鋼は歌う。
聞こえるだろうか、その声が。
弾丸は祈りを吼えている。
祈りとは。
(すごい。ああやって戦うんだ。あの人たち、戦いなれてるんだ)
郷田 成長(
jb8900)はDOGの古参隊員達の戦いぶりを見やって感心を覚えていた。
機械のように正確に、しかし気紛れな運命神のように先を読ませず、男達は戦っている。いくさ場の弾丸は、その殺意と、かつて殺されていった仲間達への弔いを、今を生きる者達の健やかな暮らしへの願いを、言葉よりも行動に籠める。
――ボクもいつかあんな風にカッコよく戦いたい!
少年は戦士達への憧憬を心に刻んだ。
(最初が肝心!)
竜見彩華(
jb4626)は遭遇と同時に間髪入れずにティアマットを召喚していた。
虚空より蒼白い身を持つセフィラビーストが顕現して大地に降り立ち、無尽の光の力を纏っている。天属性の力が増幅され、力が増してゆく。
「気持ちで負けてちゃダメですよね! 絶対勝ちます! 頑張りましょう!」
黒髪碧眼の小柄な少女が腕を振り上げ声をあげた。それに応えるように召喚獣の咆吼が戦場に鳴り響く。周囲の味方の士気が鼓舞され、その力が増してゆく。
「西園寺様、奇襲にご注意を」
ブロンドの少女――只野黒子(
ja0049)は、紫と黒を基調とした生物的なフォルムを持つ狙撃銃で、燐光と共に弾丸を放ちながら、壮年の指揮官へと丁寧な口調で告げた。
この戦場、山岳戦、起伏が多く樹木は生い茂っている。つまり、視界が通らない。故に警戒すべき第一はそれだ。
放たれた弾丸は、斜面に群生する木々の隙間を東方向へと駆けてゆく黒猫の一匹の背を掠めて抜けた。金瞳の黒猫達は戦域より離脱でもするかの勢いで木々と稜線の彼方へと姿を消してゆく。
黒子は振り向き、西側でも黒い影達が大きく機動していっているのを視界の隅に捉えた。
「顧問官、影猫は射撃能力は持たないが小さく極めて機動力に長けている」
天野 天魔(
jb5560)は防御効果の発動を召喚獣へと指令しつつ、狙撃銃で射撃している西園寺に説明する。
「警戒が必要だ。特にナース対応のインフィの安全確保は万全にな」
集団戦において、敵の最大火力はヘルキャットの広範囲爆撃であると天野と黒子は思う。そのヨハナによる爆撃を封じているのが現状、DOGの射手達だ。で、あるならば。
「敵が狙う手は狙撃手及び指揮官の殺傷、及び混乱助長と予測します。危機的状況が予測できれば周囲へ警告を」
黒子が短い言葉の中に意味を機械的に圧縮して述べ、
「以前のように最後に寝ていたくないなら君自身の身も注意するのだな」
と天野が情感混じりに重ねて言った。富士市のDOG本部の屋上で会長と談笑していた西園寺は、街に密かに潜入していたヘルキャットから不意打ちで爆破されて生死不明となり、DOGは大混乱に叩き込まれた事があった。
指揮官もまた狙われるものだ。その影響力が強いほどに。
二人の言を聞いた西園寺顕家は部下へと無線で指示を飛ばしてから「言ってくれるぜバカヤロー。もう睡眠時間は十分だ」と天野へと悪態をつきつつ、
「確かに、そういう動きだなぁこいつぁ。予測か。十中八、九、あの影猫どもは回り込んでこっちに来るな。後ろか、横か、両方か。見といてくれ。俺達は高所で小さくまとまる」
と天野と黒子に頷きつつ移動を開始する。
射手達は散開していたが、指示を受け、ヨハナとの距離を一定に保ちつつも、他よりも起伏が比較的高い位置にある地点へと集まってゆく。彼等をガードするよう騎・剣・忍の三人構成の班のうち四つ程が両側面を固め直衛についてゆく。突撃を警戒して密集するつもりなようだ。
基本的に、肩を並べて密集すると格闘武器を用いて行われる近接突撃に対して強くなる。隣に味方がいる為、囲まれないからだ。
だが同時に射撃や爆撃に弱くなる。矢弾の狙いが逸れて本来ならば外れたような場合でも、隣の仲間に中り広範囲の攻撃には一度に巻き込まれる数が多くなるからだ。
西園寺はヨハナの範囲爆撃に重きをおいて散開させていたようだが、天野と黒子の言を受け、ヨハナの範囲攻撃は射撃で封じきると覚悟を決めて、奇襲突撃に対しての備えを重視したらしい。
密集した事により白兵突撃による奇襲には強くなったが、しかし範囲爆撃が飛んで来れば一撃で壊滅的な被害になるので、ますますヨハナを自由にさせる訳にはいかなくなった。圧勝するか、大敗するかだ。
他方。
今日、若杉 英斗(
ja4230)はその盾たる自信が揺らいでいた。大木の根が朽ち倒れゆくように。
が、
「足手まといになるわけにはいかない。俺は全力を尽くす!」
青年は裂帛の気合と共に光纏し阻霊を展開、DOG前衛達と共に突撃しつつさらに奥義・理想郷を発動した。
時代を司る女神とその従者たる六人の少女騎士達の幻影が出現し、七方に散って結界を展開し味方の防御力を飛躍的に増加させてゆく。
「さあ、反撃開始です」
黒井 明斗(
jb0525)もまた白銀の槍を手に迫り来る敵の中央――鹿砦夏樹と群れ成す虎頭拳兵へを迎え撃つように真っ向から突撃してゆく。
「降伏して貰えると助かりますが……ダメですかね?」
勝敗の行方未だ定まらぬ状態だったが、黒髪の眼鏡少年は大真面目に呟いた。敵を侮っている、という訳ではない。戦わずに済むならそれに越した事は無いからだ。そしてそれは損得勘定からではなく、根が優しいからである。
その呟きが聞こえていた訳ではないだろうが、答えはすぐに返ってきた。
鏃を凶悪に煌かせる矢の嵐が、木々の間を縫い、風切り音をあげて、明斗や英斗他、突撃する撃退士達の元へと襲い掛かって来る。
英斗は咄嗟に矢に対してトンファーを翳さんとし――瞬間、先日、無惨に額をぶち抜かれた時の光景が甦った。
フラッシュバックした惨劇の記憶に身が硬直し、三本の矢が唸りをあげて次々に青年の身に直撃してゆく。
矢は火花を散らしながら英斗の装甲に次々に激突し弾かれた。敵の弓勢はかなりの物で、レート差により破壊力も増されていたが、それでも騎士結界で防御力をさらに増した英斗の装甲を貫ける程のべらぼうな破壊力は秘めていない。
(くそっ! 未熟なクセに一度負けた位でなんだ!)
汗を額に浮かべて歯を喰いしばりつつ青年は山中を駆けてゆく。仲間達も駆けている。
(俺は……俺は、もう一度、皆を守る盾になってやるんだ!)
仲間の為、山梨の為、そして己がまだ戦える事を確認する為、ナイトたる男は歯を喰いしばって走る。
「この程度!」
明斗もまた槍とその装甲で三連の矢を弾き、突き抜けてくる衝撃に身を痛めつつも突き進んでゆく。避けられる戦いは避けたいが、必要な戦いに対して躊躇はしない。DOGの前衛達もそれぞれ大盾をかざして受け、あるいは木々が射線を切る領域に素早く飛び込んで避け、あるいは空蝉でかわし、一部の身に矢が突き刺さって、追随するアスヴァンからヒールが飛んでゆく。
「僕等が相手です!」
明斗は無尽の光を集中させるとその狙いを、稜線を駆け降り木々の間を抜けて迫り来るポニーテールの童女と虎頭の亜人達へと合わせ解き放った。刹那、轟音と共に空より光が地へと向かって流れ、連続して降り注いでゆく。コメットだ。DOGの撃退士達からも黒光の衝撃波や影の手裏剣が轟音と共に嵐の如くに放たれ、夏樹や虎頭に炸裂し木々までをも爆砕してゆく。猛攻である。
だが冥魔達はタフだった。互いに庇いあって攻撃を受け止め被害を抑え、激しい攻撃にも倒れる事なく突き進んでくる。
「頑丈ね」
ナナシ(
jb3008)は悪魔の翼を広げて林立する木々の隙間を飛行しつつ敵前衛が射程に入る間際、全身よりアウルを練り上げハンマーを翳す。
出発前、
――久しぶりね西園寺さん。また頼りにさせてもらうわ。
ナナシは西園寺へとそう述べ、
――こちらこそな。あんたの火力と頭は頼りにさせて貰う。
西園寺はナナシへとそう答えていた。敵の大火力広範囲爆撃者がヘルキャットであるなら、味方のそれはナナシだろう。
「けど、薙ぎ払うわ」
強大なアウルが解き放たれ、聖霊の化身たる薔薇の花びらを模した無数の神秘の炎が、強風と共に山林内に吹き荒れる。
無数の赤光の花弁が逆巻き、木々を一瞬で破壊し、虎頭や鹿砦夏樹を呑み込んで、赤い竜巻の如くに荒れ狂ってゆく。
壮絶な破壊が撒き散らされ、筋骨隆々たる虎頭男達が断末魔の咆吼をあげながら次々に倒れてゆく。
次の瞬間、紅蓮の竜巻を裂いて小柄な童女が宙へと飛び出した。鹿砦夏樹だ。
マリンハットとデニムのジャケットが吹き飛び、Tシャツとショートパンツ姿の一見ボロボロの様子になっていたが、未だ元気全開な様子で黒瞳に闘志を燃やし、背より紫色の粒子を爆発させて加速し稲妻の如くにナナシへと迫る。
旋風の如く振われた頑丈なブーツがナナシの胴に炸裂し、刹那、破裂したスクールジャケットが宙に舞った。空蝉。
「貴方は厄介だから速攻で潰すわ! 首置いてきなさい!!」
一度突き抜けた夏樹は、宙で身を捻ると再度背より光粒子を爆発させて方向転換し、再び出現したナナシへと向かって突き進み蹴りを放つ。再度ナナシの姿が掻き消えた。
三度夏樹が空中を翔けてナナシへと後ろ回し蹴りを放ち、やはりナナシは空蝉してかわす。
ナナシは思う。
――鹿砦夏樹、茂木月菜、陽菜の妹。
自分達やヴォルクやラプター、シャリオンと関わったが為、人の生を捨てヴァニタスと化した童女。
(夏樹は一般人の殺戮という一線を越えた)
故に倒す事に躊躇いは無い。
(けれど……月菜の過去はもう思い出させ無い)
せめて。
彼女はあくまでも、魔王を目指す自分達の宿敵、鹿砦夏樹として扱おう。
そう、ナナシは心に決めていた。それが最大限の誠意だと信じた。
「そうね、こちらの最大戦力は私達なわけだけど、この首まだ貴方にあげるわけには行かないわね」
ナナシは地上へと落下してゆく夏樹を見下ろしつつ表面上は余裕を保って言った。空蝉残りあと一回。序盤は範囲でディアボロ達を殲滅し、中盤に差し掛かったら夏樹を引きつけようと思っていたが、挑発するまでもなく序盤から向こうが突っ込んで来た。西園寺がヘルキャット封じを優先しているように、ヨハナもまたナナシをフリーにはさせまいとしているようだった。
他方。
(これだけの集団戦っていうのかな、これもプールだよね)
成長はどう動けばいいか分からなかったが、まずは飛び込む勇気が大事だ、と思い行動を開始している。
彼は阻霊を展開しつつ戦域の端に移動するとこっそりと発信機入りの生肉をばら撒き始めた。影猫達の足止めに使えたらいいね、と思うが、さてどうなるか。
一方、前線では健在な虎頭達と撃退士達の前衛が激突している。
「ぐっ!」
矢撃は装甲と騎士結界で被害を抑えられた明斗だったが、黄金の光を纏う虎頭拳兵の拳が腹に突き刺さり、苦悶の息を吐き出していた。
魔法攻撃にはむしろ有利な明斗だったが、敵の一撃は装甲そのものを半ば無効化して貫通してくる。通常に比べて半分程度しか威力を殺せない。二体の虎人達に連続して攻撃され明斗の身が揺らいでゆく。
刹那、明斗の身を光が包み込んだ。傷が癒え身に活力が戻って来る。DOGアスヴァン達の支援だ。
英斗は赤いマントを翻して放たれる上段回し蹴りを身を沈めてかわさんとするも、かわしきれずに強打を受けてよろめく。直後、二匹目から放たれた黄金光を纏う大木の幹の如く太い脚が迫る。
「っ!!」
男はよろめきながらも咄嗟にトンファーを翳した。黄金の光と黄金の光が激突し、激しく光を撒き散らす。装甲を半ば無効化し貫通する一撃は、衝撃が多大に抜けて来る。相性が悪い相手だ。
過去が何度もフラッシュバックする。
凄惨な記憶が英斗の動きから精彩を奪い取ってゆく。
戦場で動きが鈍るという事は、隙が出来るという事だ。
隙ができれば死、あるのみ。
――己の記憶が、過去が、己自身を殺しに来る。
他方。
(いけるか?)
風の翼を広げ小田切ルビィ(
ja0841)は起伏に沿って移動すると、前衛が激突しているラインの横手に回り込んでいた。木々の間に身を隠し、剣に極限までアウルを集中させる。
静謐に、しかし素早く一閃、黒光の衝撃波が唸りをあげて飛び出した。
漆黒の槍の如く、側面から戦場を貫いた一撃は、数体の虎頭達を薙ぎ払い打ち倒してゆく。
他方。
「――!」
夏樹と攻防を繰り広げるナナシ、己へと迫り来る銀の雨の嵐に目を剥いた。一気に七発来た。ヨハナが指揮を執っているのだろう。集中射撃。木々はあったが、それでも宙は射線が通りやすい。
その時、蒼白い燐光がナナシの身を包み込んでいた。天野のストレイシオンの防御結界が効果を発揮したのだ。
ナナシは蒼光を纏いつつ空蝉で一撃をかわし、続くニ撃目を身を捻りながら旋回してかわさんとする。重い衝撃に視界が揺れた。胴を貫かれた。速い。よろめいた所、風裂く唸りと共に、次々に矢がナナシに突き刺さってゆく。剛矢六本、ハリネズミだ。
だが、ダメージはそこまで深刻ではなかった。英斗からの理想郷と天野の防御結界の支援効果が大きい。さらにDOGアスヴァンより光が飛び、傷が癒え瞬く間に回復してゆく。
が、
「そう、でも駄目って言っても奪い取るわッ! それが悪魔よ!」
鹿砦夏樹はナナシ目掛けて間髪入れず、地上から大砲の砲弾の如くに跳び上がってきた。
(――なるほど)
空舞う悪魔童女の戦争屋は、冷静に状況を見定めた。これは、避けられない。ナナシは当初の予定通り、前衛と攻防を繰り広げている虎頭達へと目掛けて再び炎の薔薇花弁の嵐を巻き起こした。
壮絶な破壊の嵐の前にまたしても虎頭拳兵達が次々に倒れてゆき、同時、鹿砦夏樹は西園寺からの回避射撃に妨害されつつも、大車輪の如くにオーラを纏う足を振り回して、三連続の回し蹴りをナナシに炸裂させた。
巨岩をも爆砕する破壊力の前に、防御結界の上からなお悪魔童女の骨肉が砕かれ、視界が一瞬で真っ赤になった。次いで、真っ黒になって何も聞こえなくなる。明斗から神兵の力が飛んでいたが、負傷率十六割九分、届かない。
意識を失ったナナシは、大地へと落下していった。
「……やってくれる」
ナナシ――味方の最大火力――が落とされてゆくのを目撃し顔を顰める西園寺へと、天野は再びセフィラ・ビーストを召喚し直して防御効果を指令しつつ叫んだ。
「顧問官、来るぞ!」
背後、稜線と木々の陰から二十体もの漆黒の猫達が大挙して突撃してくる。やはり大きく回り込んできていた。
射手達はヨハナを注視し続ける為に前を向いていなければならないから、反対側に回り込めば、影猫達は射手達の背を一方的に殴る事ができる。もしくは、たまらず振り向けばヨハナ封じが解除される。そのように、ヨハナは踏んだのだろう。
必殺の挟撃だ。
「六時方向、敵影、迎撃します」
只野黒子は冷静沈着に、紫黒の生体銃へと雷光を印加すると轟音と共に撃ち放った。燐光が瞬き銃口が増えて弾丸が飛び出し、高速で駆ける黒猫の身を霞めて抜けて行く。だが、交差の瞬間に、纏う電撃の腕が伸びていた。電撃は逃さず黒猫の胴に絡みつき破壊を撒き散らす。影猫が悲鳴をあげ、一撃の衝撃に動きが止まった瞬間、DOGルインズから漆黒の衝撃波が放たれた。黒い光が影の猫を貫いて、消し飛ばしてゆく。
だが影猫は他にも十九体いる。
猫達は高所に固まっている射手達へと残り十九体の猫達が突撃し、対する六人の忍軍達から影手裏剣の嵐が飛び、六人のアスヴァンからコメットの嵐が飛ぶ。
機関銃の如く放たれる影手裏剣の弾幕を猫達は素早く斜め前に跳んでかわしてゆき、直後、大地と木々を爆砕しゆく彗星の嵐に呑みこまれた。
その瞬間、
「――今!」
竜見彩華が声を発した。
蒼白き竜頭のセフィラビーストが顎を開いて獅子の如き咆吼を轟かせながら、真空の波動を撃ち放った。
空間が裂ける。
一直線上を貫く真空波が、彗星雨の打撃によって動きを鈍らせた黒猫達を貫き、血飛沫と共に薙ぎ払った。間髪入れず、DOGルインズ達から放たれた五連の漆黒衝撃波が影猫を次々に消し飛ばしてゆく。
半数殲滅。が、未だ十体、雪崩るように突っ込んで来る。
背後から迫り来る脅威に対し歴戦のインフィ達は振り向かず、狙撃を継続しヨハナを封じ続けていた。彼等は振り向かない。
後方に残っている他の撃退士達が射手達の背後を守る壁のように展開する。
黒い旋風の如くに突撃してきた影猫達と激突する。
黒子はDOG撃退士達と共に戦列を並べ、飛び掛ってきた黒猫の赤光爪を装甲で受け止めた。
通す訳にはいかない。
この人魔達の壁の前に、影猫達はまさに壁に激突した球の如くに弾かれた。後方へと跳び退き、着地すると漆黒の旋風達は回り込むように左右に散ってゆく。
「いけます! 敵は奇襲失敗! こっちが優勢です!! 勝てるっちゃ!!」
彩華が味方を鼓舞するように叫ぶ。彼女の言う通り撃退士達が押していた。彩華の声に周囲の味方達が勇気付けられてゆく。
他方。
最前線で虎頭拳兵らとの攻防を繰り広げている英斗。
恐怖に視界が脈拍と連動して揺れる。身体が震える。常からすれば信じられない速さで汗が吹き上がり、既に息が上がっている。身体が重い。
それでも歯を喰いしばって男は闘う。
冷徹な現実が突き詰められる修羅場の中でこそ必要なもの――それを現した言葉は、とても手垢に塗れている。だが、本当に危険な場所で闘い続ける者達は皆、その重要性を知っている。必要なのは。
勇気。
鋼のハートだ。
恐怖を感じない心では無い、己の中の恐怖に立ち向かい制御しきる心だ。精神制御。
「俺は負けない!」
英斗の気合の声と共に白銀に光り輝く無数の聖剣が、虚空より周囲へと降り注いだ。光の剣がレート差を爆裂させて虎頭人達を貫き、斬り裂いて、瞬く間に殲滅してゆく。
猫頭女侍のうちナナシを狙わなかった者達は弓矢を構え、英斗や明斗他DOG前衛達へと猛射を仕掛けていた。だが、英斗の理想郷と天野の防御効果の相乗効果は強力だった。蒼白い燐光を立ち昇らせる彼等の装甲は大幅に増加され、迫る矢弾を次々に無傷で弾き飛ばしてゆく。鋼の軍団だ。
高装甲の彼等に対しては装甲を貫通する虎頭達が天敵だった。
しかし、ナナシが気絶する前に放った炎に薙ぎ払われ、英斗の聖剣に貫かれ既に大幅に数を減らしている。
残った者も、
「動きを止めます!」
明斗の手から光の鎖が飛んで虎頭人へと絡み付いて束縛し、動きの止まった所をすかさずDOGの前衛達が囲んで滅多斬りにして沈めた。他班も忍軍の影縛りから動きを止めて滅光やフルメタルインパクトを叩き込んで殲滅を完了させる。
アスヴァン達は光の風を巻き起こして前衛達の傷を癒し、ナナシへとヒールを連射してその身を回復させてゆく。
「今度は負けない!」
成長少年は紋章を撫でると、鹿砦夏樹へと向かって人差し指と中指を伸ばして鋭く向けた。出現した魔力の刃が唸りをあげて童女へと襲い掛かってゆく。
「やらせないわ」
少年から放たれた刃に対し、夏樹は微笑を浮かべながら素早く身を沈めてかわす。
「知ってると思うけど、あたしは強いわよ!」
他方。
「今日は借りて来た猫みてぇに大人しいんだな? ――らしく無いぜ……!」
小田切ルビィはツヴァイハンダーを振り上げ一閃と共に黒光の衝撃波を放っていた。ヨハナとその周辺を固める猫頭の着流し姿の女達目掛けて突っ込んでゆく。
刹那、ヨハナと猫侍達が飛び退き、爆風が巻き起こって捻じ曲げられ、光は虚空を貫いてゆく。
「ぐぬぬ、やかましいのじゃ! おのれぇ……!!」
一撃をかわしはしたが、ブロンドナースはその赤眼と顔に悔しさと恐怖を滲ませてルビィへと叫び返した――ように見えた。確かに戦況は彼女達にとって不利になっているが……
(……ヨハナの奴、何か企んでやがるのか?)
ルビィの脳裏をよぎったのはそんな考えである。
(今は大人しくとも、戦況変化で攻勢に転ずる可能性は高い筈だ)
男は少しでもヨハナの動きを封じて時間稼ぎをせんと決意する。
「第二ラウンドといきましょう夏樹」
起き上がったナナシは夏樹へと向かって突撃すると自身を中心に猛烈な冷気の渦を巻き起こした。
「寝ときなさいよ、このっ!」
夏樹は凶悪な冷気を受けつつも、オーラを宿した足を振り回してナナシへと轟音と共に猛打を浴びせてゆく。だがアスヴァン達からヒールの支援を受けるナナシは今度は倒れない。対する夏樹側は今度は矢の支援はなかった。虎頭人を殲滅し突撃したDOG前衛と、弓を捨てて太刀を抜き払い激突している。
さらに成長から隙を狙って放たれた魔力刃が夏樹の身を掠めて切り裂き、英斗が間合いを詰めて天翔撃で打ちかかり、明斗が黒翼のカチューシャを夏樹の頭に装着させんと振り下ろす。
「何それ? 頭を狙ってるの? 電撃でも出るのかしら?」
英斗の一撃をスウェーしてかわし、明斗から繰り出されたカチューシャを飛び退いてかわした夏樹は、微笑して少年へと言った。
「そんな物騒なものじゃないですよ」
明斗もまた微笑して答える。そう、ただちょっと発信器が仕込まれているだけだ。
「普通の女の子を虐めてるようで心苦しいじゃないですか、これをつければ少しは悪魔っぽく――可愛くなってしまうかもしれませんが」
「……御免なさいね? それ、あたしのセンスじゃないの」
夏樹は微笑を貼り付けたままままじりじりと後退し、
「つけてみたら案外気に入るかもしれませんよ?」
一方の明斗は黒翼カチューシャを手にじりじりと前進する。
他方。
ヨハナが後退し射手達はそれを追って前進し、影猫達が襲い掛かり、燐光を纏う撃退士達と激突している。
黒子が燐光を拡散させて負傷者達の傷を癒してゆき、影手裏剣やジャベリン、封砲が唸る。
「させません!」
彩華のティアマットが無尽光を爆発させ縦横無尽に爪尾を振って影猫達を薙ぎ払う。
影猫達は高い回避力を誇っていたが、一発被弾すると脆く、衝撃に足が止まった所へ追撃を叩き込まれて次々に殲滅されてゆく。
「鹿砦夏樹!」
天野天魔は書類袋を取り出すと、
「これは茂木陽菜とヴォルクの死の事情を纏めた物だ。俺が何を思ったのかも書いたので、生きて帰れたら読んで俺を怨むか決めるといい」
言って、童女へと向かって投擲した。
「!」
夏樹は一瞬、迷いを表情に浮かべたが、左手一本で書類袋を掴み受け取る。
堕天使は言った。
「賢い君なら解っているだろうが、一応言っておこう。魔王を目指す道中必ず壁に当たり自らの原点に立ち返らなければいけない時が来る。その際役立つから今は不要と思っても持っておけ」
男はナナシがもう思い出させまいと決めたそれを、しかし鋭く巧みに撃ち抜いた。天野天魔は甘くない。袋の中の書類をまとめてあるファンシーなウサギのクリップ、中には発信器が仕込んである。
天野の言葉に対し、ヴァニタス童女は微笑を浮かべて穏やかな声音で答える。
「……あたしに原点なんてないわ? ヴァニタス・ヴァニタートゥム、『虚無(ヴァニタス)』は虚無から産まれ出でるものよ」
「聞こう」
男は童女の空虚な言葉を叩き斬った。
「以前君は人の心を悪魔に食べさせたと言ったな。それは比喩か? それとも本当に喰わせて無くしてしまったのか?」
鹿砦夏樹は微笑を顔に貼り付けていた。
他方。
「看護婦さんよ? 俺と暫くお医者さんゴッコに付き合って貰おうか」
言ってルビィはヨハナへと鋭くゼルクを放った。目に見えないほど細い鋼の糸が、ヨハナに巻きつき絡みついて身を引き裂き拘束、引き寄せんとする。
「ち、畜生!」
絡み取られ糸に喰い込まれて身を引き裂かれたブロンド少女は、顔を真っ赤にしつつその身から血飛沫をあげ――瞬間、表情を消した。
ギョロリと、一瞬で機械的に無機質になった赤眼でルビィを睨みつけ飛び掛かる。
「お望み通りやってやる!!」
デビルナースは引き寄せられる勢いのままルビィへと接近し右手を鈍い光と共に閃かせた。咄嗟にかわさんとルビィは身を捻り、しかし、ヨハナの白手が逃さんと伸びて、青年の身に炸裂する。
その手に握られていたのは――注射器。
ただの注射器ではなく、魔装をも貫通する強靭な針を持ったカーベイ特性の注射器だ。紫の毒々しい色合いの液体が急速に容器の中から減ってゆき、ルビィの体内へと冷たい感触と共に注ぎ込まれてゆく。
「ぐあっ……?!」
ルビィは呻き声をあげた。視界が大きく揺れ、眼前のヨハナの姿が分裂して増えてゆく――だけではない、周囲の猫侍やDOG撃退士達の数までも増えてゆく。
幻惑だ。
「あっはははははははぁ! 顔色が変わったな?!」
ニヤ〜と女が笑いさらに密着状態まで踏み込んで来る。超至近戦。
「ハッ、上等だ!」
小田切ルビィはピンチなればこそ不敵に笑う、鋼糸を引き絞ってヨハナへの拘束を強めつつ――幾ら分裂しようが既に糸を絡めているので外しようがない――発信器チップを指の間に挟んだ左手を、女の頭部、その金色の髪目掛けて繰り出した。
同時、ヨハナもルビィの腹目がけ薄赤の魔力を収束させた爪を至近距離から勢い良く繰り出している。刹那、右手の爪がルビィの強靭な装甲をぶち破りその肉を突き破った。ヨハナの手が文字通りルビィの腹に突き刺さる。鮮血に染まった白手より赤い光が伝わり、青年の全身に急速に纏わりついてゆく。風化獄猫封神爪。
ルビィの口から鮮血が勢い良く吐き出された。
が、小田切ルビィは壮絶にタフだ。一撃、ニ撃では倒れない。一撃を貰うのと引き換えに、左手をするっとヨハナの長髪の中に入れ発信器を取り付ける。
ブロンドのヘルキャットはルビィを見つめ、氷のように冷たい赤瞳をうっすらと細めた。
少女はルビィを逃がさぬように左手を回して抱きしめ、腹に突き刺した右手をぐりっと捻ると、右手の平に紅蓮の赤光を宿した。ヨハナ・ヘルキャットの十八番、大火力の広範囲爆撃。この距離で爆裂させれば当然自身をも巻き込むが――
「妾と一緒に地獄巡りといくかえ、色男?」
艶やかな声が響いたと同時、ルビィの体内から紅蓮の光が膨れ上がり、壮絶な大爆発が巻き起こった。
●
「そうよ、あたしは人の心は無くしたわ? だから、過去の事なんてどうでも良いの」
夏樹は言った。だが手にはしっかりと書類が握られている。幼い娘はちらりとナナシへと視線を走らせ――次の瞬間、弾かれたように駆け出した。夏樹自身は砕けないが、ただの書類は範囲攻撃の前には一撃で消し飛ぶ。
「撃つな!」
故に天野もまた鋭く制止の声をあげた。ヴァニタス一体よりも、拠点の場所を割り出す方が優先度が高く、そして夏樹はまだまだ生命力に溢れている。
他方。
「ふん、妾の髪に、許可無く触るでないわ」
ルビィに身を裂かれ、自爆して焼け焦げ、ボロボロになりつつも、ブロンド少女は倒れ伏した小田切ルビィを赤眼で見下ろし、血塗れた手で己の長髪を払った。ヨハナの絹の如き滑らかな金髪がふわりと広がり発信器が地に落ちてゆく。
その時、
「……なぬっ?」
ヨハナは夏樹から退却する旨の思念を受け取り、愕然とした表情を浮かべた。ここで夏樹に逃げられてしまったら、もう逆転は到底無理だ。
「夏樹めぇえええ、勝手な真似を……えぇい、悪魔じゃもんなッ!!」
彼女は悔しげに悪態をつくと、猫侍達に殿を命じ、自分自身はくるりと踵を返して、一目散に逃げ出していったのだった。
その後、撃退士達は残っていたディアボロ達を殲滅した。
負傷者・重傷者は出たが、アスヴァン達の回復スキルによって一命は取り留められた。
終わってみれば死者零、仕留めた敵の数五十、人類側の圧勝であった。
「一斑は重傷者を後送しろ。他は探索を続ける。地図を塗りつぶすぞ」
DOG顧問官・西園寺顕家は全体へとそのように通達し、学園の撃退士達は一糸乱れぬ動きをするDOG古参隊員達と共に山岳の探索を続ける。
そして無論、天野が仕込んだ発信器の行方もまた見守られていたのだった――
鹿砦夏樹は万一の際に定められた集合地点まで退却し、岩の影で天野から渡された書類に目を通していた。
記されていたのは当時の状況・経緯・そして天野の心情だ。
各説明の後に、姉の陽菜を巻き込んだのはラプターに提案を確実に飲ませる為という実利と、全ての切欠は陽奈だから関わるべきだという趣味だったと、最後に書かれていた。
夏樹は書類を手に一度瞳を閉じ、緩く息を吐いた。
「――読み終わったかえ?」
声が響き、童女は勢い良く顔をあげた。
「ヨ、ヨハナ様! う、うん。ごめんなさい、絶対負けられない戦いだったのに、あたし勝手に逃げ出してしまって――」
瞬間、ヨハナから小さな魔弾が飛び出し夏樹の手に命中して爆裂を巻き起こした。
「あっ、あぁ!」
童女自身にとってはちょっと痛い程度だったが、手にしていた書類は皆完全に焼き払われ灰と化して消し飛んでいた。発信器が仕込まれていたクリップも同様である。
「妾達を見捨ててとっとと逃げた罰じゃ。妾がぬしを見捨てても、ぬしが妾を見捨てる事は許さん!」
「な、何よそれぇ?! 勝手過ぎるわ! あたしは従わないわよそんなの!」
夏樹は食って掛かろうとしたが、女幹部は「あははっ!」と笑声一つあげてから、ぽんと童女の頭に手を置き、
「良いか、妖しげな敵から物を貰うんじゃありません! この小童! 二度はないぞ。妾や他の四獄鬼達に殺されたくなくば、肝に命じておくことじゃな」
「む、むぅ〜……!」
涙目でヨハナを睨みうめいて夏樹。
少女と童女の悪魔ニ柱はそんなやりとりを交わすと、改めて拠点へと退却していったのだった。
了