――蹂躪された者達の痛みを思う。
暴威から逃れんが為、故郷を捨てた者達の痛みを想う。
其れは昔日、遠い日の記憶、在りし日の己そのもの、過去の己がこの地には在った。
(負けられない)
歳月と共に長じたは青年は想いを牙に変え、漆黒を纏い、紅蓮の火を瞳に灯して、刃を構える。
陽波 透次(
ja0280)が携える日本刀は金色の光輝を纏い、太陽の如くに鮮烈に輝いていた。漆黒の青年は光の刃を携え山林群れ成す戦場を枝伝いに駆け跳躍し、突き進んでゆく。
「ヨハナァッ!!」
紅蓮の爆炎を裂いて堕天使の聖騎士が飛び出し、髑髏帽のナースへと騎兵剣を一閃させる。
光が走り、ヨハナが断ち切られ、その瞬間、掻き消える。
幻影。
『『あはははははぁ♪ は〜ずれじゃっ!』』
にやーと笑いながら金糸の髪のナースは赤翼を広げ、林立する樹木の狭間をすり抜け宙を舞う。
「エアリアさん!! ヨハナは私達で何とかするからルインズと最低限のアスヴァン連れて夏樹の方を抑えに行って!!」
ナナシ(
jb3008)もまた黒紫の翼を広げて宙を舞いながら叫んだ。悪魔の童女は赤黒光を纏うハンマーを掲げ、アウルを解き放つ。
刹那、紅蓮に輝く火光粒子が空間に出現した。
薔薇の花びらの如き炎の群れだ。
眩く紅の聖霊の化身、『聖霊降臨(ペンテコステ)』、赤き光の花弁の群は強風と共に逆巻き、紅蓮の竜巻と化して、樹木を薙ぎ倒し虎頭の大男達を呑み込んで、空間を飛び散る血潮よりも赫く、凄絶な破壊の嵐を巻き起こしてゆく。
「しかし!」
白い翼の聖騎士はナナシへと視線をやり、瞬間、火炎の竜巻を裂いて四体の虎男達が飛び出し、宙に向かって跳躍した。
虎の戦士達は、屈強誇る身を襤褸雑巾のようにしつつも、衰えぬ戦意盛んに牙剥き咆吼をあげ、黄金光を纏う拳を振りかぶる。
だが、その拳が届くより前に、上方より漆黒の影が降り、虎達の眼前に輝く円が出現した。
木上より高々と身を躍らせた陽波透次は、群がり来る異形達を凍てついた闇を湛えた瞳で見下ろすと、絶望の叫びを解き放った。光のきざはしが爆音と共に天地を貫き、光円内にいた四体の虎頭人達が眩い光に呑まれ薙ぎ倒されるように次々に吹き飛んでゆく。光の円陣。
「エアリア! ここは味方に任せよう!」
多数の敵味方が入り乱れ刃弾飛び交う中、大炊御門 菫(
ja0436)は紅蓮炎噴出する槍を赤雷の如く一閃した。
炎の一閃が束縛されている虎頭人を鮮やかに断ち切って抜け、赤い飛沫をあげながら虎男が倒れてゆく。
「ナナシ達なら任せて大丈夫だ、行こう!!」
菫は思う。
倒すべき者達が居る。
隣は共に戦う友が居る。
後ろには守るべき街がある。
「気合一つで足りぬならば、二つ、三つと合わせてやろう!」
「む……解った!」
菫の言葉にエアリアは頷き、八名のルインズと三名のアスヴァンらと共に、二人は九時方向へと移動を開始する。
「――まずは虎頭の数を減らさないと、ね……!」
巫 聖羅(
ja3916)は木立ちの陰より猫のような印象を与えるルビーアイズで戦場を見据えつつ、片手に魔法書を広げた。もう片方の手より巨大な紅蓮の火球を生み出し、虎頭達が密集している地点へと目掛けて撃ち放つ。
爆音と共に燃える巨大な火球が飛び、咄嗟に仲間を庇うべく割って入った虎頭人に炸裂し大爆発が巻き起こった。
炎が猛烈に荒れ狂い、やがて収まった時、腕を交差させて立っている虎頭人の姿が現れる。刹那、銀髪翠瞳の少女が疾風の如くに踏み込んだ。エルム(
ja6475)だ。少女はエアリアや菫達左翼へ向かう集団の移動を援護すべくDOGの聖騎士や忍軍達と共に足並みを揃えて突っ込んでゆく。
(西園寺さんの護衛ではいいところがなかったから、今回はがんばらなくちゃ……!)
己の存在価値を示したい。
足掻くような想いを乗せ、真鋼の刃が煌く雪結晶を纏いて空を裂き走る。
「秘剣、翡翠!」
疾風の如く突き出された切っ先は、虎頭人の水月へと吸い込まれてゆき、強烈な衝撃力を発生させた。虎頭人が白目を剥き、次の瞬間、DOG聖騎士達が穂先を並べる槍を次々に繰り出した。三本の槍がスタンし完全に無防備になっている虎男を次々に貫いて串刺しにし、虎頭拳兵は鮮血を吐き出して絶命する。
だがその一方で、虎頭人達もまた咆吼をあげ光を纏う拳と、巨木の幹のように太い脚を振るい、DOGディバインや忍軍達を粉砕してゆく。
エルムの眼前にも来た。赤マントを纏った筋骨隆々の虎男は、炎の破壊の傷跡をその身に刻みつつも、なおも猛々しく咆吼をあげ牙を剥き襲い掛かって来る。
黄金の脚が繰り出され、エルムは咄嗟に身を捌いたが、かわしきれずに脇腹に炸裂し、突き抜けてくる重い衝撃と共に視界が揺れた。激痛の呻きと共に肺から空気が吐き出されてゆく――負傷率八割三分、エアリアの防御結界支援を未だ受けているエルムでも二発貰ったら沈む。
新兵達が次々に倒れてゆく。一撃で倒される者もかなりの数がいた。
「くっ……勇気をもって敵にあたるんです! 弱みをみせたら敵はそこを衝いてきますよ!」
エルムは斬り結びながら鼓舞するように叫んだ。後方から暖光が飛んできて、エルムの身が癒えてゆく。
異形達が次々に沈められる傍ら、撃退士達も次々に倒れてゆく。初動中央の互いの激突は非常に激しいものとなっていた。
ナナシもまた味方を鼓舞するように良く通る声を張り上げる。
「作戦通りにやればヨハナだろうと恐れる事は無いわ。皆、ここがこの戦いの正念場よ!!」
直後、紅蓮の巨大魔弾がナナシへと向かって唸りをあげて迫り来て、壮絶な大爆発を巻き起こした。
●
山林内で敵影を目視したとほぼ同時に天野 天魔(
jb5560)は天使の翼を広げて宙に舞い上がり、無線に矢継ぎ早に指示を流していた。
『右翼のインフィ、中央へ急ぎたまえ! ヨハナの紅蓮魔弾と幻影を抑えろ! インフィを除く全隊飛兵は味方右翼に集合! こちらに来い! 右翼の歩兵は中央と左翼の援護へ! 全速だ!』
出撃前にナナシが交渉しエアリアから指揮権を撃退士達は譲り受けていたので、次々に新兵達から了解の意が帰ってくる。ルーキーでも戦闘訓練を受けている戦闘組織の隊員達だ。新兵ゆえ多少のぎこちなさを見せつつも、隊員達が駆け足で隊間を移動してゆく。
(ヨハナが直接出てきて戦ってるってことは拠点が近いのかな)
偵察がうまくいくように、頑張ってヨハナたちの足止めしたい。Robin redbreast(
jb2203)は、突撃しゆく味方中央と、木々の間を縫って彼方より迫り来る百の敵影を見渡す。
Robinと影野 恭弥(
ja0018)らの左翼隊の正面には、体長六メートルを超える空飛ぶ黒い巨大鮫が四体先頭横一線に並んで猛進してきていて、その後方より四体の黒マンタと、同程度の巨躯を誇る巨大蛙の十七体程の群れが追従してきていた。そして黒髪を結い上げた十歳程度の童女ヴァニタス鹿砦夏樹。
その向かって左手側には二十五体程度の金瞳の猫達が、黒い風の如くに林間を縫って、回り込むように斜行してきている。
一方の味方右翼、天野らの正面に位置している敵左翼の二十五体程度の小鬼の群れは、剣と盾を構えて整然と戦列を構築し、敵中央の左手側を守るように歩調をあわせて前進してきている。
やがて、中央同士が激突してその前進が止まり、敵左翼の小鬼達の戦列も天野達へと肉薄する前に止まった。個々の力は弱いとの報告がある小鬼達は、防御を重視しているようだ。あるいは、機を窺っているのか。
(……どう動く?)
恭弥は視線を忙しく巡らせて、敵味方の移動を見据えている。
隊間人員移動が完了した時、左翼は恭弥とRobinを除くと各職八名の計四十名となっていた。味方の両翼は動かずに待機しており、敵左翼も前進を止めた。が、敵右翼は猛然と驀進してきている。
その時、中央のエアリアより左翼方面へと向かう旨の無線が流れてきた。
『左翼、ルインズと忍軍は前進しろ。中央から来るエアリア達と合流して連携するんだ』
恭弥は左翼の新兵達の一部に前進を指示する。
『左翼のディバ、インフィ、アスヴァンは十時方向の黒猫の移動を抑える。敵進路を塞ぐぞ。回りこませるな』
左翼隊は二隊に別れ、機動を開始する。
左翼戦域で最初に交戦に入ったのは、ルインズ八名、忍軍八名の計十六名が対敵右翼隊だった。
十六名の新兵達へと宙を舞う四体のマンタ達より超音波が次々に放たれ、広範囲を薙ぎ払う音波であったが、新兵達は対策を聞いて散開していた為、直撃を受けたのは四人程度であった。しかしその四人は抵抗できず、音波を浴びて片膝をついてゆく。スタンだ。無防備となった新兵の男女へと巨大な角を持つ大鮫が猛然と空を泳ぎ迫る。
中央から左翼へと駆ける菫やエアリアらの集団十三名は敵の側面を突く形となっていたが、彼女達の剣や槍が届くよりも、鮫達の角が無防備になっている者達へと届く方が速い。
「――させるかぁッ!!」
菫が叫び、炎の槍を一閃させる。遥かに間合いの外、だがその瞬間、宙に紅蓮を描く斬閃に沿って衝撃波が飛び出した。衝撃波は唸りをあげて空間を制圧し、今まさに忍軍の青年をその巨大角で貫こうとしていた大鮫の身に炸裂しその巨体を吹き飛ばす。弾かれた大鮫の進路が変化し、青年をかすめ大地へと激突して爆砕した。
学園生達より火力の集中指令を受けていた左翼の新兵達は、動きが止まった所へ突撃して斬りつけ影手裏剣らの嵐が飛び、豊富な生命力を誇る大鮫が血達磨になって絶命してゆく。
もう一体の大鮫もまた、エアリアのフォースに弾かれ、中央から封砲やソニックブームらによる嵐の如き集中攻撃を受け、血飛沫を撒き散らしながら沈んだ
だが、残り二体の大鮫はそのまま猛然と直進し、意識を失って無防備になっている隊員二人を角でぶち抜いた。胴体を貫かれた男女は口から血反吐を吐き出して絶命する。
さらに、黒き巨大蛙の口より水鉄砲の如く放たれる液が、嵐の如くに左翼の撃退士達へと降り注ぎ始める。
「来たぞ消化液だ! 隠れろ!」
菫は山林内を素早く駆けると樹木の陰にその身を飛び込ませた。透明な消化液が飛来して木に直撃し、たちまちシュウシュウと音を立てて木の幹が溶けてゆく。
エアリア他、対策を聞いていた新兵達も木々を盾にかわした者がそれなりにいたが、消化液を浴び、身から白煙をあげている者も多い。彼等の防具は急速に腐敗を開始していた。
そんな中、
「あなた、大将ね?! その首置いていきなさいッ!!」
ポニテ童女が猛然とエアリアに突撃し攻防を開始する。空中ダッシュからの三連回し蹴りを、ブロンドの聖騎士は盾で悉く受け止めた。光が爆ぜ、轟音が鳴り響いてゆく。
一方、恭弥とRobinは左翼のディバ、インフィ、アスヴァンら二十四名と共に敵最右翼の黒猫集団の進路を塞がんと駆けていた。
「行かせるか」
恭弥は樹木林立する山林の中、疾風の如くに駆ける黒影の先頭を射程に捉えると、PDWの銃口を向け引き金を絞る。
腐敗のアウルを籠められた弾丸は黒い閃光の如くに飛び、大砲の直撃でも受けたかのように黒猫の身が吹き飛んだ。血肉が飛び散り、声もなく黒猫が倒れる。
Robinは移動先を予測しつつ、白銀銃を向け、発砲。光の弾丸が空を裂いて飛び出し、黒猫へと迫る。
が、突如として黒猫は機動を変化させた。弾丸が地に突き刺さって爆砕する。
攻撃を受けた黒猫の集団はその進路を大きく変化させていた。
撃退士達から距離を大幅に取って、射程を避けるように大回りで移動してゆく。
『追うな』
恭弥は対応メンバーに無線で制止を告げた。
『あれは、俺達の足では追いつけない。先回りする。中央の後方へ向かって移動だ。極力、目視は外すなよ』
その移動の途中、
「やっぱりあの猫速いね。インフィさん達、精密狙撃は使えないかな」
キルマシーンな少女は冷静な様子を前面に出しつつ新兵達にお願いをしてゆく。
(今突撃娘に死なれては今迄の苦労が水の泡だ!)
一方、右翼の天野天魔は胸中で叫んでいた。
だからなんとしても、なんとかしなければならない。必ずしも勝たなくても良い。未来にさえ繋げられれば。
白黒反転した瞳より常時血涙を流す堕天使は、結集した飛行隊を率いて正面に展開している敵戦列へと迫ってゆく。
総計二十五体程度のレッドノッカー剣盾兵の集団は、戦列を保ったまま動こうとはしなかった。中央の側面を固めている。
その中央同士の激突部分。
宙で紅蓮の大爆発が巻き起こっていた。
ナナシに到達する手前の空間で、紅蓮弾が弾丸に撃ち抜かれて爆ぜたのだ。
「ぬぅっ!」
ブロンドナースはそのしなやかな身を翻すと再度、手に紅蓮の輝きを宿して魔弾を撃ち放った。瞬間、再び弾丸が飛来してヨハナのすぐ傍で大爆発が巻き起こる。
己の広範囲大火力魔弾で小柄な身を焼き焦がされたブロンド娘は、ケホッと煙を薄桃色の唇から吐き出した。
地上より弾丸の雨が飛び、ヨハナの幻影が次々に撃ち抜かれて消えていっている。インフィ達の射撃だ。
「く、くっそぅ!! いっつも、いっつも、妾にばっかりメタ張りおってぇ!!」
「貴方が一番厄介なんだから自由にさせるわけは無いでしょ」
ナナシはアウルを集中しつつ涙目で歯軋りしているヨハナへと言い放つ。
地上ではエアリアらが九時へと抜けて前線が薄くなった為、透次が三方より虎頭拳兵より猛攻を受けている。透次の耐久力では、一撃でもかすめれば即座に意識を刈り取られる剛撃だったが、青年は迫る黄金の拳を上体を逸らしてかわし、一歩後退してかわし、旋風の如き回し蹴りを身を沈めてかわす。完全に見切っていた。
かわしざま、地より光円が出現し、爆音と共に光の柱が噴きあがる。さらに紅蓮の薔薇の花びらがそれに重ねるように逆巻いて、三体の虎人を一瞬で焼き尽くした。
宙よりペンテコステを放ったナナシは、同じく宙を舞っているヨハナを見据え、
「この前の借りは返すわ。今度こそ貴方が逃げ切る前にぶん殴ってみせるわよ!!」
とプレッシャーをかけてゆく。
「……ふんっ! それはこっちの台詞じゃ、やれるものならやってみよ、今日こそはこっちが勝つわ!!」
ヨハナは叫び、身体を撃退士達の側に向かせたまま翼で宙を叩き――後退してゆく。言葉とは裏腹に弱気っぽいようだ。
(……この辺りには空中を攻撃できる敵はヨハナしかいない筈)
警戒しつつ、ヨハナを追ってナナシも木々の間を飛行し前進してゆく。
(敵指揮官はバロネス・ヨハナと鹿砦夏樹。ディアボロは百体程度……敵戦力が厚くなって来てるって事は、やっぱり本拠地に近付いてる可能性が高いわよね?)
激しい戦闘の最中、聖羅の胸中をそんな言葉がかすめる。Robinと同様、彼女も敵の戦力に手応えを感じていた。
茶色のツインテールの髪をふわりと揺らしつつ木陰から木陰へと駆け、美しい少女はその手に再び紅蓮に鮮やかな巨大な火球を出現させた。
隠密隊が目的を達成する迄の間、何としてもヨハナ隊の足止めをする。
伸びされた指先より、火球が空を破裂させる轟音を鳴り響かせながら投射され、ちょうど中央の騎士達を全滅させた所の虎頭人達へと炸裂する。
紅蓮の閃光が瞬いて熱波が荒れ狂い、次々に光の鎖や影を縛る短剣が猛然と飛んでゆく。ルインズが左翼へ去り、八名いた神聖騎士が全滅し、忍軍も半壊していたが、アスヴァン五名とインフィル十二名は未だ健在だ。
動きが止まった二体の虎頭拳兵へと、雪晶纏う日本刀を手にする銀髪翠瞳の少女が鋭く踏み込んだ。エルムの大太刀が目にも止まらぬ速度で縦横に翻り、二体の虎頭人の身体から血飛沫が勢い良く吹き上がってゆく。
どさどさ、と重い音を連続して響かせながら虎男達の巨体が大地に倒れ伏した。
虎頭人達の残数十一、ヨハナを加えて十二、一方の味方は二十六名、優勢であった。
●
他方、味方左翼VS敵右翼方面。
超音波砲に撃たれた男女が次々に膝をついてゆく。
二体の巨鮫が旋回を開始し、菫は声をあげて夬月を放ち、紅蓮衝撃波を炸裂させてうち一体の角を根元から圧し折り吹き飛ばした。直後に閃光、矢、弾丸、衝撃波が次々にその巨体に炸裂し大鮫が血塗れになりながら沈んでゆく。
残りの一体がそのまま突撃し、夏樹の三連撃をエアリアは捌きながら剣を一閃して衝撃波を放った。大鮫が弾き飛ばされて突撃が逸れ、集中射撃を受けて沈み、スタンしていた青年が生き延びる。
が、それも束の間、横合いから舌が伸びて、男は巻き取られて大蛙の胃袋の中へと消えていった。
十七の漆黒の大蛙が跳躍し舌をハンマーの如くに振るってスタンさせ、また別の個体が意識を失ってぐったりしている新兵達へと舌を伸ばして巻き取り、胃袋の中へと次々に呑み込んでいっていた。既に十名あまりが喰われた。
「くっ……」
犠牲を目の当たりにして菫が呻く。
菫は被スタン者への攻撃は横合いから弾くように要請していたが、同時に散開もしているので互いに距離がある、咄嗟に剣や槍で弾けない。弾き飛ばし効果があるフォースを持つディバインは他の方面へいっている為、菫とエアリアしかいない。
四体の鮫を殲滅したが、左翼と中央からの面子で二十七名いた新兵達は既に十五名にまで討ち減らされていた。厳しい戦況だ。
敵最右翼の黒猫達は、恭弥やRobinらの対応隊が追ってこず中央へと移動し始めると、再び方向を転じ、対応隊目掛けて真っ直ぐに突っ込んできた。
恭弥は両手で構えたPDWの銃口を向けた。肺の中の息を吐き出し、止め、滑らかに引き金を絞る。発砲。
一秒よりも遥かに短い刹那の時、先頭を駆ける漆黒の影猫は雷光の如くに機動し、しかし腐敗のアウルが籠められた弾丸はそれを逃さず、未来を読んで先回りしていたかの如く、吸い込まれるように突き刺さった。黒猫の身が爆ぜ吹き飛び、赤い色を宙に撒き散らす。撃破。
次の刹那、虚空より出現した彗星が光の雨の如くに周囲一帯へと次々に流れ降り注ぐ。光が大地や木々を爆砕してゆく中、猫達は黒い稲妻の如く流星の中を掻い潜り、あるいはかわしきれずに直撃を受け手傷を負ってゆく。傷を負った金瞳影猫目掛けて八人の射手達が突撃銃で精密射撃し、およそ半数が命中し二体の猫が倒れた。
うち一体、射撃をかわした猫の回避先へと狙いを定めてRobin・redbreast、ゴルゴンの紋章を掲げ、その力を解き放つ。
刹那、無数の目玉のようなものが紋章より出現し、嵐の如くに影猫へと襲い掛かった。刹那、黒猫の身が爆ぜて吹き飛び、大地を転がってゆく。
だが、二十体が生き残り突っ込んで来た。
八名の騎士達がタウントを発動しながら前に出てゆく。
津波の如くに押し寄せてきた黒影達は、次々に騎士達に飛びかかると、爪を振るって赤光の斬線を巻き起こし、その喉元に喰らいついて牙を打ちたて引き千切り、空間に赤色が飛び散らされてゆく。
四人の騎士が崩れ落ち、黒い影達は旋風の如くにその場から飛び退いた。
他方、味方右翼。
「頭上を取った我々が圧倒的に有利だ!」
天野天魔は、総勢十七名の隊を前進させてレッドノッカー剣盾兵へと迫っていた。
「落ち着いて射撃主体で集中攻撃し確実に倒せ! 範囲攻撃もちは密集箇所を狙え!」
天使と悪魔の集団は、翼を広げて空を舞い、戦列を組んで密集している小鬼達へと一方的に衝撃波や黒い閃光や矢弾を撃ち降ろし、小鬼達が頭上に向けた盾と激突して激しい火花を巻き起こしてゆく。
天野天魔はストレイシオンを突っ込ませ爆発的に力を発揮させた。縦横無尽に振り回される爪や尾が盾の上から小鬼達を叩き薙ぎ払ってゆく。
ストレイシオンは地上からの攻撃だったが、最前列の小鬼から剣で牽制を受ける程度で、踏み込んでの反撃は受けなかった。やはり敵は防御に集中しているようだ。
他方中央。
ヨハナはどうやら新兵達の射程が己より短いのを見切ったらしく、その範囲外まで後退して八体の幻影分身を再び展開している。
九体のヨハナ達より紅蓮の魔弾が撃ち放たれ、ナナシら撃退士に命中する前に宙で一発が大爆発を巻き起こし、幻影の八発は掻き消えてゆく。
(これ以上は前に出られないわね)
地上に火炎嵐を巻き起こしつつナナシは胸中で呟く。新兵インフィ達は虎頭拳兵を恐れてか前衛よりも前に出なかった。故に、宙のナナシが前進し過ぎるとインフィ達の射程から外れ、援護射撃の範囲外へと出てしまう。
地上の透次は連続攻撃を捌きつつ、ナナシの火炎に合わせて再び光円陣から光柱を爆裂させて四体の虎人を吹き飛ばしている。聖羅はマジックスクリューを活性化しエルムは新兵達の攻撃に重ね、一撃を受けつつもヒールで支えられながら日本刀を閃かせている。
「冥途の土産というヤツです。私の秘剣であの世に送りましょう」
血飛沫を噴き上げながら二体の虎頭人が倒れ、残りは五体。
味方の忍軍も全滅していたが、虎頭の殲滅は時間の問題と思われた。
一方左翼。
大蛙達が暴れ回り隊員達が次々に呑み込まれてゆく。
(このままでは……!)
圧倒的な劣勢を悟った菫は槍を手に思案し、おそらく敵右翼隊の隊長であろう童女ヴァニタスへと視線を向けた。
頭を潰せば、あるいは。
エアリアに夏樹相手の防御の手助けはいらなさそうだと判断した菫は、横手へと回りこむように駆けつつ機を窺う。
エンジェルナイトのサーベルが一閃されヴァニタスの身から赤い血飛沫が噴きあがった瞬間、炎の槍を収め、脚部にアウルを収束させて爆発的な加速を見せて飛び出した。
「えっ――?!」
振り向き目を見開いた夏樹の眼前まで一気に間合いを詰めると、穂先を顔面を薙ぐ――軌道を見せにしつつ、その勢いのまま槍を回転させて腰部を石突で薙ぎ払った。
人の身ながら驚天動地の域にまで天属が高められた一閃は、鬼神の一撃もかくやの如くに鋭さを見せ、童女の左腰に炸裂した。轟音と共に盛大に骨の砕ける音が鳴り響き夏樹の口から苦悶に満ちたうめき声があがる。
童女は壮絶な破壊力に弾き飛ばされて地を一回、二回、三回と転がってからようやく起き上がった。
「貴様は強いらしいが」
菫は紅蓮の槍を手に見下ろしつつ言う。
「私達も強いぞ」
打って来い、と聖騎士はヴァニタスを挑発した。
――次を捌いて仕留める。
己とエアリアの二人ならやれる筈だ。
「……思い出した、あんたの顔。あたし、知ってる。そうね……貴方達二人が相手じゃ、今のあたしじゃ、一人じゃ到底勝てないわね」
童女は右足一本で地を蹴って跳躍すると、身より光粒子を噴出させて大きく後退して間合いを広げる。
「でもねこれ、集団戦なの!」
金色の瞳に漆黒にぬめる皮膚を持つ、六メートルの巨大蛙、その十体が次々に跳躍してきて、菫達と夏樹との間に降り立った。
●
敵の元最右翼、影猫機動隊への対応隊は、恭弥が三度目、またしても影猫を一発で撃ち抜いて仕留め、ヒット&アウェイで飛び交う無数の黒影に対して手裏剣や銃撃が飛び、Robinが逆十字架を虚空から撃ち落として影猫達を粉砕している。
ディバイン達はリジェネを発動しさらに八名のアスヴァン達は攻撃を控えてライトヒールに専念し前衛を支える。
互いになかなか数は減らないが、撃退士の側が優勢になりつつあった。
天野天魔が指揮している右翼の飛行隊は引き続き敵左翼へと空中から一方的に攻撃している。盾の上から衝撃を与えて敵の体力を削っていたが、新兵達の火力が低い事と、敵が防御に専念している事もあって未だ倒すまではいかない。
中央で透次が拳を捌きながら光柱を噴き上げ、ナナシが炎を巻き起こし、聖羅の魔力の風が逆巻いて朦朧とさせ、エルムの太刀が翻り、新兵達の射撃が唸って五体の虎頭が殲滅されてゆく。
その最中、ヨハナは中央を放棄して九時の方向へと高速で飛んでゆく。逃げ足が速い。
虎人達を殲滅したインフィル及びアスヴァン達はそれを追い、透次、エルムもヨハナを追った。一方のナナシと聖羅は味方右翼の加勢に向かう。
ヨハナが向かう先の左翼。
「かかりなさい!」
夏樹の号令と共に菫目掛けて十体の巨大蛙が跳躍していた。
次々に消化液が放たれ、その舌が伸びてゆく。
「む!」
菫は素早く樹木の陰へと身を滑り込ませつつその瞳の色を暗赤色に変化させる。
三連の液体砲を木を遮蔽に取ってかわし、横手から縫うように放たれた二発の消化液が炸裂してその身から白煙が吹き上がり、魔装が腐食し舌がハンマーの如くに叩きつけられ、その最中蝕が切れ、菫は面を外す。
「くっ……!」
集中攻撃の前に菫の負傷率が七割を超えた所で、エアリアが割って入った。続く三連舌撃を身を盾にして割り込み受け止めてゆく。
が、刹那、さらに虚空から巨大な紅蓮魔弾が飛来して広範囲に大爆発が巻き起こった。
ヘルキャットの大火力魔弾。
『『あっはァ、危険な奴等はバイバイなのぢゃっ♪』』
レート差が爆裂し、菫、負傷率十八割四分、菫とエアリアが沈んだ。多方向からの圧倒的数の暴力。五名いた左翼の生き残りも超音波と薙ぎでスタンした所を大蛙達に呑み込まれて全滅していた。
左翼の壊滅である。
中央から透次を先頭に撃退士達が駆けつけ、再び左翼戦域で戦闘が開始されてゆく。
透次、エルム、アスヴァン五名、インフィ十二名VSヨハナ、夏樹、マンタ四体、大蛙十七体。いけるかどうか。
その頃、右翼。
「何らかの狙いがあって積極的には動かないのだろうけど……」
聖羅は跳躍すると翼を広げて宙に舞い上がっていた。
「上空から攻撃する分にはどうかしら?」
右翼隊の空中からの攻撃を小鬼達は一方的に受け続けていた。ただただ耐えるだけである。頑強に粘っていた彼等だったが、到着したナナシの炎の花びらが荒れ狂って、十一体の小鬼が消し飛び、ついに戦列のど真ん中に大穴が発生した。
小鬼達は空へと盾を構えながら今度は散開した。だが反撃にはでず、やはりひたすら防御を固めている。
対最右翼は恭弥がやはり一撃で影猫を斃し、Robinは前にでるとディバ達にヒット&アウェイで群がっている猫へと赤、青、黄、色とりどりの大爆発を巻き起こした。三体あまりがかわし損ねて一撃で消し飛ばされてゆく。インフィ達の射撃でさらに二体が斃れた。
左翼戦域。
ほとんどの敵に無敵ともいえる回避力を誇る透次だったが、
(マンタは不味い!)
宙を泳ぐ巨影の一匹が己を見据えているのを見て、青年は大蛙から放たれた消化液をかわしざま耳を塞いで咄嗟に木陰に飛び込み伏せた。直後、頭蓋の内部を直接掻き回されるような振動が襲いかかってくる。
木々を盾に減衰させたそれをなんとか堪え、次々に飛来する大蛙の舌を飛び退いてかわし、ヨハナの側面を目指して駆けてゆく。
だが、同時にインフィ達へも超音波と舌が荒れ狂って、次々に新兵達は倒れ大蛙の胃袋の中に呑み込まれてゆく。
それを守らんとエルムは伸びてきた舌の一本を斬り飛ばし、しかし次の瞬間、突撃してきた夏樹の三連撃を一撃かわすも二連の直撃を受け打ち倒された。
この戦況の中、今なら前に出ても大丈夫と踏んだか、ヨハナもインフィ達へと突撃を仕掛け爪で斬り裂いて沈めていっている。
崩壊の時が押し寄せようとしていた。
右翼は火炎が尽きたナナシがハンマーを振るい、聖羅がライトニングを撃ち落とし、天野や右翼隊の面子が射撃して四体を撃破。残り十体。
対影猫隊も五体あまりを撃ち減らし残り六体。
●
「……これは、駄目だ、勝てん」
戦場を見渡し天野天魔が呟いた。
『総員、退却だ! 無駄に死ぬな!』
撃退士達は退却に移った。
透次は猛攻の中、エルムと菫とエアリアの回収を計り、多大な隙を見せつつも空蝉を駆使して捌ききり、彼女等を新兵に託して最後尾の殿を務め、恭弥とナナシは大蛙の消化液を浴びつつもライフルを持ち出してマンタを狙撃して撃ち落とし透次を援護した。
Robinは六体の影猫達からの追撃を受けつつもヒールや援護射撃を受けながら冷気と炎を撒き散らしてこれを爆砕し返り討ちにする。
「この間、不肖の兄を丸焼きにしてくれたお礼はさせて貰いたかったんだけどね。忘れてるとは思うけど……!!」
聖羅は宙を舞いながらライトニングを放ちヨハナの突撃を牽制する。ヨハナの十榴魔弾は対影猫を担当していたインフィル達が撃墜し抑えていた。
「兄? あぁおぬし等、目が似とるの」
一つの顔を思い出したのか彼女は盛大に顔を顰めた。
聖羅は言う。
「私達の接近を嗅ぎ付けてから、短時間でこれだけの大群を用意出来るなんて凄いのね? ――それだけ本拠地に近い、って事なのかしら? それとも性悪猫さんの手腕?」
「ほほほ、そうじゃよ、妾の手腕は凄いのじゃよ。じゃっから、主ら根こそぎ殲滅されたくなくば速やかに去ね!」
逆襲を恐れたか、それとも陽動に勘付いたか、ヨハナは言って、追撃を停止させた。
他方。
「上から追撃やめろって言われても、手柄首は当然取りにいくわ。殺せる時に殺せるだけ殺す、皆殺しよ」
目を細めて微笑し童女ヴァニタス。
「――って言いたいんだけどね。でも、やめとくわ。今回は見逃してあげる。これで貸し借り無しよ」
「それがお前の答えか、夏樹? 俺を怨まないのか?」
殿に残り周囲へと防御結界を展開している天野が言う。
「あたしは、まっとうな復讐は果たされるべきだと思うけど、逆恨みっていうのは嫌い。貴方の行為はあたしが怨みに思う対象ではないわ。むしろやっぱり骨を折ってくれて有難うってお礼を言うわ。でもこれでチャラよ。立ち塞がるなら邪魔だから、次に会った時は殺すわ」
かくて撤退した撃退士達だったが、目的であった陽動への貢献は十分なものが果たせた。
あとは、犠牲の果てに得られた時間を、偵察隊が上手く使ってくれる事を祈るだけであった。