそれでも抗戦するも、戦況は学園生側優位で進み、やがて殲滅された。
ここに京都市を脅かしていた山岳の天界軍部隊は一掃され、京都は再び安全を取り戻したのだった。
戦後、征治は雪花を労った。
「一区切り、つきましたか」
「……はい、おかげさまで」
使徒を撲殺し仲間達の仇を討ってその無念を晴らした金糸の髪の少女は、涙ぐみながらも実に晴れやかな表情でにこっと微笑した。
「先輩、皆さん、とても、有難うございました」
十五歳の少女は腰を折り曲げ征治達へと深々と一礼した。
「想い、果たせました」
雪花はこれで前に歩いてゆけますと、涙交じりの声で言った。
彼女が何処へ辿り着くのかは、明日だけが知っている。
明日は、明日の、風が吹く。
了